アルファベットの秘儀的な構造 パート1-8

THE ESOTERIC
STRUCTURE OF THE
ALPHABET
アルファベットの秘儀的な構造

(原文は、このページ右のボナチ推進書籍のリンクから、無料で入手出来ます。)

「神は数字の上に宇宙を創造しました。」
- ピタゴラス
「神はアルファベットの文字の上に宇宙を創造しました。」
- ゾハール

by Alvin Boyd Kuhn
アルヴィン・ボイド・クーン著

私達が古代と呼ぶ日々は、数百万年続く内の数千年前でしかありませんが、賢者の名に相応しく進歩した人々がいて、(彼等は)深遠な哲学に深く精通し、そして人間と神の両方の物事の知識を持ち、そして宇宙学と人類学の両方の大いなる科学をよく理解していた事に、現代の世界は徐々に目覚め始めています。明らかなのはこの度量の人々が太古の宗教の大いなる聖典を書いた事で、それはとても一般的に、人類の敬意を勝ち取り、保ったので、長い時代を超えた殆どの世界で、それ等は宗教的な崇敬とスピリット(霊)的な権威の正典にされました。実に、それらに払われたホマージュは、神聖と捉えられる何かに払われた崇拝的な特徴でした。その伝統は、聖書の著者達は本当に神聖な秩序の人達、または半神聖な秩序の人達、もしくは少なくとも、神聖な霊感によって、人類に神聖な真実の天界的な方向を伝える事を鼓舞された人達としてきました。

古代の文献の研究は、探求されつつ、より聡明に成りつつあり、間違いなく定式化され、そして高度に有機的な真実構造の存在を明かし、それはギリシャ語の言葉にある様に、原理的なアーカイ(archai/古い、元祖、原型、etc.)の大いなる理論的なシステム化の本質的な要素から構成され、太古の文化の場のあちらこちらで、様々な形状の表し方で表現されています。主要には、勿論、その大いなる英知は、文献の多大な集合体の大書の数々に体現され、その文献はとても暗号的に深遠なので、その秘儀的な意味は、太古の日々から現代まで、世界の学者達の最も学識のある研究によってさえも、殆ど全く理解されませんでした。実に、世界の宗教的な意識を害したのは、太古の英知の総体の変質と、間違った解釈で、特に西洋ではそうで、約二千年に渡り、その知的な泥酔は統一的な痴呆症に届きそうな程です。

英知の伝統は、しかしながら、宗教の聖典の中のみならず、様々な種の、異なった表現のモードに体現され、配信されています。見出されるのは、常に暗号的な微妙な形状で - それは後世の全ての研究者達の結論を惑わせ、煙に巻いた特徴で - 太古の芸術、建築技術、神話創造、秘密結社の儀式、劇作的なシナリオ、音楽、数学、人類学的な科学、ロジック、レトリック、哲学、天文学、語義論、心理学、お祭りのしきたり、社会的な祝事、そして生活一般の必要要素に見られます。さて、それを通して表現を与えられた全てのチャンネル(媒体)の内で、最も不思議なのは恐らく、全ての文献の土台の実の構造 - アルファベット中に - その基本的なアウトラインの形状を、ほのめかしさえしたという驚くべき明かしです。人間の思考を配信するための、語義原則的なコードの存在の発表と解明は、世界文化の歴史においても画期的な出来事でしょう。

太古の賢者達は、高度なスピリット的な文化を、現代において把握されるものとは、異なった光の中で見ました。現代の知性がその祝福を広く一般的な分野に広げる事を目的とし、大衆一般を教化する事を望む間、昔の賢者達は、その件に関しての可能性への、異なった見積もりの上で行動しました。彼等は「卑猥な大衆」の文化的な見込み(可能性)は実質的に皆無と評価し、そして故に、秘儀的な真実の大切な宝と知識を、誤解の途方もない未熟さの泥の中で踏みにじる「豚」に教えるのは神聖冒涜と考えました。何世紀をも超えた宗教のカルト(信仰)主義の歴史は、この保守主義の実質的な英知の反映と言えるかも知れません。太古の暗号的な文献の、崇高で神秘的な感覚の、変質、腐敗、物質化と文字化は、知られている歴史の道(コース)におけるスピリット的な価値の文化において、恐らく最も壮大な大失敗の原因に成りました。その簡単に識別出来る邪悪な実りは、宗教的、神学的、そして聖書的な全ての物事に関する、西洋のマインドの肯定的な非理論化でした。それは悲しくも、そして悲惨にも歴史と間違われている、スピリット的な真実の太古の神話的な描写の収集である、素晴らしいユダヤ・キリスト教の聖書の崇高な意味を知っている重要な優位性をそのマインドから奪い去りました。

