ゾディアックと救いの塩

Zodiac and the Salts of Salvation
ゾディアックと救いの塩

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パート1
前書き
イネズ・ユードラ・ペリー著

ジョージ W. キャリー博士の小冊子、「人体のミネラル・ソルトとゾディアックのサインとの関係」は何度も再出版されましたが;私が、私の最初の1冊を確保したのは1906年で、そして真実のために頭脳的に貪欲で、そのページを熱心に飲み込みました。

それは私にとって実際の肉と飲み物で、とても興味深く魅了され、私は直ぐに、人類に対するその計り知れない価値に納得させられました。その認識は、一貫的な経験と熱心な調査研究が決定的な証明を供給したので、年々、強く成りました。私はキャリー博士が世界の最も偉大な貢献者達の内の一人として讃えられる日がそれ程遠くは無いと信じます。

この混沌的で物質主義的な時代において、精神と同時に身体の健康の扉を開く、価値の付けられない鍵を彼は発見し、公表しました。この鍵の理解と使用は、人類がそれによって再派生させられるかも知れない、身体-化学的な行程を達成するかも知れません。これが意味するのは、ゆっくりとですが確かな、身体的、そして精神的な退化、病、不幸せ、そして死から、誰しもの遺産である - 完璧性の - 栄光的な状態への上昇です。故に聖書的な訓令、「貴方は、貴方の父が天界において完璧である様に、故に完璧に成りなさい。」マタイ5:48が達成されます。

人々の大多数は、15年に及ぶ熱心な調査と経験が私にさせる明言によって、もし衝撃を受けないにしても、驚かされるでしょう。人類を助ける義務と誠実な望みはまた、貢献している要素ですが、其処にはもう一つのより強力な理由があります。私達の太陽系は、その時代の周期において再び、人の息子である水瓶座の中に入っていて、そして真実、またはその一部でも知っている者は、それを書き、語り、そして生きなければなりません。水瓶座は人道主義、または人の星座で、そして天王星(の振動)が、太陽系の通り道である、ゾディアックのこの部分の統治者です。

占星-化学-身体解剖そして色別の表
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故に、これが真実の時代なので、それと共に、そしてそれのために働く者は、自然の法則との調和において機能していて、その間、反対のコースに続く者は、何故、彼等が繁栄していないのか不思議に思うでしょう。繁栄する事が意味するのは、人の必需品を十分に有し、身体的にも精神的にも充実している事です。

重要なのは真実だけで;意見は関係ありません。キャリー博士はその後者には興味が無く、彼は偶像破壊主義者でした。彼はそれらがどの様に受け止められようとも、科学的な明言をする様に駆り立てられたと感じました。

私の手法(そして目的)は、彼と同じです。私は、私がそうだと知り、それらがそうであると証明した事実を与える事を希望します。

故に、炎の文字において書かれるべきである以下の明言を、どうか慎重に、そして正直に考えてみて下さい:

完璧性を達成するために必要な行程の知識と実行は、身体生理学的な化学の理解を通さなければ、絶対に不可能です。これを、ウイリアム・シュースラー博士は彼の医療の生物化学的なシステムの中で説明し、そしてその完璧の鍵は、ゾディアック的なサインとの生物学的な塩のキャリー博士の配置において、彼によって供給されました。

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上記された明言の真実は、私にとって、私が生き、動き、そして私の存在を有するのと同様に、間違いなく本当です。それを読んだ人達のマインドにそれが永遠に刻まれる様に、更にもっと強調して言えれば良いのにと私は望みます。

シュースラー博士のシステムが、医療の唯一の真のシステムなのは、それが血液に、その構成要素の部分を供給している方法であるためです。聖書は(レヴィ記17:11において)大いなる化学的な事実を、以下の言葉で最も忠実に明言します:「 生き物の命は血の中にあるからである - 血はその中の命によって贖いをするのである。」

血液が血肉の生命なので、それが必然的に続くのは、人は三位一体(体、または血肉、魂、そしてスピリット/霊)なので、彼の体の質、状態、または健康は、彼の魂を決定し、それは正確な度合において一致します。

「償い(Atonement)」と言う言葉は、at-one-ment または調和を意味します。もし血液が化学的に完璧で、高度に分離化され、魂を構成する神経と腺の分泌液が弱毒化されれば、完璧に成ることが出来るでしょう。スピリットの完全な配分、もしくは神の力が体に入れるのは、唯一血液が化学的に完璧に成った時だけなのは、(良い意味の方で)「類は友を呼ぶ」ためです。

シュースラーの生物化学の研究は、生命であるスピリットのための媒体として、大いなる化学者であり、宇宙の創造主が創造した物質、または基本的な実質の異なった種類を、私達が知る事を可能にします。

物質が不足していると、スピリットは不完全に現れます。

休止状態、不健康、または不完全な脳細胞は、素晴らしい頭脳には成りません。思考が脳細胞の本質と状態と一致するのは、それらが私達の思考の機械を構成するためで、そしてそれがもたらす質と価値は、その状態に完全に起因します。

此処にあるのが、世界における問題の全て、罪、犯罪、病、死、不幸せ、狂気、恐れ、臆病、肯定さの欠如、意見違い、そして国家間と人々の間の戦争の説明です。

私達の一人一人が、私達が誕生へと現れた時の自然における総意、または振動の総合、存在している全ての合計を体現しています。実際に、それは誕生を可能にするものです。特定の時には、特定の振動率が現れていて、そして一致する結果が産出されます。

「人が種まくのが何であれ、彼はまた刈り入れるでしょう。」種蒔きと刈り入れ、種蒔きと刈り入れは、誕生と死を構成します。もし私達が、私達が生きる生活の種に責任を取らないなら、私達はすると、私達が引き寄せる死の形状にも責任が持てません。

それはすると、輪廻転生しているエゴが、引き寄せ合いの振動的な法則のために、この全く同じ法則によって決定される環境において、そして状態の中へと生まれなければならないのは、同等に理論的では無いでしょうか。そうでなければ正義は存在しません。正義は神聖な法則への協調です。それは法則の働き、表現、または執行で - 正しきを行うのは、何故ならそれが最善だからです。

ギリシャの人々の神聖で秘密の記述である、ギリシャ神話の中に、上述と完璧に同意する様に私には見えるこの明言を私達は見つけます。「アンフィオンは、石(ミネラル要素)を、彼のリラ(リラは頭の中の特定の素晴らしい器官です)の音楽によって、それらの場所へとチャーム(調和的な振動を産出)する事によってテーベ(人の頭)の壁を築いた。」

それは、人体の始まりである人の頭が、振動的な法則に沿って形成される事の明言の詞的な方法で、それによって正にミネラルの原子が一緒にグループ化され、そして細胞が形成されるためです。テーベの意味は頭です。それは元々、身体学的な用語でした。

頭の最も高い部分である大脳への、ミネラル・ソルト、カリ・フォス、ポタシウムのリン酸の化学的な一致を見せた事だけでも、尊敬と感謝がキャリー博士に永遠に与えられるべき最も高い場所に、彼は称賛されるべきでしょう。この塩が、スピリット的な電気を派生させ、そして物理的な形状を生命と共に魂化させる流動的な物質であるためです。

そしてこれは、彼の12の驚きの配置のたった1つにしか過ぎません。宇宙的と小宇宙的の両方において、宇宙においてと人において、全ての知識のシンセサイザー(合一器)である占星学が、カリ・フォスが牡羊座の塩だと明かすためです。それを通して最も崇高が人の中に現れるこの実質は、彼の形状における実際の生命の原因です。

星座別の塩
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そして、脳脊髄神経にそれが供給された度合に対して、彼の中に、そして彼を通して、エネルギー、または生命が現れます。知性(スピリット、または聖父)の光は、それ自体でそれをフィード出来るこの実質が、十分に、そして正しく供給されれば、眩しく燃えるでしょう。

故に:正しい化学的な要素の完璧な供給が意味するのは、完璧な細胞、完璧な脳、完璧な思考、完璧な行動、完璧性 - 神-人です!

上記を貢献するにおいて、私が、ジョージ W. キャリー博士への、深く、そして永続的な感謝を述べるのは、彼が暗闇の中へと投げ入れた化学的な光のためです。読者よ、真実は生命の水です!貴方が沢山飲み、永遠に生きる事を学び始めます様に!

「そして忍耐にその完璧な働きを持たせ、貴方が完璧で、そして完全で、そして欠けているものが何もありませんように。」 - ジェームズ1:4

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Poem, "THE SAINT GEORGE" OF BIOCHEMISTRY
ポエム、生物化学の「聖者ジョージ」

IN MEMORIAM
追悼

Poem, "THE NEW NAME"
ポエム、「新たな名前」

RELATION OF THE MINERAL SALTS OF THE BODY TO THE SIGNS OF ZODIAC
BIOCHEMISTRY
ゾディアックのサインと、人体のミネラル・ソルトとの関係

生物化学


酸とアルカリは運動していて、
再び進歩していて、運動している。
機能していて、配信していて、醗酵している
痛みの苦闘とけいれんにおいて - 
統合していて、反応していて、創造していて、
「幹の下を通っている」魂の様に - 
ある人達は、それを化学と呼び、
またある人達はそれをと呼びます。

生物化学は、生命の化学、または新たな調合物が形成される事による、非有機的(inorganic)で有機的(organic)な実質(substances)の結合を意味します。

病気と呼ばれるものとのその関係において、このシステムは、セル・ソルト(細胞塩)として知られる非有機的な塩、または繊維を造るものを使用します。

人の体の構成要素の部分は、完璧な原則で - つまり、酸素、水素、炭素、石灰、ポタシウム、ソーダ、シリカ、マグネシウム、等々です。これらの要素の気体、等々は、本来完璧ですが、建物が建てられる梁、レンガ、または石の様に、コンビネーションにおいて無限に多様化されます。

影が、化学によって排除されることが出来ない様に;病気は毒によって排除される事は出来ません。どちらの場合においても、排除するものは何も無く(no thing);あるのは供給されるべき不足です。その影は、影によって覆われている空間に光を供給する事で排除されるでしょう。

ですから、病気と呼ばれる症状は、必要とされる食物が供給された時に、消滅する、またはその表れが消えるでしょう。

人間の体は、受け皿、または蓄電の電池で、自動車が、振動、または運動の原因に成るために必要な材料を与えられ、供給された時に正しく機能する様に、正しい量とコンビネーションにおいて、化学物質が存在する時、正しく機能します。

セル・ソルトは、私達の食物の中に見つけられ、そして故に、私達の血液の中へと運ばれ、其処でそれらは生命の行程を運び、そして化学的に親密な関係の法則によって、人間の形状、人体的な機能を保ち、物質化/実現化します。食物の非融合化、肝臓の乏しい運動、または乏しい消化活動を通して、これらの働きもの、(塩)の不足が起こる時、体の非物質化(腐敗/病気)が始まります。ですから病気は、生命の化学を運ぶ、化学的な構成要素(塩)の幾つかにおける不足で、実体のあるもの(entity)ではありません。

病気はもの(thing)では無く、血液の非有機的な構成要素の幾つかの、欠如による状態であると学べば、治癒の正しい方法は、欠如しているものを、血液に供給する事であると、必然的に成ります。病気の治療において、血液の構成要素以外のものの使用は不必要です。

分析的な化学者、チャールズ W. リトルフィールド博士はこう述べます:

「12種のミネラル・ソルトは、正に本当の意味において、人体の器官と繊維の物質的な土台で、それらの構造の完全性と機能的な運動のために、絶対的に不可欠です。循環している液体(血液)におけるこれらの塩の正しい量の欠如において、様々な線維細胞が急速に崩壊する事を、実験は証明しています。対照的に、この均整を保つ事は、健康的な成長と永続的な再生を確かにします。

「これらのミネラル・ソルトは、故に、全ての治癒の物理的/身体的な土台です。emplove(証明?)された学派に拘わらず、もしそれらが血液と繊維から欠如しているなら、完全な治癒は不可能です。」


ESOTERIC CHEMISTRY
秘儀的な化学


新たな時代の夜明けにおいて、神の創造的な調合物が、新たな人類を形成している間、この再構成の激しく活発な時代において、物理的/身体的な再派生を望む者達の全ては、新たな繊維、神経の体液、そして脳細胞を造るために、彼等が行える全ての方法によって努力し、故に文字通り、「新たなワインのために、新たなボトル」を造ります。聖書の中で「ワイン」として知られている単語は、人に関連して使われた時、血液を意味する事が知られるべきです。それはまた、木の樹液、そして野菜や果物の汁を意味します。

ガリリーにおける、カナの婚姻での、水をワインに変える例え話は、人間生命体における、全ての鼓動に起こっている行程の文字通りの明言です。

ガリリーは水、または液体の輪を意味し - (血液)循環システムです。カナは、分離の場所 - 肺を意味します。ギリシャ語において、音を振動させる「葦の場」、または肺の細胞です。

生物化学者達は、食物は血液を形成せず、食物の全てに含まれる、非有機的、またはセル・ソルトを解放する事によって、単純に、ミネラル的な土台を準備する事を証明しました。食物に含まれた有機的な部分、オイル、フィブリン、アルブメン、等々は、人間的な機械を機能させ、空気を肺へと吸い込み、其処から動脈(i.e. arteries/空気を運ぶもの)へと入れるための、運動的な力を準備するために、胃と腸の中で燃焼され、または消化されます。

故に、空気(スピリット)がミネラルと共に結合し、血液を形成する事が明らかに証明され、血液の中に見つけられる、オイル、アルブメン、等々は、「ガリリーのカナにおける婚姻」の全ての呼吸において創造されます。

空気は、水、または純粋な海と呼ばれ、つまり、処女マリア(マー)です。ですから私達は、全ての瞬間において、水がどの様にしてワイン - 血液 - に変えられるのかを理解します。

新たな時代において、私達に、新たな血液の、より高い振動、または運動に一致する、完璧な肉体が必要なのは、「古いボトル(体)は新しいワインを含むことが出来ないためです。」

同じ真実を典型している、もう一つの例え話は、こう読めます、「そして私は新たな天界と、新たな地を見ました、」i.e. 新たなマインドと、新たなです。

生物化学は、ウォルト・ウィットマンと共に、こう言うかも知れません:「横たわっている病人に、私は助けをもたらし、直立している丈夫な人には、私は更に必要な助けをもたらしましょう。」不機嫌、短気、怒り、落胆、そして簡単に失望させられる事は、胃、肝臓、そして脳の液体が、均整、または健康に結果する率、普通の率で振動していない、一目でわかる証拠です。健康は測量される事は出来ません;つまり、乏しい健康(poor health/不健康)、または健康(good health)です。健康か不健康かのどちらかでしか無く;楽(ease)か、病気(disease)で、つまり、楽では無い(not at ease)でしかありません。

体のセル・ソルトの十分な量が、単純に、何らかの痛み、または滲出の治癒としてでは無く、正しく調合され、食物として取り入れられれば、健康な体液、血肉、そして骨の繊維において実体化する血液を形成します。

私達は、健康食を取る様に、セル・ソルトの繊維を取るべきで、単純に、不健康を健康に変える為だけでは無く、常に、健康のトーン(音)において、血液が振動する率を保つ為です。


THE ULTIMATE OF BIOCHEMISTRY
生物化学の究極


顕微鏡は、網膜の細胞の運動の率を拡大させ、そして私達は、視覚の細胞の自然の振動の率にオカルトされた(隠された)物事を見ます。ミネラル、または石灰、ポタシウム、ナトリウム、鉄分、マグネシウム、シリカのセル・ソルトとして知られている、血液の流動的な分子を、より多く供給する事によって、脳細胞の運動の率は増大し;そして運動のより低い、または自然的な率は、普通の健康に現れるかも知れませんが、私達が自然の状態では感覚出来無かった真実を、精神的に、理解させます。

自然的な人、または自然的な物事は、太陽神経叢(i.e. へその部分)の上;つまり、動物的、または自然的な人の上で、認識される事を待っている新たな概念が認識されるために、自然のレベルから超自然へと上昇させられなければなりません。

その陽的な極、または存在は、太陽神経叢の下の、地上の動物的な欲求の王国から、スピリット的なエゴの寺院である小脳を、第三の眼である視床ともに繋げる松果体へと「持ち上げ」られなければ成りません。

この再派生的な行程によって、脳の眠っている数百万の細胞が覚醒させられ、そして機能させられ、その後、人はもう、「曇ったガラスを通して見る」事はせず、スピリット的な理解の眼で見ます。

化学と占星学をリンクさせる事に否定的な人達に、筆者は以下を言わなければなりません:

宇宙的な法則は、無知な個人の批判的な明言によって、全く影響されません。真実を見つけようと深く調査する、自然現象の研究者達は、「ゾディアックのサインが、どの様に人体のセル・ソルトに、関係があるのか、私は理解出来ません、」と言う興味半分の人に、関心を払いません。彼が「理解する事が出来ない」唯一の理由は、何故なら彼が一度も理解しようと試みなかったためです。

少々の切実で我慢強い研究は、一般的な知性を持つ人になら誰にでも理解を開かせ、UNIverse はその言葉が示す通り;i.e. one verse一つの歌)であると言う大いなる真実を明らかにします。

一つのものの全ての部分は、あらゆる部分の機能に対して敏感であると言う事が理論的に続きます。

人間の体は、宇宙の縮図です。

ゾディアックのそれぞれのサインは、体の12の機能と、誕生時の太陽の位置によって表されます。

故に、ゾディアックのサインと体の機能に一致するセル・ソルトは、その他の塩よりも、より速く消費され;その特定の時における太陽の影響によって原因された不足を補うために、補給の量が必要に成ります。

限られた場所は、大いなるオカルトの(隠された)真実への、人類の覚醒についての、端的な明言しか許しません。しかしながら、インドからの以下は、新たな思考のトレンドを示唆します:「キャリー博士の治癒術の領域における注目すべき研究は、引っ繰り返されていない石(i.e. 未調査の分野)を残しませんでした。ゾディアック的なセル・ソルトの彼の発見は、治癒術の創世記に、新たな1ページを加えました、」と、インドのマドラスの G.T, アルメニアン通り105番地で出版された、セルフ・カルチャー・マガジンの中の記事において、スワミナサ・ボミナ博士、M.B., Ph.D.Sc, F. I. A. C. が記述します。

THE TWELVE CELL-SALTS OF THE ZODIAC
ゾディアックの12のセル・ソルツ


ARIES, THE LAMB OF GOD
牡羊座:「神の子羊」

3月21日(春分)から4月21日まで。

占星学者達は、長い間、3月21日から4月21日までを統治する、ゾディアックの天体的なサインによって、天界の「大いなる人」の中で象徴された、人の頭、または脳を統治する惑星の発見を待ちわびていました。この星座は牡羊座 - 雄羊、または子羊として知られています。

それぞれの惑星の角度は、効果、または影響の原因に成ります。中世の神官階級は、無知な一般大衆を操作する事を望み、惑星的なアスペクト(影響要素)、位置、または角度の影響を人格化し、(角度/angle)の文字を入れ替えて天使(angel)にしました。この「スリップしやすい歯車」の上に、、聖職主義の途方もない詐欺が基づけられました。

教会の嘘の教えが人の脳の繊維に刷り込まれると共に、加えられた角度(影響)と共に新たな惑星が現れる以前の長い間、近づく嵐の効果が、天気予報士の研究室の液体とメカニズムを障害する様に、地上に住む者達の脳を障害したのは、それ程、驚きでしょうか?

キリストの再来と、この世の終焉は、あらゆる町角から何年も宣教され、そして数千人、否、数百万人が、キリストが生きた様に生きる事、または彼(キリスト)の人生の彼等(信者達)の概念に沿って生きる事に、彼等自身を誓わせました。

科学的な原因無しで、人々の大規模な運動は決して起こりません。

「光の室」を意味する視床は、内的、または第三の眼で、頭の中心に位置しています。それは松果体脳下垂体を連結させます。視覚神経は、この「単一眼」から始まります。「もし貴方の眼が単一ならば、貴方の体の全体が光に満たされるでしょう。」その視床が牡羊座の惑星で、そして身体的な再派生を通して完全に発達させられた時(神-人;血肉にされた言葉参照)、それは入門者を、太陽神経叢(へその位置)の下の動物的な欲求である、地上の王国から、スピリット(霊)的なエゴの寺院である小脳を、第三の眼、視床に連結させる松果体へと向上させます。

この再派生的な行程によって、脳の何百万もの眠っていた細胞が目覚めさせられ、機能し始め、そしてその後、人は、「曇ったガラスを通して見る」のでは無く、スピリット的な理解の眼と共に見ます。

私は、天界においてもう直ぐ発見される、視床に一致する惑星を預言しましょう。

「新たな秩序は到来します。」

太古の逸話の中で牡羊座は、「神の子羊」、またはガドとして知られ、それは頭、または脳を表します。脳は、人の体とマインドを操作し方向づけます。脳自体は、しかしながら、天体的な影響、またはアングル(エンジェル達)によって機能させられた受信機で、そしてその力の源泉の方向づける力、または知性に沿って、機能しなければなりません。

人が理解において乏しかったのは、何故なら彼の脳の受信機が、特定の微妙な影響に振動しなかったためです。神経の灰色の物質の中の流動的な細胞は、精密にチューン(調音/調整)されておらず、そして反応せず - 故に原罪、または理解不足です。

生命の化学の教えから、脳の土台、または神経の液体は、リン酸カリウム、またはカリ・フォスと呼ばれる、特定のミネラル・ソルト(鉱物塩)である事を私達は見つけます。

この脳の成分における不足は、「原罪」、または判断不足、もしくは正しい理解の不足を意味します。牡羊座、主、神、または惑星の前進と共に、セル・ソルト(細胞塩)は、全ての治癒の土台として、急速に台頭してきています。リン酸カリウムが人に知られている最高の治癒の媒体なのは、何故ならそれが、物質的なへ表現と理解の、化学的な土台であるためです。

人間生命体のセル・ソルトは今、使用のために準備され、その間、有毒な薬物は、至る所で処分されています。リン酸カリウムは、3月21日から4月21日の間に生まれた人達のための、特別なバース・ソルト(誕生塩)です。

これ等の人々は能力労働者で、切実で、実行力があり、そして頑固で - 故に彼等は、脳の活性成分を直ぐに使い果たしてしまいます。

牡羊座の誕生石は、アメシスト(紫水晶)とダイアモンドです。

アストラル(星状)的な色は白と薔薇色のピンクです。

聖書的な錬金術(化学)において、牡羊座はガドを表し、ヤコブの7番目の息子で、「武装し用意周到」を意味し - 故にトラブル、または危険にある時は、「貴方の冷静を保て」と言われます。

新約聖書における象徴性において、牡羊座は使徒(弟子)トマスに一致します。牡羊座の人達は、彼等自身のために、物事を彼等が理解するまで、疑り深い本性です。

TAURUS, THE WINGED BULL OF THE ZODIAC
牡牛座 - 「ゾディアックの羽根のある雄牛」

4月21日から5月21日まで。

古代人達は、「原始的な人々」ではありませんでした。最初の人も、原始的な人も、決していませんでした。人は、永遠的な真理で - その真実です。真実には始まりなど、決してありませんでした。

ニネヴェ(の街)の羽根のある雄牛は、実質(substance)は、物質化(materialized)した空気で、そして個体の実質と呼ばれるものは、空気の中へと分解される事が出来るだろうと言う、大いなる真実の象徴です。

牡牛座は土のサインですが、土(魂)は沈降させられた空気的な要素です。この化学的な事実は、牡牛座の時代(4000年以上前)の科学者達には知られていて;故に彼等は、彼等のゾディアック的なサインのエンブレムを、翼と共に彫刻しました。

4月21日と5月21日の間に生まれた人達は、牡牛座生まれのエドウィン・マークハムによって書かれた様に、物質性の中へととても深く下降する、または「牡牛座が廻る天界程高く」上昇する事が出来ます。

スピリット的な概念の翼を生やした、この有名な牡牛座生まれの彼からの以下よりも、何がより美しく成ることが出来るでしょう:

「それは待っていて、目覚めたヴィジョン、
そして貴方はそれをもたらさなければ(降ろさなければ)ならない、おお、相応しい人々よ、
宙に浮く新たな共和国をもたらし(降ろし)
そしてそれを地球の土台としなさい。」

空気は、血液のための「生の素材」で、そして「無限の錬金術師」によって血管の中へと引き入れられる、または、むしろ、吸引(呼吸)された時、それはミネラル・ソルトである賢者の石と結合し、そして人間と言う実験室において、血液を創造します。

ですから、その後、血液は生命のエリクシア(不死の妙薬)で、「神々の膿漿液」です。

硫酸ナトリウムは、ナト・サルとして薬剤師達に知られており、牡牛座の月の下に生まれた人達の、身体的、そして精神的な特徴に、化学的に一致します。

牡牛座は、小脳、または下の脳、そして首によって表されます。

血液における硫酸ナトリウムの不足は、常に後頭部の頭痛に現れ、時には脊髄を下って延長し、そしてその後、肝臓に影響します。

牡牛座生まれの人達の病気の症状において、最初に不足に成るセル・ソルトは硫酸ナトリウムです。

硫酸ナトリウムの主な役割は、体からの水の過剰を排除する事です。

暑い天候の大気は湿度が高く成り、故に肺を通して血液へと吸い込まれます。

牡牛座の塩の一つの分子は、水の2つの分子をシステムから取り上げ、そして運び出す、化学的な力を持っています。

血液は、私達が飲む水からはオーバーチャージ(過剰摂取)されませんが、日蔭で70度(ファーレンハイト)を超える太陽の熱によって、川、湖、または沼の水からの水蒸気による、大気のオーバーチャージされた空気から過剰摂取されます。

排出されるべき過剰な水が血液の中により多く有れば、より多くの硫酸ナトリウムが必要と成ります。

胆汁症、またはマラリア的と呼ばれる全ての問題は単純に、硫酸のソーダ不足によって原因された、化学的な効果、または運動です。

悪寒と発熱は、筋肉、神経、そして血管の、乱暴な痙攣(けいれん)を通して、血液から過剰な水を絞り出し排出する、自然の方法です。

もし血液が化学的に正しくバランスされているなら、「震え」も悪寒も起こりません。

統治している惑星は:金星です。

宝石は:苔瑪瑙(moss-agate)とエメラルドです。

アストラルの色は:赤とレモンの黄色です。

聖書の錬金術において、牡牛座はヤコブの8番目の息子、アシェルを表し、そして祝福、または幸せを意味します。

新約聖書の象徴性において、牡牛座は使徒タデウスに一致し、堅固さ、または愛に導かれたを意味します。

THE CHEMISTRY OF GEMINI
双子座の化学

5月21日から6月21日まで。

双子座生まれの主な特徴の一つは表現力です。セル・ソルト、カリ・ムリアティカム(塩化カリウム)は、フィブリン/線維素(血液凝固の際に形成される線維状たんぱく質)を形成し、身体の神経[筋肉]組織の全体を通して分散させる、血液のミネラル的な働きものです。

この塩は、である炭酸カリウムの塩素酸塩(化学フォーミュラ、KCIO₃)と混同されては成りません。

塩化カリウム(カリ・マー)のフォーミュラは、KCI です。

カリ・マーの分子は、人間生命体の中へとフィブリンを造るために、生命の化学において使用される主要な媒体です。顔を覆う肌は、表情を与える線と角度を含み、そして故に一人の人をその他から分別させます;よって、フィブリンの創造作用(塩化カリウム)は、双子座生まれのバース・ソルトとして割り当てられました。

静脈の血液において、フィブリンは1000分の3の量です。カリ・マー(塩化カリウム)の分子が基準値以下に落ちる時、血液のフィブリンが濃く成り、肋膜(ろくまく)炎、肺炎、カタル(鼻の粘膜の炎症)、ジフテリア、等々と呼ばれるものの原因に成ります。血液循環が、腺、または粘膜を通して、濃く成ったフィブリンを排出出来なくなると、それは心臓の機能を止めるかも知れません。エンボルス(塞栓)は、小さな塊、または玉を意味するラテン語の単語で;故にエンボルス、または「心臓麻痺」で死ぬ事は一般的に、心臓の心耳と心室が、フィブリンの小さな塊によって詰まらせられ、心臓の運動が止められた事を意味します。

血液が、正しい量の塩化カリウムを含む時、フィブリンは機能的で、上に言及された症状は現れません。ジェミニ(双子座)は双子を意味します。双子座は、米国を統治する星座です。

双子座のアストラルの色は、赤、白、そして青です。私達の旗(星条旗)を最初に造り、色を選んだ人は、個人的には占星学の事を何も知らなかった間、宇宙的な法則はその意志を働かせ、アメリカに「赤、白、そして青」を与えました。

水星が、双子座を統治している惑星です。誕生石は、緑柱石、アクアマリン(藍玉)、そして濃い青の石です。聖書的な錬金術において、双子座は、ヤコブの9番目の息子、イサッカルを表し、価格(代償)、報酬、または補償(償い)を意味します。新約聖書の例え話的な象徴性において、双子座は、使徒ジュダに一致し、それが意味するのは奉仕、または必要性(順守)です。無知な暗黒時代の神官階級の歪められた思想は、錬金術的な象徴の文字通りの解釈によって、「奉仕と順守」を悪名高いものにしましたが、現在の水瓶座の時代の期間、ジュダの象徴は理解され、そして「奉仕」の弟子はもう、「三段階の方法(i.e. 神官階級)」に服従する必要はありません。

CANCER: THE CHEMISTRY OF THE CRAB
蟹座: 「蟹」の化学

6月21日から7月22日まで。

蟹座は、ゾディアックの母のサインです。

その母の乳は、血肉を取り、そして「イシスのベールを引き裂いた」後の最初の家です。

家、または住処を守る事に対する、6月21日と7月22日の間に生まれた人達の粘り強さは、蟹のハサミによって良く描写されており、そしてまた、住いを確かなものにするために、それが何処へ行くにもその家を運ぶ事実にも描写されています。

12のゾディアックのサインの角度(天使達)は、人間のミクロコズム(小宇宙)において、それらの活力を実体化させます。化学の機能を通してエネルギーを創造し、神聖な実質の知性的な分子は、「言葉-血肉」を創造します。

蟹座の化学における土台は、カルカレア・フロウリカ(フッ化カルシウム)として、薬学において知られるライム(石灰)のフッ化物の非有機的な塩です。

血液の中で、このセル・ソルトが不足すると、身体的、そして精神的な病気が結果されます。石灰のフッ化物と類アルブミンの結合によって、ゴムの木であれ人体であれ、伸び縮みさせられる繊維が形成されます。(静脈瘤や、似たような症状の)筋肉繊維のたるんだ状態の全ては、筋肉繊維に「ゴム(弾力)」を加えるための、伸び縮みする繊維の量の不足によるものです。

上と下の脳の極 - 大脳と小脳の - 間の粘膜の繊維における、伸び縮みの繊維が不足した時、人間の機械を機能させるダイナモの、プラスとマイナスの極の「たるんだ分裂」に結果します。

この不足の間違いないサイン、または症状は、根拠の無い金融的な破産への恐怖です。

12の星座のいずれに生まれた人達も、時にはフッ化カルシウム不足に成りますが、その誕生における蟹座の中に火星、または水星(もしくはそれらの両方)があったために、蟹座の人達は、その他の星座の下で生れた人達よりも、この伸び縮みの繊維の不足を示唆する症状に成りがちです。

何故、私達は、血液のミネラル的な構成物の幾つかにおける不足の結果のための、ラテン語、またはギリシャ語の用語集を調べるべきなのでしょう?もし私達が、私達の体に薔薇のとげ(ブライアー)を見つけた時、私達は素朴な言葉でそう言い;私達は、「私にはブライアタイティス、またはスプリントラリジアがある」とは言いません。

血液のセル・ソルトにおける不足が、誰も意味を知らない名前と共に、医学的な無知が立派にし、人格化した症状を原因すると、私達が知った時、私達は生命の化学の不変の法則によって、科学的に治癒する方法を知ります。私達は、病気の原因を学ぶ前では無く後に、私達は病気を防げる様に成るでしょう。

長きに求められた健康の領域に人が辿り着くのは、隔離を通してでも、殺菌を通してでも、「健康管理局」を通してでも無く;身体的な再派生が働かせられるのは、健康の確言を通してでも病気の否定を通してでも無く、生命の不死の妙薬と賢者の石が見つけられるのは、ダイエットでも、断食でも、「良く噛む」事でも、suggesting でもありません。

「賢者の水銀」と「隠れたマナ」は、健康食の一部ではありません。

塩風呂とマッサージの被害者は、若い内に頭髪を失い、そして酒とサウナ風呂の愛好者は、早死にです。

「Sie transit gloria mundi.」
変化する世界の栄光。

人の体が、化学的に完璧にされた時、マインドの機能は完璧に表現されるでしょう。

乳のサインに帰属する誕生石は、黒いオニックス(しまめのう)とエメラルドで;アストラルの色は緑とあずきの茶色です。

蟹座は、ヤコブの10番目の息子、ゼブルムによって表され、そして住む場所、または住処を意味します。

マタイが蟹座の使徒です。

LEO: THE HEART OF THE ZODIAC
獅子座: ゾディアックのハート

7月22日から8月23日まで。

太陽は、神聖なエネルギーを溢れ出させます。それは、永遠に「生命の妙薬」を濾過し、ばら撒く「醸造」のポットです。

太陽が、獅子座の中を通っている間、7月22日から8月23日の期間に生まれた人達は、大いなる人、または「獣(星座)の輪(i.e. ゾディアック)」のハート(心臓/こころ)の振動、またはパルス(衝動/鼓動)を受けます。身体の中の血液の全ては、心臓の中を通ります。ですから、獅子座生まれの人達は、「天界の息子」である大いなる「錬金術的な花瓶」の中に含まれた全ての特質と可能性を受けます。

獅子座の人達の、衝動的な特徴は、そのパルス(衝動)の中に象徴されていて、それはこころの鼓動の反射運動です。

天文学者は、宇宙、プロポーション(均整)、そして一つの機械(i.e. 宇宙)の、今までに発見された歯車に、数学の的確な法則を応用する事によって、望遠鏡が予測を確認する前に、特定の惑星が何処に位置するのかを伝える事が出来ます。ですから、天文的-生物化学的な学者は、ゾディアックの輪の物質化した角度(天使)と共に一致する血液のミネラルと(筋肉)繊維の創造者が、必然的にいなければならない事を知っています。

マグネシウムのリン酸は、生物化学的なセラピーにおいて、けいれん性の衝動的な症状の全ての治療法です。この塩は、その様な場合において、不足している成分を供給し、そして故に正常な状態を回復させます。筋肉的な力、または神経の活力の不足は、心臓を通って脈打つ血液に、「ライオンの活力」またはインパルスを与える、心臓のセル・ソルト、リン酸マグネシウムの機能における不全を示唆します。

獅子座は太陽によって統治され、そしてその天界的なサインの子供達は、自然的な太陽の崇拝者達です。

ゴールドは、商業的に使用されることが出来る前に、少量の%の、合金、または土台的な金蔵を含まなければなりません。同様に、太陽の「黄金のオフィル(Ophir)」 - 太陽の光線、または振動は - 身体的な機能において使用される事が出来るために、土の塩であるマグネシウムの高い効能を含んでいなければなりません。故に、有機(太陽の光線とエーテル)の中の無機(ミネラルと水)の化学的な運動を通して揮発性は訂正(安定化)され、そして言葉が血肉に成ります。

獅子座の人達は、彼等のバース・ソルトを、血液のその他のソルトの何よりも速く消費し;よって彼等は頻繁に、マグネシウム不足に至ります。天然のマグネシウムは、繊細な粘膜の吸収を通って血液に入るには大きすぎるので、血液に取り入れられる前に、生物化学的な方法に沿って準備されなければなりません。

獅子座の誕生石はルビーとダイアモンドです。

アストラルの色は、赤と緑です。

ヤコブの11番目の息子、ディナーが獅子座を表し、そして裁かれた(判断された)と言う意味です。シメオンが、獅子座の使徒です。  

VIRGO: THE VIRGIN MARY
乙女座: 処女マリア

8月23日から9月23日まで。

処女は純粋を意味します。マリー(マリア)、マリー(Marie)、またはマレー(Mare/Mar)は、水を意味します。M の文字は単純に、「水を運ぶ者」である、水瓶座のサインです。

処女マリアは、純粋な海、または水を意味します。

イエスは、魚を意味する、ギリシャ語の単語から派生します。その純粋な海、または水の外へと魚がやって来ます。女性の体の外へと、「血肉にされた言葉」がやって来ます。全ての実質(substance)は、水のより高い効能である空気から出現します。

全ての実質は、魚、またはイエスの実質です。

この実質はこう言わされます、「食べよ、これは私の体です;飲め、これは私の血液です。」

人がその中に彼の存在を有する、一つの宇宙/統一的な空気、エネルギー、またはスピリット以外に、肉体と血液が造られる事の出来るものは何もありません。

全ての知覚可能な要素は、知覚不可能で目に見えない要素の、運動の特定の率の効果です。窒素の気体は、溶解、または究極の効能におけるミネラルです。

オイルは、硫酸カリウムと類アルブミン、そして空気的な要素の統合によって造られます。

乙女座の天界的なサインの下で生れた人達の、生命体において乱される最初の要素はオイルで;オイルの機能におけるこの障害は、薬剤師にカリ・サルフェイトとして知られている、硫酸カリウムの不足に現れます。

乙女座は、人間の体において、太陽神経叢と腸によって体現されていて、太陽神経叢は、脳の後部からのエネルギーの、大いなる受信の局で、その間、腸は、血液によって取り入れられるために、食物を準備する化学化を行います。

ヘブライ語における X の文字は、サメック、またはストマック(お腹)です。X 、または十字は、磔、または変化 - 変格 - を意味します。

乙女座の人達は、識別力があり、分析的で、そして批評的です。

顕微鏡は、体が健康な時に、皮膚の700万個の毛穴から、一貫的に小さなジェットが、流れて、逃れている事実を明かします。硫酸カリウムの分子における不足は、組織の中のオイルが濃く成る原因に成り、そして人間のエンジンのこれらの安全バルブを詰まらせ、故に熱と分泌物を、内臓、肺、胸膜、鼻の穴の粘膜、等々へと戻らせます。そして、大いなる進歩を豪語する、医療科学が、これ等の化学的な結果のために、「悪いな風邪」よりも、ましな用語を発案出来無いのは奇妙に思えませんか?

硫酸カリウムは、頭皮と頭髪の中で、大量に見つけられます。この塩が基準値よりも下がると、ふけ、または破裂、黄色っぽい、薄くオイルっぽい物質の分泌、または抜け毛が結果します。

硫酸カリウムは素晴らしい塩で、そして人の体がオイルを創造する、神聖な実験室におけるその機能は、生命の化学の奇跡です。

統治している惑星は、水星です。

誕生石は、ピンクの碧玉とヒヤシンスです。

アストラルの色は、黄金と黒です。

聖書の錬金術において、乙女座は、ヤコブの12番目の息子、ジョセフに表され、そして力を増大させる事、または「右手/正しい手の息子」を意味します。

乙女座は、使徒バーソロミューに一致します。

LIBRA: THE LOINS
天秤座: 下腹部

9月23日から10月23日まで。

このアルカリ性のセル・ソルトは、ナトリウムの炭酸塩と共に、骨灰、または中性性のオルトリン酸から、造られます。

リブラ(天秤)はラテン語の単語で、秤、または均一を意味します。ソディウム、またはナトリウムのリン酸は、人間の体の、酸性と、通常の体液との間のバランスを保ちます。

酸は有機的で、2つ、またはそれ以上に、化学的に分離される事ができ、故に、酸と呼ばれる運動の化学的な率を構成するフォーミュラを破壊する事が出来ます。

血液、神経、胃、そして肝臓の液体には、常に特定の量の酸が存在しています。酸の明らかな過剰は、常に、アルカリ性の天秤座の塩の不足によるものです。

酸は、錬金術的な逸話において、サタン(サターン/土星)によって表される間、リン酸ナトリウムはキリスト(海王星)の象徴です。キリストの原則の欠如は、神聖な寺院(人体)において、サタンに大暴れする許可を与えます。キリスト(オイル)の前進は、革紐の鞭と共に、邪悪を追い出します。旧約聖書と新約聖書の、例え話的な言語における寺院への言及は、常に人間生命体を象徴します。「貴方の体が、生き神の寺院である事を知らないのですか?」

ソロモンの寺院は、男性と女性の、身体的な体の、例え話です。人の魂の寺院 - 家、教会、べス(家)、または寺院は、「のこぎり、またはハンマー」の音無しで造られました。

憎しみ、妬み、批評、嫉妬、競争、我がまま、戦争、自殺、そして殺害は、大部分において、血液の酸の状態によって原因され、その鍵として、魂の素晴らしい実験室におけるか化学的な分子の配列/配置に沿って、魂が「神聖な調和」を行う、または「高い天界(i.e. 大脳)の前で、幻想的なトリック」を行います。

平和と愛の媒体である、金星の塩の正しいバランスが無ければ、人は「反逆、策謀、そして略奪」に相応しく成ってしまいます。

戦争と、戦争の噂が、人生の舞台の上でまかり通る間、世界の人々が、現時点よりも、天秤座の塩のアルカリ性を必要とした事は決してありません。

太陽は、9月23日に天秤座に入り、そして10月23日まで其処に留まります。

統治している惑星は、金星です。

誕生石は、ダイアモンドと真珠です。

アストラルの色は、黒、深紅、そして淡い青です。

天秤座は空気のサインです。

聖書的な錬金術の中で、天秤座はヤコブの長男、リューベンを表します。リューベンは、太陽のヴィジョンを意味します。

新約聖書の象徴性において、天秤座は、使徒ピーターに一致します。

ピーターは、ペトラに由来し、石、またはミネラルです。

[ピーター(ミネラル)よ、汝の上に、私は、私の教会;」すなわち、べス、家、体、または寺院「を建てましょう、」とあります。

INFLUENCE OF THE SUN ON VIBRATION OF BLOOD AT BIRTH: SCORPIO
出生時における血液の振動への太陽の影響: 蠍座

10月23日から11月22日まで。

我慢の科学、または時間が物理的な感覚の幻想であると気付いていない人には、蠍座から「白い鷲」まではとても長い旅に見えるでしょう。

蠍座のゾディアック的なサインは、人間の物質的な生命体の、生殖機能によって表されます。

セックスの秘儀的な意味は、数学に基づいており、人体は数学的な事実の存在です。セックスは、サンスクリット語において、シックス(6)を意味します。

「創造の6日間」が単純に意味するのは、自己-存在している実質(神)からの創造、または形成の全ては、唯一の原則である、性的な原則の機能によって、または通してであると言う事です。

3が意味するのは、男性、父、その息子である、男性のスピリットで;この三位一体は、存在、エネルギー、または生命の一極を形成する、または構成し - ポジテイヴ(プラス/陽)の極です。

ネガテイヴ(マイナス/陰)の極、女性の三位一体は;母と娘の女性的なスピリットです。

故に2つの3つ、または三位一体は、シックス、またはセックス(性別)を産出し、その機能は全ての現れの原因です。理解する者達は、「イエス・キリストと、磔にされた彼(i.e. オイル/分泌液)を通して以外に、貴方が救われる(物質化され、保たれる)名前は天界の下にはありません、」と言う新約聖書の明言の真実を完全に理解します。イエスと磔(またはキリスト)と言う言葉をそれらの語源まで遡る事によって、真実の素晴らしい世界は、理解へと現れます* (キリスト→ギリシャ語の「クリスト/オイル」) 。

蠍座の可能性は、試練と困難、つまり、彼等が十字架、または(延髄の)交差を通った後、人々には縛り(制限)が無いと言う事です。

血液のセル・ソルトの一つ、硫酸カルシウムは、蠍座の本質に、特に一致するミネラル(「石」)です。天然の硫酸カルシウムは、ライム(石灰)の石膏、または硫酸塩です。

天然の形状において、石灰は殆ど価値がありませんが;水が加えられ、そしてその化学的な形状を変える事によって、パリスの石膏が形成され、便利で装飾的な実質に成ります。10月23日から11月22日の間に生まれた全ての人達は、彼の秘儀的な石の、この素晴らしい化学的な機能を良く考えるべきで、そして故に、「白い鷲のエイリー(Eyrie)」への彼の旅において、彼のために待っている可能性に気付くべきです。

蠍座の人達は、水と石灰の結合によって熱が原因されるので、特に、試練の水を通った後に、自然的で、魔法的な治癒者達です。

蠍座は水のサインで、火星によって統治されています。火星は「物事を行う者」で、また時には激しやすく:よって、蠍座生まれの人達は、「理性を失わない」様に心がけるべきです。

聖書の錬金術において、蠍座は、ヤコブの次男、シメオンによって表されます。シメオンは、「聞き、そして従う」を意味します。新約聖書の象徴において、蠍座は使徒アンドリューに一致し、そして創造する、または上昇するを意味します。

誕生石はトパーズ(黄玉)とくじゃく石で;アストラルの色は黄金っぽい茶色と黒です。

血液の中の蠍座の塩の物質の不足による、蠍座の塩(硫酸カルシウム)の分子の鎖の欠損は、これ等の(蠍座生まれ)の人達の病気と呼ばれる全ての主な原因です。この障害は、身体的な機能における病気と呼ばれる症状の原因に成るだけでは無く、アストラル的な液体(神経)と脳細胞の灰色の物質も障害し、そしてそれによって不調和音へと、マインドの機能を変化させます。原罪(sin)は、欠損、または未熟を意味し;故に生命の化学における化学的な不足は、原罪を原因します。

人が正しい流動性と共に、彼のダイナモを供給する事を学んだ時、彼は、「白い石」と共に造られた血液である - 「キリストの血液と共に、彼の罪を洗い去る」でしょう。

硫酸カルシウムは、天然の形状で内服されるべきでは無く、粘膜の吸収によって取り入れられるために、石灰塩は、化学的な方法に沿って、3倍から6倍に砕かれる/粉末化されるべきです。この方法によって石灰は、穀物、果物、または野菜において含まれた分子程、小さくされるでしょう。

血液は石灰の3つの形状を含みます:蟹座のための石灰とフッ素;山羊座のための石灰とリン、そして蠍座のための石灰と硫黄です。

石灰は、第3/3分の1の少数の粉末化(third decimal trituration)以下で、決して内服摂取されるべきではありません。

* 神-人:血肉にされた言葉の中で説明されています。

THE CHEMISTRY OF SAGITTARIUS
射手座の化学

11月22日から12月22日まで。

射手座に一致する、血液のミネラル、またはセル・ソルトは、シリカです。

同義語:シリセア、酸化シリシ、白い小石、または一般的なクオーツです。化学的な短縮形は、Si です。天然のシリカと炭酸ソーダを融合する事によって造られ;塩酸によって残留物が溶解され、濾過され、そして沈殿させられます。

この産物は、内服摂取される前に、生物化学的な行程によって、細かく砕かれなければなりません。

この塩は、人間生命体の外科医です。シリカは、頭髪、皮膚、爪、骨を覆い守っている骨膜、神経鞘と呼ばれる神経の鞘に見つけられ、そして骨の繊維の中にも微量に見つけられます。シリカの外科医的な特質は、その分子が鋭く尖っている事実にあります。クオーツの欠片は、細かい分子の一つの例です。シリカを細かい粉に砕いて顕微鏡で見て見ると、その分子がそれでも、クオーツの岩の大きな塊の様に、尖っていて、ギザギザである事実を明かします。全ての場合において、腐敗している有機的な物質が、化膿の行程によって体のあらゆる部分から排除される事が必要に成り、これ等の鋭い角の分子は、不思議な人体のべス(家)において日夜、止めど無く機能する素晴らしい知性によって押し出され、化膿の排出のために、皮下の通り道を開き針の様に切り開きます。身体解剖学と生物学的な研究の記録の全てにおいて、この神聖な技工よりも更に優れたものは何も見つけられません。

骨の覆いは、シリカによって強くしっかりとしたものにされます。おでき、または膿性炎症の場合、生物科学者は、脾脱疽の桿菌、または黴菌を探す時間の無駄はせず、想像的な殺菌の血清の実験もせず;彼は単純に、働きが達成されるために必要な道具を自然に用意します。

神話のセンタウルスは、「主(太陽)の前で昼夜信仰する獣の輪(i.e. ゾディアック)において、射手座のアーチャーとして知られ、弓を引いています。矢先は燧石で構成されており、脱炭された白い小石、またはクオーツです。故に、私達は、何故シリカが、射手座のサインの下で生れた全ての人達の特別な誕生塩なのかを理解します。トウモロコシの茎、または小麦、カラスムギ、もしくは大麦の麦わらは、このミネラルを含んでいなければ、真っ直ぐには立ちません。

射手座の人達は、速やかで、強く;そして彼等は予測的で - 未来を深く見定め、そしてアーチャーの様に的に当てます。有名な占星学者はその昔、こう言いました:「太陽が射手座にある時、または東に射手座が昇っている時に生まれた人達と、賭け事をしてはいけないのは、そうすれば貴方が、貴方の財の全てを失ってしまうためです。」

射手座生まれの人達は、思考を移動させる事がとても上手です。彼(または彼女)は、脳を集中させ、空間を満たす空気的なワイヤー(エーテル)を振動させ、数マイル離れた場所で、自然の調和に細やかに調整された分子の知性が、そのメッセージを読める様にする事が出来ます。

統治している惑星は、木星です。

誕生石はざくろ石、ダイアモンド、そしてトルコ石です。

アストラルの色は黄金、赤、そして緑です。

射手座は火のサインで、そして聖書の錬金術において、ヤコブの三男、レヴィによって表され、「一緒に成った、または関連された」を意味します。

新約聖書の象徴性において、射手座は、アルフェウスの息子、使徒ジェームズに一致します。

*****
1914年8月19日、水曜日のシカゴ・イーヴニング・ポストは、「天界からの激怒のサインと前兆」についてコメントし、その他の事と共に、こう述べます:「そしてイングランドにおいて今日、近代的で、科学的なマインドの人達が、私達は天体の運動が、人々に対して、それらの影響を持つと言うアイデアを、完全には否定しきれません、と言います。」

CAPRICORN: THE GOAT OF THE ZODIAC
山羊座: ゾディアックの山羊

12月22日から1月21日まで。

カバラによると、輪は生贄で、輪を形成するために曲げられた直線です。

故に、私達はゾディアック的な12のサインが、太陽に生贄され、イエスの12使徒(弟子達)による献身と生贄によって象徴されているのを見つけます。

12か月は、太陽的な1年の生贄です。

人の体の12の機能は、寺院、べス、または「神の教会」である - 人間の血肉の家のための生贄です。

セル・ソルトとして知られる - 12のミネラルは - 繊維を造る機能と融合によって生贄にされます。

それらの活性化された働きもの達の流動的な力は、化学的で密接な関係を構成し - ミネラル的な表現の陰陽(±)の極です。

g, o, a, t (山羊)の文字の、カバラ的で数字的な値を足し算すると、12に成ります。

とても太古の例え話は、イスラエライト族の罪を、山羊が荒野へともたらす事を描写します。

錬金術的な逸話の中で、「大いなる働き」は「山羊において」開始され、「白い石」において終了します。生物化学は、「建築者達が拒否した石」で、例え話的な山羊の謎とオカルト(秘儀)主義の全ての鍵を供給します。

12月22日と1月21日の間に生まれたそれらの人達は - 山羊である - 山羊座の中の太陽の影響の下に誕生します。山羊座は、大勢の労働者達が雇われる、大規模なビジネスの関心 - 信託とシンジケート - を表します。故に山羊座は、社会の土台と枠組み - 人間の関心の共同財産を象徴します。

人間生命体の骨格は、魂の寺院(ソロモンの寺院)の土台の石と枠組みを体現します。

骨の繊維は主に、石灰のリン酸によって構成され、カルカレア・フォスフェイト、またはリン酸カルシウムとして知られています。正しい量の石灰が無ければ、骨は形成される事が出来ず、そして骨は体の土台です。

その構造が造られる前に、建物は土台を持たなければなりません。故に私達は、何故、その「大いなる働き」が、山羊において開始するのかを理解します。石灰は白く - 故に「白い石」です。

啓示書の第2章17行目に、「白い石」の錬金術的なフォーミュラが見つけられるでしょう。

「乗り越える彼に、私は食べるための隠されたマナを与え、そして私は白い石を与え、そしてその石には、それを受け取った彼以外には誰も知らない新しい名前が書かれているでしょう。」

インドの山の中に、ある部族が住むと言われ、その司祭達は、人の誕生から死までの完全な歴史が、彼の骨に記録されていると主張します。それらの人々は、骨は秘密の記録保管所なので、よって、肉や血ほど、早くは腐敗しないと言います。

リン酸カルシウムの分子が、基準値よりも下がる時、骨の繊維における異常が良く発生し、骨のカリエスとして知られる、骨の腐敗が開始します。リン酸カルシウムは、アルブミンにおける働きものです。それはそれを骨へと運び、骨を造る際のセメントとして使います。

(ブライトと言う名の人において始めに発見された)ブライト病(腎臓炎)は単純に、リン酸カルシウム不足による、腎臓を通したアルブミンの溢れ出しです。

胃液と胆汁において、山羊の塩(リン酸カルシウム)が不足する時、未消化の食物から醗酵が派生し;後者からの酸は、手足の関節の滑液へと入り込み、よく強い痛みを原因しますが;何故、完璧であり、自然的で、化学的な機能がリウマチと呼ばれるのかは、理解を超えます。

リン酸カルシウム不足によって原因されたアルブミンの機能不全は、発疹、膿瘍、結核、粘膜炎症、そして病気と呼ばれる多くの原因です。

ですが私達は、病気(dis-ease)が意味するのは、楽では無い(not-at-ease)で、その言葉は、あらゆる種の存在、形、大きさ、重さ、または質を意味せず、血液の物質の何らかの不足によって原因された効果であり、それだけである事を覚えておきましょう。

リン酸カルシウムは決して天然の形状において摂取されてはなりません。それは、粘膜から吸収され、血液循環へと運ばれるために、砂糖ミルクの中で、生物化学的な方法に従って、X の6分の1に細かくされなければなりません。

山羊座の人達は、深く内向的な本質を有し、その中で彼等はよく、「魂の孤独」の中で住みます。

彼等は画策し、計画し、そして空気の御城を建て、そして本当に彼等の理想的な世界を楽しみます。もし彼等が時折、おしゃべりなら、彼等の言語は、彼等の想像力のお伽の国のヒントを殆ど与えません。その魔法の庭は、「立ち入り禁止」のサインが永遠に入口を邪魔しています。

山羊座の誕生石は、白いしまめのうと月長石です。アストラルの色は、深紅、茶色、灰銀、そして黒です。

山羊座は土のサインです。

聖書の錬金術において、山羊座は、ヤコブの四男、ジュダを表し、「主のお褒め」を意味します。新約聖書の象徴性において、山羊座は、使徒ジョンに一致します。

THE SIGN OF THE SON OF MAN: AQUARIUS
人の息子のサイン: 水瓶座

1月21日から2月20日まで。

おお、人の時代よ!水瓶座、
全ての根底の物事の変格者、
「太陽に照らされた顔の、
天界における人の息子よ。」
私達の旅路は、痛み、悲しみ、涙と共に、
長く、険しかったですが、
今、貴方の王国の中で休息し、
私達は来る歳年を歓迎します。

1月21日と2月20日の日付けの間に生まれた人達は、2倍に祝福され、そしてその期間に生まれた赤ん坊達は、これから何年も、神々にひいきされるでしょう。

太陽系は、「人の息子のサイン」である、水瓶座に入り、今後2000年を超えて、其処に留まるでしょう(i.e. 歳差運動)。惑星的な軌道に沿って太陽は、太陽的な1年に1度、水瓶座を通り過ぎます:故に私達は1月21日から2月20日まで、水瓶座の振動の2倍の影響を受けます。

科学者達が究極の効能におけるミネラルと信じる、窒素を空気は78%含みます。ミネラルは、窒素の気体の沈澱によって形成されます。分離は、窒素と共に結合する酸素と水蒸気(水素)の均整(プロポーション)によって得られます。

ナトリウムと塩素のコンビネーションは、食塩として知られるミネラルを形成します。このミネラルは、水に吸収されます。人間生命体における水の循環、または分配は、塩化ナトリウムの分子の、化学的な運動によるものです。

天然のソーダは、粘膜の吸収によって、血液循環へと運ばれる事が出来ません。血液の中に見つけられるナトリウムの分子は、高い効能の土から、それらの塩を引き上げた植物の繊維から受け取られました。そのミネラル、またはセル・ソルトは、植物の成長の生理学における自然の実験室における粉末化程細かく、生物化学的、またはホメオパシー的な効能において準備される事が出来ます(そして準備されています)。その後それらは、ミルクの砂糖(ラクトース)によく混ぜられ、人間生命体における不足を補うために、内服摂取される様に、タブレット状に圧縮されます。これらの基本的なミネラル塩(合計12種です)の、正しい量が不足すると、病気と呼ばれるものの原因に成ります。

一般的な食塩は、大きすぎるので、粘膜の吸収を通って血液には入りませんが、この塩は、内臓に沿って水を分配します。

水瓶座は、占星学的なシンボルにおいて、「水を産む者」として知られています。塩化ナトリウムはまた、ナトリウム・ムリアティカムとしても知られ、水を産み出すもので、そして化学的にゾディアックの水瓶座の角度に一致します。

太陽の角度(angle)、または天使(angel)がまた使われるのは、出生時における太陽に位置が、主に血液の振動を操作するためです。

ですから、故に、私達は塩化ナトリウム(食塩)を、水瓶座の人達の「誕生塩」として有します。

統治している惑星は、土星と天王星で;誕生石は、サファイア、オパール、そしてトルコ石で;アストラルの色は、青、ピンク、そしてナイル・グリーンです。水瓶座は空気のサインです。

聖書的な錬金術において、水瓶座は、ヤコブの5番目の息子、ダンに表され、「判断」または「判決する者」を意味します。新約聖書の象徴性において水瓶座は、使徒ジェームズに一致します。

PISCES: THE FISH THAT SWIM IN THE PURE SEA
魚座: 純粋な海の中で泳ぐ魚

2月20日から3月21日まで。

殆ど全ての人達が、魚座は魚を意味する事を知っていますが、魚の秘儀的な意味を知る人は、あまりいません。ギリシャ語で魚は、イクトゥスで、ギリシャ語の学者達はそれが「海からの実質」を意味すると主張します。

イエスは、ギリシャ語の魚のための単語から派生し;マリア、マリー、マーレは水を意味し;故に私達は、純粋な海である、処女マリアが、どの様にしてイエス、または魚に生を与えたのかを理解します。宇宙において、2つの物事が存在し - イエスと処女マリア - スピリットと実質(肉体)です。象徴、または例え話はそれだけです。

地球の観点から、私達は太陽が、2月20日に魚座のゾディアック的なサインに入り、3月21日まで其処に留まると言います。誕生時における太陽のこの位置は、魚座生まれの人達に、勤勉で、几帳面で、理論的で、数学的で、親切な、愛情深い本質を与え、困っている人達に対して、同情的で親切です。

聖書の錬金術において私達が、ヤコブの6男、「神の取っ組み合い」を意味するナフタリが、魚座を象徴するのを見つけるのは、魚座生まれの人達は、彼等の友人達や困っている人達のための、彼等の力不足について、心配して、悩むためです。

リン酸鉄は、人間の血液と繊維のセル・ソルトの一つです。このミネラルには酸素との密接な関係があり、それは血液循環へと運び込まれ、この非有機的な塩の、化学的な力によって、全体的に分配されます。足は人体の土台です。鉄分は血液の土台です。魚座の人達の殆どの病気は、血液における鉄の分子の不足に示唆されている症状と共に開始します。故に、2月20日と3月21日の日付けの間に生まれた人達は、その他の星座生まれの人達より、更により鉄分を消費すると言われます。

鉄は、酸素を引き寄せる事実のために、磁気的なミネラルとして知られます。魚座の人達は、彼等の手の中に、最大限の磁気的な力を持っており、最良の磁気的な治癒者に成ります。

健康は、血液中の正しいリン酸鉄の量に比例します。これらの酸素を運ぶものが不足した時 - 減少させられた、利用可能な鉄分の量と共に - 体の隅々まで十分な酸素の量を運ぶために、血液循環が速められます。この増大させられた血液の運動は、摩擦を原因し、その結果は熱です。何故この熱がフィーヴァー(発熱)と呼ばれているのかは謎ですが、恐らくフィーヴァーはラテン語の「沸騰し尽くす」 fevre に由来しますが、リン酸鉄不足と「沸騰し尽くし」の間に何の関わりがあるのかは、私には理解出来ません。

リン酸鉄(フェルム・フォスフェート)が、血液の治療に利用可能に成るには、血液に取り入れられ、運ばれるために、粘膜によって吸収される事が出来る様に、生物化学的な方法に沿って3分の1、または6分の1の効能まで細かくされ、ラクトースに混ぜられなければなりません。天然の状態の鉄分は、チンキの様に、血液循環には入らず、排泄物として出されてしまい、そして頻繁に、内臓の粘膜に対して有害です。

このサインを統治している惑星は、木星です。

誕生石は、かんらん石、ピンクの貝殻、そして月長石です。

アストラルの色は、白、ピンク、エメラルド・グリーン、そして黒です。

魚座は、水のサインです。

聖書の錬金術において、魚座は、ヤコブの6男、ネフタリを表し、「神の取っ組み合い」を意味します。新約聖書における象徴性において、使徒フィリップに一致します。ベンジャミンの誕生は、創世記の第35章の、あの素晴らしい逸話の中に与えられます。ベンジャミンは、故に、ヤコブの13番目の子供でした。

神-人;血肉にされた言葉の中の、「13、英知の機能」の記事を参照して下さい

「天は神の栄光を告げ知らせ;
大空はみ手の業を語り告げている。
日は日に継いで言語をほとばしらせ,
夜は夜に継いで知識を表わし示す。
言語もなく,言葉もなく,
それらのものからは声が聞かれることもない。
その測り綱は全地へ,
その発言は産出的な地の果てへと出て行った。
そこに[神]は太陽のために天幕を設けられた。
そして,それは婚姻の間から出て来るときの花婿のようだ。
力ある者のように,歓喜して道筋を走る。
それは天の一方の果てから出て行き;
巡って行くその[終わり]は[他の]果てである。
その熱から覆い隠されるものは何もない。
詩編19:1-6

PART TWO
I. THE ANALYSIS AND SYNTHESIS OF ARIES AND KALI PHOS
1. 牡羊座とリン酸カリウムの分析と調合


「(ガド)軍隊は彼を乗り越えるでしょうが、最後には彼が乗り越えるでしょう。」
創世記 XLIX.

事実を得るためには、検証されている問題を表現するために使用されている言葉の、元々の意味を、まず最初に辿る事が絶対的に不可欠です。故に、それらの語源が研究されなければなりません。これは、その方法によって、あらゆる事の知識が得られる、間違いのない鍵です。

彼の著書、言葉の研究の中で、リチャード・チェネヴィックス・トレンチ D. D., は、無名の著者からの以下を引用します:「数多くの単語が、その他の言語から由来している、私達のものの様な言語(英語)において、彼等が使用している言葉の語源、または主要な意味を探す事を、若い人達に馴れさせる事程、便利で面白い指導方法はありません。戦争の歴史によってよりも、一つの単語の歴史の方が、より価値のある、更なる知識を伝える場合があります。」上述された明言を更に強調するために、そうしなければ(語源を探さなければ)、正確な情報は会得出来ないと、私達は加えましょう。

トレンチ氏は、更にもっと同情的にこう明言します:「単一の言葉の多くはまた、それ自体が集約された詩で、その中に詩的な思考とイメージ(風景)の話しを持っています。それを検証すれば、それが自然的な物事と、スピリット的な物事の、何らかの深い類推の上にある事が見つけられ、それらに永久的な形状と体を与え、それらを描写へともたらすでしょう。それ自体において、言葉の使用、語源、そして定義の研究よりも、同時に、より指導的で、より面白い研究は無いでしょう。」

彼の著書のその他の場所で、彼は、価値のある事への関心の欠落を遺憾に思う間、それと同時に「pastime(趣味/娯楽)」と言う単語を分析します。

彼はこう述べます、「この単語のそれ自体の使用から、世界はそれ自体に対して裁定を与えます。それは、それが楽しみと喜びと共に関連しているためで、それは本来、マインドを満足させず、そして永久的で満足な喜びの感覚で満たさず;それらは、その単語が告白する様に、人の手に耐え切れない重荷を吊るす事を妨げるために、時間を過ごす(pass the time/pastime)役割を唯一果たし;それらが出来る全ては、最善でも、人々自身の内的な貧困と、不満、そして欲求に対して人々が、それらを発見し、対処する事から、彼等を妨げるだけです。

この題材はとても貴重なので、彼の価値の付けられない著書からのもう一つの引用が成されなければなりません。彼は述べます:「私は貴方にある異なった事を強調し、つまり、本の中だけでは無く、言葉が単一的に熟考されると頻繁に、道徳的、そして歴史的な真実が無限に蓄積されており、情熱と想像力があり、もし私達の注意がそれらの存在に気付けば、これ等から無限の価値のレッスンが派生させられるでしょう。貴方が普段使っている言葉、または最も高度でスピリット的な物事に関連して出会う言葉、もしくはお店や市場における私達の一般的な言葉、そして私達の生活の中で親しみのある言葉を研究すれば、どれだけ良く、貴方に報酬を与えるかを、私は強調しましょう。それは実際に、貴方が簡単に信じられる以上に、貴方に報酬するでしょう。多くの若者にとって、言葉は生きている力であり、覆いであり、そう、体でさえあり、それは思考自体が編み上げるものであると言う、彼の最初の発見は、目からうろこであり、新たな感覚を得る様なもの、または新たな世界への紹介で;彼は、彼の周りの全ての側を囲み、そして彼の眼に、更に、更に、それら自体を明かし続ける道徳的な不思議に、驚きを隠す事は決して出来ないだろうと、私は確信します。」

上記の明言は本当です。新世界は、誠に、言葉の研究者達に現れ - 知識の世界です。言葉は、文字と数字と同様に、明確な価値の入れものであり、表現です。その中に与えられた満足な情報 - 理性は - 言葉の研究によってのみ得られます。

太陽は、東から昇り、光と熱をもたらすので、遠い昔の時代から創造主と定義され、そしてそれぞれの国々と人々は、この生命を与えるもののための、それ自体の崇敬され、そして親密な名前を持っていました。

1年には、昼夜の長さが等しい2つの期間があり、そしてそれらは春分/秋分と定義されます。その最初は、3月21日に起こり、春分で;正確に6か月後に、私達は秋分を有します。

太陽は、すると、3月21日に春分の線、または赤道を渡り、春の最初の日をもたらすと言われるのは、目覚めと芽吹きがあるためで、そして故に自然の全ての復活です。実際に、地球だけでは無く、それを受け取る事の出来る全ての人間を充電する、スピリット的な電気の、天界的な力の氾濫、神聖な注ぎ出しに、一切気付いている人は、極、極、少数です。それぞれの人間は電池で、細胞の集合体で、その充電を統治している法則は、電気技師が親しみを持っているものと、全く同じです。それは、電気を引き寄せるために、正しい種類と、正しいの、素材を有さなければなりません。シューセラーの生物化学に含まれている様なセル・ソルトの知識は、その問題を解決します。

最初のほのかでぼんやりとした緑が現れ、つがいの小鳥達があちらこちらに飛び回り、そして未開墾の大地が、彼女の胸から人に食べさせるための、彼女の豊かな贈り物を注ぎ出す準備をした時の、魅力と栄光に全く気付かない程、間抜けな者は滅多にいないでしょう。

ですが、その近づきを感じ、そしてその接近が強烈な喜びと、永久的な満足をもたらす者にとって、それは何を意味するのでしょう?彼等が復活させられているのは、その同じ神-力の影響の下で、彼等のマインドが実際に拡張されているためで;その脳の実質は、グランド・マン(宇宙規模の人/神)の大脳から注ぎ出された宇宙的な電気によって影響されるためです。

これは、すると、人の働きを始める時で、蓄電された電池は、 - 利用されるために - 働き始めなければならないためです。この大いなる事実に、人類は気付く事が出来るでしょうか!ですが人間の電池は、乏しく機能していて、その電流は弱く、その細胞は実際に腐食されました。無限の電気的な力の大いなる溜池は、宇宙の中に常に存在し - スピリットが不足する事は決してありません。その問題があるのは、唯一人間の電池の中だけです。それに引き寄せる力が無いのなら、接触する事は出来ません。これが、人自身の無知によって、人から隠されて来た神秘的で化学的な秘密で、そしてこの章が明かすのはこの秘密で、この価値の付けられない宝石を保つ宝石箱が、リン酸カリウムであるためです。

この時期における自然的な現象の全ての背後の、その物凄い刺激は、1年のその期間が、スプリング(バネ/春)と定義される理由です。兎は、春とイースターの象徴の一つで、それが移動する際にジャンプする、またはスプリングする(飛び跳ねる)ためです。宇宙と人のその逸話は、数多くの形状の下で時代を通してもたらされ、それらの内の一つは動物的なシンボルです。1年のこの時期に生まれた人達は通常、スプリングのステップ(軽い足取り)で歩きます。

この季節において、私達は、太陽が実際にスプリングしている、またはそれが、その最も高い位置である夏至に届くまで、上昇して行くのを見つけます。これが1年で、日中が最も長い日です。太陽は、最大の赤緯にあると言われ、その旅を続ける前に、留まっている様に見え、ある特別な事を達成するために、停止します。

1 zodi

6か月後に、私達は、太陽がその最も低い地点に届いた時に冬至を有し、そしておおよそ12月21日に、再び留まる様に現れます。夏至は、故に、春分から90度離れていて、そして秋分から同じ角度だけ離れていて;その間、冬至は、春分と秋分の両方から90度です。これらの事実は、覚えておく事が非常に重要で、そしてこれ等の4つの地点が、同時に自然と人体の基本的な十字を構成するので、マインドの中で固定されなければなりません。その十字のこれらの地点に関連する星座は、牡羊座(春分/9時の位置)、蟹座(夏至/12時)、天秤座(秋分/3時)、そして山羊座(冬至/6時)です。

お互いから90度離れた星座はスクエアと言われます。これもまた、人の(占星学の)図表を正しく読み取るために、マインドに入れておかれなければならない重要な点です。スクエアと言う単語は、実質的、そして理論的なメイソン達の両方がそれを使うのと同じ理由で使用されます。理解された時に、人の輪をスクエアする問題が、解決されるのは;人の十字の4つのサインが、4つのスクエアを形成するためです、それぞれのスクエアによって体現される身体的な修正を行う事において、人は自動的にその十字を除去し、そしてその輪をスクエアします。これは、大いなる働きを構成します。

正に、これは、それぞれの人がその上で磔にされる十字架です。

そして最も断然と、それは物質の十字で、化学的な十字です。それぞれの人の、個人的な話は、これから出版される著書、人体の形成の生物化学的、そして宇宙-化学的な分析の中で与えられるでしょう。

春分は、故に、創造的なエネルギーの回復、またはスプリング・アップ(飛び跳ね/上昇)で、その間秋分は、フォーリング(秋)、または下降で、太陽の力、もしくはエネルギーの減少、または縮小です。オータム/Autum (秋)はラテン語の auctus から派生し、豊かにされたを意味し、故に収穫の時期のアイデアをもたらせさせ、その年の実りの収集です。

自然の注ぎ出しの時は、占星学的な1年の最初の月と定義されるものにおいて起こり、それは3月21日に始まり4月21日まで続きます(i.e. 牡羊座)。この時期の間に、太陽は、ゾディアックのエアリー(牡羊座)、子羊、または雄羊の星座を通って通過している、または通り過ぎて行きます。それは実際に、前者(3月)の最後の1週間と、後者(4月)の最初の2週間をあたるので、エイプリル(4月)の月と呼ばれます。

自然と人において、この期間の間に起こっている行程は、エイプリルと言う単語の解釈によって、再び私達の注意へともたらされます。それはラテン語の aperio から派生し、覆いをはがす、裸にする、見える様にするを意味し、故に開く利用可能にするを意味します。故に、この時期に、自然の大いなる創造的な力は、利用可能にされ、それは自然と人の体における時間だけでは無く、特定のはっきりとした場所です。

遥かな大昔から、ゾディアックのサインは、人体のそれぞれの部分に分配されてきました。その他に与えられた解釈が何であれ、身体生理学的な応用が最初に来ました。

占星学は、グランド・マン(大いなる人/宇宙)の体(解剖学)を扱いそして類推によって、人の体を扱います。この事実は、その殆どにおいて忘れられてしまい、マクロコズム(宇宙)とミクロコズム(人)の大いなる科学が、占いへと歪められてしまったためです。殆どの人達がそれに興味を示さないのは驚きでは無く、多くの人達が嘲笑い、それを馬鹿にするのも驚きでは無く、彼等には良い理由があるためです。占星学者と呼ばれる人達は、その大部分において天王星のために、またはそれと共に働いていません。しかしながら、そうしている人の数は徐々に、そして確かに増えて行っています。

時代を通してゾディアックのサインの、最も古く、最も一般的な形状がもたらされたのは、人と、その頭の上の牡羊座の絵文字、または子羊の跳ね周り、もしくは飛び跳ねの形状においてです。首から右側に、線、または矢印が、這いつくばる雄牛と牡牛座の象徴を指し;そして肩の左側から、2人の座っている子供達と双子座の象徴を指す、等々で、足の下で十字にされた2尾の魚まで続きます。後者は十字の話しと、宗教的、または科学的な漁師の話しを与え、それによって完璧化と聡明化が達成されるであろう、化学的、そして身体生理学的な行程に関連した情報を人類に与えるためである、占星学の一つの目的の否定される事の出来ない証拠です。

1 Twelve Signs Op Th -Zodiac

牡羊座と言う言葉が、ゾディアックの最初、または頭(大脳)のサインであると言う理解から、すると、私達は身体生理学的な分配を得ます。それ(エアリー)はラテン語からの派生で雄羊を意味します。ラテン語の語録集は、その他の派生語として、(頭を)乱打する雄羊、支柱、または梁を与え、全て基本的に同じアイデアを持ちます。雄羊は、動物として、喧嘩する際に頭突きする、または頭をぶつけ合うと知られています。ですが雄羊/ ram と言う単語は、サンスクリット語から派生し、高いを意味します。ヒンドゥー語の名前における ram は、その人が(地位の)高いカーストである証拠です。

頭の天辺は、人体において最も高い処で、そして人は頭を高くする、または直立出歩く事によって、彼自身を動物から分離させます。ヘブライ語の中で頭の天辺は、calvary と名付けられ、その文字通りの意味は裸の頭蓋です。それは正に上昇/アセンションの場所です。

聖書の中において、崇高な丘(高さ)への言及は幾つもあります。その一つはこう述べます:「其処から貴方の助けが現れる神聖な山に向かって見なさい。」聖書と、太古の、そして神聖な記述の全ては身体生理学的なので、上記の引用は、上部の脳、または大脳に言及し、その中にあるのは素晴らしい、全てを見る眼、または理解の中心です。

人の脳は、マインドの器官です。もし後者が、善く機能すれば、人は助けられ、全ては良好で、人は、最善の結果をもたらす事を、彼自身が行うためです。この同じ本(聖書)の中には、単一の眼全てを見る眼、または主のロウソクと、消す事の出来ない神聖なランプへの多くの明言に、私達の注意を引き寄せさせます。

それぞれの国々と人々は、太陽が ram (雄羊/牡羊座)のサインを通るその年の期間のための、独自の名前を持っています。エジプト人達はそれを神、アメン・メントゥと呼び、「世界の罪を取り払う」ガドの子羊で、ガドは、イスラエルの12支族の一つです。

Ram (雄羊)のサイン(星座)の中の太陽は、古代人達によって、神、エアリー(牡羊座)として見られました。アティスの謎の子羊で;シビルのお祭りの子羊で;トロイ人達の白い子羊で;失われた羊の救済で;ジェイソンとアルゴノーツの黄金の羊毛で;主人達の主です。牡羊座は、太陽が、魚のサインである魚座の線を渡り、牡羊座に入る時である春分を表すので、ウェークマン・Ryno 博士が言う様に、「救いの力である地上の救済を構成する、春分点における磔、または十字架化で;氷と寒い冬は消滅し、水が流れ、芽吹きと蕾が始まり、そして地上は再活性化され - 寒い冬のは、取り祓われます。」

これを牡羊座が関連する脳脊髄システムに配分すると、エネルギーのこぼれ出しが起こり、再生させ、再活性化するためにその形状へと流れ落ちます。これは正にグランド・マン(宇宙規模の人/神)の体の中で起こる事です。それが「古代人達によって、バアル・ガドのサイン、または至福の主と呼ばれたのが何故なら、彼が1年の最も幸せで繁栄的な期間を統括したためです。

テイラー博士によると、ガドと言う単語はヘブライ語から派生し、太陽と言う言葉はコプト語から由来し、両方とも同じもの、「神( God )またはガド( Gad )を意味し、太古のツァバ主義、または Ram (牡羊座)、神の子羊、ラーマ( Rama )、大いなる昇進されたものの星々の信仰の、決して翻訳される事の無い名前(i.e. 神)で、そして故に人の頭(大脳)に一致します。

ギリシャ語のテべスは頭を意味します。その名前(テーベ)の古い街があり、古代エジプトの首都でした。それは素晴らしい学問と、大いなる芸術の座で、アレクサンダー(大王)によって破壊されたと言われます。人間の器官のこの部分、大脳は、実際に、人の蓄積庫ですが、それは長い間、間違って教えられた様に無意識では無く、超意識(super-conscious)です。

全ての国々と人々の、神聖で秘密の記述を研究する事によって、人は、イースターが、魚座の時代にとってでも、キリスト教の夜明けとされる時代にとっても新たなものでは無く、全ての時代と全ての人々に帰属すると気付くのは、それが宇宙的、そして小宇宙的な行程の両方を象徴し、文字通り、生命の再生であるためです。この事実を理解する事は、理論的で、全体的で自然的な説明で、聖書の全く新たな観点のために必要な最初の段階の一つです。

