それ(IT):完璧の永遠性

GOD-MAN
The WORD MADE FLESH
神-人
血肉にされた言葉
by Dr. George W. Carey
and Inez Eudora Perry
ケイリー博士&ペリー著
http://ia700401.us.archive.org/18/items/godmanwordmadefl00carerich/godmanwordmadefl00carerich.pdf


それ(IT):完璧の永遠性

ある子供が、その母親に氷の欠片を持ってきて尋ねました:「これは何?」

その母親は答えました:「それは氷よ。」

再びその子供は尋ねました:「氷って何?」

その母親は答えました:「氷の中には水があるのよ。」

その子供は、氷の中の水を見つける事を熱望し、金づちを持ってきて、その氷の欠片を叩き、粉々に砕き、そして暖かい空気が直ぐに、全ての氷を水に変えました。その子供が酷くがっかりしたのは、その子供が水を含んでいると考えた氷が消滅してしまったためです。

そしてその子供は言いました、「この水を含んでいた氷は何処?」

そしてその子供の度重なる質問によって、その母親は、「氷は全て水で;氷のようなものなど無く;私達が氷と呼ぶものは、結晶化した、または凍った水よ。」と言わずにはいられませんでした。

その子供は理解しました。

ある学生が、彼の教師に幾らかの水を持ってきて、そして尋ねました、「水とは何ですか?」「それは何を含みますか?」

その教師は答えました、「水は酸素と水素を含みます、」そしてその後、どうすればその2つの気体が、熱によって分離され、開放されるのかを説明しました。

その学生は、全ての酸素と水素の分子が解放されるまで水を沸騰させましたが、全ての水が消滅してしまった事に彼は驚かされました。

するとその学生はその教師に尋ねました、「逃げ出した気体を保っていた水は、何処に行ってしまったのでしょう?」

するとその教師はその学生の度重なる問いによって、「水自体が、酸素と水素の産物です。水は、これ等の気体以外に何も含みません。現実において、水としての実質、または液体はありません;私達が水として名付けたものは、水素の2つの部分と酸素の一つの部分が結合する事によって機能させられた運動の率で、そして勿論、その気体の結合が壊された時、その現象は消滅します、」と言わずにはいられませんでした。

その学生は理解しました。

信心深い科学者が、神の前に彼自身を現し、そして尋ねました、「主よ、人々が酸素と水素と呼ぶこれらの気体は何なのですか?」

その善き主は答えて言いました、「それらは宇宙の、血液と体における分子です。」

するとその科学者は言いました、「主よ、貴方は私に、貴方の血液と体を構成する、分子の種類を教えてくれますか?」

その主は答えました、「それらの同じ分子、気体または原則が、私の血液と体を構成します;私と宇宙は一つで、同じであるためです。」

再びその科学者は言いました、「我が主よ、するとスピリット(霊)と物質とは何かを、私が尋ねてもよろしいでしょうか?」

そして故にその主は答えました:

「氷と水は一つであり、そして気体と水も一つなので、スピリットと物質も一つです。の体 - つまり宇宙の - 分子において、人によって認識された、異なった段階と現れは、言葉によって原因されています;故にそれらは形状と言う服を着せられた私の思考です。」

此処でその科学者は、恐れから解放され、大胆に感じ、そして尋ねました、「私の血液は、すると、構成と神聖な本質において、貴方の血液と同じなのですか?」

そしてその主は言いました、「そう、貴方は聖父と共に一つです。」

その科学者は其処で理解し、そして言いました:

「今、私の眼は開かれ、そして私は、私が食する時、私は貴方の体を食し;そして私が飲む時、私は貴方の血液を飲み;そして私が呼吸する時、私は貴方のスピリットを呼吸する事を知覚しました。」

物質と呼ばれるものは、純粋な知性で、それ以外の何ものでも無いのは - 何故ならそれ以外には何も無いからです。

純粋な知性は、進歩する事が出来ない、またはそれよりも、より良いものに成る事が出来ません。知性以外には何もありません。偏在、全能、全知は、知性を意味しなければならず;故にこれらの用語はその言葉の中に全て含まれています。