賢者達は、大切な宇宙的で人為起源的な真実を、「庶民」による神聖冒涜から保護するために、様々な形状の暗号化の方法を使用しただけでなく、その基本的な確証を自然自体に見出したテクニックを彼等は応用しました。下の世界(下界/小脳)が、スピリット的な真実を曇らせる(覆う)世界の平凡な反映でコピーなので、彼等はその高度(より高い)真実を、自然界の何処にでも存在する、その相対物の形状の下で代理する事によって、その構造的な形状を描写する努力をしました。歴史とされるものでさえ、原型的な思想の形状へと方向づけられました。あちらこちらで、劇の中でも、儀式でも、合唱的な踊りでも、お祭りのしきたりでも、そして言語においても、目先の利く定式化は、原理的なアーカイ(原型/元祖)の、それらの数字を含む事を目的にしました。創造の宇宙的なロジックの、それぞれの要素の大いなる調合された構造は、人間の文化的な表現の全ての、これらのモードのパターンへと縫い込まれました。最終的に、もし始めからで無かったとしても、その構造的なデザインは、アルファベットの形成へと縫い入れられました。

もしこの暗号的で有機的な形状が、アルファベットの配列を決定する原則的な構造なら、全ての文学(言語)において、その重要性を間違いなく基本的(土台)にしたと見られなければなりません。そのため故に、それぞれの言葉それぞれ自体が、元々の構成文字の要素を運び、シンボル(象徴)としてそれらが描写した原型的な思考の形状を常に表します。従って、アルファベットにおける意味形状の、隠された概要の再構築において、私達は全ての文学(言語)の最も深遠な含意の心臓の中核を貫きます。

現在の教育理論において、アルファベットの文字が、人間の声帯器官に統一的に可能な音を代理していると言うのは一般的です。その形においてそれらが単なる代数学の x 、または全くの擬音的なイミテーション以上のものである事は、一般的に殆ど知られていません。それらは実際に、基本的なアイデアを描くために形成された、明らかな形状です。それらは真の表意文字です。A の大文字は、例えば、明らかに主要文字 I で、原始的な統一性の象徴で(それがまた、数字の1でもあるからで)、その天辺からスピリットと物質の創造的な二重性へと分岐させられ(i.e. V の逆様)、(A の)横棒はそれら(スピリットと物質)の間に流動的に存続する相互関係を示します。U(= V)が象徴するのは、それが描かれた通りで、スピリットの物質への降臨と、その上(天界)への回帰です。W (ダブル U )はそれを複数形にし、そして私達が見つけるのは、不思議では無いですが、W がエジプトの象形文字において、言葉を複数形の文字にすると言う事です。O は容易に物質と永遠性の終わりなき様(円)を象徴しています。ですからグノーシス派が、宇宙における神の単位を IAO と名付けた時、その三重的な名前に教義を完全に濃縮し、神聖な意識の最初の単位、I の二重性、A への元々の分岐、そして永遠のサイクルの円の周り、O を象徴しています。そして啓示の書でさえそれを有しています:

"I (am the) A (and the) O, the beginning and the end, the first and the last,"--IAO.
私( I )は A であり、そして O であり、始まりと終わりであり、最初と最後 – IAO である。(スピリットが「I AM」と言う時の M の殆ど息を奪う様な重要性は、後に紹介されます。)

リタレーション(literation/権利拡張運動)が始まったのは、記述されたシンボルの2つの最も単純な要素、縦線 I と、輪 O の使用からだと言うのは、本当であると言うのは可能です。何であれ、此処で見せられるのは、古代における殆ど全ての神聖な名前が、これら2つ( I O )の上に造られたと言う事です。遠い過去の時代のエジプト人達は、その2つを殆ど間違い無く、最も太古の十字シンボルであるクラックス・アンサタ(crux ansata)、取っ手の付いた十字に融合し、それらをアンク( A N K H )と呼び(更に後には E N K H と呼ばれ)、O が上部で I が直ぐ下部につき、その接点は平行棒で区切られました。上部の O によって代理されるのは、破壊する事が出来ない、原始的な物質である、終わり無き存在で、全ての物事の永遠の母で;下部の I は、下に向かって飛び込む(降臨する)、最初の物質の大いなる海の中心から発生する、創造的なマインド、または霊力を示しています。横棒(地平線)はそれらの連結と分離の両方を表し、2つのエリア(天界/下界・大脳/小脳)の境界線です。そしてその中間線が重要なのはまた、何故なら、スピリットと物質の2極の間の集合点だからで、その2つの統一を通して、全ての現実が現れへともたらされるのは、この地点だからです。アンクは占星学的なシンボルです。

アンク(ankh)
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ツタンカーメン(Tut-ankh-amen/トゥット・アンクアーメン)のマスク
2マスク