この認識は、現在、益々、際立ってきている物議の全てを排除します。司祭達や牧師達は、聖書の理論的で満足のゆく説明をする事が出来ず、これは大々的に、とても多くの人達が教会から遠のく理由に成りました。人類が、それ自体のために考え始めているのは、これが知っている事( knowing )の時代であり、盲目的な信仰( believing )の時代ではもう無いためです。

故に私達は前述から、人と同時に、自然における、1年のオープニング(開始)の月の意味を見つけます。私達は、(宇宙)空間、時間、運動、そして人類を繋げる、分析、融合、そして分配の完璧なシステムを見つけ、そう、人体の最も秘密の部分さえもです。そしてウェイクマン・ Ryno 博士が述べる様に:「(ダニエル 7:9から引用し)それを文字通りに読めば、何という馬鹿げたごみ屑に成り;それが太陽と月の、冬の後の1年の成長の月の開始としての、Ram である牡羊座の星座を通った、それら(太陽と月)の天文学的な例え話として理解されれば、どれだけ美しい描写になるのでしょう;「判断は成され(春分)、その本は開かれました(春)。」

私達は此処で、もう一つの科学、胎生学と呼ばれる、身体生理学の特定の枝葉を考えてみましょう。此処に私達は直ぐに、春における自然の働きの、完璧な分配を見つけます。脳脊髄システムは、発達させられる器官の最初の部分で、それから全体の形状が実体化します。大脳とそのコード(脊髄)が正に生命の樹なのは、それらが体の残りを産む、または産出するためです。脳脊髄システムは、「その根を天界に、そしてその幹を地上に」持つと、太古のサンスクリットの記述が私達に教えます。

大脳は、人の効能(ポテンシャル)、または胎生学的な天界で、彼の働きのための天界(heave-N/heave=高く持ち上げる)は、この高く上げられた(heaved-up)の場所を完璧にする事です。N と言う文字は、その秘密の行程にとってのです。ヘブライ語においてそれは、文字通りにイエスを意味します。

この明言は、新たな情報と共に、もう直ぐ再出版されるもう一つの本、神-人、血肉にされた言葉の題材を構成します。しかしながら、何らかの満足を無くして、真実のための切実な探求を離れる事は不可能で、そしてその様な理解のための説明として:イエスは生命の胚種(根源)で、精神-身体的な胚種-細胞で、丁度、その他のあらゆる胚種(根源/細菌)と同様に、現実的で、明確に限定された、実体的/有形のもので、よりエーテル的で、繊細ではありますが、 - 化学的に完璧な果実、子孫、そして産物で、故に高度に洗練され、そして純粋化された体です。非完璧で不純な体は、この完璧なもの(オイル)を産出する事、または創造する事が出来ません。ジョブ(ヨブ)14:4において聖書が明言する様に:「誰が、汚いものから、綺麗なものをもたらせられるでしょう?誰もいません。」

その小さきもの、「塊の全体」、または人の体を「発酵」させる、発酵は、飼い葉おけ(または太陽神経叢/へその部分)の中で終に創造され、それはそのために計画された通り道に続きます。それはヨルダン川(脊髄)に入り、特定の腺を通って大脳へと、この神の川を上昇します。すると、実際に、N (オイル/イエス)が脳に加えられ、それは、詩人ミルトンが述べた様に、「それは、それ自体の場所で、そしてそれ自体の中において、天界を地獄にし、地獄を天界にする事が出来ます。」

生命の樹の根は、実が結ばれた胚種細胞から上昇する3つの神経です。これらはその後5つを形成し、脳の5つの脳室の外形を構成します。視床は、それからその根が上に向かって枝分かれする母体で、そしてそれはまた、それから地上に水を撒くために下る神聖なユーフラテス川(神の川)である、脊髄のコードが派生する中心です。それから両側に発芽が形状し、そして故に左右の交感神経が成長し、善悪の知識の樹を構成しています。

上記の題材については、もっと多くの事が記述される事が出来ますが、それは著書、神-人、血肉にされた言葉の中でより詳細に思考されるでしょう。上記の明言は、しかしながら、占星学と身体生理学が分離される事が出来ない事を証明し、そして後者において私達は最終的に、全ての身体生理学的な謎を明かすでしょう。

牡羊座は、すると、大脳とコード(脊髄)を関連させ、それは聖父、最も崇高、創造主、または体の創始者を構成し、言うなれば神と、神の川です。「そしてその川はエデンから出て行った。」故に、その頭は、実に、生命の泉の頭と言えるかも知れません。新約聖書におけるヨルダン川は、ユーフラテス川と同義で、下るものを意味するのは、神の川が、私達の身体生理学的な天界である上(大脳)から降りて来るためです。

旧約聖書の最初の本である創世記は、人の体の創造を扱います。その最初の章は、それ無しでは人間も、その他の形状も創造され無い、動物的な細胞、または生命の最も下等な形状、アメーバ、もしくは胚種の細胞に関わるものです。それは、実際の動物自体には言及しません。この説明の光の下、その第2章が理論的で矛盾していないのは、動物達(動物的な細胞)が人の中へと一緒にもたらされたためです。人の体は、動物的な細胞の集合体です。

「人の中にはスピリットがあり、そして神の鼓舞(吸い込み)はそれに理解/理性を与えます。」自然の異なったそれぞれの王国における形状の間の分別化は、に帰属します。植物は、植物として、それ自体を呼吸(光合成)させ、そして極化させます。動物は呼吸し、そしてその息は、特定の振動を取り、故に、動物、またはネガティヴ(陰的)な息(ani-mal/mal は否定形)として、それを極化させます。

ですが人の呼吸は人間のものとして極化され、そして人は、神の姿同様に形状されたので、人は、動物よりも更に何かを所有します。人の体の細胞の振動率は純粋化の結果と、正しい生活の神の法則への従いに比例して増大するので、人はもう欲求せず、その代りに鼓舞(インスピレーション)が起こります。

エロテスが、人における生命のケレス(keres)であるという、私の最近の発見の詳細へと入る場所は、この章において与えられる事は出来ません。しかしながら、これだけは言われなければなりません:上の脳、または大脳に与えられた名前が、生命の秘密を含むのは、ギリシャ語においてセレ(cere)がケレ(kere)であるためで、そして生命の源泉に関連した、争う余地の無い情報のために、私達が向かなければならないのは、その太古の民族の文献と聖書です。

頭蓋は、生命のコップで、生命の本質(エッセンス)を含み、そして私達は、太古の記述の中に、それに関連した多くの情報を見つけます。ハ・イドラ・ラッバ・クァデーシャ、またはより大いなる神聖な集会の中に、私達は多くの明言を有します。実際に、その記述の全体が、それを精密に扱います。それから、以下が例として選択されました:「故に、彼は、彼が流れ入る空間を掘り出した(つまり、空洞にした)、」が意味するのは、創造主が、その中に沈殿したスピリットが集まれる様に、お椀である頭蓋を形状し、故に大脳、または高い脳を創造したと言う事です。

再び:「光のエッセンス(本質)を創造するための彼自身の絶対的な熱望/欲求」です。エッセンスと言う単語は、ラテン語のエッセ(esse/エッセネ派のエッセ)から派生し、それは to be (~に成る/~である)を意味します。故にエッセンスが意味するのは、存在の実質、または存在のための物質的な必要性です。は生命を意味し、そしてまたスピリットで、その後者が光と生命の両方を産出するためです。それらのどれかにおける不足は、全てにおける不足を意味します。

世界に存在する大多数の人達は、彼等が2、3年だけ生き続けるに十分なスピリットを有しています。スピリット、または聖父は、母( mother )、または物質( material )と共に働きます。完璧性が存在するために、その一方は、もう一方と同等に成らなければなりません。

第4章の中で、私達はこう読めます:「太古のもの、または大顔体( macroprosophus )の脳の朝露、または水分について:そしてそれから頭蓋は、永遠であり、彼の頭を日々満たす、彼の上の朝露を濾過します。」「そして彼の頭から流れ落ちる朝露から、来るであろう世界において、死者が生き返らされるでしょう。」呪文 V:2に書かれる事について:私のは、朝露と共に満たされています。」「そしてその朝露によって、神聖で天上的なものが、栄養を与えられます。」「そしてこれが、来るであろう世界において、公正な者に用意されたマナです。

何という驚きの情報の集合体を、私達は此処に有するのでしょう。私達は、大顔体が、スピリット的な脳である、大脳のための太古の名前で、実際の聖父、または創造主である事を見つけます。また、朝露は脳の実質のためのとても古い用語で、そしてとても相応しいものなのは、朝露が地上、または大地の上で見つけられる、上からの水分の沈澱であるためです。「そして彼の頭を日々、満たします」と言う言葉は、ジョン6:58における聖書の明言:「私は、天界(大脳)から降りて来る、生きているパン(オイル)である、」に直接結びつきます。そして再び;「この日に、私達の日々のパンを、私達に与え給え。」地上(母)は朝露、またはスピリットを引き寄せるので、ですからそれぞれの人が、彼自身、または彼女自身のパンを創造する責任者です。化学唯一がこれを説明しますが、それを私達は後に考えましょう。

世界は体を意味し、天界の下の地上の世界で、言葉を変えると、頭蓋と体(上半身)です。これは、私達が何故、年月を通して退化したのかを説明します。私達は、より活き活きするより、実際に、日々、死んで行っていました。体に栄養を与えるための朝露、または脳のエッセが十分に無く - 十分な「日々のパン」がありませんでした。これが意味するのは、身体的、そして精神的な飢餓です。その体自体が墓場なのは、何故ならそれが多くの死体 - 遺伝子 - を含むためです。

私達はまた、同じ意味を持つ、もう一つの言葉 - マナ - を与えられ、ヘブライ語におけるその解釈は、人を造るです。マナ、または天界的なパンi.e. 大脳的なオイル)は、人を形成し、そしてまた、人を食べさせます。

どうか、貴方のマインドに、永久的に深く刻まれる様に、以下を読んで下さい:脳、または大脳は、体における第一の、そして最も重要な腺です。それが創造するエッセンス(本質)は、全ての腺を通って流れますが、それぞれの腺が、引き続き、その液体を変化させます。それは、最初に形成された時に、中立的、または中性的な本質で、そしてもし、人類が、それから取らなかった、または奪わなかったなら、そのままであり続けるでしょう。私達は、私達の所有物の幾つかを、泥棒達によって奪われる事を非難しますが、最悪の窃盗は、彼自身の最も大切な宝である - 生命の黄金のエッセンス(オイル)を奪う(無駄にする)、その人自身である事を夢にも思いません。これは、実際に、私達が「天界(大脳)に上昇させなさい」と指令された宝物(オイル)です。

化学的な分配のために、気短に成った人達に、上記の明言の全てが永続的にリンクされなければ、決して理解出来無いであろう事を、親切の全てと共に、私に言わせてください。エクソテリック(外観/通俗)に光を唯一灯すのは、隠されたもの、またはエソテリックです。

視床について、カバラは、私達にこう教えます:「故に、それは開かれた眼と呼ばれ、神聖な眼で、素晴らしい眼であり、摂理/神意の眼で、眠りも、うたた寝もしない眼で、全ての物事の守護の眼で、全ての物事の実質の眼です。」

私達が理解した時、または要点を得た時、私達は、「Yes, I see/はい、私は見えました(理解しました)」と言いませんか?正に、私達があまり気付かない時に、私達はスピリット的に盲目です。そして、それは誰のせいでしょう?私達自身以外にありえません。

上述に言及された器官、視床は、牡羊座(大脳)の中央の部分、または第三脳室に位置し - 正確には、中央ディーカン(10度の角度)です。そのサイン(星座)が、全体として、火星(エネルギー)に統治される間、それは合同統治者、太陽を有します。故に、太陽は牡羊座の中で昇進(exalt)させられ、終に、内的な太陽、または視床は、長い間に待っていたもの(オイル)を受け取ります。その主(大脳)は今、正に、上の室において、食事のためのパンとワイン(オイルと血液)を受け取っています。

下の脳、または小脳の健全さが、どれだけ大脳に頼っているかは、(それ自体が、全ての物事エッセンス[本質]が集結させられる場所である、上の脳に言及している)より大いなる神聖な集会の中でまた、説明されています。:「より優れた脳 - 大脳の - 保存によって以外に、劣った脳(小脳)における実質はありません。私達は此処で、マラカイ第3章8行目を引用しなえればなりません:「人は神から奪うでしょうか?ですが、貴方は私から奪いました。しかし、貴方はこう言います、どの様に私達は貴方から奪ったのですか?税と捧げ物においてです。

お金は、交換の共通の媒体、または取引における価値の尺度の役割を果たすと言う一般的な解釈の、その例え話的な起源を、私達は、人の脳の実質の中に見つけます。それは実際の真実において、人の最も大切な宝物で、それによって人が価値を測り、人の地上的な(肉体的な)取引を行う尺度、または媒体です。それは正に、王国の貨幣です。

これは、マインドとして解釈され、そして身体生理学的に脳と神経とされた、水銀( Mercury )の太古の解釈によって、更に立証されます。その語源から私達は商品( merchadise )と言う単語を得ます。水銀は交換/貿易を統治すると言われ、取引が、商品、またはお金の方法で行われるためです。脳の実質は、継続的に積み上げられる、または再備蓄される商品、またはお金で、それは私達のために複利以上に増え続ける資産を実際に産出します。ですがもし元金が、過剰な性交や、消耗のその他の形状を通して、一貫的に引き出され続ければ、それによって何らかの利子が増える方法の可能性が無く成ります。保存は実際に、効率性に繋がります。太古の日々において、水銀(ヘルメス)のイメージが、旅人達に道を印すために十字路に置かれました。頭脳/精神的な宝物は、私達自身以外の何者にも奪われる事の出来ないものです。マインドは旅をし、そしてその旅の全てにおいてそれが持つお金に支えられています。

彼等の彫刻において、ギリシャ人達は、価値の付けられないものを、後世に残しました。マーキュリー(水銀/水星/ヘルメス)の手によって高く掲げられたカデュッセウス(杖)は現在、アメリカと英国の医療機関によって、治癒の象徴として使用されていますが、その本当の意味の概念を、少しでも理解しているそのメンバーがどれだけいるか、誰が言えるでしょう。

カデュッセウス
1 chakras caduceus

カデュッセウスと言う単語は、墜落/堕落を意味するカド/cado から派生します。故に、人の墜落/堕落(i.e. 下降)上昇の逸話の全体に含まれるのは、脳脊髄システムを現す羽根のついた杖で;その柱は脊髄で、そしてその2つの羽根は、脳、または生命の樹の2つの半球(右脳と左脳)で、その間その周りにとぐろしている2匹の蛇は、交感神経システムで、善悪の知識の樹であり、また2人の泥棒達でもあります。

これ等の神経によって現される運動系は、その現在の不足し、そして故に非完全な状態において、感情的なシステムへと、退化し、歪められました。そしてこれが、人類一般の状態です。感情( E-motion )は、運動( motion )の無駄を意味し、保存/維持の欠如です。全ての不必要な感情は無駄を構成し、そして神経システムがとても消耗させられ、その上に対する操作が無い時、人は感情によって操作を失った、または促されたと言われます。完璧が存在する処に感情は現れず、そしてこれによって意味されているのは、発作的な操作では無く、調和です。人は、人が考えている事を表現するために、怒鳴ったり、泣いたり、叫んだり、または飛び跳ねたりする必要は無く - 目と顔で深い同情と理解を、表現することが出来ます。

ヒンドゥー達が、生命の樹について知っていたと証明するために、私達は、彼等の文献の中に、以下を見つけます:「生命の樹の果実と樹液は、不死を与えます。」ヒンドゥーの最も太古の伝統の中にあるのは、サンスクリット語いおいてソーマと呼ばれる、生命の樹の不死を与えるジュースです。彼等の、エリシウム、または楽園の伝説はこう述べます:「太陽の黄金の光線に、永続的に包まれ、その崇高な頂上が天界に届く、メルの神聖な山において、罪深き人は存在出来ません。それは恐ろしい龍によって守られています。それは多くの天界的な植物と木々によって飾られ、分離し、東西南北に流れる、4つの川によって、水を与えられます。」これ等の川は、その数において、聖書の中で与えられたものに一致します。

全ての生徒達が、マインドは能無しでは機能出来ず、そしてその後者は必要な素材が存在しなければ形成され無い事に気付けば、治癒を達成するためには、少なくともスピリットと物質の両方が、絶対に必要であると理解されるでしょう。

治癒と言う言葉が理解されていないのは、それが全体的、完璧、完全にされる事を意味するためです。私達は多くの方法と、多くの物事において、手助けされるかも知れませんが、治癒する事が意味するのは、完璧化のために必要な全ての働きが、完結された事です。機械技師は、正しく機能していない機械と共に忙しく、部品を取り換え、新しい物に変えます。人間の体は、それ自体を日々、再建する力を持つ唯一の機械で、そして必要な材料が供給された時に、それを行います。神聖な記述(聖書)の中に、マナ、朝露、蜂蜜、果汁とアンブロシア、神々の食べ物、生命の不死の妙薬、神聖なソーマのジュース、アムリタム、またはアムリタに対する多くの言及がありますが、全ては創造的なエッセ、または脳の実質(オイルに言及しています。

超越的な魔術についての彼の研究の中で、エリファス・レヴィはこう述べます:「人間の頭は天界的な球体のモデルの上で形状され、それは引き寄せ、そして放射し、そして子供の受胎においてこれが最初に形状するもので、最初に現れるものです。故に、頭は絶対的な方法において天界(星々)的な影響の対象で、そして幾つもの引き寄せを、その様々の突起(凹凸)によって証明します。骨相学の最後の言葉は、科学的、そして純粋化された占星学において見つけられます。」

私達は上述の引用に多くを見つけ - つまり、大脳である牡羊座は、天界的な球体で、それは天界と一致し、そして故に人の天界です。聖書は、以下の様に述べる事でこれを実証します、「天界の王国は、貴方の中にあります。」故に、牡羊座の中にあるのは、光、惑星、または振動率の全てで、言い換えると、神々、または統治している力です。そして外部の惑星、または天体とリンクし、振動を受け、そして影響されるのはこれらです。もし頭の中で設定された振動が、化学的な不足のために遅すぎ、そして故に天界的な頭、または大いなる人(神)からの、これ等の完璧でエーテル的な波に反応出来無いなら、不調和と病気(dis-ease/楽では無い)の眼に見える現れである症状が派生します。

エリファス・レヴィが明言する様に、頭の形はこれを証明するだけでなく、個人の現在のステータスを体現している全ては、繊細な大脳、または脳のエッセに、永久に刻まれています。動物的な精子によって受胎されると同時に、スピリットが卵子を受胎させ、その以前の物理的/身体的な体におけるその存在の写真的なプレートを、スピリットがそれと共にもたらすためです。

「科学的で、純粋化された占星学」に関したレヴィ氏の明言を認識する占星学者達がいるであろう事が望まれるのは、それが人のマインドと体を扱うためです。

大脳( cere-brum/サラ-アブラハム)と言う単語の検証は以下を与えます: cere/セレはワックスを意味し、そしてその同じ語源から、私達は cere-al 、または種( seed )と言う言葉を有します。ベツ( Beth )の文字は、ヘブライ語において創造の子宮、または母体を意味します。その単語の残りはラテン語の中性的な語尾で、その言葉が中性的な意味である事を象徴します。正に、大脳的な実質は、それが全ての物事を含み、または構成するので、自然的な本質です。動詞として使用されたワックスと言う言葉の英語的な説明は、度合いによる、特定の状態、または状況を意味し、そしてこれは器官としての脳にも本当です。

ワックスは、蜜蜂の腹部の輪から分泌される実質で、姿とモデルを準備するためにもってこいの媒体とさせる性質を有します。それは低温で溶け出し、そして些細な印象を取り入れます。それは、その様な温度で固形化し、固まるので、ラミナ(薄い膜)に包まれていたとしても、普通の気温ではその形状に変化を影響する事は出来ません。故に私達が、何故、脳の実質がワックスの様だとされるのかを理解するのは、思考、またはスピリットを示す針である電気は、そのパターンをその上に刻むための巧妙な実質、別名、脳回を持たなければならないためです。

サンスクリット語の文献の中で、ブラーマ(バラモン)ランダーラはスピリット、または蜜蜂です。故に、脳の実質のワックスは、スピリット的な蜜蜂の分泌液で、そして正に、蜜蜂が産出するものである、生命の蜂蜜に満たされています。これは、「ミルクと蜂蜜が流れている地」に言及する、聖書の明言に直接繋がり、そして神の法則に従う者は、人自身の中にあるエデンの園(大脳)への安全な回帰、まぎれも無い回帰を約束されます。

cere-al と言う単語は種に関連し、それはワックスの様でグルテン的な実質で、そして全ての生命の源泉です。ギリシャ神話において、女神(女性は実質、または素材に言及しています)セレス( Ceres )は、サターン(土星)とオプス(種をまく者と、種をまかれた大地を意味します)の娘で、そして故に産出の行程、または、ギリシャの文献が私達に知らせる様に、畑を耕す事を意味する農業に言及します。

聖書は、「人は、30個の銀貨で(体)を購入する」ことを明言し、そしてそれと同じアイデアが、天界的な雄牛(牡牛座の中の太陽)が地を耕している事に関連した明言における、古代人達の名言においても、もたらされています。アダム的な人(牡牛座)は、動物の体(雄牛)の中で融合され、閉じ込められたスピリットを象徴し、その後者は怒りの中で大地を盲目的に耕し、または土を耕す理性(牡羊座)に首かせを嵌め、そして故に、彼自身を再創造します。これを行う事によって、アダム的な人は消滅し、そして神的な人が唯一現れます。

牡羊座のサインと共に、化学的に繋がるために、私達は再びそれが、占星学的に、3つの火のサインの最初であると復習しましょう。故にそれは、物理的な乗り物(身体的な媒体)に閉じ込められたスピリットである、生命の最初の体現、または現れに関係していて、そして特に、特定の部分において、それ自体のハウスに関連しています。此処で、それは、それ自体の特定の、特別な働きを行う事が可能です。

牡羊座は、すると、神のハウス、または人のスピリットです。それは思考の器官である大脳をハウスする、または含みます。

もしマインドが鮮明に機能する事が出来るなら、それは全ての題材に光を照らし - それはイルミネート(照明)し、そして故に人に、全ての物事を明かします。化学的にそう構成されているので、光、または火を産出するための力を持つ唯一の物質はカリ・フォス、またはリン酸カリウムです。それは、人体の12種の基本的なミネラル要素のどれよりも、振動の最も高い率を産出します。

此処で、考えられているのが何故、16種では無いのかが説明されなければなりません。追加的な4つ、酸素、水素、窒素、そして炭素は、ミネラルではありません。人体におけるそれらの存在は全体的に12種のミネラルの存在に依存します。例えば、私達が酸素を考慮しないのは、その人体における存在が、血液のフェルム(鉄)、または鉄分に全体的に依存するためです。この素晴らしい磁気的な塩は、酸素を化学的に引き寄せるもので、そしてそれは、それが人体に入る唯一の方法です。人が鼓舞する事の出来る酸素のもまた、血流の中の鉄分の量に、全体的に依存すると言うのも同等に真実です。故に、この気体を人体の構成要素として考える事は不必要で、それは血液が鉄分と共に供給された時に、それ自体を補うためです。

私達は、これから、この最も素晴らしい物質、カリ・フォス(リン酸カリウム)についての、私達の熟考に戻りましょう。それはmater-ial (物質/素材)、または mother (母)で( mater はラテン語の mother です)、それが自然における目に見えない火と共に接触し、繋がるためで、そして実際に人体の中でそれを動力化するためです。それが、その他の塩のどれよりも、振動のより高い率を産出するので、それは物理的な体が、それ以上により高い率で安全に反応することが出来ないと言う証しです。

故に、もし体が、ラディウム、または X-線の振動の対象にされたら、それらを受けている体の細胞は燃やされるでしょう。医師達によって明言された様に、この光線は生きているガン細胞を殺すでしょうが、それがまた、燃やす事によって健康な細胞も破壊すると言うのは絶対的な真実です。彼等の人生を、ラディウムと X-線の研究に奉げる科学者達は、活力にとても乏しく、そして多くの場合において、ガンを患うのはよく知られています。彼等自身の細胞が燃やされ、そして燃やされた後に浄化されました。

ポタシウム(カリウム)は代わりに、その形状、またはコンビネーションの3つの全て、つまり、リン酸カリウム、塩化カリウム(双子座)、そして硫酸カリウム(乙女座)において、その対極の塩、フェルム(鉄分)、または鉄(魚座)と共に、治癒の媒体として使用されなければなりません。故に、消費するための浄化の炎のために、十分な酸素があるでしょう。

実技的な化学の研究において、このカリウム塩の幾らかが水に入れられると、水素と酸素を分離させる、とても強力な電流を直ぐに発電させ着火し、解放された酸素の中でその特徴的な青紫の炎で燃える事を私達は見つけます。故に2つの気体、水素と酸素が消滅します。それらは化学的に解放され、目に見えない様に戻ります。もし想像力が活発なら、その真逆の行程、それによって宇宙の大いなる化学者で建築者(神)が、目に見えず、2つの気体、酸素と水素を統合させ、または造り出し、水の形状において、それらを沈澱させる行程を、マインドの眼(視床)の中で、描くのは簡単です。その統一は、隠された火である電気によって達成されます。

ギリシャ神話は、稲妻を造り出す強力なヴァルカンを私達に伝えます。実際に、その文献は、美しく、詩的な言語における、自然と人に関連した科学的な事実の取集です。聖書はその同じ事実を含みますが、高貴で威厳ある散文においてです。正に存在する唯一の重要な話は一つで、それにおいて人類が、どん底から - 完璧 - である高さへと上昇(アセンド)するかも知れないと言う事です。

ポタシウム(カリウム)は、水銀(マーキュリー)に類似した液体へと、62と5/10度で溶ける、柔らかく、光る、青白い金属です。占星学において水星(マーキュリー)は「神々の使者」、または統治している力です。故に、ポタシウム(カリウム)は、正に神々、または灰色の物質(大脳)が栄養を与えられる食物なので、その比較はとても相応しいです。

感覚神経は、電気的なエネルギーの大いなる発電所、大脳、神のハウス、または牡羊座に接続したワイヤーです。それらは体全体を通して分岐し、電気を供給し、それによってその全ての働きが行われます。

この電気的なシステムが体を機能させるだけでは無く、それが実際に思考が行われる、とらえがたい実質でもある事を覚えておく事は重要です。この高い振動の率に未だ反応する事が出来ないので、私達の眼によっては見る事が出来ませんが、電気はエネルギーと実質の両方であるためです。

ポタシウム(カリウム)は火の運搬者なので、恐らくこの時点において、この調査研究が、一酸化炭素中毒に関連して明かした事を説明するのが良いでしょう。自動車が発明されて以来、新たな死因が、既に数えられた多くに加えられ、新聞は頻繁に、誰-誰が、車庫の扉を閉め、純粋化する酸素の供給を切断し、エンジンをかけたままで、彼の車の中で死んでいるのが発見されたと明言します。化学が明言する様に、致命的で、爆発的な体を産出するために、ポタシウム(カリウム)は、一酸化炭素と直接統合する傾向があります。故に脳の感覚的な細胞が、暴力的に拡張し、そして故に破裂し、死の原因に成るというのが、私の考えです。

ポタシウム(カリウム)のスペクトルは、2つのはっきりと異なった線によって特徴化され、一つは赤で、もう一つはヴァイオレット(青紫)です。前者の波長は0.0007680で、後者は0.0004095です。赤-ヴァイオレット、または真のマジェンタは牡羊座の色で、上述は、牡羊座のポタシウム(カリウム)と魚座の鉄が、ゾディアック的な生命の輪における集結のリンクを一緒に造り出すと言う結論的な証拠です。ゾディアックと色の分配についての、この本の中のその他の場所の記事を参照して下さい)。

A. F. ウエイトによって英訳されたサー・トマス・ヴァウガンの研究(16世紀)の中で、切実な研究者は、ミネラルの富の宝庫を見つけるでしょう。彼はこう述べます:「この素晴らしい(頭)の中にはランプが立ち、そしてそれは自然の光を典型します。これは神の秘密のロウソクで、それを彼は要素(元素)において缶詰にし:それが見られる事無く燃えるのは、それが暗い場所で輝くためです。全ての自然的な体は、黒い手下げランプの一種で;それはこのロウソクをその中に運びますが、光は現れず;それは物質の総体性と共に覆われています。この光の効果は、全ての物事において明らかですが;その自体は否定され、または続かれていません。このまたはは、アラビア人達が、ハリ( Summum )とカロプ( Bonum )からハリカリと呼ぶ題材以上に、その様な豊富さと純粋さにおいて見つけられる事は出来ませんが;ラテン語の著者達はそれをサル・アルカリと記述しました。

「この実質は、スピリットのカトリック(統一/宇宙的)な受け皿です。それは、上(神/大脳)からの光と共に祝福され染み込まされ、そして故に、魔術師達によって「光と神聖さに満たされた、封印されたハウス」と典型されました。」

アラブ語においてポタシウム(カリウム)はアルガリと呼ばれ、其処からアルカリと言う言葉が派生しました。al-kali と言う言葉を分析すると、私達はそれが文字通り、聖父 (ヘブライ語の al または el は、神、または父を意味します)と、サンスクリット語の、火のための言葉、カリを意味する事を見つけます。(インドの)ヴィーダにおいて、その言葉(カリ)のより古い形状は、を意味します。故に、アルカリの真の解釈は、父-母、または 統合させられた、もしくは調和化したプラスとマイナス(陰陽)で、よって中性的な実質です。実に、それがアルカリなのは、化学的な事実です。

ヴァウガンは、上記を「ミネラルの教義」と言及し、それはとても特徴的で、絶対的な真実です。私達が、これが実際に、最も必要な教義で、そして宗教的に従わなければならないと気付き始めた時に私達は、体の化学の研究を、本格的に始めるでしょう。

再びヴァウガンはこう述べます:「創世記において、彼が多くの特質、そして特に、この芸術/技術に最も関連したそれらの秘密を発見したためです。例えば、彼は人のミネラル、またはそれらから、人と彼の仲間の生き物達が造られた実質を発見しました。」彼はその他の場所で、最初の本質(エッセンス)として世界の精子を明言しますが、それは、セレ-ブラム(サラ-アブラハム/大脳)と言う単語、または種の実質からの、脳の実質の此処における最初の説明に完全に当てはまります。精子を意味します。ハリ-カリ( Hali-Cali /ポタシウム=カリウム)はまた、「保ち、私達を、神と自然にリンクさせる小箱」とも呼ばれます。

ポタシウム(カリウム)が、それ自体の中に生命の火である、電気、プラーナ、またはスピリットを保つ事の出来る、とても高い振動の、最も微妙な/捕えがたい実質と言う事は、これ等のページの中で十分な証拠が、此処までで与えられました。牡羊座の占星学的な解釈と、その脳脊髄システムとの間違いない関連との相対的な情報を再検討すると、キャリー博士によるカリ・フォス(リン酸カリウム)の牡羊座のサインへの分配は、間違いなく証明された事を、私達は理解します。

それが正に太古の日々に、そう呼ばれていた様に、その素晴らしい大脳の実質をプロテウスと呼びましょう。ギリシャ神話の中で、プロテウスは、多くの形状をした神でした。全てのものから構成された存在なので、彼は全てのものに変わって戻る事ができ、丁度、全ての化学的な実質の、化学的、または電気的な振動が、最終的に一つへと変化して戻る事が見つけられる様に、彼が望むどの様な姿にも成れます。

プロトプラズムと言う単語は、プロテウスと同じ語源から派生します。もし誰かが、カリ・フォス、またはリン酸カリウムが、灰色の神経細胞における主要な実質である事を疑うなら、その人には、あらゆる辞書、辞典、または身体生理学の研究によって見識出来る情報を読ませましょう。恐らく、プロトプラズムに関連して言われている事を説明するのが良いでしょう:

最初/第一を意味するプロト、そして形状を意味するプラズムは、植物、または動物の細胞の、粘性(ネバネバ、またはグルテン的)の物質です。グルテン的( glutinous )と言う単語が、栄養的な実質の;複蛋白質;小麦( ceres )の粉のネバネバしたアルブミン的な部分である、グルテンと同じ語源である事を理解して下さい。」それは、故にで、動物、または植物の細胞の主要な部分を形成する、多かれ少なかれグルテン的な実質です。

「プロトプラズムは以前にはサルコード、またはと呼ばれていました。殆どの細胞のプロトプラズムは、顕微鏡の高い力(倍率)の下で、そのの中に更なる液体的な実質(透明質)を含んでいる、ネットワーク(スポンギオプラズマ、または細網)として現れます。化学的にそれは、80から85%の水と、15から20%の固体(主に複蛋白質)のミックスで、少量の脂肪、アルブモーゼ、グロブリン、そしてペプトンを含んでいます。

「それはまた、グリコーゲン、イノサイト、そして特にアルカリの反応を産み出す原因に成る、ポタシウム(カリウム)のミネラル・ソルトの様な炭水化物を少量含んでいます。プロトプラズムは、ハックスリーによって、全ての組織化された体におけるその存在のために「生命の物理/身体的な土台」と呼ばれ、そしてその他の者達は、その現象が見せる、組織化された細胞と組織化されていない細胞の間の違いは、単なる化学的な構成の複雑性であると主張しました。それは故に、異なった化学的な実質のミックスとして考えられる、高度に複雑な実質です。

「プロトプラズムは緊縮性で、刺激敏感で、そして自己-分裂によって産出されます。」

プロトプラズムは緊縮性であると言う上記の明言は、動いている、または運動の塩、リン酸マグネシウム、緊縮性の建設者、フッ化カルシウム、そして電気的な塩であるリン酸カリウムの存在の絶対的な証明です。私達が此処で、肯定的に情報が与えられているのは、電気、スピリット、または生命の火が、全ての物質に魂を与えなければならないための、主要な塩は、ポタシウム(カリウム)であると言う事です。

グレイの解剖学書の中に私達が見つけるのは、プロトプラズムの有核的な集合において見つけられる、細胞質と呼ばれる柔らかい、ゼリーの様な物質は、その他のものの中に、ミネラル・ソルトを含み:「それらの主たるものは、ポタシウム(カリウム)、ソディウム、そしてカルシウムのリン酸と塩化物です、」と言う事です(1924年版)。

科学者達は上述の事実をしばらくの間知っていて、そして生物化学 - 「非有機的なシステム」に関連したウイリアム・シュースラー博士の発見の以後、応用せず、利用しない、医療の専門家全体の理由、または言い訳はもうありません。血液の不足を補うために使用されたミネラルの錠剤、またはセル・ソルトが、血液に入ることが出来ない、または利用される事が出来ないと言う、多くの栄養学士、自然療法家、そしてその他の者達の意見は絶対的に真実では無く、そしてもし、これ等の塩が、誠実に、そして一貫的に、1年間テストされれば、その様な事は言われないはずです。

まず初めの時点で、例えば - 「塩は非有機的で、そして体は有機的なものだけを使用出来ます、」のこの様な明言をする者達が、言葉の解釈と派生源の、彼等の無知を証明しているのは、有機的が意味するのはミネラルが変化させられた事では無く、その幾つかが、液体的な物質と共に融合させられた事であるためです。それらは、によってでさえ、変化させられる事は出来ません。認識されていないもう一つの事実は、化学者がそれらを、それらが植物の中で見つけられる様に、細かい粒子へと、粉々にし、粉末に出来ると言う事です。人が、カリと言う化学的な用語を使う時、それがラテン語においてもドイツ語においても同じで、故の直接サンスクリット語まで遡れる事を知ると、どれだけそれが意味深いか考えて下さい。何千ものヒンドゥー達が、女神カリを、自然における最も強力な神 - 火 - として信仰し、それは同時に創造神で、保存(守護)神であり、そして破壊神であります。

殆どの科学者達はポタシウム(カリウム)無しでは生命が存在出来無い事に同意し、そして少なくとも、それは、それによって生命が現れる眼に見える方法であると、私達は認識します。それは正にプロテウスです。

ポタシウム(カリウム)は、脳の灰色の物質に栄養を与えるので、それは直接、同時に脳におけるスピリットに栄養を与えます。サー・トマス・ヴァウガンはこう述べます:「貴方は、死んだ石から、生きている賢者の石へと変格され、体はスピリットへと、スピリットは体へと変えられ、腐敗から完璧なモードへと変えられ、それによって体は継続的に保存されるでしょう。医療/薬は、しかしながら、天界自体の中に見つけられ、そしてその他以外には見つけられず、しかしそれによって意味されるのは場所時間における遠い場所では無く、むしろ、私達の中にあるその中心の場所(大脳)で - 何処にいてでも見つけられる中心です。」

私達は、硫酸カリウム(乙女座)が、オイルの形状において体の全ての部分に浸透する事を見つけます。骨髄は、それら(骨)に栄養を与え保存するために、其処に蓄えられた濃縮されたオイル、または脂肪です。体の中のそれぞれの、そして全ての細胞は、同じ目的のためにオイルっぽい、しょっぱい液体に浸され囲まれています。塩化カリウム(双子座)、またはカリ・マーの形状におけるポタシウム(カリウム)は、繊維素(繊維状タンパク質)、または血肉の繊維の糸をスピンさせます。故に全ての繊維、筋、全ての器官の構造、腺、皮膚、等々は、それで造られています。それから、賢明な母なる自然は、それらを通ってプラスの電流が流れ、そして故に身体生理学的な行程が続く事が出来る様に、電気的なワイヤーを形成するために、リン酸カリウム(牡羊座)の大部分を、それらの繊維の幾らかに加えます。ポタシウム(カリウム)は、そのコンビネーションの全てにおいて、すると、生命、または火の運搬者、または媒体で;生命は火で、そしてスピリットは生命であるためです。

彼の著書、医療の生物化学的なシステムの中で、キャリー学士はこう述べます:「脳の灰色な物質は、非有機的(無機的)なセル・ソルト、リン酸カリウムによって完全に操作されています。この塩は、アルブミンと共に統一し、酸素が加えられる事によって、神経の液体、または脳の灰色な物質を創造します。勿論、神経の液体の中には、その他の塩と有機的な物質も、少量存在しますが、リン酸カリウムがその主要な要素で、それ自体の親和力の法則によって、不死の妙薬の産出に必要な全ての物事(プロテウス)を、それ自体の中へと引き寄せる力を有します。そして私達は、このエッセ(存在の実質)が実際に、子宮において子供を創造する事を知っています。

彼は更にこう述べます:「故に、何らかの原因から、神経の液体が消費された事実によって、神経質の症状が現れた時、ポタシウム(カリウム)のリン酸塩が唯一の真の治療なのは、それ以外にその不足を補う事が出来るものが何も無い為です。脳の灰色な物質の、速過ぎる消費からの病は、大袈裟に言う事は出来ず、そしてもし、神経質に成りがちな人の全てが、錠剤の形状において、リン酸カリウムを持っていれば、病と苦しみの大部分は防ぐ事が出来るでしょう。働き疲れたビジネスマンにそれを飲ませ、良い機嫌で帰宅させましょう。病気の子供の面倒を見たり、お客さんを接待して疲れた妻にそれを飲ませ、どれだけ直ぐに均衡が回復し、平常心と理性が彼女の王座を確かにするか、注目して下さい。私達はこのカリウム塩が、神経の液体において大々的に圧倒的で、そしてその不足において、はっきりとした症状を産出する事を見つけます。その問題の始まりと終わりは、植物、果物、そして穀物において、正に自然が用意する分子の形状において、欠落している原則を供給する事です。不足に対して補う事 - これが治癒の唯一の法則です。」

完全に理解されなければならない1つの点があり、それが理解される様に、それは以下に続く12の章のそれぞれにおいて言及されるでしょう:

この方法に含まれる原則は、体を造る事です。体が12種の無機的な塩の十分な供給を得る事が出来なく成るには、多くの理由が結合されています。故に、それぞれの個人が、日々、月々、年々必要とする、異なった種の塩と共に、簡単に用意された自然食節度ある食生活をする事は、それによって病気が予防され、血液が健康な状態に保たれる、実際の方法です。この方法において、不足は決して起こりません。

殆どの人達はこれを理解出来無い様で、症状が無く成った時に、塩を取る事を止めてしまいます。その塩は、症状の治癒として摂取されるのでは無く症状が派生出来ない様にその様な強い体を造るために摂取されます。人は毎日食料を取り、体が栄養を取らなければならない事を理解している様です。人は、「私は昨日食べたので、私は長い間、再び食料を取る必要は無い、」とは言いません。人々は、その様な事を言う事を考える以前に、食べる事が大好きですが、それらを思いださせるために、症状や痛みが無いと、彼等のミネラル・ソルトの事を忘れてしまいます。それらを散漫な方法で摂取する事は、自動的に新たな体を日々、造っている事に変わる、単なる縫い合わせでしかありません。これは、身体的な再派生のための基本的な計画です。「貴方の聖父が、天界(大脳)において完璧である様に、貴方は完璧に成りなさい。」

リン酸カリウム不足が原因の多くの症状は:極度な神経質、発狂、麻痺、ヒステリー、失神、精神的、そして肉体的な疲労、奇妙な願望と欲求、脳と脊髄の軟化、神経性の頭痛、食べ物を食べた後の空腹の感覚、等々です。この筆者は、しかしながら、症状は扱わず、それによって体が全体的に造り変えられるであろう個人的な計画を用意します。

この計画は、自然的なゾディアックと、人が生まれた時に、惑星がどのサイン(星座)のどの角度の位置にあったのかに基づいています。ミネラル・ソルトを、これ等の星座に配分する事は正しい分析を与え、不足の傾向を示唆します。これが知られれば人は、必要なが血液に十分に供給されないと、現れる傾向にある、精神的、そして肉体的な症状のリストを上げることが出来るでしょう。シェークスピアが見事に言った様に:

「そして時間が過ぎる程、私達は成熟し、
そして時間が過ぎる程、私達は衰え、
そしてそれによって、その話は続く、」です。

もし私達の化学的な必要性が供給されれば、私達は身体的にも、スピリット的にも、成熟しますが、「地上の塵」における継続的な不足は、その他の好まれず、望ましく無い状態に結果します。

ブッダの聖書の中で、私達は以下を読みます:「ですが生命の必要性を満足させる事は、邪悪ではありません。体を健康に保つ事は責任であり、そうで無ければ私達は、私達のマインドを強く、そして鮮明に保つため、英知のランプを整える事が出来ないでしょう。」正に、カリ・フォス、またはリン酸カリウムはこのランプに燃料をくべます。

そして同じ太古の源泉であるサンスクリット語(の記述)から、私達は以下の身体生理学的な情報を得ます:「生きている脳は、プラーナ(電気/スピリット)に浸透された敏感な物質の塊(マハブフータ)によって構成されています。その物質/素材は、マインド(アンターカラーナ)の形状において意識の表現のための、相応しい媒体を構成する様に設計されています。リン酸カリウムは意識の媒体です。

II. THE ANALYSIS AND SYNTHESIS OF TAURUS AND NATRIUUM SULPH
2.牡牛座と硫酸ナトリウムの分析と調合


「私は太陽の明るい深さの地から
黄金の庭園が育つ処に来て -
其処で北風は眠りに落ち着かせられ
彼等の法螺貝は、決して吹かれ無い。」
- モーアーのハイパーボリアの唄より:

ほぼ4月21日に、太陽は牡牛座のある場所に入ります。ウェークマン・リノ博士は以下の様に記述します:「この星座は全ての時代において、その他の12の星座を一緒にしたよりも、多くの神話と逸話のインスピレーションでした。牡牛座は治癒の神として崇められ、何故ならそれが、太陽である「ヘリオス」の治癒力、強く成っていく日差しを体現したためです。ギリシャ語において私達は、テオス( Theos )と言う単語を有し、それは私達の英語の言葉、神学( theology )と神学的( theological )の語源です。彼はタウルス、トゥールまたはテウスであり、聖書の逸話のホレブの黄金の子牛で;彼はヘラクレスがゲリオンの雄牛を倒した処のヘスペリアで;彼はテーベ(の街)の人達のアメン-アピスでした。

ヘリオスはまた、アポロでもあり、そして全ての国々の全ての人達は、この生命、光、そして暖かさを与えるもののための、彼ら独自の名前を持っていました。

牡牛座は、土の3重性(ゾディアックの3つ土のサイン)の初めです。5月の2週間と、4月の1週間がその働きにおいて関わっているので、その語源が、サンスクリット語で動く/移動/運動を意味する Mag である、 May (5月)の言葉の中に、その星座の真の解釈を私達は見つけます。5月の初日に、古代人達が捧げ物を送ったのは彼女へで、そして現代でさえ、子供達はメイデイ(5月1日)の夜に、プレゼントのバスケットを交換し、ドアの取っ手に吊るす事で祝います。かれらはまた、メイ・ポールの踊りと、多かれ少なかれ、無害でたわいも無い本質の悪戯をする事によって喜びます。

この星座に配分される人体の部分は、耳、下顎の周りの顔、小脳、首、喉、肝臓、そして胆嚢です。

小脳( cerebellum )と言う言葉が、大脳( cerebrum )から異なるのは語尾においてのみです。その単語の最初の部分、cere が意味するのは種です。Bellum は、戦争、または敵対、闘争を意味しているラテン語の言葉です。故に闘争、または敵対です。それはそうあるべきではありませんが;それが黄金の子牛の雄牛の頭をした神である、動物の脳であるために、それが動物の情熱によって切り裂かれた人類の進化における段階を体現しています。(カバラの)小顔体( microprosophus )は、大顔体( macroprosophus/神)と協力しておらず、言い換えると、動物的な人、アダムは、情熱は理性の声が聞こえ無いために、「神に対して闘争し続けています。」種( cere )の本質(エッセンス)は破壊されました。タウルス、または牡牛座と言う言葉はまた、あらゆる丸い膨れ、または出っ張り - 突起の部分、またはクッションを意味します。その様な保護を小脳が有するのはよく知られた解剖学的な事実で、そしてどんな図形にも見られます。実際にそれは、はっきりとわかる様に、図形において赤い色にされています。

無意識のマインドは、下の脳、または小脳を通して機能します。確かにこれは、心理学が教える事の反対ですが、以下は、その機能している行程の証明です。

当然、スピリット的な脳である大脳は、意識の器官です。それはラーマであり、最も崇高です。ギリシャ語においてそれはアテネであり、そして女神アテナは英知を意味します。そのギリシャ語の単語から、私達は attic (屋根裏部屋)と言う言葉を派生させます。屋根裏部屋は、家の最も上の部屋です。繊細な起点は、「アティック・ウィズダム/屋根裏部屋の英知」と呼ばれます。故に大脳は、物理/身体的な住処における最初のハウス、または最初の室です。脳のこの部分が、化学的に完璧化され、そして故に全ての知識が得られた時、意識、またはスピリットは、キリスト意識として現れます。

subと言う言葉はを意味し、そしてラテン語から派生させられました。故に、無意識(非-意識)のマインドがその中で機能する、sub-conscious (無意識)の脳は、意識に属する脳、または大脳のに位置します。それは、物事がしまわれて、湿っぽく成り、埃だらけに成る、地下室の脳と、私達は言えるかもしれません。「埃が積もらず、泥棒達が侵入せず、盗まない、天界(大脳)に宝物を置きなさい(第1章を再読してみて下さい)」と言う聖書の訓令はどれだけ美しく真実なのでしょう。

再び、牡羊座、または大脳は神の脳で、そして牡牛座、または小脳(闘争している脳)が動物的であると理解された時、それは完璧に鮮明に成ります。

私達のそれぞれ一人一人が、私達の不完全な状態において現せさせるマインドの状態は、すると、私達のより高い意識( higher conscuiousess )に首かせをつける事によって、神聖な雄牛に成ります。私達に提示された明言を、私達が理解した時、私達は、「はい、私はその事実に conscious (意識的です/気付いています)と言わないでしょうか(?)。そして、私達が何かを認識出来無い時、私達が、「いいえ、私はそれが事実である事に conscious ではありません、と言うのは、同様に事実では無いでしょうか(?)。これは、すると、私達は完全には意識的では無いと言う明言にまとめられます。

動物的な情熱の中で生きている人で、そして彼等が誰を引き寄せるかに、完全に意識的な人は誰もいません。精神的な働きにおいて - 意識のハウスである大脳において、その同じエネルギー(牡牛座)を変格する、または使用するために、私達がそれらを操作出来る度合において、私達は無意識の状態から意識、またはスピリットの状態へと併合します。その動物は人間以下であり、小脳は動物的な脳です。牡牛座(小脳)は、首かせがはめられ - 操作され - 英知によって導かれなければなりません。多くの人は太陽神経叢(へその部分)が無意識の脳であると主張しますが;解剖学と身体生理学の理解は、12の大いなる神経の神経節であり、故にゾディアック自体の集合体である、この大いなる中心は、エネルギーの受信機、そして故に感情と感覚のものであり、思考のものでは無い事を証明します。

私達が動物的な脳において生き、肉欲的なマインドである限り、私達はスピリット的にカビっぽく、埃だらけで;最終的にその形状自体が消費されるために土へと帰るのは実際の真実です。

「乗り越えるための最後の敵は死です。」 - 聖書;そして「罪の報復は死です。」故に、の本当の意味である、足りない、または不足では無く成った時、私達がもう死なないのは、身体生理学的に、そして化学的にそれが不可能に成るであろうためです。

牡牛座、または雄牛は土を耕し、それがもたらすであろう土を準備すると言われます。此処で、私達は、種を蒔きに行った種蒔き人の例え話を思い出さなければなりません。アダム的な人( Adam man )はその種蒔き人です。彼は、全ての物事の種を、与えられ、造り、そして含み、土もまた同様です。

ですがどの様な種の大地に、それらの種は落ちるでしょう - 肥沃でしょうか、それとも不毛でしょうか?体の分子はその種である:と言う強力な事実を良く熟考して下さい。私は、それが異なった種であるために、生殖の種に言及しているのではありません。ですが私は貴方に、もう一つの強力な要点を与えましょう:動物的な人は、生殖の胚珠を形成するにおいて実際に、彼の体からその分子(正確には10分の1)を奪います。これは、科学が何時の日か受け入れる事実です。

聖書は、「人は30枚の銀貨と共に畑を購買した」と明言します。その畑(そして「30枚の銀貨」と言う言葉)は、生殖器が分配されている蠍座の30度の角度を研究する事によって理解されます。子供を授かれるのはこれらの器官を通した方法によってのみです。領域の貨幣と共に、その体、または姿が購買されるのは、体における第一の腺である大脳が、牡羊座においてその起源を有するためです。この天界(大脳)的な宝物、オフィルの黄金(オイル)は、その元々の、そして楽園的な使用から歪められ、エデンの園である小脳から流れ出た後、銀へと変格されます。

牡羊座の中央のディーカン(30度の真ん中の10度/10日間)は、視床と共に分配され、サジタル(矢)、または全てを見る眼の場所で、私達が見て、聞いて、香って、味わって、そして触れる全てを、私達が解釈する知識の座です。ですから牡牛座の最後のディーカン(10度)もまた五感、特に視覚に関係しています。頭からの神経が、脳の根本(延髄)で緊縮する、または交差するので、図表(チャート)はよく、視覚の問題を示唆します。このための理由は、血液循環において障害があり、この機能に関連している特別な神経が、十分な量において、栄養的な血液を運ぶ事が出来ない、または排泄物を排除出来ないためです。結果的に、私達はよく、目の白内障が形成しているのを見つけます。牡羊座の真ん中のディーカンは故に、視覚に関連したプラスの極で、そして牡牛座の最後のディーカンは、マイナスの極です。

私達が扱って入る星座の、私達の解釈に関して、私達は再び、それが移動/運動を意味する事を強調しなければなりません。春分点(3月21日)における神聖な火の注ぎ出しの後、4月21日まで、運動が始まります。自然は、眼に見える様に現れ始める、または客観的にもたらし始めます。此処において再び、私達が小脳の解剖学と身体生理学と共に正確に照合するのは、それが運動の脳で、機械的な脳であるためです。それは物事を行います。それは、牡羊座である大脳が発電する電気を受電します。宇宙的な電気 - スピリットが - モーター(エンジン/起動力/小脳)を起動させ、そして(上半身、または闇の場所である)エジプトへと、その長い旅路を始められる様に、延髄がそれを受け渡す(リレーする)ためです。送られたそのエネルギーは故に、12の大きな神経節で構成される太陽神経叢によって受電され、それは順を追って、それぞれの器官へと配電されます。化学的な不足のために、もし太陽神経叢が弱っているなら、それはこの大いなる流動を受電出来無いだけで無く、それぞれの器官へと配電する事もまた出来ません。すると、再び、その問題は、小脳自体に起因しているかも知れず、その器官が、エネルギーを受電する事も、配電する事も出来無い為かも知れません。私達が此処までに調合した配分の全て:牡牛座(5月 - 行っている、または移動/運動の月)と小脳(モーター、運動/活動する脳)を構成する期間の意味を、一度立ち止まり考えてみる事をお願いします。

此処で私達は、一時的に、今日私達が人類を見つける、混沌的な状態について考えなければなりません。私達は - 宗教、科学、法律、医療、性別、金融、娯楽の全てが、歪められているのを見つけます。数学を除いて、それを逃れたものは何もありません。2+2=4で、反対する人が誰もいない事について、私達は実際に幸運です。

もし機械の全ての部分が、完璧な秩序で、正しく調整され、そして動力を伝えているなら、それが完璧に機能するのは、明らかな事実です。人間のメカニズムは、同じ法則の対象です。もし機動力が止まって起動するなら、その結果は痙攣的な運動で、調和的な運動ではありません。故に、痙攣/発作的な思考は、不和的な運動/行動に結果し、そしてそれが故に現れる度合において混沌が結果します。

大脳と小脳の両方が、極度で化学的に不足しているなら、人間の思考と行動が、落ち着きが無く、不和で、そして発作的なのは、驚きでしょうか?それは、そう成る以外は出来ません。これは、すると、それが何故戦争が存在するのか、何故同意が無いのか、国家の間で調和が無いのか、そして何故社会的、市民的、宗教的、そして民族的な不調和が激しいのかを説明するので、解決策です。

暴飲暴食と、誤った生き方の排泄的な産物と共に害毒された、不健康で不足している脳に閉じ込められたスピリット、または神は、調和的な思考を産出する事が全く出来ません。同様な不完璧な状態にある下の脳(小脳)は、構築的であると同時に不可欠な、振動、またはエネルギーの流れ(電流)を産み出す事が出来ません。その殆どの部分において、派生させられたエネルギーは、陰的、または破壊的な方法において使用されてしまします。思考が不完全で発作的なら、それに続く行動もまた然りです。

聖書に記述されたオフィル( Ophir )の黄金(オイル)は、牡羊座におけるマナ、または朝露で、そして混沌から秩序をもたらし、要素/元素を統一しているスピリット(生命のエロテス)が繋がる最初の実質です。オフィルと言う単語は、ヘブライ語で、実りに満ちた地域を意味します。スミスの聖書の辞書(1915年、アップルトン)の中で私達は、ヴォン・リーデ男爵が、方言におけるヒムヤル語の言葉の幾つかの語彙を上げ、そしてその中でオフィル( ofir )とします。この色が、エネルギーである牡羊座と関連させられるので、それは完璧に配分されています。

加えて私達は、O, fir の文字を外すと、fir または常緑樹を有し、それは大昔から生命の樹の象徴として使用されて来ました。

松( pine )と言う言葉がまた交換して使えるので私達は松ぼっくりが、頭の中の松果体( pineal gland )の象徴として使用されるのを見つけ、そして実に、その言葉( pineal )自体が松の神を意味します。常緑樹は再生の象徴で、故に生命の継続性です。同様に、この素晴らしく、そして頭の中の謎と呼ばれるこの腺は、創造主であり、生命の再生者です。ヘブライ語の al と el は、神を意味します。良質の黄金は、精錬された黄金で、オフィルの黄金がこの本質であると聖書の中に多くの言及があります。大脳は正に宝庫であり、洞窟で、その中に閉じ込められているのは、常に黄金と比較されて来た全ての実質の最も貴重なものです。

このエデンの園の中において松の木、または生命の樹の幹の周りに巻き付いているを私達は見つけ、それはエネルギーの象徴で、その頭は、枝葉の中から現れています。多くのとても太古の描写の中で、私達は3つの頭を持つ蛇を見つけ、真ん中の頭が一番高く描かれています。

これが、身体生理学的な対応と一致するのは、その両側にあるのが、聖書の中の2人の泥棒達を構成する、左右の交感神経系です。此処で、オフィルの黄金は異なった振動を持つ様に変化し、銀に成ります。スピリット的な男(人)は黄金によって代理され、反対の女性的な部分は銀で代理され、その間アダム的な人( Adam man )は銅です。黄金と銀が高貴な金属と言われるのは、簡単に酸化し無い為です。黄金が生命の火である間、銀は生命の水です。アディの神経は、頭の中の脳下垂体または腺と関連させられ、その間ピンガラは松果体に接続します。太陽は松果体を統治し、月が脳下垂体を統治します。これらは、エデンの園において神が一つにした男性と女性を構成し、またの名は、大脳である牡羊座です。

これ等の2つの腺(イダとピンガラ)からの神経の液体が出会い、交差(磔)する、頭に置ける地点、または場所は、牡牛座(延髄)が始まる処です。それはゴルゴサで - 頭蓋の場所です。これは、動物的な本質が、その上に苦しみをもたらす十字架です。私達がそのである、牡牛座からの反対の星座、蠍座に言及しなければならないのは、牡牛座の動物的なエネルギーの殆どが表現されているのは此処においてであるためです。

聖書の中に、聖職者達が扱わない様に見える、蠍座への奇妙な言及があります:「ソドムとエジプト(下層チャクラ)において私達の主はまた、磔にされました。」

これ等の神経が脳の根元、第二腰椎で交差するだけで無く、その生命の火と水(イダとピンガラ)は、蠍座(生殖器)まで下り、文字通りに排出されます。これは、本当の人、スピリットが、それによって神聖さを表現する物質の動物的な本質によって騙され、磔にされる原因に成ります。

ですが生命の火と水が無駄にされず - アダムが彼自身の息子(オイル)を生贄(浪費)せず、代わりに動物を提供すれば、これ等の神聖な液体(オイル)黄金と銀、(その高貴な生まれのために)高貴な金属は、それらの源泉へと回帰します。それらは、父と息子、創造主とその創造の産物である息子が、再びお互いと融合する、またはブレンドする時に、牡牛座(小脳)から牡羊座(大脳)へと、超えて渡る事によってアセンド(上昇)します。

左右の交感神経系が泥棒達なのは、必要な化学的な要素の正しい供給を通して、感情が操作されるまで、体のこの部分の本当の機能が、現れる事が出来ないためです。その本当の機能は、運動( motion )であり、感情( e-motion )ではありません。感情的な生活は体から、神経のエネルギーと、高度に特殊化された神経、または魂の液体を奪います。この明言をまとめ、そして感情を扱う私達のゾディアック的な星座 - 獅子座に言及すると - 神経のエネルギーと魂の液体の保存は、それを開始するその体を再創造する事が明らかにされます。

私達が理解しなければならないのは、すると、牡牛座が私達に与える逸話は、運動、働き、行いに関連していると言う事です。故に、その様な事が結果するために、自然において(エネルギーの現れである)運動を創造する特定の実質があるのは当然です。ナトリウム、またはソディウムは、減少させるエージェント(媒体)と言われます。言い換えると、それは化学反応を遅らせ振動の率を下げさせます。それは、水を分解する力を有します。硫酸ナトリウム(牡牛座)、またはソディウムの硫酸塩の形状において、硫黄の追加は、少々異なった運動の原因に成ります。

硫黄は、大昔から知られて来ました。それは人間と動物の繊維の本質的な部分を形成し、そして植物の生命における大部分に存在し、それにおいて人体は、食物を通してそれを得なければなりません。カルシウム不足のために消化と吸収が失敗した時に、このミネラルの高度に粉末化された錠剤から、それは補われなければなりません。硫酸ナトリウムは、この場合、電気的にマイナスです。それはソディウムとリンクされ、故に、水の中で特に活発です。

脳、または牡羊座のエッセンス(本質)はプロテイド(複蛋白質)で、実際にこの太古の日々のギリシャ神話において - 最初の実質( substance )であるプロテウスでした。硫黄がプロテイドの中で見つけられる、唯一目に見えるミネラルの実質である事は、良く知られた化学的な事実で、それは、それがリンク(結びつき)の機能を行う事を証明します。故にそれは脳の実質、またはプロテウスを、更に大量の実質が結果する様にさせるために、次の化学的なエージェント(媒体)、またはナトリウムにリンクさせる役割を果たします。ゾディアックの12の星座に一致して、この減少、またはステップ・ダウン(階段を一段降りる事)の行程には12の段階があります。故に、「天界(大脳)的な朝露」は、異なった状態、または状況へともたらされ、より地上的、または手に取れる様に成ります。

硫酸ナトリウム(牡牛座)の一つの粒子は、その大きさの2倍の排泄物を含む水を引き寄せる力を持ち、それを血液の外へと排除します。平均的な人体において、排泄の産物は、不健康、または酸性の残留物を構成するので、正に硫酸と比較出来ます。

ソディウム(ナトリウム/重曹)はその後、その実質から幾らかの液体を取り、それを硫黄とミックスさせ、より濃密な実質を造る事を求める為、減少の行程を始めます。一つの形状が創造されます。スピリットは物質と共に、衣を着せられます。

私達は硫酸ナトリウムが化学における減少の媒体であると言いましたが、それは実にそうです。太陽が、牡牛座を渡っていた時に生まれた(牡牛座生まれの)人達が、リンパ腺的な種なのは、彼等が硫酸ナトリウムにおいて不足しているためです。彼等は、彼等の人生の間に、シュースラーの生物化学的なシステムの中で、この塩の下にリストされた症状の多くが現れるのを見つける(経験する)でしょう。それらはまた、キャリー博士の研究にも表されています。この塩が供給され、切実に摂取されると、これ等の病状の全ては、徐々に排除されます。

硫酸ナトリウムの本質と使用が理解された時、人々はすると、厳格なダイエットにも拘らず、何故、彼等の体重が増え、太るのかを知るでしょう。それが何故なら、リンパ腺のシステムがゆっくりと、呼吸を通した、大気から派生した過剰な液体と共に充血させられるためです。空気が直接動脈の血液に行くのは、artery (動脈)と言う言葉が空気の運搬者を意味するためです。空気は湿っている、または湿度を有し、そしてそれが空気中に大量の水を含む時、血液は直ぐに、チャージ過剰に成ります。牡牛座生まれの人達が熱帯地方で快適に暮らす事は特に難しく、そして湿度がとても高い地域で暮らすのは、非常に難しいです。

私は、キャリー博士が風邪の正しい説明をしたと確信します。彼は、彼の生物化学的なシステムの中でこう述べます:「この現象の真の定義を与える「医学的な権威」は存在しません。彼等の説明と呼ばれるものは、意味が無く、唯の通説です。私は風邪を、こう説明します:血液が水によってオーバー・チャージ(過剰)されると、勿論、体の様々な繊維は、正しい栄養の不足から苦しみます。これはパニックを引き起こします。

「此処で、自然的な方法において過剰を排除するのに十分な、水を運ぶ者が存在しないので自然は、その次に最善の事を行い - 血管、神経、そして筋肉システムの痙攣を原因し、そして故に乱暴な努力によって、過剰な水を排除し;故に風邪に続く盛んな発汗です。水の過剰を排除するために、その働き者に硫酸ナトリウムが供給されない場合、約48時時間の内に風邪が再発するのは、単純に、血液を水で再びオーバー・チャージするまでに、それだけの時間が必要なためです。」

故に優しい母なる自然は、水を心地良く排除するのに必要な物質が無いと、実際に血液から水を絞り出してくれます。

私達はまた、彼の本の中で、マラリア的な状態、または症状は、沼からの病原菌から原因されるのでは無い事を学び - 彼は病気の原因としての、病原菌理論に全く関心を示しませんでした。自然機能するための材料不足と、一般的な有毒な状態が、身体的、そして精神的な病気と不調和の理由を構成します。マラリアから苦しんでいる人が、山の避暑地を訪れると回復する単純な理由は、彼が、熱によって水が蒸発される地点の層よりも、涼しく、乾いた空気を吸っているためです。酸素の大量な供給もまた得られますが、此処で再び、もし血液のフェルム(鉄)、または鉄分(魚座)の内容量が低いなら、それ(酸素)は入ることが出来ません。

私達が5月を湿った月であると見つけるのは、牡羊座が減少していて自然が 産出、または成長の働きを起こせる様に、 - からを取り - 空気をはらませ - 火にはらませさせられたの中へと、沈殿させているためです。故に私達は、蕾が形成し、木々がそれらの最初の薄緑の春の衣をまとい始めるのを目撃します。人類にとって春における新たな衣を考える事は完璧に正当で、母なる自然、永久の女性は、彼女自身がこの時期に、衣替えするでしょう?私達は、私達のこの宇宙的な母を知る事を求め続け、彼女と共に理解して働き続けなければなりません。

春の期間の間、多くの人達はだるく、衰弱を感じ、そして自然において起こっている事、そして彼女が人体において達成しようとしている事を認識出来ません。血液は必要な働き者(ミネラル)がとても不足していて、そしてそのシステムは身体的な排泄物で満たされています。自然は、劣勢の中で働こうと試みています。もし私達が彼女と共に働く/努力する事さえ出来れば、私達は素晴らしい物事を達成出来るでしょう。

人体は、大地と同様に、水不足のために、乾き、干し上がり、そして不毛に成るのかも知れません。それはまた、水によって氾濫させられ、分子が溺れさせられるのかも知れません。多くの人達は、脳細胞の中の水の過剰のために、十分な睡眠を取ったにも拘らず、集中力が散漫に成り、眠気に苦しみます。眠り病は、これの肥大化された症状で、そして思考が実際に溺れさせられていて、一時的に水面下に沈められています。

3種のソディウム、またはナトリウムのコンビネーションのための、大いなる必要性があります。この減少させられたエージェント(i.e. 媒体/ミネラル)のための必要性を、私達に教える多くの示唆、または症状の幾つかは:胆汁症による短気;胆汁の過剰な分泌と、細胞における酸性の本質の多すぎる液体からの野生本質と短気による自殺願望;頭の天辺の頭痛;かんしゃく/不機嫌;胆汁の嘔吐;めまい;緑っぽい灰色、または緑っぽい茶色の舌;口の中の苦味、または金属的な味;脳の根本における激しい痛み;脊髄的な髄膜炎;結膜炎;耳を通した雷の様な痛み;肝臓の肥大;糖尿病;アスマ;水腫症;長期的な瘻の膿瘍;眠気;衰弱;重く不安な夢、悪夢、等々です。

上記は、この題材についての本が私達に与える症状の長いリストの極少数であると理解されなければなりません。全ての症状は朝と、雨の日、または湿気の多い日においてより悪質で、これは「 modality (感覚の種類)」と呼ばれるものです。

囚われの十支族の聖書的な逸話は、ゾディアックの残りの10個の星座と分配された体の部分に言及し、それらは正に囚われで、動物的な人、アダム、雄牛、または小脳によって服従へと強制されます。動物的なマインド、感情、放蕩息子の快楽の無駄遣い、実質、天界(大脳)からの日々のパン、十支族、またはその体の部分は徐々に飢えます。この状態において、それらはヤコブ(イスラエル)の十支族を表します。ですが最終的に、それらに栄養が与えられ、このアルカヘスト(i.e. アルカリ)、または脳的な蜂蜜の保存によって保たれた時、それらはイスラエルの部族と成り、それが意味するのは神の戦士達で - 最も崇高、神の脳、大脳に奉仕しています。

私達自身の詩人、エドウィン・マークハムは、「牡牛座が歯車する天界まで高い」の言葉の中で、この星座に言及し、こう言います:

「それは、待っていて、気付くヴィジョンで、
そして、貴方はそれを降ろしてもたらせなければならず、おお、価値のある人よ、
宙に浮く新たな共和国を降ろしてもたらし、
そしてそのために地上の基礎を築き給え。」

研究者達のために、最も聡明な研究、全ての聖書と神話の神聖な言語の辞書を私達に残した、もう一人の私達の近代的な著者、G. A. ガスケルは、牡牛座をこう解釈しました「生命のサイクル(ゾディアック)の2番目の期間の象徴です。それは、形状の創造における神聖な外行きの運動を象徴します。その西の雄牛ブッダ的な平面上の形状の母体、または仏陀の産出的なエネルギーを表します。それは、スピリットが物質へと降臨し、その後、自然現象と人類の魂において進化するための、形状と質の効能をそれ(スピリット/物質)に与えます。」

牡牛座が、生命のサイクルの2番目の期間の象徴なのは、牡羊座の外に向かう電気的なエネルギーを受け取っている、ゾディアックの2番目の星座、またはハウスで、人体の形成においてそれを使用しているためです。地上/土、牡牛座は、松果体脳下垂体から、火(太陽)と水(月)の洗礼を受け;そして旅人達のガイドで、神々の使者マーキュリー(水星/ヘルメス)は降臨/下降します。

III. THE ANALYSIS AND SYNTHESIS OF GEMINI AND KALI MUR
3.双子座と塩化カリウムの分析と調合


「静かな、忍耐強い蜘蛛、
私は、それが留まり、孤立化された場所を、小さな岬の上に印した;
空っぽの膨大な周辺を探求するために印し、
それは、それ自体の中から、糸、糸、糸を出し;
巻き出し続け - 疲れ知らずにそれらを加速させる。

「そして貴方、おお、我が魂よ、貴方は何処に立ち、
宇宙の測り知れない海に囲まれ、囲まれ、
それらと接続するための球体/領域を求め - 止めど無く想いにふけ、冒険し、撚糸(ねんし)する;
貴方が形成する必要のある橋が架けられるまで - 降ろした錨が固定するまで;
貴方が解き放つ流れ糸が、何処かに引っかかるまで、おお、我が魂よ
- ウォルト・ウィットマン

蜘蛛は、土の生き物であると同時に空気の生き物です。私達の詩人がとても美しく表現した様に、物質的な基礎の上に立ちそれは、腹部の部分の中の特定の腺によって分泌された濃く、ネバっぽい液体を、それ自体の体の実質から編み出します。空気の流れはこの空中的ないかだを持ち上げ、その創造主をその道の上で我慢させ、最終的に、このシルクの様なケーブルの方法によって、それはもう一つの埠頭へと、結び付けられます。

秘儀的な生物化学の研究者は、上記の文章と、双子座の形而上学的、身体生理学的、そして占星学的な解釈と、ジョージ W. キャリー博士による塩化カリウム、またはカリ・マーのその割り当ての間に存在する完璧な類推に喜びを得るでしょう。その話の全体が、分岐、糸、繊維、単繊維 - または子孫に関連しているためです。

以前の章の中で私達は、生命の創造的なエッセ( esse )である、分別化されていない物質へのエネルギーの注ぎ出しと、火によるそのはらませを熟考しました。それは自然の中で春( spring/バネ)として現れ、そして人体において、大脳(牡羊座)の中の電気的なエネルギーの派生(発電)として現れます。

その後、リン酸カリウム(牡羊座)へ硫酸ナトリウム(牡牛座)が加えられる事によって、異なった化学的な産物が結果します。その働きは終に始まり結節(こぶ)が現れ、アアロンの棒が芽吹き、そして後ろの脳、または小脳が形成します。

太陽は、その旅路において今、双子座のサインに入り、それはほぼ、5月21日に起こり、そしてこの期間において6月の2週間、そして5月の1週間しか無いので、それは6月( June )と呼ばれます。

その単語は、ラテン語の動詞 jungo から派生し、接続、または関節を意味し、故に繊維、または芽吹きです。それは糸で、主要な幹から枝分かれしている単繊維で、その根幹は、牡牛座の中の太陽によってもたらされた蕾( gemma )、または腫れ(こぶ)です。私達は、結節(こぶ)である bulb (球根)と言う単語において、牡牛座の動物的な象形文字である Bull (雄牛)と同じ語源から派生した一致する解釈を有します。gemmation (芽生)と言う用語において私達は、projection (投影/突起/突出)から発達させられた新たな生命体に言及する、Gemini (双子座)の真の意味の、直接の証拠を有します。それは分離される、または接続したままで、植物の芽吹きが後者の例で、そして人間の子孫が前者の例です。これが最後に異なるのは、それが体内(子宮)で起こる事です。

ジュノ( Juno )はジュピター(木星)の配偶者としてこのサイン、双子座と、(ジョーヴ/木星のハウスである)射手座に言及し、1つの柱の2つの極 - 成長と旅を構成しています(i.e. ゾディアックの輪における対極)。ジュノの名の下、出産の女神、ルシアが表わされ、それは再び、双子の象形文字の元々の解釈に一致します。インドでは、それらは一般的にミトゥナと呼ばれ、男の子と女の子で、その間アラビアの占星学では、それらはアル・タウ’アマンで、秘儀的な重要性が充満した用語です。Al または El は神を意味し;タウは十字を意味していて;そしてアメン、またはアマンは、封印された、または隠されたを象徴しています。

牡牛座(タウルス/ Tau と Rus )の内的な意味が dew cross (朝露の十字)で、「頭蓋の場所」であるゴルゴサ(延髄)に一致する際に、このマンナ( man )、または脳のエッセが、人を形成するために降りて来るのは、解剖学的な事実です。故に神聖な人、または私達の中のスピリットは、物質の十字の上で実際に吊るされる様に成ります。その体は、その十字(神経の樹/交差神経)を構成します。大昔からもたらされた最古の象形文字は、木の上で磔にされた人を描写します。後に、木から十字架に変えられたために、真の解釈の多くが失われました。

理解されなければならないのは、その2つの神経システムがそれぞれ一人一人、全ての人間がその上で磔(神経交差)される、生きている身体生理学的な木を構成している事で人体の機能の全てが行われるのは、それらを通してであるためです。それらがそれら自体に、それぞれの人の人生の種を記録するのは、全ての思考がそれらに瞬間的に反応するためです。脳と神経は、体のその他の部分と同様に、化学的なフォーミュラを有し、完全な自己操作が可能に成るのは、それらが化学的に完璧に成った後です。これは、何故フリーメイソンリーが、個性を造るのでは無く、体を造る事に関連しているかの理由で;個性は、脳細胞が化学的に完璧に成った時に、おのずとついてきます。

秘密の教義の第1巻の167ページの上で、ブラヴァッツキー婦人は以下を引用します:「その様な知識と力を会得するために必要な生活/人生を送れば、英知は自然的に、貴方へと来るでしょう。」太陽は牡羊座の中で exalted (昇進/賞賛)され、そして月は牡牛座の中でエグザルトされるので、神の真のメッセンジャーで、マインドの液体であり、光、または電気を産む者、または運ぶ者であるマーキュリー(水星/水銀/ヘルメス)無しでは、どちらとも大いなる働きにおいて何も達成する事が出来ないと、その同じ著者は、私達に教えます。

脳脊髄システムは、生命のエネルギーである、身体-化学的な電気の発電者、または運び屋です。これは、マーキュリー(水星/水銀/ヘルメス)が何故その統治者として双子座に関連させられ、このサイン(星座)とハウスに関連する全ての活動/運動は、マーキュリー的な本質で、故にその様に解釈されなければならない事を意味しています。

その方法によって、全ての自然の働きが達成される、振動の異なった率は、人類がそれぞれの惑星、そして自然においてだけでは無く、人体において、それらが産出する効果を研究するために、それぞれの惑星の名前が与えられました。形而上学的に、マーキュリーはマインドで;身体生理学的に脳脊髄システム - 神経で;化学的にクイックシルヴァー(水銀/生きている銀)で、オイルっぽい、または濃縮された実質で、argentum (銀の)vivum 、または生きている哲学的な銀なのは、クイックの本当の解釈は、生きているであると、私達が学ぶためです。

マーキュリーと言う単語の語源は、ラテン語の merx で、製品、または商品を意味していて、「彼」に起因される様々なオフィス(役職?)と特徴が分析された時、情報の膨大な宝庫が利用可能です。

太古の時代においてこの神は、ジュピター(木星/ジュピーター)とマイアの息子である、ギリシャのヘルメスと同一視されました。彼は神々のメッセンジャー(使者)で、竪琴の開発者であり、雄弁/美辞麗句の神で、より下の世界(下界/黄泉の国)への使者の魂の指揮者で、そして商人達と泥棒達(i.e. 交差神経/イダとピンガラ)のパトロン(父)でした。

メッセンジャーとして、マーキュリー(マインドと感覚神経)は、善き物事の全てを与えるものである、聖父ジュピター(木星)によって創造された思考の電気的なエネルギーと巧妙な神経の液体を利用します。この活動/運動において、彼はこれを、肯定的、故に美徳的、または否定的、故に破壊的に行うでしょう。ともあれマーキュリーは、体におけるマインドによって、商業、または取引において利用される商業品製品、または商品を意味します。雄弁の神として彼は、真実を声にする者、善き演説者に成るために必要なメンタル(精神)的な力に言及します。

竪琴への言及は、同じ名前を有する、脳内のとても神秘的な器官に関連していて、それは歌声の本当の源泉です。それはプラスの極で、その間、マイナスは音が発生される処、または喉の声帯です。

商人達と泥棒達のとしてのマーキュリーの説明は、上記に与えられたものと同じです。思考の父であるマインドは、聖書が明言する様に、放蕩息子に成り、不摂生な生活においてその実質、または商品を無駄にする事によって、実際に体から奪う事が出来ます。

脳のエッセと思考力、または電気は、全ての人間の体の、真の商品を構成し、そして大いなる働きは、体の中にエーテル(アカシャ/ Akasha )の最高の形状を引き寄せる事が出来る様に、それを完璧化する事です。私達がこれを行う努力を行わない時、私達は泥棒に成り、私達自身から盗むだけで無く、他者達からもまた盗みます。他人、または自分自身から、この最も貴重な商品を盗む事は、正に神聖な精霊に対する罪です。