私達は、上述された言葉が表現する事を意図した、全てを表現する短い言葉を応用し、つまり、「それ(IT)」と言う言葉です。「I」は全てのために意味で – 永遠的な I です。「T」は、機能、現れ、振動、または運動のために意味します。運動している「I」は「T」で、または十字化で、すなわちT-十字です。私達は、「雨が降る!(IT rains!)」「寒い!(IT is cold!)」「大丈夫!(IT is all right!)」と言います。私達は「IT(それ)」によって何を意味するのでしょう?誰が知るでしょう?ある人は、「天気!(The weather!)」と言うかも知れません。またある人は、「自然現象!(Natural phenomena!)」と言うかも知れません。いいでしょう、では - 「天気」や「自然現象」によって私達は何を意味するでしょう?唯の「それ」です、勿論!

それ(IT)は進歩せず;それはそうする必要がありません。それは永遠に現れ、機能し、分類化し、そしてそれ自体(ITSELF)の異なった要素、または見解を現します。ですがこれらの異なった段階は、グッドでも、ベターでも、ベストでも無く、バッドでも、ワースでも無く - 一つで、そして唯一の知性の異なった影や色です。

もの(thing)と呼ばれる全ては、動物、植物、または鉱物であれ、分子、原子であれ、イオン、エレクトロンであれ、運動の異なった率において、それ自体を表現している一つの知性です。すると、スピリットとは何なのでしょう?

スピリットが意味するのは息または生命です。スピリットは、人の中へと吹き込まれたものは、知性的でなければならず、そうで無ければ人は知性的にならないためです。非知性的な実質は、それは、勿論、考える事が出来ませんが、何の中にも吹き込まれないし、もしそう成ったとしても、何も知性的にしません。故に私達は、スピリット、知性、そして物質は、運動の異なった率における同じエッセ(esse/本質)であると理解します。

分子、原子、エレクトロン(電子)と呼ばれるものは、何をどうすれば良いのかを知っています。それらは、葉っぱ、または花を形状するために、どうくっ付き結合し、そして機能すれば良いかを知っています。それらはその同じ葉っぱ、または花をどう分離し分解するかを知っています。これらの生命の偏在性の粒子は、惑星、太陽、そしてシステムを造り;それらは彗星を、星屑の測量さえ無い砂漠を渡るその道へと投げ入れ、その燃える通り道を浮き彫りにします。

生命とその機能の、物質主義的そして個人主義的な概念から、科学の岸部に沿った難破を見るのはみじめで情けない事です。私達がこれ等の明らで悲しい失敗を、存在の統一性と英知の機能のしっかりとした足場から見た時に唯一、私達ははっきりと、これ等の摩擦と、争っている要素と、一時的な敗北と勝利の中に、永遠的なスピリットの化学的な機能を - それ自体の実質と共に機能している - その正に正体を理解します。生命の全ては一つの永遠的な生命で、故に奪われる事も、傷つけられる事も、そして破壊される事も出来ないと私達が理解出来るのは、変格の炎を通してのみです。

物質主義の眠りと夢から、スピリットの単一性への気付きへの、移行段階における、人々の発作的で様々な、変化している信仰は、言葉と論説のバベル(混乱/劣化)においてその姿を見せますが、その幾つかを私は端的に考え、進化についての一般的な信仰から始めます。

進化的な概念は、そのアイデアにおける開始点を、(a)物質 - そう呼ばれるものは - マインド、知性、またはスピリットからは別々の何かで;(b)この物質には始まりがあり;(c)それは、それ自体の中に前進するまたは進歩する熱望を有し;そして、最後に、民族/種族は進歩していて、より賢く成っていて、改善している、等々の点を持ちます。

この推測に対して私が主張する提案は、宇宙が - (Uni-verse)一つのverseは - 始まりも終わりも無く常に存在し、そしてその様々な現れと機能の全てにおいて、常に完璧であったと言う事です。