文字的な象徴が始まる2つのシンボルは故に、 I と O です。それらの性別のアイテムは最初に気付かれます。I は男性的で、父の繁殖力のために立ち、それはスピリットで;O は永遠的な女性で、物質であり、宇宙的な母で、女神イシス、シベレ(シビル)、ミリタ、アディティ、ヴィーナス、ジュノ、そしてその他によって太古の宗教の中で人格化されました。男根の側の補足からの、このシンボルの妥当性は強調を必要としませんが、それでもとても重要で、そして実に素晴らしいです。生命の全ての発生は、宇宙的な二重性の男性と女性の要素の統合を通ってのみ出来るので、生命をドラマ化するシンボルは I と O を融合させなければなりません。これをエジプト人達は、彼等の大いなる ア ン ク のシンボルで成し、それは故に彼等の生命のための書かれた言葉で、そしてそれがまた意味するのは、生命に入る、または生命のために必要な、もう2つの要素で、つまり、を意味します。IAO 以上に、その3つの意味にそれが濃縮するのは、偉大な教義の要点で、そしてそれは生命の構造と意味の両方の象形文字になります。一行に使われるとそのシンボルが、生命を意味するのが何故なら、生命が唯一存在出来るのは、2つの物事、スピリット( I )と物質( O )が、十分に粘着的な力、結ばれる(絆される)からです。愛はその2つを、生命を発生させるために絆します。アンクは故に、この世界における最初で最高の象徴で、その十字が最初で最高のシンボルなのは、それが生命の象徴であり、死の象徴では無い事を私達に気付かせるべきです。(しかしながら、太古の人々は、魂が、地上の肉体の中に転生した時、それはスピリット的な「死」の中にあり、そして故に十字は死のエンブレムに成りましたが - それは的な死であり、肉体的な死では無いと言いましたが - 太古の神秘主義の教えの日々からの全ての神学によって、間違って見識されますが、それは肉体に浸透した時の魂の「死んだ」状態に関してで、肉体の死ではありませんでした。この見解においてでさえそれが、同様に生命を意味するのは、生命体に生命を与えた魂の比較的な死であり、その肉体が死ぬと、今度は上(天界)におけるより自由な生命へとそれ(魂)を解放するためです。)

パート2

アンク( A N K H )シンボルの中に統合される2つのエンブレムをそれぞれに分離させ、側面的に重ねると、私達は文学(言語)における最初の神聖な言葉(単語)と名前、イオ( IO )を有します。それが太古の類型学的な数秘学において、同等で原理的な重要性の形状である2つが、それらが此処で数字に置き換えられると、全ての数学の基本的な土台を構成する数字、10( IO )である事実からも明らかです。現代の研究は、元々考案されたアルファベットの文字と、数字の間の、殆どその正体を意味する、この親密な関係を認識しなかった様です。数字は文字によって示されます。それぞれの文字は数字的な値を持ちます。故にこれらのアルファベット的な単位によって構成されたそれぞれの言葉(単語)は、一緒に一つのアイデア(思考)、精神的な値、と同時に数字的な値を表現します。聖書にのみ関して、一行の全体さえもが、数字的な量に合計する様に構成されています。ピタゴラスが言った様に、世界を創造するにおいて、神は幾何学化し;彼(神)は数字の上に宇宙を造りました。太古のユダヤ的でカバラ的な文献である、ゾハールのエソテリック(秘儀)的な研究もまた鮮明に明かすのは、アルファベットの文字の方法で、神が創造を形状化させたと言う事です。これは(聖書によると)、彼(神)は語り、そして彼の声の文字の音(トーン)の振動的な衝撃の下で、その世界は秩序的にそれら自体を形成し、その創造的な反響の全ての文字の音が宇宙的な枠組みの組成要素に成ったという前提条件によって唯一、意味を持つ事が出来ます。表現されたそれぞれの文字、または実際に構成された原則、もしくは宇宙的な構造の原則的な一部です。恐らくこれは、私達による、太古の記述の、暗号的な意味の、再発見の大いなる鍵の一つなのでしょう。

原型的な IO (10)はそれから創造的な思考-力の、最初の放射の効能でチャージされますが、それはその二重性への最初の分離においてのみで、その後の更なる準分離においてではありません。主要な三重性としての、その表現は IAO (それはその後、IAH と JAH に成りました)で、そして終り無き多様性に向かう、その更なる4段階(火、空気、水、土)的な変格は、カバラ的な J H V H (ヤーウェイ/エホヴァ)である、大いなるテトラグラマトンの形状をもたらしました。その全体的な7文字の表現において、それは物質的な側だけでも、7母音の名前に成り、人間の声によって発音される、7つの主要な母音によって構成されます。ギリシャ語のアルファベットは、未だに7つの母音を保ち、a、短い e 、長い e 、i 、短い o 、長い o 、そして u を有します。これは創造の全てのサイクルが、7つの準サイクルを通って機能する事実を表現していて、そのそれぞれは、7つの連続/継続的な音形状の構成要素(ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ)の一つの反響を鳴らします。

その効能的なシンボル(アンク)は、二極性の関係において融合された、マインドと物質の、先祖的な創造力を典型していて、それがそれらの創造主だったので、全ての物事を圧倒する(支配/統治)力に成り、全てにおける精神的、そして物質的な統治力の全ての融合の形状と成り、その他のそれより小さい支配/統治的な単位は、それ自体の力の放射された部分的な光線でした。それは故に、その全ての分離された部分部分は、それらのそれぞれがより細かい領域において、ソヴリンティ―(主権)を実行したので、宇宙的な領域における最初の王(king)でした。King という正にその言葉が、A N K H 名から由来すると、私達がこの後見た時、どれだけそれが顕著に現れる事でしょう!