ゾディアックの蠍座の部分において占星学は、盗みについての完全な情報を私達に与えます。体は、その中で創造される全ての正式な所有者で、この文章が理解された時、「地上を継承する」に関連した聖書的な明言が、やっと明らかに成ります。継承が意味するのは、所有権を持つと言う事です。

死は、肉体からのスピリット(霊)の分離で - それが働く、または機能するための十分な素材が無く、その real estate (不動産/肉体)の部分が乏しい質で、そのミネラル、または化学的なフォーミュラが不完全過ぎて、それが生命を保つ事が出来ない状態です。故にそれ(スピリット)は離れます。

完璧な人のために神聖な薬剤師(神)によって創造された化学的なフォーミュラが調合された時、すると正にその大いなる働きが達成されます。

脳脊椎的な実質は、人体におけるクイック、または生きている銀である - 銀の vivum に成る - 思考の物質、創造的なエッセ、マンナ(マナ)、生命の不死の妙薬、神々のアンブロシア、オフィルの黄金、天界の王国(i.e. 大脳)の宝です。

そして故に、全てのものと共に沿って歪められた製品( merchandise )の真の解釈を私達が見つけるのは、マーキュリー(水星/水銀/ヘルメス)とマインドと言う言葉が、同じ語源から派生しているためです。私達のマインドは、それと共に、そしてそれを通して表現するための製品( goods )を有さなければなりません。「 you haven't got the goods (貴方は製品を持っていない/i.e. 中身が無い)」と言う古い口述のフレーズは、繊細な賢さである「屋根裏部屋の英知( attic wisdom )」では無いにしても、正確です。

マインド(マーキュリー/ヘルメス)が、今日、またはあらゆる時代の文学/日常的な文章における、精神的なゴミの大量によって囲まれる間、事実、または事実の欠如を認識出来ると同様に、化学的なマーキュリー(水銀)もまた、同じ力を与えられています。それはアマルガム(水銀とその他の金属との合金)で、その他の鉱石から金銀を分離する事ができ - 不純とのそれらの縛りから、正にそれらを解放します。それはまた金属の溶剤です。自然におけるその働きは、人体のものとの類推です。

再び私達は、空気の温度と気圧を測るために、チューブが水銀で満たされた、温度計と気圧計における、もう一つの完璧な一致を有します。水銀は、熱の振動の影響の下のチューブの中で拡張し、上昇します。それが人によって発明され、名付けられたのは、それが生きている(クイックな)銀を含む、彼自身の脊椎からパターンされた単純な理由のためです。より低い、または陰的(マイナス)のバルブは仙骨神経節(仙=神聖)で、より上の、そして陽的(プラス)な存在は大脳です。

脊椎管からパターンされたもう一つの機械的な道具はシリンジで、それのためのラテン語の単語は syrinx です。その一方の側は、供給の源泉である大脳に接続し、そしてより低い側のバルブに応用された圧力は、液体を解放します。人体における神の川、ユーフラテス(脊椎)でも同様で、生命の水が盗まれます。

双子座は、中性的なサインで、そしてその他の(中立/中性な)乙女座、射手座、そして魚座は、中性、調和的、または私が名付けた様に、(ゾディアックの上で)純粋化/浄化の十字を構成します。牡羊座をプラスと男性的として始まり、全ての星座は交互に女性的として、占星学の殆どの研究者達によって理解されて来ました。ですが全ての3つ目のサインを中性的と考える方が、より聡明で、満足が行くと私は発見しました。中性的な惑星が存在すると言う事実が思い出されれば、その同じ方法において星座を分類するのは唯一合理的で、そして私は、上述された4つのサインがこの観点から研究されなければ、真の占星学的な話は、決して鮮明には成らないと、強く明言する事を望みます。

これが真実であると実際に証明する情報は、キャリー博士がそれらを分配した4種のミネラル・ソルトの本質と使用を研究する事によって得られ、つまり:塩化カリウム(双子座)、シリカ(射手座)、硫酸カリウム(乙女座)、そしてリン酸鉄(魚座)です。12章のそれぞれの全ての要点を慎重に研究した後、純粋化の十字に関して与えられた情報の再思考を、貴方は容易く理解し、その驚きの話しが伝えているのは、純粋さ、調和、そして完璧さ以外のなにものでも無く、そして故に中性であると理解するでしょう。

彼の全ての聖書と神話の神聖な言語の辞書の中で、G. A. ガスケルは、双子座についてこう述べます:「生命のサイクル(ゾディアック)の3番目の期間です。「双子」が象徴しているのはより高い、またはより低い自身、または精神的な平面(領域)における個性、または人格です。それらは、より高い、またはより低い活動/運動のための、魂における意識の2つの中心です。双子座の星座の中にあるのは2つの星、カスターとポルックスで、それらはディオスクリ( Dioscuri )の逸話によると個性と人格の象徴です。」

上述の定義が、私達の持つ最善の内の一つである間、身体生理学がそれらの上に照らす光の下では、少々ミスリード的です。実際には一人の自身しか無く、そしてそれは個人であるスピリットです。

物理的な乗り物である脳が、化学的に完璧にされた時、その個人であるスピリットは、その様なものとして障害されずに現れます。その現れはそれが機能しようと試みる、不完全な乗り物によって制限され、色付けされます。それは、窮屈で、混沌的で、そして発作的です。それは、その体を害し、他者達を気付着けます。これを、その様々で、色々な現れにおいて、私達は個性、またはより低いマインドと呼びます。これの具体例は、完璧な楽器によって産出された振動と、不和な音以外、全く産出出来ない壊れた楽器の振動の間の違いです。両方の鍵盤は、才能ある芸術家であるスピリットによって操作(演奏)されます。

ガスケル氏は、ディオスクリ、その双子、または双子座の2つの主要な恒星、カスターとポルックスに関連して、スミスのクラシカル辞書から引用します。「彼等は、レダの息子達です。ポルックスとヘレンはゼウスの子供達でしたが、カスターはティンダレウスの息子で、その娘、クリテムネストラもまたそうです。」彼等の母親が、人間だった事実は、彼等を半神半人にし、その兄弟の2重的な本質を強調します。

カスターとポルックスの本当の意味への鍵は、それらの語源の中にあります。カスターはラテン語の単語、castus から派生し、純粋、まっさら、性的な快楽からの禁欲、貞操を意味し;その間ポルックスは汚れ、または汚染を意味します。

故にスピリットは、それを完璧化するにおいて体の品物( wares )、または身体的な商品( merchandise )を利用し、そしてそれをまっさらにして、そして純粋にします。もしその体の実質が異なって使用されると、それは汚れ、汚染します。言うまでも無く、大多数の人間は、双子座の陰的/否定的な解釈の下に来ます。彼等は、より低いマインド(小脳)において生きています。脳脊椎的な実質の誤った使用からの、必然的な苦しみを通して、私達は徐々に学び、その大いなるレッスンは、それぞれの人達に理解されるでしょう。

ブラヴァッツキー婦人は、秘密の教義第2巻の122ページに、こう述べます、「神秘の人への直接の言及を有するレダの例え話の変形は、ホーマー的な聖歌の中のわずかな言及と共に、ピンダーの中にのみ見つけられます。カスターとポルックスは既にディオスクリでは無く(アポロニウス III、10、7)、2重の人、有死と不死の、高度に重要な象徴に成りました。これだけでは無く、此処で見られる様にそれらはまた、動物的な人から、動物の体を持つ神-人である、第三民族への変格の象徴です。」

ギリシャの例え話において私達はこう読みます:「ポルックスは、不死のまま、永遠にオリンポス(山)で生きるか;それとも、もし彼が全ての物事において、彼の兄弟の運命を分かち合うなら、彼は、彼の存在の半分を地下(黄泉の国)で過ごし、もう半分を黄金の天界的な住処で過ごさなければならないかのどちらかです。

「カスターによっても分かち合われたこの半不死は、ポルックスによって受け入れられます。そして故にその双子の兄弟は、一人は日中に生き、もう片方は夜間に生きて、代わりばんこに生きます。

秘儀的(エソテリック)な記述の全てにおいて、日中は、イルミネーション(開眼/覚醒)に繋がる生活を生きる事である、より高いマインドに関連し、その間、夜間はスピリット的な暗闇の生活を象徴します。

通俗(エクソテリック)的に双子座は、短い旅、手紙、手紙の配達者、メッセージ・ボーイ、電報、そして通信の方法と、子供達と親戚を扱い、それらの物事の全ては - 親から枝分かれする(思考の)スレッド(糸)、繊維、小枝、放射のアイデアが、それらの根底にあります。

(インドの)ヴィーダにおいて、その双子は「天界の医師達」と呼ばれ、これは恐らく今日までそのカデュッセウス(杖)が、私達の軍の医療部隊と、一般的な医師達の間で公式な紋章とされる、マーキュリー(ヘルメス/水星/水銀)の影響に言及するのでしょう。

WHO(世界保健機関)の旗: カデュッセウス(杖/脊椎)と蛇(交感神経)
1 Flag of WHO

カデュッセウスの説明は、とてもはっきりと私達に繋がると同時に私達に、私達が宗教と呼ぶものへの、身体生理学的な鍵を与えるものが他に無いので、真の研究者達が、完全に理解しなければならないものです。

その言葉は、入れ物、または壺を意味するラテン語の cadus から派生し、また、落下を意味する cado から派生します。死体は cadaver と呼ばれ、同じ語源から由来しています。ウェブスターの辞書はカデュッセウスが - 落ちる事 - を意味する cadere から派生した事を私達に教えます。私達の様々な解釈をまとめると、私達は人体が、生命の水を含んでいる入れ物、または壺であると見つけます。生きている体が、生命無く倒れる時、それは cadaver (死体)と呼ばれます。それは砂漠( desert )で、生命の水が離脱した、誰もいなくなった( deserted な)場所です。

カデュッセウスの内在的な意味は、すると、人の墜落/堕落と関連しています。もし、それが明らかに破壊を扱っているので、これが陰的な解釈なら、その陽的な分析において私達は人の上昇、またはアセントのための計画を見つけます。言葉を変えると、これは、人の聖父(大脳)への回帰で - その達成/完了は at-one-ment (あがない/アトン-mento )です。 ment と言う言葉は、マインドを意味する mentis から派生するので、私達は此処において、調和的、そして博愛的に、永遠に現れ続けているマインドである、キリスト・マインド一つのマインドの完全な説明を有します。その乗り物は完璧化されたので、マインドによって原因されたあらゆる敵対も、精神的な混沌も、もう存在せず - スピリットは - 現れるための素材/物質を探しています。その聖父は今、調和を産出するために十分な聖母( mater-material /母-物質)を有します。

これは私達を、私達の身体生理学的な分配、古代人達によって双子座に配置された器官支内チューブ、肺、両肩、両腕、そして両手の部分への思考へともたらします。幾らかの占星学者達は、神経も含めさせますが、それはもし人が、それらが感覚、または運動の衝動のどちらかに反応するためには、その他の塩が必要であるために、それらの基本的な形成を、繊維として考えるのならば、正解です。感覚神経は牡羊座の下、運動神経は獅子座の下で研究されなければなりません。全ての神経は、本質的に短繊維です。上記のリストに、私は皮膚と腺を特別に加えますが、覚えておくべきは、全ての地肉は繊維、または短繊維の構成なので、その土台として血肉の繊維を持たない体の部分は殆ど無いと言う事です。

結合、または関節を意味しているラテン語の言葉からの6月( June )の解釈に関連して、私達が頭に入れておかなければならないのは、神経と気管支チューブが、大脳、(脊椎の)コード、そして小脳が形成した後に、最初に枝分かれする体の部分を構成すると言う事です。

気管支は、肺の細胞に空気(酸素)を送る枝分かれで、それらを私達は枝葉と例えるかも知れません。肺無しでは、ガリリーのカナにおける婚姻は無く、生命の水をワインに変える事もありません。酸素、スピリット、またはプラーナが、動脈システムのための血液と結合し、殆ど全く知られていない、土、空気、火、そして水のコンビネーションを産出するのは、此処においてであるためです。統合の研究者達が、大昔の時代の太古の街において、水をワインに変えたとされるものを読む時、今日において福音書の神父達が、禁酒法に反対して投票する様にさえ成るのは、とても愉快です。彼等はこう言います、「少なくとも私達にワインを下さい。イエス自身が婚姻の招待客達にそれを注がせたので、それはとても大丈夫です。」

カナと言う言葉はヘブライ語でを意味し、その間ガリリーは、輪を意味します。それらのコンビネーションは明らかに、肺と、生命の水である空気(酸素)と血液を結合しているそれらの機能に言及しています。スピリットが加えられた時、それは生命のワインに成ります。

お酒の題材の全体がどれだけ全く歪められたのかは、もう鮮明ではありません。生命の水であるこの種のワイン(酸素&血液)によって栄養を与えられた綺麗で、健康で、純粋な体は、理解に必然な質である、聡明な知性と、蜘蛛の巣の無い脳を造ります。故に私達は英知のための良い土台を有します。もう一方で、あらゆる種のワインに満たされたお腹は、泥酔させられた脳と理性の全くの欠如に結果します。私達は未だに、酒におぼれない事が私達の義務であると言う事を知覚していません。

私達が、空気、息、酸素、そしてスピリットが、マーキュリーを意味するマインドをエネルギー化し、活発化させる事実を考えた時、私達は再び水星を、双子座の統治者としてリンクさせます。聖書からの以下の引用は私達に鮮明なその構図を与えます:「人の中にはスピリットが有り、そしての鼓舞(呼吸の吸い込み)はそれに理解/理性を与えます。」私達が吸い込む空気の種類と量は、私達の身体的な化学によりますが、それは別の話しで、第12章において述べられます。私達の精神力は、私達の形而上学的な商品、またはお金で、それを通して現れるため、そして私達の身体生理学的な貨幣であり - 本物の宝である、脳の実質を有さなければなりません。

その占星-身体-化学的な本、聖書はまた、血液が全ての細胞に栄養を運ぶだけで無く、それと同時に空気も運ぶために、「血液は肉体の生命である」と私達に伝えます。全ての血球は水-空気の生き物で、正に塩水の住人、人の肉体です。

真実のために貪欲で、先入観の無い研究者は、それらのページの中で、宗教に関した多くの問いの答えを見つけるでしょう。この本は、しかしながら、今日多大な物議をかもしているそれらの題材に関して更に深く追求する、今後に続く本への、紹介でしかありません。脳が良い状態にある時、全ての問題には鮮明で、理論的な説明があるために、真実はとても単純で、簡単に理解されます。ですが脳細胞と同時にその他の細胞は、正しいミネラルの食べ物(栄養)が供給され、酸の蓄積と毒が溜まらない様に保たれなければなりません。それは、その他全てと同様に、時間を必要とする行程です。

ミネラルの分配を扱う前に、時代を通してもたらされた、身体生理学的な逸話の中に何か見つけられるか、私達は見てみましょう。C. A. ガスケルのクラシカルな神話の中で私達は、3種の運命(Clotho, Lachesis, そして Atrophos)が、人間の運命のスレッド(糸)をつむぐ者であると読みます。彼女らは、好きな時にそれを切れる(糸切り)ハサミを供給され、そしてヘシオドによると、夜の娘達です。クロソが糸巻棒を持ち、ラチェシスが糸をつむぎ、そしてアトロフォスがそれ(糸)が終わった時に、それを切ります。

ファンク&ワグナルの新基準辞書の中で私達は、運命はデモゴーゴンの深い底無し穴の中に住み、そして疲れ知らずの指で、生命の糸を引き出す(つむぐ)と学びます。デモゴーゴンは土、または大地の守護であると言われ、植物の生命と実質であると言われます。彼は地下に住む、コケに覆われた、小さな老人として描写されます。

双子座は、此処までで説明された様に、1年の(春から夏への)分岐の月、または期間です。子宮内においてそれは、体を形成するための、頭からの神経の分岐に関係しています。故に、3種の運命の逸話が、双子座の3つのディーカン(30度ある双子座のハウスの3等分=10度)に関係していると理解するのに想像力は殆ど必要ではありません。糸巻棒は、頭の神経の75パーセントが集中し、交差し、それら自体の上に巻き付いている様に現れる、脳の根本に言及しています。幾つかの神話的な絵においてその糸は、ジョーヴ(木星)と彼の天界的な配偶者の足元に最初に現れる様に体現されています。3種の運命の内の最年少のクロソは、双子座の最初のディーカンが与えられ、そして糸巻棒の所有者です。ラチェシスはその糸をつむぐ、または引き出し、その間、アトロフォスはそれが両足(両側)における大いなる神経の分岐を形成する様に、それを分離させます。

その逸話の解釈においてアトロフォスがその糸を切る間、ハサミ(shear)と言う単語の語源の詳細な調査は、それがまた「人体における分離、または分岐を意味し、故に四肢である事実を明かします。神経は、脊椎の根元で終わるのでは無く、分岐した後に、体の隅々まで伸びます。また、神経の運動が終わると生命が終わるのも真実です。ハサミの原型的な解釈は、切込み、または割れ目です。

また、真実なのはそれぞれの個人の運命、または宿命は、人のスピリットが、脳脊椎神経システムを通して生命の糸を操作し、方向づけ、そして現れさせる事が出来る延長と度合によります。生命の電気は、正にそれら(神経)を通って流れます。

3種の運命は、ローマ人達によってパルサエ、そしてギリシャ人達によってモエラエと呼ばれ、分離する事、分配する事を意味しています。その他の解釈は木の芽、切る事 - 何らかの割り当て(lot)です。この後者から疑う余地無く、くじ引き(lots)をする事、または人の運(lot)、または運命 - 宿命のアイデアが派生しました。するとその総合的な分析から、脳の根本からの神経の枝分かれ、胴体と四肢を形成するための、通気道の形成、血管と動脈の成長は、双子座の下で研究されなければなりません。

「双子座の占星学的な逸話の中で、その双子の足元にある、アルメイサン、またはアル・マイサンと名付けられた白く眩しい恒星が、アル・ビルニによって、あたかもこの位置にある星々が、お互いの周りを螺旋している、またはその中央の恒星からカーブして、螺旋していると描写されているのを、私達は見つけます。バビロニアにおいてこの恒星は、黄道的な10番目の星座を印し、羊飼いの双子、マシ・マシュ・シャ・リスで、バビロニアの月的な宮廷、運河である Khigalla であったかも知れません。」この情報は、リチャード・ヒンクリー・アレンの、星の名前とそれらの意味の中で見つけられます。

双子座の中のそれらの恒星によって表された運河は、脊椎に言及していると言うあらゆる証拠があります。

「人体と血液において、フィブリン(血液凝固の際に形成される線維状たんぱく質)は、生命体からその液体が採取された直後、それがその中に溶解されるあらゆる液体の中で、繊細な繊維へと固体化する事におけるその分離によって、アルブミン(一群の可溶性たんぱく質/プロテイン)とカゼイン(乾酪素)から分類されます。無機的な塩、塩化カリウム無しでは、フィブリンは製造出来無いと言う事は生物化学によって、はっきりと証明され;そしてそのセル・ソルトの正しいバランス無しで、血液中の正しい溶液の中で、正常な量のフィブリンは、保たれる事が出来ない事が、更に証明されています。フィブリンは、特定のフィブリン-プラスチック的な実質(アルブミノイド/蛋白)の結合から結果しますが、この結合は、塩化カリウムの分子が無いと、起こりません。

「血管内の血液において、フィブリンは3/1000です。動脈的な血液では更に少なく、そしてリンパの中ではもっと微量です。炎症性の滲出(しんしゆつ) において - 肋膜(ろくまく)/胸膜と腹膜の様な - 漿液性の腔(空洞)、そして喉頭(こうとう)炎、ジフテリア、カタル(鼻水)、等々の様な粘膜において、私達はフィブリンを見つけます。全ての炎症性の状態においてリン酸鉄(魚座の塩)が塩化カリウムと共に与えられるべきなのは、フィブリンの流出によって正しいバランスが障害された時、不足に成った酸素を、鉄の粒子が運ぶためです。フィブリンが、特定のアルブミノイド上で、酸素の補助と共に、塩化カリウムの運動によって創造される、または産出されるのは、私のマインドにとってとても鮮明です。」キャリー博士の生物化学システムより。

フィブリンの定義は:「体の血液と漿液からの、白っぽいプロテイド(複蛋白質)です。それは伸縮性の繊維的な塊(masses)です。」血液中においてそれは、フィブリンとして認識されませんが、それから繊維、または単繊維 - スレッド(糸) - が編み出される凝塊(凝血)として認識されます。その繊維の定義は、「有機的(オーガニック)な繊維の長くされた、スレッドの様な構造です。」

塩化カリウムはラテン語で、sal digestivus、消化の塩と名付けられたカリ岩塩(シルビン)のミネラルです。「消化(digest)」と言う単語は、分解を意味する - dis と、運搬を意味する - gerere と言うラテン語から派生しました。その意味は故に、異なった方向に運ぶ事、分離、分岐する事です。キャリー博士が、ゾディアックの分岐のサインである双子座に、異なった方向に運ぶ力のあるこの塩を分配した重要性は、はっきりと理解されるでしょう。ですが覚えておかないと成らないのは、それぞれのサイン(星座)への彼の塩の分配は自動的に成され、(少なくとも現世において)彼は、秘儀的な占星学を参考にしなかった事です。明らかなのは、しかしながら、これ等の正確で化学的な一致を、彼が前世から思い出した事です。

私達が解剖学と身体生理学を研究する際に明らかなのは、骨を除くと、神経、腱、血管、皮膚、肉体繊維 - 実際に全ての血肉の形成に、フィブリンが必要であると言う事です。この事実に深く気付いてから、私は塩化カリウムを、スピン(回転)している塩と名付けたのは、それが、終わる事の無い血肉の布を編むスレッド(糸)をスピンする(編み出す)ためです。

私達はマーキュリー(ヘルメス/水星/水銀)を、神々の使者、または大脳であるオリンポス山からの統治している権威と呼びましょう。私達は、過去からマーキュリー自体がその中に保った、メッセージの特徴を描いてみましょう。それは、この転生においてその役割を果たす布/素材を、どのパターンから再構築したのでしょう?私達のマーキュリーの肌触り/素材は何で - 一般的にマインドと体として知られている布/素材は何なのでしょう?マインドは、木工ギリの様に題材/対象物に穴をあけ、真実の隠された財宝を明かす事が出来るのでしょうか?

それは、遅かれ早かれ、私達のそれぞれを試すために来る、困難と苦しみの衝撃に対して、強さの侵略する事の出来ない要塞の様にそびえ立ち、耐え忍ぶことが出来るでしょうか?難しい状況が浮上した時、私達は理性がよろめき、精神的な混乱が結果すると見つけるでしょうか?私達は恐れに満たされていて、パニック的で、寂しく、家が恋しく、そして希望を喪失させられているでしょうか?私達は年が過ぎる度に堅苦しく、不自由で、リューマチ的でしょうか?私達には、精神的、または肉体的な安らぎが全く無く、人生は単なる痛みに溢れた存在と成り、最終的に死が、祝福された解放としてやって来るまで、多かれ少なかれ、一貫的に現れている何らかの症状を見つけるのでしょうか?

その様なものが、私達が転生へと、私達と共にもたらしたマーキュリーです。それは大いなる化学者(神)によって、argentum vivum、または 生きている銀と成る様に意図されていましたが、私達は前世において放蕩息子で、そして私達が下降した深み(脊椎の根本)においてこの銀は汚染されました。それがそれ自体に対して、とても速く引き寄せられアマルガム(amalgum)に成り、事実上、私達を地上の泥沼汚れ(i.e. ソドムとゴモラ/下腹部の第一チャクラと第二チャクラ)に縛り付けました。

マーキューリー(水星)の翼は壊された様です。(私達の身体生理学的な温度計で気圧計である)脊椎菅の中の、純粋化され、生きている銀の拡張/膨張の結果において、マインドがより高い領域に急上昇する代わりに、マーキュリー(水銀)は、土星(サターン)によって、鉛と共に凝固されました。それらの翼のついた足は、軽い(light/光)代わりに重く成りました。マインド(マーキュリー)は、とても、とてもゆっくりと、鈍く機能し(土星)、私達は、あたかも私達自身が、土星に分配された金属である、の重石がのせられたかの如く、ノロ歩きします。鉛が水銀を凝結させ、そしてそれがそうする力を持つ唯一の金属である事は、それ程奇妙な事でしょうか?

眼に見えて、手に取れるマーキュリー(水星/水銀)と、目に見えず、手に取れないマインドのマーキュリー(ヘルメス)である - 私達のマーキュリーの両方を、それによってそれが産む不純物の重荷から、私達が解放する行程は何でしょう?化学者によって使用される行程と正に同じで - その振動を上昇させる事によって蒸発させる事です。思い出して下さい - 私達のマーキュリーは空気の真の生き物で - 高さがそのです。双子座は空気のサインです。マーキュリーは牡羊座に起因し、それは其処でゴールドですが、より低い部分においてそれは、ARGENTUM VIVUM 、生きている銀、または生命の水に成ります。

その通り道である脊椎菅は、ユーフラテス川とヨルダン川の両方です。蒸発のこの行程によって、全ての障害は落ちて無く成ります。治金学において私達は、微量の金、または銀のどちらかが、塊から抽出出来ない時、それらは貴重な粒子が引き寄せられる水銀とミックスされると私達は学びます。それは丁度、マインドが行う様に、貴重なもの、または価値の付けられないものを拾い上げます。

故に私達は、マーキュリーがマインドの象徴であると見つけ、唯一純粋なスピリットが落ち着く場所であるそれらの領域へと、それが上昇する事を拒む全てから、ようやく解放されます。脳がやっと完全に純粋化され、完璧化された時、それが意味するのは究極の化学的な原子によって、それが形成された事で、これが唯一可能に成ります。何故私達は、この神聖な使者が、オリンポスに戻る彼の旅路の邪魔をするのでしょう?明らかに、私達がそれがある道、または方向を、知らないためです。恐らく、つい最近まで、私達は旅をする事を望まず;またはその旅の終わりに言葉を超えた黄金の栄光と平和を見つけられるなどと、微塵も夢を見なかったでしょう。

そして、ですから、もう一度、私達は双子座のスレッド(糸)を取り上げ、そして再びマーキュリーのカデュッセウス(杖)の太古の逸話を再検証してみましょう。それはアメリカと英国の医療部隊によって、治癒の象徴として使用されていますが、その大昔からの形而上学的、そして身体生理学的な伝統を知っている医師達はどのぐらいいるのでしょう?フリーメイソンリー、占星学、またはキリスト教の本当の解釈の知識を持っている人達程でしょう。

それに関連して研究出来る様に、美しい青銅のマーキュリーの写真からの切り取りが、この記事に付属します。

説明されて来た様に、マーキュリーはマインドを意味し、またそれを通してマインドが、物理的な体において表現するもの、つまり、脳脊椎システム、またはを構成する、準液体的な物質を意味します。スピリットは、それを通して濃縮されている物理的な原子が印象される、媒体を持たなければなりません。より簡単に操作される事が出来るのは、より柔軟な母なる実質である、私達のサイキ(精神)です。スピリットは魂では無く、魂もスピリットではありませんが;どれだけ頻繁に、私達はそれらが入れ替えで使われているのを見るでしょう。それらは混合されるべきではありません。聖書は肉体、魂、そしてスピリットが存在すると明言し、最初の2つは分離可能で、分解の対象です。

1 Mercury(Hermes)
代用

ガイア、または母なる地球の唇の上で、羽の着いた足で立つマーキュリーは、右腕を上げ、人差し指を真上に向かって指していて、羽根の着いた帽子で冠されています。その左手は、棒、または杖の中心から延長しているハンドルを掴み、上腕と肘の内側の窪みに対してもたれています。この杖の天辺のすぐ下には、2つの羽根があります。その杖に巻き付いているのは、それらの体が4つの地点で交差している2匹の蛇で、それらの頭は内側に向き合っています。

そのカデュッセウス(杖)が持たれた位置を慎重に検証して下さい。何かを持つ通常の自然的な方法は、体から少々離れた処で、外側、または前方に持つ事です。その腕が、代わりに不自然で、ぎこちない位置で、体から離れて後ろ側に強制されている事を読者は注目して下さい。

これは、マーキュリーの背中とのその関連性に、人の注目を集めるための意図的な方法で、その杖は脊椎であるためで、この事実はヒンドゥーの文献の中で、バラモンの棒と表現されています。バラモンハンドラ(スピリット、または蜜蜂)は、バラモンの扉(頭蓋の縫合線)を通って体内に入り、彼のに寄りかかります。背骨は体の支えで、そしてこの明言は表面に現れるよりも深く、(忍耐強い)個性の欠如は弱い背骨(骨無し)を意味しませんか?メイソンリーの場合、パスワードのフランス語の発音にも拘らず、正にそう意味します。ヘブライ的な文献において、その背骨はモーゼスの杖です。故に私達は、人の墜落/堕落/下降と上昇が、全ての国々と人々の間で、統一的な、同じ話しである事を学びます。

脊椎(spine)の意味はトゲで、そしてそれは、正にそう見える形で、頭蓋がその頭で、そのポイント(先っぽ)が尾骶骨です。皮膚はトゲに触ると引き裂かれ、青あざにされるので、同様に、肉体における私達自身の個々のトゲの先っぽも、私達に生命の水の血を流させ、発狂へと私達を拷問します。(魚座を参照して下さい)。脊椎菅は人類のユーフラテス川で、そしてそのヨルダン川です。

マーキュリーの帽子の羽根は、私達の考えている帽子である、2つの半球を表しています。2匹の蛇は、左右の交感神経の象徴で、聖書の逸話の中の2人の泥棒達と一致します。人生が陰的に生きられた時、彼等(それら)は私達から盗むためです。

マーキュリーの羽根のついた棒は、生命の樹で、その間、その蛇達は、善悪の知識の樹に一致します。その一つは感覚(五感)のシステム(神経)で、もう一方は運動のシステムで、その後者は前者との調和において働くように設計され、運動(motion)に関連した機能を行っています。歪められると - それは E-MOTION (感情)に成り、無駄遣いされたエネルギーで、失われた実質です。

今日、私達の周りの至る処で私達はその効果を目撃し、人類は、全体として - 感情の海である - 混沌の中でもがいています。時の夜明け(大昔)に遡り、何故、ライオンの象徴が獅子座に分配されたのでしょう?何故それは、ゾディアックの輪の全体における、唯一の猛獣の象徴なのでしょう?何故ならそれが、自己操作の行程に関連していて、私達を微塵に切り裂き、私達を飲み込む感情である、人の中の獣の馴致(じゅんち/調教)であるためです。獅子座を扱って入る章を読んでいる時、これを頭に入れ、そしてその興味深い化学的な説明に着目して下さい。

その2人の泥棒達の頭と、その蛇達の頭は、牡牛座である - 小脳で - その脳の根本において交差する、または磔にされます。(以前のレッスンを参照して下さい)。接触の4つの地点は、その(脊椎)菅の中の重要な中心です。

前述の説明が未だに鮮明では無い人達のために、その羽根のついた帽子(右脳と左脳)の下にあるのは - 栄養を与える - 神々の蜜とアンブロシア(不死の妙薬)であると、更に明言しておきましょう。それは、体に流れる生命の電気で、そしてそれを用いて私達は考えます。それは繁殖を含む体の全ての液体の、プロトプラズマ(原形質/原プラズマ)的な土台を形成します。この事実が科学的に受け入れられるまでに、そう長くはありません。この明言に関連した更なる情報のために、第10章、山羊座を参照して下さい。

すると、マーキュリーが商人と泥棒達のパトロンと言われるのは驚きでは無く、前者は(悪意が無いなら)商品(goods)を合法的に扱い、後者は支払無しでこっそりと盗みます。此処において私達は、一方で構築的に機能し、もう一方で破壊的に機能している、ポジティヴ(陽)とネガティヴ(陰)のマインドの間の区別に気付きます。ポジティヴなマインドとして、マーキュリーはスピリットの素早い振動(熱)の下で拡張し;ネガティヴとして、彼は冷たく、凝結していて - 不活発です。

キャリー博士やその他の著者達によって記述された様に、シュースラーの生物化学システムの研究において、塩化カリウムの不足によって派生した症状が、どのようにして前述の段落の最後の明言に一致し、その回転の行程が停止し、スレッド(糸)が太く成り、絡まり;そしてその部分が大きく成った、うっ血した、腫れたと感じるのかを、私達は気付きます。そのスレッド、またはファイバー(繊維)は場所を取り過ぎます。これが腫れ、腺の肥大化、等々の本当の説明です。

この塩の必要性から濃い血液、または塞栓が結果し、血液を循環するために、より多くのエネルギーが必要とされるので、心臓がより激しく働く原因に成ります。塩化カリウムはフィブリンにおける障害に関連しているので、子供達の病気に特有で、しょう紅熱、はしか、水ぼうそう、、または腫れた腺、そしてジフテリア、扁桃炎、おたふくかぜ、等々の喉の痛みなどの、皮膚を通した滲出(しんしゆつ)によって通常伴われると生物化学は明言します。そして(双子座に対してスクエア/90度している魚座の塩)鉄分、またはリン酸鉄の不足の度合によって、発熱が現れます。

炎症性のリュウマチは、この双子座の塩において不足している血肉の繊維、または糸に関連していて、鉄分の不足による、更なる酸素の必要性によって補足されます。血液が濃く、循環が遅いので、脳が充血し、頭が鈍く、重いと感じる原因に成ります。人は、鮮明に考える事が出来なくなります。その思考の糸(スレッド)が途切れます。繰り返されなければならないのは、塩化カリウムは全てのフィブリンの土台ですが;それには数多くの使用があるために、ファイバー(繊維)はその他のミネラル、または無機的な塩の追加によって、分別化されると言う事です。それらの塩が、大脳によって形成されたプロトプラズマと共に一所に結合された時、それらは有機的に成り - それは単に - 煉瓦とモルタルの様に - 一緒に成る事を意味します。

聖書の逸話のジョセフは、占星学のマーキュリーです。彼の多彩な色のコートは、思考の数えきれない影と色合いの象徴ではありませんか?精神と同時に肉体的な布には縫い目がありません。時代を下って完全に、そして全体的に歪められてしまった宗教が、新たな、そして素晴らしい逸話として今、返り咲き始め、そして私達は終に、それぞれの個人が彼自身の生命の樹と、彼自身のエデンの園を持っている事に気付きます。その樹を破壊出来るのは、彼自身以外に誰もいません。時間をかけて12種の完璧な果実(人体の12の部分)を実らせられる様に、それに栄養を準備し、供給出来るのは、彼自身以外に誰もいません。この行程は、死を乗り越える事を意味します。事故を除いて、病気から以外に誰も死なず、そして更に、直感に関係した大脳の中枢が完璧にされれば、人は(予感によって)事前警告されるので、前者(事故)も無く成ります。

カスターとポルックスの両方に、2重で、矛盾する様に見える解釈があるのに気付くのはとても興味深い事です。カスターが純粋を意味する castus から派生し、その間、ポルックスが汚れ、または汚染を意味するのは事実である間、しかし、それと同時に私達がラテン語の派生語、(文字通りに洗い出すを意味する)polluere を分析した時、私達はその単語を POLLLUXに分離します。此処に私達はもう一つの解釈の土台を有します。 Poll は、頭の天辺のための中期英語の言葉で、それは身体生理学的に、または理解の源泉で、その間、lux は光を意味します。私達は此処に、合成語、ヘッド・ライトの源泉を有します。私達が純粋化される事を可能にするのは、より高い理解の光です。

castと言う言葉は、乱暴に投げる、脱ぎ捨てる、流す、等々を意味します。それはまた、一掃するを意味します。カスターとポルックスの両方のための、この2重の意味の寄せ集めは、それぞれが交互に、より高い振動(天界において1日生き)に行き、そしてより低い振動(次の日に地上で生きる)に行くと言う明言を具体化します。

双子座に体現された情報が会得された時、人類は更によりポジティヴに、創造的に成り、もう破壊的では無く成り、故に、それに食べさせるために、毎日天界から降りて来るパンであるその製品(merchadise)を分けます。大いなる医師であるマーキュリーは、全ての病気を治癒する、彼の神聖な使命を終に達成します。この明言に混乱させられ、「はい、私はマインドが治癒出来る事を知っています、」とは言わず、表現の mater(母)-ial (物質/素材)の領域において、脳脊椎システムもまたマーキュリーである事を忘れないで下さい。一方は、もう片方無しではだめです。両方が栄養を必要とし - それ等自身のそれぞれの必要に一致する食べ物です。

この塩の不足から派生するその他の症状は:濃く、白い粘液の咳払い;不活発な肝臓からの頭痛 - 胆汁不足;目からの白い粘液;ザラザラした瞼;腺の腫れと、灰色、または白い苔舌を伴う、耳の痛み;中耳のカタル状態、耳鳴り;喉の炎症、または中耳の腫れからの鈍い聴覚;頭における鼻の詰まった風邪;喉からの濃く白い分泌;鼻水(カタル);歯茎、または頬の腫れからの顔の痛み;口囲潰瘍;喉の潰瘍化による痛み(この塩は、塩化ナトリウム(水瓶座)とリン酸鉄(魚座)と共に用いられた時、全ての喉の問題に特定的です);おたふくかぜ;不活発な肝臓からの食欲減少;胃炎、便秘;腸チフス;天然痘、癌;腹膜炎;膀胱炎;淋病;梅毒;膣からの白い粘液性物質の排出である、白色帯下;肺炎;肋膜炎;咳;塞栓症(濃い血液);乏しい循環;リュウマチ;全ての腫れ;関節のリュウマチ;てんかんにおける主な療法;ニキビ;おでき;足の長期的なむくみ;筋肉痛;全ての腫物;白い小麦粉の様なかさぶたの湿疹;丹毒;子供達の病気;腺の腫れ;腸チフスと発疹チフスの発熱;リュウマチの発熱です。痛みは運動によって増大させられ、悪化させられます。

働きの無い信念は死んでいて、そして全ての働きにおいて素材が必要とされます。私達がこの事実から私達自身を決して分離させられないのは、それが純粋に科学的であるためです。それは、マタイ第9章の12節から取られた以下の明言の土台です:

「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。」
そして再び、
「医者よ、貴方自身を治癒しなさい。」


IV. THE ANALYSIS AND SYNTHESIS OF CANCER AND CALCIUM FLUORIDE
4.蟹座とフッ化カルシウムの分析と調合


「私は、北極星と同様に一貫的で、
その真に固定された静止の質において
蒼穹(firmament)の中に仲間(同等のもの)はいない。
空は無数の輝きに描かれ;
それらは全てが炎で、そしてそれぞれが輝きますが;
彼の場所を保つ全ては一つしかありません。」
- シェークスピア

太陽がその(黄道の)最も高い北方の限界(夏至)に届き、そして南に向かい後ろ向きに(下がりながら)行くと、それはゾディアックの4番目のサインである蟹、蟹座を渡っていて;そして実際に、その名前を有する甲殻類の様に、その回帰は横向きです。その旅路は、ほぼ6月21日(夏至)から始まり、7月22日まで続きます。身体生理学的に、それは胸部、胃、そして脾臓に一致し、そして拡張と緊縮、伸縮性と粘り強さを統治します。それはその拡張的で緊縮的な本質が満ち欠けによって表現される、ゾディアックの12のサインの中で最も肥沃、または産出的な、月によって統治されます。この銀の球体は夜の女主人なので - 種の形成と受精も - 闇の覆いの下で最も秘密裡に行われます。

太古の逸話の中で蟹座は、物理的/身体的な受胎のハウスとされ、その間、その反対のサイン、山羊座は、スピリット的な受胎とされます。ポーフォリーは、「エジプト人達が世界の思い出のためにタリスマン(お守り)を毎年使用し、(太陽が蟹座の中にある時)彼等は、彼等の家、家畜の群れ、そして木々を赤く塗り、その日に世界全体に火が着けられたと想定しました」と私達に伝えます。

彼等がまた、ピリック(火)の踊りを祝ったのは、その同じ期間でした。(火/pir→ピラミッド/pir-mid=中心の火)オルニーはこうも言います、「そして、これは火と水による純粋化の起源を描写し、」そして山羊座について、「洪水、または水の門」とされ、「天界へと、そして天界からこれらの門を通ったスピリット、または魂は、焼かれる、またはずぶ濡れにされると想像されます(著者のイタリクス);故にミスラ(ミトラ)の洗礼、そして炎を通る行事は、東洋において観測されます。」

蟹座は液体に属し、そして占星学の研究者達によって、水の3重性のサインの一つと言われます。この崇高な科学への私の個人的な研究において、私は、魚座、蠍座、そして蟹座のサインを水的と解釈する事によって、(この時代に限って)多くの新たな、そして驚きの事実を垣間見る事が出来ました。この提案は、以下によって描写される事が出来るでしょう:蟹座の液体は母の母乳(胸部);胃の消化された食物の要素である)乳糜(にゅうび);そして白い粒子(脾臓)です。全ては栄養に関係しています。故にそれらは多かれ少なかれ、水を含みますが、それらの何れも水を体現していません。母親の母乳は子供に栄養を与え、乳糜は脾臓が産み出す血球のための食べ物を用意します。今後、もうすぐ出版される、腺についての新たな事実と題されたもう一つの本の中で、脾臓の本当の機能が、この時代において初めて明かされると私は信じます。占星学が無ければその秘密は発見され無かったでしょう。

肥沃さは、果実を実らせる能力、または産出する能力を意味します。ですがこれは、卵子の受精だけを意味するのではありません。これよりも、遥かに大いなる神秘が、明かされる事を待ちわびています。

常に強調されなければならない最も重要な点は、星座、または惑星が考えられている時に何時でも、ゾディアックのサインと同時にそれぞれの惑星が、一つの基本的な解釈を有している事をすぐさま思い出されなければならない事です。これは、人の分析がその上に基づき、それを基に築く、確固たる土台を与えます。その大部分において、残念ながら、それらは今まで、それらが発見されたものとして、占星学に研究から会得可能ではありませんでした。配分、分析、そして統合は、それらを明かします。

マックス・ミューラーは、プラトンが、エジプト人達と同様に蟹座と山羊座を解釈し、それにおいて彼はそれらを、「その2月において、その前者を通って魂は降臨し、その後者を通ってそれらは上昇する」と定義したと私達に教えます。この章と山羊座の章が、この本の読者達に完全に理解された時、彼等は占星学が伝える本当の話を理解するでしょう。その話は人体の純粋化、神秘、そして完璧化に関するもので、それ以外の何ものでもありません。

これを達成する事は、存在する全てと一つに成る事で、故に宇宙を知り理解する事で、終に、ガドは乗り越えられます。「貴方の聖父が、天界(大脳)において完璧である様に、貴方も完璧に成りなさい。」月の名前、それらの由来、サイン(星座)の語源、象徴の分析、そして惑星的な解釈は、全て実際に、この情報を人類が自由に利用出来る様に、それらの明快な響きを奏でさせます。

マックス・ミューラーは、彼が行った明言を拡大したり、分析したりは全くしませんでしたが、そうであれ、其処にあるのは大いなる神秘への鍵で、それは時代から時代を通して安全に隠されて来ました。「『神の息子達』は、人々の娘達が美しいと知覚した後、『墜落した天使達』に成った」とブラヴァッツキー婦人は、秘密の教義の中で述べます。

上述の明言を理解するためには、牡羊座、大脳、最も崇高、ガド、またはゴッドのハウス、スピリット的な種のエッセのハウスの章を再読書する必要があります。その種のエッセは、神の息子達、その創造、その子孫実質であると、貴方は気付かされるでしょう。蟹座が現せさせるのは、母なる自然のもので、液体的で、それは正に、聖母であると同時に、地球の娘です。

私達が熟考している謎に戻ると、降臨する魂は、何で構成されているのでしょう?私達の実りに満ちた牡牛座、種に満ちた地球/土が、天界 - 牡羊座 - からのマナ、またはパンによって生かされ、食べさせられた事を思い出して下さい。それらは魂で - 正に真実において天界的な蟹 - 蟹座が - 日々、毎時、そう、毎分、毎分、食べさせられる(細胞)核です。疲れる事を知らず、そのハサミを伸ばし、疲れ知らずに上下左右に動き、それぞれの超小型のスピリット(魂の種)を取り、口の様なお腹へと取り入れます。この甲殻類、蟹は、特徴的にその歯を、その器官に有するためです。

肥沃さ/生産性の背後の基本的なアイデアはで、そして牡羊座はスピリット的な種、または種のエッセンス(本質)であると、私達は既に証明し、私達がスクエアに辿り着くのは、蟹座が牡羊座から90度であるためです。

何かが結び付けられ(受胎され);働きが行われ;そして私達は此処で、それを測らなければなりません。牡羊座と蟹座は、お互いと共に、そのスクエアに働きかけなければなりません。簡単な言葉で言うと、受胎/受精が起こりました。受胎(conception)と言う言葉は、ラテン語の concipio から派生し、文字通り、一緒に取る、一緒に保つを意味します。蟹が行う事はそれでは無いか、此処で、考えてみて下さい。その掌握を緩めさせるのは不可能です。その脚は、体から取れてしまうかも知れませんが、そのハサミは緩みません。粘り強さがあります。記憶は思考の粘り強さで、蟹座が現す液体の様な実質はまた、にも関連していると、占星学者達は知っています。此処で再び私達は、種のエッセンス、そのエッセまたは存在の実質を - 牡羊座に - 関連させます。

私達は未だ、蟹座の化学的な側を考えていませんが、フッ化カルシウムの不足は、人が忘れっぽく成る原因に成るとこの時点で明言するのは相応しいでしょう。思考のスレッド(糸)、またはフィラメント(単繊維)は、伸縮的ではありません。塩化カリウムはそれらのスレッドを造る、または形成しますが、伸び縮みが可能で、それらが伸縮性に成る様に、フッ化カルシウムと共に混ぜられなければなりません。これは真の化学的な明言であると同時に、身体生理学的にも正解です。貴方のグレイの解剖辞典を取り出し、脳と(神経)コードのピア・マターデュラ・マターの間に挟まれた、科学的にクモ(蜘蛛)膜と名付けられた、貴方の脳の蜘蛛の巣について読んでみて下さい。

発狂(lunacy/ルーナシー)と呼ばれる脳の病気は、月の特定の期間(満月)の間に激しくされる事はよく知られており;そして Luna (ルーナ)は月の昔の名前なので私達は今、この症状のための鍵を有します。脳の液体、または大いなる聖母の海が障害され、蜘蛛(の巣)の様な膜がひもじくされたためです。

蟹座のサインのためのシンボルは、全く説明されていませんが、2つの小さなフックの様な絵文字が、その先端をお互いから逆にして、平行に並んでいますが、実はヘブライ語の YOD の文字です。ヨッドはユダヤのアルファベットにおける10番目で、完成を意味し、それがその言語における最も小さい文字なので、それは繁殖が出来る最も小さい細胞である、または生命の芽生え/根源を意味します。それは英語の I 、Y 、そして J に一致します。グレイの解剖辞典は完璧化された生命の芽生えは、文字の上のよりも大きく無いと明言します。

カバラの最高の権威であるパプスでさえ、タロット(カード)に光の大いなる洪水を投げかける、身体生理学的な解釈に気付いていない様です。時代を通してもたらされた全てのオカルト的(i.e. 隠された)記述の、正に第1の解釈と最初の鍵は、身体生理学的です。これが理解された時、その他の6つの鍵が、真実の鍵の中で、もっと容易に回るでしょう。

この時点において、カバラの近代の記述者達の幾らかが、それを混乱させ歪めたと明言するのは相応しいでしょう。マインドは、脳を通して機能するので、身体生理学的な鍵が第1で、最も重要なのは明らかです。その6つは、身体生理学的な働きが達成された時に、自動的に完璧化され、その逆ではありません。身体生理学と化学の研究唯一が、私達が形而上学(哲学)的に生きる事を可能にするでしょう。

Sepher Yetzirah 、または創造の書の中に、私達は数字の10に関連した以下の明言を見つけます:「10は神聖なセフィロスの数字で、10は9では無く、10は11でも無い。

「この英知を学び、その理解において賢明に成り、これ等の数字を調査し、そしてそれらから知識を引き出し、その純粋さにおいて、そのデザインを直し/固定し、そして彼の王座に座ったその創造主に、それから渡しなさい。」自然におけるあらゆるもののデザインが種なのは、その中に原型が隠されているためです。

タロットの10番目のカードの研究は、自然における男性と女性(陰陽)の融合である、その現れにおける効能の力に関係している事実を明かします。その効能的な力 - 肥沃さ/生産性自体は - によって体現されますが、統一的、または宇宙的な聖母として、それは占星学的にゾディアックの乙女座のサインに一致します。その両方が、処女/乙女、または純潔な聖母を意味し、思い出さなければならないのはそのそれぞれの固体の体における男性と女性の芽生えの細胞である2つのヨッドの融合(オイル)には、性欲は関係せず、その様なものとして粒子の誕生に、完全に関係しているためです。より簡単な言葉で言うと、体の細胞はこれが起こらなければ、再生産される事が出来ません。処女/乙女は純粋、無垢を意味し、故に自然的、または元々の(始まりの)物質/素材における不足の無さです

故に蟹座のサインの中に隠された大いなる秘密は、再生産するための自然の力で、そうでなければ体は、それ自体を毎日、再創造する事は出来ません。再び私はそれが - 繁殖的な芽生えでは無く、脾臓の中における、止めどない粒子の形成であると繰り返しましょう。私が知る限り、この情報は、この形状において、以前には利用可能ではありませんでした。ゾディアックのサインの秘儀的な意味への深い瞑想は、それによってオカルト的(隠された)身体生理学的な情報が得られる唯一の方法です。占星学唯一が、古い知識の宝の宝庫です。

ロバート・ブラウン F.S.A. によるギリシャ人、フェニキア人、そしてバビロニア人達の創始的な星座への研究を入手したのは、私にとってとても幸運でした。この本の中で私は、蟹座のサインが、、または体内におけるスピリット的な種植えつけの身体生理学的な機能と、体のそれぞれの粒子(細胞)の形成に関連していると言う私の明言への、結論的な証明を見つけました。エロス、または天界的な妖精、ヴァルカン(ウルカヌス)の鍛冶場から投げ出された生命のスパーク(火花)、または炎は - 言い換えると、大脳である牡羊座へと、より高い領域のその住処から降臨し - 蟹座の真ん中のディーカン(30度を3分した10度の真ん中)で、その深い中心である脾臓へと運ばれます。此処で、蟹の様に、それがそれ自体の全ての周りから手を伸ばし、その範囲の周囲に関連した全ての度合と振動率を体現すると言われる全ての種の物質を手に入れるのは、それが全ての方角から取り入れられるためです。一つの種を形成するために全ての種の創造の素材が必要なのは、その中においてそれが、存在するもの全てのコンセンサス(総意)であるためです。

上述された言及への証拠は、バビロニアの創造のテーマに体現されている古いユーフラテス川的な星座表で、蟹座のサインは Su-kulna 、または種を占有するものと名付けられ、また、川底と天界の運河の船の働き者と呼ばれます。占星学における天界の運河は、天の川です。そしてこの解釈を拡大して、此処において成された明言を再見解すると、蟹(crab)である蟹座(cancer)は、核(細胞)、または電気的な種である - 牡羊座の中で生れたスピリットを - 占有し、そしてミニチュアの蟹である粒子(細胞)を形成します。

再び、人間の体の生命が保たれ、そして日々、再創造されるのは、これ等の粒子(細胞)の方法によってです。この(説明の)反復に対して謝罪が成されないのは、この最も重要で、神秘的な行程を鮮明にするために不可欠であるためです。粒子(細胞)は、神聖な芽生え/種、またはモーゼスを含んでいるボート(小舟)、またはアーク(箱)です。

粒子における核は、大脳である牡羊座において創造された、または沈殿させられた高貴な生まれで、その周りに造られた体は、その粒子が脾臓の中で完璧化されるので、囲み(ebclosure)と呼ばれる事が出来るでしょう。故に、ロバート・ブラウンによる「創始的な星座」からの以下の引用は、私の発見の正しさの更なる証明です:

「北極星は、Duuga-Kaga-gilgatil 」です。gil の主要な意味は楔形文字の表意文字の形状によってまた表される様に、「囲い」です。Til は「生命」を意味します。DUGGA-GILGATIL が意味するのは「生命の囲い(細胞)の高貴なもの」で、北極星がその主である、「生命の囲い」が、「小さなひしゃく」と親しみ深く名付けられた、小熊座の全体の中の4つの星々によって形成された、有名な「楕円形」であると信じる多くの理由があります。この特徴的な楕円形、そして楕円形と天界のクオーター(1/4、一部分)、または「ディヴィジョン(分けられた部分)」(リージョン/エリア)は、常に言及されて来て、そして既に気付かれている様に、北極星の近代の信奉者達は、小熊座の星座的な楕円形が、竜座を前座(fronts)するのと同じ方法で、それが北極星を前座する様に、その壁が「北から南に続く」「楕円形の空間(宇宙)」を印します。此処において、地上における儀式がとても頻繁に基づけられている様に、それは「天界における物事」の「パターン」です。」

「オカルト(隠された)と特徴的な方法において、生命のエッセンス(本質)とスピリット(霊)の宿り処である宇宙において、何らかの特別な場所があると仮定するのは自然的です:そして沈む事の無い星々に冠され続ける北の高さ(空)におけるこの部分を位置付ける(同一視する)のも、同様に自然的です。

「エジプトの国家的な蟹座のシンボル、スカラベウス(大フンコロガシ)と、インドの占星学における亀の解釈の研究は、私達に更なる証明をもたらすでしょう。その前者、またはエジプトの昆虫は、糞のボールの中にその卵を産み付け、熱い太陽の下の砂漠の坂の上で見つけられ、その後ろ脚を使って、後ろ向きに昇る様にそれ(糞)を押し上げて固め、再び転がり落ちる事を許す事によって、最終的に目的地へと運びます。その行動によって、エジプト人達が理解した事が何であれ、彼等はその(糞)の塊と、空を渡って転がる、太陽の球体を比較しました。大フンコロガはシエジプトの宗教において多く使用され、時には羽を広げているか、または生命を与える魂として、雄羊の頭と角と共に現れます。

此処で私達は、牡羊座と蟹座の親密な関連性、またはそれらの間の距離によって現された「スクエア上の」、または90度の角度の、それらの相互関係的な働きの、追加的な証拠と言及に気付きます。

多くの研究の中で、それらが夏至/冬至と春分/秋分を含むために、「天界の門」として、牡羊座、蟹座、天秤座、そして山羊座は、カーディナル(基本的な)、または創造的な十字を構成する星座として言及されているのを、私達は見つけます。身体生理学的に、以前にも説明された様に、それらの星座は創造的な機能に拘わっています。

スミスの聖書の辞書(1915年、D. Appleton & Co.)の中に、太陽が蟹座のサイン(星座)の中にある時に、太古のヘブライ語の文献において与えられた名前をタムズ(i.e. テムズ/トマス)とするこの星座への、奇妙な言及を私達は見つけます。「『預言者であるエジキエルは、ジュダの長老達によって囲まれた彼のハウスの中に座っていた際に、スピリットにおいて、エルサレム(牡羊座)の遥か遠くの寺院へと移動させられました。主である神の手が彼の上にあり、そして彼を(蟹座)に向かうエホヴァのハウスの門の扉へと導き、;そして見よ、其処で女達が座り、タムズのために泣いている。』エジキエル8:14への彼の追記においてジェロームは、ジェンタイル(非ユダヤ)の逸話によると、タムズは6月に殺された」と加えます。

これは、太陽が真上の位置(夏至)を終える事によって、太陽の熱が減少する(殺される)事の描写(比喩)です。スミスはまた、タムズが太陽神、アドニス(i.e.アドナイ/アテン/アポロ, etc.)の名前かも知れないと明言します。ユダヤ的な文献に中で異教とされる神々への、これ等の言及があるのは何故でしょう?それは、それらが同じものを意味しているためではないでしょうか?そして実に、これは全ての神聖な文献において真実です。

スピリット的、または創造的な芽生え(germ/種)を貢献している牡羊座(春)と、その種を(細胞)核として使い、そしてその周りに、その物質的な形成/形状のために必要な、半液体的な実質の海を造っている蟹座(夏)の、融合された努力の方法によって達成された創造の、最も重要な段階への追加的な証明は、蟹座の3つのディーカン(30度を3分した10度)における星座の研究によって供給されます。

その最初の10度の中に、小熊座、または太古の占星学的な昔話において、小羊囲いである、ウルサ・マイナー(小ウルサ)を私達は見つけます。それは一般的に小ひしゃく(小北斗七星)として知られ、そのハンドル(持つ場所)の先の星(恒星)は、北極星、ポラリスです。

スペンサーは、彼の妖精の女王の中でそれをワゴナー(御者座)として、そして再び時間の欠片(時計)として言及します。彼はポラリスを、ガイドとして言及します:

「これによって、北方のワゴナー(馬車を運転する人)は、
その固定した星(北極星)の背後に彼の7重の teme (頂上/脳天?)を固定します。
それは未だに決して濡れていない海の波でしたが、
固定はかたくなで、広く、深く彷徨っている全てに
遠くから光を送りました。」

ギリシャの航海の早期の日々、それはガイド(目印)として使われ、そしてアラビアの砂漠において、海で行われるのと同じ方法において、熊座を通して旅人達が彼等の方向を定める事を通して使用されました」と、リチャード・ヒンクリー・アレンは、彼の星の名前とそれらの意味の中で述べます。

シゴーニー婦人は、彼女の詩、星々の中で、ポラリスを記述するに、こう表現しています:

「その疲れた一行と共に、ベルが鳴り、
砂漠の砂の中で奇妙な音楽を奏で、
その夜々の行進は、貴方の柱と成った火々によってガイドされます。」

そしてキーツは、彼のロビン・フッドの中で:

「・・・その7つの星々は、貴方への光、
北極の方向へ、貴方を正す。」と書きました。

リチャード・アレンはまた、「Delitzsch は、今日でさえもシリアにおいて、その恒星の集団は BIER として知られ;この名前に起因されている Flamarion? は、北極点の周りのゆっくりで荘厳な姿です。これは、アラビアに起因した様で;そしてそれから、今でさえ時折り聞かれる、その四角形の星々 - BIER大いなる棺桶 と言う名前が起因した様です。早期のアラブの詩人達にとって、これ等の星々は怠けの象徴でした」と述べます。

上記を分析すると、怠けの非難が、蟹座のゆっくりとして運動に上手く一致する間、Bier と大いなる棺桶のアラブ的な解釈は、小さいもの(細胞)または粒子である、蟹座の神秘的な体の創造に、親密に関連しているのは明らかです。corpus の語源はを意味します。棺桶と言う単語が、バスケット(籠)、または タンス(箱)を意味するギリシャ語、kophinos から派生するので、小箱、または箱の中の囲まれている小さな体(大脳、または牡羊座からの(細胞)核)に、実際に言及しています。この行程は、母なる自然の中において形成された、ネットワーク、または繊細な蜘蛛の巣(網)を構成します。故に脾臓の中で、真の身体生理学的な種(体の粒子(細胞))が、形成されます。脾臓は、この星座の真ん中のディーカンに一致します。

脾臓が、中央のディーカンに属すると言う明言のための証拠は何処にあるのかと、生徒達は尋ねるかも知れません。それは、太古の伝統によると、その腺と土星と供の分配において見つけられます。土星の解釈が常になので、(脾臓がお腹/胃の近くに位置する事実のために)私達は蟹座の中に、土星と(ゾディアックの輪における反対側の)山羊座の正確な振動が位置付けられる場所を見つけなければなりません。これは、それぞれのディーカン(10度)を2.5度づつの4つの部分へと分け、そしてそれらにゾディアックのサインを配分する事によって見つけられます。

この行程に親しみの無い人達のために説明すると(私が発見して使用した時、私は知りませんでしたが、それは新しいものではありませんが)、古代人達はそれぞれののために、別々のゾディアックを有し、それはそれぞれの詳細な点をもたらしたので、さらに多くを明かしました。蟹座と共に描写すると、その最初の2.5度は特別に蟹座的です。次の2.5度は獅子座に関連していて、その次の2.5度は乙女座に対してで、そして天秤座に分配される角度が、最初のディーカンを完結させます。

蠍座がこの振動の最初の2.5度を統治するので、これはそのディーカンへの統治者の配置のための説明を構成します。究極的にこれは、私達がどの様にして、徐々に占星学的な情報の全てを再発見するかで;そしてそうする事によって、その正しさのための私達の証拠を会得します。

蟹座の真ん中のディーカンの分配を続けると、最初の2.5度は蠍座に分配され、次は射手座で、その次の2.5度は山羊座です。その中央のディーカンのサインは、そのマトリックス(母体)なので、当然これは深く隠された行程のための、合理的な場所を構成します。此処において暗闇(お腹)の中で抱いているその大いなる聖母自然の子宮は、彼女の宇宙的で身体生理学的な両方の卵である - 粒子(細胞)を産み出します。

太古の記述者達からの更なる証明を提示する前に、私が再び注目してもらいたいと望む事実は、私が扱って入る、または言及しているのは繁殖的な芽生え、または粒子(卵子/精子)では無い事で、それらは全く異なっており、そして蠍座(繁殖器)の下で考えられなければならないためです。後者の星座の特徴的な機能は、動物、または動物化された粒子(卵子/精子)に関連していて、これは多大な研究が明かしたもう一つの啓示で、そしてそれは占星学の元々の、そして原則的な目的の、疑う余地の無い証拠を構成します。それと同時にそれは、生と死、そして血肉において、そして血肉の不死の秘密を明かします。

ディーカンにおける星座の私達の研究に戻ると、私達は大ウルサ(Ursa Major)、または大熊座が、守護者で守り主である、素晴らしいアークトゥルスと共に関連させられ、そして古代人達によって、大羊囲いと解釈されていた事を私達は見つけます。

羊囲いは羊がハウスされる処なので、これはそれら2つの「天界の門」の間の協力の、もう一つの証明を構成します。牡羊座は、羊、またはスピリット的な芽生え-種である(細胞)核の創造主で、そして蟹座は、それらの「羊」がハウスされる場所です。

アークトゥルスは、2つのギリシャ語からの派生語、熊を意味するアークトス(arktos)と、管理人/守り人を意味するオウロス(ouros)から派生しました。甲殻類の一種はアークトゥリダエ(Arcturidæ)と呼ばれます。熊(bear)と言う言葉は、本当は、前にもたらす事、補佐する事、保つ事である、産む(bear)と言う動詞と同じ意味を有します。故に、蟹座の根本のアイデアに、胸部、胃/お腹と脾臓を再び分配する生命維持のアイデアに、私達は気付きます。恐らく私達は今、ヨハネ21:15の「私の子羊達に食べさせなさい」と言う聖書的な明言の、より良い理解を有せるでしょう。それは身体生理学的に解釈されるべきです。言い換えると、貴方の粒子(細胞)が保たれることが出来る様に、貴方の粒子の核に、栄養を与えなさいと言う事です。それによってスピリットは、体の中で補佐される、または保たれます。

様々なその他の証拠が利用可能ですが、私達には2、3を上げるスペースしかありません。エジプトがギリシャによって影響され始めた時、私達はこの星座がオシリスの車として考えられ、そしてアーク、または小船によって、平面図の幾つかの上で表されているのを見つけます。粒子(細胞)は、水によって囲まれたスピリット的な芽生え、または核(オシリス)を運びます。蟹座は、そのエジプト語の名前がアイシス/イシスであるによって統治されるので、その分配は完全です。私達はまた、月が、太陽からの光を運ぶ、または反射すると見つけ、それが意味するのは、それが取り巻くエーテル、またはアカシァ(akasha)の中のその反射であると見つけます。

この星座のための一般的な名前は巣鶏で、その重要性は否定できず;聖者ピーターの船であり、(今日のその一般的な名前)大ひしゃく(北斗七星)で;その間、南フランスではカセロール(焼き鍋)、またはフライパンとして知られています。聖者ピーターの船を除いて、全ては栄養に関係しています。

モハメド派(イスラム教徒)にとって蟹座はアル・ファスで、地球の地軸がその方向性(bear-ing)を見つけるです。ペルシャ人達はそれを Ihlilgji 、またはナツメヤシの種、もしくは実と呼びました。昔のデンマーク人とアイスランド人達は、小熊座、または小ウルサを小さな二輪馬車(運ぶもの)、またはトールの王座として知っていて、それが私の発見の正しさへのもう一つの証拠なのは、トールが牡羊座からのスパーク、または電気的な芽生え-種で、そして脾臓である蟹座において王座に就けられるためです。彼等の子孫達はまたそれを Fiosakour à lopti 、空の乳搾りの女と呼び、それはこの星座の下に胸部を分配します。

ウィットニー教授は、Surya Siddhànta の第1章の第62節から引用します:

「その山は、神々のである;」

そして再び:

「神々の座は、北極に位置するメル山である。」

蟹座のサインが北に有り、この星座の星々が北極星の周りを旋回するので、神々の座はそれぞれ粒子(細胞)と(細胞)核に言及します。ポラリス(北極星)が正確な極から1゜14’離れているのはよく知られています。

「それは古期英語の著者達のロード-スター、またはローデスターです。中国人達はそのために幾つもの名前を持ち - Pih Keih; Ta Shin; Tien Hwang そして Ta Ti で、大いなる天界の帝国的な統治者でした。最も古いインド北部において極に最も近いその星は Grahadhàra 、または「惑星達の回転」として知られ、この星座の中の最も明るい星、アークトゥルスは最も早い時代から記述され、そして私達はジョブ38:32において以下の言及を見つけます:『貴方はアークトゥルスと共に、彼の息子達を導け無いのですか?』」と、リチャード・アレンは述べます。

カルデアとプラトン主義の哲学において、蟹座はまた、人々の門と言われ、それを通して魂は、天界から人間の体の中へと降臨すると言われます。此処で私達が、スピリットであるべき処で、魂と言う言葉を使うのは、魂が厳密に、物理的な形成で、と呼ばれる水分、または液体的な本質を産出している物質(matter/mother)へと接続する、または引き出される、スピリット、または電気(火)によって形成された、脳と腺のエッセ(esse/本質)であるためです。この火は、土から水分を引き出し、そしてこれ等の記事の中で説明された様に、12種のミネラル・ソルトの全ての本質が理解された時、何故1つの塩が使用するために水分を引き寄せ、その間、もう一種は、排除するために引き寄せ;何故一つの塩が火を引き寄せて保ち、その間、もう一種が、炎症を冷やし、和らげるのか、等々が鮮明にされます。

昔話は、蟹座の守護をマーキュリー(水星/水銀/ヘルメス)に与え、それは、脾臓の真の機能に与えられた説明無しでは、鮮明に成りません。生命の keres (言い換えると、スピリット的な種)が、地獄へと引きづり込まれるか、天界へと戻る事が許されるかは、マーキュリー(マインドと神経)によります。この感覚において、マーキュリーが、その守護者です。

蟹座の中に体現された大いなるミステリーは、デミウルゴス(創造主)、または製作者の降臨で、言葉を変えると、フリーメイソンの「超越的な建築士」です。乗り物、または棺桶の中のオシリスが、脾臓において母なるアイシス/イシスによって形成されたエレクトロン(電子)、または(細胞)核であると言う、身体生理学的な説明を、私達は忘れないでおきましょう。グレイの細胞学辞典は、この器官の機能は知られていないと記述します。私は今、貴方にその表面的で身体生理学的な使用を説明しましたが、それは私の次の著書、誕生とその操作についての真実、そして腺についての新たな事実の中で説明されるでしょう。

Dzyan の書(チベットの英知の書)の中で、「闇は光を放射し、そして光り(牡羊座)は、母なる深みへ、その水の中へと一筋の光線を放ちます。その光線は無垢な卵を通して打ち出され;その光線は永遠的な卵が興奮する原因と成り、そして非-永遠的な(定期的な)種を落とし、それは世界の(物理的な)卵へと沈殿させます」と明言されました。そして再び:「それ自身の創造力を通した、明らかな自己-派生と進化の謎は、卵における宇宙的な進化の行程のミニチュア版を繰り返し、両方とも熱(獅子座の中の太陽)と眼に見えない創造的なスピリットの流出の下の水分によるものです。」(牡羊座からの種の芽生え)は、間違いなく、人間の卵、または粒子(細胞)を創造し、実を結ばせる事における、脾臓の働きです。

「海を混ぜている」に関連した、神聖な書の中の明言は、全ての形状がそれから前進する母なる液体、または育成的な液体の象徴です。それは胃の掻き混ぜる様な運動に応用されるだけで無く、蠍座と魚座に分配される、その他の肥沃な部分にも応用されます。

蟹座は最も生産的で、3つの水のサインの中で最も重要なのは、それ無しでは、粒子が形成される事が出来ないためです。故に、人体の創造、または再創造が起こることが出来無い為です。

月は、ヒンドゥーの文献の中で、「豊穣の牝牛」で、そして牡牛座の中で高揚される時、その神聖なアムリタム、またはソーマの液体を保存している、その神聖な目的を果たしています。これは、簡単な英語において、牡羊座からの創造的な液体を意味します。恐らくこの明言は、「ミルクと蜂蜜が流れる土地」という聖書的な言及に光をともすかも知れません。牡羊座の章の中で、大脳の中には乳頭様の腺が有る事が証明されたのを、思い出して下さい。これらの液体は後に、胸部、胃、そして脾臓を統治している蟹座において再び現れます。それらはより低い振動と、より身体生理学的、または濃厚/鈍い特徴を取りました。以前には、天界的でしたが、それらは今、地上的な持続に成りました。占星学的な天の川は、その身体生理学的な類推を、頭の中の乳頭腺からの脳、または大脳のミルクの降臨の中に有し、創造のプラスの極です。蟹座の中でこれ等の腺は、マイナスの極を構成します。

ブラヴァッツキー婦人は全くごもっともの通り、「類推の法則が、世界の問題のための最初の鍵で、そしてこれ等のリンクは、それぞれに対するそれらのオカルトな(隠された)関連性において協調的に研究されなければならない」と述べます。

Dzyan の節からの、以下に続く引用において言及された、脾臓の機能に関して疑いはありません:「月の主達と呼ばれた、空気の様な体の、その大いなる Chohan 達(主達)は:『貴方の本質の人々である、人々をもたらし、(彼等はそう伝えられた)。彼等に、彼等の形状を内的に与えよう。彼等が、男性-女性に成るためである。炎の主達でもまたある。』故に、月的なスピリット達(牡羊座のスパーク)が、形状(FORM)の創造的なエロヒム、または塵のアダム(アトム)に成りました。」実に蟹座について、一冊の本が書けるほど - 数々のその他の明言がありますが、私達はその同じ源泉、ブラヴァッツキー婦人から、もう一つだけ加えましょう:「地球に再び広がるために必要な全ての生き物の germ (芽生え/種/細胞/遺伝子)をその中に保存したアーク(箱舟)は、自然において対峙している力を通した、生命の生き残りと、物質に対するスピリットの超越性を体現しています。西洋儀式の天文-神知学的な図表において、その舟は、へそに一致し、そして陰的な側に位置付けられ、女性(月)の側で、その象徴の一つは、ソロモンの寺院の左の柱 - ボアズ(Boaz)で、頭の中における脳下垂体です。へその緒は、その中で民族の germ (種)が身を実らせる受け皿に接続されています。

人は - 一つの体である - 民族/人類の不可欠な一部で、その間、彼の中の、そしてそれによって彼が造られた粒子(細胞)は、その民族/人類の germ を構成し、その種-germ がその(細胞)核です。

その創造主はロゴスで、言葉(音)であり、それは始まりにおいてあり、故にです。「その種は神の言葉である。」 - ルカ8:11.