機械は、その最も弱い部分よりも、強くはありません。もし自己-存在している宇宙のある部分が弱いまたは不完全なら、それは、必然的に、常にそうであったはずでなければなりません。存在しうる全ての知識を持ち - 全てでありながら - 何処かに不完全性があるなど考えられません。私達が見て、感じて、味わう、またはあらゆる感覚の方法における全ては、完璧な実質で、完璧な要素から凝縮された、または現れさせられたものですが、全てはそれらの音、振動、またはモード、もしくは運動の率において異なります。は、人と同等に完璧なので、故に同等に善です。足無しで、それは人を追い越し、手無しで、それは猿を超えてよじ登り、そして全ての時代を通して英知の象徴でした。人は、蛇の意識にとって邪悪なものです。どちらとも邪悪でも - 善でもありません。それらは「無限の意図の行い」の表現または種類です。

クラゲの脳は、人の脳と同じ要素で、同じ実質の構成で、単にコンビネーションが異なっているだけです。人は、クラゲが何を考えているのか、何故それは動き、そのエネルギーをその様に現れさせるのかを伝える事が出来るでしょうか?どの様に、すると人は、彼の思考が、異なった本質で、そして異なった目的のために機能するので、クラゲよりも賢明なのでしょうか?

英知 - 存在する全ては - 単純に機能し、現れ、形状を表現し、またはそれらを創造し、自己-存在している実質のものです。英知には始まりも終わりも無いので、その機能、または現れの全てにも、始まりも終わりもありません。

現代人は今、空気を凝縮化または物質化する事において、彼の最初の授業を受けていますが、数え切れない年月を通して蜘蛛は、化学の学校にまず出席する事の必要性も無く、奇跡を行ってきました。蜘蛛がそれによって彼の蜘蛛の巣を空気から形状する動機は、科学の絶望です。蟻やビーバーの英知は、ダーウィン的な夢の中の信者達を間抜けにします。蜂の完璧で協力的な共通財産は、未だに人が達成できない理想です。

アッシリアの王、メネリクの王座の影が落ちる土の下には、埋もれた文明の何層も、何層もがあり、モーゼスがヘブライ人達を奴隷の身から導き出した何年も前、またはバアルベックの壁が、アラブ人と彼のラクダに影を落とした何年も前に、中国人の天文学者達は、天界を地図し、星々を名付け、日食/月食や彗星の再到来を計算しました。

何十万年も以前の地上の人々の英知の証拠と証言は、全ての曲がり角において科学的な研究者達に立ちはだかります。こちらではロゼッタ・ストーンで、あちらではアリオクの記述されたシリンダー、またはカルデアの王、グディアの石像です。ピラミッドの建設を預言する、楔形文字の粘土版は、発掘者によって光の下にもたらされ、そして中国の帝国の歴史は、その鎖を途切れさせる事無く15万年続き、永遠に「人の転落」の論説を否定します!私達が今日知る事の全てを知っていた太古のアジア人達と隣り合わせで住んでいたのは、クリスタル、細胞、クラゲ、トカゲ類、霊長類、そして原始人です。時の風化に対して嘲笑う太古のユカタン半島の石のアーチを造る事の出来たメイソン(石工)と共に隣り合わせで生き細工したのは蟻で、人が未だに夢見る事しか出来ない、その協力的で共同財産的に機能していました。原始人と人食い人種と共に住んでいたのは蜘蛛で、その空中的な要素における機能は、化学的な研究者達の絶望です。

そして黄金に飾られたソロモンの寺院が、その神聖な街を装飾した時、またはバベルの塔が雲に向かってそびえた時、もしくは古墳の建設者達が、彼等の歴史を石と土に記録した時、その鷲と白鳩は冷静に空に浮かび、何時人は、彼等の科学の平面へと進化するのかを不思議がりました。それらは今でも、不思議がっています。

進化的な論説の提唱者達は、ハックスリー教授を引用する事に飽きる事がありません。この著名な科学者の記述を読んだ事の無い人は、彼の弟子達の明言によって、彼が力と物質の大いなる問いについて、肯定的な見解を有していたと信じる様に誘導されるでしょう。以下の引用は、1863年5月22日の日付けがされた、ハックスリー教授によって書かれ、チャールズ・キングスリーに宛てられた手紙からで、彼の息子、レオナードによって出版されたハックスリーの手紙から取られたものです。