この大いなるシンボル(アンク/ANKH)の古いエジプト語の名前に辿り帰れる英語、ギリシャ語、ドイツ語、ヘブライ語の言葉のリスト以上に啓発的なものはありません。その中心的なアイデアは、スピリットと物質の結びつき、または統合を通した生命の発生だと注目されました。これら全ての発生物の意味への中心的な手掛かり、は二つの物事を一緒に結び付けるアイデアです。説明されなければならないのは、(語源として) A N K H の茎の上に言葉を造る時、 H は実質的に考慮から外される事が出来る事で、K H は K のみで同等に表現される事が出来るからです。しかし、 K H はまた C H と同等ですから、頻繁にそれと入れ替えられます。母音 A は取るに足らない価値なので、それもまた外される事が出来ます。ですから残されたのは固い根(語源)として裸にされた N K です。

注目されるべき次の問題は、後の哲学的な使用において、それが N K と書かれようが、 K N と書かれようが、重要では無かったと言う事です。そしてギリシャ語においては、 K N ( K N )は N G ( G N )に成り、 - 重要なアイテム(部分)です。これらの特定(設定)を持って、その様な神聖な系統から由来したとは夢にも思われ無かった、多くの一般的な言葉の意味の、新たな世界の全体が今、はっきり解る事が可能に成ります。

それが最初に見られるのは anchor (錨)の様な言葉で、それはボートを固定された場に結ぶもので; knit (編む)、 knot (結ぶ)、 link (繋ぐ)、 gnarled (ねじれた)、 gnaw (齧る/苦しめる)、 gnash (歯ぎしり)(などの奇妙な綴りを説明し);二つの骨がくっ付く事を意味する ankelosis ; anger (怒り)、 anguish (苦悩)、感情が窮屈に成る事である、 anxiety などに見られます。ですが最も興味深いのは、それが人体において、少なくとも4つの間接、または要点( hinge-points )に名前を与えたようである事で( hinge もその一つの様です): ankle (足首)、 knee (膝)、 neck (首)、そして knuckles (拳)です。 Lung (肺)は、外側の空気が内側の血液と統一される場として、恐らく加えられる事が出来るでしょう。私達の英語の join までかけ離れていても、 A N K H の源泉からのものと現れ( N が両方に唯一共通の文字ですが)、何にせよそれはそれからの直接のものであるのは確かな様です。 A N K H はラテン語において join を意味する jungo の語源であるために、ギリシャ語を通して N K は N G に成りました。これから私達は、ラテン語の jungo の過去分詞 – junctus から、 junction (交差点)、 adjunct (隣接)、 juncture (接点)、 conjunction(連結)を得ました。ですが英語に成るまでにフランス語を通って来ているので、これらの言葉の全ては join , joint とスムーズにされ、そしてそれは最終的に私達に union という言葉を与えるまで続けられ、それ(ユニオン)はその原始的な形状において junction (交差点/接点)です。 N が外されたとしても、私達は yoke を持ち、それは2頭の牡牛を繋げる首かせです。そしてサンスクリット語においてそれは yoga として出て来て、それは現実的にユニオンを意味する yonga の代理です。

英語の現在分詞の語尾 ~ing と同様に、 with または together を意味する接頭辞 con~ は A N K H から由来する様です。 ~ing は一緒に動く継続的な物事を意味するためです。故に con-nect-ing (接続している)という言葉の3つの部分の全ては、太古の言葉から由来しています。

私達の最も一般的な言葉、 thing も同様に、神聖な概念と原子的な実質である、スピリットと物質の融合によって創造されたものとして、 A N K H から由来します。

パート 3

次に来るのは研究において印象的な重要性を持つもので、その know という一般的な動詞は、ギリシャ語の gnosco 、ドイツ語の kennen 、英語の ken です。知っていると言う行為を構成するのは何でしょうか?2つの things (物事) 、意識と意識の対象が、一緒に joining (融合)する事で、知られるための、意識から別の何かが、無ければ成らないためです。ですからギリシャ人達は、 knowledge (知識)を Gnosis (グノーシス)と呼びました。~に成る/存在する、を意味するギリシャ語の動詞、 gignomai もまた G N を持ち、存在とは、スピリット物質が一緒に「 ankhing (アンクing)」した結果の証です。

ですが A N K H からの最も驚きのヘブライ語の派生は、一人称代名詞 I (私)です。実際に、 A N K H 自体は、あまり重要では無い2つのマイナーな母音、 i と o の付け加えで ANOKHI に成った事を除いては、変化していません。これは驚く程に重要で、それが人の最も内的な魂の存在、 I のエゴ(私というエゴ)の正体を、原始的で宇宙的なマインドと共に明かすからです。人が考え、「私」と言う事が出来る様にする、人の中の意識は、実にその同じ宇宙的なマインドの単位の要素です。生物の I –の意識の中で、宇宙の中央的で創造的なマインド・エネルギーは、統合の中で核生成されます。そして全ての領域の中の、全ての生命の統治者として、それはその機能と能力において、生命の king です! things (物事)を knows (知る)力は、誠に創造の king です。そしてまた、すると、それは thinks (考える)力でなければなりません。太古のオカルト(秘儀)的な知識の偉大な学者、ジェラルド・マッセイは、同性質の重要性において、 think と thing を関連させ、 thing (もの)は何らかのマインドによって thought ( think (考える)の過去形)されたものであるとしました。その I (私)は、意識の king (王)として、 thinks し、そして knows (知り)ます。ドイツ語には king を意味する koenig があり、~を can する(出来る)者で、(それ( can )はドイツ語で koennen で)、そして何が最善なのかを knows (知る)者です。そしてギリシャ語は king のために何を持つでしょう?驚く事に anax で、それは anaks とスペリングする(綴る)事と同義です。