化学的な一致を扱う前に、それらが形而上学(哲学)的に、この星座の身体生理学的な解釈に繋がるので、G. A. ガスケルの聖書と神話の神聖な言語の辞書から取られた幾つかの言及が与えられ無ければ成りません。

「蟹座は生命のサイクルの4番目(それは(ゾディアックの)4番目です)の期間の象徴です。それはアストラル(星)の領域からエネルギー化された、より低いマインド(一つ前の星座、双子座)を象徴します。

「蟹、または(インドの蟹座のサイン)亀は、進化において魂がその中へと降臨する、より低い本質/本性の象徴です。」私達が此処で着目するのは、彼が、スピリットと言うべき時に、と言う言葉を使用している事です。

再び、(牡牛座の中で高揚させられた)月のより高い要素を記述するにおいて、彼はこう述べます:「より低い自己の経験の変格された結果を含んでいるものとしてのブッダの象徴です。」また:「スピリット的なモナード、または個性が、より低い本質を止める時、それはエネルギー化されたより高い精神的な乗り物/媒体、または causal (因果的)な体へと入り、そして其処からより高い自己と共に統一します。この統一によって強化され、それはブッダ的な領域(月)を通り上向きに通り(上昇し)、そしてアトマの領域の上で永続的な愛の中に融合します。」

そのより低い要素において、「月は - 個性である - より低い自己の象徴です。これに含まれるのは、より低い本質のアストラル的な原則で、つまり熱望であり、そしてまた月的な球体の上の、月的なサイクルにおいて発達させられた、本質の形状、または物質の側です。太陽はスピリットであり、物質は月である。」プラスナ・ウパニシャド(Prasna Upanishad)1.5。

「月のオーブの中の顔」の中で、プルータークはこう述べます:「月(彼女)自身のために、太陽への熱望から、彼女は彼(太陽)から派生/繁殖的な原則を引き出す事を望むので、彼の周りを廻り、彼と接触します。」ガスケル氏は上記をこう解釈します:「より高い自己に引き寄せられた、そのより低い自己が、生命のサイクルを通して進化するのは、再派生と因果的な体におけるより高い自己との不死の統一を魂が望むためで、それによって2つの自己が1つに成るためです。

人類の大多数が、その熱望的な本質(欲望)において生きているので、私達は個性(personarity)が - そう、殆ど全く覆い尽くす様に - 個人性(individuality)を覆い尽くしているのを見つけます。私達は狂気が;無能が、巨大な度合で、怒涛の様に、増大しているのを見つけます。

リタラリー・ダイジェスト(1931年5月23日号)の最近の出版の中で、上記の明言の真実に対する十分な証明が与えられています:「ミシシッピー州だけでも、マインドが緩い人の世話をする費用は、714ドルかかります。この国にはその様な障害を持つ人達が約600,000人いるので、隔離において、彼等の世話をする費用は膨大になります。」

役人達は、一般的、または全国統一の断種手術の法律を通す事によって、その問題を解決したと考えます。これは、避妊における避妊器具の使用と同じ位の、道徳的な有効性です。どちらの場合でも、本当の問題は対処されていません。無能を防ぐ特訓、または教えは形成されていません。この欠如自体が犯罪を構成します。

双子座が、神の息子達、牡羊座である、子供達(スパーク)を扱う事実を思い出すと、私達は此処で、それらが蟹座の中で、物質的な形状、粒子(細胞)、または体で服を着せられて(覆われて)いる事を見つけます。それらは実際に、塩水である MARE、または人体のマリー(水/海)の中で網に捕われ、そして此処で、網の様な形状を有します。

私達は、カルシウム、またはライム・フッ素(i.e. フッ化カルシウム)との、この星座の分配を考えてみましょう。キャリー博士の医療の生物化学的なシステムの中で、私達は以下に気付きます:「それは自然において、鉛の鉱脈の中で、ミネラル蛍石として現れ、美しく結晶化され、様々な色で、その結晶は通常キューブ(正六面体)型ですが、時には八面体の形状で、その面に平行して後者の形は常に割れています。幾つかの種類は、熱せられた時、緑っぽい光、そして幾らかは紫の、燐光性(phosphorescent)の光を発します。

「特定の無機的なセル・ソルトが、特定の症状によって示唆されていると知る事は一つの事ですが、特定の結果を達成するために、それがそれによって機能する行程を知る事は、全く別物です。ライムのフッ素(フッ化カルシウム)は、歯のエナメル、接続的な繊維、そして全ての筋肉的な繊維の伸縮的な繊維の中に見つけられます。筋肉の繊維における伸縮性の繊維の欠如は、子宮の脱肛、静脈瘤* そして全般的に「たるんだ」感覚の原因に成ります。このライム・ソルトにおける不足、そして結果的に伸縮性の繊維の不足が、大脳と小脳の間の接続的な繊維において起こる時、思考の異常な行程が起こり、金融的な破産に対する根拠の無い恐れの原因に成ります。」

* 塩化ナトリウム/食塩(水瓶座)が、多くの図表の中で水瓶座の中の金星によって示唆される様に、必要とされます。

長年の経験と研究の結果として、私がつつましく提供出来る貢献は以下です:人体における全ての網、または蜘蛛の(巣の)様な形成は、この塩を含まなければならないので、脳とコード(脊椎)を覆うアークノイド(蜘蛛の巣の様)な粘膜は、その構成要素として、フッ化カルシウムを大部分において必要としなければなりません。

グレイの解剖学辞典からの以下の引用は、結論的な証明です:「そのアークノイドは、親密に一所にまとめられた白いフィブリン的で、伸縮性の繊維の束で構成されています。その外側の表面は、低い(薄い?)立体的な中皮の一層と共に覆われています。その内的な表面とトラベキュラ(柵状織)は、同様に薄い立体的な中皮の一種によって覆われていて、それは部分的に歩道の一種の様に平らにされています。ボークダレックによると、数は少ないですが大きなサイズの太陽神経叢の(神経の)脈管が末端の運動神経の根源から派生し、顔(面?)と副神経は、アークノイドにおいて見つけられます。

上記の明言の中ではっきりとした事実は、「アークノイドが白いフィブリン的で伸縮性の繊維で構成され、親密に一所に束にされている事で、キャリー博士の生物化学システムから以前にも引用された様に、その全てはフッ化カルシウムの特徴です。この塩は自然的な FLUX (流動/融剤/溶剤)、またはミネラル(鉱物)と金属の融合を昇進する実質として知られるので、この塩が十分な量で存在していないと、繊維のフィブリン的で伸縮的な特徴は変化し、それらの特徴を失うのは、直ぐに気付かれるでしょう。その結果は脱出症的な状態である、一般的なたるみで、良い例は伸縮性が失われてしまったゴムです。

此処において、私達が再び思い出さなければならないのは、蟹座が月によって統治されている事実で、それは脳と共に親密に関連していると知られ、多くのとても奇妙な精神的な状態は、フッ化カルシウムにおける不足から派生していると、生物化学の中に記述されています。

以下は特徴的な例です:最小限の必需品を購入するにさえ、1セントも、蟹の様にしっかり掴んで「放さない」貧困に対する恐れです。この塩の不足の最も早期の症状の一つは物忘れで、それが意味するのは精神的な伸縮性の欠如です。人の金融、またはその他の問題に関して恐れがある時、それは減少している精神的な粘り強さを示唆します。人は、自己操作、または前向きさを失います。

大脳である牡羊座が、蟹座と共に90度を形成するので(これら2つが、働きにおいて関連させられていて「スクエアの上」で行われなければならない事を示唆しています)、フッ化カルシウムとリン酸カリウム(牡羊座)がとても不足する時、実際の分離が起こり、そして極度に難しく/問題に成り、ひどい場合だと自分自身を表現する事さえままならなくなります。

言葉を失う人達に出会うのは、珍しい事ではありません。会話の最中に、彼等は躊躇したり、繰り返して言ったり、彼等の頭の中にある事を明言出来るまでに、数分過ぎる事もあります。私には言葉が伸縮性のスレッド(糸)によって、実際に首紐で縛られている様に見えます。それらが伸縮性を失い始める時、それらはきつく緊縮する事が出来ません。記憶がそれらに接触する事が出来無く成り、思考の電気は、自然的な窪みに沿って自由に流れる事が出来なくなります。

出来る事なら、健康であれば静止しているこれ等の蜘蛛(の巣)の様な粘膜が、それらの食物であるフッ化カルシウムである、ミネラル的な実質を求めて、腹をすかして手を伸ばし始めるのを想像してみて下さい。脳の中の気味の悪い何かが這って動いた様な感覚は、この塩の不足を意味すると理解するのは簡単では無いでしょうか?特に過去数年間においてこの症状は一般的に成り、そしてそれを有する人達は、発狂を恐れると言います。これらの繊維の緊縮は、窮屈さと圧縮の感覚の原因に成ります。

古い言い回しのフレーズ、「貴方は脳の上に蜘蛛の巣を持っている、」は、身体生理学的な事実で:そして実際にキャリー博士が、この題材についての小論の中で明言した様に、その様な表現は真実に基づいていますが、一般的な口語の服が着せられています。

グレイの解剖学辞典のアラクノイド(クモ膜)の引用を再読する際に、この文章:「その外側の表面は、低い(薄い)立方体の様な中皮の一層と共に覆われている、」をどうか慎重に着目して下さい。立方体様が意味するのは、立方体の様に形成され、それは6つの同等な正方形によって結ばれた(囲まれた)個体で、その角の全ては直角だと言う事です。それは、量の3乗です。3つの、同等の要素の産物です。

この素晴らしい蟹座のサインの塩は、すると、自然におけるそれぞれで、そして全ての要素は、特定の方向、そして特定の(振動)率で動く(運動する)ので、三位一体の産物を産出する、または創造する力を持ち、そしてその要素が変化させられるまで、運動、または振動の方向と率は影響されません。フッ化カルシウムは、すると、三重性(三位一体)の振動を有しています。シックス(Six)、またはセックス(性別/Sex)は、2つの3、または2つの三重性の構成で、男性と女性と、私達は言えるかも知れません。これは、それが行う事なので、これがどの様に上手くそのサインに応用されるのかが見られるでしょう。蟹座は女性的で、多産で、12個のゾディアックのサインと人体の部分の中で、最も肥沃です。ですが、占星学の研究者達に覚えておいてもらいたいのは、脾臓がこの星座と共に関連させられた3つの器官(胸部/胃/脾臓)の内の一つを形成し、そしてその中で粒子(細胞)が創造されると言う発見を思い出すまで、何故なのか、貴方が理解出来無いと言う事です。

ゾディアックのこの4番目のサイン、蟹座、またはスカラバエウス(大フンコロガシ)でさえ、完全な成長の前に、その小さな蟹とビートル(カブトムシ型の昆虫)が通る3重、または三位一体の段階において、立方体的な描写を産み出します。人は、動物で、人間であり、そして神聖なので、彼はその上にその3重的な本質が帰属する、3つの異なったそれぞれの germ (芽生え-種)状態、または種に一致します。

彼のスピリット的な種-芽生え( germ )は、天界(大脳)からのパン(オイル)であり、大脳的なエッセンス(本質)である、牡羊座において沈殿させられた事実を、私達は再び再検証しましょう。牡牛座においてそれは、その旅を始めます;そして、脾臓の中に届くと、脳下垂体の腺によって送り出された物質と、脾臓が産出した女性の芽生えと共に融合されると、人間の芽生え、または(繁殖的な芽生え/germ では無く)粒子(細胞)に成ります。

故に、土(地上)的な産物として、が創造されます。その魂、または粒子は、食物の消化によって形成された乳糜(脂肪を含むリンパ液)によって栄養が与えられ無ければ成らず、幾つかある理由の内の一つによって、これが障害されると、これ等のそれぞれの小さい体は衰弱し、それらの働きを出来なく成ります。人の体が(複数の)体の集合体であるためです。そして再び、彼の永続的、またはスピリット的な体は、エロテス(Erotes)で、天界的な火からのスパークの集合体です。

それぞれが通り抜けなければならない第三、または動物的な段階は、正に大いなる謎/神秘に拘わっていて、神-人の第二巻、そしてまた腺についての新たな事実の中で扱われるでしょう。ですが私達が気付かなければならないのは、繁殖的な芽生えの細胞(germ cell)の産出に必要な粒子の分別化は、第8章の中で考察される様に、精巣と卵巣の中で達成されなければならない事です。

上記は、蟹、またはスカラバエウス(大フンコロガシ)の象徴が上手く選ばれた事を間違い無く証明し - それもまた発達の3つの異なった段階を表しています。また、注目するだけ興味深いのは、そのビートル、またはスカラバエウスが、その卵を、卵の宿、温かさ、そして食料と成る物質の中に埋める事です。人の体において、不死の卵、またはスピリット的な芽生え(germ)は、それが蠍座(繁殖器)に届いた時に同じ方法で埋められます。

そのビートル、またはスカラバエウスは、糞の中にその卵を産むので、私達は此処において、性的な活動を操作している大いなる神経節である山羊座、または仙骨への類推を見つけます。オカルト(隠された)の題材を扱っている太古の記述の中で、ペリカンが馬の糞の中に埋められていると言われます。事実の研究者達のみが、その表現の類似性を認識するでしょう。自然科学者達は、脊椎の下の部分が cauda equina 、または馬の尻尾と呼ばれ、そして仙骨が直腸の付近のこの部分にある事を知っています。ギリシャ神話の中でこれは、しっかりと綺麗にする事が必用とされる Augean の馬小屋です。それは、身体生理学的に解釈されると、絶対的な真実です。ペリカンの秘儀的な意味はキリスト(オイル/卵)です。

読者達の幾らかは、「何という神聖冒涜!」と言うのは間違い無いでしょう。ですから今此処で、キリストはギリシャ語の単語でオイルを意味し、高度に洗練されたオイルであり、エッセ(esse)、または完璧な身体的メカニズムの総合であると明言しておくのが良いでしょう。それはヨルダン川(脊髄)の「水」です。ですからそのシンボルが個人では無く、不死に言及しているのは、驚きでしょうか?

ブラヴァッツキー婦人の用語集から取られた以下の引用は蟹座のサインが産出的で、延長的で、全ての物事が彼女によって栄養を与えられるので、大いなる聖母自身の家であると言う更なる証拠を私達に与えます。それはまた、粒子(細胞)である人間の種を創造し、栄養を与えるので、種でもあります。

「エジプトにおいて、スカラバエウス(大脳の象徴)は、復活、そしてまた再誕;ミイラの復活、またはむしろそれを動かさせた個性の最も高い要素の復活、そしてエゴの再誕、より低い人間の魂の「スピリット的な体」の再誕の象徴です。エジプト学者達が、特定の記述の意味を推測し、彼等が「正当化(裁定)された魂が、一度その旅の特定の部分に到着すると(単純に物理的な体の死)、その体(i.e. エゴ)と統一されるべきで、決してそれから分離され無く成る」と述べる時、真実の半分しか、私達に与えていません。この体と呼ばれるものは何でしょう?それはミイラの事でしょうか?空っぽにされ、ミイラ化された遺体は決して復活させられる事が出来ないので、確かにそれでは無いでしょう。それが唯一成れるのは、永遠的で、スピリット的な衣で、それと統一したものが何に成るにせよ、それに不死を与え、決して死ぬ事の無いエゴです。マスペロ教授が言う様に、「生み出された知性は、その発光的な包みを取戻し(再び)ダエモンに成り、スピリット的なエゴで;個人的です。カーマ・マナスにとって、その直接の光線、またはより低い魂は、オシリス化、つまり、それ自体をその「神」と共に統一する事を望むもので;そしてそれのその部分は、そうする事によって、カルマの法則に従い更なる経験を求めるその旅において、後者が何度も何度も転生し、度々地上に降臨する時でさえ、それ(神)から決して分離され無く成る事に成功します。種をまく者であるケム(KHEM)は、腐敗(冬)の後に新たな穂/実りとして毎回新鮮に現れる(春/夏/秋)、コーンの実の創造主で、種をまく者である、スカラバエウスのビートルとして、物理的な死後の復活の絵において、石碑の上に表されていて;そしてデヴェリア(Deveria)は、「プターはオシリスの不活性で物質的な形状で、それは再誕させられるソカリ(Sokari/永遠的なエゴ)に成り、そしてその後、Harmachus 、または彼の変格におけるホルスによって昇った神として、とても正しく表しています。tumular (古墳の様な丘)の記述にとても良く見つけられる祈り、「人の生きている魂」、またはより高いエゴ「における復活のための望み」には、その(文章の)終わりに個人的な魂を代理するスカラバエウスが常にあります。スカラバエウスはエジプトの象形文字の全てにおいて、最も頻繁で一般的なものとして、最も敬意が表されました。それらが幾つも無いミイラは一つも無く、装飾、家具、そして家財道具に最も人気のあった題材は、この神聖なビートルで、ピエレットは、彼の Oivre des Morts の中で、そのヒエログリフ(象形文字)の秘密の意味はスカラバエウス(大脳の象徴)のためのエジプト語の名前において十分に説明され、ケプァー(KHEPER)は、~である、~に成る、再び造るを象徴すると評しています。」

上記の明言において、このサイン(星座)が再-創造に拘わっている事を証明するに十分に与えられましたが、それは私達に、それを鮮明にする、本当の、身体生理学的な解釈を与えてはいません。蟹座が脾臓において生命を与える物理的な粒子(細胞)が、個性の無知のために悩まされ、飢えさせられ、破壊されなく成るまで、誰一人として、そのより高い自己、またはエゴと、永続的に統一される事は無いでしょう。

覚えておくべき2つの顕著な明言は、蟹座が種をまくものであり、そしてその象徴、スカラバエウスは、~である(存在)、~に成る、再び造るを象徴すると言う事です。粒子(細胞)の健康の継続的な維持を通してのみ、物理的な体における生命は、永続/継続的にされ、墓/死に対する勝利が得られます。これは私の最も重要な宣言の一つです。それは正に、身体的な再生の鍵です。

ヴァン・ストーン著の魂の通り道の中で、私達はこう読みます:「この蛇的/英知的な力は、宇宙を形成し、人を形造りました。それは彼(人)を創造しましたが、彼は、彼の順を追って、もし彼が派生/世代から止めさえすれば(if he would only cease from generation)、それを創造のために使えます。」繁殖において消費される大量のエネルギーの量は、何千もの異常な粒子(細胞)を放出すると言うのもまた事実です。(第8章参照)。

私達の生物化学的な事実を、グレイの解剖学書からの明言と今、再検証し分配すると、私達はフッ化カルシウムが、立方体様の形成(cuboidal formations)を造り上げる事の出来る振動、または運動の率を有している事を見つけます。私達はアラクノイド、または脳の蜘蛛の巣(クモ膜)が、白くフィブリン的で伸縮性の繊維によって構成され、それらの外側の表面は、立体性様の中皮(非膜組織)によって覆われているのを見つけます。正に、民族/人類の芽生え( germ )を実らせる、ゾディアック的なサイン、蟹座への、キャリー博士のフッ化カルシウムの分配を立証するのに更なる追加的な証明は必要でしょうか?

未だ更なる証拠はあります。

甲殻類( crustacean )と言う言葉は、ラテン語の外皮/殻( crust )と同じ語源を有します。ギリシャ語における甲殻類はクリスタルを意味し、クリスタル化/結晶化、または固く成る力を持っています。それはまた固いコート、もしくは覆い、殻を意味し、角の様な実質です。クラスタ・ペトロサは、歯のセメントを意味します。故にフッ化カルシウムがセメントの本質を有しているのは事実ですが、特徴的で伸縮的な性質も有しています。ビートルと蟹の両方が、固い殻を持っています。体の粒子(細胞)もまた殻に包まれていますが、それらを固くするためには、もう一つのカルシウムのコンビネーションが必要で蠍座の硫酸カルシウム、またはパリスの漆喰です。

生物化学は、歯のエナメルと爪がこの塩を必要とし、そして幾らかは骨によっても使用されると、私達に教えます。フッ化カルシウムが不足すると、肌が荒れ、あかぎれとひび割れに成り;つま先、指の周り、肛門、耳の裏、または口の角と言った、特定の部分において割れ目を形成します。皮膚は、このゴムの繊維の様な物質 - 伸縮性の実質が不足に成ります。固いできもの、フィブリン的な特徴の腫瘍;霞む視力;カタラクト;骨の塊、または顎、もしくは頬骨の成長;歯のゆるみ;歯茎の後退;薄く脆いエナメル;舌が割れた様な姿に成り;のどちんこが長く成り;痔に成り;(筋肉的な繊維のリラックスした状態のために)明らかに尿の量が増え;精巣が固まり;股間の引きずるような痛みに成り;子宮の脱宮に成り;静脈瘤に成り;消化的な障害に成り;脾臓の問題に成り;心臓の弁の問題に成り;忘れっぽさと、貧困への恐怖は、この塩の必要性の幾つかの明らかな示唆です。気難しい気質はもう一つの示唆です。

この章を閉じる前に、扱わなければならないもう一つの重要な点があり、そしてそれはフッ素の解釈に関連していて、その本質と、それが分配されるサイン、蟹座がそれによって統治される月とのその親密な関連です。

月の光が太陽からの反射である事はよく知られています。この理由のために、古代人達がそれを、女性では無く男性として考えたのは全くの驚きでしょうか?ルナはラテン語の名前です。ギリシャ語ではセレナで、その間、ヘブライ語では、レバナとヤルカとして知られています。

フッ化カルシウムに関連する以下の明言は、ペンシルヴァニア大学の物理学の教授、ジョージ F. ベイカー M. D. (医師)の基本的な化学の教科書、理論的、そして無機的から取られたので、科学的に正確である事を、どうぞ頭に入れておいてください。

「蛍石、ホタル石(CaF2)、またはダービシャー(地名)のスパー(良劈開(へきかい)性で光沢のある鉱物の総称)として知られるミネラルは、フッ素とカルシウムの合成物、CaF₂ です。このミネラルから、フッ化水素ポタシウムが調合される事ができ、これに対する熱の運動によって、無水のフッ化水素が得られます。この実質の電気分解によって、驚くほどの運動を有する、無色のガスが得られます。それは暗闇においてでも水素と直接結合し、そして水を分解し、オゾン化された酸素を容易く開放します。」彼はその後、こう述べます「フッ素の運動は、その他全ての要素(元素)のものに勝る様です。蛍石( fluorite )はラテン語のfluo、流れる( flow )に由来するのは、何故ならそれが、金属の還元(reduction)において溶剤(flux)として使われる事が出来るためです。

上記のデータから、合理的な消去法を取ってみると、フッ化カルシウムは、小体、または種を造るために、全ての種の物質を一緒に融合するのに必要で、それはもう一つの重要な機能を有しています。それは大気中の水を分解し、そして故に、小体(粒子/細胞)の中に覆われたスピリット的な芽生え( germ )と共に、オゾン化された酸素、またはそれがその特定的なエネルギー源である、電気化された空気を供給します。その小体の生命は、その中の電気的な細胞( germ cell )なので、電気的なエネルギーを含むものによって供給されなければなりません。それ以外は理論的ではありません。

注目するだけ興味深いのは、フラックスと言う言葉が、その表れが月によって統治されるので、月経の流れを意味する事です。潮の満ち引きが、正に月にとても関わっているのはよく知られています。この研究における長年の経験は、この塩の不足がとても多くの痛みを伴うと同時に、虚弱化させる、女性の病気に結果すると、結論的に証明しました。ホタル石( fluor )と言う言葉は蛍光性( fluorescent )の語源で、そして化学が私達に教える様に、「この塩は熱蛍光です。それは、適度な熱への露出で蛍光します。蛍光性が意味するのは、それ(蛍光体)自体からは異なり、あらゆる事例的な光(その蛍光体の上にあたっている光)とは異なった色の光を放ち光る時に、実質が持つ性質です。熱蛍光が意味するのは、熱、電極、または太陽光に露出された後に、特定の実質によって表された発光性です。放たれた光は通常、事例的な光よりも大きな波長で、ヴァイオレットとウルトラ・バイオレット(紫外線)の光線がその最善の刺激剤です。それは強力に蛍光的です。」

上記の科学的な明言は、夜の球体に関して私達を賢明にするだけで無く、月によって統治され、液体に影響し、それ自体が真の流動である、液体的(水の)サインである、蟹座へのフッ化カルシウムの、キャリー博士による分配を、結論的に証明します。そしてフッ化カルシウムは酸素と結合しないので、私達はこの事実の中に、corpuscle (小体/粒子/血球)もまた、呼吸しなければならないので、それが酸素不足に成らない様に、何故、コープスキュルを形成するにおいて使用される物質/素材の多くのパーセンテージを構成しなければならないかの理由を見つけます。実に、コープスキュルは、ある意味、魚であると同時に卵で、生命を保つためにそれが必要とする空気の種類は、海の生き物達において生命を保つ役割を果たすものと類似していなければならないためです。

ブリタニカ大辞典を見てみると、私達はこの塩が、歯のエナメルの中で見つけられる事を見つけ、シュースラー博士の発見と同意します。すると、この必要な歯の覆いを補強するものとしての、フッ化カルシウムの錠剤の効果を否定するのは、とても馬鹿らしく無いでしょうか?私達は常識を使い、物事に改善が必要な時に、それを達成するには、同じ種類の物質(素材/材料)が使用されなければならないと認めましょう。

「占星学を通して私達は、マクロコズム、または宇宙のと人の体の間に存在する関係を認識する様に成るかも知れません。この様にして私達は、どのようにして、そして何処で、または人のどの部分において、自然のが常に反応しているかを発見します。」すると私達は、蟹座として知られる大いなる人の体の部分の上に強力な惑星的力が影響を及ぼす時、フッ化カルシウムは凄まじく活発で;そしてもし人の体のその部分においてその必須な塩、フッ化カルシウムが、完璧な健康の率であるのと同じ振動の率を設定するのに十分な量で存在しないと、DIS-EASE (楽では無い/病気)が発生します。人はすると、自然と共にでは無く、彼女に反して機能している事に成ります。

化学は、それぞれの元素が固定され、そして一定の結合力を持ち、そして原子の配置は、それらの種類と同様に重要であると私達に伝えます。昔の哲学者が、「神は幾何学化し、数字と幾何学によって人と宇宙を形成する」と言った時、彼は疑う余地無く化学を良く知っていました。星-生物化学の切実な研究者は、この明言の真実を確実に気付きます。

融剤と溶接としてのその使用に加えて、フッ化カルシウムはまた、オパールのガラスを造るのにも使用されている事を私達は見つけます。以前にも明言された様にこの塩の不足は、目の透明なレンズの曇りの原因と成る事実において、私達は此処において一致を見つけます。それはまた、カタラクトの原因に成ります。注目するに興味深いのは、眼球の外側の層の前の部分を形成している透明な構造のための用語である CORNEA (角膜)と言う言葉は、角張ったを意味し、そしてラテン語の corneus (角)から派生した事です。これは再び、ビートルとスカラバエウスの両方と一致します。牡羊座の13番目の角度が、蟹座からのスクエア(90度)、そして実に天秤座(180度)と山羊座(270度)によってアフリクト(凶運)された時、それが劣化している視神経の証明なのは、それが本当は脳の実質自体の継続であり、全てを見る眼である、視床と共に、身体生理学的に分配される、牡羊座の真ん中のディーカンの中にあるためだと証明している多大なデータが収集されました。

両親が身体-化学的な占星学を良く知っていて、また血液の構成要素を供給する科学を良く知っていた時、視力喪失とその他の病気への傾向はすると、脳細胞に完璧に栄養を与えるために必要な全てが、脳細胞に再蓄積される事によって排除されるのは、素晴らしい事では無いでしょうか。

また、証明されたのは、牡牛座の最後の角度が、強力な惑星によって占領される、または陰的に影響される時、脳の根本で交差する神経(交差神経/十字架)を影響し、血液循環の障害に結果し、そして故に眼への血液の供給を、部分的に切断すると言う事です。これはよく、カタラクトが形成する原因に成ります。

蟹座のサインの下で生れた全ての人達の65%は、生まれた時から虚弱体質です。友人達や知り合い達の誕生日から、誰でもこれを確認出来ます。覚えておいてもらいたいのは、しかしながら、その35%は、虚弱体質では無い事です。(彼等は平均以上に普通に生活しているかも知れませんが)それ程多くの人達が決して万全では無く、そしてほぼ一貫して何らかの症状を表している理由が何故なら、彼等は脾臓によって創造された、十分な量のコープスキュル(小体/細胞/血球)を決して有さなかったためです。彼等は栄養不足です。加えて、彼等が食物を上手く消化しない、または取り入れないのが何故なら、彼等の最大の化学的な不足が、蟹座のサインの塩である、フッ化カルシウムと、山羊座の物質であるリン酸カルシウムである事実のためです。その後者は彼等の敵対者(ゾディアックの反対側)のサインです。

そして蟹座は - コープスキュルと、そして繁殖の受胎である - 自然的な受胎のサインなので、この期間に(i.e. 妊娠の期間無しで)産まれるのは不自然です。人は自然に反して働いており、そして結果的に健康において苦しみます。また真実なのは、しかしながら、誰も逃れる事、または逆らう事の出来ない進化の行程において人は、太陽が蟹座を通過する際に物理的な受胎が起こった時、自然のより低い領域の上で、特定の調和の度合と共に働きます。エゴは - 宇宙的な力が最も強力で、物理的な体(肉体)による極めて重要なエネルギーの吸収が最大である春において - 自然の復活の時に生命へともたらされます。この時期に生まれた人達は通常、蓄えのエネルギーの多大な供給を有していて;そして彼等は繊細な容姿に見えると表現されるかも知れませんが、驚く程力強く、そして素晴らしい回復力を持っています。

誕生を待っている数多くの素晴らしいエゴがあるはずで、そして受胎がもう抑制の無い肉欲の題材では無く成った時、そしてお互いに尊敬し合い、愛し合う2人が子供を願う時、彼等は化学的な不足を補う事によって慎重に準備するだけでなく、自然自体が全ての物事を誕生へともたらす時を選びます。今日、その様な計画について考えている人達は、どの位いるのでしょう?その答えは私達に、人類の現状を与えるでしょう。しかしながら、海王星と天王星の強力な光線は、退廃的なアイデアと意見の古い死んだ細胞を刺激し、ふるいにかけており、そしてもう直ぐ幾らかの光の光線は、暗い精神的な地平線に夜明けをもたらすでしょう。そうなるか、もしくは未だ残る無意識の、実際の焼却が起こるでしょう。

「人は、バランスされた時に、要素/元素から健康を引き出すだけでは無く、アンバランスにされた時に、病気を引き出します。
- パラセルスス

「世界は、遅かれ早かれ、私達で一杯に成ります
会得し、消費し、私達は、私達の力を無駄にします;
自然において私達が見る殆どは私達のものではありません;
私達は、私達の心を渡してしまい、何たる浅ましい恩恵なのでしょう!
彼女の胸を月にあらわにするこの海;
何時間も遠吠え続けるその風、
そして今、眠っている花達の如く散らばらされ;
このために、全てのために、私達は音がずれており;
それは私達を動かしません/感動させません - 偉大な神よ!私はむしろ
古い教義に教えられた異教徒;
故に私は、この心地好い草原に立ち、
私をわびしくさせ無い景色を見て;
海から昇るプロテウス(ギリシャの海神)を見て;
もしくは老いたトリトンが彼の法螺貝を吹くのを聴きます。」
- ワーズワース


V. THE ANALYSIS AND SYNTHESIS OF LEO AND MAGNESIUM PHOSPHATE
5.獅子座とリン酸マグネシウムの分析と調合


「獅子のようにわたしの魂を餌食とする者から/だれも奪い返し、助けてくれないのです。」
- 詩編 VII:2

7月22日から8月23日にかけて、太陽は彼自身のサインであり、その中において彼が全ての主である、獅子座を通過しています。レオ(獅子座)はライオンのためのラテン語の単語です。このサインは、ゾディアックの輪の中で、猛獣をそのシンボルとする有一のサインです。私達は再び、何故、古代人達が大いなる人の12の分別に対して、特定の象徴を分配したのかの、とてもはっきりとした理由を再検証しなければならないのは;それらの身体生理学的な一致が理解された時、それらが完璧に分配されているためです。私達は再び、占星学の研究には、人体の知識が絶対的に不可欠であると気付きます。

獅子座(Leo)の語源を得るために、ラテン語の辞書を引く事が必用で、それは忘れ去る/拭い去る、破壊する、絶滅させるを意味します。これは、この動物の本性と全く一致します。「ですがどの様な方法で、このネコ科の猛獣が人体の5番目の分別と統合するのでしょう?」と、尋ねる人も幾らかはいるでしょう。その後者の基本的な解釈は運動で、活動において現れているエネルギーで、それに関連している体の部分は、心臓運動神経です。

この説明を完結させる前に、私達はこのサインの大部分が一致する月、つまり八月(August)の月に与えられた名前の解釈を考えなければなりません。それは1年の内で最も熱い期間で、その単語は文字通り、実りへともたらす、茶色にする、日焼けを意味します。

それからその単語が派生した、ラテン語の動詞、augeo は、造る、増大させる、肥沃にする/受胎させるを意味します。農夫達と園芸家達は、1年のこの時期が、太陽の強い熱によって全てが熟す時であると知っています。種は完璧化されました。植物は、茶色で乾いた様に見え始め;それは消費されています。八月/オーガストはまた、帝国的を意味し - とても巨大な権力です。

ライオンが百獣の王と呼ばれるのは、何故ならその大いなる強さの雄大な容姿のためで、そしてその言葉はよく、オカルトな(隠された)文献において使われ、代表的な表現は、「ライオンの前足の掌握」で、それは高度でモラル的な勇気と自己-操作の象徴です。

ゾディアック的なサインに応用された月の名前は、行われる働きの種類への鍵を与える間、そのシンボルはその働きを行っている力の本質(自然)に関連しています。これは、順を追って、それだけが、それを達成出来る化学的な要素/元素とも正しく一致しています。

獅子座は、火の三重性の2番目で、そしてその輪(ゾディアック)におけるその位置は、最初の火のサイン、または牡羊座から120度です。それが、その後者との調和的な関係においてそう配置されるのは、その2つが調和において働かなければならないためです。再び、私達は、人の体の何らかの知識が必須であると気付きます。牡羊座から起因し、送り出されるエネルギーは、獅子座の中で実りへと辿り着きます。言葉を変えると、前者は種蒔きの場所で、その間その後者 - 獅子座は - 収穫の場所です。

その行程を再確認すると、私達は牡羊座が、大脳と、そして其処におけるスピリット的な電気 - 生命の火 - の沈澱に関連していると思い出します。これらの重要なエネルギーは、それらの磁気によって運動神経へと引き寄せられて流れ、運動によって利用されます。

心臓は血液を分離し、上昇させ、そして循環させる、神経の筋肉の繊維の大きな塊なので、それは牡羊座の中の内的な太陽(電気的な発電機)からその神聖な火を受取り、そして眼に見える運動/活動と同時に、体内の眼に見えない運動においてそれを利用します。牡羊座(大脳)との調和において働くために、獅子座は、牡羊座において派生/発電されたエネルギーの全てを、建設的に使用し無ければ成りません。

人類が回帰の道を辿り始めるまで、その様な事は起こりえず、そして此処で獅子座の陰的(凶)の解釈が完璧に応用されるのは、精神的な力と、内的な中核において派生されたエネルギーの大部分が、E-MOTION ( E-運動/感情)において無駄遣いされてるためで、それが意味しているのは、流れ、または流出、こぼれ出しです。

現在、私達の大学において、ギリシャ語とラテン語の教育を止めさせようとする動きがある様なのは、大いに残念な事です。人々はこれらの言語、特に後者が、言葉の中に隠された意味を明かす事を唯単に知らないので、当然、この意見に賛同する人は多くはありません。1年か2年のラテン語の研究は、言うなれば、それらの中に隠された秘密を、人が自動的に理解する事を可能にさせます。

八月(August)は、皇帝オーガスタス(オクタビアヌス)から、その名前が派生させられたと言われます。しかしながら、彼がその名前を受け取ったのは、その月が彼の誕生の月だっただけでなく、彼の階級がそれを相応しくしたためだったと言う方が、より合理的です。

この月のための、古代ローマの名称はセクスティリス(Sextilis)でした。此処において私達はこのサイン(獅子座)に分配された題材の一つへの直接の言及(i.e. sex)を見つけ、そしてそれは感情的な表現の一つの段階 - つまり、子供達です。

秘儀的な占星学の切実な研究者は、基本的なアイデアとしての、占星学者達の幾らかによる解釈は、間違っていると理解します。獅子座はその様なものとして、子供達を扱うのでは無く、繁殖行為のために必要な感情である、性的な情熱を扱います。動物的な発情は、獅子座の中の太陽によって典型され、繁殖の意味/方法です。双子座は、その象徴、双子が明らかに示唆する様に、子供、または子孫のサインです。私達が常に頭に入れておかなければならないのは、私達の基本的な解釈が正確でなければならない事です。そうすれば、その後、それを正確に分析する事は簡単です。

性的な情熱に加えて私達は、恋、娯楽、そして推測が、獅子座の下に分配され、分析されているのを見つけます。私達が、このサインに関連した事実の全てを収集し、融合させた時、それらがどの様にして、それと共に分配されたのかは、簡単に理解される様に成るでしょう。

秘儀的な占星学の切実な研究者達を除いて、恐らく、獅子座に関連した題材(性的な情熱、娯楽、恋、そして推測)は、それらの究極的な分析において、陰的で、そして故に破壊的であると言う私の明言に同意するのは、とても難しいのかも知れません。

普通なら、分析するために最も簡単なサインの様に見える獅子座(猛獣の象徴のサイン)は、表すのがとても難しいのは、とても興味深い事です。その理由は、人類の大部分が未だにこのサインの感情的(E-motion)、または破壊的な段階において考え、そして生きているためです。そのために、彼等は、これ等の獅子座の題材が破壊的である事を、もうしばらく否定し続けるでしょう。

彼等は非難されたり、責められるべきではありません。人が現在、精神的に接触出来無いものは、実際の犯罪を構成しません。人は経験を重ね、究極的に知識を収集するので;このルールには例外はありません。故に私が、若かれ、年老いてあれ、獅子座生まれの人達の手を取るために、友好的な手を伸ばすのは、私達が大いなる家族の一員で、宇宙の偉大なる創造主、建築士、そして化学者の子供達であるためです。私達は皆が、人生の梯子を上り下りしている途中です。私達は、頂上に届いたものに、物理的/肉体的に、接触する事が出来ません。彼等の体は、私達の鈍い眼で観るには、洗練され、純粋化され過ぎています。最終的に、しかしながら、私達は彼等を見るでしょう。

しかしながら、これ等の獅子座の題材が何故、破壊的なのか、理解に苦しむ人達を補佐する、科学的な本質の幾つかの類推があります。

まず最初に、私達は獅子座の正確で、解剖学的、そして身体生理学的な解釈を思い出しましょう。それは、宇宙の心臓と運動のシステムに関係していて、そして類推によって、人におけるそれらの同じ部分に拘わっています。それ(獅子座)は欠かす事の出来ない力の4つの「エージェント(媒体)」の一つで、その他(の3つ)は牡牛座、蠍座、そして水瓶座です。心臓は大いなるポンプであり、血液の分別器です。運動神経は、牡羊座(大脳)において発電された電気に、磁気的に接触する事の出来るそれらの白い繊維で、そしてそれによって運動を産出します。

運動(MOTION)は、すると、機械的なプラスで、そして獅子座の科学的な解釈は - MOTION であり、E-MOTION (感情)ではありません。

では何故、猛獣であるライオンが、古代人達によって、このサインの象徴として割り当てられているのを私達は見つけるのでしょう?

私達は聖書の中で、ライオンの解釈の、プラス(建設的)とマイナス(破壊的)の両方の数々の言及を見つけます。その言語は品位があり、威厳があります。

ギリシャ神話の中で私達はまた、これ等の2つの要素(陰陽)が、活き活きとして、特徴的な言語において、まとわれて、扱われているのを見つけます。実際に、その様な言及を含まない、あらゆる国々と人々の、神聖な文献は存在しません。

スミスの聖書用辞典の中で、私達はこう読みます:「ラビ的な著者達は、旧約聖書の中で、ライオンのための7つのヘブライ語の名前を発見し、それらを彼等は、その生命の7段階において、その動物に割り当てます。これは、人の人生における7つのサイクル、または期間の類推です。これらは、人の身体的、そして精神的な発達に関連しているだけでなく、スピリット的な解きほぐしとも、一致している段階です。ライオンが何故、人の人生の様々な段階を表す象徴として使われたのか、これがその理由の一つであったのは、合理的な様です。言い換えると、それらは人の存在の7つの異なった期間における、彼の段階、または振動率を表現します。

旧約聖書(Old Testament)は、旧約聖書の語源が明かす様に、不完全な存在(人)の人生における様々な段階に関連した、科学的な事実の集合体です。Testament は、ラテン語から派生する2つの単語で構成され:testa は体を意味し、そして ment はマインドを意味している mentis から由来します。古い、または不完全な体とマインドが故に、そのページの中で思考され、その間、新約聖書は当然、完璧な産物、完璧な人を扱っています。此処において私達は、ライオンのための唯一の名前を見つけます。啓示書に明言される様に、「会得し、そして今、その本を開き、そしてその中の7つの封印を解く事が出来るのは、ジュダの部族のライオン(獅子座)」です。

「ライオン」と言う名前はとても古く、エジプト語、またはセム語の起源のどちらかであると言われます。それは頻繁に、黄褐色で黄色っぽい色の、ネコ科の肉食獣を意味します。獅子座のサインの色もまた、黄色です。

太陽は、最も強力な振動を創造します。幾つかの太古のオカルト(隠された/秘儀)的な研究は、全ての惑星が、それ(太陽)から起因し、そして最終的に太陽へと戻り;それらは、それら自体において、生命も光も産出せず、それを太陽から派生させたと、私達に教えます。それぞれの惑星を、それらがまたそれぞれ代理する、人体の部分に配分すると、上記の明言が真実である事が見つけられます。胴体の中の器官はそれらの生命と力を、牡羊座の中の太陽によって統治された、体の部分から派生させます。これは視床で、室(脳)の中の眼で、隠された太陽、または電気的な発電機です。反映によって、目に見える身体生理学的な太陽は太陽神経叢(へその部分)です。この大いなる神経の神経節は、隠された太陽(牡羊座/大脳)から受け取られたエネルギーを、それぞれの器官へと配信します。太陽神経叢が「ノックアウトの一撃」を受けると、一時的な麻痺に結果します。

太陽は、宇宙上の超越的な力を与えられた天界の王なので、ですからライオンもまた、地上の百獣の王として、そのエネルギー、または力が創造する事(命を与える事)と同時に、生命を破壊する事に使用される事実を描写するための象徴として使用されます。体の機能と共に分配された、牡羊座と獅子座の逸話が明かすのは、英知によって方向づけられた、または導かれたエネルギーです。エネルギーは人体の周りで上下に運動し(獅子座)、その機能を賢明に行い(牡羊座)、その間人体の外側の奉仕者(例えば両手)は、建設的な働きを行います。これのアンチテーゼが方向を間違えさせられたエネルギーで、破壊的に使用されます。

聖書の辞書から引用された以下の文章は、貪欲なライオンによって典型された、破壊的に使用されたエネエルギーの素晴らしい例です:「獅子や若獅子が獲物を捕らえて、うなるとき/多くの羊飼いがそれに対して/呼び集められても/獅子はその声を恐れず/喚声にたじろぐことはない」(イザヤ31:4)、そして街々と村々を崩壊させ、人々を食い殺します。ライオンは、(太陽と同様に)強さと主権の象徴です。ユダヤ人達の中で、そして旧約聖書を通して、ライオンは、ジュダの王子的な部族の達成でした。もう一方で、その凶暴性と残虐さは、凶暴で悪質な敵、そして故に天敵自身のための相応しい比喩を与えます。

これは鮮明で簡潔な明言で、私達に疑う余地を与えません。理解されるべきは、神聖な聖書の中で使われるライオンと言う用語が、2つの対極的な特徴と状態を意味した事です。一つは生命を創造し、保つ、または保護するエネルギーを表し;もう一つはそれを破壊するものです。

詩編7:2(では無く7:3)において、私達は以下を見つけます:「獅子のようにわたしの魂を餌食とする者から/だれも奪い返し、助けてくれないのです。」前述は身体生理学的な事実への直接の言及です。人体の魂は、イシス(アイシス)、月、または母なる液体(分泌液)です。腺の液体の全ての基礎を形成するのが、脳下垂体的な実質(オイル)です。

覚えておかなければならない、重要な事実は、頭(牡羊座)の中の松果体脳下垂体の腺が、男性(電気)女性(磁気)の、創造的、そして再創造的な腺で、その役割は、日々、私達の体を再建する事で;その間、繁殖的な腺(蠍座)は、私達の進化における特定の期間の間に元々意図された目的の代わりに、今日、人類の大多数によって、破壊的に使用されています。この期間は、転生しているエゴ、言い換えると、誕生へと来なければならないスピリットのために、体を準備する事に関係しています。

ゆりかごからお墓まで、人間が現せさせる感情の全範囲は最終的に、腺のシステム全体の破棄と略奪に結果し、そしてまた神経システムの完全な破壊に結果します。

上記の明言が真実であると証明する、完全な説明を与える前に、私達は更に幾つかの聖書的な引用を検証しましょう:「苦悩にわたしの目(eye)は衰えて行き/わたしを苦しめる者のゆえに/老いてしまいました」 - 詩編6:7、では無く、6:8.当然、複数形であるべき眼が、単一形である事に着目して下さい。それは、外的な両目では無く、神聖なものの最も神聖な、頭(大脳)の中深くの、矢的な眼(i.e. 視床)に言及しています。それは、こう書かれる単一眼です:「もし、貴方の眼が単一なら、貴方の体全体が、光に満たされるでしょう。

視床は、すると、グレイの解剖学書の中で言及される眼ですが、それに関してそれ(解剖学書)は、とても限定的な情報しか与えません。そのより高度、またはスピリット的な本質について、その中では全く語られません。それは代わりに、しかしながら、それ(視床)が最も重要な神経の中心で特別な感覚の神経の多くが、それに繋がっていると明言します。その題材についての専門家達の幾らかは、彼等がこれ等の神経の起源が、更にもっと上にあると推測するので、この明言にはてなマークを付けます。

私自身の研究は、それらが視床の中心において起因しないと言う結論に、私を辿り着かせる原因に成りました。この結論は、「視覚神経は、その他の頭蓋的な神経よりもむしろ脳内の繊維の筋/道に一致すると言う、グレイの解剖学書によって与えられた情報によって補佐される様です。視覚神経は、その繊維と神経節の細胞が恐らく、脳へのレセプター(受信器)からの神経細胞の連鎖における3番目である事において特徴的です。」

其処から分岐している視床と視覚神経が実際に、大脳のクモ膜の繊維の延長であるのは明らかです。これは正に、「眼はスピリットの窓である」と言う明言が真実であると証明します。私達の殆どにとって、これ等の窓は、未だに私達の動物的な妄想(欲求)の塵と共に覆われています。私達は大脳の実質が未だに聡明にされておらず、化学的に完璧化されていないので、鮮明に見る(理解する)事が出来ません。これが終に達成された時、私達は「曇りガラスを通して見る」のでは無く、私達の天界(大脳)の窓は開かれ、イルミネーション(聡明化)を達成するでしょう。大脳は、生きている火(i.e. 電気)の玉と成るでしょう。

私達の外的な眼は、それら自体が2つのゾディアックを構成し、今現在使用されている様に、人体におけるそれらに加えて、大脳の2つの半球(i.e. 右脳と左脳)における部分の状態に光を当てる、とても興味深い科学がいずれ発達するでしょう。

私達の聖書的な引用の分析に戻ると、私達はこの目が実際に、悲しみによって消費されてしまうかも知れない事を見つけます。此処に有るのは、土星的(憂鬱)な感情と呼ばれるかも知れないものへの直接の言及です。涙の腺は、感情によって刺激され過ぎ;そして故に活発過ぎる様にされます。この液体は脳から派生されるので、私達はその消失が何故、枯渇的なのかを理解します。それは、全体的な腺のシステムへと供給する、自然的な下向きの道から外れ、そしてその後者(システム)は、十分に会得しません。長い期間を超る、継続的な強い悲しみは、大脳的な実質の大部分を消費する、または衰弱させ、故に正常に機能しなくなる事が可能であると考えるのは、相応しい様です。これは何故(珍しい場合において)、ある人は、悲しみから死んでしまう理由の一つかも知れません。

悲しみは、神経に対して緊縮的で、結晶化的な効果を有しており、そしてそれが太陽神経叢(へその部分)へと通常送られるエネルギーの供給を、とても物質的に限定させる事実です。全ての器官の機能は故に、歪められ(障害され)ます。特に私達は、消化、肝臓、腎臓、そして排泄に関連した障害の派生を見つけます。

上述の引用、「それは、私の全ての敵達のために、古きをワックスします」を完結させましょう。もし私達が、生きるために勤勉で、正しい事を行う事によって、私達自身を完璧化すると言う意味において、もし私達が、私達自身に忠実ならば、その後者(私達の敵)は、私達の欲求と感情なので、私達は敵を有さない(無的に成る)でしょう。

詩編22:21(では無く22:22)から、私達は以下を引用します:「獅子の口、雄牛(ユニコーン)の角からわたしを救い/わたしに答えてください。」上述の明言の最後の部分はとても奇妙で、そして深くオカルト(秘儀)的です。ユニコーンは、その伝説的な逸話が極度に興味深い、伝説的な動物です。それは、この本の題材に関連しています。それは第10章の山羊座の下で、詳細に思考されるでしょう。

私達は、詩編57:4(では無く57:5)において、感情に関する同じアイデアが設定されているのを見つけます:「わたしの魂は獅子の中に/火を吐く人の子らの中に伏しています。彼らの歯は槍のように、矢のように/舌は剣のように、鋭いのです。」

此処で私達は、体が文字通り火をつけられる程、消費的な熱望への言及を目撃します。その炎は、肉体をかみ砕き、消費する歯と成ります。血液は熱を帯び、動機する神経が要求するそれ(血液)を、出来るだけ早く循環させるために、心臓は激しく働きます。性的な行為が、心臓に多大な負担をかけるのは、驚く事でしょうか?その結末において、死の原因に成るのは、珍しい事ではありません。私達がよく、新聞などで読む様に、完璧な健康なのに、突然、心臓発作で死ぬ人など誰もいません。それは無知過ぎる明言で、実際に、馬鹿馬鹿しいです。心臓の障害には多くの形状があり、それらの原因と共にそれらは、この章の後において考えられるでしょう。あらゆる器官は(どんな機械とも同様に)、その上に一貫的で、過度な圧力がかけられた時、唐突に壊れます。

II ティモシー(テモテの手紙2)4:17からのもう一つの興味深い引用は、私達の運動/行動の全てが主(私達の中のスピリット)によって方向づけられた時の、牡羊座と獅子座の間の協力の結果に言及します:「しかし、わたしを通して福音があまねく宣べ伝えられ、すべての民族(ジェンタイル/異教徒達)がそれを聞くようになるために;主はわたしのそばにいて、力づけてくださいました。そして、わたしは獅子の口から救われました。」宣教によって意味されているのは、運動-自己(the motion-self/個性)に対して、感情的(e-motional)に成る事を止めさせる事によって、より高い自己(牡羊座)を警告/説論する事で、故に前者をライオンの口から解放します。

士師記の第14章の中で私達はどの様にして、「サムソンは・・・ティムナに向けて下って行った。・・・ぶどう畑まで来たところ、一頭の若い獅子がほえながら向かって来た。そのとき主の霊が激しく彼に降ったので、彼は手に何も持たなくても、子山羊を裂くように獅子を裂いた・・・」かを読みます。一時後に彼がライオンの死骸に戻ると;ライオンの死骸の中に、蜜蜂と蜂蜜が溢れているのを見ました。彼はその蜂蜜を食べ - そして「そのとき主の霊が激しく彼に降り・・・そこで三十人を打ち殺し・・・自分の父の家に昇った。」

サムソンへのこの言及が注目されるべきなのは、ヘブライ語においてその名前が、太陽の様に強く、抜群の英雄を意味すると、私達が見つけるためです。それは、牡羊座の中で派生させられた不可欠な力が、(正にそうすると言われた様に)その表現においてティムナテと呼ばれる獅子座へと下って行く事への類推です。ヘブライ語においてこの言葉は、予約された部分、または住処を意味します。それは、脳から電気的なインパルス(衝動)を受ける(受信する)、大いなる運動/動機的な中心を象徴します。その内的なスピリットの力は、サムソンを誘惑するために、突如浮上した感情を、サムソンが操作し、それを完全に抑制する事さえ許し、それを「殺す」と言う言葉が示唆します。その強力な力は変格させられました。このアイデアは、「彼は、彼の手の中に、何も持っていなかった、」と言う明言によって、むしろ強制的に、人に対して印象付けます。彼が使ったそれは物質的な武器では無く、意志の電気的な力でした。

意志は、より高い、または天界的な性質で、感覚(五感)を圧倒(操作)するのに必要です。感情の奴隷なのは、ライオンの様に貪欲で、野獣的な熱望/欲求でしかありません。サムソンが戻って来て、ライオンの死骸の中に見つけた蜜蜂と蜂蜜、また彼がそれを食べた後に彼に降りた力への言及の、この引用の残りを私達は無視する事は出来ません。

蜜蜂は、牡羊座の章で明言された様に、(古代インドの)サンスクリット語におけるプラーナの象徴、またはスピリットの音を立てて踊っているエレクトロン(電子)で;またその蜂蜜がアンブロシア(不死の妙薬)で、神々の蜜と呼ばれる、エーテル的な粒子の沈澱である事が思い出されるでしょう。そのライオンの中に見つけられたものである、感情的に捨てられなかったために、其処に集められた天界的な蜜は、血液と神経によって再吸収されます。これは、サムソンに凄まじい強さを与えたとされ(「主の霊が激しく彼に降り」)、彼は30人の男達を殺害し、「彼の聖父の家(大脳)に戻った」とされます。

そのの30人の男達は、獅子座、そしてまた蠍座の30度(の角度/アングル/エンジェル)の類推で、彼の聖父の家へのサムソンの回帰は、正に聖父(牡羊座)である、脳へのその同じ強力な力(オイル)の回帰に関係しています。科学的で機械的な用語において表現されると、エネルギーが保存されました。

サミュエル(サムエル)の最初の書の最初の章(では無く、第17章)の34節と35節(と37節)において、獅子座と蟹座に対する、とても奇妙で緻密な言及が見つけられます:「しかし、ダビデは(サウル/ポールに)言った。「僕は、父の羊を飼う者です。獅子や熊が出て来て群れの中から羊を奪い取ることがあります。そのときには、追いかけて打ちかかり、その口から羊を取り戻します。向かって来れば、たてがみをつかみ、打ち殺してしまいます・・・」ダビデは更に言った。「獅子の手、熊の手からわたしを守ってくださった主・・・」

蟹座のサインの章が理解されないと、への言及は、完全に解釈する事が、少々難しいかも知れません。ウルサ・メジャー、または大熊座、もしくは蟹座の星座の中の羊飼いが、その言及です。故に、聖書的な逸話は、蟹座唯一が明かす、深く隠された神秘に関連していて、それはとても強烈な身体生理学的な関心です。

「僕は、父の羊を飼う者です/彼の聖父の羊を保つ貴方の従者」の意味は、もし牡羊座の章が完全に理解されれば鮮明に成るでしょう。群れ、羊、子羊、または雄羊へのあらゆる言及は、このサイン(牡羊座)への類推です。聖父はまた、それが創造主のハウス、または器官(大脳)なので、牡羊座への言及です。その人の羊を保つ事は、文字通りに、人が脳からの種のエッセンス(オイル/分泌液)を失わない、または無駄にしない事を意味します。

ライオンや熊によって羊が取られる事は、(以前にも明言された様に、脾臓における蟹の様な網(膜)において、小体/粒子/血球のための中核を構成する事である)これ等の種-エレクトロン(電子)の一つを捕まえる事だけで無く、それ自体と同じ振動をその中に創造しようと求める情熱の火(ライオン)への言及です。これは、もし成功すると、その小体がチャージ(蓄電)され、最終的に体から排出される事に結果します。その熊が創造する事を意味する間、ライオンは消費を意味します。

ですが、「彼(ライオン)を追いかけ、彼を打ち、そして彼の口からそれ(羊)を解放した」デーヴィッドのために、後者は結果しませんでした。そして情熱が派生し、それでも収まらず、それ自体(情熱)を主張したので、彼はそのライオンを殺害してしまいました。

(犬が首紐で繋げられる様に、その情熱を抑え)そのライオンを操作するのに意志が十分に強く無い時の、神の法則に対する反抗の結果は、列王記の最初の書の第14章の中に鮮明に記されています:「それはあの神の人のことだ。彼は主の御命令に逆らったので、主はお告げになった御言葉のとおりに彼を獅子に渡し、獅子は彼を引き裂き、殺してしまったのだ・・・」(列王記1- 13:26)。

蒔かれた種の種類とそれが落ちた土が、何が収穫されるかを決定します。再び私達は原因と効果の法則の必然的な働きの例を有します。もし情熱と感情が操作(殺害、変格)されれば、創造的なエネルギーと実質は、その受胎の場所である、聖父の家(大脳)に自由に戻る事が出来ます。それらが操作されなかった時、その逆が起こります。

重要な十字の4つのサイン(春分/秋分、夏至/冬至)が、別々と、総合的に、ライオンの殺害の大いなる働きに関連しているので、それらは啓示書第4章の第6節と(では無く)7節において「4匹の獣」として言及され、以下の様に表現されました:「第一の生き物(獣)は獅子のようであり、第二の生き物は若い雄牛のようで、第三の生き物は人間のような顔を持ち、第四の生き物は空を飛ぶ鷲のようであった。」

その内の一つが人の顔を持っていても、その4つの全てが獣と呼ばれるのが解るでしょう。その後者は石の中に刻まれ、その陰的と陽的な行程の、永遠に残る記念、または思い出として、時代を通って保存されました。キャリー博士が彼の著書、人体の科学と不思議の中で記した様に「太古の化学者の夢は、石の中に体現し、酷いスフィンクスは永遠へとみつめるために、エジプトの砂の上に座りました。」

全く正反対に対峙した2つのサイン、水瓶座と獅子座は、とても良い理由のために、ゾディアックの輪において、お互いから正反対に配置され、それらは星座として、天界における、お互いからの関連において、同じ位置を占領していると見つけられます。それらは故に、存在の1つの柱の2つの極を代理します。水瓶座は、実際の人に関連していて、その間、獅子座は、私達の中の勝利,または人の息子の磔(神経交差)に結果しなければならないライオン(獣/動物)との争い(苦悩)を指摘します。

一貫的に起こっている磔(神経交差)は無数です!

言及された子牛は牡牛座で、小脳であり、動物的な人で、最終的に神聖に成る雄牛で、今、怒りにおいて地を耕し、(厄介な)雑草を収穫しています。彼が放蕩息子です。

「飛んでいる鷲の様な獣」への言及はとても大いなる神秘ですが、秘儀的な占星学の理解によって解決されます。それは、蠍座(i.e. 鷲座)を扱う章において説明されるので、現時点で私達はそれが、最終的に高さ(大脳)へと上昇する(鷲の様に飛ぶ)ために自由に成った種-エレクトロン(電子)、または粒子/小体/血球-中核への言及であると明言するだけで良いでしょう。

獅子座と牡羊座が調和において働いている、またはゾディアックにおいてお互いに対するそれらの位置がトライン(30度)である時、牡羊座(大脳)において派生/発電された電気的なエネルギーは、調和的で陽的な方法で使用されます。人が精神的にバランスされている時、無駄遣いされるエネルギーはありません。達成された物理/身体的、そして精神的な働きは、常に建設的です。

私達は上述の幸せな状態を、歴代誌1の12:8(では無く12:9)から取られた以下の「ダビデのもとにガド(God)族を離れてやって来た勇士、戦闘にたけた戦士は・・・その顔は獅子の顔のようで・・・」において表現されます。完璧に機能する脳細胞は、最も崇高(大脳)のために戦う、またはその意志を行います。

聖書は無数のその他の言及を含みますが、上記は私達の目的のために十分です。

言葉の意味を間違って解釈し、混乱させる事と、言葉自体を誤って応用する事は、記憶の病気です、」と有名な著者、マックス・ミューラーは述べます。これらの病気を無くすために、常に勉強する切実な研究家達に、どの様な価値の付けられない精神的な富が待っているのでしょう。

G.M. ゲイリーは、彼の英語の文献の典型的な神話の中でこう言います:「例え話的な解釈は、その結果において言語学と同類です。それは物理的/身体的、化学的、または天文学的事実;またはモラル的、宗教的、哲学的な真実の、隠された意味の、象徴的な装いにおいて体現された神話を説明するために、私達を導きます。」

その他の著者達が、常に彼等の翻訳をそう解釈するわけではありませんが、太古の記述の中に、科学と哲学の特徴的な、大いなる真実が隠されていると、心良く受け入れるのは実に心強い事です。

ゲイリー氏はまた、こう述べます:「説明のこの方法は、その例え話(神話など)を造った人々は、物理学、化学、天文学等々をとても良く理解していて、そしてその例え話において賢く;ですが何らかの知られていない理由のために、彼等の子孫達は馬鹿に成り、知識と同時に理解力が、その民族(人類)から失われた様だと言う推理に基づきます。ある場合、その神話は、間違い無く、始めから例え話でしたが;神話が意識的に例え話として形成された処で、全ての可能性においてそれは、その様なものとして保存されました。しかしながら、深く科学的、または哲学的な例え話の重要性が、野蛮人達によって考えられた可能性は低いです。その神話にあらゆる古さの印がある処で、(表面上は)特に馬鹿馬鹿しく、意味が無く、野蛮なので、その中へと読み込まれた、あらゆる意味深な例え話の意味は、人々がそうしなければ正当化出来無い、神聖で英雄(太陽)的な逸話を理解可能にしようとした、後の世代の人達の働きと信じるのは妥当でしょう。

「古代人達の内で、キリストの時代の600年前の、レギウム(の街)のテアゲネスは、例え話的な理論と、解釈の方法を提案しました。近代において彼は、その(著書)古代人達の英知が神話を『エレガントで教訓的な昔話』とした(フランシス)ベーコン卿と、多くのドイツ人達、特に Creutzer 教授によって補佐されています。」

彼の詩、冒険の中でワーズワースは、強烈に想像的なギリシャのマインドの、素晴らしい言葉の絵を、私達に用意します:

「過ごしやすい天候の中で、一人の羊飼いが
夏の半日を通して、柔らかな牧草の上で体を伸ばし、
音楽と共に、彼の怠けた休息は癒され;
そして、何らかの疲れの発作において、もし彼の、
彼自身の息が偶然にも静かで、
彼の貧相な皮膚が出せるよりも
遥かに甘いの遠くの響きを聞いた時、
彼の幻想は、太陽の燃え盛る二輪馬車からさえ引き出され、
黄金の弦楽器に触れた一人の髭の無い若者が、
光の当てられた溝(大脳)を歓喜と共に満たしました。」

ゲイリー氏は更にこう明言します:「もし私達が、昔のギリシャ人達の様に、自然の心/中心に対して密接に生きているなら、自然の力のその様な人格化は、私達にとって感謝するために更に解り易いでしょう。」そしてルスキンが述べる様に:「もし私達にとってまた、ギリシャ人達のための様に、日の出が情熱的な喜びと完璧な生命の感覚に対する毎日の復帰なら - もしそれが、夜の平穏よりも、より良い平和を私達の上にもたらし、夜明けの力と、その朝露の洗礼による、邪悪なヴィジョンと恐れの粛清なら; - もし太陽自体が、私達にとってまた、>スピリット的な善の一つの影響力で - そして故に、想像においてでは無く、現実において、私達にとってまた、スピリット的な力なら - 私達はするともう直ぐ、その力を非個人的に保った概念の狭い限界(i.e. 宗教)を超えて、人の行先を運営する強い人として歓喜し、その声が生命と働きに呼びかけ、地上の周りで響き、その前進が天界(大脳)の果てまでである、天使(エンジェル/アングル)の思考へと、ギリシャ人達と共に私達は上昇するかも知れません。

ギリシャ語の文献の中で、ヘリオスが、その日々の、そして年歳の道(軌道)において太陽を表し、そのスピリット的な現れよりもむしろ、物理的/物体的な現れであり、アポロがその後者の名前でした。

「アポロは、暖かい春と夏をもたらしたでけで無く、収穫の祝福もまたもたらしました。彼は、夏と秋の危険と病気を防ぎ;そして彼は病人を治癒しました。彼は音楽と詩のパトロンでした。彼は街々の設立者で、入植の推進者で、善き法律を与えた者で、公正で男らしい若者の理想で - 純粋で、公正な神で、彼を信仰する者達の、綺麗な手と純粋な心を必要としました。しかし、生命と平和の神であるのに、その far-darter (遠くにダーツ/槍/雷を投げる者=火星)は、戦争の兵器を拒みませんでした。憶測が罰せられる、または過ちが正せられる時、彼は、彼の弓を曲げ、彼の太陽の光の矢で、殺害する事が出来ました。」 - ゲイリー。

シェリーは太陽についてこう述べます:

「太陽のビームは、それと共に私が殺す槍(shaft)で
夜を愛し、日を恐れる偽りで;
悪意をする、または想像さえもする人々の全ては
私(槍/雷)を飛ばせ、そして私の光線の栄光から
夜の統治によって減少させられるまで
善きマインドと開けた運動/活動は新たな力を取ります。
私は、宇宙がそれ自体を見て、
それ自体が神聖であると知る眼(ホルス/朝日)です
楽器や歌の全ての調和、
全ての預言と全ての医療は私のもので、
芸術、または自然の光の全て;
勝利と讃えは、それら自体の公正さにおいて、
- 私の唄に帰属します。」

ファエトン( Phaëton/ N.B. 光子=フォートン )の逸話は、太陽の二輪馬車の馬を操縦するために、弱すぎる意志の酷い効果の、とても現実的な描写です。

それは、エネルギーの破壊的な段階の逸話です。それが、私がギリシャ神話から引用する唯一の例なので、長文においてそうするのが良いでしょう:

「ファエトンは、(太陽神)アポロとニンフ(妖精/精霊)クリメネ( Clymene )の息子でした。ある日、ジュピター(ジュ・ピーター/木星)とイオの息子エファフスは、ファエトンが神の息子であると言うアイデアを嘲笑いました。ファエトンはその悪口について、彼の母、クリメネに不平を言いました。彼女は、彼自身によって、彼の両親に関して本当に教えられているかを尋ねさせるために、彼をフォエブス( Phœbus/ N.B. フォーボス)へと送りました。ファエトンは喜んで日の出の地域に向かって旅し、そして終に太陽の宮殿へと辿り着きます。彼は、彼の父の前に接近しますが、その光が、彼が耐えられる以上だったので、ある一定の距離で留まりました。フォエブス・アポロは紫(第七チャクラ/大脳)の中で盛装し、ダイアモンドで輝く王座の上に座っていました。彼の横に立っていたのは、日、月、年、ホルス(朝日)、そして季節でした。これらの出席者達に囲まれ、その太陽は、その場面の珍しさと素晴らしさに目をくらませていた若者を見て、彼の旅の目的を尋ねました。その若者はこう返答しました、「おお、終わり無き世界の光、フォエブス、我が父君よ - もし貴方がその名前を私に与えたなら、貴方のもの(子)として私が知る事の出来る、何らかの証明を、私に与えて下さる事を、私は貴方に懇願いたします!」彼は止まりました/言い終えました。彼の父は、彼のの周りに輝いたビームを横に置き、彼に近づく様に命じ、彼を抱擁し、彼を彼の息子と認め、彼が求める証拠が何であれ与えられるであろうと、スティックスの川に誓いました。ファエトンは直ぐに、1日の間、太陽の二輪馬車を運転する許可を求めました。その父は、彼の約束を後悔し、その様な行為の危険性をその少年に伝える事によって、彼を説得しようと試みました。「私自身以外は誰も、燃え盛る日の車は運転してはいけない。その恐怖の右腕が雷を投げる、ジュピター(木星)でさえだ。その道(軌道/黄道)の最初の部分は急勾配/険しく、の時において元気な馬でさえ、昇りにくく;その中間(昼)は天界においてとても高く、私自身も、私の下に広がる地上と海を、警戒せずに見下ろす事が難しい。その道の最後の部分(日の入り)は、急速に下り、そして最も慎重な運転を必要とする。私を迎えるために待っているテティス( Tethys )は、私が頭から落ちないだろうかと、よく震える。これに加えて天界は、常に廻っていて、それと共に星々を運ぶ。お前の下で、球体が旋回する間、お前は、お前の軌道を保つ事が出来るか?その道はまた、恐ろしい怪物達(星座)の中を通る。お前は雄牛の角の傍、アーチャーの目の前、そしてライオンの顎の近く、そして一方で、がその腕を伸ばす処、もう一方でが手を伸ばす処を通らなければならない。更に、それらの口と鼻からそれらの呼吸と共に火を吐き出す、それらの馬達を操縦する事は簡単では無いと、お前は見つけるだろう。我が息子よ、私が致命的な贈り物の送り主に成らない様に、お前が未だ出来る内に、お前の要請を撤回しなさい、」と言いました。彼が言い終えると;しかしその少年は、警告を否定し、彼の要求を保ちました。ですから、彼が出来うる限りフォエブスは抵抗しましたが、終に崇高な二輪馬車のある処への道を導きました。

「それは黄金製で、ヴァルカンのギフトで:黄金のアクセルで、黄金の柱と車輪で、銀製のスポークでした。その座席に沿ってあったのは、太陽の眩しさを反射するクリソライト(かんらん石)とダイアモンドの列でした。その大胆な若者が関心深く見つめる間、夜明けは東の紫の門を開け、薔薇に埋もれた通り道を見せました。(夜の)星々は、明けの明星(通常は金星)によって導かれ退場し、最後の一つもまた退場しました。その父は、地球が明るく成り始めるのを見て、そして月が退場する準備をしているのを見た時、ホルス(朝日)に、馬の準備をする様に命じました。それらはアンブロシア(不死の妙薬)が与えられ、馬具が装着され、崇高な馬屋から連れてこられました。するとその父は、彼の息子の顔に、強力な軟膏を塗り、彼が炎の明るさに耐える事が出来る様にしました。彼はその子の頭に光線を乗せ、そして、虫の知らせの溜息と共に、鞭を使わず手綱をしっかり持つ様に彼に伝え;5つ(水、金、火、木、土)の輪の間の真っ直ぐな道は行かず、左に曲がり;真ん中のゾーンの限界の中に保ち、そして北方と南方を同様に避ける事を伝え;最後に良く使われたわだち(軌道)に保ち、真ん中の道が最も安全で最良なので、高過ぎず、低過ぎず、運転する事を伝えました。

「直ちにその身の軽い若者は、その二輪馬車に飛び乗り、直立し、喜び(delight)と共に手綱を掴み、彼の消極的な親に感謝を注ぎました。ですがその馬達は、彼等が引く荷物が、いつもよりも軽い事を直ぐに知覚し;そしてバラスト(底荷/重り)の無い船が、海の上であっちこっちに泳がされる様に、その二輪馬車は、馴れた重さが無い為に、あたかも空っぽの様に蛇行させられました。その馬達は突進し、馴れた道を外れました。すると初めて、大熊小熊(i.e. 星座)が熱で焦がされ、そして喜んで、あたかも可能な様に水に飛び込み;そして北極(星)の周りにとぐろを巻く、冬眠中で害の無いそのは、暖かく成り、そして感じられた暖かさと共に、その怒りを取り戻しました。ブーテス(牛飼い座)は、彼の農具に邪魔され、早い動きには馴れていませんでしたが、逃げたと人々は言います。

「不運のファエトンが、彼の下に膨大に広がる地球を見た時、彼は蒼白に成り、そして彼の膝は恐怖で震えました。彼は、彼の自己-抑制を失い、手綱を引くのかも緩めるのかも解らず;彼はその馬達の名前さえ忘れてしまいました。ですが彼が天界の表面上に散りばめられた、化け物のような形状、2つの大きな腕、その尾、そしてその曲がったハサミを、ゾディアックの2つのサインの空間の上で広げていると、漏れ滴る毒と、脅かす毒針をその少年が見た時、彼の勇気は消失し、そして、その手綱は彼の手から落ちました。制御され無く成ったその馬達は、星々の中で、知られていない空の地域へと向かい、二輪馬車を道の無い処へと暴走させ、こっちでは天界まで高く、あっちでは地球スレスレまで低く行きました。月は、彼女自身の下に、彼女の兄の二輪馬車が暴走するのを驚いて見つめました。雲は煙を上げ始めました。森に覆われた山々 - アソスと、タウルス(牡牛座)と、Tmolus と、CEte ;その昔、泉で有名だった Ida (脊椎);女神の山、ヘリオンと、ハエムス;内側と外側の火のアエトナと、2つの頂上のパルナサスと、終にその雪化粧の頂上と別れた Rhodope は燃えました。その寒い気候はサイジア(スキタイ)のための保護には成らず;コーカサスは燃え、そしてオッサとピンドゥスの両方よりも、より大きなオリンポス - 空高いアルプスと、アペニーンは雲で冠されました。

「ファエトンは世界が燃えるのを見て、そして耐え難い熱を感じました。その後、アエシオピア(エチオピア)の人々は、その熱によって血液が(体の)表面に突然呼び出されたので黒く成り;リビアの砂漠は今日まで残る状態へと乾燥させられたともまた、伝えられます。乱れた髪の、その泉のニンフは、それらの水を惜しみ、それらの土手の下の川も安全では無く;タニス、カイクス、ザントス、そしてミアンダー(の街);バビロニアのユーフラテスと(インドの)ガンジス、黄金の砂のタグス、そして白鳥が休むケイスターは煙りました。ナイルは逃げて砂漠の中に彼の頭を隠し、其処の中に隠されたままです。彼が7か月を通して海へと水を流した処は、唯一7つの乾いた川底が残りました。地上はひび割れ、隙間を通してタルタロス(地獄の底無し淵)へと光が洩れ、そして影の王と、彼の妃を脅かしました。海は縮み上がりました。ネレウスと彼の妻、ドリスでさえ、彼等の娘達、ネレイド達と共に、避難のために洞窟の深い先を求めました。ネプチューン(海王星)は3度、水面の上に彼の頭を上げようと試みましたが、3度とも、その熱によって潜り戻されました。地球は水によって覆われていますが、彼女の顔と両肩は裸で、彼女の両手で彼女の顔を覆いながら、天界を見上げ、ハスキーな声で、もし火によって彼女が消滅するのが、ジュピター(木星)の意志なら、彼の稲妻によって今直ぐ、彼女の悲痛を終わらせる事を願い、さもなくば、彼の宮殿を保つ柱(極)の両方がどの様に煙っているのか、そしてもしそれらが破壊されれば、全てが倒れなければならないと、彼自身の天界(頭)で考える事を願いました。

「地球は、熱と渇きに圧倒され、それ以上、何も言えませんでした。するとジュピターは、もし何らかの迅速な解決策が応じられなければ全てが失われると、神々に目撃する様に呼びかけ、雷を鳴らし、彼の右手の中に稲妻を振り回し、その二輪馬車の運転手に対してそれを投げ、彼の座席と彼の存在から同じ瞬間に、彼を打ちました。ファエトン(foton)は、髪の毛に火が付き、落ちる際にその明るさで天界を灯す流れ星の如く頭から落ち、そして大いなる河、エリダヌスが彼を受取り、そして燃えている彼の体を冷ましました。

「イタリアのナイアス(水の精霊)達は、彼のためにお墓を掘り、これ等の言葉を石に刻みました:

『フォエブス(太陽/アポロ)の二輪馬車の運転手、ファエトンは、
ジョーヴ(ジュピター)の雷に打たれ、この石の下に眠ります。
彼は、彼の父の日の車を統治出来ませんでしたが、
大志を抱いたのは、とても高貴でした。』

「アポロの光と熱の贈り物が、不幸へと変えられたのは、しかしながら、事故(偶然)でも、彼が愛した者達の誤った行為だけによるものでもありませんでした。彼を怒らせた有死の者達(人間達)は、酷い日射病によって、マラリア的な毒の矢によって、または多くの病気と死によって平らにされ(殺され)ました。」

読者の注意から逃れない様に、この注目すべき説明における特定の点をはっきりさせるために、少々のコメントが必用でしょう:

ファエトンと言う言葉は、「輝くもの」、または「太陽の息子」を意味し、そして辞書はその言葉が主に隠喩的に、向こう見ず、または冒険的な二輪馬車の運転手、また、世界に火をつけるものとして使われると、私達に教えます。その様なものが、意志の力、または識別力を発達させていなかったのは明らかです。それは、凄まじいエネルギー(生命力)を持っているのに、それを懸命に方向づける事を知らないものの類推です。

太陽の息子としての彼の生誕の地位に関する批評は、彼が個人的に一つも証拠を現せさせなかった事実から来ます。彼は、彼の父の前の光に耐える事が出来ず、強力で焼き尽くす光線と繋がり利用するために、十分に強くも純粋でもありませんでした。彼の体には、未だに不純物があり過ぎました。純粋な黄金は燃えません。化学的に純粋では無い毒と排泄物だけが焼き尽くされます。

日の出における太陽の紫のローブは、ゾディアックの生命の輪が一つに融合する2つの端の場所である、魚座と牡羊座(i.e. 冬の終わりと、春の始まり)の表現法です。それは昇る太陽の典型だけでは無く、自然(東に昇っている太陽)と人間の体における生命の夜明けでもあります。

思い出されなければならないのは、日中の空を通った太陽の通過は、スピリット的な生命に対する類推で、その間、夜間の月の旅は、感覚(五感)の生命を典型する事です。故に太陽(勝利的なスピリット)だけが、日中に、日の車を運転する事が出来ます。

一貫的で、一定的な、スピリットの努力が必要である事に、実に多くの強調が置かれます。不変的な法則が、その運命づけられた行先に全てを保つ力です。神の法則に対する反抗は、存在し続ける危険と共に、行き先に続く事に対する無能(道を外れる事)に結果します。

進化の現在の段階にある者達にとって、「真ん中の道が一番安全で、最善である」と言う警告はどれ程真実でしょう。これらの言葉の中には気付かれないかも知れない微妙な意味があり、私達は落ちない(堕落しない)様に努力しなければなりませんが、高く昇り過ぎる(おごる)べきでもありません。本当に体現されたアイデアは、しかしながら、私達が均整を会得しなければならない事で、私達がバランスされ、完璧に成らなければならない事です。この思考を鮮明にするために、秤(バランス)である天秤座の章が検証されなければなりません。

ファエトンによって運転された時、その車にはバラスト(重り)が少なすぎた事実は、誰にでも鮮明でしょう。バラストと言う言葉が意味するのは、車や乗り物を安定させるために入れるものです。故に形而上学(比喩)的に使われた時、それは特徴/性格、モラル、等々の安定性への言及を有し、言い換えると、完璧な姿勢です。

私達は、ゾディアックの星座の幾つかが述べられているのを見つけ、そしてそれらが分析された時、何故それらが述べられたのかが明らかに成るでしょう。雄牛(牡牛座);アーチャー(射手座);ライオン(獅子座);そして蟹(蟹座)が言及されたものです。全ての行は、隠された事実と共に溢れています。

「豪勢な二輪馬車の座席に沿ってあったのは、クリソライト(かんらん石)とダイアモンドの列でした。」この明言を思考するにおいて私達は、もう一つの興味深い題材、宝石について調べることが出来る事を見つけるのは、喜ばしい事です。

フレデリック・クンツによる宝石の奇妙な逸話の中で、私達はクリソライト(キリスト石)に関する多くの興味深い言及を見つけます。その名前は黄金の石を意味し、故に太陽の車を装飾するには相応しいです。彼はこう述べます:「黄金の黄色は、勿論、太陽と日曜日の象徴です。その貴重な石はクリソライトです。その色に関連した動物はライオンで、間違い無く、真夏の太陽との、ゾディアック的な獅子座のサインから関連しています。人のつの歳/時代について、黄色は青年期を典型しました。ローマ(時代)の婦人達は、彼女達の子供と幸せへの希望を表すために黄色のハンカチで、彼女達の頭を覆いました。この色の布は崇高さと高貴さのサインだったので、私達が詩編/讃美歌14:9(ではなく45:9)において読む様に、黄金の衣装は、彼女の顕著さの象徴として、天界の女王に帰属されました:『貴方の右手/右側に、オフィルの黄金の女王が立っていました。』これが処女マリア(i.e. 乙女座)に言及していると言うギンマの説明は、彼の時代のカトリックの釈義に沿っています。」

私達が事実を探せば、私達はいつでもそれらを見つけます。上記の段落の中で、どれだけ多くの獅子座に属する題材に関連する明言を、私達が見つけるかに着目して下さい。それらは、人の人生におけるつの期間の様な、以前に述べられた点に一致し;性的な欲求が盛んな青年期であり、この月の昔の名前、Sextilis と;子供達のためのローマの婦人達の熱望;そして黄金を獅子座、または崇高さと高貴さの色とする事にもまた合致します。

クンツ氏は、彼のとても興味深い説明の中でこう述べます:「魔法を解き、邪悪なスピリット達を追い払う、クリソライトの徳における信仰は、恐らく、その生命を与える光線の前では、闇と、闇の全ての力が追い払われる、太陽との、この石の関連の御蔭でしょう。」

ファエトンが、彼の父の周りの美しさと壮大さへの激しい憧れに満たされ、そして彼が喜びと共にその馬達の手綱を握った事実は、彼が感情(e-motion)の高い音にキー(同調)した事を証明します。当然、その振り子は、反対方向における最も遠くまで振れました。この事実は、ポジティヴ(陽的)な感情と呼ばれるものもまた、破壊的な本質であると言う証明として、後に与えられる幾つかの理由の一つを構成します。

ファエトンのマインドは、矛盾している感情に満たされたために、目の前にある仕事である車を操縦する事に、集中されていませんでした。

その馬達は、「アンブロシア(不死の妙薬)」を与えられたと明言されました。最初の章、牡羊座を理解した人達には、これは鮮明でしょう。その神聖な蜜蜂 Bramharandha は、蜂蜜、またはアンブロシアを産出します。エネルギーはその最大級でした。

ですが彼の熱中と喜びの後、直ぐに恐怖によって続かれました:その馬達は突進し、そして通常の道から逸れました。彼の膝は恐怖と共に震えさえして、それは個性/特徴/人格の欠如です。(山羊座を参照して下さい)。

その後、それまで(英知として表せられている)北極星の周りでとぐろを巻き、冬眠していて害の無かった蛇(熱望/欲求)が、その熱によって目覚めさせられ、そして「その怒りが蘇られさせられました。」此処において説明は殆ど必要では無いでしょうが、理解出来無い読者が一人でもいるかも知れないので、冬眠中で害の無い蛇は抑制された情熱の典型で、フォエブス(アポロ)自信が、彼自身の二輪馬車を操縦した時の様に、建設的な働きにおける使用です。それが意味するのは、熱望/欲求が再び目覚めさせられた事です。すると、完全なパニックがファエトンを襲い、そして彼はその馬達の名前さえ忘れてしまいました。生物化学的な科学において、精神的な混乱を示す間違い無いモード(様相)です。

この時点において、ファエトンが今、蠍座自体に面するので、彼は完全に情熱(感情)に乗っ取られた事が見られるでしょう。占星学的な昔話において、このサインは死のハウスと言われます。しかしながら、真の秘儀的な理由を与える本は全くありません。第8章はそうするでしょう。彼に向かって恐ろしいハサミが伸び出して、そして彼が有毒で死を扱う臭気を吸った時、彼の勇気は彼から離れました。勇気が無く成った時、人はやり続ける事が出来ないのは、本当ではありませんか?