「物質が力からはっきりと異なったものなのか、私は知りません。原子が、純粋な神話以外のものでは無いのかを、私は知りません。「Cogito ergo sum(われ思う、故に我あり)」は、私のマインドにとって、馬鹿らしく悪いロジック(理論)の欠片で、あらゆる時において私が言う事の出来る全ては「Cogito(思う)」です。私がラテン語の形状の方が英語の「I think」よりも好ましいと思うのは、何故なら後者が、それについて現在の現象の束が、貴方が何も知らない事を示す、エゴの存在を主張するためです。彼等が描写的で、彼等自身の蜘蛛の巣(罠)をスピンさせようと彼等が試みるや否や、彼等の髭で笑う限り、私はハミルトン、マンセル、そしてハーバート・スペンサーを信じます。」

「無知のこの土台は、貴方のために十分に広いでしょうか?もし、神学者である貴方が、科学者である私が、マイナス・ゼロのこの土台にする様に、確かな足場を見つける事が出来るなら - 私達(の意見)が分かれる事を恐れる必要はありません。何故なら、私は、魂が秘密裡に体を成すという貴方の教義と、体は秘密裡に魂を成すと言う私の正反対のものを同時に受け入れる準備があるためで - 単純に何故なら、どちらの論説にしても、真実か間違いかのあらゆる証拠が得られる可能性を私が否定するからです。推論的な哲学の私の基本的な原理は、物質主義とスピリット主義は、同じ馬鹿らしさの柱の対極で - スピリットまたは物質のどちらかについて、私達が何かを知っていると想像する馬鹿らしさです。」

ハックスリーは、彼が知らなかった事を認めました。

食欲が日々、食べ物の新たな化学的なコンビネーションを欲する様に、マインドも無限の生命の新たな概念を欲します。「無限」と言う言葉は、概念の終わる事無き分裂化を定義します。

もしスピリット的な意識が - 千里眼の啓示者、ジョン(ヨハネ)が天界から降臨するのを見た、「強力な天使」が - 物質的な進化の柱を取り去るなら、神聖に公正な真実の寺院が、その場所を取るために不死鳥の如く湧き出すでしょう。眼はすると開かれ、そして耳は塞がれないでしょう。人はすると、下等生物と呼ばれるものは、人の生命体と同様に複雑で、素晴らしく、形状する事が難しく – プロト・プラズムは、人間の脳の灰色の物質の様な、その他の形状と同様に素晴らしく - クラゲの分子的な構造は、最も偉大な化学者を困惑させ、そしてビーバーの英知はダーウィン的なお伽話の信者達が間抜けにされるのに十分だと気付くでしょう。

そして善と悪の夢は、この物質的な進化のものの土台よりも、より良いものでしょうか?私達は此処に、生命の問題を解くためにいるのであって、それらを避けるためではありません;そして、永遠的な英知の強力な機能を、善と悪と名付ける事は単純に、解く代わりに避けている事です。

宇宙的な原則、スピリットまたは神は、中立です。聖者と罪人は永遠的なマインドにおいて一つです。神、または無限の生命は、善悪と呼ばれるものに全く傷つけられません。スピリット的なエゴは関心のある関係者で、それ自体の救いを機能させなければなりません。宇宙において、神または中心により近く、より良く、より高い、その他の地点はありません。全ての場所は必要で、そして他人よりひいきされる人は誰もいません。ハックスリーが上手く言った様に、「善と悪は同じ馬鹿らしさの柱の対極です。」善は、もし存在するとするなら、その対極として悪を有さなければなりません。存在/あり方に気付く者は、悪の概念と同時に、善の概念を捨て去らなければなりません。善と悪は基準で、そして存在/あり方は基準も階級も認めません。それは単純にそれです。私達が善と呼ぶ理想は永遠に存在しますが、その名前は英知の機能です。比較を許す個人的な概念をのぞいては、高低も善悪もありません。「比較は不愉快なものです。」

物理的な科学と呼ばれるものは、その教科書の中で、光は、太陽から地球へ、約9,500万マイルの距離を、8分間で移動すると宣言します。数年前まで、この明言を疑う事は、物事を知っている選出された者達の内輪からの排除を意味しました。ですが今日、その偶像破壊者は学びの寺院の門に立ち、(北欧の神)トールのハンマーでその壁を叩きます。存在の神聖な錬金術(化学)における変格のために、進化、進歩、電気の理論、光と熱、善と悪の全てが、真実のるつぼに入れられ、異なった大きさと形の氷の様に、全てが溶解するのを彼等が見るので、物質的な神々の信者達は、恐怖と震えに囚われます。