ギリシャ語で、メッセージの送り主と受取人を ties (結ぶ) messenger (使者)は angelos で、これから私達の angel (天使)は由来します。そして messenger 自体も ng を有しています。2つの線が出会う処に私達は angle (角度)を有します。 nook (隅)は A N K H の意味において何かを示唆します。恐らく、何百にも及ぶ更なる言葉の由来が、この古く神々しい、 A N K H の中の、最も重要な起源に遡れるのかも知れません。そしてそれらの言葉自体が、グノーシスと、とても上手く名付けられた、大いなる太古の知識の構成と構造の中の原理的な要素を、私達が再確立する事を助けるかも知れません。

パート 4

大いなる IO のシンボルのスピリット(霊)-男性的な前半分として、その文字 I (i.e.「私」)は、更に詳細に検証されなければ成りません。それはアルファベットと言語において、神聖なマインドの原理の象徴です。それは全ての存在、知っている事、決定する事、秩序、行為の king (王)です。ですからそれは、ヘブライ語のアルファベットの10番目の文字にされ、王の数字である1と10、またはそれらの倍数は故に、その意味としてという言葉自体を有します。そのヘブライ語の名前は YOD ( YODH )で、そして「神の手」を意味します。その象形文字的な体現はロウソクの炎で、優しい吐息がそれを瞬間的に揺らがせる様に湾曲されています。これは創造的な熱へと、それらを爆発させるための原子力的なエネルギーの潜在的で創造的なの上の、神の息吹を示唆します。それは創世記において、神が大いなる深み(底無し穴)で思いつめたと言われる時に提案されています。は物質の象徴で、宇宙における物質と地上の水において、生命の共通の宇宙的な母であるためです。そして物質は、全てを創造する、潜在的で原子的な火を含んでいます。神は創造的な働きを燃え立たせるために、この潜在的な火に息吹を吹き込みます。これは YOD のロウソクの火の彎曲に示唆されています。

ヨッド(YOD)
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10は秘儀的に「完璧な数字」と呼ばれます。可能な限り高度な感覚において、それは創造のサイクルを輪にする、または完璧化する数字で、そしてそれがこれを行うのは、古代エジプトグノーシス(神秘主義)の大いなるシステムにおいて、そして早期のユダヤ的なカバラの10の神聖なセフィロスに忠実に再生産される様に太古的に表された、実体的な創造の力の永遠の上部の三重性(三位一体)、宇宙的なスピリット-魂-マインドと、下方の物理的なエネルギーのセプテネート(7部分:i.e.7つのチャクラ、7つの惑星(月、火、水、木、・・・)ド、レ、ミ、ファ、・・・etc.)の相互関係を通してです。 YOD はすると、力のデカネート(decanate/10の)としてその使用においてその神聖で創造的な火を意味し、その神聖なマインドにおいて事前に形成された形へと、世界を造り出します。三重に要素化された宇宙的なヌーメノン(実体/本体)は、創造に成るであろう下書きをデザインし、そしてその7つのヒエラルキー的なエネルギーが、現実の世界へとそれらを実行します。もし人が、三重的なガラスのプリズムを通った白い光の光線が、屈折させられた光線の7色のスペクトルをスクリーンに映し出す、注目すべき物理的な現象を考えれば、人は創造の数字的な土台の、指導的な類推を有するでしょう。啓示の書のシンボリズム(象徴性)は明らかに、それを7つの頭を持ち、10の角を持つ獣として表し、頭の数より多い3つの角は、推測するに、目に見えない実体的/本態的な世界で、純粋な思考の天界です。

パート 5

シンボリズムにおける IO の主要性と同時進行するのは、創造の行程における段階的なステージを描写する様々な表現です。それは未完全な物質の象徴から始まり、その O は創始的で有機的な同質性を表す、またはその現れていない状態における、生命の統一性と永遠性を表します。それは実際に、私達にとって空の空間を意味するものを典型します。それは(私達にとって)目に見える明瞭な形状において、何も表示して(見せて)いません。「世界には形状も空虚も無かった」と(聖書は)言います。ですが宇宙的な意識にとってそれは、疑う余地無く空ではなく、それはその意識にとって知覚可能な実質で満たされているからです。それが私達にとってどの様に見えるのかは、空の円で最も上手く描写されます(i.e.「O」)。

次の段階は、中央に点のある円( O )を表します。このデザインが示唆するのは、現れていない存在からの最初の有機的な実質の発生です。

第三(段階)の描写は、中央の直径線によって上下半分に地平線的に切られた円を見せます( Ɵ )。この図表が表わすのは、眼に見える有機的な世界の創造の前提である、有機的な元々の統一性の分岐で、創造的な二重性と、その2つの自己抑制された対極な本質の二極化です。