ですから地球(体)は熱く成り、そして終にスモークされました。水的な本質の液体と腺の実質はまた、常に存在する動物的(下等)な熱(発情)から蒸発し始めます。最後の終わりにおいて地球は、正に苦しんでいる体がマインドに呼びかける様に、声を出して天界に呼びかけ、その苦しみの原因を知る事を要求し、助けを求めました。この場合において私達はその脳自体が死ぬ寸前だったと言う照明を受け取ります。慈善の父で、全ての善き物事を与えるものであり、そして形而上学(隠喩)的により高いマインド(大脳)であるジュピター(木星)が応答し;そして一つの英雄的な努力において、脳からの電気が熱望/欲求を破壊し、そしてそれと共にその体は既に実質的に消費されていました。それは、それを救うには遅すぎました。

そしてその引用に続く節は、こう明言します、「彼は、彼の聖父の車を運転する事が出来ませんでした。」彼は自己-操作、または精神的な均整に欠け、故に必要な素材(MATERIAL)が欠如していました。

G. A ガスケルの全ての聖書と神話の神聖な言語の辞書の中で私達は、私達の題材に対する、多くの聡明にされる言及を見つけます;「獅子座は生命のサイクルの5番目の期間のシンボルで、それはアストラル(星)の領域上の複雑化の期間で、その中で強い熱望が、情熱、本能、食欲、そして動物的な愛情を通した、より低い本質の中で働きます。それは魂のアストラルな本質の複雑化/退化的な発展の期間です。」

上記の明言はとても鮮明で、そして故にコメントを必要としないでしょう。

ガスケル氏は聖者グレゴリーの著書、ヨブ書についてのモラルから。こう引用します:「全ての本質は、異なった要素の結合ですから、神聖な記述において、異なった物事があらゆる一つの事によって表される事が許されます。ライオンは寛大であると同時に獰猛さを有し;その寛大さによって主は表され、獰猛さによって悪魔が表されます。故に、主についてこう宣言されます、「見よ。ユダ族から出た獅子、ダビデのひこばえが勝利を得た」(啓示書5:5)。故に悪魔について、こう書かれます、「あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています」(I ペトロの手紙5:8)。

太陽の光線は、それらが真上から降り注ぐので、1年のこの時期は究極に強力なのは実際に本当です。進化に関係する創造、実り、そして成熟の行程は達成され、反対の行程が此処から始まり、自然は彼女自身の中へと取り戻す、または消費しようと求めます。これが複雑化/退化です。春の注ぎ出しにおいて、進化は再びもう一度始まります。

ブッダ・カリタ(第1巻34)に中で私達はこう読みます:「『私(ブッダ)は超越的(supreme)な知識のために、世界の善のために生れ - 故にこれが私の最後の息です。』故にライオンの足取りの彼は、四方を見つめ、吉兆の意味の声を上げます。」

ガスケル氏はとても鮮明に上記を以下の様に解釈します:「その自己はその超越的な聡明化のために、その魂の中で生れ、i.e. 具体化/肉体化した自己の聡明化/覚醒/目覚めです。これは、ポテンシャル(効能)的な完璧化が達成された時(最後の誕生)、そして今、そしてその後、進行する神聖な本質の達成(満たされ)で、それは自己を通してそれ自体を達成(気づき/知覚)へともたらす、スピリット的な複雑化/退化(involution)における、超越的な瞬間です。同様に、第四期/四半期(quarternary)の征服者である強制的な態度/様子の自己もまた、この神聖な使命を予知します。」四半期の征服者によって意味されるのは、重要な十字(i.e. ゾディアック上の春分/秋分、夏至/冬至を結んだ線)、聖書の4匹の獣、重要な生命力に関連する体の、身体生理学的な4つの部分です。

同書の(216ページ)の中で、私達はこう読みます:「その2匹のライオン-神々は、夜の太陽の通り道の両端(日の出/日の入り)において、お互いを注視します。」

私達が、クリソライト(キリスト石)の題材を離れる前に、この宝石のための化学的な名前は MAGNESIUM FERRO SILICATE (マグネシウム鉄シリカ)と明言するために、正に此処が正しい場所でしょう。化学についての幾つかの本の中でそれは、MAGNESIUM SILICATE (マグネシウム・シリカ)と命名されているでしょう。しかしながら、最初に名を上げられたMAGNESIUMが、その主要な土(成分)です。この明言は、キャリー博士がリン酸マグネシウムをこのサインに分配した事が学ばれた時、恐らく多くの人達を驚かせるでしょう。

マグネシウムはダイアマグネティック(反磁性)で、それが意味するのはそれが磁石によって反発され、地場の力の線に対して直角の位置(言い換えると、スクエア/90度)を取る傾向の性質を有します。リン、水、そして水素もまた、この同じ性質を有します。

電気が、全ての磁気源泉なので、火のサインである牡羊座と獅子座を、ゾディアックの輪において、お互いからトライン(30度)、または調和的な関係において配置する背後に、私達はこの科学的な明言を見つけます。

マグネシウムはまた還元/分解の媒体で、その表現は以前に説明されました。(マグネシウムの様に)反発される事の出来る、またはその場所から動かされる事の出来る実質は、運動を産出するために必要であると理解されるでしょう。故に宇宙の全てにおいて賢明な建築者と化学者(i.e. 神/創造主)は、その目的のためにそれを創造し、使用しました。動かされる事、または動く事の出来ないものは、無用に成ります。これは、リン酸マグネシウムが不足な時の体にも事実です。発作/痙攣(けいれん)が結果します。

酸が容易にマグネシウムを攻撃するのは化学的な事実なので、長期間にシステム(体)の中に酸が存在すると、何故、耐え難い神経的な痛み(筋肉痛)に結果するのかの理由を、私達は此処に有します。この状態は、自然の最善の隔離/絶縁の媒体であるシリカの不足によって性急にされ、強化されます。

シュースラーの生物化学的なシステムは、この注目に値する塩が、鞘を造る役割を果たし、実際に体の特定の部分の保護の役割を果たすと私達に教えます。視覚と運動の神経の両方は、ロープの鎖の様に束において一緒に絡みつけられ、それらに何も接触せず、それらを通った自由な電流(エネルギー)の流れが妨げられない様に、チューブ、または鞘に包まれています。電気的な科学の世界において、私達はこれが事実である事を見つけ、そしてそれは人間の体に応用された時も真実です。射手座とシリカの章は、これを更に説明するでしょう。

マグネシウムが赤く成るまで熱せられると、それは火が着き眩しい光と共に燃えると記述するのは指導的でしょう。それは紫外線の光線においてとても豊富で、それは再びそれが、牡羊座の塩である、ポタシウム、またはカリウムと、実質的に切っても切れないと証明するでしょう。それは近年、写真における光の源泉として使用されています。それはまた耐火性(抵抗的)なので、故にかまどの裏張りとして使用されています。

硫黄とのコンビネーションにおいて、マグネシウムは、一般的にエプソム塩として知られるものを形成し、その清浄の性質はよく知られています。しかしながら、血液は、エプソム塩を利用出来ません。その効果は、血管の表面を刺激し、それらの液体的な内容を排出する原因なので、その長期間に渡る下剤としての使用は、最終的に、望まれた効果とは反対の異常な渇きに結果すると、簡単に理解されるでしょう。ソディウム(ナトリウム)は、液体に関連した自然的な媒体です。

蟹座のサインのコンビネーションのフッ素が、獅子座のリン酸マグネシウムにリンクされると、フッ化リン酸マグネシウムを形成し、それは最終的に、それらの2つのサインの統治者達として、太陽と月の深い拘わりの化学的な光を当てると見つけられるでしょう。

素晴らしい真実なのは、E. アンダーヒルの、彼の著書神秘主義の中の言葉です:「緑のライオン(i.e. ハート・チャクラ)はその大いなる働き最初の物質です。その大いなる働きが達成されるのは、子羊の教育によってでは無く、性的な領域の上で英雄的な質を見せ、情熱と勇気に溢れ、生命力の本能と供の、野生の手に負えないライオンを狩る事と飼い慣らす事によってです。その緑のライオンは、すると、彼の強さと健全さにおいて、完璧さを達成出来る可能性のある唯一の生き物です。『その緑のライオンは、ソル(太陽)ルナ(月)がそれによって婚姻される司祭である』と、ある錬金術師は言います。」

緑のライオンによって意味されるのは、星(アストラル)的、または情熱的な本質で、その間、その子羊は、牡羊座、または最も崇高(大脳)に言及します。故に、その性的な本質は、完璧に成る事の出来る可能性を持つ生き物(動物的な人)です。ソル(またはエネルギー)と月(物質的、または実質的)は、永続的、または天界的な婚姻において終に統一され、『それを引き裂く事の出来る人は誰もいません。』」

上記の明言は、決して地上的な婚姻を意味しません。それが、その様に解釈されたのは、真実の歪みの更なるもう一つの例です。何らかの人間(e.g. 神官)によって、そして代価/値段のために、男性(電気)と女性(磁気)を統一させ、永続的、または調和的な統一を創造する事が可能であると言う考えは、どれ程馬鹿らしいのでしょう。

今日与えられた教えの殆どにおいて、天界(大脳)的な婚姻が、お互いにとても相応しく見え、そして調和的とされる男女の婚姻における結婚を意味すると解釈されているのを、私達は見つけます。その様な事が絶対的に真実では無いと、結婚生活の全体的な段階を慎重に分析している誰しもによって認められるでしょう。これは、天秤座の章において思考されるでしょう。

緑のライオンによって意味されるのは不死のエネルギーで、常に存在し、枯渇する事の無い生命力で;枯渇する事の無い創造的な力です。これは、私達が、私達の婚姻の分析に応用しなければならない物差し、または定規です。

彼女の秘密の教義第1巻の274ページの中でブラヴァッツキー婦人はこう述べます:「その王国(人間、動物、植物、ミネラル)の全てを通して、宇宙における全ては意識で;i.e. それ自体の種の意識と、知覚のそれ自体の領域と共に授けられています。私達が思い出さなければならないのは - 例えば石の中に私達が意識を認識出来る - サインを私達が知覚出来ないからと言って、其処に意識が全く存在しないと言う権利を私達が持たないと言う事です。『盲目』または『無意識』の法則など無い様に、『盲目』または『死んでいる』物質の様なものはありません。」

元々ウイリアム・シュースラー博士によって考案された血液の12種のミネラル・ソルトの研究と使用において、数年の経験がある人達なら誰しも、占星学的な分配が無くてでさえも、この明言を支持するでしょう。これらの小さなミネラルの働き者達がする事は驚きです。

私達はリン酸マグネシウムの、人間の体における役割を考えてみましょう。そうすれば、私達は、その必要性/不足から派生する症状を、より良く理解出来るでしょう。

以前にも明言された様に、全ての神経は、糸、または繊維で、故にそれらの基本的な物質/素材は、糸紡ぎ/スピン/回転の塩である、Kali mur 、または塩化カリウム(双子座)です。繊維の異なった種が存在しなければならないのが何故なら、異なった目的のために使用されるためです。ですから全能の化学者(創造主)は、生命の電気的なエネルギーであるスピリットに接触する役割の、これ等の繊維に、Kali phos 、またはリン酸カリウム(牡羊座)を加えました。その後者は、灰色の物質(i.e. 大脳)を構成します。

その他の神経もまた必要とされ、知覚(五感)的なインパルス(衝動)に反応する事ができ、そして故に運動を産出しています。ですからリン酸マグネシウムは、白い、または運動神経を造るために、特定の繊維と共に結合させられました。そしてマグネシウム、またはマグの語源(マグネットのマグ)が、動く事を意味するサンスクリット語の語源から派生した事が思い出された時、キャリー博士の前世における、これ等の題材の集中的な研究から実際に結果したはずである、彼の直感に、私達は再び驚かされずにはいられません。

ライオンと言う言葉の2つの正反対の意味は、寛大さ獰猛さである事が思い出されるでしょう。その最初の言葉(magnanimity)が、マグネシウムと同じ語源(MAG)から派生する間、獰猛さ(ferocity)が、化学的な用語 ferrum 、または鉄と同じ語源を持つのは、とても奇妙であり、そしてまた真実でもあります。これらの2つの塩が一緒に働くのもまた事実です。エネルギー無しでは、運動は産出される事が出来ないので、運動として解釈されるその道/方法に沿って、エネルギーが産み出されるために、ですから ferrum 、または鉄分が必要です。

ラテン語の ferre から派生した意味は幾つかあり、i.e. 産む、もたらす、運ぶ、攻撃するです。鉄はこれらの全てを行います。鉄分と酸素はとても激しくお互いを攻撃し合い、前者は最終的に消費されてしまいます。鉄分は酸素を運び、そして酸素は鉄分を運び;それらの両方が無いと、動くものであれ、動かないものであれ、あらゆる体において、生命は一瞬でも存在する事が出来ません。トマス・ヴァウガンでさえ、彼の Turba の中で、ピタゴラスがこう述べているのを引用します;「凄いのは、マグネシウムと鉄の間の親密な関係です。」

ラテン語の辞書は、獰猛さと言う言葉には、2重の解釈があると明言し;それは元気がいい、または勇気があるだけを意味するのでは無く、凶暴、乱暴、または残酷を意味します。そして実際に、私達はどれだけこれらが上手く、ライオン(Lion)と言う言葉の分析にリンク・アップするかに気付きます。

鉄(iron)と言う言葉を検証すると、私達は同じ状況を見つけます。この素材は強さが必要とされる処で使用され、そして機械や建物の骨組みの製造に、鉄とスティールが使われるのはよく知られています。第12章、魚座の解読から理解される様に、体の全ての部分は、その同じ理由 - 強さを与えるために - 鉄分の粒子の定数割り当てが必要です。その陰的(マイナス)な解釈は、非情な本質に現れるとして、鉄の様に固く、無感情で「釘の様に固い(頑固)」と言う表現に代表されます。

寛大(magnanimous)と言う言葉は、2つのラテン語の言葉、偉大を意味する magnusマインド を意味する animus から派生し;故にそれは、魂において高揚された、大いなるマインドの、さもしさや、低能さ、または度量の狭さから上昇(逸脱)した、勇気があり、崇高な精神の、利他的な者に言及します。

人間の体において働いている母なる自然は、彼女の必要性を、不快の感覚を産出する事によって知らせます。健康は、マインドと身体の ease (楽)です。Dis-ease (病気)は、ease の欠如です。リン酸マグネシウムにおける不足は、とても奇妙で驚きの症状の幾つかの原因に成ります。

この塩の粒子がとても不足に成る時、神経と筋肉の繊維において障害が起こり、そしてそれらの運動がリズム的では無く成ります。発作/痙攣(けいれん)的な運動が結果します。この様な本質のあらゆる症状は、この塩を必要とします。私達はそれらの幾つかが、腕足、指、首、実際に体のあらゆる部分の痙攣(こり)で;ロックした顎、発作的な咳、くしゃみ、喉のつまり、涙、笑、しゃっくりだと見つけます。

この塩は唯一真実の発作的な良薬で;熱い水の中で(溶かされ)摂取された時、とても直ぐに安堵をもたらします。それはまた、痛みにも特定的/効果的です。

熱い応用と熱い飲み物は、リラックスを促すために摂取されるべきです。水泳選手がこの塩の不足に成ると、特に水が冷たい時に、腕や足の痙攣が不快の原因と成ります。狭心症はとても痛みを伴う症状で、この塩の多量の摂取が必要です。神経炎と神経痛はそれを必要としますが、それに加えて必要なその他の塩があります。

心臓と運動器系の全ての問題は、リン酸マグネシウムを必要とします。一つのコンビネーション(または全ての3つ)において、カルシウムが不足した場合、マグネシウムもまた含まれるべきなのは、それとカルシウムの間には特別な親密性がある様であるからと言うのが私の経験です。人の化学的な計画がマグネシウムを必要とする時はいつでも、鉄分もまた摂取されるべきなのは、それらがお互いにお互いを必要とするためです。そして実際に、鉄分が必用で無い状態が決して存在しないのは、それが人体における純粋化と大いなる治癒の方法である、酸素を引き寄せる(運ぶ)ものであるためです。

「それぞれの無機的な塩は、どの様に人間の生命体の組成を造るかを知っています、」とキャリー博士は述べます。体は、少々のミネラルの働き者達が供給されさえすれば、無数の工場において、それ自体の血清を製造するので、これは病気のために血清を与えるのは、理論的な治療を構成しないと言う証明です。大脳は、天界的な朝露を沈澱させ、塩と共に働くために必要なプロテウス、または液体(分泌液)的な実質を形成する聖父です。

リン酸マグネシウムの不足は、それがカリ、またはカリウム(ポタシウム/牡羊座)と共に親密に連結しているので、感覚(五感)の多くの幻想と、奇妙な精神障害の原因に成ります。

その他の症状は;「眼のぼやけ」;色彩の変色などの視覚の幻想を伴う神経性の頭痛です。覚えておかなければならないのは、脳の灰色の物質(大脳)における障害はまた、視覚において反応する事です。背筋を上下する寒気を伴う頭痛が現れるかも知れず;鋭く、打つような、刺すような、断続的な痛みで;熱/温かさが和らげ、冷たさが悪化させる痛みで;鋭い特徴の首元の痛みで;光に対する敏感さで;瞼(まぶた)の発作/痙攣的なまばたきで;目を細める事;目における痛み;熱/温かさによって和らげられる発作/痙攣的な耳鳴り;嗅覚の消失です。風邪によって原因されていない時、この最後はとても特徴的な症状です。個人的に私は、それを解消するために、マグネシウムとの関連において3種のその他の塩が必用であると証明し、i.e. 塩化ナトリウム/食塩(水瓶座)、硫酸ナトリウム(牡牛座)、そして硫酸カルシウム(蠍座)です。

その他の症状は:口、または唇の痙攣;痙攣的などもり;痙攣で開かなくなる顎(歯茎もまた、その塩が塗り込まれるべきです);乳歯が生える頃の子供達の脳回;気管の痙攣的な閉鎖(とても特徴的で、多少珍しい症状です);喉における収縮した感覚;胃/お腹の痙攣;太陽神経叢のつり;げっぷに伴う痛み;尿の痙攣的な維持:男性器の狭窄(きょうさく);月経的な疝痛;卵巣の神経痛(また熱い部分的な応用を用いて下さい);アスマの収縮的な咳;電気ショックに似た腕足において打たれるような感覚;手の震えと無意識の動き;agitans の麻痺;てんかん的な痙攣;記述者の(手の)痙攣;下顎の痙攣的な緊張を伴うあくびです。

この塩の必要性を示唆するモード(分類)は:熱、圧力、そして揉みによって和らげられる症状;冷たさや冷たい空気、等々に悪化される症状です。覚えておかなければならないのは、この塩の機能の原則的な解釈が、活力に関係していて、故に活動/運動、血液循環、神経の力、腺的な液体/分泌液、等々、等々である事です。

その象徴としてのライオンとの連結(コンジャンクション)において、獅子座の分析を設定した後、私達はライオン的な働きを行っている化学的な要素/元素と共に、それらを統合する事に進みました。

今、残されているのは、ポジティヴ(陽的/+)と呼ばれる感情(e-motion)もまた、究極的には有害であると証明する事です。ネガティヴ(陰的/-)と呼ばれる感情は有害であると一般的に受け入れられています。私達は両方を分析してみましょう。

最初に私達は、流れ出る、~から外に出る事を意味する、E-motion (感情)と言う言葉の語源を思い出してみましょう。マインドと体は、証明された様に、運動(MOTION)に拘わっています。E-motion は、すると、MOTIONを産出する障害、無駄、または消失を示唆します。あらゆる熟練した機械工は同意するでしょう。機械の周りの異常なが、どれだけ小規模であれ、直ぐに気付かれ、慎重な検証がすぐさま行われるのは、何かがおかしいのが明らかなためです。電気的なワイヤーの不完全な絶縁、またはあらゆる不完全な製造、もしくは器具の(不完全な)設置は電力の消失に結果し、e.g.(例えば)永続的な明かりが得られなかったり、電動のアイロンが、十分に熱しなかったりします。その他にも、数々の例が存在します。

すると、電気的な力(電力)には何も問題(matter/物質)はありません。問題があるのは、それと共にエネルギーが働く素材(material)です。どれだけ小さかろうと、機械の全ての部品は、実質を構成し、そしてそれらが一つでも欠ければ、一つ、または二つの事に結果します。エネルギー、または電力が現れないか、もしくはその働きが痙攣的に現れたり、現れなかったりします。

上述の全ては、人体にも、そしてそれと共に働くために、素材の完璧な供給の方法による、エネルギーの完璧な循環にも応用されなければなりません。そう成れば、痙攣的な運動も、エネルギーの消失も、起こる事は出来ません。

感情(emotion)はエネルギーの痙攣的な運動です。(天秤座の章が思考する)バランス地点(支点)は震えていて、最小限の事でも、上下します。(達成するために、非常に長い時間を有する、体と脳がバランスされた結果として)マインドがバランスされている時、感情的に成るのが不可能なのは;この後者(感情)がアンバランスの状態を典型するためです。

感情の2つの段階を分析するにおいて、ネガティヴ(陰的)として解釈されるものは;恐れ、悲しみ、心配、等々、等々の様な、圧縮的、または緊縮的な本質であると、私達は見つけました。全ては緊縮し、そして神経システムの全体は、「tied up in a knot/結びに結ばれます/硬直します。」胴体の大いなる受信と配信の局である太陽神経叢は、瞬時に緊縮し、その他の器官の何れも十分なエネルギーが受け取れない事に結果します。電気の供給は直ぐに制限されます。

山羊座の中の太陽と共に生まれた人がその様に影響された時、特にもし、大量の食事が食べられた時、消化が麻痺し、そして危険な症状が結果するかも知れません。それは頻繁に、深刻な消化不良の原因です。

太陽が魚座をトランジット(通過)している時に生まれた人達は、その人たちの最も弱い器官として太陽神経叢を有しますから、二重にハンディキャップ(障害)されています。この題材は永遠と考えられる事が出来ますが、私達はこの研究(本)の中に、十分な空間(ページ)を有しません。それは、体の構成の生物化学的なシステムと占星学的な分配の、未来の出版において完全に扱われるでしょう。

しかしながら、それらの感情は妨害し、時には実際に、一時的にエネルギーを遮断すると理解されるでしょう。死が結果するかも知れません。

喜びが人を、身体的と同時に精神的に刺激する様に見えるので、それは常に有益であると考えられてきました。

その様な事が事実では無いと言うのは、化学的な働き者達によって、体の中で行われる働きの幾らかの理解を得た人には、鮮明に成るでしょう。

覚えておいてもらいたいのは、バランスされた体において、エネルギーの加速も減速も無いと言う事です。心臓は恐怖のあまり、鼓動を止める事もしなければ、突然の喜びや、愛と呼ばれる情熱から、痙攣的に激しく動く事もありません。愛は、それが法則の理解であるために、EASE 、バランス、調和で、故にその法則の生活です。

故に、喜びの感情のインパルス(衝動)の結果として、脳は体を通して、エネルギーの追加の量を派生させ、そして開放するために励みます。もしくはそれは、それが有するエネルギーを加速しようと試みます。もしそれがノーマルな状態、または、全ての細胞が最も高い率で振動している、永続的な状態なら、消耗、もしくは高い緊張の電流のあらゆる痙攣的な流れは無いので、ネガティヴ(陰的/マイナス)的な本質への、反応は無いでしょう。その効果は、ワイヤーの交差によって産出されるものと同じです。フューズが焼き切れた結果と共に、より高い電流が派生(発電)されます。

喜びは(時には)殺すと知られているのも真実で、そしてこれは、素材と共に非完璧に供給されている神経の上に耐える様もたらされた、突然の強い緊張の証拠です。それらは、時には途切れます。

私が鮮明にしようと試みている要点は、有益と考えられてきた感情の全ては、神経と心臓に負担をかけると言う事です。これは、身体生理学的な真実です。故に、身体学、解剖学、生物化学、そして占星学の研究の、この題材について、人が持っているかも知れないあらゆる疑いを解消する事実を再び考えてみましょう。天秤座のサインの分析だけでも、疑う余地の無い証明を与えるでしょう。常に覚えておくべきなのは、占星学が、類推によって、宇宙のの考察であって、故に、人の体であると言う事です。

私達は、今、地球のはらわたに近づき、獅子座の光線が収穫された中心の場所へ、人の子宮と春の時期に送り出されたそれらの力の本質へと撤退します。退化/複雑化が始まっています!

「其処には重い熱も冷たさも無く、
其処の住人達のロウは決して古く無く、
過ぎる時と共に衰えもせず、
それぞれの人は、その人が最初に
優美な風土を勝ち取った時の歳を保ちます。
夜は高さから決して落ちず、
真昼の熱は決して燃えず;
太陽が空に昇る前の
6月の銀色の夜明けの様に
その様な柔らかい光が永遠に
輝きます。」
- アンドリュー・ラング


VI. THE ANALYSIS AND SYNTHESIS OF VIRGO AND KALI SULPH
6.乙女座と硫酸カリウムの分析と調合


「汝、処女の聖母、汝の息子の娘、
その他全ての生き物を超えて、謙虚で崇高。」
- ダンテ、神聖な喜劇、最終カント。

8月23日前後に、太陽はゾディアックの乙女座のサイン(Virgo)に入り、それはラテン語で処女/乙女(Virgin)のための言葉です。「処女マリア」と言う名前は、その起源をこの星座に有し、それは正に神聖な聖母です。

処女のためのヘブライ語の用語はベスラ(Bethulah)で;beth は「家、または場所」を意味し、そして ulah は「純粋な水」を意味します。純粋な水、または海のためのラテン語の言葉は mare です。E の文字を Y に変えると、私達は Mary を有します。その用語「処女マリー」は故に、両方の名前が実質的に同じ - 純粋 - を意味しているので、二重の重要性を持つと理解されます。

ベツレヘム(Bethlehem)と言う言葉は同じヘブライ語の語源から派生しましたが、水の家、または場所の代わりに、その解釈は「パンの家、または場所」です。しかしながら、イエスが、ベツレヘムにおいて生れた事が思い出されるでしょう。聖書的な記述において、ベツレヘムは、「生命のパン」と「生命の水」の両方として言及されます。

VIRGIN と言う言葉の完全な意味を精神的に認識するために、人は使用される全ての類義語を考えるべきで、つまり:性交の経験が無い男性、または女性で;貞節、純粋、汚されていない、純潔な、腐敗されていない、新鮮で、新しく、無雑(unadulterated)です。

この言葉(Virgin)の完全な重要性が認識された時、何故、乙女座のサインが、健康のハウスとして解釈されるのか、占星学の研究者達にとって、恐らく鮮明に成るでしょう。体が純粋で無雑な状態に成るまで、そして Virgin と言う言葉を解釈するために使用される類義語の全てが体現されるまで、健康を有する者が誰もいないためです。頭の中にまた、入れておかなければならないのは、辞書の中で与えられる最初の解釈、「性交の経験の無い男性、または女性」は、特別な重要性であると言う事です。

化学的な立ち位置から研究された時、「無雑」と言う言葉が純粋な体の定義として、どれだけ相応しいのかが理解されるでしょう。血液の化学的な構成要素は、それらから神聖な化学者(創造主)がそれを創造した元々の要素なので、それらの構成要素の全てがある時に、健康は存在します。

粗悪品(adulteration/雑)と言う言葉は「元々の要素の幾つかが欠損している」を意味します。私達は病気のための、それ以上に良い表現を持つ事が出来るでしょうか?それは鮮明で、簡潔で、そしてはっきりとして;私達はその意味に疑う余地を持ちません。全ての人類は故に、粗悪品の状態において生きています。私達は聖書的な言及の多くに、「粗悪的な国家」と言う用語を見つけます。

完璧に成る事は、純粋で、無雑(unadulterated)に成る事です。

以前にも述べられた様に、数学の様な幾つかの科学以外に、歪められていないものは殆ど無いと、私達は見つけます。「adultery」と言う言葉の近代においての、そして故に一般的な解釈において以上に、特出したこの例はありません。

adultery に関する人工的な法は、「どちらかが既婚者である2人の人達の間の性交(浮気)」を意味すると言います。それは故に非合法(unlawful)と考えられます。

十戒の7番目はこう読めます「汝、adultery を犯すべからず。」私達は辞書の中で、adultery がこう言及されているのを見つけます「7番目の訓戒によって禁じられた、卑猥、または不貞な思考、または行動。」卑猥のためのラテン語の言葉は「impudicus」で、その言語におけるその文字通りの意味は不貞淫乱/失禁(INCONTINENT)です。

言葉がはっきりとした意味を持っている事を私達は忘れる事が出来ないので、私達は故に、その聖書的な訓令が文字通り、人類は、不貞、または淫乱に成ってはならない事を意味するのを否定する事は出来ません。

ラテン語の辞書の中で私達は、continent と言う言葉が以下を意味するのを見つけます:「一つに保つ、または結ぶ事、分離されない様にしっかりとつかむ事。」此処で私達が adulterate と言う言葉にリンク・アップさせるのは、何かが adulterate 化された時、それが意味するのは、元々の要素が、一つにしっかりとつかまれておらず、結ばれて無く、対照的に、分離化される様に成ってしまった事です。故に損失が示唆されます。

これ等の解釈を、今まで知らなかったと認める人達が多くいるのは間違いありませんし、当然、納得するのは難しいかも知れません。私達は、それらが真実であって欲しくないので、始めは事実に対して反抗する事しか出来ないかも知れません。私達は、人類に関連した神の法則が何かを学ぶのにとてもゆっくりで、そしてそれらを正しく解釈するにおいて、極度にゆっくりです。

何年も前に私は、どれ程傷つけられても構わないから、私は真実事実が知りたいと、私自身に宣言しました。もし、ある事に対する私のアイデア、または意見が誤りなら、私は正しい説明を欲しました。私はそれを見つけるまで決して満足しません。誰もがアイデアや意見を持っていますが、それらはとても頻繁に不正確です。より高い能力が機能し始めた時、一つの明言が不真実であれば、私達は直感的に知ります。

苦しみ(失敗)を通して得られた経験の方法によって、そうする事を強要されるまで、真実を受け入れる人は誰もいません。健康、幸せ、そして平穏を得るための、正しく、そして完璧な方法はたった一つしかありません。どれだけ長く、この問題を私達が避けようとしても、どれだけ頑固に私達が抵抗しようとしても、結局私達は受け入れる事を強要されます。熱いストーブに対して手を乗せれば火傷をしてしまうと、子供は信じたく無いかも知れませんが、事実は変えられません。

「adult (大人)」と言う言葉は、adulteration と同じ語源から派生し、そしてそれは「完全に成長して、強さを - 成熟さを - 得た人」です。成長した人は実際に adult の様に現れるかも知れませんが、上記の解釈の光の下において、人が元々の要素/元素において不足している時、その人は単に adulterated なだけです。

人類がその全体として、健康の会得と保存の科学にその注目を注ぐまで、意見以外の何かにおいて大人数が関心を示すのは、実際に難しいでしょう。実に、事実に対して論議するにおいて、実際に多大な時間が消費されるでしょう。大衆のマインドの中にその発端を持つ、共通の問いは:「もし自制(continence)が神の法則なら、そしてもしそれが従われたら、地球は最終的に、人がいなくなってしまう、」です。

神(善、または究極的な完璧さ)の法則が、自制であるのは本当です。ですが三位一体の存在である、動物的-人間である-スピリット的な人が、動物に属する全てをその人自身から排除する事によって完璧性(元々の状態の - 純粋さ)を得るまで、その人はその法則を守っていません。それは間違い無く、そして長期的な行程です。自制が元々の要素/元素の無消失を意味するので、故に無雑で、この純粋化の行程は消失の全ての段階と、度合いを扱います。

最小限の消失が、正しく分析された時、派生/世代への人の墜落/堕落に本当に属します。それが体現するのは、入って来るエゴのために、体を準備するために、男性と女性によって実際に犠牲/生贄にされた、大脳的なエッセ(本質)です。それは、唯一民族/人類の継続のためで、そしてその様なものとして、それによって進化が続く方法です。

新たな体の中への何度も、何度ものスピリットの輪廻転生は、毎回毎に、より良い肉体的な乗り物を意味するべきでした。ですが、学ぶ事において私達はゆっくり過ぎて、あまり改善が成され無かった様です。多くは赤ん坊の時に意識を失ってしまいます。平均的な人にとって、彼、または彼女が中年を超えるまでダイエットなど考えた事が無いのは、本当ではありませんか?

「獣は不完全な動物。人が唯一の完璧な獣です。」と言う無意識で冗談的な明言が、最近、子供の作文の中で成されました。1927年に、天王星が牡羊座に入り、人間の脳がとても混沌的に成ったので、これは一つの場合以上に、本当の様です。

繁殖に関して本当の動物が神の法則に従うのは、一般的に認識された事実です。派生への人の墜落の必然的な結果としての死は、方法の反転によって、徐々に排除されるでしょう。

動物は、本能から、その種を永続させるために準備する、その季節を持っています。それは、人類がする様に愛の感覚のために同棲する事は求めません。派生への人の墜落から結果している障害的な効果は、その行為によって創造された感覚の催眠的な力によって原因されたこの曲解によって、千倍に強化されました。故に人類は、熱望のこの蛇のとぐろの中で、殆ど望みが無い程、からまらされました。

「その蛇は私を騙し、そして私は食べました」と、本来、繁殖的な実質の、その人の体のネガティヴ(-)で、物質的で、磁気的な部分であるイヴは言いました。聖父の家である大脳に起因する、その創造的なエッセの消失は、最初の章において明言された様に、最終的に死に結果します。ヘブライ語におけるイヴの意味が生命なので、感覚の騙しが生命自体の消失に結果するのは明らかです。

この注目すべきサイン、乙女座の啓示の研究は、宗教の問題を解決するでしょう。それは同時に、占星学の本当の目的に関する問いに答えるでしょう。

乙女座は、自然的なゾディアックにおける6番目(SIX)のサインなので、それは SEX 、または創造に関係していますが、私達が扱ってきたよりも、より高い領域においてです。

獅子座についての以前の章の中で明言された点を再検証すると、8月における太陽の焼き尽くす炎は、異なった宇宙的で、物理的な行程の第一歩を体現していると、私達は見つけます。それは地球の中へのエネルギーの吸い込みを象徴し、i.e. もしそれが感情を通して浪費されていないなら、地球の母体、または神聖な聖母(乙女座)の子宮の中へのその集中です。

乙女座は地球のサインで、女性ですが、不毛だと、占星学の研究において明言されています。男性(ポジティヴ/+)と女性(ネガティヴ/-)とニュートラル(中性)の惑星があると言われるので、ゾディアック的なサインも同じ方法で分別されなければならないと、私にはしばらくの間、明らかでした。私はそれらを純粋化の十字と名付けました。これは(この時代において)多くの新たな情報が得られる事に結果しました。塩を分配する事もまた、洗い清めに関係しています。

乙女座は太古の時代において、太陽神経叢と内臓(腸)に分配されました。私達はこの神経叢がお腹的な脳であり、故に母体、または子宮であると見つけます。その後者の言葉から私達は、女性的な解釈と呼ばれるものを得ますが、それが唯一、より高い領域においてのみ創造的なので、それは中性的、または不毛と解釈されなければなりません。それは肉欲に対して不毛なので、故に不毛の地球を表します。ですがそれは実際に、その名前、VIRGO (乙女座)VIRGIN (処女)の源泉である、スピリット性に対して肥沃です。

占星学的な説明と共に、更に進む前に、私達はこのサインを、解剖学的、そして身体生理学的に分析しなければなりません。

太陽神経叢は、お腹の直接の後ろにあり、その配置が、それから全ての方向に分岐する数々の神経と共に、12の異なった神経節のグループによって構成され、その名前、太陽の神経叢が由来する処です。

それは、3つの交感神経叢の中で最大で、両側の大小の内臓神経と、右迷走神経からの幾つかの繊維を受け入れます。それが胴体における内臓によって必要とされるエネルギーを供給するので、交感神経システムに影響している何かが、太陽神経叢の上で直ぐに反応するのは明らかです。

その最も重要な部分は、半月状の神経節です。それらはリンパ腺の様な姿をした2つの大きな不均一な形をした塊で、中間線の両側で、そして副蔵の付近の横隔膜の下腿(crura)の前に位置します。右側の一つは、下大静脈の後ろに位置します。

その2つの半月状の神経節の横にあるのは以下で:横隔膜;肝臓;脾臓;左胃;副腎;腎臓;精巣;上腸間膜;腹部大動脈;下腸間膜です。切実な研究者達は、グレイの解剖学書を所有し、これ等の神経節の完全な知識を得るべきです。これが成された時、特にチャクラ、または秘儀的な神経の中心に関連した、オカルトされた(隠された)題材について、異なった著者達によって述べられた明言を、確認、または否定する事が簡単に成ります。太古のサンスクリット語の翻訳において、間違いはよく起こり;また、サイキック的な方法によって、この題材についての彼等の情報を得たと主張する西洋の著者達によって述べられた明言にも、間違いがよく起こります。

後者の分類の一人は、脾臓的、または脾臓の神経節が、別々、または独立的と明言し - それは太陽神経叢の12の分類の一つとして与えられていません。それは、しかしながら、太陽神経叢の神経節の一つです。

脾臓に関連した珍しい本質の幾つかの情報は、後に出る本、セックスと避妊についての真実の中で与えられるでしょう。この出版は、元々、別々の本として計画された腺についての新たな事実を含むでしょう。

太陽神経叢の12の分別のそれぞれは、ゾディアックのサインのそれぞれに分配され、故に体の特定の部分です。その神経叢自体が一つの小さなゾディアックです。

精巣的な神経叢は、繁殖的な種に関係しています。それは男性の睾丸と、女性の卵巣と子宮への、内精巣的な動脈に接続します。故に、全ての性的な思考は瞬時に太陽神経叢に届き、そして直接性器に伝えられると、理解するのは難しくありません。故に神経、血液、そして腺的な循環と活動は、直ぐに加速させられます。これが再びマインドに対して反応するのは、何故なら産出された感覚のためです。

太陽神経叢は感情と感覚の座です。故に「私は心から貴女を愛しています」と言う昔からの親しみのある表現は、不正確です。愛と呼ばれるに唯一相応しい感情である、本当の、または純粋な愛が人の存在に浸透する時、それはスピリットの注ぎ出しです。故に私達は大脳と共に精神的に愛します。一人の人がもう一人のために経験する愛情のための正確な表現は、「私は、太陽神経叢から、貴方を愛しています」で、故に内臓(腸)と共にでもあるのは、それらが両方とも、乙女座に分配されているためです。

勿論、人の感情のこの正確な表現は、それがとても殺風景なので、全く魅力的ではありません。当然、詩的な表現は、私達にとってより魅力的です。しかしながら、私達は、あらゆる辞書、または用語索引が証明する様に、聖書の中に殺風景な用語への幾つもの言及を見つけます。それらの幾つかは:「同情のはらわた;慈悲のはらわた;愛情のはらわた;ヤコブのはらわたは、彼の息子のために慕わしく思った、」等々、等々です。

フィリピの使徒への手紙1:8の中で私達は「わたしが、キリスト・イエスの愛の心(はらわた)で、あなたがた一同のことをどれほど思っているかは、神が証ししてくださいます。」と読みます。

「はらわた」と言う言葉の解釈は「何かの内側の部分」で、現在の地上の;感情の座、等々です。シェークスピアが言った様に:「汝、はらわたの無き者」で、そして「彼の兵士達は戦いのはらわたの中へと急いだ」です。

内臓(intestine)と言う言葉は、「~の中、内側、内的、囲まれた、または閉ざされた - 主観で、その後者はラテン語の辞書の中で「下に置く、または下に横たわると解釈され、それはとても応用可能です。もし内臓が真っ直ぐな線において引き出されれば、それらは体の長さの5倍から6倍の場所を覆うでしょう。人体の器官のこの部分を分配されている星座を、古代人達がドラゴン、またはハイドラ(ヒドラ)と名付けたのは、そんなに驚きでしょうか?

啓示書の第12章の中の、第1節から第6節(では無く1-5節)まで、私達はこう読みます:「また、天に大きなしるし(驚き)が現れた:一人の女が身に太陽をまとい、を足の下にし、頭にはの冠をかぶっていた:

「女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。

「また、もう一つのしるし(驚き)が天に現れた:見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた。

「竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた;そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。

「女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた;子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。」

私達は、上述の文章の中に、乙女座の星座が言及されている、直接の証拠を見つけます。それが肉欲的に不毛(処女)なので、それが本質的に中性のサインであり、それが(母的な実質)mater-ial (素材)に関連していると言う理由で、私達はそれを、中性-女性的と呼べるかも知れません。

聖書の中の秘儀的な逸話において、処女マリー(乙女座)はイエス(太陽)に生を与えます。イエスは、ヌンの息子であったジョシュアの、ラテン語化されたギリシャ語の形状です。ヌンは、子孫、または生命の胚芽である、魚(魚座)のためのヘブライ語なので、その類推は明らかなはずで、それは漁師(魚座)の宗教の起源です。イエスは、私達の肉体的な車輪のこの中枢が最終的に完璧化された時に、太陽神経叢の中心の、半月状の神経節において形成された神聖な魚(分泌液)、または精神-肉体的な胚芽の種(オイル)です。

太陽神経叢は、大脳と小脳が完璧化されるまで、常に力不足なのは、それを供給するために十分に派生/発電されていないためです。加えて、それ自体の部分はどれも完璧ではありません。故にそれは、それが脳から受け取ったエネルギーに対して、発作的な方法以外に、反応する事が出来ません。太陽神経叢は、受信と配信の局の両方です。

腸管はまた、体の状態、または健康を反映します。多くの人達は、多かれ少なかれ、便秘に悩まされ、そしてそれを認めます。その他の人達は、1日1度の排便が十分であると考えます。それは思い違いです。

食物が胃へと運ばれた時に常に、内臓(腸)の運動が直ぐ後に起こるべきなのは、胃と腸菅が繋がっているためです。それらは一つの長い通り道で、その2つの入り口と出口は口と肛門です。すると、平均的な人の息が甘く無く、または舌がコーティングされているのは驚く事でしょうか?

人が、1日の間に何度か排便する時、腸管が必ずしも常に健康であるとは証明される事は出来ません。内臓(腸)の「running off(垂れ流し?)」と名付けられた状態が存在しているかも知れません。これは、パリスの石膏である、蠍座のセル・ソルト、硫酸カルシウムにおける、大規模な不足によって原因されています。

この独特の物質は、正に芸術における型取りや、壁を保護するために使われる、よりきめの粗い形状の様に、体の導管の表面の全てをコーテイングしています。人体におけるその使用も、正に同じです。内臓の壁においてそれが不足に成る時、それらは、それらの表面に常に接触している衰えた素材(排泄物)によって炎症を起こさせられます。その結果は、体の外的な表面の部分の水膨れに類似しています。繊細な導管の繊維は、それらの水、または液体を放出し、そしてその中には鱗の様な壁が見つけられます。

当然、もし継続されれば、この状態は、大いなる貧弱化に結果します。その和らげる効果が殆ど直ぐに気付かれる、硫酸カルシウムの十分な量が、熱い水に解かれて摂取されなければなりません。それは直ぐに、内臓的な表面を覆い、炎症を和らげます。この塩に関連するその他の情報のために、蠍座の章を参照して下さい。

素晴らしく機能している肝臓と胃を持ている人は恐らく本当に、とても極少数でしょう。私の注目の下に来る占星学的なチャート(図表)の全てにおいて、一方、またはもう片方(そして通常は両方とも)、とても不完璧に機能していると見つけられます。便秘は一般的です。

故に私達は、乙女座に分配された内臓器官の部分が、その体全体の状態を反映していると言う結論的な証拠を有します。私達はこの明言を、以下の類推に融合させる事が出来ます:地球のはらわたにおける太陽(エネルギー)は、それがそれを受け取る(受信する)度合いに対して、エネルギーを反映させます(また配信もします)。人間の体は、2つのレンズを持っています。脳に影響を及ぼす上からの光の振動を、視床的な中心に集中させる、大脳の中の上部の一つで、そして太陽神経叢の腹腔の神経節が下部の一つです。

体が集中的に研究された時に、同じ種の2つの中心があり、一つは上部で、ポジティヴ(+/陽)で、もう一つの下部のものはネガティヴ(-/陰)であると、常に見つけられるでしょう。

ゾディアックの12のサインの象形文字とシンボルが秘密の逸話と価値の付けられない情報の保管場所であると、繰り返し強調され過ぎる事は出来ません。私達は乙女座のサインを検証してみましょう。

長い間、この象形文字において体現された、太古の、そして故に原則的なアイデアは、処女(乙女)と子供(イエス)である事は私にとって明らかでしたが、私が、私の証拠を見つけたのは、3年程前の事でした。

このシンボルの最初の部分は、遥か太古の昔からを典型した M の文字であるのは簡単に理解されます。この章の初めに、処女マリーの定義に関して成された明言を思い出すと、その文字の暗号的な意味において、それらが此処において確認された事を私達は気付きます。ヘブライ語において、MMem と綴られ、そしてその太古の言語において、母親(MOTHER)、女性、素材(material)、または実質を意味し;また、磁気、ネガティヴ、等々、等々です。それは MOTHERS と呼ばれる3つの神聖な文字の一つです。

ある日、フェニキア文字の幾つかを研究していた間、私の注目は特定の文字に引き寄せられました。それには私を驚きと喜びで一杯にさせた何かがありました。それが M の後部に接続された、乙女座のサインの後ろの部分であると、私は突然気付きました。このフェニキアの文字
1 Phoenician nun
は、N (ヌン) の文字で、そしてヘブライ語におけるその意味は、魚(魚座)、またはイエスです。もし乙女座のシンボルが慎重に検証されれば、N の追加は実際に、口を開けて尾ひれの上に立っている魚を体現し、故に
2 Virgo
であると見つけられるでしょう。

乙女座のサインに関連した上記の本質の、何らかの情報を与える占星学的で利用可能な研究は全くありません。占星学の唯一の目的が、その身体的、そして精神的な再派生(改善)のための、星-化学的な計画を人類に用意するためであると全時代を通して証明するために、このサインの分析だけが十分であると言うのが私の信念です。

体と脳が改善すれば直感が素早く成ります。旅時に出た時に、人は直感的に、言うなれば自動的に、安全な道を辿り、そして決して怪我(害)の対象にはならないでしょう。アスペクツ(星の影響力)を頻繁に検証しているにも拘わらず、金融的な反転(失敗)に苦しみ、不健康で、時には個人的に落胆させられる、占星学の知識を持たない人からの助言は尋ねられません。私達は皆、この状態にありましたが、化学、解剖学、そして身体生理学と共に配分されたこの強力な科学の研究で、古い確言、「人よ、貴方自身を知りなさい、」は達成において最終的に結果するでしょう。

私達は、キリストと言う言葉の研究から派生した、驚きの本質のもう一つの事実を見つけます。人の中の新たな人であるイエスは、キリストに成り、言い換えると、キリスト化されたイエス(Jesus Christed)です。ギリシャの学者達はクリストス(Christos)を人とは解釈せず、ものとします。キリストは、アノイントされた、またはオイルを塗られたを意味し、文字通りの解釈はオイルです。もし聖書の翻訳者達が、ものを人として解釈せず、体の一部を地理的な場所として解釈しなければ、昔からの宗教的な歪みは起こりませんでした。聖書は、以前にも述べられた様に、人の体(マイクロコズム)と同時に宇宙(マクロコズム)に関した、科学的な事実の集合体です。

人は、男性と女性の両方のための宇宙/統一的な用語なので、体の全ての部分が、一貫的に必要とされている化学的な要素/元素の全てを受け取っていて、そして正しい生活に関する全ての法則が従われている時、身体的な形状は、すると、とても素早く変化します。最終的に、この一貫的で善良の働きは、完璧に機能しているシステムに結果します。

太陽神経叢は、解剖学的、そして身体生理学的に、12の部分の機械なので、それは完全な行程を構成します。以前の明言に関して確認のもう一つの点が加えられるために、数秘学の科学が一度考えられなければなりません。これをするために、私達は乙女座の象形文字の M の文字に言及しなければなりません。

M はカバラにおける 13番目の文字で、この章において説明された様に、その真の意味が理解された時、13が不運とされる昔ながらの迷信が解決されるでしょう。私達が 真の VIRGINS に成るまで - 言葉を変えると、私達が adulterated (雑/不良品)で無く成るまで、、私達は不運で、そうあり続けます。

幸運に成る事は、誤った行いの結果を避ける事を意味しないのは、最終的に詐欺師は、罰せられなければ成らないためです。それは単に、問題の解決における、遅れの様に見える事に関するものです。

研究者は、それが間違い無く、その題材についての最善の本なので、パプス著のボヘミア人達のタロットを熟知するべきです。

数秘学も、近代の著者達の幾らかの手による歪めから逃れられませんでした。上述に名前を上げられた本の中で与えられる様に、ヘブライ語のアルファベットの文字を分配するタロット・カードの研究は、此処において述べられた要点を確認していると直ぐに認識される多くの情報を明かすでしょう。

M または Mem の文字は、ヘブライ語の10番目の文字 Yod と、16番目の文字 Ayin に体現された創造の間の中央で、それは物事の終わりを扱いますが、むしろ生命の一つの段階の終わりと、新たな始まりを意味しています。Ayin は特定の方法において山羊座に分配されていると言われるので、上記の説明は真実であると証明されるでしょう。1月(January)のローマの名前だった神ヤヌス(Janus)は、2つの顔を持つ男として描かれ、一つは後ろ(過去)を向いていて、もう一つは前(未来)を向いていて、故に一つの事の始まりと終わりです。1月は市民の年、または新年が始まる月で、それはまた昔(去年)の終わりを意味します。これは、しかしながら、表向きの説明です。その秘儀は、山羊座についての第10章を検証する事によって、更にもっと指導的に成ります。

私達が、M の文字の分析から発見した様に、体現された状態、または状況の真の解釈は、完璧な運動の一つです。私達は次に、完璧な運動の方法によって、今、産出する事の出来る新たなもの - つまり、神-の様なものである、善きものを考えます。

乙女座は、すると、人の体におけるその奇妙な中心で、それに関して殆どあまり発見されておらず、終に(それは)準備され、全く新たなものを産出する事が可能で - 新たな人、または新しく造られた人です。もう体の12の部分によって必要とされるエネルギーの供給が不足に成る事は無く;もう2度と体の小体/血球/遺伝子が死ぬ事が出来ないのは、それらを保つための物質/素材において決して不足がもう存在しないためです。

乙女座はもう、マリー・マグダレン(マグダレナ)では無く、彼女は今、未亡人です。この言葉の近代の解釈は、その真の重要性を完全に包み隠しました。それが意味するのは「~から分離され、~を欠損している」で、そして故に彼女の夫から分離させられた女性に加えてその他の言及を持つかも知れません。

この言葉に対する聖書的な言及は多く有り、そしてフリーメイソンリーにおいて、その入門者は未亡人の息子です。破壊の以前の生活から分離され、新たなもの(人生)を始めたのがその入門者で、その後者の言葉の意味が「始める事、始まりと共に造り出す事」であるためです。

フリーメイソンリーの身体生理学的な説明の実習は、準備のコースにあります。その中で、33階級の身体生理学的な解釈(脊椎の32の骨と頭蓋)が与えられ、そしてまた、占星学と数秘学、またはカバラ的な解釈が与えられます。フリーメイソンリーの13番目の階級が、乙女座の最初のディーカン(30度の内の最初の10度)と、ソロモン(ソル/太陽、ムーン/月)のロイアル・アーチに分配されると見つけるのは、この題材に関心がある人達を、間違い無く驚かせるでしょう。この階級の対象者は神聖なヴァウルト(アーチ型天井の覆い)の騎士に成り、それは実際に地球のはらわたです。彼は、その意味がヘブライ語において「入門者」である、エノクの名前がある黄金の三角を着ける事が許されます。

実際に、占星学の科学、化学、解剖学、そして身体生理学は、フリーメイソンリーをとても正確に解釈し、確認するので、それらはまた、何処でそれ(フリーメイソンリー)が、酷く歪められたのかを示唆します。

ロイアル・アーチの13階級の、乙女座のサインへの私の分配の正確性の更なる確認は、この階級に対する対象者(進級者)への明言において、彼が、彼は何処にいると尋ねられた時に見つけられます。彼の返答は、「私は、太陽の光が必要とされない、地球のはらわたの中にいます」です。

乙女座は、はらわたと共に分配されたのサインで、そしてそれは 太陽の中心 (太陽は故に地球のはらわた)なので、光は必要とされません。何故でしょう?その答えは、この階級において、進級者自身が、太陽自体を体現するためです。私達が真実を見つける時、その単純さは私達を驚かせます。

私達が見つけるのは、すると、フリーメイソンリーの13番目、14番目、そして15番目の階級が、乙女座の3つのディーカンにそれぞれ分配されている事です。

それぞれのサインの真ん中のディーカンはその母体なので、この場合において、14番目の階級に分配されたヘブライ語の文字が完璧な Elu(エル) で、N (ヌン)、またはイエスであると着目するのは興味深い事です。特に注目してもらいたいのは、ヘブライ語においてイエス、または新たな人を意味する文字が、実際にその処女/乙女の子宮、または母体の上に重なる事です。どれだけ鮮明に、聖書は次に起こる事を明言するのでしょう:「暗闇の中から光が現れる。」イエスは正に、それぞれの個々の世界、または - 人間の体である - 物質的な螺旋の光です。そしてそれが実際に真実なのは、そのが私達の暗闇に終に現れた時、人生の通り道は永遠に光が当てられ;正に真実において、私達は太陽、または月からの、外的な光は必要では無いとまで言われる程です。

どれ程素晴らしく、水瓶座、または空気(風)の時代の振動は、これを世界の注目へともたらしているのでしょう?建物の天辺が、色のついたビーコンの光でイルミネートされたのはつい近年の事です。それらが体現するのは、人は、その人の神聖なもの中で最も神聖であるランプ - 視床 - を完璧化する代わりに、それを破壊するために可能なあらゆる事をしていますが、人はまた、ヘッド・ライトを持っていると、人に気付かせるための、人の中のスピリットの苦悩です。

感覚(快楽)を愛する事で、人の体は鈍く成り、そして多かれ少なかれ継続的な道楽/甘やかしによって、半麻痺状態に成りました。これは、「キック(興奮材料)がある何かを私に下さい」と言う、著名なスローガンに派生を与えました。これのための理由は明らかです。キック以下のものは、何の感覚も産出しないためです。体と脳の健康が、このスローガンを使っている人の中に存在しうるでしょうか?この表現の慎重な検証は、人類の中にとても一般的な、性的な歪みの長いリストに多大な光を当てるでしょう。

感覚/感情はエネルギーの無駄で、前の獅子座の章の中で述べられた様に、実際に物質を消費します。

フリーメイソンリーの13番目と14番目の階級との、乙女座の最初と2番目のディーカンの分配についてのコメントを再開すると、現在進行中の融合は、これが、それによってあらゆる題材の情報が得られる、明確なシステムを構成すると、間違いなく証明されるべきである様です。個人的に、私はその様に確信しています。

その14番目の階級は数字の5を体現し、そしてタロット・カードの5番目の文字は HE、または E です。この文字を象徴している対象と姿を表しているタロット・カードの名前は教皇です。教皇(Pope)と言う言葉がパパ、または父のためのラテン語なので、それが何らかの特別な代理(i.e. 教皇)、または実際の何らかの歴史的な人物などとは決して言及せず、対照的に、聖父(大脳)の息子で、彼(大脳)と共に一つに成る人に言及しているのは明らかです。完璧な太陽神経叢、または創造の子宮(マリー)の果実(種/オイル)は、それ(大脳)と共に調和において働く事によって、スピリット的な意識(聖父である牡羊座/大脳)と共に一つに成ります(悟ります)。この文字についてパプスが述べている全てを読んで下さい。

魚座のスピリット的な段階の統治者である海王星が、1928年の10月に乙女座のハウスに入って以来、魚座、双子座、乙女座、そして射手座に関する全ての物事に関して、一般的な混乱と「大掃除」が起こって来ました。そして海王星は、一つのサインを通過するまで14年を必要とするので、大きな変化が起こるでしょう。この惑星の振動が、知られている最も高いものなので、それはキリスト意識(悟り)自体を体現します。本当の浄化が始まりました。私達は映画に関して、改善の変化が既に始められた事に気付きます。

開けたマインドの、利他主義的な人は、特定の線に沿って活動する事を行い始めます。極少数の人達は協力しますが、一般大衆は興味を示さないでしょう。何年も過ぎた時、一晩で、晴れた空から、大いなる関心が盛り上がるでしょう。以前には殆ど触れず、気まぐれでさえもあった新聞紙や雑誌が、その題材についての特別な記事を載せるでしょう。それらは恐らくそれを馬鹿にするかも知れません。

今日の若い人達が昔の見識の真価を認める事が不可能なのは、彼等が水瓶座直前の雰囲気の中で生きていないためです。徐々に、その脳は安定的に成り、そして最終的には古いアイデアと意見のゴミの山の遥か上で、真実の白い羽が見られ、終に全ての歪みを取り払うでしょう。

水瓶座の時代は、動物に帰属する全てに欠けるので、酒、煙草、麻薬、そして食料としての肉は、徐々に消滅するでしょう。健康な体の一部では全く無く、体が必要としていないものを受け入れる事を、激怒した体はもう受け入れないでしょう。

He の文字は、すると、神聖なスピリットを意味し、仲介している原則で、それは物質的な体をそれ自体に引き寄せます。人はそれ以外の仲介を必要としません。時代を通して下るに渡り(そして今日でさえも)、大多数の人達は、神秘的と近代的の両方の個性(偶像)を信仰し、故に真実を見失いました。ですが既に、神聖な処女/乙女は天界において現れ始め、そして彼女の息は既にエーテルを通して鎮静/緩和されています。

太古の時代において純潔(vestal)な処女は、女神ヴェスタ(Vesta)、またはヘスティア(Hestia)に奉げられた乙女でした。それは毎年春分の日(牡羊座)において、新たに火を灯されました。その処女/乙女達の役割は、その寺院の火が常に燃えている事を保つ事で、そしてそれが消える事は国家の一大事と考えられました。その乙女達は汚れの無い貞節である事が必用とされました。

フランスのカレンダーでは、乙女座の期間は「果実の月」と呼ばれ、秘儀的、そして同時に世俗的な観点からも、とても相応しいです。処女マリーのお祭り(誕生日)が9月8日に重なり、十字の高揚(exaltation)が14日に重なったので、それは古代人達によって神聖な月と呼ばれました。12の分離によってサインを分析する太古のサンスクリット(インド)の方法を使用する事が意味するのは、その誕生日の日付けが水瓶座(人の息子)の乙女座の振動の上に重なり、その間十字の高揚は牡牛座(taurus)の上に重なり、それはそれ自体において実際の物理的な十字を構成します。ヘブライ語において tau は十字のための単語です。故にもう一つの確認が、そのリストに加えられました。水瓶座の星座が、生命の水が注ぎ出されている甕を持つ人の姿で表されているので、血液の塩溶液の完全な純粋化によってのみ、処女/純粋な状態に成る事が出来る事実の象徴化です。これはその処女/乙女の誕生(現れ/体現)を構成し、言い換えると、彼女の誕生日です。

乙女座は、それぞれの国々と人々の中で、多くの名前を有します。彼女はオシリスの妻であるアイシスで;ジュピター(木星)の妻であるジュノで;クロノス(土星)の配偶者であるシビルで;マース(火星)の妻であるヴィーナス(金星)で、金星によって統治されている(乙女座の最後(3番目)のディーカンによって特に体現されていて);彼女はゼウス(木星)の妻であるセレスで;エスキュラピウス(Esculapius)の妻である処女/乙女コロニスで;マーキュリー(水星/ヘルメス)の母である処女マイアで;アイザック(イサク)の妻で妹のレベッカであり;ジェイコブ(ヤコブ)の妻レイチェルで;ボアズの妻ルースで;最後ではありませんが、最もよく知られた様に、彼女はキリストの聖母です。

その乙女の占星学的な解釈は、乙女座は息子に生を与えた後も、処女のままでいられる唯一の存在であると言う事です。9月のその乙女は、1年に1度、太陽を有します。それはまた、必要な精進が成されれば、私達の中でその神聖な息子が現れるための時と場所です。

その時に唯一その処女は「身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた」(ヨハネの黙示録12:1)。

乙女座はベツレヘム(パンの家/太陽神経叢)なので、それが生命のパンを意味すると、私達が理解するのは自然です。「(8月)15日に行われるアサンプション(聖母被昇天の祝日)の時、太陽は完全に乙女座の星座の中に入り、その光線の発散によって、それ(星座)を構成している星々は眼に見え無くされてしまいます、」と、ウェイクマン・Ryno 博士は述べます。

乙女座の最後のディーカンが牡牛座的で、金星の振動によって統治されているので、それは、その中において雄牛がハウスされ、そしてその地点(中間のディーカン)の近くの中でその神聖な子供が生まれる安定性を構成します。

この時点において、牡牛座の章を読み返し、そのサインのミドル・ディーカンが乙女座に関係している事を再確認するとよいかも知れません。5月の初日に重なるそれは、処女/乙女である女神マイアにとって神聖な、メイ・デーとして記念されています。

その自由な女性が乙女座で、人間は、彼、または彼女の処女性/純粋さを会得するまで、決して自由に成れません。故に奴隷制は未だ存在し、そして多くの長い月日にも存在し続けるでしょう。

エルーシニアの神秘はセレス(乙女座)にとって神聖で、そしてギリシャ神話において生と死の交替と言われます。この明言は、このサインへの健康の正しい分配の更なる証拠を与えます。

誤って使われている単語は「治癒(HEAL)」です。「私は、あれやこれの病気から治りました」と言う明言を、私達はどれだけ頻繁に聞かされるでしょう。その単語が意味するのは「完全(WHOLE)にされる」で、唯一、処女的/純粋化された状態を意味します。WHOLE、またはHOLY (神聖)に成るまで、誰も治癒(heal)されません。加えて、誰も他人を治癒する事は出来ません。正に聖書が述べる様に、それぞれ一人一人が、その人自身のために、それを行わなければなりません。一人ずつ、「ヒーラー/治癒者達」と呼ばれる者達は、彼等を完全にしたであろうものにおいて、彼等が(騙し、騙し)逃れた死神によって刈り取られ、亡くなります。彼等は「善き種」を食べさせられなかったので、故に「一つで、唯一であり」処女/乙女の息子である完璧な種(キリスト/オイル)を産出する事が出来ませんでした。

黄泉の国(地球のはらわた)の女王としての、(乙女座-セレスの娘)プロセルピナ(Proserpina)の逸話は、乙女座のネガティヴ(陰的)な解釈で、そしてまた、種のための原型的な名前であるコーンとしての象徴です。それは種-コーンを象徴し、土に蒔かれた時、其処に隠されてあり、そして黄泉の国の神によって持ち去られます。その種が発芽し、芽吹く時、その現れは、処女/乙女であるセレスへの、プロセルピナの回帰の象徴と言われます。

セレスと言う単語の語源は興味深く、「造る事」を意味している、サンスクリット語の「セル(cer)、またはクリ(Kri)」から派生しています。換喩(名前を変える事)によってその言葉は、ラテン語において「コーン」を象徴する様に成りました。

乙女座の、昔のセム語的な名前の幾つかは:「天界の羊飼いのスピリット;雨の宣言者;大いなる嵐の鳥、そして大いなる種の鳥」です。後者の名前は凄く秘儀的であると理解され、その大いなる種は、「生命のパン(オイル)」です。アブナム(ab-nam)は「雨の宣言者」で、その間、Imdugudkhu は、「大いなる嵐の鳥」で、カラスです。乙女座が彼女の手の中に持つスピカは明るい星で、ウルル、またはシルで、「コーンの穂」を意味しています。

乙女座の星座の中のカラスは、ユーフラテス的(中東の)天界的な領域においてシジと名付けられ、そしてセイス博士は「緑っぽい黄色」として翻訳を与え、それは乙女座の色で、そのサインの最初の半分は黄色で、そして後の半分が緑です。付属する色の図表を検証する事によって、ゾディアクのスペクトルの黄緑が、正に乙女座に一致する事が気付かれるでしょう。

ユーフラテス的な星のリストにおいて、私達はサク(Sakh)を見つけ、それはスピカのための彼等の名前で、その大いなる星は彼等によって、その処女/乙女の手の中の小麦の穂として解釈されます。それは、「豊かさの星」として語られます。それはまた、「khi-se」(種の幸運なもの)、そして「Sema」(コーンを産むもの)と呼ばれます。その大いなる種の創造は、実際に身体生理学的な豊かさ/繁栄の証拠です。

Ogygian の時代において、そしてオリエント(中東/東洋)の人達にとって、乙女座は、畑の落穂拾いの人の様に、彼女の手の中にコーンの穂を持った、日焼けた少女として体現されます。

オーヴィッドは乙女座が、彼女の父、イカロスの死後首を吊り、ブーテスとしてイカロスと彼等の忠実な猟犬、プロシオン、またはシリウスと共に、空へと移されたと伝えます。

星の名前とそれらの意味の中で、リチャード・アレンはこう述べます:「乙女座は、無垢と美徳の、最も古く、純粋な、例え話的な体現です。彼女がライオンによって引き寄せられたシビルなのは、彼女(乙女座)のすぐ前に、獅子座があるためです。アヴィエヌスは、彼女を千の名前を持つ女神であり、彼女の手にある小麦の穂を、後に天の川を形成するために落とすアイシスと一致させます。彼女はまた、神聖な王達の最後であり、赤子の南方の太陽神である、若きホルス(朝日)を彼女の腕の中に抱えるとして表されます。このとても太古の姿は、中世の時代において処女マリーとその子供、イエスとして再び現れ、シェークスピアはタイタス・アンドロニクスの中で「乙女座の膝の上の神の男の子」と言及しました。

インドでは、乙女座はカンヤで、タミル語の「カウニ」、または大いなるクリシュナの母である乙女です。ジュデアの地(パレスチナ)において、乙女座はベトゥラ(ベテル/ベツレヘム)で、常に収穫における豊穣のアイデアに関連させられ、「彼のパン(オイル/キリスト)栄養豊富であろう」とヤコブが宣言した、アシェルの部族に対してラビ達によって関連させると、リチャード・アレンは言います。

星の名前とそれらの意味から私達はまた、以下を引用します:「占星学においてこの星座(乙女座)と双子座は水星(ヘルメス)のハウスを構成し、マクロビウスはその惑星が此処において創造されたと述べ;その関連性は、頻繁に彼女(女神/乙女座)の左手の中に表されるナツメヤシの枝の代わりに、蛇によって巻き付かれた使者のラッパである神のカデュッセウス(聖杖/脊椎)によって明らかに現されています。アルフォンサイン・タブレットは彼女を羽根を持つ若い女の子として表し;レイデン文献と1488年のヒギウスは、枝葉とカデュッセウスを持つ若い女性とし;そして1489年のアルブマサールは小麦の穂のリボンを持つ女性とします。

「ですがこれらの姿は、それらがどれだけ太古であろうとも、エジプトの最初の統治者であるメネスよりも遥かに以前の、恐らくホルシェ-シュの時代の先史時代として一般的に主張され、そしてギリシャの伝統によると、ナイルの氾濫の間に太陽がそれらの2つのサイン(獅子座と乙女座)の間を通ったために、獅子座の体と乙女座の頭と共に構築されたとされる、未だに残るスフィンクスに比較されると、まだまだ近年です。」

第5章の中でスフィンクスはライオンの体と人の頭を有していると記述されましたが、後者はその(獅子座の)反対の水瓶座です。故に、スフィンクスは分極的な正反対を表し、猛獣の典型であり、再派生(覚醒)された存在(人)です。個人的に、この解釈は、星の名前の中にあるものよりも魅力的です。

ラテン語において、スピカと言う言葉はスパイク(飛び跳ね)、またはコーンの穂を意味し、故にその星に与えられた名前は、その処女/乙女の左手の中に見られます。ウェブスターの辞書の中でそれはまた、釘、またはトゲとして解釈されています。そのラテン語の意味は、しかしながら、第1の重要性です。

「ヒンドゥー(インド人)はスピカをシトラとして知り、ランプ、または真珠の形とした」とリチャード・アレンは述べ、両方の名前はイエスに取って重要でした。彼はまた、バビロニアにおけるその名前は『Tin-tir-ki/生命の住処の強さ』で、それは同等に善であると明言します。

エジプトにおいてスピカは笛を持つ者であり;また主であるレパです。ギリシャにおいては、この星の移動している位置に続く(観測する)ほぼ接触し合う2つの寺院が建てられ、その神聖な特徴を証言しています。

スピカは、航海において多用された月的な星々の一つで、アレン氏は「それは黄道https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E9%81%93の2度南にあり、天界的な赤道の10度南にあり、5月28日に経線(i.e. 経度0=ロンドン/グリニッジ)に来る」と明言します。それは、(当時の)魚座(春分)、射手座(冬至)、双子座(夏至)、そして乙女座(秋分)に関連した問題に最終章(絶頂)をもたらす傾向のある大いなる力(アスペクト)の位置であると理解されるでしょう。

「乙女座の服とガードルの前の薄紫の星は、Apami-Atsa 、または水の子供と名付けられます。近隣の星と共にそれは、中国において Ping-Taou 、平坦/平凡で平等/同等の道/方法として知られています」と、アレン氏は星の名前とそれらの意味の中で述べます。

乙女座の星々に関連した上述の引用の全ては、この新たな人(覚醒/キリスト化の古い、古い話しは実際に、「平凡で平等な道」で、存在している全ての聖書の全てよりも以前からあると、私達に証明する役割を果たします。それはとても古くからの話しですが、人が、その人の故郷(大脳)に繋がる道の上に、終に足を置いた時に、それぞれの人にとって、全く新しく成ります。

乙女座は実際に物理/身体的な車輪のハブ(中心)で、太陽神経叢の分岐している神経が、そのスポークを形成しています。ブラバッツキー婦人は、処女マリーとこのサインについて、秘密の教義の中でこう言及しています:「点が線を派生させる時、それは中性的なロゴスを意味する直径に成ります。息子が、その母親から分離された時、彼は聖父に成ります。」故に聖書の中でイエス(種)は、その寺院の中で説教し、(乙女座/太陽神経叢の中心から分離され)、そのオイルによって洗礼されるために、ヨルダン川(脊髄)に入り、そして上昇(アセンド)します。

早期のキリスト教徒達は、その神聖な精霊(脳下垂体、またはアイシスからの生命の水)を、聖父-息子の息を構成している(火の様な2つに割れた舌の)火の形として象徴しました。身体生理学的な行程において、その火は水、または海(Mare、または Mary)の中へと降臨します。故にそのイエス(小さな息子/種)は、火、またはスピリットと、水、またはマリーの統一に生まれた、または形成されました。

神話が私達に教える様にヴィーナス(金星)は、ウラヌス(天王星)の負傷において海のあぶく(泡)から誕生し、そして故にギリシャ人達によってアフロダイテ、あぶく産まれと呼ばれました。天王星が、人の息子である水瓶座の統治者なので、その負傷の結果として海から誕生した、ヴィーナス(金星)がマリー・マグダレンの類推であるのは明らかです。ヴィーナスに関して、「彼女の刺繍されたガードルの中に愛と熱望が隠れていて、そして愛する事は賢明な者の知恵さえも盗み反転させる」と言われます。実際に、肉欲、または(Venus と同じ語源から派生した)venality (金銭欲)は脳からその力を奪います。

1932年において、ネプチューン(海王星)と共に働くためにジュピター(木星)が乙女座に入る時、とても大規模な騒動、そして海底の隆起(激動)、津波、地震、そして大きな地滑りを予測するのは当然です。その車輪のハブ(中心)はそれ自体を再調整する事を求め、古いものがその配置/配列からずれてしまったので、バランスの本当の中心を創造しようと求めます。

ブラヴァッツキー婦人は、「ジュピター(木星)は、その栄光の頂点を得た後、それぞれの根源的な民族の下向き(退化)の傾向を止める、不変のサイクル的な法則の、単なる人格化でしかない」と明言します。ですから、再び、ジュピターが乙女座を通過する際に、その神聖な聖母が、神聖な子供と共に大きく成る事が出来る様に、彼女を実らせるその試みにおいて、私達は神聖なマインドが、それ自体を再主張しているのを見つけるでしょう。

乙女座はフェニックス(不死鳥)で、それは復活させられた時、再び - 不死への人の望みに成るでしょう。

G. A. ガスケルの聖書と神話の全ての神聖な言語の辞書の中に私達は、処女/乙女への素晴らしい言及を見つけ、その全ては上述を補強します。

「その処女/乙女は:純粋化された感情、または、情熱-マインドによってもう実らされない、純粋化された、より低い(動物的な)本質の象徴です。」乙女座は、この章のその他の場所で明言された様に、不毛の地球/大地のサインで;そしてスフィンクスが獅子座として、乙女座の頭を持つであろうが、水瓶座の頭を持つであろうが、その解釈は同じです。

ファイロ・ジュデウスの De Cherub, 14, 15 からのガスケル氏の引用はどれだけ相応しいのでしょう:「 男達の集まりにとって、子供達のための繁殖は、処女達を女達にします。ですが神が魂と共に関連し始める時、彼は、以前には女であったものが、再び処女に成る様にそれをもたらします。それが女性的にさせられた異質で、変質的で、非-繁殖的な情熱を追放する事によって、彼はそれらのために本質的で、高貴で、純粋な徳を入れ替えます。神が、正に真実において処女である、汚されておらず、触れられていなく、そして純粋な本質の彼女と対話する事が相応しいためです。」

上述は、子供達の創造のための、性別の間の集まり(性交)でさえ、最終的に、物事の自然の摂理において、体の中に残ったままの、多くの小体(遺伝子)を、両方の体から奪うと言う、私達の以前の明言を実質化させます。

それは、ファイロ・ジュデウスが明言する様に、非-繁殖的な熱望(肉欲)の結果です。絶対的な繁殖性は、体が一つの小体(遺伝子)でさえ奪われる限り、存在出来ません。

ガスケル氏によって引用されたハルナックの「教義の歴史」の中で、司教メソディウスはこう言います:「遥かに素晴らしく、栄光的なのは処女性(無垢/覚醒)です。この最も高貴で公正な行いは、非腐敗の花であり、最初の実りです・・・無垢のその状態は、誰でもそれに届くわけではありませんが、それが転生の目的です。私達が理解しなければならないのは、無垢は、地上を歩いている間に、天界(大脳)に届くと言う事です。」最後の一行の意味は、「純粋化された、より低い本質(地上)が上昇させられ、より高い本質(天界)と共に統一すると言う事です。」

乙女座はマヤの子宮で、ガスケル氏が述べる様に:「星的、そして物理的に創始的な物質の象徴で - それにおいて世界の魂(world-soul)が involution (複雑/混乱)の期間において受胎され(産み出され)、そしてそれから複雑化のサイクルの現れる存在へと、それはもたらされました。」乙女座が、占星学的にも、身体生理学的にも、引き込みの力である複雑化を意味すると言う、私達の以前の明言に、ガスケル氏が同意しているのが観測されるでしょう。

「神聖な要素、スピリット的な覚醒が、私達のありふれた領域の、あらゆる神の様な(God-like)進化のために必要で:それは処女懐胎(無垢誕生)です。より低いものが、より低いものに働いても、より高いものを産出する事は決して出来ません。野蛮さを背後に遺す神聖な人格を、より低いもの(動物性)を通して産出するのは、より高いもの(オイル)の、より低いもの(太陽神経叢)への降り注ぎで、入り込みです。それにおいて、イエスが神聖であると同時に、人の子であったと言うのは真実であると言う、これがその感覚(意味)です。 - R. J. キャンベル、「新たな神学」洞窟における入門者の入門の儀式、イエスが洞窟の中で生れた事、そしてフリーメイソンリーの第13階級は全て、私達の中の新たな人の形成の象徴です。

ガスケル氏からの引用を、私達が完結させるにおいて、私達は、ゾディアック的なサインとしての、彼の乙女座への言及を与えます:「生命のサイクルにおける第6番目の期間の象徴です。それは、スピリットによって完全に浸透され情報伝達された、物質の一つの完璧な母体の中に結果している複雑化の行程の完結と、そしてそれに続く進化の6つの期間の間に、多くの魂において、質と the Christ (オイル)をもたらす準備が出来ている事を象徴します。人の原型であるキリストは、複雑化の中で完璧化され、そして死に、進化の間に全ての物事を、聖母たる物質としてもたらす原型的な乙女座でもまたあります:『天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、(王座も主権も、支配も権威も、)万物は御子において造られたからです。(つまり、万物は御子によって、)御子のために造られました。』」コロサイの使徒への手紙 1:16。

上述の聖書的な引用が極度に相応しいのは、それが丁度完結されたばかりの身体生理学、占星学、そして形而上学的な分析と、キャリー博士が乙女座のサインに分配するカリ・サルフ、または硫酸カリウムとの融合の間の完璧なリンクとして担うためです。正に真実においてこの塩から、全ての物事(万物)が得られるのは、それがオイル自体を造るものであるためです。聖書が明言する様に、キリストは全てなので、そのオイルもまた真髄です。その第6番目は、5つを含み - そして真髄は5番目を意味し、自然体における最後、または最も高い本質、もしくは力で;純粋で濃縮された本質です。

essence (エッセンス/本質)と言う言葉は、「to be/~に成る、~である」を意味するラテン語のesse (エッセネ派のエッセ)から派生したので、それは、故に、ありかたの本質(存在)です。それは生命自体が頼りにする、正にその実質です。真髄は、故に、N 番目に洗練させられた本質です。N は、代数学において方程式が立てられる最も高い累乗(指数)を表現するために使用される事が思い出されるでしょう。

エッセンスと言う言葉のとても古い解釈は、何かのものの髄質、骨髄、または髄/中果皮です。その髄の意味は、重要、または本質的な部分である - 強さ、または生命力を含む - 窪み、または殻です。

中世の英語の言葉において、骨髄(marrow)がマリー(MARY)であると見つけるのはとても興味深い事です。骨髄は高度に導管的で、殆どの骨の中身を満たす柔らかい繊維です。長い骨の骨髄は、95%が脂肪であると言われるので、それは実質的に濃厚なオイルとして理解されます。