現代の化学者は、太古の錬金術師が立った土を彼が歩き始める際に、光と熱は単純に実質の運動の率で、恒星から恒星、または恒星から惑星へと移動しませんが、永遠的な言葉によって方向づけられた率においてその場所において振動すると私達に伝えます。この実質、アエリアル、またはエーテルは移動せずに – 何処にでも存在し - 偏在的な存在の体です。

人々は今、大胆にも、太陽が熱いと言う証拠は無く、太陽は太陽系のダイナモである証拠があり、光、熱、冷たさ、そして重力を産出するエーテル的な実質を震動させ、ワイヤーレス(無線)の電報においての様に、宇宙的な要素から別々のものとしてでは無く、ワイヤーの分子の運動の、異なった率によって産出された結果、または効果であると主張します。

もう一つの太古の信仰は、今はすたれましたが、死後、または肉体的な機能の終了の後の、より良い状態への人の進歩です。このアイデアは、神聖なマインドにおいて善の階級があり、何故か私達は地上の人生の期間、正しく扱われず、そして、結果的に、私達は「あちらで(死後に)」楽な地位で報酬されるはずと言う、誤った考えに起因します。ですが私達は今、生命の大いなる原因と、その機能を、その息子達と娘達に帰属するものを、一瞬たりとも彼等に与えない事は非正義であると、とても鮮明に理解します。もしその原因が何か間違った事をしたとしたら、それが後悔し、正す理由は何もありません。もしその原因が、公正な報酬を与えられ無かった、としたら、それは何時であれ、再びそうするでしょう。上記された「存在のより良い状態」は、此処でそして今、得られた英知を通してのみ来る事ができ;故に人は「彼自身の救いを機能させます。」

それ程昔では無い時代、著名な科学者は、はっきりと別々で分割する事の出来ない、約74の元素があると信じましたが、その錬金術(化学)的な破壊主義者は、彼の真実のハンマーで、その間違った考えを叩きのめし、そしてその74の顔を一つの表情へと、情け容赦無く殴打しました。

長い間、水のマイナスの極である、水素の気体は、間違いなくそれ以上に分割される事は出来ないと仮定されて来ましたが;現代の化学者は、それが「その背後に神が立ち、その影の中で彼自身の見張りを続ける、より小さな分子の更なる表現でしか無い事」を知っています。

科学の大荒れの海の岸部に沿った沈没船の幾つかの死後検証は、エゴが個人で、それはその神聖な起源の知識を通して、それ自体にそれが望むかも知れない全ての物事を引き入れるかも知れないと信じます!ですが眠っている者達が目覚めればすぐに、それぞれのエゴが、膨大な全体のごく一部でしか無く、それ自体には何も引き入れないと理解します。永遠的な実質のための引き寄せ合いの法則など無く、何処にでも存在し、それぞれが、永遠から永遠へと彼のために準備された実際の部分を使用します。

生命の継続性が、最初に疑う余地無く実証された時、重要で無くされたスピリットからの最初の発送は、彼等の物質的な眠りのベッドから跳ね出し、半分だけ開いた眼で「曇ったガラス」を通して大いなる真実を見ただけでした。その後に訪れたのが言葉のバベル化(混乱)でした。彼等は理解されるために翻訳が必要な専門用語をぺちゃくちゃしゃべりました。人々の間で得られる地上の生命における進歩のアイデアは、スピリット的な領域に植え替えられ、そして私達はスピリット的な哲学の信者達によって、男達と女達には、肉体を離れた後に、進歩のための大いなる好機があると伝えられます。宇宙の開始のアイデアは、進化の土台であり、物質的な意識の中で眠っている者達の間の信仰なので、ですから個人は、物質的な人間の実験室から開始したと言うアイデアが得られました。これらの半分目覚めた個人達は、彼等の善の概念とは対照的な行いが、無限の知性によって原因される可能性を理解出来無かったので、彼等は、男達と女達の悪い行いと呼ばれるものは、地上に結ばれた邪悪なスピリットによって刺激されたと結論しました。これらの人々は - それらの多くはまた - スピリット的な領域におけるスピリットの存在の主要な目的は,炭鉱脈、証券、株、そして宝くじや馬券についての情報を収集するためで、そして故に貧乏な有死の者達が素早く金儲けするための補佐と考えました。これらのスピリットは、遺言や権利証書に関して知らされていて、何時、裕福な親戚が有死のコイルを巻き上げる、または魅力の無い妻達や夫達が「気を失う」のかを知ると仮定されました。