第四段階が示唆するのは、円の中の十字の対峙、または交差で、縦の線はスピリット(霊)的な力を意味し、横の線は物理的(物質的)な力を意味します。その十字をその円から外に持ち上げると、私達はその最も単純な形状においてそれを有し、そして生命は、このスピリットと物質の交差によってのみ、それ自体に増幅を加えられるので、その十字は足し算のサイン、プラスのサインに成りました( + )。

第五段階は同じ設定ですが、その中軸上で1/8傾ける事によって、円の中に X を与えます。これは運動が開始された事、創造が開始された事を表すためです。これは、 YOD の彎曲したロウソクの火と類似して、神の衝動(インパルス/鼓動)が運動し始めた事を示唆します。すると、その創造に分け与えられた最初の運動は、その働きの効能に加えるだけでなく、多大に倍増させるので、 X は掛け算のサインに成りました。この最終的な形状において、そのデザインは結果的に数字10(ラテン語の数字文字 X )の大いなる象徴を私達に与えます。そしてそれからもし私達が絶対的な存在の永遠的な円からその X を取り出し - そしてその運動の始まりによってこの派生は示唆され - そしてその2つの大いなる象徴を互いの横に置くと、私達は驚く事に、聖書的な例え話の中にとてもミステリアスに入ってくる、神秘的な言葉でシンボルである OX (牡牛)という言葉を有します。(この言葉の秘儀的な暗示の説明は、最後まで取っておきましょう。)

此処で、 IO の土台から発祥した、神々の名前の長いリストに目を通してみましょう。イオ( Io )自体が、女神達の内の一人の名前であり、(古代)ギリシャのパンテオン(万神殿)における神々の王、ゼウスと、俗世的にはあまり尊敬出来ない、神的な王族からは予期されにくい(相応しくない)脱線行動を行いました。ですが最高神の情婦として、彼女は、シビルやイシス、そしてその他の様に、生命の大いなる母の役割を果たします。イオ的なキャラクター(個性)はその他の神話の中でも起こります。

しかしながら、 I が、男性-スピリット(霊)的な象徴として機能するので、そして母音の力唯一よりは、むしろ子音の力として取られるので、それは各母音のそれぞれと対にされ、順を追って連結した、二重性を表しました。ですから私達は IA 、IE 、そして IU が、幾つもの早期の神的な名前の土台に成っているのを見つけます。 IA は、国々の全ての名前の最終音の役割を果たす様に成り、 Germania (ドイツ)、 Britannia (英国)、 Australia 、 Russia 、 Austria 、 Scandinavia (北欧)、 Asia 、 India (インド)、 Arabia がその例で、そして更により多くあります。 IE は元々のギリシャ語の名前 Iesous (Jesus/イエス)を始めます。 H によって先行され、再び神の息吹の最初の運動を意味し、それは神聖なもののための幾つかのギリシャ語の言葉を始め、主に神聖で( sacred )、神聖な( holy )、そして祭司/神父( priest )を意味する hiero で、それから由来するのは hierophant (秘儀の祭司)、 hierarchy (ヒエラルキー/ピラミッド型の縦型構造)、そして古ギリシャ語でのエルサレムの名前 Hierosolyma (ヒェルソリマ)です。

ですが IU としてそれは、全ての神聖な名前-形状の、最も基本的なものと成ります。 IUは実際に、最も短く、最も一般的な、エジプト語の動詞で、来る事を意味しました。神聖な本質は、その進化的な到来の道において、人類を神格化する意識の一つの要素と考えられ、救世主の教義は、世界における神的なマインドのゆっくりとした、徐々の、そして継続的な到来のアイデアを暗示させました。事実、エジプトにおける救世主的なキャラクターの一般的な名前は「来る者」でした。「 Iu 定期的、そして継続的来るもので、」周期性でした。故に IU は神の創始的なエジプト語の名前です。その様なものとしてキリスト-救世主(メシア)の大いなる調合的なエジプト語の名前の最初の要素、 Iu-em-hetep が形成し、それはギリシャ人達によって Imhotep (インホテップ)に短縮されました。完全な翻訳の中でこれはこう読めます: Iu (来る彼)- em (~と共に)- hetep (平和、または7で);「数字の7として平和と共に来る彼」です。この名前は、 A N K H (アンク)のシンボル同様に、それ自体の中にもう一つの大いなる説教を理解させ、あらゆる創造のサイクルの中において、混沌的な半意識の要素(6つの要素的な力と呼ばれるもので、原子における効能)に平和をもたらすために展開する神聖な意識の原則は、そのサイクルの7番目で最後(のサイクル)において、完全な外向きの表現へと来るというオカルト(秘儀)的な事実を言及しています。キリスト的な要素は、常に7番目の展開です。私達自身のという言葉は、 hetep (ヘテップ)に由来していて、これが短縮され hept に成り、 Asura (アスラ)が Ahura (アフラ)に成った様に、とても多くの場合で起こった h と s の交換によって、直接にラテン語の sept-em に成りました。 H と S はまた、ヘブライ語の文字 shin (シン)を通しても親密な関係にあり、それは音(発音)において S または Sh です。 S は事実上、より鋭い h です。