再び私達は、言葉自体の意味から、私達の元々の発見の確認を得ました。マリー、骨髄、オイル(脂肪)、そして乙女座は全て同義語です。私達は再び、アシェルの支族に関連したヤコブの明言を思い出してみましょう、「彼のパンは、脂肪に成るでしょう。」

自然において、真髄はエーテルと共に分配され、それはオイルのための強力な引き寄せを有し、人体におけるその物質的な反対部分です。故に燃焼が原因されます。ですが覚えておかなければならないのは、丁度、地下に見つけられる原油に多くの種類がある様に、オイルがそれぞれの個人の中でにおいて様々である事です。体の中のその他の部分のオイルと比較されると、脊椎菅の中のオイルが最も洗練されています。ですが此処においてでさえ、本当のクリストス(オイル)の本質を成す純粋化の度合が得られていないのが事実です。これは体の化学的なフォーミュラが、完璧、またはキリスト的な人に成るまで達成されません。大脳の中のそのランプ(視床)は、脊椎のオイルが十分に洗練されるまで、スピリット的に灯されません(悟れません)。この題材は、後に出版される神-人の第二巻の中で更に熟考されるでしょう。

オイルとは何でしょう?その題材を十分に知るために誰が研究したでしょう?数年前に私は、ハリウッド高校によって収集されたオイル産物のコレクションを見る機会がありました。其処には洗練されたものと同時に重い潤滑のオイルもあり、特殊なフィルムの色を含む、あらゆる種類の染料があり;様々な種類の薬と多くの種の香水がありました。それが完璧なものなので、オイルから全ての種の産物が得られる事が出来ると言う私の明言を、疑う人は、すると、いるのでしょか?最終的にそれは、肉眼の視覚を超えて、見えなくなるまで洗練されるでしょう。

オイルは、もし人が立ち止まって考えれば気付くように、素晴らしい世界です。それは実際に、口から、オイルに満たされて流れ出ます。それをゆっくりと発音して、そして見て下さい。

その言葉のカバラ的な分析において、私達はそれが合計2に成ると見つけ、それはヘブライ語のアルファベットの2番目、Beth に分配されます。此処において私達は、乙女座が Bethlehem であると言う私達の名言に、追加的な協力証言を得ます。

OIL と言う言葉の文字は、タロットから解釈された時: O 、または Ayin は眼を意味し、そしてそれは - その眼に見える現れである - 物質への神聖なスピリットの入魂との類推です。I (ヘブライ語において、I, Y, J は同じです)は人差し指、または人の手を意味し、そしてポテンシャル(効能)的な力を象徴します。I はまた、保存者であるヴィシュヌー(フィッシュ)です。L はラメドで、牡牛の突き棒、または腕/武器を意味します。それが典型するのはバランスされた自然の拡張的な運動です。

上述の解釈を融合させると、私達は、この3つ、または3重の文字の言葉が、エネルギーの眼に見える現れであると見つけます。それは保存者を構成する物質で、それはバランスされた本質で、大いなる拡張的な運動が可能です。これが、実際に、オイルの正しい解釈であると、それは直ぐに気付かれるでしょう。それは 「Natura Naturata (自然の中の自然)」(神聖な本質から続く、または進むもので)、言い換えると、完璧なものの産物です。

オイルは正に、人の体と同時に機械の燃料、溶剤、潤滑、そして純粋化です。薬としてのその価値は、古代人達によってよく知られていました。毒の中性化としてのその認識は、ホレイスへの叙情詩からの以下に続く引用によって供給されています:

「毒の如く油は嫌う。」

ハンセン病は、特定のオイルの使用によって治癒察る事が最近、発見されました。

歳を取ると、人間の体はオイルにおいてとても不足し、そして故に乾いて縮んだように見えます。皮膚、毛髪、内臓器官、そして骨は全て、それらのオイルの完全な分配分が必要です。(リンフと名付けられた)リンパ腺の液体は、十分なオイルを持っていなければなりません。それがある時、それはこの液体に美しい白乳の色を与えます。

海は、この塩のその他3つのコンビネーションに加えて、カリ・サルフ、または硫酸カリウムの膨大な量を含むと言われます。海の特定の部分において見つけられる琥珀、または竜涎香(りゅうぜんこう)はマッコウクジラの消化管からの病的な排出と言われますが;それはまた堆積土の中において、化石としても見つけられるので、それが、その他の素材と共に融合され、そして固まった、濃縮されたオイルの集合体であると、最終的に証明されると、私は予測を建てましょう。それは高度に電気的です。

何年も以前に、リービッグはポタシウム(カリウム)は動物の体にとって不可欠なアルカリであると明言し、そしてこれは人間の体にも真実です。硫酸とのコンビネーションにおいてそれは、オイル、または硫酸カリウムを形成します。の体は大量のこの塩を含むと言われ、それは羊肉の脂肪が治癒の性質を持つとされる理由かも知れません。羊は、凄まじい量のポタシウム(カリウム)を発汗において放出すると言われ、生のメリノ羊肉の重さの1/3は、ポタシウムの調合物を含むと言われます。此処で再び私達は、羊のサインである牡羊座と同時に、「世界の罪を取り払う」神の子羊を創造する、処女である乙女座としての、リン酸カリウムの正しい分配の証明を有します。罪は、不足と同時に病気を意味するので、その明言は鮮明です。

3種のコンビネーションの全てにおけるポタシウム、または(化学的に知られている様に)カリウムの不足は、悪性で有毒な病気の原因に成ります。特に、硫酸カリウムにおける不足は、それらから苦しみます。彼等はまた、悪く(古く)成った食べ物から、簡単に毒されます。彼等は、彼等のダイエット(食事)について、極度に慎重に成るべきです。

硫酸カリウムは燃料として働くので、それにおける不足は、人が窒息感を感じる原因に成り、特定の大気的な状態においては大いに苦しみます。魚座は乙女座の(ゾディアックにおける)対極で、鉄分、または鉄が分配されるので、上述の症状は、十分な酸素が得られない時に、通常、悪化させられます。空気が無い場所において燃焼は起こる事が出来ません。

硫酸カリウム不足を示唆する間違いないモードは、午後、または早い夕方における体温の上昇です。また、冷たい空気のための熱望です。それはまた、重度な顔面潮紅の原因です。女性の人生における更年期と呼ばれる期間にそれらの潮紅は大いに強まり、多くはそれらから極度に苦しみます。移動する痛みはもう一つのモードを構成します。

乙女座、魚座、双子座、そして射手座生まれの人達に、様々な時において現れる多くの症状の内の幾つかは:鱗の様で粘着性のふけ;黄色、または黄緑っぽい眼からの分泌;結膜の炎症;鋭く、斬るような痛みの耳鳴り(この塩はこの問題のために、特に子供達のために特定的で;耳はこの薬(硫酸カリウム)で、毎日シリンジを使って慎重に治療されるべきです);内耳の腫れからの聴覚障害;頭と喉のカタル(炎症/鼻水)状態で、短期、または長期的な、粘着性の黄色、または黄緑色の物質の分泌(この塩は、風邪をひいた時に十分に与えられるべきで、そしてそれは一般的に発汗を促します);鼻づまりの風邪;移動する定期的な痛みで、午後に成ると悪化する顔の神経痛(温かい大気で悪化し、冷たい空気で改善します);鼻、顔、または体のあらゆる部分における癌(硫酸カリウムと鉄分の注射は、内臓的、また女性器的、そして子宮的な癌に対して頻繁に与えられるべきで;硫酸カリウムはまた、その部分に届く事が可能な時に何時でも応用されるべきです)。その他の症状は:熱い飲み物への恐れ;喉の渇きを感じない状態;胃熱;全ての内臓的な問題;腸チフス性、または発疹チフス性の熱;膀胱炎;性的な異常;気管支炎;午後に悪化する咳;肺炎;酷い咳;熱く乾いて荒い皮膚;関節の移動し、場所を変える本質のリューマチ的な痛み;胸の中の粘膜の rattling (ガラガラする音)とgurgling (ゴロゴロする音);関節の菌性の炎症;薄く黄色で液体性の物質を分泌する全ての腫物;粘着性の土台からはがれる皮膚の鱗化;湿疹;敗血症;チフス、そして天然痘です。当然、その他の症状がありますが、それらは後の研究の中で考えられるでしょう。硫酸カリウムは、新たな皮膚の形成のために、子供達の病気の全てにおいて与えられるべきです。

この章を閉じるにおいて、この塩を表現する幾つかのとても注目すべき点が与えられるべきなのは相応しいでしょう。

ポタシウム・サルフェイト(硫酸カリウム)は14世紀から知られていて、私達は、ブリタニカ大辞典を調べてみると、17世紀においてはアルカナム(ARCANUM)と名付けられていた事を見つけます。ARCANUM はラテン語の名詞 arca (箱、または大箱)から派生し、また arcere (囲む事)と言う動詞から派生するので、それは秘密、または神秘を象徴し、それは私達の証拠のリストに更なるもう一つの確認を加えます。ウェブスターの辞書は、それが強力で、自然的な媒体、不死の妙薬にまた言及すると加える事によって、その後者を更に明瞭にします。

アーク(arc/弧)そしてアーチ(arch)と言う言葉は両方とも、この語源から派生し、太陽神経叢に帰属しているとする、フリーメイソンリーのロイアル・アーチ階級への、私達の以前の言及を更により興味深くします。

ギザのグレート・ピラミッドは、高低エジプトの間の線の上に造られたので、それはまた太陽神経叢と共に分配され、その上部は、目に見えるピラミッドで、そしてその下部はその影です。ヘブライ語においてそれは「暗闇」を意味します。高エジプトの元々の象徴は曲がった葦で、アーチの象徴でした。太陽神経叢と内臓(腸)は、暗闇の場所を構成します。この大いなる神経節が実際に、アーチ(架け橋)の類推なのは、それがエネルギー(電気)のための受信と配信の局であるためで、そしてそれが機能しなくなると、麻痺が結果します。

硫酸カリウムのはもう一つの特徴的な名前があり、SAL DUPLICATUM で、それは増幅、または二倍に成る塩を意味します。最も興味深く、悟り的なのは、この用語の説明です。この塩は、その名前 DUPLICATUM (倍増)を、その美しい結晶が、二重の、6つの側面があるピラミッドを形成する傾向がある事に由来し、そして本当は斜方晶系に帰属します。

あらゆる塩が結晶化する形状は、当然、その振動率により、そしてこれ(振動率)は、その形を保つために続かなければなりません。電気的な実験は、私が個人的に目撃した様に、これが真実であると証明しました。それぞれの石は、それら自体の個々の光と色で発光します。故に斜方形(菱形)の形状において結晶化する事は、ウェブスター(の辞書)が明言する様に、硫酸カリウムの振動が、「スピンしている天辺、またはマジック(磁石)の車輪の様に」において運動します。この最後の明言がとても相応しいのは、太陽神経叢が実際に生命のマジックの車輪であるためです。再び、その結晶が、二重の6つの側面のピラミッドを形成する事実が、追加的な確認を与えるのは、それらが12に合計するためで、それは太陽神経叢の12の分類に分配されるためです。

GREAT ARCANUM (大いなるアーカナム)の秘密を含む、珍しく貴重な本の内の一つは、パラセルサス著の「化学的な通り道」と題された本であると言われます。それは、実証的な物理学の秘密と、最も秘密のカバラを扱い、ヴァチカンの図書館にあると言われます。その宝が、情報を得る事を熱望する者達に、もう直ぐ解放される事が期待されます。

この題材について、証明の上の証明が利用可能なので、更にもっと記述される事が出来ますが、私達はサー・トマス・ヴァウガンの素晴らしい研究からの以下を与えましょう:「これは、貴方が、貴方自身の中に持たなければならないで;これは、地上に落ち、そして百倍に倍増するです。」その処女の息子がそので、そしてその地上は土のサインである乙女座で、大宇宙的、そして小宇宙的な土/地上です。

太陽神経叢が、その完璧な二重ピラミッドを造る事が出来るためには、人間の体が十分な硫酸カリウムを有していなければならないのは、この本の読者達には鮮明なはずです。そうすれば実際に、エジプトの暗闇は飛んで無く成り、そして全ての悲しみ、病、そして死は - エジプトの流行病の全ては - 永遠に消え去るでしょう。

「あなたたちは、あなたたちの神、主に仕えねばならない。主はあなたのパンと水を祝福するであろう。わたしはあなたの中から病を取り除く。」出エジプト記23:25.

「私は女王マリーに成り、そして神に生を与えなければない;もし私が祝福において今、そして永遠に生きるなら。」 - シーファー。

VII. THE ANALYSIS AND SYNTHESIS OF LIBRA AND NATRIUM PHOS
7.天秤座とリン酸ナトリウムの分析と調合


「天秤座の秤は、雄羊の角がそれらの下に置かれるまで、斜めに傾くでしょう。」
- Compt de Gabelis

以前の6章の中で、春分の日(3月21日)と共に始まる、6つの北方のサイン(i.e. ゾディアックの北半球)を通った太陽の通過が描写されました。太陽が赤道の南のその旅を始める時である、秋分の日(9月21日)が今届かれました。この時に、春分、またはヴァーナル・イクイノックスにおいても同様である様に、日中と夜間の長さは何処でも同じです。秋分は、ほぼ、9月22日前後に始まります。思い出さなければならないのは、そのサイン(天秤座)は9月の最後の週において始まりますが、10月の2週間も含まれている事です。故にそれは後者の振動に、より深く拘わっています。

リブラ(天秤座)と言う名前は、パウンドのためのラテン語です。パウンドは秤のための重さの単位です。秤の1対が、このサインのための象形です。10月(オクトーバー)は8を意味し、3月の春分の日と共に始まった8番目の月なので、私達はこの数字を分析しなければなりません。

8は、4+4、または二乗によって構成され、故に秤の皿の中の2つの重りを構成する□+□です。このサインの分析の根底にあるアイデアは、バランスで - 均整です。宇宙的な感覚においてそれは1年の2つの半年です。身体生理学的にそれは、腎臓、アドレナリンの腺、そして膀胱に関連していて、それらは重要な器官の最後と、体の最初の半分、または重要な部分を構成します。牡羊座と共に始まる7カ月は、1年の重要な月を構成します。ゾディアックのサインの最後の5つには、部分的に一致する重要な器官(内臓)はありません。

体の、より下部の部分の健康は、重要な器官の完璧な機能に頼るので、同様にインヴォルーション(複雑化/退化/老化)はエヴォルーション(進化/成長)に頼り、そしてその逆も然りです。自然の力は、土の母体、または子宮である - 乙女座へと集中された後、今、吸い込んでいます(蓄えています)。

1年のこの時期において、何が起こっているのかを知っている者達以外にとって、植物は命を失った様に見え、非魅力的に成ります。彼女の全てのムードにおいて自然を理解するのは彼等です。彼女は今、全く新たな働きを始めていて、彼女の力を蓄えています。秋は収穫の時期なので、彼女は、春において再び返り咲く準備が出来る様にそれら(力)を蓄えています。

天秤座は(ゾディアックの)7番目のサインで、風(空気のサイン)の3重性の2番目で、双子座が1番目で、水瓶座が3番目です。それは金星の統治下にあります。最初のディーカン(30度の内の10度)は本質的にこの振動の下にあり、真ん中のディーカンは天王星と土星の融合された振動の下にあり、その間、最後のディーカンは、水星との共同統治の対象です。故にこの惑星(金星)の過ち(悪い影響)と特質(良い影響)は、共同統治者達の振動によって、変化させられたり、強化させられたりします。

乙女座の最後のディーカンが、金星の共同統治の下にある事に着目するのはとても興味深い事です。その後者の振動が影響され、そして私達は、風(空気)の拡張的な力の下で、(振動が)より速く成ると、思い切って提案出来るかも知れません。故にこの時点において、その輪に加わっている2つの金星の振動があり、乙女座の最後の10度と、天秤座の最初の10度です。これはまた、その(ゾディアックの)輪の反対側にも当てはまり、(金星の代わりに)火星の統治の下で、魚座の最後のディーカンが振動し、そしてそれ(火星)はまた、牡羊座の最初のディーカンを圧倒的に統治します。

火星がエネルギーを意味し、そして金星は物質/素材に拘わっているので、それらの振動はその輪のそれらの2つの地点においてお互いと交差し、それらは2つのイクイノックス(春分/秋分点)です。エネルギーは、物質/素材と共に働いていて、これらの2つの地点において、1年の輪と生命のサイクルを閉じます。

聖書の逸話の中において、水星がヨセフ(ジョセフ)です。彼は多くの色のコートを持っていて、それが適切なのは、水星(ヘルメス)がマインドであるためです。思考には無数の影(色合い)があり、そしてマインドは脳の化学的な状態に沿って色づけられます。純粋化され、完璧化された時、それはクリスタルの様に鮮明です。実際にそれは正にダイアモンドの如く、その無数の表面が、虹の美しい色の全てを反射しています。

ウェイクマン・ライノ博士は、博学なブライアント博士がこう述べているのを引用します:「神々の名前ベリト(Berith)は、単一形において BER で、ラテン語の言葉、Septem (7)、Octo (8)、Novem (9)、そして Decem (10)、との連結(コンジャンクション)において未だ保たれ、私達の Septem-Ber (9月)、Octo-Ber (10月)、Novem-Ber (11月)、そして Decem-Ber (12月)です。その神々、ベス、バアル、ベリトは、太古のツァバイズム、または星の信仰から由来しています。バランス、または秤の2つの皿は、古代エジプト人達によって、『2つの真実』として知られていました。」

ヨセフの聖書的な逸話において、ポティファルの妻が、ヨセフを誘惑しようとしましたが、「彼は、彼の衣服を彼女の手の中に残し、そのから逃れた」のが思い出されるでしょう。水星が乙女座のハウスを通過するのは、金星のディーカンを通してです。ヨセフ、または水星(ヘルメス/マインド)は肉欲によって誘惑されません。

天秤座のサインは、主が休まれた7日目を体現します(i.e. ゾディアックの7番目のサイン)。その日は、「リンカーンの日」や「ウィルソンの日」、等々において表現された時間の期間(休日)を構成します。(派生を意味し、子宮における子供の形成である)創世記において、私達は創造主が7つの重要な器官(i.e. 上半身)の形成に忙しく携わっている事に気付きます。これが達成された時、主が創造から手を放すのは、その様に形成された器官は、機械の7つの部分であり、それらに必要とされた機能の全てを行う準備が成されたためです。

太陽は、春分、またはイースター(復活祭)において、牡羊座の中の、神の子羊として復活させられ、成長と生産力の様々な段階を通った後、今此処で、(西 i.e. 秋分において)冬の暗闇と寒さへと下降する準備をするのは、熱が地上へと(力が乙女座へと)吸収されるためです。

地球自体が、彼女のバランスを取り戻さなければならず、それは実質的にその働きの始まりと終わりを体現します。故に私達は、日曜日、7日目、または休息の1日を有します。

1年のこの期間における満月が特別な重要性なのは、森の野生の生命に対するその影響が多大であるためです。このハーモナイズ(調和/同調)的、またはバランス的な月の影響の下で、自然的に敵である動物達は、敵対する事無く一緒に戯れる、または何も無く過ごすと言われます。それらは、その影響が弱まった時、それらの戦い(弱肉強食)を再開します。

金星(天秤座の統治者/ヴィーナス)は、古代人達によって、ウラヌス(天王星)の傷付きの際に、海のフォーム(形状/泡)から派生したと言われます。後者(天王星)が人の息子(i.e. 水瓶座)のサインの統治者なので、彼の「傷付き」によって何が意味されたのかは明らかなはずです。

金星(ヴィーナス)の名前の語源はチャーム、魅力、そして官能的(肉欲的)な愛です。人のマインドはとても歪められていて、これ等の2つの言葉の繋がりが調和しないと気付く人は殆どいません。官能的/肉欲的な愛情は、正しい表現です。愛情(affection)は「影響する事(to affect)」を意味し、一時的な感情に関係しています。それは本物では無く偽物です。シェークスピアからの1行はその描写です:「汝は私のマナー(作法)に影響します。」

金星(ヴィーナス)の丘は身体生理学的な表現で、性器の上部の恥骨に言及します。venery (肉欲)はまた、同じ語源から由来し、性交を意味します。vener と言う言葉はもう一つの派生語で、「狩り、または追跡」を意味します。これがどれ程応用可能かを理解するのが容易なのは、ギリシャ神話において、ヴィーナスが、彼女の息子であるキューピッドに、「愛」の矢を的に狙わせる事が描写されるためです。

その昔、venison は、狩りによって得られる肉でしたが、現代において鹿肉を意味する様に成りました。私達は認識したく無いかも知れませんが、大いなる「狩り」はそれでも一貫的に行われています。そして幾らかの人達は、女性だけがその対象と考えるかも知れない間、その様な事は事実ではありません。女性は男性を求め、全ての種類との経験が蓄積され、最終的に、精神的、そして肉体的なバランスは、この方法では決して得られないと証明するまで、そうし続けます。最も崇高な場所、大脳である牡羊座は、天秤座の(ゾディアックにおける)正反対です。キューピッドの矢が、アイシス、またはマリーのまたの名であるサイキを傷付けたのは実際に本当です。魂、または創造的な液体は、脳下垂体から派生され、人の進化の段階にそって、月、金星、または海王星によって統治されています。金星との親密性は正に「賢者でさえ賢さが奪われます。」

発狂の10件の内の7件は、性的な過剰によるものであると、一般的な医師達にはよく知られている事実です。牡羊座と天秤座は、一つの柱のプラスとマイナスの極で、そしてゾディアックにおけるそれらの位置は、上記の理由のために確立されています。大脳が終に完璧化された時、精神的バランスが結果します。

キューピッドは情熱を意味し、cupidity (金銭欲)は同じ語源から派生します。それは憧れ、または欲深さを意味します。キューピッドの矢は、をつける事に決して失敗しません。

キューピッドとエロスの現代における理解において、違いは殆どありません。ですが私の探求は、はっきりとした、そして最も驚きの違いを発見し、それはセックスと避妊についての真実の中で完全に説明されるでしょう。此処においては、キューピッドが、陰的であり破壊的で、エロスが陽的であり建設的な、創造の段階だと明言するだけで十分でしょう。

オペラの多くは肉欲に対する苦しみ、または勝利を扱います。ワーグナーの素晴らしい創造である Tannhauser の中で私達はヴィーナスブルグ(ヴィーナスの山)の洞窟を扱うテーマに出会い、その中で「愛」の女神は音楽、宴会、そして性的な快楽の方法で人を惑わせ、日のの下へ戻る事から、彼等を妨げます。

此処において与えられた証拠から、金星を愛の星と解釈するのは過ちであると気付かれるでしょう。しかしながら、一般的な解釈の催眠術が、しばらくの間、未だ保たれるのは事実でしょう。それぞれの、そして全ての占星学者達が、金星の正しい意味を与える様に成った時にのみ、それは改善するでしょう。

この惑星の下で生れた人達の、誘惑的な形状と、美と、そして魅力は、彼等の道義的な均整に対する厳しい試練に必然的に繋がります。ですが、金星の振動が上昇させられ、もう、マリー(水/海)・マグダレンのものでは無く成った時、彼女は水の統治者である海王星です。海王星の家である魚座はゾディアックの最後のサインで、それがその行程の完結なので、理解、またはのハウスです。

金星には、人を過剰/やり過ぎへと導く傾向が常にあります。彼女は略奪し - 奪い - それはが決して出来ない事です。古典的な神話から引用された以下の文章は、金星の本質を完璧に表現します:

「人を、彼の重労働から騙すための、柔らかいほのかな唄声;
台無しにするための、誘惑している幾つかの消えた微光
憧れが野生で無駄な、朝の仕事。
そしてもし焦がす様な平野を渡り、
彼が彼女を求めるなら、彼女は情熱で
彼の心を焼き、そして彼が
海の陰鬱な涙の中で震えながら
振り向く時、西風の嘲笑いを聞くでしょう。
それは Medicean: それは彼女の太古の巧妙さが見せる
技術だと私はよく知っていて - 
彼女は刈り株の畑を赤いゴールドに変え;
空っぽの距離を彼女は紫のガーゼの中にたたみ;
彼女が口付けた冷たい霧は温かく成り;
裏切る愛と裏切られる愛は憎しむ様に成り
そして、遅かれ早かれ、更により深い嫌悪に成ります。」

ですがその詩人は、純粋化された金星は以下であると唄い続けます:

「汝もまた、おお、よりフェアなスピリットよ、
此処、上げられた丘の上で歩きます:
胸の中の想いが沈められる時は何時でも
世界の内的な美は動かされます;
夜のドームを満たす星光の中、
もしくは西へと曲がる終わり無き水:
その美の覆いを通して愛した者達にとって、
全ての物事の魂は、美しく、そして最善です。

彼は誘惑者からの開放のための祈りを声にする事によって終わらせます:

「おお、生命の美しい音楽を台無しにする
性急と雑音と熱から私を救い給え:
そして其処のより低いアフロダイテから - 
私が振り向くと、今でさえ近くに立っていて、そして
おお、我が魂よ、どれだけフェアなのだろう!」

金星はまた、古代人達によってルシファーとも呼ばれ、そしてスミスの聖書用の辞書の中に私達は、この題材に関連した以下を見つけます:「ルシファーは文字通り光をもたらしているを意味します。その名前は、イサイア14:12の中で「朝の息子」の別名と対にされ、そして明らかに明るい星を意味し、そして恐らく、私達が明けの明星と呼ぶものでしょう。この文章の中でそれは、輝きと彼の失墜におけるバビロンの王の象徴的な代理です。天界からの彼の転落におけるサタンへの(聖者ジェローム以降の)その応用は、バビロニアの帝国が聖書の中で、暴君的で自己-偶像的な権力の一種として表され、そして特に世紀末における邪悪なものの帝国に関連させられている事から、恐らく派生したのでしょう。

バビロンと言う名前はバベル(混乱)と同じ語源から派生し、それは神 IL (エル) の門を意味します。天秤座は秋分の重要性なので、それは神の4つの門の一つで、言い換えると、春分/秋分と夏至/冬至の事です。これらの時期において、重要な変化が自然の中で起こり、そして人の体の中の最も重要な器官に関係しています。

占星学的な逸話の中で、太陽は天秤座を通過している時に、転落していると言われます(i.e. ゾディアックにおいて、南半球/下半分に下降する)。

イサイアからの引用の最初と最後の節は、私達自身の金星の分析と共に完璧に配分される、良い言葉の構図を与えます。

「ですが貴方は、その穴の横の地獄(i.e. )へと降ろされるでしょう。」

その文章全体の読者が見つける様に、ルシファーは、最も崇高(大脳)に入れ替わろうとした事が更に説明されるでしょう。これは文字通り、そして身体生理学的に本当です。繁殖は、性的な行為において消費された小体(遺伝子)を、脳と体から奪います。これらの小体が、快楽的な感覚を創造するために無駄使いされた時、その性的な行動は神聖な精霊に対する罪に成ります。

金星は、彼女のバランスを取り戻さなければならず、そして天秤座の統治者としての彼女の働きは、この目標を達成する事です。

これが、身体生理学的、そして解剖学的に何を意味するのかが、此処で説明されなければなりません。「輪は通らない(The ring-pass-not)」と言う表現を知っている研究者達は、それが実際に何に言及しているのかを知りません。恐らく一人の著者(ブラヴァッツキー婦人)を除いて、この題材の思考は、殆どの部分において間違いでした。良くてもそれはとても不完全で、非悟り的でした。人間の体における解剖学的な輪が完全に理解された時にだけ、この驚きの表現は鮮明に成ります。

最初に、遥か太古の昔から、占星学は天秤座を腎臓と共に分配し、そして更なる研究は最終的に、膀胱とアドレナリンの腺もまた、このサインの下に来る事を証明すると、私達は確認しましょう。

腎臓のための昔の、または原型的な名前は「reins」です。再び、私の大好きな表現「言葉を研究しなさい」を繰り返し、私達はこの昔の用語を思考し、その題材にどの様な光を当てるかを検証してみましょう。

ウェブスターの辞書は、その言葉がラテン語の retinere から派生し、抑える/抑止する事を意味すると私達に教えます。それはまた、馬勒の紐(手綱)に言及し、その両側のカーブ、またはくつわに結ばれ、それによって騎手、または操縦士が、馬やその他の動物を操作します。私達は最後の3つの言葉 - 「その他の動物」 - を、利益と理解と共に繰り返す事が出来ると、私は信頼します。人類がその他の動物で、そうでなければバランスされた様に成る働きは存在しない様に成ってしまします。

その他の意味は:統治する、操作する、抑制する、抑える、支配する、導くです。ラテン語の辞書の中に私達は直接の翻訳を見つけ、それは私達にもっと良い解釈を与え:しっかり掴む、後ろに保つ、引き留める、征服を保つです。

金星と天秤座の私達の以前の分析と、これ等の解釈を分配すると、私達はそれらが完璧にリンクする事を見つけ、そして私達の題材に更なる光を当てます。

精神的、そして肉体的にバランスされた様に成るためには、大脳のエッセ(本質)であるマリー(乙女座)その転落が無い様に(太陽は天秤座の中でその転落/下降にあります)、情熱(ライオンである獅子座)が、抑制されなければなりません。それらは REINED IN されなければならず、手綱で保たれなければなりません。もし(左右)両方の手綱が同等に引かれれば、馬は道の真ん中(バランス)に保たれます。もう気付いているでしょうが、動くものであれ、動かないものであれ、はっきりとした理由無しで、物体、または物事に名前は与えられません。

人間の体の一つの小体(遺伝子)が、その生命を失い続ける限り、その体はバランスされていないと、再び明言しましょう。バランスが唯一究極的に得られるのは、数字的に完璧な体を形成するために必要な、それぞれ、そして全ての小体の体における現れによってのみです。

手綱(reins)と言う言葉は、建築技術的な見解からも、人間の体のこの部分に応用可能で、ウェブスターの辞書からの以下の言及が証言する様に:「Reins: 天辺と土台、または橋台の間の部分で、アーチ型天井の殻の背後の装填、または詰め物を含み - アーチの曲がりの類推です。」

一つの芸術/技術において真実な事は、その他全てにおいて真実なので、事実を調べる事は難しくはありません。人の体は機械の一部なので、故にこの職業(建築士)に使われる用語は人間の住処(体)にも同等に応用出来ます。人の体がまた、実物不動産の一種なのは、それが同じ土/地球的な要素によって構成されているためです。ですが、殆どの場合、それがとても粗雑な実物不動産なのは、それがとても少ない価値を所有するためで - それが化学的にとても不足させられているためです。

人が化学的に不足している度合は、精神的、そして肉体的なアンバランスです。故に、ミネラル(鉱物/栄養)的な要素が血液に蓄えられ、正しい生活の法則に従われると、過剰な無駄、または実際のあらゆる無駄は蓄積されず、その秤(天秤座)の左の皿は徐々に上昇し、最終的に右(の皿)とバランスします。

天秤座のサインの最初の15度に当てはまる、天秤座の左の皿が、ゾディアックの最後の6つのサイン(i.e. 南半球/下半分/秋冬)である、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、そして魚座の振動を覆うと見つけるのは興味深い事です。ですから読者がこの本の以前の6章を呼んだ時に気付かれるべきは、それらが体現するサイン、そしてそれらが覆う働きは、実際に大いなる働きで、そして生命のサークルが永遠に一つにまとめられる前に完全化されなければならないと言う事です。

故に秤の左の皿が、天秤座の最初の15度と最後の6つのサインを現す間、秤の右の皿は、最後の15度と最初の6つのサイン(春/夏)を体現します。

この研究の結果として、私はどのサインの最初の15度も、体の中心線の左側に関わり、その間最後の15度が体の中軸から右側に拘わっていると発見し、そして証明しました。自然的なゾディアックの使用は、混乱する事無く、研究者達に人体の研究と理解を行う事を許します。この点を強調する事は重要です。故に左の腎臓は、サインの最初の15度から研究されねばならず、そして右の腎臓と膀胱は最後の半分から研究されなければなりません。

故にその蠍がもう(針を)刺さなく成った時、代わりに白い鷲(蠍座は、元々は鷲座だった)に成り、高み(牡羊座で、最も崇高である大脳)へと急上昇し、より高いマインド(弓打ちである射手座)が終に機能する様に成り、そして(彼の矢を狙い)人を高みへと方向づけるでしょう。彼は故に入門者(山羊座/冬至)に成り - 回帰(上昇)の道を始め - そのより高いマインド(射手座の矢)が示す道を旅する(冬から春/夏に向かう)でしょう。その後、そしてその後にのみ、私達の同胞のフリーメイソンと一致する旅の特定の段階に辿り着く事が可能に成るでしょう。彼が第13階級に届いた時、彼はもう不幸ではありません。彼はその後、彼自身の支払いを創造する事ができ、支払者と支払われる人の両方に成ります。故に新たな人であるイエスが、彼の中で形成され;彼は太古の日々に天王星によって統治された、真の水瓶座の人に成ります。最後のサイン魚座は、この働きの完結です。バランス(完璧化)が終に達成されました。土台の岩盤が造られました。

ウェブスターの辞書は、腎臓(kidney)と言う言葉の由来は不鮮明だと明言しますが、最後の2文字「ey」は、卵を意味する中期英語の言葉、eyren から派生したのかも知れませ。

これは、この器官の形と一致するかも知れませんが、それはギリシャ語の言葉、Keutel から由来する KIDDLE と同じ源泉を本当は有すると私は信じます。それは網(NET)を意味します。誘拐(kidnap)と言う言葉は捕獲(seize)と拘留(detain)を意味し、(何かを集める時に使われるネット)網と言う言葉と融合します。

特に解剖学的な感覚において使用された時、この言葉の分析が満足いくように見えるのは、腎臓が(小さなチューブ、またはパイプである)tubules (細管) の塊によって構成されているのが事実であるためです。言葉を変えるとそれらはネット-ワーク(net-work)を構成し、分泌液(尿)を腎臓の主要な室へと収集しそしてその後、放出します。其処から長いチューブ、または尿管から膀胱へと運ばれ、其処から排出されます。この器官に応用されたネットの類推は実際に正しいものです。それは本当にフィルターです。

腎臓は体の中心の部分に位置し;そして、占星学的なディーカンが脊椎と共に分配された時、人はそれらが16番目、17番目、そして18番目であると見つけ;また、脊椎が天辺から底辺まで33個であると数えられた時、その17番目が背骨の中間地点である事が見つけられるでしょう。この数字(17)は真ん中のディーカンと正に一致し、そして故に天秤座の秤のバランスの点(支点)です。17(1+7)が、8に合計するので、これは秤の皿の中の2つの四角、または重りに一致します。

とても興味深く、更に驚きの特徴のもう一つに事実は、胎児の精巣の腺が、陰嚢へと下る前に、それらが腎臓と共に配置されている事です。それらは正に、バランスの支点に配置されています。生命の神秘の切実な研究者にとって明らかなのは、もし、その胎児が、彼の前世において、彼自身を肉欲から分離させていれば、それらはバランスの支点の下(言い換えると、腹部の輪よりも下)に降臨しない(下に行かない)と言う事です。私はこの明言が今後、否定される事が出来るとは、決して恐れません。

皆さんにとって明らかなのは、勿論、人類が、これを達成する事が出来るための、段階までは届いていないと言う事です。そうであれ、この筆者が個人的に証言出来る様に、多くの人達はそのための準備の最初の段階に入りました。飽満と必然的で精神的な反応が既に始まりました。本質において有害で破壊的な景色や音の対象にされた時、脳細胞が自動的に反乱するのは事実で、つまらなさの感覚を産出するのはこれです。其処にはもう、「興奮材料」がありません。

占星学の研究者達は、1928年10月に乙女座に入るまで、海王星が14年間、獅子座を通過していた事を知っています。この惑星が宇宙的な振動の最も高い率を有し、そしてキリスト的なスピリット、または意識を体現し、また、キリストの母(物質/素材)を体現するので、それは純粋化に対する類推です。海王星が獅子座の中にあった14年間、(宇宙的な)存在する力は、そのサインに帰属された全てを変化させ、純粋化させようと行ってきました。太陽のハウスである獅子座の以前の名前がセクスティリス(Sextilis)であった事実、そして一般的で、そしてとても顕著であった、男性と女性の間の隔たり(差別)の低下を思い起こせば、理解されるでしょう。それは全ての者達にとっての試練でした。多くは挫折に終わりました。その他は人生のこの期間に気を失いましたが、それら以外は、それが何についてであるかの全てに気付き、彼等自身を底無しの穴から這い上がらせました。極少数はその試練に立ち向かい、問題無く経験出来たのは、単純に、過去(前世)に試練が行われた時に、既にレッスンを学んでいたためです。現在、海王星は、処女(純粋さ)のハウスである乙女座の中にあり、そして何が起こるかを観測するのは興味深いでしょう。(2015年の現在、海王星は魚座の7度の中にあります。

グレイの解剖学書は、腎臓の神経が精液の神経節に直接接続すると明言します。女性においてこれは卵巣に相当するはずです。これは、腎臓の問題に関連して、何故体のこれらの部分が痛みを伴うのかの理由として与えられます。上記の明言がまた、ゾディアック的なサインの配置と一致するのは、天秤座が蠍座に繋がるためで、精巣と卵巣はこのサイン(蠍座)の最初の部分に位置します。

奇妙ですが真実なのは、胎児の腎臓、膀胱、そしてその他の骨盤部分の器官が、大人の物と比較して、もっと高い位置にある事です。内的な尿道口でさえ、最初の3年間で急速に沈み、その後9年目までゆっくりと下がり、その後、第二次成長期まで停止的なままですが、それは再びそれが大人の位置に成るまでゆっくりと下降します。故に、中間線(天秤座であり、バランス)よりも下部の器官には、下降する自然的な傾向があり、もし体(そして故に全ての器官)が発育のより高い状態(成人)なら自然な位置まで下がります。これは正に太陽(エネルギー)が西において沈む事との類推です。

男性と女性の両方が、時々、骨盤的な器官の殆どの脱出症から苦しむのは事実です。実際に、その体全体の肉が、脱出症の様に見えます。この状態にある間、肉がそれから吊るされている様に、ヨボヨボに見えます。それは骨格に対してしっかりと保たれておらず、固く健康な様にも現れません。

女性の卵巣が、受胎が起こるまで、腎臓と並んでいるのは、解剖学の生徒達に良く知られた事実です。以前に与えられた情報の光の中で、少々の脱出症が、第二次成長期において始まると推測するのは論理的です。

数秘学との数字8の分配において、私達はパプスのタロットの研究が、8はその形状の全てにおいて均整を表現すると言う明言を見つけます。全ての研究者は、この本を所有するべきです。138ページの上には、この数字の象徴性の描写のカードが見つけられるでしょう。パプスはそれを以下の様に描写します:「顔が全部見えている女性が、鉄の小冠を被り、王座の上に座っています。彼女は、寺院の2本の柱の間に配置されています。太陽的な十字が、彼女の胸の上に描かれています。彼女は、彼女の右手に中に、その先が上に向けられた一本の剣を持ち、そして左(手)にはバランス(天秤)があります。」

その女性は金星、または物質/素材です。手の中に上に向けられて持たれた剣は、上界の真っ直ぐで細い道の象徴で;寺院の2本の柱の間の彼女の位置は、均整の会得に関する彼女の重要性の象徴です。物質無しでは、何も創造される、または達成される事が出来ません。彼女の胸の上の太陽的な十字は、1年の基本的、または創造的な十字(春分/秋分、夏至/冬至)との関連性に言及します。この人物像の天秤座への関連性の最後の証明は、大いなる働きの象徴である天秤が、彼女の左手に持たれている事実です。物質は全て建設的に使用されるべきで、無駄遣いされるべきものはありません。それは、全ての創造の母であるイヴの機能を満たしますが、最終的に、人類の中の息子である、神の保存者です。

私達は故に、達成の権利によって新たな名前、海王星のものが彼女のものに成った時、金星は最終的に、天秤座の風(空気)のサインの崇高なエーテル的振動に反応していると見つけるでしょう。「そして私は彼の額の上に新たな名前を書くでしょう。」

ブラヴァッツキー婦人は秘密の教義の中で、「金星は十字の上の球体のサインによって象徴され、それは、それが人の自然的な派生の上に座す事を表しています、」と述べます。

「エジプトのハンドル化された十字によって象徴化されたアンク(生命)は、金星(ヴィーナス/アイシス)のもう一つの形状でしか無く、そしてその意味は、秘儀的に、人類と全ての動物的な生命が、神聖でスピリット的な輪から踏み出し、そして物理的な男性と女性の派生へと転落したと言う事です。」

彼女はまた私達にこう教えます:「金星(ヴィーナス)はアイシスと同等に、彼女の頭の上の牝牛の角と共に表され、神秘的な自然の象徴であり、それらの全ては月信仰の女神達なので、月の重要性(意味)と共に入れ替え可能で、この惑星の配置は現在、神学者達によって神秘的なルシファー(金星)の角の間に置かれています。」

ヴィーナス、アイシス、そしてイヴは、ヒンドゥーの文献におけるアディティとヴァックと同じです。

天秤座が金星によって統治され、そしてバランス(均整)、またはハーモニー(調和)のサインを構成する事実は、天秤座と金星(ヴィーナス)と言うこれ等の2つの言葉の中に隠された、深く大切な秘密を熟考するにおいて、読者が多くの時間を費やす原因に成るでしょう。実際に、ヴィーナス・ルシファーは、光をもたらすもので、生命の光ですが、それはまたその光を消すものでもあります。光の場所である牡羊座の正反対で、それは正に真実においてです。

マリーは、主のハウスの中で - 金星である - マリー・マグダレンによって、其処から盗まれます。それは荒らされた場所に成り、その中で主は、不十分な彼の種を見つけます。言い換えると、マインドが文字通りにアンバランスに成ると言う事です。光は - 直感は言うまでも無く - 理性と知性の光は、性的な道楽が止められた時に、人類に返還されるでしょう。全ての人が故に異なった度合においてアンバランスです。

天秤座の星座の中の星は JUGUM と名付けられバランスの首かせ、またはビーム(柱)です。一つに結び付けられる、または接続されるを意味する、この太古のラテン語の用語から、結婚、または協力のアイデアが、このサインに関連させられたのは疑う余地がありません。

此処が実際に歪みが派生した場所です。ゾディアックの12のサインに関連した全ては、大いなる人(大宇宙)の解剖学に言及しているので、故にその類推によって、人の体(小宇宙)に言及しています。

占星学の研究の目的は、すると、宇宙の体(マクロコズム)と人の体(マイクロコズム)を熟考する事です。


死が必然的にそれを分離させるので、男女間の婚姻が永続的である事は決して起こりません。地上的な婚姻は、人工的な法律で、性的な行いに関してのものです。もしその妻が、この生活を拒絶するなら、その男性が、彼の妻をサポートする必要が無いのもまた、事実です。

スピリット的な婚姻は、対照的に、それぞれの個人の体の力と器官のバランスが一つに成る事で、そして特にそれぞれが男性と女性の性的な腺である、頭の中の松果体脳下垂体の結合です。

その文献が、この天界的な婚姻の描写で溢れているインドが、その神聖でスピリット的な解釈を全く失ってしまったので、彼女の人々は(殆どの部分において)弱く成り、気力を弱め、そして精神的に退化しました。

彼等は、もしその昔、彼等が知っていたとしても、立方体には6つの側があり、胴体における繁殖的な器官と同様に、頭の中にも神聖で創造的な性的器官がある事を、彼等は忘れてしまいました。「As above, so below」は身体生理学的な真実です。

性的な生活によって圧倒されているのは、しかしながら、インドだけではありません。それは全ての国々と人々に当てはまります。その国は、しかしながら(彼女自身の秘密と神聖な文献の理解と解釈の完全な歪みのために)、繁殖的な行為が、これ等の記述(e.g. カマスートラ)において宗教的で、故に最も神聖な儀式に言及していると考える過ちを犯しました。当然、これ等の太古の記述の解釈者達がこのアイデアと共に人々を更に惑わせたのは、彼等自身の考えが常に性的関心によって色づけられていたためです。インドについての研究でこの点に触れたものはありません。

セックスとマネー、マネーとセックスです!これ等は、殆どの大多数の人達の頭の中の2つの主な題材を構成します。人生の商業的、そして産工業的な計画が、現在の様なものであり続ける限り、マネー無しで生きる事が不可能なのは、実際に本当です。ですが全ての後ろにあるアイデアは、物の正しい使い方です。もしマネーの題材がセックスへの関連性において分析されると、大部分においてマネーは性的な人生を生きるために熱望されると見つけられるでしょう。私達はこれが真実であっては欲しくないかも知れませんが、そうであれ、精密な観測は、それが事実であると言う正直な受け入れに結果するでしょう。若い男性は、結婚するためにマネーを稼ぎ;若い女性は好みの布(物)を買うために、マネーを欲します。

真のマネー、現実のコイン(天界的な宝)は、能力(BRAIN POWER)で、それは創造的です。私達の銀行業システムの純粋で合法的な起源は、人間の脳の中に見つけられるかも知れません。これは、私達が無駄遣いしない様に教えられるマネーです。「蜘蛛の巣も塵も腐敗させず、泥棒も入り込まず、盗まない場所である天界(大脳)において、貴方自身の宝物を積み重ねなさい。

もしそれから、そしてその方法によって、精神的な力と身体的な強さが派生させられる脳のエッセ(本質)が保存される(賢明に使われ、そして故に建設的に使われる)と、宝物 - 実際のマネーは - 天界的な銀行の中で積み重ねられます。これが増加なのは、それぞれ、そして全ての保存と共に、エネルギーと実質の両方が実際に改善するためです。故に最終的にそれ自体を2倍、そして3倍にする金利が創造されました。聖書的な記述の中には、これを証明する多くが存在します;例えば、才能の逸話です。寺院における初物の果物の積み重ねから、特定の時間内において結果する増加に関する言及が数々あります。

翻訳者の知識不足から結果した翻訳における過ちがどれだけ多くあろうとも、聖書の中には頼りに成り、科学的な本質の、膨大な情報が見つけられます。

マネーと言う言葉の起源はとても興味深いものです。それは、ラテン語の動詞、moneo から由来し、それが意味するのは注意/警告する、教える、忠告するです。ラテン語の辞書はこれが、マインド(MIND)を意味する人々(MEN)、または MENSに直接辿り戻られると明言します。真のマネーは、能力(brain power)で、そして大脳的なエッセ(本質)であると言う私の明言は故に、立証されました。

ラテン語の辞書は、(maneo から派生した)MONETA が、(学習、または創造的な思考における物質、もしくは実質を意味する、繊細な芸術/技術の女神である)モーゼスの母の名前で、同時にジュノ(Juno)の名字で;そしてローマ(時代)のマネーはジュノ・モネタの寺院において造幣されたので、その寺院はモネタ、またはミント(造幣局)として知られる様に成りました。

ラテン語におけるコインと言う言葉はヌムス(NUMMUS)で、ヌメルス(NUMERUS/数)、またはナンバー(NUMBER/数字)と同じ意味を持ちます。その比較は明らかです。

コイン(COIN)と言う言葉はまた、ラテン語の楔(CUNEUS)と言う言葉に由来し、(ドアなどを止める)V字型の物(WEDGE)ペグ、またはシャフトを意味し - 故にです。ウェッジは、三角形の形です。故に私達は、サジタ、または矢が、マインドに関連する射手座のサインのシンボルなので、私達のリストに、再び確認を加えましょう。思考を表すために使用された最初の文字が楔型、または矢の形をしていたのは、すると、変でしょうか?それは正に実際に、大昔のマギ(賢者)が何故、矢を、より高い精神的なサインの象徴として選択したかの理由です。これは射手座の下で、さらに熟考されるでしょう。

その三角形、または矢の先はまた、の象徴でもあり、そして射手座は火の3重性の3番目のサインです。この題材に関して興味深く情報的な事実をもたらす役割を果たす幾つかのその他の言葉があり、そして私達は素通りする事は出来ません。

同時にウェッジを意味するコインは加えて、穂(SPIKE)を意味します。処女(乙女座)の手の中に持たれた小麦の穂の星がスピカと名付けられたのは、この意味の理由のためです。スピカは生命のパンを体現します。脳の実質が生命のパンです。マインドは、脳を通して機能します。

スパイク(穂/釘)は、一つに保つ留め金です。(射手座の塩、シリカは、実際に、人の体と自然において、この化学的な役割を行います。)それはまた、会得の限界、または時点を印します。この全てが射手座に親密に帰属します。形而上学(精神)的に、ペグはサポート、または理性です。「主張を吊るすためのペグ」は描写的な言い表しです。

この興味深い言葉の検証を更に続けると、ペグ(ペギー)と言う女性的な名前は、真珠(PEARL)を意味するマーガレット(Margaret)の短縮形であると私達は見つけます。鉱物学においてマーガライト(margarite)はケイ酸塩(SILICATE)で、その実質とカルシウムから真珠は造られます。シリカとカルシウムは一緒に働き、建物のコンクリートと同じです。マーガライトはまた聖変化されたホスト(主人)が保存される入れ物です。

ミント(mint)は何かが造られる、または生産される場所でしたが、近代において特にマネーのコイン化の場所(造幣局)に言及する様に成りました。それはまたメンタ(menta/メンタル)と呼ばれ、それはマインドを意味します。

ペキューニア(pecunia)はまたマネーのためのラテン語の言葉で、そして金銭(pecuniary)と言う言葉の語源です。太古の時代においてその基本的な意味は所有物(PROPERTY)で、そして正しい(proper)と言う言葉はその派生語です。それは、間違いと偽りとは対照的に、真実、または本物に言及します。故に個人的な所有物(PERSONAL PROPERTY)の元々の意味は人間の体の所有でした。(ラテン語からの)パーソン(person)の正しい解釈は個性、または個人によって被られたマスクで、e.g. 彼がそうである様に現れる人類(MANKIND)です。

Pecus もまた pecunia と同じ語源から派生し、群れ、または頭数です。太古の時代において群れは、部族の主要な特徴でした。そして再び私達は、群れが通常、羊に言及している事を思い出させられ、それは人の頭である牡羊座の象徴です。能力(brain power)はその主要な財産/強みです。

私達の著名な作家達の幾らかは、その意味を更に解説する文章において、mint と言う言葉を使いました。

「汝と我は、種において同じでしか無く、
自然の MINT において造られた様に。
- シェークスピア

「粘土の中にスタンプされた、天界的な MINTAGE 。」
- スターリング

再び、畜牛(cattle)と言う言葉は catel または chatel のための中期古英語の言葉で、それから私達の近代の表現、chattel (家財)が派生し、所有物、または CAPITAL (資本)を意味します。後者の言葉はを意味する CAPUT と同じ語源から派生します。そして十分に奇妙な事に、CHAT と言う言葉は、軽い会話を意味する他にまた、スパイク、または小枝も意味します。

もし、読者達が言葉(語源)の研究の重要性を理解してくれるなら、この本を書くための研究において過ぎ去った年月は無駄では無かったのでしょう。詩人、ミルトンが、バランスのサインである天秤座が何故、乙女座と蠍座の間に配置されたのかの理由に気が付いていたはずなのは、彼がこう述べるためです:

「その様な争いを妨げるために、永続的に
吊るされましたが、彼の黄金の天秤は、
アステリアと蠍座のサインの間見られます。」

そしてホーマーの言葉はまた、この真実を彼に証明します:

「その永続的な聖父は
彼の黄金の天秤を高く吊るします。」

星の名前とそれらの意味の中でリチャード・アレンは、『アディソンは、タトラーの百番目の名前として帰属させましたが - 1709年11月29日において - 「天秤の名によって呼ばれる天界におけるサイン」と、そして人々の状況を管理するために、その星座から降臨した正義(司法)の女神を彼が見た夢は;処女アストラエアと天秤座を関連させる太古の思考に関連させる、とても美しい言及でした。彼は、彼がオックスフォードの学生の頃に頻繁に見た、モートン・カレッジの正門の前の、裁判官の征服を着た石造の思い出によって鼓舞されたのかも知れません、』と述べます。

『中国の早期の太陽的なゾディアックの中で天秤座は、その国家的な象徴である、クロコダイル、または龍です。ペルシャの球体(ゾディアック)は、片手に天秤を持ち、もう片手に子羊を持つ人の姿を描き、これは早期の東洋における、天秤のための重りの通常の形状です、』とリチャード・アレンは述べます。人のための計画の不死(永遠)の話しの、更に善い体現、または描写を見つけるのは不可能でしょう。その子羊である牡羊座(春分)と秤である天秤座(秋分)は極(季節)的な正反対です。もし、その子羊が殺されないなら、均整が結果します。

この情報を説明する象徴と平面球形図(ゾディアック)は常に存在していました。私達はどれ程、盲目だったのでしょう?

アレン氏はまた、「天秤座の象徴は、ピトドリスと同様に、パルミラのコインの表面上にスタンプされています、」と明言します。もし、多くの天文学者達が(十分に不自然に)言う様に、ゾディアックのサインが自然において全く特定的な役割を果たさず、人類に何ら影響を与えないなら、何故、私達は数多い方法において、それらに接触するのでしょう?何故、それらの古い平面天体図(ゾディアック)は存在しているのでしょう?そして再び何故、私達は、国や州の建物の床に、ゾディアックが美しく埋め込まれているのを見つけるのでしょう?その答えは、それらの象徴の中に彼等が隠すのは、人類のために欠かす事の出来ない情報で、それらの建物の建設の責任者のマインドは、宇宙的なマインドが彼等の脳細胞に印象付ける、原型的な形状に反応していると言う事です。この方法を通して、それらの象徴は、最終的にそれらが何を意味するのか研究するまで印象付けるために、人類の目の前に保たれます。

天秤座の星座の星々は、円形の丘を形成し、それは、ユーフラテス地域の逸話において祭壇(ALTAR)と呼ばれ;それはまた、神聖な丘である、Tul Ku です。時にそれは、センサー(Censer)と呼ばれ、そしてその他の時にはランプと呼ばれます。ストラスマイヤーは、die Lampe als Nuru、または太陽的なランプとする表記の彼の翻訳において、これを確認します。ユーフラテスの SUGI、または二輪馬車の首かせと名付けられたこれ等の星々が、天界においてはっきりと見える時、太古のカルデア人達はその季節が穀物のために吉兆(最適)であると考えました。

「古典的な逸話において、その全体が金星(ヴィーナス)の太古のハウスを構成し、マクロビウスによると、この惑星は創造において現れ;そして更に加えてその女神は、人間の男女を婚姻の首かせの下で一つに結び付けたとされます。これから由来したのは、その他の人達は火星がその守護神であると主張しますが、ヴェネリス・シドゥスの称号です。カエシウスはそれを、ダニエルの書(5:7)の天秤と一致させ、それにおいてベルシャザルが天秤で測られ、「足りない」とされました、」とアレン氏は私達に教えます。

天秤の柱の上の星は、とても特徴的な色で、淡いエメラルド色で、星の逸話の記録において殆ど知られていない色です。しかしながら、これが私のゾディアックのためのスペクトルの分配に正確に一致するのは、深い緑が天秤座の上に配置されるためです。牡羊座が生き生きとした赤(サクランボ色、または赤紫色)なので、緑はその構成要素に適切な色です。サインと共に色を分配するために必要な全ては、それら(ゾディアック)の上にスペクトルを曲げる(輪を造る)事です。

G. A. ガスケルの辞書の中に、私達はこのサインに関連した多くの興味深い明言を見つけます:「生命のサイクルの7番目の象徴で、それは星的(astral)な平面/領域上の進化の最初の期間です。天秤座の最初の点は、インヴォリュ―ション(複雑化/退化/老化)とエヴォリュ―ション(進化)の間のバランスを体現し、そして多くの形状と質の同質性から異種性への進化の始まりです。」

ガスケル氏は、スエーデンボーグがこう述べているのを引用します「その天界的な人は「7日目」です;その後、全ての戦いは終わり、そしてそれは神聖化されます。人が天界的に成る時、全ての再派生(覚醒/悟り)した人が「サバス(安息日)」なのは;何故なら彼は主の姿であるためです。」

ガスケル氏は、最も同情的に、天秤座は春分/秋分のサインの一つであると記述します:それは魂の発達(太陽の軌道/黄道)において達成されたバランスと変化の地点で、その線(黄道)が、言うなれば、渡られた時、新たな魂の行程が始められます。そのインヴォリューション(複雑化/老化)の行程は、牡羊座の最初の地点によって象徴された地点における、より上のブッダ的な平面/領域の上でロゴス(言葉/太陽)が現れた/体現した時に始まり;そして、乙女座における行程の完結の後、天秤座の最初の地点が、その中で人間性が此処で行う進化の新たな行程の始まりを象徴します。ゾディアックは生命の大いなるサイクルの象徴です。太陽(ロゴス)が、その北方の6つのサイン(春/夏)を通り過ぎる際に、質のインヴォリューションの行程が達成され;そしてそれはエヴォリューションが達成されるために南方の6つのサイン(秋/冬)を通り過ぎ、そしてその質と魂は、それらを派生させた神(牡羊座)へと回帰します。

スピリットと物質は、魂が完全に純粋化された時、そして、最終的に、スピリットが、スピリット的な体を完成させるために、十分な量の最も繊細な(超微粒な)粒子を有した時に、同等化されます。スピリットは最も詳細な物質で;物質は最も粗いスピリットです。

エンペドクレスはこう述べます:「ある時、人間の体を形成する四肢(手足胴体)は愛によって一つに統一され、生命の絶頂期において活発に成長します;その他の時には邪悪な争いによって分離させられ、それらは、それぞれ(の部分)が、生命の海の破壊者達によって別々の方向に沿って迷わされます。」これが意味するのは、血液の化学的な不足が、器官(四肢)が病気に成る原因で、そして故にそれらがもう、一緒に機能しなく成る事です。

「Malkhuth はサバス、または七日目を体現し、宇宙の構築、または建設の終わりで、休日(安息日)、または全ての調和(ハーモニー)です。1メイヤー、カバラ、(272ページ)。これはまた、子宮における子供の形成の類推です。

キングスフォードとメイトランドは、更にもっと説明するために、近代的で電気的な用語を使います:「この(7日目の)『休息(停止)』は - 絶滅では無く休養で - その物質の(その流動性/運動/電気からの)その実質の静止的な状態(磁気)への回帰を含みます。表されているアイデアは、運動-創造的な力(電気)の、本質的な存在(磁気)への、現象的な現れのその後の回帰です。それは同時に、「神の人々のために残る休息で」;個人、システムまたは民族による完璧性の会得で;元々の実質の中への再吸収による、神の胸の中への宇宙の回帰です。」

上述の明言には多くの情報があり、そしてその最後の1行、「元々の実質の中への再吸収」は、多くの研究が成されるべきなのは、これが正に人間の体の中で起こる事であるためです。自然は、その中に命を宿し、保つために、彼女が創造し、物理的な乗り物へと創り上げた物理的な物質を直ぐに利用するだけでなく、彼女はまた、言うなればそれらをステップ・アップさせ、元々のエッセ、または大脳の実質へと変えるために、それらの物質を一貫的に純粋化しようと試みています。対照的に、彼女は再び、より固体な(確かな)形状、または物質/素材的な部分へとそれらをステップ・ダウンさせます。

私達は今、此処で、キャリー博士がこのサインに分配した塩を考える準備ができ、つまりナトリウム・フォス、またはリン酸ナトリウムです。彼にとってそれがバランシングの塩と決定するのが難しく無かったのは、それが酸を中性化すると、化学的に知られているためです。故にそれは、天秤座のサインに正しく配分されました。その大事な機能は、酸をアルカリに変える事です。これは、後に熟考されるでしょう。

ナトリウム・フォス、またはソディウムと言う言葉を調べるのは興味深い事です。ラテン語の辞書はそれを Natrum または Natron として与え、その後者はエジプトの記述において使われた綴りです。そのラテン語の派生語から、どれだけ多くの情報が得られるのかは注目に値します。

最初に私達は、金星が天秤座の統治者(振動の率)である事実を思い出さなければなりません。このサインと共に分配された化学的な要素は、この金星の振動を産出する事が出来なければなりません。故に金星は本当にナトリウム、またはソディウムを意味します。思い出されるべきはまた、硫酸ナトリウムが牡牛座の塩で、それはまた金星によって統治されている事です。

金星が朝の明るい星で、ルシファーと呼ばれる事実を再確認してみましょう。この明言は今、Natron から遡られる語源の動詞の解釈によって確認され、つまり「niteo」で、それが意味するのは、明るい、輝く、きらびやか、素晴らしいで;加えてハンサム、スリム、エレガントです。その後者の定義は、何故古代人達が天秤座の特徴にそれらを応用したのかを、よりはっきりとさせます。

Nitor が意味するのは、何かの上に自身を補佐するため、生を与えるため、昇るため、上昇するため、高さへと押し上げるための休息/停止です。此処で私達は、バランスのアイデアが、それらの解釈の全てを通して、糸の様に繋がっているのに気づきます。人は休息するため、または均整を得るために、高さまで届かなければなりません。その様に会得した人は、その道(方法)を、人生の道の上のその他の旅人達に示す、ビーコン(目印)の星に成らなければなりません。言葉を変えると、彼は輝いている光です。

sodium と言う英語の単語を辿ると、私達は sodalis を有し、それが意味するのは同僚、または分かち合う人です。これは再びパートナーシップ、または婚姻のアイデアを私達に与え、それを占星学の研究者達は、天秤座に関連させます。再び、sod と言う言葉は(sod が芝生/草なので)文字通りを意味し、sodium の語源です。これは何故緑色が天秤座と共に関連させられているかを説明します。曲げられた(輪にされた)スペクトルのこの部分が、色のチャートにおいてこのサインの上に重なるのが気付かれるでしょう。

オパール(蛋白石)は、正しく天秤座に分配されている様です。ジョージ・クンツは、彼の宝石の奇妙な逸話の中でプリニイがオパールについてこう述べているのを明言します:「それらの中にはザクロ石よりも柔らかい火があり;アメジストの鮮やかな紫があり;エメラルドの海の緑があり - 全ては信じがたい統一において一緒に輝いています。それらの燦然と光輝く光彩の幾つかは、画家の色彩に匹敵し、その他は燃えている硫黄の炎、または油によって注がれた火です。」

sodden と言う言葉は、水によって湿った、または柔らかくされた、浸透/飽和されたを意味します。それはまた、ふやけさせられた、湯がかれた、重い、または鈍い知力、精神的なアンバランスを意味すると解釈されます。

ナトリウムとソディウムと言う言葉の上記の分析は、天秤座のゾディアック的なサインとの、その分配の正しさを、疑う余地無く証明します。

上述に与えられた点に言及し、湿った(sodden)、そしてふやけた(bloated)と言う言葉に関連して、化学的な言語においてソディウム・フォス、またはナトリウム・フォス(リン酸ナトリウム)と呼ばれるものは、細胞繊維から水を解放し、腎臓の中の小さなチューブ、またはコップの中にそれを集め、そしてその後、膀胱へとそれを運ぶ、尿管の中へとそれを排出すると知るのは興味深い事です。幾らかの占星学者達は後者の器官(i.e. 膀胱)を蠍座に分配すると私は気付きましたが、そうする事は間違いです。尿を収集する事に関係した全ての器官は天秤座に関連していて、そして膀胱はこのサインの最後のディーカン(30度ある内の最後の10度)から考えられなければなりません。この明言は、長い経験の結果です。

植物は土の中のポタシウム(カリウム)塩を殆ど摂取しないと言われますが、それらは少量のソディウム(ナトリウム)塩を含み、幾つかの例においてはとても顕著な量を含みます。人参は後者の例で、そしてこの鮮やかな色の植物よりも、健康的な土の産物はありません。それは私達に、ソディウム(ナトリウム)とライム(石灰)の良い供給を与え、その2つの塩はその他の塩より、より大きな量で必要とされるものです。人は、この野菜を好きに成る事を学ぶべきで、週に何回か食べるべきです。多くの人達が人参を嫌うのは、それらの2つの塩との関係によって産出される少々特有の味のためです。

ソディウム(ナトリウム)を熱すると、特徴的な紫色で、緑っぽい発光性の蒸気が産出されます。それは銀、銅、そして金と共に、電気と熱の伝導体として4番目にランクされ、そしてブンセンによると、ポタシウム(カリウム)、セシウム、そしてルビディウムを除いて最も電気的にプラスの金属です。それはとても反応的です。

ブリタニカ大辞典はこう明言します、「一般的に述べると、ソディウム(ナトリウム)塩は、一致的なポタシウム(カリウム)塩と、緊密に類似していて、それらのための準備は通常同じです。それは、非金属である湿気と、とてもエネルギー的/活発(effervesces)に融合します。それは濃縮/凝縮の媒体です。ポタシウム(カリウム)は、水銀に類似した液体合金を形成し、それは高温度の温度計の中で使用されます。それは最も便利な胃的な鎮静剤(胃腸薬)で、酸中和剤の一つです。それは殆どの胃的なミックスの構成要素です。水腫(症)において液体を排除するために大きな服用量が投与されます。それは排尿保進的で、腎臓に機能し、水の流れと尿素的な排出を促し、そして尿をより弱酸性にします。それは毒素の流れを促進させます。

私は意図的に、この塩について、その大辞典が何を述べているかを記述しました。私達が、私達の生物化学的な約定に進む前に、2、3のコメントが必要です。

最初に、その(ソディウム/ナトリウム)の電気的な力はポタシウム(カリウム)の次(劣り)で、それが意味するのは、それが電気的な流れ(電流)を派生させる事が出来る間、その力(出力)はそれ程高くはありません。その証拠に、それが酸素と水素を分離させる間、それは同時にその後者に点火しません。するとそれが、牡羊座の塩であるポタシウム(カリウム)に続き、そして硫酸ナトリウムの形状において水を解放(排出)し、形状の産出において利用されるのは自然的(当然)です。リン酸ナトリウム(天秤座)が牡羊座と正反対の極なので、リン酸カリウムが接触した生命を現れへともたらします。これは何故それが濃縮/凝縮体なのかを説明します。「それは胃液の構成要素です。」これが極度に重要な明言なのが何故なら、それが生物化学的な観点からの真実であるだけで無く、胃液の構成要素が塩酸に関連していると言う多くの医師達の信頼されている明言を、永遠に否定する役割を果たしているためです。

科学者達は、ソディウム(ナトリウム)がアルカリ性の塩で、胃液の殆どの構成要素であると明言しました。この塩の前において酸が存在出来無いのは化学的な事実です。そして再び、あらゆる種の酸は、HUMAN ECONOMY (身体生理)において役割を形成しません(不必要です)。

宇宙の建築者である化学者(i.e. 神)が、神の寺院(i.e. 人体)を形成するために刺激物(酸性の粘液)を選択したと想像出来る人はいるでしょうか?これ以上に論理に反するものは何もありません。医療科学は、此処において、それ自体と矛盾しました。

私達はグレイの解剖学辞典から以前にも引用した様に、「ソディウム(ナトリウム)、カルシウム、そしてポタシウム(カリウム)のリン酸と塩化物は、細胞構造において必要な物質の大きな部分を構成すると言う明言を私達の証拠に加えます。

再び私達は、何故、その職業(i.e. 医者)が、それらの事実に関連して、一般大衆に教えていないのかを尋ねます(疑います)。また、何故それ(医師)はそれら(の知識)を使用していないのでしょう?

大辞典はまた、ソディウム(ナトリウム)が尿の流れを促進し、同時にそれを、より弱酸性にすると強調します。実際の真実は、十分なリン酸ナトリウムが使用された時、尿はアルカリ性に成ると言う事です。これは酸性の状態から必然的に結果する、極度に不快な炎症を排除します。

キャリー博士は、彼の医学の生物化学的なシステムの中でこう述べます、「酸は、悪魔の様に、全てに浸透的です。」彼の化学的な明言に伴うのは占星学的な双子で:全ての人は、様々な度合においてアンバランスです。もしバランスされたなら人は完璧に成ります。その大いなる働き(i.e. 覚醒)が達成された事に成るでしょう。

酸性はソディウム(ナトリウム)における一般的な不足と、そしてまた、食物の醗酵/腐敗から結果します。後者の状態は、一般的に、とても極少数の人達だけが、彼等が食するべく食べているための理由です。聖書が、「大食家は天界の王国に入れないだろう」と明言するのは驚く事ではありません。体と脳のバランスされた、または調和的な状態は、その様な人達にとって絶対的に不可能です。

酸性は胃の中で、酷く痛烈な痛みの感覚の原因に成ります。殆どの人達はこれを空腹感であると考えます。その様な事は妥当では無いのは、人が長い間食べ物無しで過ごした後にのみ、この感覚(空腹感)を経験出来るためです。酸性を有している人達は、殆ど一貫的に何かを欲していて、故に頻繁にソーダ、キャンディー、またはサンドウィッチのために、お店に急ぎます。彼等はことわざで言う馬鹿の大食いです。些細な事で機嫌を損ないます。彼等はいとも簡単に狼狽し、そして簡単にアンバランスに成ります。

胃が食物を消化しきれない事による、食物の醗酵/腐敗から酸性が結果した時、その(体内の)システムにおける長期的な残存は当然、更なるトラブルのための二次的な原因に成り、そして結果的に多くの痛みを伴い、そして危険な症状として現れます。それらの中で主要なのは、リューマチです。発汗でさえ、酸っぱい臭いがし、そしてそれは皮膚にとって強く刺激的です。もしこの状態が続くと、腎臓が結果的に影響され、そして胃、または膀胱の潰瘍を生じます。視力が日に日に変化し、ぼやける日もあれば、はっきり見える日もあります。酸性以上に、視力において素早く反応するものは何もありません。

医師が貴方に伝える事が出来るのは、子供、または大人が眠っている間に歯ぎしりをする事;内臓的な寄生虫が、その長い通り道における腐敗の蓄積において形成する事;それらが子供達と大人達において頻繁に痙攣の原因に成り、前者においては夜により頻繁に起こる事;酸性の継続的な残留から、喉がとてもイガイガして腫れて、ジフテリアの様に現れる事で(それはシュースラー博士によって「偽りのジフテリア」と名付けられました);そして朝の目まい、舌の後部の黄色い覆い、ノミに噛まれた様なかゆみとニキビは酸性によるもので、全てはこの塩における多いな不足によるものです。私はこの点を強調したいと思います:酸性程にとても素早く、良い気性の人を喧嘩っ早く、不愉快な人に変えるものは何もありません。

この塩の不足から起因するその他の症状は:頭の天辺、もしくは額の頭痛;あたかも頭蓋骨が一杯に成った様な感覚;人に発狂を恐れさせる強度な圧力と熱;お腹の痛み、酸っぱく泡立った液体の分泌、めまい感を伴う頭痛;目の炎症と、其処における金色-黄色っぽく、濃厚な物質の分泌です。金色、黄色は常に、この塩が必用な時の分泌と舌の覆いの色です。

リン酸ナトリウムが不足した時、耳(外側)が腫れてかさぶた化し、濃厚な分泌をし、またはそれらは熱く、焼けた感覚に成るかも知れません。あるかも知れないのは:寄生虫を意味するかもしれない鼻のかゆみ;赤い顔と、出たり消えたりする斑点;酸性の上昇;口の中の酸っぱい感覚;口囲潰瘍の腫れ;扁桃腺と喉の炎症;消化不良;胃潰瘍;表面的な潰瘍です。胃における長期的な酸性の存在は、時には、とても根深く悪性に見える潰瘍に覆われた部分に成り、それらは癌的な本質の様に見えます。頻繁に、それらは癌へと発達(悪化)します。

特に子供達と共に、時々、下痢に結果し;また粘液のゼリー状の塊が排出され、時には人を驚かす様な量で、塊と糸/紐を排出します。この状態の内臓を排除/綺麗にするために、そしてまた、存在するかも知れない寄生虫を排除するために、毎日、この塩の注入/注射がされるべきです。

不十分な排尿、また(体の)部分のかさぶた化は、この塩の必要性のもう一つの症状で;精液の虚弱、または排出:増幅された性的欲求;時には濃厚な黄色、そして時には水っぽい女性器からの酸性の分泌液;額の頭痛を伴う月経の不定期性;妊娠における朝の目まい;(不完全な消化の結果である)心臓の運動の動悸と不整脈;特に食後の心臓の周りの震え:痛みと腫れを伴い、ボキボキ言う関節のリューマチ;湿疹;「薔薇疹」;じんましん;消化不良からの熱のフラッシュ;肛門のかゆみ;休みの無い睡眠、等々、etc. です。

ラテン語において acid (酸)と言う言葉は acidus から派生し、元々の意味は鋭く切れるで、それは当然と、その言葉を派生させました。引きつけるものとして機能するために、粘着性(viscid)でなければならない身体生理学的な液体は幾らかありますが、それらが酸性(acid)でなければならない事を意味しません。しかしながら、多くの人達は、この点を混乱させました。

鋭い、切れる、不愉快、非魅力的と言った言葉は、愛層の良い、心地良い、魅力的、魅惑、美、そしてかわいらしさの反対語なので、純粋化されたヴィーナス(金星)の特徴ははっきりと理解されるでしょう。

体の細胞に供給するための血液においてリン酸ナトリウムが無いと、小体(細胞/遺伝子)の中と周りの液体が酸性に成るだけで無く、それらを囲んでいる覆い、または柔らかい小体が破れ、そして核が流れ出ます。バランスされた状態に成るには、水分が多過ぎても少な過ぎても駄目で、その小体は正に酸性の液体の中で溺れてしまいます。

故に高さを測り、そしてバランスを得るために、金星(ヴィーナス)は、彼女の息子であるキューピッドに、彼の矢を打たせなければなりません。天秤座に続くサインである蠍座は、その、または蠍の針の逸話を伝えます。「バランス、測量、そして忍耐は、高度な成功の永続的な状態です。」
- マヒュー・アーノルド、ケルト的な文学。

VIII. THE ANALYSIS AND SYNTHESIS OF SCORPIO AND CALCIUM SULPH
8.蠍座と硫酸カルシウムの分析と調合


「蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を、わたしはあなたがたに授けた。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つない。」
- ルカ 10:19

太陽は(ほぼ)10月23日にゾディアック的な蠍座のサインに入り、そして11月22日まで、其処に留まります。それは9番目のアルバン(Alban)の月です。それの昔のオランダ語の名前は SLAGTH-MAAND、または殺害の月で、冬に備えるために家畜を殺し、塩漬けにする時期でした。昔のサクソン語においてそれは Wind-moneth、または風の月で、漁師達が春まで、彼等の労働を止める時でした。フランスの共和国的なカレンダーにおいてそれは、BRUMARIE、または霧の月でした。

ウェークマン・ライノ博士は彼の著書、アーメン、アモニア族の神の中で、以下がこのサインを代理するのに使用された幾つかの用語であると述べます:「バアル-ゼブブ(ベルゼブブ)、または蠅の主;底無しの穴(宇宙)の王;ヘブライ族のサタン;地獄(i.e. 冬)の真の門;虐待された者の場所;ペルシャのエスラエル、または死の天使;啓示(書)のアバドン(Abaddon)の天使;新約聖書のアポリオン(Apollyon)の天使;スフィンクスの天使(大鷲)。」

この同じ著者は更にこう明言します「蠍座の星座は古代人達によって凶の兆しの鳥(冬の知らせ)として考えられ;故にそのサインとして鷲(Aquilla)を彼等が応用した神秘的な理由です。蠍座のサインはまた、その寒さ、雪、そしてとても不快な天候と共に冬の5カ月の始まりで、温かさを保つために火を保たなければならない必要性がある理由のために、地獄の真の門として考えられ;故に冬の神々の全ては赤い色で、火の体現でより低い世界(黄泉の国)の統治権を有していました。」

バビロニアの創造神話の中で、蠍座はアピン-ドゥア(Apin-dua)で、基礎(牡羊座)の正反対で、それがとても適切なのは、占星学者達は決してそれが何故かを説明しませんけれど、彼等によってこのサインが死のハウスであると言われるためです。

牡羊座(大脳)が聖父、または始まり(the Creator/創造主)なので、PRO-creation (繁殖)に関連している蠍座が大いなる秘密を有しているのは明らかですが、大多数の人達はそれに関して未だに無知です。占星学の英国ジャーナルの編集者、ベイリー氏は、この題材を親密に扱う勇気を持った、唯一の現代の占星学者です。彼の著書、占星学と誕生操作(避妊)の中で、蠍座のサインは遥か大昔から繁殖器と共に分配され、そしてそれらの使用は唯一繁殖のためだけであると、とても強調的に明言します。それらは胃、肝臓、脾臓、眼、そして体のその他の部分と同様に、特定の機能を有しています。研究者達が、上述の本を手に入れるべきなのは、大々的に歪められてしまったこの素晴らしい科学の、太古の地位を再構築するにおいて、大いに役立つためです。

蠍座のためのバビロニアの名前の一つはウイグル・アリ(Uigur ali)で、下界/黄泉の国(i.e. 冬)に帰属する、または其処から来る生き物を意味していました。これが動物的、または繁殖的な幼芽/根源に対して言及しているのは明らかです。

太古の平面球体(i.e. ゾディアック)の上でこのサインはまた、死の王、または獣と呼ばれました。(ゾディアックの)大きなものの上に描かれた姿の中の一つは、ミスラ(ミトラ教)的な雄牛(タウルス)で、芸術性に関して言えば、ユーフラテス(中東の)雄牛の焼き直しです。彼は、敵対的な生き物達に囲まれています:彼の血を舐めるために飛び掛かる一匹の犬;彼を噛む一匹の大きな蛇;そして彼の繁殖器を掴む蠍です。その類推は誰にでも明らかなはずで、タロットの文字を研究している者達には特にそうでしょう。その21番目のカードは、どの様に人が動物(動物的な情熱)によって包囲されるのかを描写します。

それらの同じ平面球体の上で、蠍座はまたルガル・トゥッダ(Lugal-tudda)で、泥棒と稲妻の神(木星/ゼウス)で、人に火を与えたもの(プロメテウス)です。蠍の針によって産出された苦しみは、稲妻の燃焼に比べられます。それは、蛇の川と呼ばれ、また霊の世界の羊囲いの川とも呼ばれます。その後者の表現は、後々言及され、説明されます。稲妻において現れている電気的な炎は、性的な行為の終わりにおいて体から離れる、生命の火に対する類推です。

「そしてそれらは蠍の様な尻尾を持ち、そしてそれらの尻尾には針があり、そしてそれらの力は五か月間、人々を苦しめるものだった」(の五か月間)。 - ヨハネ(ジョン)の啓示書9:3,4,10,11.