ですが真実の太陽は、終にその暗闇を破り、そして利己主義/わがままの専門用語は「新たな歌」へと変わりました。私達は今、それぞれのスピリットは、一つの永遠的なスピリットの一部、または性質で - 故に常に存在し、そしてその派生の行程は血肉の服、またはスピリットのためのマスクを扱い、それにおいてそれは創造的な行程において必要な部分を行うとはっきりと理解します。「パーソン(法人)」と言う言葉は、ギリシャ語のペルソナから派生し、仮面を意味します。

邪悪なスピリットによる憑依と私達が呼ぶものは、彼自身の寺院における神の手術または流動的な機能で、私達の現在の環境において私達が理解するのは、子供が、熟練した医師の手術における英知と必要性を理解するほど不可能であると、私達は理解します。

そして、最後に、私達は今、日々の始まりも終わりも無い永遠的な英知は、血肉の寺院に入る前も、それに宿る間も、またはそれを離れた後も、進歩しない事を私達は完全に気付き、理解します。創造的、または形成的な行程の全ては英知、または永遠的な生命の機能と正しく定義されるでしょう。

の壁の無い寺院の中で、その屋根の無いドームの下で、進歩は無く、意識に移動している風景を永遠に見せている絶対の新たな段階です。

物事を行う男達と女達は、彼等が今、彼等の周りで見つける好機と物質を利用し、そしてそれらと共に機能し、神聖な計画を実行するために、その永遠的な力が、彼等のために使われたと認識する者達の全てに驚きが結果します。私達は全員が、神聖な仕事場における執行人、または労働者で、そしてその神聖な知性は、永遠的なそれ(IT)は、私達のそれぞれを此処に位置させた事において過ちを犯しませんが、私達が最善を尽くすがその時で、此処がその場所であると強く主張します。大いなる原因/目的が、ある未来の時において完璧を達成するために、より低い形状において、最初に実施/練習する必要が無い様に、私達は、未来においてそう成る代わりに、現在においてそうある(存在/あり方)事を認識し、実施/練習しなければなりません。

「ですが、貴方の科学が、私のを取り上げ、そして私は貴方が何処にをしまったのかを知りません、」と貴方は言うかも知れません。対照的に、私は貴方に、一つの真のをもたらし、「それは今も昔も、そしてこれからもそのままでしょう(存在するでしょう/偏在)。」

ジョブの書の最後の章の第五段落は以下の様に読めます:

「私は、耳の聴覚によって貴方の事を聞きましたが、今は、私の眼で貴方を見れます。」

全ての本の中の本、キリスト教の聖書の中に見つけられる記述と科学的な明言は、お互いの事を決して聞いた事も無い、男達と女達によって、数千年を渡る日付において、記録されました。それらの先生達の幾らかは、男根信仰が盛んで;6(シックス)の数字が性(セックス)として理解され;そして生殖機能を通して機能している創造的または形成的な原則が神聖なものの中で最も神聖と崇拝された、太陽系がゾディアックの牡牛座のサインを通って旋回していた遥かな昔の時代に生きました。聖書の中に含まれた、生命とその機能の知識に貢献したその他の先生達は、火のサインである、牡羊座の時代に生き、火と太陽が神の本質として信仰された時代で、そして、熱として、火と呼ばれる現象の原因は、見られる事が出来ないので、「神を見て生きられる者はいない」と言われるのは妥当でした。ですから、そうすると、「神を見て生きられる者はいない」または「今は、私の眼で貴方を見れる」と言うのは、人が神、または物事のスピリットを見る視点によります。