その発達の次の段階はとても気付き易いです。その I は男性-スピリット的で、母音よりもむしろ子音(男性的な性別)で、そして創始的な存在から出でてビームした、神聖なマインドの光線の発生を体現していて、その放射のコースを物質の最も深い胸中まで走らせ、物質の子宮にその胚の種を植え、その後、戻るために降り返し、その I の形状は、戻るための上向きな折り返しをその形において示唆する事を含むために、変化させられた、または肥大化させられました。するとそれは、 J の文字へと変えられたと言う事が最も重要かも知れません。更なる確かさで、その J -形状は、母音-女性性またはアンドロジニー的(中性的)な要素よりも、男性-神格を示す事が出来るでしょう。またこの形状においてそれは、 JA 、 JE 、JO 、そして JU として、その他の母音により相応しく接頭される事が出来ます。この重要な変化と共に、神聖な名前の数は非常に増幅し始めました。

魂の降臨と回帰の聖書的な例え話の中における、鍵の言葉の一つへの関連性における事実の、驚くべき重要性に注意を呼び起こす事無しで、(ラテン語においては、未だに本質的に同じ文字である2つである) I の J への変化の部分を、素通りする事は不可能です。旧約聖書の中のヘブライ-モーゼス的な例え話の中で、彼の子供達(イスラエル)に出会い親しく交わるために、神が雲に中で降臨した場所はシナイ山でした。この名前は、すると、スピリット-魂が、物質に出会うために降臨する、最も低い地点を意味しなければならず、それが折り返した天界に回帰し始めるピヴォット(旋回軸)の地点です。これは J の下部の折り返しによって図表化されました。私達にとって驚きなのは、すると、この鍵の名前シナイが、エジプトの言葉セニ( seni/senai )に由来し、「回帰するための折り返し地点」を意味するのを発見する事です!そして何処に、具体的な現実において、その地点は位置するのでしょう?人の、物理的な体の中以外の何処でもありません!人の物理的な体は、聖書のシナイ山です。そして彼(神)の、人間の子供の体の中以外の何処で、神と人が出会えるでしょう?学術における曖昧な点が、私達の神聖な聖書の、最も重要な特徴を、私達に鮮明にするために終に出てきました。

ギリシャ神話は私達に、神聖な人物である Jason (ジェイソン)を与えます。旧約聖書の中に私達は Jacob (ヤコブ)、 Jabez 、 Jared 、 Jakin 、そして恐らく、その他を有し;新約の中では James を有し、人の中の神格の、昔話的なキャラクター、 Jacques 、Jack を有し; Janus (ヤヌス)は間違い無く、ローマ神話の中のキリスト出来な人物です。その JE -形状は、 Jesus (イエス)、 Jesse 、 Jeshua 、 Jeshu 、 Jezebel 、 Jeremiah (ジャーマイア)、 Jerusalem (エルサレム)、 Jehu 、 Jethlo 、 Jehosophat 、 Jehovah (エホヴァ)、 Jephthah 、そしてその他を与えました。ついでにイエスの名前の真のコンテキスト(文脈)を分析するにはとても有意義であるようです。それは王の息子後継ぎ王子後継者を意味するエジプト語の SU と融合された JE で;その男性的な末尾の文字は、エジプト語では F でしたが、ラテン語において S ( US )に成り: JE-SU-S (ジーザス/イエス)と成りました。それはすると「平和の王子」として来る(であろう)男性的-神聖な、(聖父である神の)息子を意味します。エジプト語の男性的な末尾 F は、 JO-SE-F (ヨセフ)、 JO-SE-PH (ジョセフ)、現代のロシア語のユーセフ( Yussuf )などの様々な変形の中に保たれました。これは JO グループにおいて最も顕著で、それが含むのは Joram 、 Josiah 、 Joash 、 Jonah (ジョナ/ Jonas )、 Job 、 Joses (ホセ)、 Joachim (ヨアキム)、 Joel 、 Joshua (ヨシュア)、そして(北欧神話における) Jotun (ウータン/オーディン)です。これらがそうである様に神聖な名前だと未だに認識されていないのは、旧約聖書の例え話を実際の歴史と推測する常習的な間違いのためです。ですが、血肉の中に浸透させられた、人の神格性の例え話であり、それらは議論するまでも無く、多くの神話-形状の中に人格化された神聖な、またはキリスト的な原則の名前です。エジプトのキリストであるホルスは、彼の名称の中の一つに、「 Jocund (陽気なもの)」を有していました。