「そしてそれらの力は、五か月間の間、人々を苦しめるものだった」と言う言葉には、より深い意味があるのは明らかです。1年の最後の五カ月の間、人類が寒さから苦しむのは事実ですが、生活の状態が異常でない限り、それは特に「苦しく」はありません。このサインに与えられた解釈と、異なった国々と多くの民族によって知られた名前の全てにおいて、深く秘儀的な鷲を除いて、肯定的、または建設的なものは一つもありません。

通常通り、私達は、私達の題材を理解するために、解剖学と身体生理学を使用しなければなりません。蠍座は8番目のサインなので、それは繁殖器を含む人体の部分に分配されます。神経システムの研究は、仙骨と名付けられた脊椎菅の土台の大いなる神経節と、脊椎の下部である尾骨が、繁殖的な腺に関係していると言う情報を私達に教えます。

体における最大の神経、大いなる坐骨神経は、仙骨の中心から上昇し、性的な腺に重要な分岐を送るだけでなく、膝とその先までその他の神経の分岐を送ります。仙骨の中心が山羊座と供に分配され、そして足先は魚座と共に分配されるので、体のこの部分(下半身)が、5つのゾディアック的なサインに関連しているのは明らかです。

「苦しみ」と言う言葉の秘密の説明は、性的な過剰、または自己-虐待において、繁殖器である蠍座が誤って使用されると、それらの5つの部分(下半身)の活動を障害するだけでなく、とても頻繁に麻痺に結果すると気付かれた時に明かされます。故に、人体の12分の5(下半身)は、その他の12分の7(上半身)の間接的な影響に加えて、性交的な生活の結果として直接、一貫的に悪化させられます。手足の先は徐々に不活発に成り、四肢は鈍く固く成り、背中は曲がり、そしてもし人が歳終えていなくても、老けて見えます

泥棒と言う用語が極めて適切なのは、蠍の(針の)一撃が、身体生理学的に解釈された際に、遅かれ早かれ、全てのための死に、最も間違いなく結果するのが明らかなためです。性的な活動は、手足によって表された体の5つの分類からエネルギーを盗むだけでなく、ゆっくりと、徐々に、正に同じ方法で、脳に対して反応します。その他に、私達が信じる信じないは別として、全ての腺の基本的な液体は、体における第一の腺である、脳の中で創造されます。大脳は正に生命の泉で、その中に沈殿/降臨されるのは神秘的で半-液体的な、ワックスの様な実質で、それは「灰色な物質」と呼ばれます。この灰色な物質における極微量なミネラルの粒子は、天然磁石、または磁石を構成し、それは湿った空気と生命のスピリット、またはアカシャ(akasha)を、脳の溜池、または前障へと引き入れます。後者の器官の機能は全く説明されておらず、加えて大脳自体の数々のその他(の機能)に関連して全く情報が与えられていません。

古代人達によって知られていた蠍座の、ユーフラテス(中東)的な用語、「霊の世界の羊囲いの川」に関連して、上述の用語の現代的な確認を見つける事で、私達は驚かされます。

今日認識され、祝われる休日は、とても大昔の時代にも知られていました。それらが今日でも存在しているのが何故なら、それ等の起源が事実に基づいているためです。人類に関する重大で、重要な真実は、それらの一つ一つの中に体現されています。

ハロウィーンは一つの例です。この日が特に適切で興味深いのは、何故ならそのお祝いは、太陽が蠍座のサインを通過している間に起こるためです。このお祭りの起源が「古代の薄暗い影の中で失われた」のは、多くの人達が知っています。ですが、風習とお祝い(i.e. お盆)は国々において多少は異なりますが、それらの全てに浸透している様に見える基本的なアイデアは同じで - 幽霊が出歩き、そして魔女達、邪悪なスピリット達、または鬼達が10月31日に、彼等の毎年の宴会を楽しみます。太古の時代において、そのお祭りは、次の日の11月1日まで続きました。これらの日々が、蠍座の(30度の)7度目に一致するので、この角度は山羊座の振動を有しています。

ゾディアックのそれぞれのサインの中に月がある時間と一致して、自然の創造的な振動は、2日半毎に変化します。その月の日々において(または、正確には、それぞれのゾディアック的なサイン)においてそれらの変化を見つけるためには、ゾディアックの12種のサインが、それぞれのサインの中に表せられなければなりません。これを行うために、一つのサインのディーカン(10度)は、それぞれ2.5度ずつの4つの部分へと分けられなければなりません。この方法によって人々のチャートを研究するのは最も興味深く、そしてそれが、特徴/性格と同時に身体的な状態が正しく分析出来る、唯一の方法であると、私は確信しています。上昇しているサインは使用されてはなりません。牡羊座の角度はいずれも、アセンダント(東の地平線)の上にあってはなりません。

ハロウィーンの私達の題材に戻ると、この時期の特徴と本質は、本質的に山羊座的であると私達は見つけます。この後者のサインの名前に関する私の研究は、それが2つの言葉、Capri と corn を構成する事を見つける事に結果しました。

Capri と言う言葉は山羊を意味し、そして corn は種のための一般的な用語です。故に Capricorn (山羊座)は山羊の種、または動物の種を意味します。素朴な言葉において、それは繁殖的、または venal (金銭的?)な種に言及します。Corn はまた、horn (角)を意味します。

脊椎の仙骨が山羊座と共に分配されるのは、太古の時代から知られていましたが、このための理由の説明は、今まで成されていませんでした。しかしながら、それは今、発見され、そして体形成と星的な分析の生物化学的なシステムと題された本に付属している表の上で完全に説明されるでしょう。これは来年に出版される予定です。

ハロウィーンのお祭りが元々、繁殖に関した何らかの特別な事実に基づいていた事を証明する多くの証拠があります。この時期に行われる娯楽のいずれも、この秘密に対して注目を引きつける役割を全く果たさないのが事実である間、それにも拘らずブリタニカ大辞典は以下の情報を与えます:「11月の初日、またはその付近において、ドゥルイド達は彼等の大いなる秋のお祭りを開き、そして収穫のための感謝祭として、太陽神への敬意において、火を灯しました。更に、このお祭りの前夜、死の主、サマンが、過去12か月の間、動物達の体に宿る事を(罰として)運命づけられた邪悪な魂達を一緒に呼び集めると言うのがドゥルイド的な信仰でした。」

上記にコメントする前に、もう一つの言及が与えられなければなりません。リチャード・ヒンクリー・アレンは、彼の星の名前とそれらの意味の中で、蠍座の中の星々の一つ,グラフィアスのためのギリシャ語の言葉が、を意味すると明言します。「その称号の起源が此処にあるかも知れないのは、太古の時代において、蟹と蠍のためのアイデアと言葉が、殆ど入れ替え可能として知られていたためで、後者の生き物が、前者から派生したと言う信仰からのものです、」と明言します。

上述を強調するために、彼はフット・ノートの中でこう加えます:「この意見は、4世紀の博学な聖者オーガスティンとバジルによって信じられ、そして聖者イシドアによって彼の Origines et Etymologiae (語源の起源)の中に自信を持って表現されました。」

秘儀的で、身体生理学的な見識からの、占星学の何らかの理解無しで、上述で与えられた2つの言及の全体的な重要性を評価する事は出来ないでしょう。

秘儀的、そして生物学的な占星学は、それによって、蟹が実際に蠍へと変えられたと人が発見する方法です。これが意味するのは、(その全てが正当に体に帰属する)体の小体(遺伝子/細胞)の10分の1が、より低い(肉欲的な)マインドの振動の下で、精巣の中へと引き寄せられ、引き入れられ、そして其処において動物的な幼芽/根源、または小体(遺伝子)へと変えられたと言う事です。真の身体生理学的な小体は、それら自体において中性的(無性)で、そしてそれら自体の努力によって、繁殖する事が出来ます。言い換えると2つの性別は、お互いと共に調和的な関係で、そして故に、勿論、必要な素材が準備されていれば、「娘的な細胞」を、永続的、または必要とされるだけ分離して産出する事が出来ます。

その小体(遺伝子)達が女王蜂なのは、それらが同じ本質であるためです。それらは、それら自体を再産出する事ができ、そして、加えて、異なった幼芽/根源の細胞へと発達する事が出来ます。真実を受け入れる科学的なマインドの人は、この直喩に対して欠点を見つけないでしょう。

上記は、本物の占星学の知識が究極的に明かす、大いなる身体生理学的な秘密の数多くの中のたった一つです。

この題材についての更に多くは、これから出版される本、セックスと避妊についての真実の中で与えられるでしょう。

このサイン、または1年のこの時期に、オランダ人によって与えられた解釈を再検証すると、私達はそれが、殺生の月と名付けられたのを見つけます。これは、小体(遺伝子)を睾丸の腺へと引き入れ、そしてそれらを動物的な幼芽へと変えるマインドの力に関する上述の明言の光の下で、重要です。性的な行為において、それらの幼芽は、卵子を受胎させるために一つの精子しか必要では無いと言う事実のために、殺生されます。意味なく浪費された数百万は、聖書が、「彼等の死体は、その街の道の上の其処等中に横たわった」と明言される様に、勿論死にます。

上述は、心地良い構図では無いかも知れませんが、人が一旦立ち止まれば、真実である事に気付くでしょう。殆どの人達は、体とその機能に関して、実質的に殆ど知りません。この最も重要な題材の研究が、真剣に扱われなければ、誤った生き方の大災害的な効果は気付かれ無いでしょう。今現在、それらの事実に気付く事は、処女であり、乙女座である、健康のハウスを純粋化するものである海王星が、1928年5月から1942年まで通過しているので、特に重要です。宇宙的な大掃除が始まりました。私達は、もし意図しようとも、それを避ける事は出来ません。私達が唯一望める事は、その純粋化の炎が、全ての不純物の中で何らかの黄金を見つける事だけです。

この小体の酷い無駄遣いは脳を鞭打ち、そして性的な生活の延長に沿って、体と脳の両方が、ゆっくりと、または素早く退化/老化する原因に成ります。それが真実である事を望まない者だけが、この事実に気付く事が難しいと見つけます。

退化、派生、そして再派生は - 3重的な存在の3つの段階 - 動物、人間、スピリット的な人です。本物の哲学者達は、恐れと悔やみと共に、私達の大多数が、未だに最初の段階(動物)である事に気付きます。身体生理学的な事実の光の下で、これが真実である事を否定する事は出来ません。それぞれの段階の描写は、人が簡単にそれらの間を区別出来る様にします。

退化は、唯一快楽的な感覚のためだけに、人が生きる事を意味します。

派生は、子供が結果するためだけに、親に成る、故に性的な行為を行う派生を意味します。

再派生が意味するのは、もう、あらゆる性的な思考が存在せず、故に性的な行為が全く行われない事です。体が創造的な実質も、電気的なエンルギーのどちらも失わないので、体と脳は、それらの小体のどれも失いません。故にそれらは、効率の最高の段階を会得します。トマス・ヴォーガンは、彼の重要な研究の中で、体が創造する種は食べさせる(栄養を与える)ために使用され、そして故にそれが形成する体を再創造するために使用されなければならないと明言します。これは、当たり前の事実です。

蠍とその針は、太古の時代から、死の天使として知られていますが;白い鷲(鷲座)はその秘儀的な象徴で、「克服(覚醒)した人」への、永続的な生命の、神聖な約束のエンブレム(象徴)です。「そして彼はもう外には出ない」と言う素晴らしい言葉は、死の克服に言及しています。使命を保つために、十分な小体(遺伝子/細胞、etc.)がある時、死は起こる事が出来ません。

すると、古代人達が蠍座を「地獄の門」と言及したのは驚きでしょうか?または - 金星のたくらみが、その知性を盗むので - 「泥棒」と呼ばれるのは驚きでしょうか?

私達は此処で、蠍座の中の星々の幾つかを考察し、そしてそれぞれの一つずつの分析が、どの様に私達の証拠の蓄積に加えられるのかに着目します。

その蠍は、巨人を殺したものであると言われます。

注目するためにとても興味深いのは、リチャード・ヒンクリー・アレンが、彼の星の名前とそれらの意味の中で、蠍座についての彼の記事を、実質的にこう述べる事から始めるためです「古典的な著者達は、その(蠍座)の中に、ファエトンの未熟な手の中にあった時、ファエボス・アポロ(太陽神)の馬車の大災害的な暴走の原因に成った、怪物を見ました。

アンタレス(ANTARES)と名付けられたとても大きく明るい星は、その蠍の心臓を表すと言われます。私達はその言葉を研究してみましょう。それは、ANTARESの2つの言葉で構成されています。前者は、対する(アンチ)、または対峙を意味し、そしてアレスは火星と同時に牡羊座のための、ローマ時代の名前です。蠍座の解釈の一つは、「土台/基礎への対峙/正反対」で、(大脳、または牡羊座によって体現される)生命自体である、その土台を害して破壊する事を求める事を意味します。

ANT(アンチ)-ares が進化の現段階における蠍座の統治者として、陰的(マイナス)、または破壊的な感覚において、火星に言及しているのはとても明らかです。占星学が、火星は牡羊座と蠍座を統治すると教えるので、火星(Mars)と言う言葉を詳細に分析する事が必用です。

牡羊座の統治者として、火星は既に考察され、その解釈は、創造、または構築のための、建設的に使用されたエネルギーでした。蠍座の統治者としてそれは、死の天使、または方法(i.e. 冬の始まり)に成ります。それは創造せず、破り裂き、破壊します。

私は故に、研究者達の使用のために以下を貢献します:火星はゾディアックの最初の7つ(上半身)のサインを、陽的(プラス)に、そして建設的に統治します。それはエネルギーで、そしてその様なものとして、牡羊座から天秤座までを含む、体の7つの重要な器官を創造し機能させます。火星は蠍座と体のその他の4つの部分(下半身)を陰的(マイナス)そして故に破壊的に統治します。それは、そのスピリット的な振動を失い、そして動物的に成りました。故に「アエスキュラピスは天界(大脳)から火を盗み、そしてそれを地上(動物的なチャクラ)に鎖した」と言われます。

蠍座が、バランスのサインである、天秤座の隣りである事を思い出して下さい。もし人がバランスの地点(天秤座)を超えて行くと(ファエトンは、道の真ん中を保てと言われました)、彼は、蠍が、彼を掴むために、ハサミを伸ばしているのを見て、そして彼の顔にその有毒な息を感じました。彼は「超えてはならない輪」を超えて行ってはいけません。

火星の陰的な振動の中で(動物的に)生きる者達が、それ以外に解釈出来無いので、現在まで火星を、「戦争の神」として解釈したのは、すると、奇妙では無いでしょう。

中国人達は、アンタレスを、タ・フー、大いなる炎と呼びます。これがとても相応しいのはすぐさま気付かれるでしょう。セックス以外に、より消費的な炎はありません。

注目するに値するのは、聖書の用語索引において、丁度(獅子座の下で与えられる様に)ライオンに7つある様に、蛇の7種の異なった解釈があります。それらは、蠍座の下で研究された物質の異なった段階、または状態を扱います。

啓示書においてそれは「悪魔である老いた蛇」と言及されます。無知(故に罪、または誤った行い)は、陰的(-)な解釈である間、英知は陽的(+)です。「汝は、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。」- マタイ10:16.

イサイア書の中に、私達は飛んでいる蛇(龍)としての、蠍座の秘儀的な象徴としての直接の言及を見つけます。「その蛇(脊椎/イダ/ピンガラ)の根源から出でるのはコカトリス(伝説上の怪物)で、そしてその実(成熟)は、凶暴な空飛ぶ蛇に成るでしょう。」これが素朴に意味するのは、脊椎の仙骨と尾骨、または根本の部分です。この炎(英知の炎)の幾らかは、性的な行為において失われます。その蛇(オイル)は、「持ち上げられなければ(上昇させられなければ)なりません。」その真実は、もしそれ(オイル)が放っておかれれば(失われなければ)、それは最終的に上に上がる(上昇する)でしょうと言う事です。

上述の明言の科学的な説明は、循環において途切れが無い処には消失が無いと言う事です。循環は移動を意味し、輪において回転する事です。人類は、進化の現段階において、その腺的な循環においてその様な途切れを有するので、消失は必然的です。アエスキュラピウス(Æsculapius)の神聖な炎は上昇する事が出来ず、大脳において創造されたエッセンス(本質/分泌液)の全ても、それ(大脳)に帰る事が出来ません。多くの人達において、とても極少数しかそれ(オイル)が戻らないのは真実で、そして脳脊髄システムは、身体的なメカニズムが機能する事を保つために、十分に供給しようと働き過ぎて苦しみます。

蠍座の私達の検証を続けると、私達は、リチャード・アレンによって、こう述べられているのを見つけます、「アッカド(バビロニアの一部)人達はそれ(蠍座)を、(薬で)誘拐するもの、または刺すものである、ギルタブ(Girtab)と呼びました。それは体の小体(遺伝子/細胞、etc.)を、正に真実において誘拐する、または盗み、そして「貴方は刺された(やられた)」と言う日常口語の表現はよく聞かれます。それは、以前にも上げられたその他の表現(「キック(蹴り/興奮剤)のある何かをくれ」)と共に、私達の現在の感情的な状態の体現です。

その同じ名前、Girtab はもう一つの解釈が与えられ - 人が頭を下げる場所です。それがまた、特に相応しいのは、3つの男性的で性的な腺の一つが、同じ意味の表現的であるためです。それは前立腺(prostate)に言及し、それが意味するのは prostrate (腹這いに成る)、または頭を下げるです。前立腺は、睾丸の中で男性の幼芽の種(精子)が完璧化された後、それらを受け取ります。それらは射精されるまで、其処に蓄えられます。女性の子宮は、同じくして、卵子を受け取ります。もし受精されたなら、それは留まります。もしそうでないなら、それは体外に排出されます。両方が下に行き、それは頭を下げるのと同じ意味です。

早期の平面球体(ゾディアック)において蠍座は、天秤座の秤を掴んでいる様に表されました。これは間違い無く、古代人達は、性交が身体生理学的、そして形而上学(精神)的な機能をアンバランスにする事実に気付いていた事を証明します。それらは、神聖な建築士と化学者(i.e. 神)によって、完璧に成り - 故にバランスされる様に意図されました。

ハロウィーンの翌日であり、煉獄(purgatory)の中の魂のための祈りの時として設定された、11月2日に、クラグニーの大修道院長、オディロは任命されたと言われます。失われた、人間の繁殖的な幼芽(精子/卵子)です!それらは正にではありませんか?実際に、それら以外に、失われた魂達はありません。それぞれの個人は、それにおいて最善を尽くすべき、人生の次の人生、転生の次の転生を有します。それにおいてスピリットが回帰する、私達の多くの生命は、建設的に創造する事を学ぶために、何度も、何度も、新たな赤子の体へと戻り、学校の日々の類推です。残念なのは、私達が皆、学ぶ事においてのろまである事です。

リチャード・アレンはまた、前章の光の下で当然と理解されるべき、この奇妙な情報を私達に与えます:「ですが錬金術師達が蠍座を高い尊敬において保ったのは、鉄のゴールドへの変格が行われる事が出来たのは、太陽がこのサインに入った時だけだったためです。

鉄分は、火星に分配された塩で、そして火星はエネルギーなので、この化学物質の最も高い使用は、最も貴重で、そして崇高な金属、つまりゴールドの創造です。その真の、そして秘儀的な重要性において、昔からの錬金術的な逸話の全てが本当に言及しているのは、人体の劣っていて非完璧な産物の、完璧なものへの変格(悟り)です。しかしながら、この変格が隠れた行程として障害されてしまうのは、それが遥かに異なった事を意味していると気付く事が出来る者は、極少数しかいないためです。

蠍座における火星の特別の場所は、その尻尾と針の中であると言われます。「そのハサミが、金星と共に関連させられるバランス(天秤座)の首かせにおける星、ジュグム(Jugum)に特に関係しているのは、何故ならこの女神(ヴィーナス)が、婚姻の首かせの下で、人々(男女)を統一させたためです、」とリチャード・アレンは述べます。恐らくこれは、とても多くの離婚がある理由を明かす役割を果たすでしょう。少なくともそれは数多くある中の一つで、そして多分、最も重要です。

もし人が、本書のその他の場所にある、「宇宙的な胚芽」と題された(この時代に)新しく、特徴的な図表と表を検証すれば、ゾディアックのそれぞれの引き続くサインが、その一つ前のものより場所を取らない事に、その人は気付くでしょう。以下は、蠍座について、リチャード・ヒンクリー・アレンが述べなければならなかった事です:「通常はゾディアックの中にありますが、太陽は実際に蛇つかい座(Ophiucus)へと上向きにプロジェクト(投射/投影)する2つの部分を通り抜けるにおいて9日間しか入りませんが、それが黄道の遥かに南で;実に、それらのプロジェクションを除いて、それはゾディアックの一部であると主張する事は出来ません。」恐らくこれは以下を述べる文章において、聖書が言及している事なのでしょう:「神がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、神は選ばれた人たちのために、その期間を縮めてくださるであろう。」- マタイ24:22.

上述は疑う余地無くこのサインの最初のディーカンの10度(の角度)に特定的に言及し、それは動物的な幼芽の創造に対して分配された人体の一部を覆います。もし体において更なる場所がこの機能に分配されていたなら、「誰一人救われない(no flesh could survive)」のが否定出来無い真実なのは、肉体(flesh)自体が、今の場合よりも、もっと多くの小体(遺伝子/細胞)を奪われるためです。

太古のユーフラテス(中東)の人々によってこの星「アンタレス」に与えられたもう一つの興味深い名前は、ビル・シャ・ジリ(Bilu-sha-ziri)、または種の主でした。これは、アンタレスが、種を創造する場所である、蠍座の最初のディーカンに本当に帰属する事を証明します。

12年前に、私の研究は、蠍座の最初のディーカンが、精巣の腺、または同様に、卵巣の腺に関連していると、私に明かしました。その真ん中のディーカンは、男性における Cowpers の腺、そして女性におけるバルトリン腺に関係しています。その最後の10度は前立腺を覆い、そして子宮に一致します。ゾディアックが本質的に身体生理学的であると同時に解剖学的であるために、これは、自然的なゾディアックが使用された時、これは全然誤りが無いと見つけられるでしょう。

ユーフラテス(中東)の人々はまた、この星をカク・シサ(Kak-shisa)、繁栄の創造主と呼び、それは本質的に相応しい解釈です。身体生理学的な蓄え庫の中に多くの穀物を有する人は、とても裕福です。この比喩は恐らく、裕福な人の聖書的な逸話の起源です。彼は、彼が持っているものを取り換え、そしてそれを貧しいもの(貧窮した、栄養不足の細胞)に与えなさいと言われました。「青年はこの言葉を聞き、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。」- マタイ19:22.

「エジプトの天文学において蠍座は女神セルキット(Selkit)、またはセルクッ・ト(Serk-t)を表し、ピラミッドの祭事におけるアイシス(イシス/Isis)の象徴でした」と、リチャード・アレンは述べます。月がアイシスの名前によって知られていた事が思い出された時、その本当の本質、つまり繁殖力が認識されるでしょう。真の繁殖力は蟹座の下で考えられ、そして小体(遺伝子/細胞)の創造と関わっています。蠍座において、それらの特定の数が、動物的な幼芽(精子/卵子)へと変えられます。

蠍座のこの機能は、蠍が蟹から派生させられたと言う、太古の占星学者達の信仰によって確認されます。実際に、キリスト教の早期の神父達、聖者オーガスティン、バジル、そしてイソドアは、この最も深遠な秘密の彼等の知識を、自信を持って表現しました。古代人達がそれをとても良く知っていたのは明らかです。もし彼等が、この素晴らしい科学、占星学を、体において以外に使用していたなら、それはそうでは無かったはずです。

絶対的な純粋さは、本物の教会(i.e. 体)の構造の基礎です。純粋化された体は神聖な場所で、一つの聖域であり、神聖の中の最も神聖です。そうでなければ、それは短い間のためにその中に住むための家です。時にそれは、単なるボロ小屋です。

蠍座の名前の一つアクラブ(Akrab)は、傷を負う/負わせるを意味します。前章において、金星(ヴィーナス)は、天王星(ウラヌス)が傷を負った時、海の泡から浮上したと言われた事が思い出されるでしょう。その後者が、占星学的な逸話において人の息子(救世主)なので、この逸話が本当に言及するのは、その小体を奪われている血液の塩水溶液です。(その上で天王星が統治する)水瓶座は、血液の血清、塩水、または活性化的な部分に関係しています。

リチャード・アレンから引用された以下には、コメントは必要ではありません:「このユーフラテス(中東)的な平面球体(ゾディアック)におけるもう一つの星は、ギス・ガン・グ・スル(Gis-gan-gu-sur)、英雄の光、または底無しの穴(abyss/宇宙)の中に置かれた光の庭園の木で、私達にもう一つの木、エデンの園の中に置かれた生命の樹を思い出させます。」それが善悪、言い換えれば肯定()と否定()の知識の樹であるのは明らかです。

この同じ星は、クラウン(王冠)と呼ばれます。そのとげに疑いはありません。この星座には、アル・シャウラ(Al Shaulah)とヴィクリタウ(Vicritau)と名付けられた2つのその他の星があり、生理学において Caput Gallinaginis または Vermontanum と呼ばれる2つの排出的な腺の類推である、「2つの開放者/放出者」として解釈されます。

ヒンドゥーの逸話の中で、私達は蠍座の星々の多くが一つの名前、大参事の下でグループ化されているのを見つけます。此処においてこの名前は、蠍座の陰的(-)、または破壊的な特徴に言及します。ユーフラテスの人々は、その陽的(+)な本質を繁栄として描写し、それは故にその象徴、白い鷲(鷲座)と共に分配されます。

「エリスが、彼のポリネシアの研究の中でカスター(カストル星)とポルックスに応用した名前と伝説は、W. W. Gill 神父が、彼の南太平洋の神話と唄の中で此処に帰属し、ハーヴィー諸島の口伝者達の中で一番好まれると主張します。彼等はその一つ、彼女の弟から分離させられる事の出来ない少女、ピリ・エレ・ウア(Piri-ere-ua)が、彼等の両親によって悪く扱われた時に、家から空へと逃れたとし;2つの星々がそれらに続き、未だに追いかけているとする」と、リチャード・アレンは明言します。

カスターとポルックスは、双子座の下で考えられ、2つの名前が与えられた事が思い出されるでしょう。それらが、蠍座と同時に双子座に関係していると信じるのが簡単なのは、その後者が、より低い、または肉欲的なマインドで、それは殆どの部分において、蠍座に分配された体の部分の活動に巣くうためです。実際に、ポルックス、またはボルス(bollus/bollocks/ゴールド・ボール)は、性器の一つに応用された名前の一般的な口語です。去勢(castrate)と言う言葉はカスター(Castor)と同じ語源から派生し、睾丸を切り取る事による去勢を意味します。

蠍を描写するにおいて、私達は辞書がこう述べているのを見つけます「それがその他全ての存在している(生き物の)種類から一目ではっきりと区別可能なのは、その体の最後の6つの部分が、高度に柔軟な尻尾を形成するために変形させられ、その先端が、毒の腺の対を持つ vescicle (小嚢/vesicle?)に構成されているを持ち、そして鋭い背骨(背中)の背後の先(針)においてその腺の送毒菅が開きます。それらは熱に対して極度に敏感で、それらは、それらに熱が当たっていると感じた時に、それらの尻尾を振り回し、あたかも目に見えない敵を追い払うかの如く、左右に刺します。」

蠍座が実際に、ゾディアックの最後の5つのサインと、そして体の一致する部分(下半身)に関係しているので、その(蠍の体の)部分の数は適切です。それが「熱に極度に敏感」と言う明言は、性的な器官が同等に敏感であると言う、よく知られた事実によって確認される、もう一つの分配です。それらは、情熱の炎に瞬時に反応します。その尻尾を振り回し、刺す、熱に対する蠍の反応は、性的な器官にも同等に応用可能です。

この時点において、このサインの象徴の意味を説明するのが良いでしょう。それは、最後の一筆が、その線の先に延長され、そしてその先に針が印された「m」の太古の文字によって構成されています。

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この文字の重要性の全部が気付かれるために、乙女座の章が再検証されるべきです。ヘブライ語においてそれは、メム(MEM)と綴られ、そして母、女性、創造的な液体、(それが生命を維持する要素の全てを含むので)海水を意味します。海の水の中の魚は、血液の生理塩溶液の中の小体(遺伝子/細胞/血球)に一致します。当然、第6章において明言された様に、メムは実質、または物質を意味し、そして物質、または実質が純粋に成った時、それは処女マリー(聖母マリア/乙女座/金星)です。

その尻尾の針がキューピッドの矢として認識されるべきなのは、彼が、その矢が傷を負わせるとして知られ続けてきた狩人であるためです。

何故、バランス、または天秤座のサインが、蠍座と乙女座のサインの間に配置されたのかを、誰もが理解する事が出来るために、このサインの特徴に関して、既に十分に記述されたのは明らかです。その2つの本質は、真っ向からお互いと対峙しています。過ぎゆく時代を通して、それらの3つは、人類のための神の計画の実際の描写化である人類を真正面で見つめました。乙女座と蠍座の間に、最終的にハーモニー(調和)、またはバランスが存在しなくてはならないのは、そう成るまで、その後者が、誇りと共に蠍座の象徴を、鷲座と共に入れ替える事が不可能なためです。その腺的な液体(分泌液)は、溶けたゴールド(オイル)に成り - 大脳である - 高み、最も崇高な場へと上昇します。

体のこの部分に関連した、その他多くの奇妙で興味深い聖書的な明言が与えられる事が出来ますが、それらは、それらの題材についての、今後の著書の中に含まれるでしょう。ですが更にもう一つが場違いでは無いのは、その2つの開放者(腺)、私達が考えている体の部分と共に分配されている星々が、ラテン語において「ヤマシギ(鳥)の頭」を意味し、そして身体生理学的で、繁殖的な液体の射精をしている腺のための用語である、caput gallinaginis に一致します。

雄鶏(cock/ペニス)は、聖書の中で、ピーター(ジュ・ピーター/木星)によるイエス(太陽)の否定への言及において記述された事が思い出されるでしょう。ヘブライ語における「Gever」が、人と雄鶏の両方を意味するのは、事実です。

この納屋の鶏の完全な解釈と組織学(histology)が知られた時、研究者達は唯一、何故オカルトの(隠された)文献において、それに対するとても多くの言及があるのかを気付きます。動物的な象形文字は常に、動物的、または肉欲的な本質を典型し、象徴します。すると、全ての動物の、この最も電気的な「夜明けの鳴き声」は、人における骨頭(caput)gallinaginis の身体生理学的な運動に、正しく一致し、そして類推であるのは、事実です。

何故、雄鶏は、まだ暗い間に鳴き声を上げるのでしょう?それは、電気的な球体である太陽の接近を布告し、その本質はそれ自体と正しく一致します。それは、全ての物事に新たな生命とエネルギーと共に浸透する、ポジティヴ(陽的)な光線、または振動の接近を知覚します。そして故に、彼自身のハーレムの主人である雄鶏は、彼自身の領域の上で同じ様にする事が、彼の特別な仕事であると知っています。

ブラヴァッツキー婦人は、彼女の秘密の教義の中でそれについて以下を述べました:「とてもオカルトな(隠された)鶏で、太古の占いと象徴化において敬われました。ゾハールによると雄鶏は、人の死の前に3度鳴き;そしてロシアとスラヴ民族的な国々の全てにおいて、雄鶏が飼われた処に住む人が病気に成った時、もしその鶏が、その鳴き声が自然的と考えられる、真夜中、またはその直後に鳴かないなら、その鳴き声は必然的な死の兆候とされます。雄鶏はアエスキュラピウスにとって神聖で、そしてその後者は、死者を生き返らせた SOTER (救い主)と呼ばれたので、その賢者(ソクラテス)の死の直前に、「雄鶏はアエスキュラピウスの御蔭」とソクラテス派が合唱したのはとても示唆的です。象徴性において雄鶏は常に太陽(または太陽神)、死、そして破壊に関連されていたので、それは雄鶏が三度鳴く前の、ピーター(ペトロ)の彼の師匠を拒絶する事において、4冊の福音書の中で、その相応しい場所を見つけました。雄鶏は、全ての鳥の中で最も磁気的で電気的で、故にそのギリシャ語の名前はエレクトラムです。

chanticleer (雄鶏)と言う言葉が金切声の歌手を意味するのは、その鶏が多少しゃがれ声、または耳障りな声であるためです。ハーモニー(調和)の反対は摩擦で、そしてこの後者の用語が、その身体生理学的な一致さえも含めて、全ての感覚において雄鶏に完全に応用可能です。繁殖的な液体を出すために必要な痙攣(けいれん)性のひきつけを産出する様に、射精的な腺が可能にされるために、摩擦が開始されなければなりません。

辞書によって与えられた雄鶏(cock)と言う言葉の解釈の全ては、身体生理学的な一致に関する私達の発見の証明のために間違いなく加わります。雄鶏は、指導者、ボス、または主人を意味します。デンマーク語においてそれは、一塊、または一山です。その他の解釈は:競争する、または戦う;小さなコーン型の松ぼっくり;振り向く、または突き出すです。その全ては、言葉の研究が明かす魔術を証明します。

教会の尖塔の上の雄鶏の本当の解釈が学ばれたら、福音書の神父/牧師達の殆どは、どれだけ驚かされるでしょう。もし尋ねられたなら、彼等は間違い無く、聖書において雄鶏が述べられるのは、ピーターのイエスの拒絶に関連してであると答えるでしょう。故にそれは、今日の人類に対して、注意して、彼(神)を否定しないための、存在し続ける警告です。上述に与えられた点と同時に、それぞれのゾディアック的なサインにおいて伝えられた逸話の光の下において、この鶏が象徴として使われたのは、何故なら、それが人間の体の特定の部分に対する類推であるためと言うのは鮮明でしょう。

雄鶏に対する1つか2つの奇妙な言及は、更なる確認として与えられます:「雄鶏に栄養を与えても、それを生贄に捧げてはいけない。これは(新プラトン主義の哲学者)イアンブリカスのプロトレプティクスの中の18番目の明言です。その雄鶏は(英知の女神)ミネルヴァと同じく、太陽と月にとって神聖で、そしてその神々に対して生贄的な提供を捧げるのは神聖冒涜です。神に対して既に神聖にされたものは、生贄に使用される事は出来ません。

「そのミシャはこう述べます「彼等は、神聖な物事のために、エルサレムにおいて雄鶏を育てません。」」当然、これはその名前の街に言及しているのでは無く、体の一部(大脳)の事です。

蠍座の中の星の形の一つが、蛇と格闘している蛇つかい座であると見つけるのは興味深い事です。片方のかかとに(蠍の針を)刺されますが、彼(蛇つかい)はもう片方でそれを踏みつけます。

蠍座のネガティヴ(陰的)な統治者として火星は、ギリシャ神話において、美の女神(ヴィーナス/金星)自身の愛人と言われます。しかしながら、「戦争の神」(火星)とされて知られている姿の最も古い描写は、彼の足元にエロスを控える座した火星(Mars)で、エロテス、または生命のスピリットを魂化する大いなる創造的の力であるエネルギーの象徴です。

火星の寺院と最も古い祭壇は、キャンパス・マーティヌスに位置します。彼の神聖なエンブレムは楯と槍で、それらは天界から落ちたと信じられました。それらは彼への崇敬において開かれた異なったお祭りにおいて神官達によって運ばれました。それらの最初が3月に祝われた間、その他は10月に行われました。これらの2つの期間は、キャンペーン(軍事活動)の季節の始まりと終わりを表していました。それらは、重要な器官の創造と、そしてそれらの中で起こっている運動に一致していました。キャンペーンと言う言葉は、組織化された活動、または運動を意味します。

10月において、ラストラム(Lustrum)と呼ばれた特別な行事が行われました。それは、罪滅ぼしと純粋化(清め)の厳粛な祭事でした。私達自身も、その様な目的の一日を設けるのが良いでしょう。

火星は、蠍座の統治者として、有死の者達の災難/天罰で、そしてこのサインにおいてのみ、それは罪の無い者達のまぎれも無い惨殺である、強奪と殺害に関連しているとして解釈されます。そして理解されなければならないのは、これが唯一、そして全く、人間の無知によるものであると言う事です。火星は高い処から機能するために生まれました。私達は、有死の者達が彼を泥沼と汚れの中へ引きずり込んだからと言って、彼を非難する事は出来ません。火星が実際に、英知の女神であるミネルヴァの対象なのは、その高い処(i.e. 大脳)の彼の場所を保つ事を彼に強要出来るのは、彼女だけであるためです。

「愛する人たち、あなたがたに勧めます。いわば旅人であり、仮住まいの身なのですから、魂に戦いを挑む肉の欲を避けなさい。」 - 1ピーター(ペトロ)2:11.

人類は、自己-救済に成らなければなりません。これは、自己の知識を通して達成されるでしょう。

スミスの聖書用の辞書の中で、私達は蠍座に対する以下の言及を見つけるでしょう:「蠍座に対する聖書的な言及は、明らかに動物に対してでは無く、もし実際に単なる形だけでは無いとしたら - 恐らく鉄の先っぽのついた鞭の様な - 何らかの処罰の道具です。不貞の場合の天罰の罰則は、法によって定められていました。」

医療についての彼のとても特徴的で、興味深い記事の中で、この同じ著者が、死と病の本当の原因に気付いていたと現れるのは、彼が更にこう述べるためです:「若気の肉欲(至り)は死に絶え、そして「キリギリス」が恐らくその姿であるそれらの器官はリラックスします(落ち着きます)。その「銀のコード」は、神経の感覚、または運動、もしくは脊椎の骨髄自体なのかも知れません。恐らく、保留/分泌閉止の何らかの不具合は、「壊された黄金のお椀」によって象徴されるのかも知れず;「井戸において壊された水差し」は、通常の源泉における何らかの重要な供給の停止を示唆し - 恐らく消化、または呼吸の錯乱(不具合)で;「貯水池において震えた車輪」は、灌漑において親しみのある、水を持ち上げる行程のイメージを通して、言うなれば、血管を通してポンプされた血液の運動を意味するのは、「その血液が生命」であるためです。」

上記の様な明言は、その著者であるスミス博士の意識が - 身体生理学(解剖学)的である - 聖書の真の説明と解釈を「もたらそう/教えよう」と努力していた事を証明します。ウイリアム・スミス博士の直感と博識に勝る、近代的な聖書のための辞書は他に存在しません。彼の著書は、1860-63年に、3200ページ近くにも及ぶ3冊において最初に出版されました。この元々の研究を所有している人は実に幸運です。近年において、それらの3冊は再編集され、それらに含まれた情報は、そのページ数の半分まで削減されてしまいました。

「3人の賢者達、」「税の支払い、」「お金の救い、」「十分の一税、」「ブドウとフィグの樹、」と同時に数々のその他の奇妙な明言は、それらの題材に蠍座の解釈が照らす光の下でもし研究されれば、理解可能に成ります。

G. A. ガスケル氏は、彼の全ての聖書と神話の神聖な言語の辞書の中で、蠍座についてこう述べます:「それは、生命のサイクル(ゾディアック)の8番目の期間の象徴で、それの中で魂において熱望/情熱的な本質が圧倒的です。それは、精神的で、感情的な繁殖の機能を象徴し - それは精神的な概念と状態を繁殖し、そして再-創造する事が出来ます。これが再誕へと結びつく増幅/繁殖する機能で、そしてですから蠍座は、早期の人間の体においてマインドがその機能を開始した時、第三根源民族(the Third Root Race)の真ん中の物理的な領域(physical plane)上の「世代/派生への墜落/堕落」のサインに成ります。その中において、人類が経験を得ていて、その本質を進化させている、生命のサイクルの現在の方法は、未だに蠍座のサインのものです。」

蠍座は、牡牛座のサインの正反対なので、それらの2つのサインはお互いを補います。ガスケル氏の筆からの更なるコメントは指導的です:「感情的な本質の、より低い要素の象徴です。聖典の中で、神ミスラ/ミトラがその雄牛を殺す事に見られる様に、それは感情が物質との接触を通して活動的である事を象徴します。」

スエーデンボルグはこう述べます:「蠍によって象徴されているのは致命的な説得で;そして土の蠍による説得で、つまり、教会に関する物事において真実が偽りなのは;蠍が人を刺す時、人の四肢が麻痺させられるためです。

「それらの中に - 善と真実の愛である - キリスト(オイル)の力を持つ、魂の鍛錬された質が、より低い(動物的な)情熱と感情と、より低い(動物的な)原則を乗り越えられる事ができ;そして幻想がそれらに影響する事が出来ないのは、それらは真実の知識を有するためです。」

理解されなければならないのは、「真実の知識」が、苦しみ/苦悩によって与えられた経験の結果であると言う事です。それは、マインドと同時に、肉体上の効果で、最終的に人が、苦しみの原因に成る事を、行う事を止める原因に成ります。故に化学的、身体生理学的、解剖学的、そして占星学的な情報は、絶対的に不可欠です。

ガスケル氏は更にこう述べます:「さて、情熱のマインド(蛇)は、単純なより低い情熱、または食欲/肉欲(獣)のいずれよりも、より油断ならなく、そして故に、より高い直感から、感情的な本質を邪道に導く事ができ、そしてエネルギーの振動を情熱の平面(チャクラ)へと下向きに反らします。そして故に感情的な本質は五感の対象へと引き出されます。」

此処で私達は、この題材を扱っているサイン、獅子座への直接の言及を有します。ですがそれらの題材がどれだけ様々な著者達によって考えられようとも、その状況を改善するための本当の方法を実際に明かす者は誰もいません。化学唯一がその問題を解決するのは、全ての創造が達成されたのは、特定の要素/元素が、特定の働きを行う事が出来るためです。

故に、特定の種の働きが必要とされた時、完璧で化学的な計画が供給されなければならず、そうでなければ望まれた結果は会得されないでしょう。

「すると、その様な振る舞いのために、死、または絶滅が(予測しない形で)起こらないと情熱的なマインドが、感情的な本質に対して体現するのは;行動/運動の果実が試された時、それによって善が最終的に、善への忠実さと、悪への拒絶を通して達成される方法に成る経験を得られると神聖な本質が知っているためです。」 - G. A. ガスケル。

「それによって人が堕落した、善悪の知識の樹は、それによってサタンが消滅した、生命の樹へと変えられ;その反抗の果実は、楽園の真ん中にある、樹の果実に成り:その楽園は其処から最初のアダムが追い出された処で、第二のアダムが死から立ち上がった第二の楽園によって入れ替わられました。」 - J. M. ニール、Com. Psalms, 第一巻、139ページ。

上述の引用において、2人のアダム達への言及は、平均的な読者にとって、少々混乱させるものでしょう。ヘブライ語においてアダムが、人、または赤土を意味するのは、血肉の色のためと、実際に物理的な体が、塩(SALT)と言う言葉の意味である、土で造られているためです。「そして神は、土(地球)の塵から、人を造りました。」(聖書)

R. J. キャンベルは、彼の説法、知識の樹の中で、この題材について、正に本書の観点から、理解しながら記述します。彼は、聖書が歴史では無いと主張します。彼はこう述べます:「私は創世記の(堕落/墜落の)逸話が、それが存在する形で理論的に歴史としては考えられないと認めます:それは歴史では無く、それはもっと良いもので;それは経験の特定の事実の象徴的な明言です。」

自己保存、または民族の継続性を求めるために、人類の上に課せられた呪いなどありません。これがそうでなければならないのは、それが、それによって進化が機能し、そして完璧さが達成される唯一の方法であるためです。派生/世代/繁殖は、完璧さに向かう一歩で、そして絶対的に必要な前段階です。言葉の解釈を再検証し、そしてその真の意味が何なのかを、完全に理解して下さい。子供達のため以外の同棲はありません。

ブラヴァッツキー婦人著の秘密の教義第二巻の410ページにおいて、私達は以下の鮮明な明言を見つけます;「全てのマインドの無い動物-世界が、その正しい季節に行う(発情する)様に、自然的な統一(性交)を求めるために、カルマ(因縁/宿命)の呪いは彼等(人々)の上に呼び出されませんが;創造的な力を乱用したり、その神聖な贈り物を汚したり、そして獣的で個人的な快楽のために、その生命の本質を無駄にしたりするのは別の事です。」

これは実際に強い言葉で、そして絶対的にその意味を間違える事はあり得ません。そして創世記(1:28)における明言「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ、」は、唯一の事だけへの言及で、人の地上的/土の体に対してです。

台風を防げる人、落雷を妨げられる人、地震を止められる人はいるでしょうか?私達のそれぞれが従えられる唯一の地球/土は、私達自身の体と動物的な情熱だけです。私達はまた、私達自身の地上/土的な体の細胞を増やし、そして再補充する事が出来ます。

「ですがより良き地は其処で
其処でオリンポス(山)は空気を裂き、
その高い留まる谷は女神達の住む処で、
美しいものの中で最も美しい。
おお、其処には気品があり、そして其処には心の情熱があり、
そして平穏は貴女を飾り、貴女のスピリットは導きの炎です。」
- Eur. Bacch. 409.

私達は此処で、蠍座の化学的な一面を考えてみましょう。キャリー博士はそれと共に硫酸カルシウム、または石灰硫酸塩を分配し、それは一般的にジプサム、またはパリスの石膏として知られています。後者の用語の由来は知られていません。この事実を隠すために、パリスの石膏がその名前を派生させたのは、実際にそれがパリ近郊で最初に発見されたためだと辞書は明言します!パリスと言う言葉が、ラテン語の動詞、眼に見える様に成る、現れる、前にもたらす(卵に関する様に)産むを意味するpareo から派生しているのは間違いありません。この後者がとても相応しいのは、卵(の中身)がこの塩の殻、パリスの石膏によって保護されているためです。

硫酸カルシウムは本来、硬石膏として現れ、それが意味するのは、水の欠乏です。この塩が石膏を形成するために水と混ぜられた時、水が直ぐに蒸発し、保護の役割を果たす、固く成った表面を残す事はよく知られています。ジプサム(Gypsum)はそれのためのもう一つの用語です。この言葉の意味の語源は:固定された目的無しでさ迷う、回る、または旋回する - 円的な運動です。それは恐らく東洋の起源です。ジプシー(gypsy/放浪者)と言う言葉が、同じ語源から派生し、そしてとても相応しいのは、人々のこの民族、または部族が放浪/遊牧的(nomadic)な本質である事が有名であるためです。

Nomas は、それから遊牧的(nomadic)が派生したラテン語の言葉で、分配する、または分けるを意味します。この特徴はまた、この塩(硫酸カルシウム)にも応用されると観測されるでしょう。

大脳の回(gyri)はその渦巻き(大脳のしわ)で、そしてこの塩がそれらを形成するために重要な役割を果たすはずである事は、理解するのが簡単です。実際に、私達は、自然における運動の全てが、円的/回転的な本質である事に気付き始めています。スラングの用語「ジップ(gyp)する」は、人を騙す、または詐欺するを意味します。それがジプサム、または硫酸カルシウムの語源なので、それが正しくネガティヴ(陰的)な感覚において蠍座のサインに応用可能だと私達が理解するのが簡単なのは、繁殖的な物質/素材の正しい使用を行わない全ての者達は、彼等の最も大切な所有物(精子/卵子)を実際に、彼等自身からジップ(詐欺して/盗んで)いて、そしてその事実に気付いていないためです。

ローマ(帝国の)人達は、売りに出された奴隷達の足を、ジプサムで印したと言われます。これがまた蠍座にも応用可能なのは、人類が未だに奴隷化されていて、性的な商業と交換が終わるまでその(奴隷の)ままであるためです。

硫酸カルシウム、またはジプサムは、土のためのドレッシング(肥料?)、そしてまた石膏の型(ギブス)と固い包帯のために使用されます。

私達はジプシー(gypsy)と言う言葉が、エジプト(Egypt)が派生する言葉、アエジプタス(Ægyptus)に関連していると見つけ - 意味しているのは、暗闇と疫病(流行病)の場所です。ジプシーは、浮浪者と逃亡者かも知れないので、この言葉の繁殖的な幼芽(精子/卵子)への類推を理解するのが簡単なのは、それらが(液体に)浮き漂い、特定的な方向性も無く、あちらこちらに漂うためです。これは私達の殆どが何故、放浪者であり、逃亡者であるのかの理由で、私達が、私達の真の目的地である家/故郷(大脳)に向かう代わりに遠くへと旅しているためです。路頭に迷い、更に旅する事が出来ず、拷問に苦しめられた期間の後、私達は手助けのために叫びます。これが、自己-知識の「扉におけるノック」です。そして、その扉は、その叫びの強さと誠実さによって、少しだけ、または大きく開きます。

葡萄に応用されると、硫酸カルシウムは、葡萄の色と保存性を改善すると言われます。生物化学は、何故なのかを私達が理解出来る様にします。その皮がより健康(丈夫)なので、それらの中身(実)のために、より良い保護を用意します。卵の殻にも同じ事が真実なのは、それらが、この同じ素材から形成されているためです。

特定のコンビネーション(調合)において、この塩は、特定の量の水を吸収し保つ、またはその殆どを排出する様にされる事が出来ます。石灰の含水硫酸塩は柔らかく、そして爪で簡単にひっかく事が出来ますが;奇妙にもそれは、酸によって殆ど影響されません。これは、人体とこの塩の関連性を研究するにおいて、覚えておかなければならない事実です。それは、その血管的な表面の全てを覆います。その表面は、液体との接触から保護されていなければなりません。故に、無水的な形状は、身体生理学的、そして解剖学的な健康においても、その役割を果たします。

胃の内側の表面自体が何故、消化されないのだろうと立ち止まって考えた事のある人はどれだけいるのでしょう?その理由はそれが、パリスの石膏によって覆われているためです。この塩がとても不足すると、当然の様に胃の覆い(粘膜)が薄く成り、そしてあらゆる外部的な実質の刺激的な粒子によって、簡単に擦り減らされる(炎症を起こさせられる)様に成ります。また、の継続的な存在によってもです。この覆い(粘膜)が、酸によって急速に影響されない事実は慈善的な自然と神成る本質の、賢明な供給の一つで、そうでなければ私達が、現在私達が有する、回帰/復帰のための素晴らしい機会を得る事は出来なかったでしょう。実際に、私達は、それにおいて復帰/回復するための時間を持てなかったでしょう。

眼球、鼻孔、口、喉、胃への通り道(食道)、膀胱などの、水分/湿気を含む全ての器官は実際に、保護のために、この塩の粒子の特定の数(量)を有さなければなりません。

生物化学についてのシュースラー博士の記述と同時に、この題材についてのその後の記述者達による全ての研究は、それによって誰でも直ぐに症状とその原因を認識出来る、特定のはっきりとしたモード性(種類)を与えます。硫酸カルシウムの不足と関連したモード性の一つは、燃える様な感覚です。皮膚でさえこの感覚を有するかも知れません。人は時折、燃える足から苦しむ人に接触し、そして彼等は寝床の中でとても心地良くありません。彼等は通常、掛け布団の下から足をはみ出させます。何らかの冷たい表面に触れると、大いなる安堵感が感じられます。この塩は、この問題のために、積極的に - たっぷりと - 摂取されるべきです。

潰瘍を生じさせられた胃はこの塩の不足によって原因され、(その塩によって)より素早く解放され、治される症状が他に無いのは、この塩が胃へと取り込まれると直ぐに、それが表面へと、またはそれが必要とされる部分へと運ばれる前に、それは血液へと吸収さる必要が無いので、素早くその表面を覆います。

硫酸カルシウム、またはパリスの石膏が、それ無しでは卵の中身がそれらの機能を果たすために保存される事が出来ないと人が気付いた時、人は、この塩が蠍座のサインに産む、素晴らしく、そして奇妙な関係を理解するでしょう。

体のこの部分、繁殖的な腺は、勿論、それが神経の痙攣的な運動においてそれらの疲労に結果するまで繁殖的な幼芽の細胞を創造し、そして保存します。それらの幼芽の細胞は小さな卵で - 分離/分裂化させられた小体(遺伝子/細胞)で - それらを保護するためにを有さなければなりません。これは、それらの中身を安全に保存する事を可能にします。科学はそれらの殻をCASTSと名付けました。今の処医師達は、何故キャスツが時々、血液の中において見つけられるのかを、説明出来ないでいます。シュースラーのシステムはこの題材に光を当てる唯一の方法です。

硫酸カルシウムがとても不足すると、当然、その小体、または人間の卵の殻を造るために不十分に成ります。その結果はそれらの中身が安全に保たれる事が出来ないと言う事です。それらはに変わります。キャスツの消失、そして小体における有機的な実質の分解は、膿の原因です。医学的な科学は決してこれを説明していません。この塩は、性病における特効の一つで、そしてより低いマインド(小脳)の塩である塩化カリウムはそのもう一つです。
(訳者注:塩化カリウムは双子座の塩です。小脳にあたる牡牛座の塩は硫酸ナトリウムです。)

女性における不妊の3つの原因の1つは、この塩の欠如で、卵子がそれらのキャスツを完成させるための、十分な硫酸カルシウムを得る事が出来ないためです。膿は頻繁に、卵巣、または卵巣管の中において見つけられます。その後者においてもっと頻繁に見つけられますが、精巣、または前立腺における膿の集合から苦しむ男性は珍しくありません。

そのシステムから膿を排出しようとする自然の努力から潰瘍/外傷が結果します。彼女は全ての膿が流し出されるまで残る裂け目を強要し、そして硫酸カルシウムが供給されます。長期的な化膿は、血液におけるこの塩の不足によって原因されます。実際にそれは、貧血症の3つの原因の1つです。創造的、そして繁殖的な小体、または細胞の両方の分解は、この塩の不十分な供給から結果します。黄色っぽい、または青白い色の肌色の人は硫酸カルシウムを必要とします。

この注目すべき塩は自然的なセメントで、そしてそれが「陶芸家の石」と名付けられたのは不思議ではありません。実際に、それは特に蠍座のサインに応用可能です。

聖書は、粘土、陶芸家のろくろ、等々、等々についての多くの言及を含みます。イサヤ64:6、7、8、と11節に私達は以下を見つけます:「あなたの御名を呼ぶ者はなくなり/奮い立ってあなたにすがろうとする者もない。あなたはわたしたちから御顔を隠し/わたしたちの悪のゆえに、力を奪われた。」

「しかし、主よ、あなたは我らの父。わたしたちは粘土、あなたは陶工/わたしたちは皆、あなたの御手の業。」

「それでもなお、主よ、あなたは御自分を抑え/黙して、わたしたちを苦しめられる(火と共に焼く)のですか。」

古代人達によって、1年のこの期間に与えられた解釈 - つまり、アビス、または底無しの穴が思い出されると、私達は上述の引用がとても相応しいと見つけます。それらはまた、蠍座のサインにも、良く当てはまります。

入れ物を意味するラテン語の言葉、Cadus と此処でリンクさせるために、双子座の章が読み返されるのが良いでしょう。これは - 土、または粘土で造られた - 人間の形状への類推で、数字8の様な形状の通り道に続く、大脳的な電流の、旋回している運動の方法によって実際に形造られました。これは、身体生理学的な事実です。

見知らぬ人、貧乏人、そして犯罪者達のための埋葬の地が、「陶工の場」と呼ばれているのは、何ら驚きでしょうか?それは蠍座にサインが、死と埋葬に深く拘わっている事実に基づいています。そしてまた、その両方が、私達自身を貧困させ、私達が、より高い自身に対して見知らぬ人に成り、そして故に、その言葉の真の意味において犯罪者に成った結果である事も真実です。私達は、最も崇高(大脳)に対して、罪を犯しました。

古代人達は、硫酸カルシウムの最も美しい形状である雪花石膏から、葬式の骨壺を造りました。死体は、古代人達によって石棺の中に封印されました。それらの埋葬の壺はライム(石灰/カルシウム)の形状で、それは徐々にその体を消化すると信じられました。

私達が死体を保存するためにあらゆる努力をする(または、過去においてした)のに、生きている体の小体(遺伝子/細胞)を保存する事に、殆ど関心が無いのはどれだけ矛盾的なのでしょう。火葬が更にもっと使用され始めているのはとても良い事です。

この塩の不足によって原因されたその他の多くの症状の幾つかは:黄色く化膿性の物質の化膿;角膜の膿瘍;眼の根深い潰瘍;耳からの膿の排出;排出が濃く黄色の時の風邪の第三段階;長期的なカタル;特に第二次成長期における顔の上の物質的なニキビ;口内における化膿性の分泌;歯茎の潰瘍;頬と歯茎の腫れ;喉の痛みと扁桃(膿瘍)の第三段階;腸からの物質、または血液と物質の排出;肝臓の膿瘍;腸の流出;膀胱の長期的な炎症;男性における前立腺、または女性における卵巣の化膿性の膿瘍:化膿性の段階における梅毒、または淋病;黄色い白色帯下;胸の炎症;結核の最終段階(実際に、カルシウムの全ての形状の不足によってその発端が原因されます);物質的なタンの咳;足の裏の燃えるような感覚;特に爪の周りで簡単にただれる皮膚;このキャストを造る物質における不足のために、治癒する事が出来ない様な軽視された傷です。この塩は、化膿を綺麗に排出するお医者さんであるシリカの使用に続くべきです。

それがそうする様に、死んだ、そして死んでゆく細胞を含んでいる、物理的な入れ物の中で、素晴らしい変化が徐々に起こっています。それは最終的に生命の大切なオイルがそれから一滴たりともこぼれさせない、美しい雪花石膏の花瓶に成ります。古代ギリシャ人達は人の体の不完全な状態とその原因に気付き、そしてエウリピデスは、彼のヒッポリタスの中で、彼のコーラスにこう歌わせます:

「無駄に、むなしく古きアルフェウスの水辺で、
多くの牡牛の血がその川を染め、
そしてギリシャの全てが、フォエブスのピシアンの床の上で頭を下げるが、
私達は人々の主人へと蓄えをもたらさないが、
鍵の管理者はそのドアに立ち、
愛の最も内なる宝石が隠れ続ける処に鍵を閉じる。
そう、彼は人の命を包み込み、不幸と争いの奇妙な方法と共に囲むけれど、
私達は彼を決して崇拝しませんでした。」

「なぜなら、わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです。」 - コリントの使徒への手紙2、5:10.

IX. THE ANALYSIS AND SYNTHESIS OF SAGITTARIUS AND SILICEA
9.射手座とシリカの分析と調合


「そして見ていると、見よ、白い馬が現れ、乗っている者は、を持っていた。彼は冠を与えられ、勝利の上に更に勝利を得ようと出て行った。」 - ヨハネ(ジョン)の黙示録 6:2.

太陽は、大体11月22日に、射手座のゾディアック的なサインに入り、そして12月21日まで、その中に留まります。それは、より高いマインド、そして解剖学的に、腰と太ももに関連します。それはまた、最初の血管の形成に拘わっています。木星(ジュピター/ジュ・ピーター/ペトロ)がその統治者です。この期間は、11月よりも12月(December/10番目の月)をより多く覆うので、それは10の振動と共に関連し、それは絶え間ない均衡、意志の力と優越性を表現/体現している完璧な数字です。射手座は火(のサイン)の三重性(3つ)の内の3番目で最後です。その象徴は、人の頭、首、そして腕と共に、馬の体を持つ神話的な存在、センタウルスです。

ギリシャ神話に言及すると、私達は、ジュピター(木星)、またはゼウスが赤子の時に、彼の兄弟達と姉妹達の運命に続く事から彼を救うために、クレタ島の中に隠されたと、私達は見つけます。彼の父、クロノス(土星/サターン)は、彼自身の子供達の一人によって王座が奪われると伝えられた様です。これを妨げるために、彼はそれ(惑星)が生れた際に、それぞれを飲み込もうと決心しました。木星は6番目の子供でした。彼の母は、細長い布と共に一つの石を覆い、そしてそれを彼の息子、木星として、クロノス(土星)に手渡しました。クレタ島において、その後者は、妖精アドラステアとイダによって育てられ、そして山羊、アマルテアの乳が与えられました。

成人すると、ジュピター(木星)は、神々の委員会において、世界のソヴリン(主権者)として選択されました。その名前は、天界の放射的な光を象徴します。古典的な神話において、「彼は、宇宙の超越的な統治者で、神々の中で最も賢明で、最も栄光的です。イリアッドの中で、彼は、その他の神々の統合された強さを、彼は不動だにせず;そして対照的に彼が、彼等(神々/惑星)、そして大地と海を、彼自身へと引き寄せ、そして黄金の鎖によって全てをオリンポス山から吊るす事が出来ると伝えます。高い、鮮明な天界(大脳)において王座に就けられ、ジュピター(木星/ゼウス)は、雲と雪を集める者、穏やかな雨と風を分配する者で;光と熱と季節を調整する者で;を鳴らし、稲妻を落とす者でした。身体的な強さと勇気は彼にとって大切で、そして彼にとって崇高な木々と最も壮大な山頂は何処でも神聖でした。彼は、彼の信仰者達の、身の周りと心の綺麗さを必要としました。正義は彼のもので;家族、社会関係、そして国家に対する義務の違反を罰するのは彼の役目でした。預言は彼のもので、そして彼の特別の使者はでした」と、私達は見つけます。

「彼の影を落とす眉と共に、ジョーヴ(木星)は言い、うなずきました;
お前の有死の頭、お前の不死の妙薬的な髪は編み込まれ、
そして彼のうなずきと共に、オリンポスの全てが震えた。」
- イリアッド

「ジュノ(Juno)はジュピターの妻で、女神達の内の最も高い地位で、女王の様で、牡牛の眼を持ち、黄金のサンダルを履き、そして黄金の玉座に座りました。彼女が、彼女の馬に馬具を付け、そしてヒーベ(Hebe)が準備した黄金の車輪の二輪馬車を進ませた時、彼女の存在(容姿)は比較を超えた栄光性で、そして時が止まりました。彼女は、不死の妙薬の川が流れ、そしてその儀式への敬意において地球が太陽の様な黄金の林檎がたわわに実った生命の樹を送った神々の庭園において、ジュピターと婚姻しました。」

上述の引用が非常に貴重なのは、それが占星学の本において明言される、そのサインの意味、質、そして特徴を私達に与えるためです。全ての神々を彼へと引き寄せるジュピター(木星/ゼウス)の力は、より下級な力の全ての必然的な征服者として、そしてそれらの崇高(大脳)における即位を、明らかに示唆しています。彼は正にエジプト人達のオシリスで、ジュノ、またはアイシス(イシス)と共に、エデンの園(大脳)に住んでいます。私達は聖書がアダムとイヴを扱うにおいてそうする様に、ギリシャ神話が彼等を其処に位置させているのを見つけます。私達はまた、黄金の林檎が実る生命の樹を見つけます。

全ての国々と人々(民族)が、最も親密な秘密を扱う彼等の神聖な聖書(聖典)を持っているのは明らかです。それらが研究され、分析された時、それらは全て同じ/同一であると見つけられます。

一貫的な使用にあるどれだけ多くの言葉が Jupiter と Sagittarius (射手座)の両方の語源から派生したのかに着目するのは興味深い事です。それらは、占星学の本の中に与えられたそれらの解釈が正しいと言う、疑う余地の無い照明を私達に与えます。

Sagitta は、矢、素早い、船団、鋭い、そして標的を狙うを意味します。これは、より高いマインドとその行程への類推です。矢(arrow)の語源から、傲慢さ(arrogance)と言う言葉が得られ;それは過度な度合まで、人の価値、または重要さを高揚させる、途方もない誇りに関連しています。ジュピター/木星は最大級の惑星で、そして気前が良い、豊富さ、そして太っ腹、「全ての善い物事を与えるもの」として陽的/吉的に解釈され、陰的/凶的にそれは、道楽と浪費に関連させられています。他者に対する誇り高い軽蔑を体現する者、横柄で威圧的で、語りにおいて鋭く、間違いを見つける者は、木星の陰的なアスペクト(要素/影響力)を体現します。

アーチ(橋)における sagittal 石は、鍵の石と呼ばれます。それはアーチの冠(天辺)の中心における迫石(せりいし)で、それは、最後に場所に設置されるので、その全体を一緒に結ぶと考えられました。これは、前脳部の関連センターとの類推で、それは平均的な個人において最初に萎縮し、そして最後に発達します。

言葉の私達の解釈において、3つの大脳的な関連センターの前頭部の中の1つは、もし実際に、それが許されたなら、最後に発達するものであると着目するために、一時停止しなければなりません。頭のこの部分が、牡羊座の3番目で最後のディーカン(30度の最後の10度)と共に分配されるので、それは「全ての善き物事を与える者」であるジュピター(木星/ジュ・ピーター/ゼウス)自身の合同統治の下にあります。ですが、覚えておいてもらわなければならないのは、私達が牡羊座の章の中で検証した様に、ジュピターは、彼が妖精アドラステアとイダ(イダとピンガラ/脊椎の二重神経)によって育成されなければ、成熟/成人へと発達する、または成長する事は決して出来ず、そして彼が、山羊アマルテア(山羊座)のミルクを与えられるのは不可欠であると言う事です。

アドラステアとイダは、大脳の中の松果体脳下垂体の類推で、それらは人体の正に本当の乳母です。それらは、電気的で磁気的なプラスとマイナスの特徴の腺的な分泌液を供給し、それら無しでは物理的な乗り物(体)は形成される事が出来ず、それら無しでそれが保たれる事は出来ません。妖精(nymph)と言う言葉は、新婦、または最近に統合されたものを意味し、故に新しい、または新鮮な液体です。それがリンパ(腺/lymph)に関連しているかも知れないと言われるのは、それらの腺が、アルブミンを分泌するためです。

ジュピター(ゼウス/木星)が、オリンポス山の上で生れ、そして山羊(山羊座)によって栄養(乳)を与えられたと言われるのは、その身体生理学的な立ち位置から、そして確かに、蠍座についての章を検証した後、解釈するのは容易です。性的な腺を操作している、仙骨的、そして尾骨的な神経に派生を与える電気的な中央は、脊椎菅の本体の根本における脊椎菅の、中立的な菅、または最も内側のチューブの中に位置されます。それは、山羊である山羊座と共に分配されます。もし、このエッセ(esse/本質)、またはミルクが、大脳である聖父(ジュピター・パター/木星・聖父)へと上昇し、そして帰還出来ないと、それと共に発達するための素材は存在せず、そして故に、直感に関連する前脳部の細胞、または関連センターを目覚めさせる事は出来ません。

グレイの解剖学書の研究は、それらの細胞が、最後に発達し、最初に委縮すると言う証明を供給します。それは、すると、数多くの人達が、彼等が生きる方法(私生活)で満足している様に見えるのはそれ程驚きでしょうか?直感が機能していない時、人がそれによって警告される(直感する)方法はありません。もし、極少数の前脳部の細胞が、栄養の幾らかの度合を受け取っている結果である直感が少しでも機能しているなら、多くの事故は避けられるでしょう。人の(生活)状況は、より効果的な計画性のために、もっとスムーズに遂行されるでしょう。これは最終的に、全ての占い師達が、職を失う原因に成るでしょう。人は、その人自身の(生活)状況を理解し始め、他者達(占い師達)がその人に伝える事が出来るよりも、何をするべきかを、より良く知るでしょう。

不活性な脳細胞をどの様にして目覚めさせるのかは、海王星が、健康、純粋さ、再派生(復活/再誕)、そしてイルミネーション(悟り)のハウスである乙女座を通ったその旅路を終える前に、多くの好奇心が駆り立てられる題材に関係するでしょう。

骨相学の科学において私達は、それによって前脳部の細胞に関連した上述の明言を確認する事の出来る方法を見つけます。能力のある骨相学者は、前脳部の発達は、その人が天才、凡人、または馬鹿かを示唆すると明言します。関連した科学の学位の2人の異なった天才達によって公表された2つの事実が同意する時、それはそれらの正しさの結論的な証明です。

グレイの解剖学書を研究する事によって私達は、頭蓋の頭頂骨の間の縫合線が、頭の sagittal (矢)の部分を構成すると見つけます。頭の天辺はその冠(額)なので、全ての細胞が化学的、そして数字的に完璧にされた時、それらの壁が崩れる危険性は、もう無く成ります。完璧な素材、そして完璧な思考が、それらを永遠に一つに結ぶ、または固めるでしょう。

形而上学(精神)的に解釈されると、sagitta (射手座)は、類推的な部分、または機能を持っているものを意味します。それについての補佐のために、関連した物事が頼る、一部分、または力です。最も高度で精神的な行程が、人間の形状と、人間の状況の両方の構築と保存のために不可欠なのは、正しく本当です。

使徒言行録 14:12の中に私達は、ジュピター(木星/ゼウス)への言及を見つけます。「そして、バルナバを「ゼウス」と呼び、またおもに話す者であることから、パウロを「ヘルメス(マーキュリウス)」と呼んだ。」

第17節においては、雨とのジュピターの関連性の証拠があります:「しかし、神は御自分のことを証ししないでおられたわけではありません。恵みをくださり、天からの雨を降らせて実りの季節を与え、食物を施して、あなたがたの心を喜びで満たしてくださっているのです。」

占星学には意味が無く、惑星達が、人類の状況に何ら関連していないと「発見した」特定の科学者達は、何故、全ての国々と人々(民族)が、彼等の神聖な記述の中でそれら(占星学/惑星達)に言及しているのかを説明する試みを成すべきでしょう。sagitta と言う言葉は、語源の動詞 SAGIO から派生し、それは素早く知覚する、敏感に感じるを意味し、その全てはマインドに関係しています。

ジュノ(Juno)とジュピター(Jupiter)の両方の語源から得られるのは、法律と宗教に関連した用語です。Jus (正義)は権利のためのラテン語の言葉で;juris-prudence (法律学)は法のための用語です。jurant (陪審員)は誓いをする人で、彼の義務において忠実な行いを誓う人です。

(この本の出筆当時の1920年代において)射手座に対してスクエア(90度)から現在機能しているそのサインの、乙女座の中の位置は、今後12年間、宗教と法律の両方を純粋化させるために働くでしょう。良い法律 - 神/宇宙/自然の法則 - が従われた時、それは宗教的な生活を構成するでしょう。

この時代と世代において、宗教と法律の両方が、とても歪められてしまい、それらの両方の背後にある真実が、殆ど全く抹消されてしまいました。海王星が乙女座に入って以来、私達は、過去100年に比べて、特にラテン国家において、宗教的な騒動に関して、更にもっと聞き及びました。牡羊座の中における天王星は、古い意見(通説)を覆すもので、考える人達マインドが、理論と常識に反する古い信念を排除する原因に成ります。神聖で秘密の記述の正しい解釈は今、要求され始めています。人類は、それ自身の救い/生き残りのために責任があり、そして故にその行程の計画を得るために努力し、そして周りを探さなければならないと気付き始めています。

私達が、唯一論争が存在している処として、カトリック教会(ヴァチカン)に対して指摘する過ちを犯すべきでは無いのは、全ての教会が、この大掃除に関心しているためです。宗教を、その身体生理学的、そして化学的な分析から解釈しているもの(教会)は一つもありません。その題材に何らかの光が当てられる前に、これは成されなければなりません。聖職者達は、人に対して外的な仲介者を扱いますが、本当の仲介者は実際に、人の中のスピリットである、人の脳の中にあります。

ロシアの状況の本当の状態に気付いている人達は殆どいません。それは現実において水瓶座的な国家です。その様なものとして、それは最大級の人々のために最大級の善を行う事を強いられ続けるでしょう。カースト(身分)の全ての偽りの隔たりは、壊されるでしょう。これを妨げる事の出来るものは、何もありません。人柄の気品、真の価値、素朴さ、切実さ、そして創造的な能力は、人間性の真の基準です。私達自身がこれに気付くのが早ければ早い程、私達の混沌は少なく成るでしょう。もし人が、正にその人自身の聖域の中に住み、「最も崇高(大脳)」の秘密の場所において従うなら、人は、人間のによって造られた教会に入る実際の必要性などありません。

本当の教会は、完璧化された大脳です。此処で人は、その人自身の特別で個人的な、神聖なものの中で最も神聖なもの(大脳)の中で常に、そして永続的に住まいます。聖書が明言する様に、「もし人が、その人自身の家(牡牛座/小脳)を統治出来ないなら、その人はどうすれば神の教会(牡羊座/大脳)の世話をする事が出来るのでしょう?」

ジュピター(木星/ゼウス)が神の川なのは、脊髄的な川であるユーフラテス、またはヨルダンの頭(上)において位置するためです。彼は、エジプト人達のジュピター・アモンであり、カルデア人達のベル(バアル)・モーロックです。古代ギリシャ人達は彼(ゼウス)を天界自体の神聖な人格化として、そして思考の稲妻の光線を投げる者として考えました。

何故、ゾディアックを最初にデザインした人達は、射手座を双子座の正反対の、その輪の9番目の部分に配置したのでしょう?その後者(双子座)はより低いマインドに関係しているので、より崇高を研究するための正しい場所は、その正反対の位置です。

身体生理学的に、腰と太ももに関連する射手座が、土的な部分、または胴体における補佐のアーチを構成する間、前頭部は人の天界的(heavenly)、または上に持ち上げられた(heaved-up)部分におけるその類推です。蠍座の章の中で明言された様に、この自然的なアーチは、性的な過剰が行われた時、弱く成り、そして最終的に、骨格を直立させ強く保つ事が出来なく成ります。

腰と太ももはまた、排泄;更に加えて分娩と性的な活動の役割を果たす器官のための保護の自然的な受け皿です。これらの器官の状態は当然、ジュピターが全ての善き物事の豊富な与え主(陽/吉)であるか、彼が放蕩息子(陰/凶)であるかによります。

元帥として彼は統治者で;無敵として彼は征服不可能で;Opitulus として彼は手助けする者で;Stator (案内羽根)として彼は補佐する者で、「法律の保護者、真実の防衛者、そして正義と徳を守る者」です。

「ヴェロスピのジュピターの像はヴァチカンにありますが;世界の七不思議の一つであった、フィディアスによるオリンピアン的なジョーヴ(ジュピター/木星/ゼウス)の像は、西暦475年のコンスタンティノープル(イスタンブール)の火事によって破壊されてしまいました。この巨大な像は象牙製で、60フィートもの高さだったと言われます。その王座は杉の木で、象牙、コクタン、黄金、そして宝石と共に飾られました。彼の右手には勝利の黄金の像があり、そして彼の左手には一羽の鷲を頂いた、長いセプター(王杖)がありました。その神のローブは黄金で、そして黄金のライオンによって支えられた彼の足台もそうでした。この芸術の素晴らしい仕事は、テオドシウス1世によってコンスタンティノープルへと移動されました。」 - 古典的な神話

射手座の本質と目的の解釈を確認する、この正に注目すべき描写の中には多くが存在します。それは、3つの火のサインのシンポジウム(討論会)と言えるかも知れません。そのライオン達は、ジョーヴの足台の補佐として役割を果たす様にされました。獅子座の解釈を思い出すと、そのライオンが此処においてジュダの支族の王である事は明らかです。それは昇進させられ、そしてその王に相応しい場所に有ります。故に操作された(抑えられた)感情は、電気的なエネルギーの無限でポジティヴ(陽的/プラス/肯定的)な創造の基礎、または土台に成ります。それは聖父(大脳)へと戻りました。

ヘラクレスは、プロメテウスの肝臓を食べていたハゲワシを殺すために、ジョーヴの矢を使ったと言われます。満月の日々は、カシの木と同様に、彼にとって神聖でした。

「ラテンとローマ人達の光と天界の神である、この最も古いジュピターにおいて、そして最も厳粛な誓いを行う際に呼び起こされた神において、私達は間違い無く、その民族の最高の加護の神を見ているだけでなく、その信仰がはっきりとしたモラルの概念を体現した一つ、そして恐らく唯一のものを見ています。婚姻の最も太古で神聖な形状である「コンファルレアティオ」が行われたのは彼の神官の前においてでした。ローマ人達は殆ど全ての場合においてジュピターの名前を選択し、それによってその人々の主たる神を示唆し、彼等自身が最高神として敬った神として、彼の信仰が存在する限り、彼等は彼を崇敬し続けました。」 - ブリタニカ百科事典。

(古代)ローマ人達、またはギリシャ人達が、偶像を崇拝したとは、推断されるべきではありません。偶像と呼ばれる全てのものは、人々がマインドの中に留めておく事を望んだものの、単なる体現/代理でしかありません。その(聖書の)黄金の子牛は、再派生(覚醒)された動物的な人を意味していました。私達も同じ事をしているのは、私達が、赤と白の縦しまのズボンをはき、星々に飾られた(i.e. 星条旗)背の高い男性を創造するためです。私達は彼を「アンクル・サム(サムおじさん)」と名付け、そして彼は民主主義のスピリット(精神)を体現/代理します。自由の女神は、もう一つの例です。イングランドもまた、彼女のジョン・ブル(牡牛)を有します。

グレイの解剖学書のページから見られた時、大脳が英語のクルミ(walnut)にとても良く似ているのは、奇妙な事実です。実際に、ユニーク、または少々斬新的なアイデアを持つ人を 「 nut (気違い)」と呼ぶのはとても一般的な事です。また、「気を付けないと、貴方はリスにやられる」と言う表現もあります。精神病院は、一般的な口語で、「 nut houses (気違いの家)」と呼ばれます。故に英語の walnut (クルミ)がジュピターの nut (ナッツ)と呼ばれるのに人は驚かされません。クルミが太古の時代において知られていた事を学ぶのは興味深い事です。そのラテン語の名前は Juglans Regia で、王ジョーヴの nut と言う意味です。それが故に、大脳、または脳の2つの半球(右脳/左脳)との類似性において名付けられたと私は明言しましょう。

射手座、またはより高いマインドがまた、スピーチに関連させられるので、それは当然、私達の先祖達の言葉と思考を保存するために使用された文字と共に関連させられるでしょう。正に最初の文字が楔形文字で、楔、または矢の形だったのは奇妙ですが真実です。

思考が確かに、時代を通ってはっきりとした溝を下って続くのは、それぞれのものははっきりとした、そして永続的な意味があるためです。

ウェイクマン・ライノ博士は、アモニア族の神、アーメンの中でこう述べます:「アーチャーである射手座は、その毒を持つ尻尾が、ユリシーズ神話のアエアエア、または Circe の島の南のはじの周りに曲がる蠍座(ベルゼブブ)のエリダヌス、またはフレジェトンの川を渡って矢を飛ばすために、彼の弓を曲げて(引いて)準備をして立っています。此処、ヘデス(下界/黄泉の国)の有名なシンメリアの水辺で、射手座はキロン、またはカロンとして、天の川の灼熱の星めいた流れを超えて、魂(soul/Sol-Sun/太陽-太陽)を、フェリー(ボート)で運びます。

「そのヘデスの川の、天の川の灼熱の星めいた部分は、(空の)赤道の(秋-冬)で、それを太陽は10月と11月に通り、蠍座と射手座で表されています。ゾディアックのこの部分は、太古の太陽(信仰)の神官達によってヘデス、または死者の領域(冬の月々)と呼ばれました。

ですが、それが何故、ヘデス、または死者の領域と呼ばれたのかにはもっと良い理由があります。大脳の聡明で栄光的な中核、またはケレスが、動物的な形状の中に鎖を繋がれ、牢獄の中の魂に成ったためです。

「アンティオークス・エピファネスは、エルサレムの寺院をゼウス(ジュピター)A. V. のために奉納した」と、スミスの聖書用の辞書は明言します。此処において私達は、古代人達が、ジュピターの名前を、全知全能の聖父と同様として知っていて、そして使用した、決定的な証拠を有します。

プロメテウスが(全ての善き物事の川である)ジュピターを騙し、そして天界的な火(液体的で電気的なエネルギー)を盗んだ時、彼はそれを地上(体)へと(中へと)下がってもたらし、そしてナルテックスの中に隠しました。ナルテックスは、神聖化、または医療的な目的のためのオイントメント(塗るもの)の軟膏の箱、または入れ物です。

言及された入れ物は、当然、その本質において身体生理学的で、秘儀的な身体生理学への詳細な研究はそれがバルトリン腺で、それらが(軟膏である)オイルを創造するので、カウパー(腺)と一致すると証明するでしょう。

近代の科学は、女性におけるバルトリン腺と、男性におけるカウパー腺に関連したはっきりとした情報を有しませんが、それらは滑らかにする液体を用意すると推測されます。それらは、健康な状態の時に、黄色っぽく、油っぽい実質を含みます。これは特別な産物です。それに関する更なる情報は、セックスと出産操作(避妊)についての真実の中で与えられるでしょう。

デチャルメは、アエスキュラピウスが、天界から火を盗む事に関してこう記述します:「さて、このオカルト(秘儀)主義者達のものと同じ」(古代)ギリシャのアイデアによると、ジュピターから奪われたこの所有、この神々の所有物の上の人間による不法侵入は、罪滅ぼしによって続かれなければなりませんでした。全て(の人達)が代価を払わなければならず、天界的な火がもう邪魔され無く成り、大脳である、その真の家、オリンポス山のその誕生の地に戻るまで、そうし続けられます。

ガスケル氏はオリンポスについてこう述べます:「完璧さと達成の高みの象徴;またはアトマ(アダム/アトン/アテン/アトム/原子)の平面(領域)で、現れの頂上です。」

「ホーマーは世界を5つの部分へと分別した最初の人でした。その3つの中間を彼は3つの神々に分配し;その外側2つ、地球であるオリンポスにおけるその1つは、下界との境界で、もう1つは天界との境界で、彼は全ての者達にとって共通のままに保ち、誰にも分配しませんでした。」 - プルーターク。

人類は何時に成れば、存在の最も高度な領域の上である「不死的で、卓越的な事実」 - 人のための達成の神聖な計画を説明する事実が - 発芽的な大脳の細胞の中に隠されている事に気付くのでしょう?それらは其処にあり、人類が自身から盲目的に盗み続け;効率性の食べ物(栄養)を投げ捨て、そして成功の欠如を「運」のせいにしてきたと気付く時が来るまで、待ちに待っています。

その栄光と壮大さの全てにおいて昇っている太陽の初見を得るために、人が山を登るのと同様に、私達は、其処においてそれぞれが最終的に、その人の主に出会う、上部の室(大脳)である、私達の体の最も高い部分において、私達の思考を集中させなければなりません。ファエトンとは異なり私達は、マインド(の中)の馬達を、蠍座の地域(動物的な欲求)から離れさせなければなりません。私達は、そうすれば、最終的にその高みに到達する事が出来るでしょう。

ジョブ(ヨブ)はこう言いました「私の助け(救い)は私の中では無いのですか?」

「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いこと(と証明されるか)で、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえる(貴方のマインドを新たにする)ようになりなさい。」 - ローマの使徒への手紙12:2.