ジョブと名付けられた書の著者は - ニネヴァの羽の着いた牛によって象徴される - 牡牛座の時代より更に前の、8,000年以上前に生きていたはずで、それは双子座の時代で、それは空気の(サインの)時代なので、知覚と表現の時代でした。この関連性において、一つの時代は、太陽系がゾディアックの一つのサインを渡って通り抜ける期間、2,200年を意味する事を理解しましょう。空気の時代、それぞれのエゴは、それらの神聖な遺産を目覚めさせ、そして彼等の神性(Godhood)を達成させました。ジョブの記述者は、すると、双子座、または空気の時代に生きていて、神を見て、そして生きる事が出来ました。私達の太陽系は、もう一つの空気のサインである水瓶座に(現在)入り、そしてスピリット化された要素が私達の脳細胞に働きかけ、ですから私達は過去の空気の時代の先生達を理解する事ができ、そしてまた、神を見て生きる事が出来ます。

ゾディアック


文学的な批評家の代表格であるカーライルは、こう言いまいた、「ジョブの書は、この世界に与えられた、最も素晴らしく、そして美しい文学的な産出です。」確かに、その書に記述された占星学と錬金術の科学的な真実、そして血肉におけるスピリットの機能は、平行線がありません(右に出るものがいません)。J、O、B、の文字にはオカルト(秘儀/隠された)で、科学的な意味があり、I とJ は同じなので、IOB はJOB と同じ意味です。I は、永遠的なI を意味します。全てのヘブライのアルファベットはI から形状されました。O が意味するのは始まりも終わりも無い宇宙で、B が意味するのはベツで、一つの体、家、教会、または寺院です。故にJOB またはIOB において見られた様に、GOD または全ては発見されるかも知れません。ジョブと言う言葉は、人への言及を持ちません。その名前、またはその言葉の文字は、象徴化された原則で、英知、知識、知性、またはキリスト、もしくはブッダと同じです。私達は私達の政府の原則を個性において象徴化し、それらを男性または女性の形状において描き、つまりアンクル・サム、またはコロンビアです。ですが私達はそれ以上の事をして:私達は言葉を彼等の口に入れ、そして彼等に演説を語らせます。そして私達は、過去の時代の記録を扱う時、これ等の事実を無視するべきでしょうか?一つの記録は端的に、イエスは例え話においてのみ、語ったと明言します。

ですが私達は、神の発見を、より詳細に考えてみましょう。太古のカバラによると、G.O.D. の数字的な値は、9で - 数学の全てで - 人は意味していません。もし「私(I)と聖父は一つである」と言う明言が真実なら、その「I(私)」は、現れた、または表現された聖父でなければなりません。表現を通して以外に聖父を考える事は不可能なので、物質と呼ばれるものの何らかの形状における現れは永遠的で - 大いなる必然性で - そして故に、常にそうであったと、私達は結論しなければなりません。

酸素と水素の幾らかが永遠的に気体の形状で存在していて、幾らかが水を原因するコンビネーションにおいてで、そしてまた幾らかは氷と呼ばれる固い、または凝縮された形状で存在すると考えるのは合理的です。するとスピリットと物質 - つまり、肉体的または物質的な表現が - 一つであると言う仮定上、理論的に続くのは、物理的な体、または人の寺院を含む物質は、生命の本質が物質、または人の物理的な構造に必要な間、聖父-聖母の原則にも必要です。私達が氷と呼ぶ現れを私が見る時、私は酸素と水素を見ます。私が水を見る時、私は酸素と水素が結合した時、それらがどう実際に現れるかを知ります。ですから私が物質と呼ばれるもののあらゆる形状を見た時、私は実際に神が特定の時間と場所にどう現れるのかを知ります。私は神の効果、または働きは見えませんが、私は神を見て、私は特定の時に私が見る事、または認識する事の出来る神を、面と面で、そしてありったけの神を見ます。