JU -形状が産み出すのは Judah (ジュダ)、 Judas (ユダ)、 Judea (ジュデア)、 Jubilee(ジュービリー)、 Judith 、 Julia 、と共に、重要で一般的な派生名詞 judge (判事/裁判官)、 jury (陪審員)、 justice (正義)です。ですがラテン語の神話的な使用は、その最高神を、エジプト語の JU にあやかり、 father 、 pater ( piter /父)と言う言葉を加え、神々の王の大いなる名前、JU-PITER (木星)を形成する事によって、JU を神聖な神々しさの、最も高い頂点に昇進させました。その神の妻であり妹さえも、その栄光的な称号 – JUNO を共にしました。その大シーザー(カエザル)は、彼の名前 Julius (ジュリアス/ユリウス)における神からの伝説的な派生を自慢しました。 Juniper の樹(西洋ネズ)は神聖な源泉との、この関係を持ちます。ラテン語の Juventus (ユヴェントス)は、英語の「 Youth (若さ)」で、神々は永遠に young (若い)と言うアイデアを伝えます。(その I 、 J 、そして Y は、全て同じ文字-音の形状です。)これから私達は英語の junior (ジュニア)を有し、ドイツ語が持つ jung は、英語の young と同じ意味と発音です。 Join (加わる/繋がる)を意味するラテン語の jungo ( iungo )を始める ju が示唆するのは、新鮮な生命を派生させるために、スピリットと物質が新たに一緒に繋がったと言う事です。この IU ( JU )の茎は、今まで見られた(考えられた)以上に重要です。 YU の形状において - それは神の誕生 – Yule (クリスマス)- を象徴しその大いなる世界へと入ります。

全ての文字は、勿論、創造的な目的の、何らかの要素、または一部を表現します。アルファベット的な図式は、幾つかの異なった形式化によって表されています。ヘブライ語のアルファベットにおいて、 alepf ( A )、 mem ( M )、そして shin ( SH )といった、3つの「母文字」があると言われました。これらは明示的にそれぞれが創造前段階( A )、物質におけるスピリットの関わりの中間段階( M )、そしてその栄光的な神格化の最終段階( SH ) で - の象徴だとされます。M はの象徴です。効能(ポテンシャル)のから派生して出る生命は、物質の象徴である、水の中で進化的な目的のために「洗礼」され、そして水-物質の中の力を「乗り越える」事によって、激しい可能性を現実化させ、源泉に回帰します。のためのヘブライ語の単語は esh で、そしてスピリットは人におけるその神聖な火、 ish を進化させます。人の中のその神聖な火は、その人を ish-man にし、そして幾つもの国家の部族的な生活において、その神聖な人は shaman (シャーマン)と呼ばれました。

その他の文字が、3つの母文字に関連して、どうグループ化されたのかは、不確かな問題です。幾つかの図式的なデザインは、カバラ主義の研究者達によって提案されました。ですが、 J の他に2つの子音が、神聖な名前のもう一つの一連の中央的な枠組みを成しました。これらは R と L です。それらに基づいた、またはそれらから派生した名前がリストされなければ成りません。

それらの使用が成し遂げられると、 R と L が、本質的に同じ文字と考えられるだろう事は明らかです。中国人のこの2つの混同は良く知られています。ですがそれらの同一性が殆ど必然的に成ったのは、ヘブライ語では L と R を両方使えましたが、エジプト語には L のアルファベットが無く、古代ヘブライ-エジプトの単語、アイデア、そしてシンボルの交換において、全ての言葉の L を R に置き換える事を強いられたためです。故に可能性がとても高いのは、ラテン語の rex 、と lex 、法律にとても良く見られる様に、多くの基本的な単語は、実質的に同一の重要性/意味です。天界的な王は Lord (主)で、そして古サクソン語に派生した Lord は Law-ward (法-番人)で、ルスキンが指摘する様に、偶然以上のものです。王の意志は、全ての古代的な生活においての法律で、そして神学において、 Lord (主)の意志は、生命の法律であるのは未だに本当です。

唯何故、 R と L が、 J と SH と共に、神聖さ/神格を象徴化する様に成ったのかは、あまり明らかではありません。それらは、 M と N と共に、液体( liquids )と呼ばれる文字の階級で:それらは声の継続的な流れと共に発音されます。それらは故に、全ての生命の流れ続けるコース/行先を表すために選ばれたのかも知れません。このアイデアは不適当では無かったでしょう。それは正しいものだったかも知れません。何にせよ、 R は、太古の全てのスピリット的な神々の最高峰、エジプトの太陽神ラー( Ra )の名前に応用されるよう選ばれ、その最も神聖な応用に至り、その象徴は太陽で、円の中心に点を打ったものでした。 R と L に基づいた名前をざっと一見すると、多くの興味深いアイテムが産出されます。 R と L はどの母音とも関連させられる事ができ、それによって後に続かれるか、前に位置付けられるかの両方とも出来ます。

AL-LA から私達が気付くのは、 Allah (アラー)、 Aladdin (アラジン)、 Alheim ( Elohim/エロヒム)で、アラブ系の名前とその他に頻繁な Al~~で、恐らく英語の all (全て)も然りです。 EL-LE から私達は、ヘブライ語の神のための単語 El (エル)を有し、その複数形が Elohim (エロヒム)です。男性的な冠詞 the は、ラテン語から派生した4つの言語において、スペイン語の el (エル)であり、そしてフランス語の le (レ)です。これは、その定冠詞自体が神の称号である、またはだった、と認識されるまで、重要として理解されないでしょう。スペイン語の the は、ヘブライ語の神のための単語 EL です。英語の the はギリシャ語での神 the-os (テオス)です。そしてギリシャ語の the の男性的な形状は ho で、中国語の神のための単語です。太古の人々は習慣的に、神聖な名前に the を接頭辞させ、例えば「 the オシリス」としました。



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