一歩、一歩、科学的な研究者は、全ての物質、または実質、またはエネルギー、もしくは力は - 貴方が好きな様に読んでください – それ自体が純粋な知性であると言う、酷く、絶対的な真実の戸口へと導かれています。原子、分子、エレクトロンは、人が人格化して、そしてと呼んだ純粋なマインド思考、または知性運動の率の表現でしかありません。氷は水によって浸透されているのでも、水によって操作されているのでもありません。氷水です。物質は、マインドによって操作されているのでは無く;マインドと物質は一つです。水はその同じもの(氷)よりも、よりプラス/肯定的な運動の率なので、水が氷の塊をあちらこちらに運ぶ様に、マインドの高い振動は、ある程度、マインドの低い振動を操作します。物質の粒子と呼ばれるものは、何をするのかを知っています。葉っぱを構成する原子は、何時くっ付き葉っぱとして物質化を知り、そして何時どうやってそれを分解し、非物質化する事を知っています:「貴方は他の神を有さないでしょう。」

私は、私の手の中に、薔薇と呼ばれる一つのものの特定の形状を有します。物質的な思考は、それがによって造られた、またはがその中にある、もしくはその背後にいる、はたまたがそれを原因した、または創造したと言いますが、スピリット、そのI am が、その薔薇を創造したは何処で、彼は彼自身を何処に連れて行ったと尋ねる時、物質的な信念は、沈黙に至ります。ですが、待ってください!私は此処に、半分形状された薔薇である蕾を有します。もしが薔薇を造るなら、は完成まで、働き続けなければなりません。ああ、優しく語って下さい!詳細に見て下さい!その薔薇は今、造られていて、そして貴方はがそれを造っていると言います。そう、貴方はがこの完全に開いた薔薇を造ったと言いました。では、すると、は、正にこの半分開いた薔薇に働きかけている最中でしょう。貴方の分光器、貴方の顕微鏡を持ってきてください!急いで、今、化学者よ!貴方の試験管、貴方の酸とアルカリ、貴方の分光器とX-線を持ってきてください。分析して、光を当て、拡大して下さい!今、私達はを発見するでしょう。は此処で、私達の眼の前で働いています。

化学者さん、貴方には何が見えますか?何が見えますか、科学者さん?ああ!私は貴方に見えるものを知っています。物質と、そしてスピリットの領域における私の経験が、貴方に見えるものが何かを伝えます。おお、汝、途方もない性の力よ - セックス/性別よ - 創造の日々よ、汝、聖父-聖母ヤーウェイよ、汝、神聖な男性と女性よ、汝、永遠的なプラスマイナスの流動性よ!私達は今、汝が機能しているのが見えます。の創造的な調合物の、化学化する質量から、震えて振動している実質から、ゆっくりとその薔薇は出でます。ですが、それが薔薇であると、貴方は確かですか?待ってください。薔薇とは何ですか?それは何の物質で形状されていますか?ああ、その科学者 – るつぼと試験管と酸の者は - 語ります!その化学者に聞きましょう!

彼はこう言います、「その薔薇は、宇宙的な実質から造られています、」または「その薔薇は、運動の特定の率において、宇宙的な実質です。」ありがとうございます!その化学者に祝福あれ!宇宙的な - 一つのverse的な - 一つの実質で - がその薔薇で、または私達が薔薇と呼ぶ微笑みで - は再び大いなる永遠的なそれ(IT)において現れ、それのための名前は、それ以外に無いためです。

ジョブは、「私はの思考が見える、」とは言いませんでしたし、彼は、「のマインドを見抜く事が出来る、」とも言いませんでした。その計画(plan)は見られる事が出来ませんが、計画された(planned)もの - 惑星(planet)は - 見られる事が出来ます。人は、のマインドを理解する事無しで、の実質を見る/理解するでしょう。

私達は、この途方も無く栄光的なテーマについて、エマーソンを聞いてみましょう:

「その大いなるアイデアは、知恵を混乱させ;
その下で言語はためらい;
それは教養のある者を難しい位置に置き – 
芸術も、権力も、労働も、
永遠的なマインドの大きさを見つける事は出来ず、
讃美歌も、祈りも、教会にも出来ない。」

おお、汝、常に存在する神聖なマインドと実質よ!私達は今、汝との統一性を完全に気付き、そして汝の栄光の中で浴び喜びを得ます。現実性の強力な天使は、幻想の覆いを破り、そして私達は、広く開けた門と共に、天界的な真実の街を見て、そして永遠的な愛の白い光は、永遠にその道の上を照らします。

おお、病と試練の影の中の汝よ、「汝の床から起き歩みなさい;汝の罪は、汝を許すでしょう。」

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