スマイスはこう記述します、「ジェイコブ(ヤコブ)の祝福の例え話的なイメージは、何人もの著者達によって、ヴィア・ソリスのサインと一致させられ、其処で神は、弓を引く人として、射手座に成ります。」確かに、異論する事を望む、本当の研究者がいないのは、神が正に神聖なマインドであるためです。アグネス M. クラーク女史はこう述べます、「エジプトがギリシャのフィギュア(数字/文字/姿)に順応した時、『生きている物事の輪』としてそのキャラクター(文字/特徴)を削除したのは、様々な変化と共にでした。」正に本当に物理的(肉体的)形状は生きている物事の輪で、産出し続ける小体(遺伝子/細胞/血球)の集合体です。

リチャード・アレンは、彼の星の名前とそれらの意味の中で、射手座の矢は常に蠍座の心臓に向けられていると、私達に教えます。アンタレス(Antares)星がその位置にあるので、それは蠍座が「心を変え」、反-牡羊座(anti-Ares/大脳)である事を行う事をもう求めない事を象徴します。

射手座はエジプトにおいてアイビス、または白鳥として表されますが、デンデラのゾディアックは、通常のアーチャーにライオンの顔が加えられ、それを二重の顔にしています、」とデュポアは言います。獅子座は射手座からトライン(30度)に位置付けられるので、それが象徴するのは、より高いマインド、または直感は、そのライオンが静止/平穏に成るまで現れる事が出来ない事で、そう成った時に唯一、それがジョーヴ(ジュピター)の足台の補佐に成る事が出来る為です。

射手座のためのセム語的な名前の幾つかは: Udgudua 、または強打している太陽の顔; Yuma-nahri 、または夜明けの日; Papilsak 、羽根のついた火の頭; Ega 、額/王冠;そして Anunitum 、大いなる女神の星です。

R. ブラウンは、彼の創始的な星座の中でこう明言します「とても古いバビロニアの粘土板は、センタウルス(半人半獣)が、野生の獣を両手で掴んでいるのを表します。」そしてアラターはこう述べます:

「ですが彼の右手を彼は
祭壇の輪の前に伸ばし続ける様です。
その手は、とてもしっかりと、もう一つの生き物を掴み -
野生の獣と;昔の人達は名付けました。」

ユーフラテス(中東)的で占星学的な逸話において、天界の元々の黄金の種は太陽でした。それは異なった怪物達の形状において捕われ、そして暗闇の中へと飲み込まれました。「ユダヤ人達(i.e. ヘブライ族)の中で、射手座はエフライムとマナセの支族の象徴で、彼の父、ジョセフ(ヨセフ)に対するジェイコブ(ヤコブ)の最後の言葉は『彼の弓は強さの中に留まる』でした。」

「楔形文字の記述は、射手座を強い者、戦争の巨人の王、そして大いなる街を灯す者/聡明にする者として代理させます。太陽の街である、シッパラ(旧約聖書の Sepharvaim )の石の境目の幾つかの上に、射手座は全体的な栄光において、刻まれて現れます」と、リチャード・アレンは述べます。アッシリアにおいてそれは常に、9番目の月、キスリヴと共に関連させられていました。

「射手座は西暦260年頃の(皇帝)ガリエヌスのコインの上に、守護神アポロの刻印と共に刻まれていて;そしてそのサインの中に太陽があった時である1135年において、王スティーヴンがイングランドに上陸した際のコインにも、エンブレムされています。」私達は再び、時代の夜明けに遡って、ゾディアックのサインが知られていて、研究されていたと言う明言の確認を有します。

体がその「大いなる街」なので、センタウルスによって典型される、そのより高いマインドが、その灯す者/聡明にする者なのは明らかです。物質と脳細胞の創造の配置が起こるのは、センタウルスと(エネルギーと実質の類推である)ラピテス( Lapithes )の間の争いの方法によってです。

Lapithes の語源は私達にラピス(石)と言う言葉を与え、そしてセンタウルスの元々の意味は白熱の馬です。センタウルスはすると、創造的なエネルギーの類推です。

脳の小体(細胞)の中で(同時に体のその他の全ての部分で)永続的な争いが行われており、それは「脳細胞の戦争」と呼べるかも知れません。それは、化学的に完璧な小体が創造されるために必要な物質の全てを、それらが受け取る時まで続くでしょう。現在それらは、人類の無知無思慮のために、刻々と強奪と殺害から苦しみます。

国々と人々の間の戦争、家族喧嘩、そして平均的な人のあらゆる種の戦いに対する魅力は全体的に、脳細胞の不調和な状態によるものです。それらが、必要なものによって、より良く供給された時、人がもう「神(大脳)から略奪する」事が無いのは、聖書が「人は神から奪えるのか?」と明言するためです。

「類は友を呼ぶ」ので - 私達は当然、私達の脳細胞が創造する振動と一致するものに反応します。すると、国々、または個人達の間のどちらともの平和の当面の可能性は無いでしょう。アイデアと意見における違いは当然、思考の概念における脳の力の違いの結果です。言い争いは無駄で、そして唯一、更なる大きな混乱と混沌に繋がります。

驚きなのは、その状態が悪化させられていない事です。私達は、どれ程多くが死のうとも、驚かされません。驚きなのは、どれ程長く私達が生きると言う事です。どれ程酷く、体と脳が虐待されようとも - 優しい母なる自然は、もう少しだけ長く、生命がその形状において残る事が出来る様に苦悩します。

射手座のセンタウルスとしての解釈は、より高いマインドの野蛮、または未発達な現れに対して、古代人達によって応用された様です。その半獣と半人のマインドは、しつけられていない凶暴な馬です。それは、そのスピリットが主人で、必然的な支配者であると気付く事が出来る様に成らなければならず、そうでなければ(経験から結果している苦しみである)冷酷なはみ(口に着ける馬具)が繊細な口を傷付け、そして血にまみれた泡が馬勒を覆います。

身体生理学的な用語「ヒップ(腰)」が、馬を意味するラテン語の語源、Hippo から派生していると学ぶのは奇妙で興味深い事です。腰と太ももが原型的に射手座に分配されるので、これは特に重要です。

腰の形成に応用されている、建築技術的なルールがあります。「腰は、それらの壁のプレートが、異なった方向に向かっている2つの傾斜している側、または屋根のスカートの出会いによって形成された外的な角度です。」建設的な仕事において使用された用語が、元々、人の体の設計から派生させられたと気付くのは難しくは無いはずです。そうでなければ、人の脳はそれらを認識せず、もしそれからパターン化する内的な原型を有していないなら、外的なあらゆるものの概念を有さなかったでしょう。

実際に、人間の脳がタツノコを含むと私達が学ぶと驚かされるかも知れないのは、この解釈が、カーブさせられ、延長化された、後頭部のの下降している角の床全体に広がっている灰色の物質の隆起であるためです。大脳的な実質は半液体的なので、それは「思考の海」と呼ばれるかも知れません。聖書はそれを「草の海」と呼びます。更に加えて、「スピリットの窓」である両目が、直接、大脳に接続されていて、視神経が実際に、大脳的な実質自体の延長であると考えられているのは、身体生理学的な事実です。

この実質がクリスタル(クオーツ、またはシリカ/水晶)程鮮明な時、すると思考が一致するのは、見解を邪魔する外的な粒子が無い為で - スピリット的な光である - マインドの鏡に、その反映を混乱させ曇らせるものが無いためです。

医療(medicine)と言う言葉は、治療、または治癒を意味する medeor 、または medicus から派生したので、すると、今日でも「医療の父」として見解されているヒポクラテスは実際に、より高いマインド(大脳)自体である事は明らかです。

ブリタニカ百科事典は、「サラヌスによると、彼は Cos において生れました。彼は、アスクレピアダエの家族で、アエスキュラピウスの直接の子孫であると信じられました。彼に対してまた主張されたのは、彼がヘラクレスの子孫であった事でした。彼の人生における出来事は不透明な伝統において隠されています。彼は神官-医師の一族であったとされます。彼は迷信を排除し、医療の実施を、消去法の哲学の原則に基づけました。ヒポクラテスは、その管理が医師の技術を構成する、VIS DEDICATRIX NATURÆ (自然への献身)である、本質、または原則のスピリット的に再建(治癒)している存在の理論の上に、彼の原則と実施を基づけました。その手法において彼には、それにおいて病の峠の発生が顕著に成る、観測の鋭さがありました。」と明言します。

ソラヌスに関しては何も説明されていません。ラテン語の辞書でさえ、「ラティウムの最も北の街、ソラに帰属する」としか記述しません。「コス(地名/ピポクラテス派)」と言う言葉は、「燧石(火打石)の様なあらゆる固い石」のためのラテン語です。此処において私達が燧石、またはクオーツと射手座の関連性を確認するのは、キャリー博士がシリカをこのサインに分配するためです。燧石は、クオーツ、またはシリカのとても固い特定の形状で、鋼鉄に打ち付けられると、火花を散らします。鋼鉄は鉄ですので、魚座の鉄、またはフェルムと、射手座のシリカの間にとても親密な関係があるのは明らかです。

生物化学は、シリカがとても不足している時に、鋭くはっきりとした頭脳的な行程は不可能であると、私達に教えます。そして、スピリットを含んでいる酸素を血液循環へと引き寄せ、脳細胞に酸素を送るために、血液の中に十分な鉄分の供給が無ければ成らないので、全ての頭脳的な活動におけるそれらの2つの塩の重要性が強調されなければなりません。

何度も明言された様に、ギリシャ神話は、詩的な言語において表現された、この完全な計画と共に、私達に教えます。ペガサスの逸話において、ヘブライ語の神聖な聖書の中で「朝露」と呼ばれたそのエッセ( esse /本質)の、元々の現れの説明を、私達は有します。「頭蓋骨はクリスタル的(シリカ)な朝露と共に満たされています。」その逸話はこう続きます:「ペガサスは、燧石に対して彼の蹄を蹴る事によって(「太陽」であるアポロとその女神達にとって神聖な)ヘリコン山の上のヒポクレネ(HIPPOCRENE/馬)の泉を産出した羽根(i.e. 右脳と左脳)のついた馬です。」ペガサスはまた、「その手助けが無ければベレロフォンがキメラ(半人半獣)と呼ばれた怪物を殺す事が出来なかった、羽根のついた馬です。」

キメラと言う言葉は、山羊のためのラテン語です。ですがそれは、幾つもの動物達のコンビネーションの様で、それはその酷い容姿を説明します。それは火を吐く怪物で、上半身はライオンで、中間は山羊で、下半身の部分は龍でした。ベレロフォンは「龍、または蛇を殺した者」を意味し、その間、山羊座の原型的な象徴は元々、部分的に山羊で、部分的に魚でした。

ペガサスはミューズ達(音楽、詩、そして美術の女神達)にとって神聖でした。女性性は常に物質を象徴する事が、覚えておかれられなければなりません。当然、繊細(FINE)な物質が、全ての美術(FINE ARTS)において必用とされます。

E. C. ブリュアーは、彼のフレーズと寓話の辞書の中で、ペガサスの興味深い解釈を私達に与えます:「詩のための鼓舞、または、ボイアルドによると、ミューズ達の馬です。詩人は彼のペガサスについて「私のペガサスが、今朝は進まない」と述べ、彼の脳が働かない事を意味しています。「私はペガサスに乗っている、」i.e. 詩を書いているです。「私は、私のペガサスの上にいる、」i.e. 詩の記述を行っているです。」

彼はまたこう加えます:「ペガサス、またはペガソスは、古典的な神話によると、キマエラに対してベレロフォンが乗った羽根の有る馬でした。ミューズ達がピエロス(義務、または支払われなければならないもの、所有による権利)の娘達と争った時、ヘリコンは大喜びで天界に向かって上昇しましたが;ペガサスがそれに一蹴りを与え、その上昇を止め、そしてその山からヒポクレネの、魂を鼓舞する水をもたらしました。」

その後者が全ての美術の創造において不可欠な、半液体的な大脳の実質に言及しているのは明らかです。

ギリシャ神話は、ベレロフォンは、大いなる試練と労働の対象に成りましたが、最終的にペガサスの助けによって勝利したと、私達に教えます。羽根のついた馬、ペガサスは、バランスされたマインドの類推で、その間、射手座のために占星学において使用された共通の象徴は、統一されなければならない3つの精神的な段階を素朴に示唆します。それらの2つの象徴は研究者が、より更に詳細に、その題材を分析する事を可能にするでしょう。

燧石の様なあらゆる固い石を意味する語源、コス(COS)がまた、地上(terrestrial)、または地上/俗界(earthly)を意味する cosmic (宇宙的)の語源であると着目するのは興味深い事です。

一般的に使用されている言葉の多くは、ペガサスと言う言葉の語源から派生しました。それらの内の幾つかを考える事は、射手座に対して更なる光を投げかけると同時に、それによって特徴が分析される正確な方法と、異なったサインの下で生れた者達の特異性を正確に判断する方法を与えます。

PEG (ペッグ/洗濯ばさみ)と言う言葉は、興味深い件です。それは針、または物事を留める、または一つに束ねるための金属、または木製の一欠けらを意味します。それはまた、達成の一つの地点、段階、度合いを意味し;打つ事、またはハンマー、懸命に働く事、一貫的に働く事を意味します。ペゴはペッグする事、または打つ事を意味し - 文字通り、根気的/持続的に成る事です。火打石の上でペガサスが蹄を打った事が、思考の泉が溢れ出す結果に成った事が思い出されるでしょう。

奇妙な一致が、を意味する言葉、NAG に見つけられます。ナグをすると言う動詞が意味するのは、些細な過ちを見つける事によって怒らせる、不快にさせる、いらいらさせる、持続的にしきりに促す、またはガミガミ言う、不快に成る、そして不機嫌に成るです。このサインの下で生れた人達が、彼等の行う事において持続的であると言うのは、実際に真実です。その多くが長期的に口うるさいのもまた同等に真実です。彼等の鋭い言葉は精神的なペッグの様で、それらが対象にされた人の脳に一貫的に刺さり込み、必然的に不愉快さと口論に結果します。

サンスクリット(インド)の神話において、NAGA (ナーガ)は蛇です。ナーガ達は、人の顔をした蛇達です。ニガー、またはニッカーと言う言葉は馬の鳴き声を象徴している古い表現で、その間、NAGES と言う古い言葉は尻を意味し、それは腰と太ももと共に分配されます。

解剖学の題材に関して、脊椎の腰の下部が、カウダ・イクイナ、または馬の尻尾と呼ばれる事に気付くように、どれだけ多くの人が十分に教えられているのでしょう?解剖学は、占星学を肯定するだけでなく、それは(脊椎菅が腰の最初の脊椎骨を超えて延長しないために、随分な長さである)上仙椎神経の根本が、脊椎菅の中の束を形成する事実を通して、秘儀的に証明しています。これは、切り開かれて、広げられた時に、馬の尻尾に類似します。腰(lumbar)は、腰肉(loin)を意味し、それは私達のリストに更なる確認を加えます。

ナグス(nagus)は度ケチ(シリカ)、または守銭奴(miser)で - けちん坊(niggard)です。石の加工においてニグ(nig)が意味するのは、(石を)鋭く尖った(アロー)ハンマーで加工する事です。ハンマーで打ち続得る事はペッギングです。人が「子馬に乗る」は、それに人が一貫的に言及している題材、または計画を意味しています。これは、NAGGING (口うるさく言う事)を構成します。hobby (趣味/子馬)と言う言葉は中期英語の言葉 Hobyn から派生し、nag、または活発な馬を意味します。

太陽の燃料の著者、マテュー・ウイリアムズ氏は、このサインの統治者であるジュピター(木星)についてこう述べます:「近年の観測は、明らかに部分的に濃縮された水ですが、赤く熱い、または恐らくその中はもっと熱い、雲の様な物質に外側を覆われた、小型の太陽としてこれ(木星)を考えるにおいて、私達を正当化します。彼(木星)の蒸気的な大気は明らかに膨大な深さで、彼の、目視出来る外側の表面上の重力の力は、私達の地球の表面より、2.5倍大きく、この目に見える表面の下に下降すると、大気の圧力は直ぐに、その水の蒸気が危険な/臨界の状態にもたらされる点に届くでしょう。故に私達は、木星の海は、凍ってもおらず、液体でも気体的な水でも無く、臨界的な水の海、または大気であると推論出来るでしょう。

「木星の質量の全体は、地球の300倍大きいので、そしてその中心に向かう圧縮のエネルギーはこれに比例的なので、その素材は、もし地球のものと類似していて、それより熱く無いなら、遥かにもっと濃密で(重く)、そしてその惑星全体は、より高い特定的な重力を有するでしょうが;この代わりに、その特定的な重力が地球のものの1/4以下であると、その(木星の)衛星の運動によって、私達は知っています。もし冷たいなら、その様な圧力の下で、水素でさえ木星よりも濃密に成るので、それ(木星)が極度に熱いと言う結論を正当化します。

「温度と圧力の状態によると、元素的な実質の全ては固体、液体、または気体、もしくは臨界的(プラズマ的?)に存在するので、木星は固体的でも、液体的でも気体的な惑星でも無く;臨界的な惑星、または臨界的な状態において関連させられた要素(元素)の内的に構成された球体で、それらの蒸気の濃密な大気と、水の様な、それらの構成物の幾つかによって覆われた球体であると結論する論説において、私は肯定されるでしょう。」

ウイリアムズ氏の理論の慎重な研究は、「全ての善き物事を与えるもの」が、有死の者達(人間)に授ける「MIND STUFF (マインドの素質)」は、正に思考の電気的なエネルギーを引き寄せる磁石であると証明します。思考は、時に、苦悩と共に文字通り、脳を焼く力を有します。より崇高なマインド、道義心(良心)は正に、雷(電気)の声において語る様です。

ウイリアムズ氏が述べる「臨界点」は、ものが変化し、異なった現れへと融合する状態、または度合い(プラズマ)に言及します。言葉を変えると、それは変格の地点で、主要な実質の気体的、そして液体的な状態が、お互いの中へと融合する地点で;つまり、言うなれば、それがその臨界の温度と圧力の時です。その液体の形状において、実質を沸騰点まで上昇させるために必要な圧力は、気体を液体に単純に変える、臨界的な温度と同じです。前述の全ては、それ自体の振動を上昇させる、または下降させる事を可能にさせる、思考の臨界的な力の類推です。思考、実質、そして精神的な力は、全て臨界的な本質です。

唯一ジュピター(ゼウス/木星)だけが、神々の家であるオリンポス山から、稲妻を放つ事が出来るのは明らかです。稲妻は正に、思考の矢です。

この時点において再び、聖書的な訓令、「汝は、汝のマインドを新たにする事によって変格せよ。」に言及するのは、とても相応しいでしょう。

リチャード・アレンは、射手座を通った太陽の通過が、約8.38日であると私達に教えます。これは、蠍座の期間よりも短いものです。それらの2つの事実はこの本の中の宇宙的な胚芽のチャートを確認する役割を果たします。

G. A. ガスケル氏の、このサインの形而上学的(精神的)な解釈は素晴らしいものです。彼はこう述べます:「それは、生命のサイクルの9番目の期間の象徴で、その中で、より低いマインドは、進化を通して完璧化され、そして故に「死にます。」そのより高い(崇高な)自己は知性(馬)の上に座し、スピリットの「矢」と共に、より低い性質を破壊し、故にその、より低い意識が、より高いマインドへと上昇する事を可能にします。」

上述の明言程良いとしても、思考のピア・マター(優しい母)である、精神的な実質の臨界的な状態の化学的な説明が、それを鮮明にするために、完全に必要とされています。

「ディオニシウスはこう主張します:「神聖な善である、この私達の大いなる太陽は、聡明化し、栄養を与え、完璧化し、最新化します。」純粋なものでさえ、故に、更に純粋化されます。「善である彼は、スピリット的な光と呼ばれ;正に天使達の精神的なヴィジョンを彼は純化し;彼等は、言うなれば、光を味わいます。」このイメージの全ては、最初の例で、プロクルスへと戻ります。それはプロクルスが、「太陽」と「神」を平行線に置き、純粋化するもので、太陽神であるアポロ・カタリオスの活動において、融合するための純粋化する力の全ての、「聡明化」と「神格化」において、複雑性(複数性)を統一するもので・・・世界全体を通して、天界の全体と全ての生きているものたちを純粋化していて;そしてどの様にして「上から、彼の超-天界的な柱(極)から、世界の全ての上の彼の光線である - ゼウス(木星)の矢(稲妻)をアポロが散らばらせるかを描写します。 - F. ヴォン・ヒューゲル、神秘的な要素、第2巻、93ページ。

ガスケル氏はまた、ムンダカ・アパニシャドの第2巻からこう引用します:「大いなる武器として、その弓を彼に取らせ、敬愛によって鋭くされた矢を、彼にその上に置かせましょう!それから、破壊不可能なものである標的を狙う様に、おお、友よ、思考と供にそれ(弓)を引きましょう!オム(om)がその弓で、自己がその矢で、ブラーム(バラモン)がその標的と呼ばれます。それは無思考では無い人によって当てられ、そしてその後、その矢は標的と一つに成り、彼はバラモンと一つに成ります。」

上述のサンスクリット(インド)の引用のガスケル氏の分析は:「魂は、神の言葉、i.e. その中の真実の表現に頼る様に方向づけられ;そしてその同じものに沿って意志を決定します。その後、最も崇高に向かって鼓舞するマインドと共に、魂は思考と知覚の幻想の根底にある神聖な現実の上に休む事を必要とされます。内在的な魂(Om)の表現は、魂において注ぎ出されたエネルギーで;スピリット的なエゴがその意志で、そしてより高い自己との統一が、その目的です。統一は、マインドによって達成される事で、それは、より低いマインド(無思考)の上であり、その後、その目的と共に一つに成り、故にその、より低い自己は、より高い自己へと融合します。」

聖書の中には、矢と言う言葉への多くの言及があります。詩編45:6に私達は以下を見出します:「あなたの矢は鋭く、王の敵のただ中に飛び/諸国の民はあなたの足もとに倒れる。」そして詩編64:8にはこれらの言葉があります:「神は彼らに矢を射かけ/突然、彼らは討たれるでしょう。」道義心/良心の矢から、その人自身を開放出来る人は誰もいません。

射手座は9番目のサインなので、それは「完璧さと完全性の数字です。3の3倍である9は、3つの、より低い平面(領域)の完璧さの取得に言及します。」 - G. A. ガスケル。

化学的な完璧さの(地上的な)会得は、全ての平面(領域)の上における完璧さにおいて自動的に結果するのは明らかです。

「9日間を通してその軍は、神(アポロ)の矢を行きましたが;10日目に、アキレスは、人々を集会へと呼びました。」 - イリアッド 第1巻。

「そう、神々に関係する馬として;神々に伝えるのが実際にマインドなのは、神々に賢明な人を伝えるのがマインドであるためです。」 - サタ・ブラー、S. B. of E.

「人は、天界的な世界(大脳)への道を正しく知りませんが、その馬は正しく知っています。」 - Ibid.、13:2、3、I.

「その赤子(ゾロアスター)を馬によって踏み殺させる試練が、その魔術師達によって成されましたが、その先頭の馬はその子供の上に立ち、殺される事を妨げました。」 - ゾロアスターの生涯。ゾロアスターの信仰者達は火(牡羊座)を崇拝し、そして彼等のその赤子の逸話は、聖書的な赤子のイエスの説明と同じです。

キャリー博士は、シリカを射手座に分配しました。シリカがクオーツである事は、既に説明されました。遥か大昔から火のための火花を産出するために使用されて来た燧石(すいせき)は、その一種です。それは地球の外殻の大部分を構成します。それは自然において自由に起こりませんので、化学的な方法で分離されなければなりません。

その純粋で結晶化された形状において、それはクリスタル(水晶)、またはクオーツの岩です。無機的な化学において、私達はそれが穀物の茎を固くすると見つけ、そしてまた、動物の(筋肉/神経)組織にも見つけます。それは頻繁に、6つの側面によって頂かれた六角形のプリズムの形状において起こります。三角形がの象徴なので、キャリー博士の分配がどれだけ正しいかは、簡単に理解されるでしょう。シリカの粒子がどれだけ小さく分解されようとも、全ては三角形の形状を取り、それは、勿論、矢の頭の類推です。

実践的に全ての物質が(そして幾らかは全てと言いますが)結晶化するのは、科学的な事実です。それがその様な場合である時、結晶は簡単に見られるでしょう。クオーツの結晶は、眼に見えない唯一のものと言われます。

ドメニコ・ググリエルミニ(パドヴァ、1706年)は、それぞれの塩の結晶は、それら自体の形状を有し、その面の平面の角度は常に同じであると主張しました。近代の科学者達は、同じ化学的な実質の全ての結晶の一致している面の間の角度は、常に同じで、そしてその実質の特徴であると明言します。すると、特定のゾディアック的なサインと共に分配された化学的な要素(塩)が、宇宙と人の体において、特定のはっきりとした働きを達成するために自然的に関連するのは明らかです。

殆ど全てのミネラル的な塩は、六方八面体の形状の下で結晶化します。それらは6つの不等辺な角度と48個の面を有します。これは、結晶におけるあらゆる形状のために可能な面の最大数です。

特定のレンズを造るために、眼鏡職人達によって使用されたフッ化カルシウムの結晶に着目するのは、とても興味深い事です。フッ化カルシウムが、蟹座のサインの塩である事が思い出されるでしょう。そのサインは月によって統治されているので、それは脳に大きく拘わっていて、そして故に両目です。この塩の不足は白内障の原因に成ります。

カルシウム、ポタシウム、そしてシリカの結晶は、三つ組み元素の軸に沿って伝播された、分極化された光のビームを回転させます。結晶において6種の原始的な形状が発見されました。一般的なクラウンと燧石のガラスとして知られている大昔の眼鏡は、全て純粋なシリカ的な本質で、クラウン眼鏡の場合、基本的な構成要素は、ライム(石灰)、重曹とライム、またはポタシウム(カリ)、もしくは両方の混合物です。時々、マグネシウムも含まれます。ガラスの製作者達は、高いシリカの内容率は、固さと化学的な安定性に向かう傾向があると、私達に教えます。モルタルを造るにおいてシリカが使用されているのは、正しくこれが理由です。射手座に分配されている宝石が、水晶なのは明らかです。

キャリー博士はシリカについてこう述べます:「大脳と小脳の間の接続的な組織におけるシリカの不足は、それにおいて思考する事が難しい精神的な状態を産出します。」ペガサスの蹄が打つ事が出来る燧石が不足しているのは鮮明です。故に人はミューズ(女神)達に求愛する事は出来ません。

これ等の章の幾つかの中で私は、大いなる真実が隠された口語のフレーズの使用に言及してきました。数年前まで一般的に使われていた(そして今でも時々聞かれる)一つは、精神的なスタミナが無い事を意味する、「貴方は砂を全く持っていない」です。砂の殆ど全てがシリカなので、この表現はとても相応しいでしょう。幾らかのオカルトの(隠された)研究は、大脳が発達する際に、ミネラル的な実質のとても繊細な粒子が、松果体に集まると明言します。

シリカは人の(唯一、絶対的に安心な)外科医で、人の物理的なスペード(先の尖ったスコップ)で、そして電気的な絶縁体です。それは電気の伝導体では無いので、絶縁体としてのその使用は不可欠です。

この塩の小さな粒子は、人体を通してあちらこちらに移動し、水分で満たされた細胞の中と周りを押し、実際にそれを掘り出し、それを分離し、そしてそれらの前にそれを押し出します。それらの小さいけれど、とても活発で外科医的な労働者達は、最終的に、ヘテロプラズム、または膿と共に、(皮膚の)表面に届きます。もし、老廃物が排出の自然的な経路に続く事が出来ないなら、それらは次に最良な事を行います。それらは、抵抗が最も小さい通り道を取ります。これが直腸の周りに現れる潰瘍の原因です。自然は、シリカと3つのカルシウムのコンビネーションの全てのための、彼女の強調的なメッセージを送っており、そしてそれらは何カ月も集中的に摂取されなければなりません。

赤い瞼(まぶた)は、シリカの必要性を示唆する顕著な症状を構成します。鼻孔の端の赤さも同様です。その他の症状は: 痤瘡(ざそう)である 、真っ赤に腫れたニキビ;頭皮の上の小さく赤いニキビです。熱、または冷たさのどちらかの対処法が解放をもたらさない時、そして人が殆ど発汗しない時、この塩が必要とされます。それは「風邪」を治すために、鉄分(魚座)、塩化カリウム(双子座)、硫酸カリウム(乙女座)とのコンビネーションにおいて必要とされます。観測された直後に、熱いお風呂と関連して、熱い水と共に摂取されれば、風邪は直ぐに治ります。それは、毛穴を綺麗にします。当然、人は食べる事を停止(断食)しなければならず、そしてまた、内臓的な通り道が、完全に綺麗にされる必要があります。

シリカの不足から現れる多くの症状の幾つかは:精神的な抽象化;生活に対する落胆と嫌気;頭皮の上のしこり、または小瘤(しょうりゅう);抜け毛、または枝毛;瞼の上のものもらい;涙腺の潰瘍;耳の周りのはれものと嚢腫;白内障;耳管の腫れとカタルを伴う聴覚障害(日課的なシリカの摂取/注入がまた必要です);骨のカリエス(骨瘍);乳様突起;濃く、黄色な物質を排出するカタル;不快な排出;顔、または顎の骨のカリエス、または壊死;歯茎の腫れ;膿漏(のうろう);舌の硬化;舌の上の潰瘍;喉の潰瘍;扁桃炎;肝臓の膿瘍;腎臓の化膿;膿と粘液に満たされた尿;長期的な梅毒;前立腺炎;長期的な淋病;白色帯下;乳房の固いしこり;瘻孔性潰瘍;結核;肺炎;気管支炎;化膿する事を脅かすただれの古傷;腰関節の病;カーバンクル(皮下組織に生じる急性化膿性炎症);足の悪臭の発汗;熱も冷たさも開放を与えない、夜間に起こる、しつこい神経痛(頭痛);不十分な発汗;血液の興奮からの不眠症;睡眠中の手足の突然の動き、等々です。

症状は常に、夜間と満月の間、そしてまた、屋外においてより粗悪です。それらは、暖かい部屋の中で改善します。

より高い(崇高な)マインドの中で生きる人は、全ての危険から守られています。そのクリスタルの様に鮮明なエッセ(本質)は、天界的な朝露で、障害無しで反射します。直感は鋭く、そしてはっきりしています。人は、瞬時に、そして正確に判断します。その思考の矢は、その標的に真っ直ぐ飛びます。

その直感の矢は人を、卑しく、不純で、そして相応しく無いものの全てから完全に切り離します。その崇高なマインド(大脳)は、楽園に入るために、それぞれの人が渡らなければならない架け橋です。その崇高なマインドは、鷲の羽根(右脳と左脳)を着せられた馬であるペガサスです。

グールー(先生)ナナクは、マカウリフ著のシークの宗教第一巻の中でこう述べます;「人に5本の矢(五徳)を取らせ、その人の脳の弓の上にそれらを乗せさせ、そして死を殺し(克服し)なさい。」何と凄く、真の訓戒なのでしょう!

マックス・ミューラーは、ブッダからの選語禄から、牡羊座と射手座のサインを関連させる、素晴らしく、相応しい、以下を引用します:

「私のマインドは今、乾き、甘い朝露の泉のがぶ飲みを熱望し、私の馬にまたがり、そして急いでそれを此処にもたらそう。私は死の無い街に届く事を望む。

そして、敵無しのシェークスピアもまた、彼の言葉が証明する様に、その秘密を知っていました:

「鷲よ、乗れ、私のクリスタライン(鮮明な)宮殿へと!」

X. THE ANALYSIS AND SYNTHESIS OF CAPRICORN AND CALCIUM PHOS
10.山羊座とリン酸カルシウムの分析と調合


「私はヤヌス;主権者の最古;
私は前、後ろ、そして下を見て;
私の門を行き来して通る歳年を
私は、通りと門の神として、数えます。」
- ロングフェローの詩人のカレンダー。

太陽は今、南方の「天界への門(冬至)」に届き、其処からそれは上昇する準備をしなければなりません。それは山羊である山羊座で、その長い登山を始めるために、その山の麓で待っています。

大体、12月21日から1月21日まで、太陽は山羊座のゾディアック的なサインを通過しており、そしてこの期間に達成された働きの本質が12月よりも1月に、より属するのは;後者の2週間と、前者の1週間だけが影響されるためです。

1月(January)は、太古のイタリアの神であったヤヌス(Janus)のローマ語の言葉から派生します。「彼は全ての始まりの神で、その他全ての神々よりも、優先されました。彼は日々の古きものでした。彼は人間の生命、1日、農業的な1年の始まりを、門と入り口の上で納めた」と、全ての言及の記述が私達に教えます。

彼のアーチの門の下で、ローマの軍隊は戦争へと行進しました。フォーラムのこのアーチの門はその後、寺院の2重の扉によって入れ替えられ、唯一完全な平和の時にだけ、閉ざされました。ヘブライ語において Janum と言う言葉はうたた寝を意味します。

上述の明言には、利用可能な豊富な情報があります。土星(サターン)が山羊座の統治者なので、その陰的な解釈は、その寺院の門に立つサタンです。彼は其処(寺院)に入る者を止めようと試みる誘惑者です。その神聖な場所に入ろうと熱望する者達は、その熱望を原因している精神的な振動を産出しました。もし、サタンが彼等を「振り返らせる」事が出来ないなら、彼等は入場を達成させる事において成功します。

此処で説明されなければならないのは、その神、ヤヌスが、反対方向を見ている2つの顔を持っているとして描写されている事です。一方の顔は老人のもので;もう一方は若者のものです。故に、その寺院(temple)の2重の扉のための必要性なのは、一つは未来へと開き、その間、もう一つを通して人が、未だに過去へと振り返る事が出来る扉です。人は、その人がどちらへ向かうのかを決めなければなりません。もし、過去の教訓が十分に厳格で、そしてその放蕩息子がそれらから学んだなら、気性(temper)の力は失われるでしょう。すると人は、完全な驚きにおいて、其処に立っている姿を見る事が出来るでしょう。それは完全な変化で - キリストの姿と特徴を取ります。変格が達成され、そして人は終に、真っ直ぐな狭き門へと入ります。「汝がその狭き門に入るのは、破壊へと繋がる門が広い為で、そしてその中に行く多くの者達がいるためで;

「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」 - マタイ7:13-14.

「ダビデはガドに言った。「大変な苦しみ(狭き道)だ。主の御手にかかって倒れよう。主の慈悲は大きい。人間の手にはかかりたく(fall)ない。」 - 列王記2では無く、サミュエル2 24:14.

その狭き門は、「道(strait)」へと開き、それは液体の2つの体を繋げる細い通り道(脊椎/イダとピンガラ)です。それは、螺旋の階段、または山羊の角の様に、それ自体の周りのとぐろを巻きます。山羊座はそのより引くい一方で、その間、天辺、または山の頂上の入り口は、牡羊座です。底(繁殖器)にある液体の体は繁殖のもので、天辺(大脳)にある液体の体は、創造再創造のものです。その人自身を再創造する事を求める人が、人の手の中へとでは無く、主の手の中に落ちる(fall)事を熱望するのは明らかです。

ギリシャ神話の有名な逸話の一つは、オリンポス山の上で生れ、山羊、アマルテアによって乳を与えられたジュピター(ゼウス/木星)の話しです。パター(聖父)ジュピター、または善き物事を与えるものは、その山羊が彼の食べ物と共に、その山を登る事を止めていたら、餓死していました。

その同じ神話は、自然が過去において、パンと言う名前の山羊-人の姿によって象徴されたと、私達に教えます。その秘儀的な意味は、食べさせる/与えるもの、または栄養です。パンは、(食べ物が蓄えられる)パントリー(貯蔵室)や、食べ物、水、もしくはその他の実質を含むための(フライ)パンの様な、多くの興味深い言葉の語源で;また、砂から(砂)金を分離させる行程において使用されるものです。それは、「全ての治癒」である panacea (万能薬)に含まれた言葉です。食べ物が相応しく全ての病気を治癒する方法として考えられるのは、それが、体の細胞によって必要とされる、またはミネラルを含むためです。それは元々、これを行うために意図されていましたが;しかし、多くの理由のためにこれは不可能に成りました。暴飲暴食、または食べるために生きる事が、生きるために食べる計画に入れ替わりました。加えて、その国の異なった部分における土が使い古され、化学的に完璧な食物を育てる事がもう出来なく成りました。三番目の理由は、食物の消化と吸収の気管の能力の無さです。

パンが意味するのは全て/全体で、パニスはパンのためのラテン語です。聖書はイエスが「生命のパン」であると明言し、そしてそれらはまた、天界(牡羊座-大脳)から降臨する、生きているパン(オイル)に言及します。この栄養素、またはパンが繁殖において使用されない、または無駄遣いされる時、それは「上の室」の中のテーブルの上に置かれ、そして主の夕食成ります。これが、聖書的な明言の本当の説明です。

パンは、羊飼い達の神と呼ばれました。羊飼いは、羊、またはその他の群れの面倒を見る者なので、それはとても秘儀的な解釈を有します。思い出されなければならないのは、このサイン(山羊座)が其処からスピリットが入って来て、そして其処の外へと帰ってゆく、天界の4つの門の一つであると言う事です。牡羊座は、それらが其処から入って来る門で、蟹座は、体の細胞を形成するにおいて、それを通ってスピリットが小体(遺伝子/細胞/血球)へと入る門です。天秤座は、判断の門で、(小体の中で魂化された)スピリットが、奈落(i.e. 冬至)である山羊座の門の中へと降りて行き - 地獄(i.e. 冬)へと降りて行き、(太陽が)3日間留まり、3日目(i.e. クリスマス)に再び上昇する事が出来るだけ十分に強いかを判断する、バランスの地点です。

上述は、聖書の読者達にとって、親しみのある言葉ですが、唯一、占星学と身体生理学のみが、それらを説明出来ます。太陽は、1年のこの時期において、その最も低い赤緯(declination/i.e. 冬至)で - それは実際に地球(地平線)の下に消える様に見えます。これは、太陽が山羊座のサインに入る際に起こります。三日後に、それ(太陽)はそのサインの3番目の角度に入り、その角度は水瓶座と人の息子であるサインと共に分配されます。当然、イエス(太陽)は、この時期に生まれます(復活します)。

これは、もし人が - (彼自身が自動的に神聖な聖体を得ている) - 神聖な赤子である、ジュピター(木星/大脳)が栄養(オイル/分泌液)を与えられる事を許す責任を達成したのなら、新たな人の母体が、その中に創造されるでしょう。ですが再び、それぞれの人がその人自身の救いを行わなければなりません。それは努力です!

それらの2.5度の点の分析は、人と宇宙に関する全てを明かします。12月25日が、イエスの誕生のために選ばれた正しい日付けなのは、それ以外の時に、正しい創造的な振動が産出される事が出来ないと言う、とても良い理由のためです。

その神聖な息子が生れた時に、肉欲的な人は消滅するので、ギリシャ神話が故に、以下の様にそれを表現するのは当然で:「後に、パンは、ギリシャの神々の全てと、ペイガン(土着の異教)主義自体を代理すると考えられました。実際に、早期のキリスト教の伝統によると、天界(大脳)的な主人がキリスト(オイル)の誕生を公表した時、ギリシャの島々を通して深い唸り声が聞かれ、大いなるパンが死んだと伝えられ、オリンポスの王朝が打倒され、そして何人もの神々が寒さと暗闇の中で迷わされたと伝えられました。」

切実な研究者達は、その創造的なエネルギー(太陽)が「地獄(冬至)」において過ごす3日間が、繁殖に関係する神聖な部分における腺、言い換えると、性的な腺んに言及している、疑う余地の無い事実に気付くでしょう。此処において、その小体(遺伝子/血球)が、動物的な種へと変化させられるためです。故に、人間的な小体から、動物化された小体を分離する長い行程が始まる時まで、その融合されたスピリットの試練、みじめさ、そして苦悩の状態が結果します。これがその大いなる働きであり、聖書は「羊を山羊から分離する事」と言及しました。

地獄の本当の意味は隠す事(冬)なので、それは上述の明言を確認します。その神聖な火、そして天界(大脳)的なエッセ(本質)は、冬と呼ばれる暗闇と寒さの期間に宇宙的に一致する、より低い地域(i.e. ゾディアックの下半分)において降臨し、隠されています。冬は1年において、太陽が最も遠くに輝く時期です。夏は、太陽が直接頭の真上にある期間で、それはその光線が、最も熱く成る原因に成ります。それは、アエスキュラピウスが、天界から盗み、地上に結び付けた火です。

この本の中の宇宙的な胚芽の図表を観て、冬における太陽の光線が最も遠いと言う、この比較的な上述の明言に注目する事は、その図表の正確性に、更なる証明を供給します。土星の振動の下で、太陽の通り道が、山羊座に分配された天界の部分を渡って、角から角まで、絶対的に遠い線を形成する事に着目して下さい。

ヤヌスの門の下を通り、ローマの軍隊は戦争へと行進しましたが、その門は絶対的な平和時において閉ざされていたと以前に明言されました。これが明らかに、異常な事に言及しているのは、どの様な街の門であれ、戦時中には保護のために閉ざされているでしょうが、平和時には、間違いなく閉ざされておらず、開かれているであろうと、人が推測するためです。それは身体生理学的な解釈を有します。

山羊座のゾディアック的なサインの3つのディーカン(10度の角度 x 3)は、仙骨の最初の3つの脊椎と正確に分配されます。仙骨(sacrum)と言う言葉は、ラテン語の sacer に由来し、神聖、尊い、または聖域化されたを意味します。アエスキュラピウスが、その神聖な火を結び付けたのが此処においてであった事を思い返せば、人は、何故それに仙骨の名前が与えられたのかを理解するでしょう。その、牡羊座(大脳)からの創造的な火は、「天界から降臨し」、創造的な火に成りました。

以前の章の中で与えられた情報を再確認すると、この火が決して、元々、土(地上的、または肉欲的な部分/下層のチャクラ)に対して「鎖を繋がれる」ために、意図されていなかった事を人は理解します。「鎖を繋がれる」事が意味するのは、その場所から離れる事が出来ない事です。もし、その火がその様に制限されていなければ、それは再び上昇(アセンド)するために自由で、そして故に体の中で循環するでしょう。循環は、より低いマインドがその振動を、より高いものへと上昇させる事を拒んだ時、またはそう出来ない時、不可能にされます。このエネルギー、または蛇(脊椎)の力と、その分配されている実質を解放する事は、それが聖父(大脳)へと回帰する事を可能にします。元々、その聖父(大脳)の産物、または子孫であるそれらの2つ(イダとピンガラ)は、「彼(大脳)と共に一つに成る」ために回帰しなければなりません。

何度も明言された様に、研究者は、検証されている人体のそれぞれの部分の研究を成すべきです。故に人は、この場合、仙骨と仙椎が、(脊椎菅の中の)仙骨神経叢を形成するそれらの神経の起源の地点で、そしてそれは、尾骨神経との関連において性(繁殖)的な腺の機能を操作しています。

人類は、「鎖を繋がれて」もおらず、サタンと呼ばれる何らかの目に見えない存在の手の中にもありませんが、感覚(快楽)のためのその熱望によって、催眠され、そして虜にされています。しかしながらそれは、それぞれ一人ひとりの人達が「荒野においてその蛇(英知)を上に揚げた」時、最終的にその高見(大脳)に届きます。蠍は、羽毛、または羽根のついた蛇(i.e. 鷲座)に成ります。人は、センタウルス(半人半獣/射手座)に成る事を止め、その人のペガサス(右脳と左脳)にまたがるでしょう。

山羊座は天界の4つの門の一つで、このサインは始まり(元々の運動)、門等々に属すると言われるので、何故軍隊がこの門を通り抜けるかの理由は明らかであるはずです。その軍隊は強欲な精子への言及です。それらが数えきる事の出来ない群れを表しているのは、身体生理学的な事実です。それらが通り抜ける事を止めた時に、それらが通る門、または通り道は、自動的に閉じます。私達は、終に、何故それが絶対的な平和の時以外に決して閉じないのかを理解しました。

体は「それ自体に対して分断された家」で - 故にそれが、繁殖的な胚芽の細胞である、争い合っている小体(遺伝子/細胞/血球)を含むのは、それらそれぞれの中のスピリットが、その殉死に対して激しく反抗するためです。

太古の文献は、この逸話と共に溢れかえっています。そ言い回しの特徴的な方法が、はっきりと人体に対して言及している十分な証拠である事は、読者達にとって、明らかであるはずです。

上述の情報の光の下で、ヤヌスが何故 - 創造である - 「人間の生命の始まりの上に座する」のかは明らかです。

パンと言う言葉から私達は頭蓋である Brain-pan を派生させます。サターン(Saturn)と言う名前がブレイン・パンと共に分配されるのは、それがラテン語の十分、または十分である事を意味し、そしてそれから satiate (満足、そして故に満腹)と言う言葉が派生する Sat へと、分離されるためです。urn (骨壺)は何かを内包する入れ物、パン、または水差しです。太古の時代においてそれは死者の灰を入れるために使用されました。ミネラル・ソルトは ash (灰)と呼ばれるので、サターンの urn が(太古の日々において)、神が「天界から fell (落ちた、または降臨する)前に、生命にとって欠かせない全ての塩を保ったのは明らかです。それらは、創造的なエネルギーの必要性を満足させるために必要です。人のブレイン・パン(頭蓋)が骨壺に成る事を望む人は誰もいません。

ある事がどの様に 「pan」out (展開)するかは、その上に判断/審判を与える土星(サターン)の自然的な力の類推です。原因と効果(結果)の法則が、此処で考えられています。土星は、人が実際にそれを受け取るに値しない時に、目標とされた、または熱望された結果を、人から妨げると言われます。土星はまた、正当な努力の果実を人の膝の上に注ぐとも言われます。ですが永遠に気付かれなければならないのは、土星は、支払われなければならないものの最後の一円まで要求する事です。それが供給された時、人が全ての縛りと制限から解放されるのは、もうあらゆる危険が含まれていないためです。

サターンと呼ばれる振動が無ければ、自然において、一つに保たれる事が出来るものは何もありません。凝集力は存在しないでしょう。土星は安定性を創造するために、結び付け、そして故に特定の半径の中に制限します。これは、基礎である、補佐を示唆します。

天界的な人である水瓶座の手の中のその URN (水瓶)が Saturn 自身なのは、それが労働と、労働の果実を意味するためです。サターンは、それぞれの人達の中にあります。宇宙的な土星の完全に自然的な振動が、人体において一致する物質を見つけた時、すると、そしてそうした時にだけ、その体における働きは正しく行われます。王、土星が、彼の王国に入り、その中で王的な働きを達成しようと求め、そして彼の物質が欠如していると見つけた時、何が結果するでしょう?当然、その働きは成される事が出来ません。それ以外に論理的な答えはありません。

リン酸カルシウムが、サターン(土星)自体の特徴的な物質です。その3種の特別な使用の一つは、体の骨格を構成している骨の形成です。あらゆる構造物の土台は最初に構築され、そして故に、その構造物の最も古い部分です。これは、土星の本質と、彼の秘儀的な名前「太古の日々(i.e. 時間の統治者)」と共に分配されます。彼は始まりを体現します。

体の骨の枠組み(骨格は)その基礎です。それが、その元々の粒子(血肉)が塵へと帰った後も、長い間(土葬の)お墓の中に残る事がよく知られています。土星(サターン)は、すると、マスター・メイソン(石工の棟梁)です。元々の行程が完璧化された時、サターンは満杯の URN (骨壺/水瓶)と共にその山の頂を取り戻します。頭蓋がその肯定的(プラス/上部)の urn で、その間、骨盤が否定的(マイナス/下部)の urn で、両方が循環の機能のために必要です。タロットの14番目のカードが、大いなる働きの本質を描くので、私達は(実際に土星である)生命のスピリットが、一つの水瓶からもう一つへと、一滴もこぼす事無く生命の水を注いでいるのを見ます。そして14番目のカードはまた、N の文字を象徴し、それはヘブライ語において文字通り(再派生/復活した体の神聖な果実である)イエスなので、その類推は完璧です。

initiate (開始する)事が意味するのは、何かをGo-at (其処で行う/goat/山羊)事で、始める事です。占星学的な逸話の中で山羊座は initiate (入門者)のサインであると言われます。ヤヌスは2つの顔を持つので、「回れ右」が新たな一歩を取る事の類推であるのは明らかで、そして故に、言うなれば、もう一つの扉に入る事です。ですから、より低い、またはマイナスの urn だけを考えてきた人は、終に、その全くの乏しさに気付き、その人が十分に長く、放蕩息子であった事実に気付きます。彼は、思考において、彼の聖父(大脳)へと戻り、そしてそれ以後、更なる物質的な返還を始めます。故にその人は正に入門した弟子で、その人の強さの全てと共に修行する事を祈りと共に約束し、善きメイソンに成り、故に正確な建築者に成ります。その人はもう、破壊しません。

フリーメイソンリーの真の解釈は、つまり、形而上学(精神)的な生命において究極的に結果する、生物-化学的な行程です。これが、そしてこれ唯一が、キリスト教の真の科学です。物質は生命に溢れており、そして物質無しでは、生命は現れる事が出来ません。

山羊座( Capricorn )の中の太陽と共に生まれた(山羊座生れ)の人は、故に入門者/開始者である、または未だに「2つの顔」を持ち、それが意味するのは CAPRICIOUS (気まぐれ)であると言う事です。この言葉はカペラ( Capella )と同じ語源から派生し、それは山羊星のためのラテン語の名前です。カプリス( Caprice )は「山羊の飛び跳ねと行方程、説明不能なマインドの運動」であるとウェブスター(辞書)は述べ、その間、ケイパー( caper )は、じゃれ回る事、または跳ねて進む事を意味します。

ブリタニカ百科事典は、山羊についてこう述べます:「正しくは、良く知られ、家畜化されたヨーロッパの反芻動物の名前で、素晴らしさと純粋さの象徴である羊とは対照的に、常に邪悪な物事の象徴として考えられました。」

すると、遥か太古の昔から、占星学が山羊の象徴を認識し、使用してきた事実を、誰かが馬鹿にするのは論理的でしょうか?それは、最も高い振動を持つ体の部分 - 考えるものであり、生命の火である、牡羊座(大脳)に羊、または子羊を分配し、その間、陰的な極であり、人類がその火を鎖に繋いだ処は、山羊と共に関連させられました。

中世の獣的な逸話の中で、山羊は色欲、または肉欲性の象徴です。シェークスピアは、この本質の人を以下の言葉で言及します:

「汝、神に呪われた贅沢(官能的)な山羊よ。」

強調されなければならないのは、これがこのサインの陰的な解釈であり、全てのサインには陰的(凶)と陽的(吉)の両方のフェーズ(期間)があり、非派生がその一つを体現し、もう一つは弟子の状態への入会を表す事です。その後者は若い顔を持ち、その間、やり過ぎと共に疲れさせられた者達は、年齢においては若いかも知れませんが、老けた顔をしています。

天秤座の秤の2つのパン(皿)は、サターン(土星)と共に分配されます。両方が種で一杯でなければなりません。knee-pan (i.e. knee-cap/膝)は、サターン、またはパンに親密に関連しています。坐骨神経の枝葉の一つは、両膝へと分岐し、そして性的なやり過ぎのために仙骨的な中枢が部分的に麻痺すると、反射神経が欠損します。knee (膝)と言う言葉は、サンスクリット語において janu で、ヤヌス(Janus)と1月(January)の類推です。これは、膝(knee-cap)が山羊座(Capricorn)に関連させられている理由です。この動物が、食べる際に膝まづくかも知れないのは真実ですが、此処に与えられた最初の理由は正当なものです。

パナセナエア(Pan-athenæa)は、山羊であるパンと、アテナ(Athena/英知)、または賢明な山羊への、神聖な2つのお祝いに対して、古代のギリシャ人達によって与えられた名前です。小規模な方は毎年祝われ、大規模な方(オリンピックの原型)は、4年に1度開かれました。勝者への報酬は、オリーヴ・オイルの urn (壺)で構成されました。これは、処女である乙女座、そしてまたアテナ、もしくは英知(ソフィア)への類推です。それは、「喜びのオイル」と言う表現の土台です。賢明に成る事とは、幸せで平穏である事です。

ヘブライ語においてその言葉、ヤヌスが、うたた寝、または不活性を意味する事実に言及すると、私達はこれが、地/土(下層チャクラ)に鎖を繋がれた火の類推であると見つけます。うたた寝(slumber)と言う言葉の語源はスラム(slum)で、町の薄汚い裏道、低級でごみごみした住宅街(ゲットー)を意味します。これは体の下部との類推で、ヤヌス(Janus)、または山羊座が座する言われる門、または出口への類推です。体の下部におけるその出口は排泄物の通り道(anus)で、この部分はスラムと呼ばれるのに相応しいでしょう。人は、繁殖的な液体がそれらの通り道の一つを通って排出された時、強力な不快感に気付きます。

眠る事が意味するのは、働いている物理(身体)的な機械性の意識的な部分を、中枢神経が保つ事が出来ない事によって原因される不活性、怠惰、または横たわった状態です。それらは電気的な力において、それら自体が減少させられました。故に、視覚の神経(電気的な眼)が疲れ、そして目が閉じます。引き綱の神経が緊縮し、眠りの幕が降ります。電気的な力と活性力の消失によるこれとは対照的な状態は、詩編121:4の中で「見よ、イスラエルを見守る方は/まどろむことなく、眠ることもない、」と明言される様に、視床、または全てを見ている眼の、活力的で疲れていない状態です。

ブンヤンは、巡礼者の進歩の中で、人の進歩を歪める怠惰な状態の例を上げます:「終に、彼はうたた寝へと落ち、そしてその後、彼をその場所において閉じ込めた深い眠りにつきました。」ロットの妻が、「振り向き、塩の柱に成った」事が思い出されるでしょう。私達の現在の進化の段階において、人が機能する事を可能にするために、特定の量の休憩(眠り)は絶対的に必要です。未だに多過ぎる無駄遣いがあり、そして人は多すぎる一貫的な苦労の対象とされ、体は7時間から8時間の睡眠が得られ無いとリフレッシュする事が出来ません。

knee (膝)と言う言葉が建築において使用されていると着目するのは興味深い事です。その建築的な分析において、山羊座を通った太陽の通り道の実際の幾何学(立体)的な構造図を見つけ、私達が驚かされるのは、此処において knee が、実際に斜めの線である、切り妻壁(屋根の斜面を 2 辺とした 3 角形状の外壁)の斜面を意味するためです。この明言は、宇宙的な胚芽の図表において、山羊座に分配されている空間の正反対の角を繋げている正に斜めの線に注目する事によって確認されます。

山羊のサインを通った太陽の斜め( oblique )、または対角線の旅路の研究は、このサインの中の太陽と共に生まれた(i.e. 山羊座生れの)人達の、非再派生的(未だに悟れていない)欠点の、形而上学(精神)的な説明を私達に与えます。対角線、または斜めの意味は単純では無い事で;故に2つの顔(気まぐれ)で;内密で;不吉です。同じ語源から派生した Obliquity (傾斜)は、正しい線からの逸脱を意味し、故にモラル的な正直さと正しい考え方からの逸脱です。幾何学的な定義において、これ等の物事を確認するもう一つの方法を見つけられるのは、実に満足でしょう。

その斜め、または対角線の通り道に続いている事で、(太陽によって体現された)エネルギーは、回り道を通り - 言い換えると、創造的な実質に加えて時間の無駄遣いをするようです(土星/サターンが聖父時間です)。これが何故なら、正に真実において、それが真っ直ぐで狭い通り道に続かないためです。それは地/土(下層チャクラ)に鎖を繋がれ、その旅路において上昇を始められない様で - それは停滞的で、不活性で、眠そうです。その三角形の一番長い辺が、その斜めの線なので、その距離を覆うために、より長い時間が必要です。

この記述において、金融的、そして産工業的な世界において、実質的に2年間存在してきたパニック( PANIC )の状態に言及するのは相応しいでしょう。古代人達は、パニックと、突然の、根拠の無い恐れの原因としてパン( Pan )を指摘しました。パニックと言う言葉が同じ語源から派生したのは事実です。シュースラーの生物化学システムを参照すると、リン酸カルシウムの不足が、マインドの中に恐れとパニックの状態が存在する原因であると私達は見つけます。真っ直ぐさ(正直さ)の欠落において、それが意味するのは、真っ直ぐな線、または英知の道においてマインドの対する能力の無さで(罪を犯している事である、サタン的な生活を生きている事で)、其処にはモラルのサポートが無く、故に精神的なスタミナがありません。当然、パニックが結果します。

土星は、1929年3月に、それ自体の(統治の)サイン(山羊座)に入りました。その他の物事の中で、このサインに属するのは、職業、専門業、誇り/栄誉、そして故に地位;モラル的な立場と安定性です。思い出してもらいたいのは、サターン、またはアエスキュラピウスが、天界から火を盗んだ事です。言い換えると彼は歪める者に成り、それが意味するのは、正しい使用から離脱する、腐敗させる、または悪用する事です。土星/サターンの最低限の解釈はなので、生命の源泉と、誇り/栄誉を含む全て(パン/pan は全て/全体を意味します)の物事が腐敗させられたのは明らかで;そして生命の必要性を扱うにおいて、明らかに誤った方法が使用されました。数々のローン(貸し出し)と投資の組織が倒産しました。その原因は、多くの場合において、資金の横領、または実際の着服でした。多くは彼自身のサインにおける土星の位置によって必要とされた栄誉の凄まじい試練に耐える事が出来ませんでした。その脳細胞は、徳に一致する高い振動に対して調整する、または反応する事が出来ませんでした。故に、クラッシュ、または失敗が結果しました。

人類の金銭欲、欲深さ、そして物質欲が大きく成り過ぎて、利他主義と誇りが殆ど完全に、その視野を失いました。人類は投機(賭博)に理性を失いました。振り子は一方の方向に大きく振れるかも知れませんが、それは必然的に、反対方向において同様に大きく振れます。ウォール街におけるクラッシュ(大恐慌)は、投機のこの振り子に大打撃を与えました。それは、多くの人達を「ノックアウト」しました。もし、地位(雇用)が未だに存在していたとしたら、稼がれた給料は銀行の預金へと、それらの道を見つけました。(車の)フォード氏が相応しく明言した様に、性的なやり過ぎにおける投機、消費、そして無駄遣いの乱交の間、人類が実際に病気だったのは真実です。その「ノックアウト」は、回復を始めた一撃でした。ですが回復はまだ幼い赤子で、とてもゆっくりと成長するのは、現時点においてそれがあまり栄養を与えない、乏しい質の食べ物を与えられているためです。彼等の貯金の全てを失った人達の多くは、金銭欲が未だに死に絶えていないので、機会が与えられれば彼等のお金を倍返しするために、再び全てを賭けるでしょう。

土星/サターンは、真実、安定性、正直な価値、誇り/栄誉、そして誠実さを体現します。信用が存在しなければ、安定性が存在する事は出来ません。大脳である牡羊座の中の天王星は、1928年以来、山羊座とそれに関した全てに対してスクエア(90度)で;そして土星が彼自身のサインに入った時、この振動は凄まじく強力に成りました。山羊座と牡羊座に対して関係した変動の痙攣(けいれん)が結果しました。存在していた少々のバランス、または調和(ハーモニー)が消滅し、混沌が猛威を震いました。

土星は、1932年2月24日に水瓶座のサインに入るまで、山羊座を離れません。ですが、それ(土星)がその(水瓶座)の中へ深く進まないのは、1932年5月15日にそれがレトログレード(逆戻り)を始め、山羊座の中へ戻り、(山羊座の)28度に届くまで、再び前に進まないためです。それは、自習の時間に残された生徒達が、真面目に勉強しているか、悪ふざけしているかを確かめるために、教室に戻って来る先生と正に同じ理由でレトログレード(後退)します。

土星/サターン自身のサインにおける2年半に渡る滞在(通過)の間、人類は誇り/栄誉に関する問題について試練させられました。それは、扱われた通貨の会計/説明をする事を説いただされ、この世において貨幣(通貨)を何に使用したのかを説いただされています。その試練は、土星が水瓶座のサインに入った時の後にも続きますが、それは意識がかき乱される原因に成ります。恥ずかしさと後悔が徐々に現れます。あらゆる状態を取る全に改良する方法は全く無く - それをもたらすためには何年も必要と成るでしょう。全ての学種に沿った教育/教養が自己-改善のために望まれ、そして正しい-生き方に向かった正直な努力は、普通の状態のために絶対的に不可欠な要素です。

「全ての善き物事を与えるもの」であるジュピター(木星/ゼウス、etc.)は、1年間、蟹座の中にいましたが、今年(1931年)の7月に、獅子座に入るために(蟹座を)離れました。蟹座における彼(木星)の位置は、山羊座における土星のオポジション(180度/正反対)で、牡羊座における天王星に対してスクエア(90度)です。解釈されると、これが意味するのは、保留し、結び付け、制限しようとする土星の振動が、豊富に与えるものである木星の振動に対して設定される(それに対して引っ張られる)と言う事です。これが宇宙的なエーテルの状態だったので、それが人類と、その他の関連した全てに対して何らかの影響を及ぼすのは待ったく当然でした。それに混乱を加える如く、その龍の尻尾は天秤座の中にあり、それは土星の振動と同じ率を産出しました。多くの人達が彼等の理性を保ち、彼等の足を地に着けていた事に私達は驚かされます。

価値のある全てに関連した歪みの顕著な示唆は、膨張させられた価値でした。土星が乙女座の中にあった1919年に始まり、土地と不動産の価値は、うなぎのぼり(バブル)に成りました。当時、8000ドルで不動産を購入した人は、その人が支払った2倍を得ました。その買い手も同じ(バブルの)経験をしました。故に物質欲が制限される事無く蔓延しました。全ての物質的な物事が、人工的な価値を発達させ、その間 - 栄誉、そして誠実さの様な、永続的、または固定された価値は - 完全に無視されました。

この状態が、当然、多かれ少なかれ、固定化されるのが必然だったのは、マネーを得るための発狂的な乱交、そして様々な種の過剰においてそれが使われる事において、その他全てが忘れ去られたためです。それは明らかに通常、または自然的な状態へと成長し、そして関わった者達によって、そう考えられました。

宇宙的な衝撃(電磁波)が到来した時、それは全てを、その正に土台(土星/サターン)まで揺るがし、そしてパニックが結果しました。

全て(Pan)の物事に関する、公正で、真実で、そして正直な評価が、徐々に再調整を、そして究極的に、多かれ少なかれ、調和的な状態をもたらすでしょう。

聖書的な逸話において山羊座は、啓示書において記述されたアジアの7つの教会の最初、エフェサスに一致します。それは、ヘブライ語において身をゆだねる、または降服するを意味し;それは、ある意味、ライセンス(許可)を示唆します。それはライム(石灰)の場所を意味するソドムの類推です。ライムはカルシウムなので、これはキャリー博士の山羊座へのカルシウムの分配を肯定します。ソドムはまた、葡萄畑の焼却を意味します。「ソドム」は性的な異常行為の一般的な形状の名前です。ソドムとゴモラ(水没)の逸話は、街々に言及しているのでは全く無く、身体的に実際の部分、または場所です。それらが「平野の5つの邪悪な街」 - 創世記13:10.の2つであった事が思い出されるでしょう。ソドムは、後ろの通り道のためのヘブライ語で、肛門です。

もしそれが、その様な不潔な場所なら、何故それは啓示書において教会と呼ばれたのでしょう?単純に何故なら、それが浄化されたためです。それは終に、「墜落/堕落」以前に存在していた、その元々の状態に反転させられました。

この場所において建設されたダイアナの寺院は、世界の七不思議の内の一つであったとスミスの聖書用の辞書は明言します。「その建物は、その地の湿地的な本質のために、大規模な土台の上に建てられました。エフェサスの街は、「寺院を守る者」、または「ダイアナの管理人」と呼ばれました。」

この同じ辞書によると、「キリスト教的な真実の最初のはエフェサスにおいて蒔かれ、それは、身体生理学的に、真実の明言です。土星はその種を蒔くもので - 実際に、彼はその種自体です。パンが死ぬとき、イエスが生れます。言葉を変えると、それらの救いを構成するのは、それらの(繁殖的な)種の中の魂の保存です。

ダイアナは、月のためのギリシャ語の名前でした。それは処女(無垢)な素材を意味し、生産力に言及しています。

エフェサスに関するとても奇妙な明言が、スミス氏によって成されます。「エフェサスの最も重要な役人の一人は、とても多大な影響力で責任だった、「街の事務員」でした」と彼は述べます。街の事務員が、記録を保った者だった事が思い出された時、上述を鮮明にする事は難しい事ではありません。言い換えると、彼は土星/サターン、または時間の聖父です。更に加えて、その宇宙的な記録は、その自然的な食べ物 - 生命のパン(Pan)が再び蓄えられるまで - 内的な眼(牡羊座)によって決して見られません。正に、街の事務員、または記録の保存者としての土星の責任はとても重大です。

エフェサスの教会を扱う啓示書の第二章においてそれは:「汝が、汝の初恋を離れたためである」と述べますが、それは土星の「墜落/堕落/失墜」と、神聖な火への類推です。

聖書用の辞書は、ソドムにおいて「ドロドロの穴」があり、そしてその土は「脂肪の様な油っこい柔らかい土」だったと明言します。上述には、唯一一つの解釈しか無く - オイルを含んだ身体生理学的に実際の土地(財産)です。

ユニコーンと呼ばれる動物について、多くの聖書的な言及があります。ユニ(Uni)は一つを意味し、その間、コーン(corn)は幾つもの古い解釈を有し、それらの中にあるのは、コーン(種)、頭、角、豊穣の角、そして大脳です。それらのそれぞれがどの様に山羊座に関連させられたかに注目するのはとても奇妙で興味深い事です。

コーニュコピア(豊穣の角)と言う言葉は、(オリンポス山の上でジュピター/木星/ゼウス/イエスに栄養を与えた)山羊、アマルサエアと関連させられると言われます。ウェブスター(の辞書)によると、その意味は豊穣、豊かさ、十分さです。Pan 、またはパンは、同じ解釈を有します。それは、故に、主(牡羊座/大脳)の夕食に成る物質/素材の保存に関係しています。パンは穀物、または種で造られ、そしてその発端は大脳なので、その直喩は明らかです。

民数記23:2(では無く23:22)の中に私達はユニコーンへの以下の言及を見つけます:「エジプトから彼らを導き出された神は/彼らにとって野牛(ユニコーン)の角(強さ)のようだ。」

ヨブ記39:9と10の中で私達は:「野牛(ユニコーン)が喜んでお前の僕となり/お前の小屋で夜を過ごすことがあろうか。お前は野牛(ユニコーン)に綱をつけて畝を行かせ/お前に従わせて谷間の畑を/掘り起こさせることができるか、」と読みます。

「獅子(獅子座)の口、雄牛(ユニコーン)の角からわたしを救い/わたしに答えてください。」 - 詩編92:10(では無く、22:22)。

イルカはイッカクに関連させられ、その後者が corpse-whale (死骸-クジラ)と呼ばれるものを意味するのは、それが特徴的な色で、上部は灰色で、下部が灰色で斑な白であるためです。間違いなくその内在的な意味、またその人体の神秘性との関連性は、太古の時代において知られていました。イッカク、またはユニコーンを、山羊座(カプリコーン)と共に分配する事によって、繁殖的な魚、または精子が正に corpse-fish (死骸-魚)なのは、それらの創造から、死が必然的に結果すると言う、とても正当な理由のためであると言う事実が鮮明にされます。

以下の描写が続きます:「 Narwhal (イッカク)は、雄に長い角の様な牙がある事によって特徴化される、クジラ目の動物のためのスカンジナビア語の名前です。両方の性別の成獣において、2つの歯だけが上顎にあり、それらは平行に並んでおり、そして牝の場合、その生命を通して骨の隙間に隠されたままです。雄の場合、右の歯は、通常、同様に隠されていますが、左はとてつもなく発達し、その動物の全長の半分以上に同等の長さを得ます。鼻先から尻尾まで12フィートの長さのイッカクにおいて、外側に突出した牙の部分は6フィート、7フィート、そして時には8フィートの長さが測量されるでしょう。それは頭からシンリンダー的、または多少、先細りの形状で前方に平行的に突起し、尖った牙は、象牙の構成で、その表面は、左巻きの方向に続く、螺旋の溝と凸凹によって印されています。

「その頭は短く、丸く、その前足、またはヒレは、殆どのイルカのものと比較すると小さく幅広いです。背びれはありません。ユニコーン(一角獣)と言う名前が、時々それに応用されます。

ユニコーン(角の生えた山羊、または馬)は、太古の時代から、紋章として使用されて来ました。それは補佐を象徴する、または体現するために使用されました。此処において明言するのが相応しいのは、(骨髄、またはオイルと共に満たされていなければならない)中央の空洞を、それがそうする様に含んでいるその角は、中央の空洞をまた含んでいる脊椎との類推であると言う事です。それらの脊椎はまた、保護的な本質であり、背骨として、胴体の補佐です。特徴を持たない人は、背骨が無いと言われます。

背骨は、体の補佐であるだけでなく、その強さと状態は、精神的、そしてモラル(道徳)的な状態が判断されるバロメーター、または指標と、私達は言えるかも知れません。それは正しく類推です。再び、脊椎菅の中のオイルの質は、一般的(全体的)な健康と体の純粋さに一致します。その9番目の階級に対する洗練化は、キリスト的な状態、またはキリスト的な意識への類推です。ユニコーンのオイルは故に、アノイントしてるオイルを含みます。

オカルト(秘儀的)な逸話において、イルカはアポロ、または太陽に対して神聖と考えられ - 言い換えると、エネルギー、または創造的な力に不可欠です。

この分配の更なる正しさの証明は、E.C. ブリューワーのフレーズと逸話の辞書からの以下に続くものです:「中世の伝説によると、ユニコーンは彼のたまり場に処女を置く事によって捕まえる事が出来;処女を見ると、その生き物は、その強さを失い、そして彼女の足元に静かに横たわります。これは、血/血統を刈り取る者達によって囚われた時に、意図的に男に成り、処女(乙女座)の子宮に入ったと言われるイエス(太陽)・キリスト(オイル)への類推です。その一つの角は、キリスト(オイル)が神(太陽)と同一であると言う、大いなる福音書の教義を象徴します。」(Guillaume, Clerc de Normandie Trouvere.)

ブリュアー氏は更にこう明言します:「その昔有名だった信仰によると、ユニコーン(山羊座)は液体にその角を漬ける事によってそれが毒を含むか否かを判断する事が出来ます。オッタヴィオ・ストラダによって、皇帝ランドルフ2世のために造られた金銀のプレートのデザインにおいてあったのは、あたかもその液体を分析する様にある、ユニコーンがその上にあるカップ(コップ)でした。ジェームズ1世は、スコットランドの王族の紋章の支持者の一つであるユニコーンを、ヘンリー7世によって導入された、ウェールズの赤い龍と入れ替えました。」

私達が上述のブリューワー氏によるユニコーンの分析を、多少混乱的と見つけるのは、イエス・キリスト(人)とのその分配として、身体生理学では無く、歪められた解釈によるものだったためです。しかしながら、個人的で人格的なイエスは、それぞれの人の中で形成され、パン(オイル)がジュピター(大脳)に食べさせた結果であると言うのは事実です。イッカク、またはユニコーンの縄張りにおいて処女(乙女座)を位置付けさせる事によって唯一それをてなづける事が出来る事実は、処女の逸話と、角(大脳)におけるオイルの保存と純粋化の類推で、山羊座に関連した腺です。処女性(純粋さ)の命によってのみ、その動物をてなづける事が可能であると言うのは事実です。

石とオイルの関係性に関連した、2、3の事実が此処で与えられなければなりません。聖書はこう明言します:「そして私は汝に、汝はピーター(ペトロ)、そしてこの岩(ペトロ)の上に私は、私の教会を建て;そして地獄の門はそれに対して勝りはしないであろう。

「そして私は天界の王国の鍵を汝に与え、そして汝が地上の上で結びつけるものが何であれ、天界において結ばれるであろう:そして汝が地上において解きほどくものが何であれ、天界において解きほどかれるであろう。」

ピーターはペトラと同じでを意味するので、それは実に、スピリットの宿り場のための完璧(神聖)な構造を構築するにおいて不可欠な石(ミネラル)です。故に、言及されたピーターは石でした。「結びつけと解きほぐし」は疑う余地無く、無洗練と洗練されたオイルに言及します。

Petroleum (石油)と言う言葉は2つの言葉、petra (石)と oleum (油)の構成で、それぞれ石と油を意味し、故にミネラル・オイル、またはミネラルから形成されたオイルです。それは炭化水素の複雑なミックスである事が知られ、その姿と性質は多様に異なります。全ての要素/元素の調和的なコンビネーションから結果している特定の臨界的な状態をそれが体現しているのに疑う余地が無いのは、全ての実質がその中から分析される事が可能な事実のためです。ナフサ( naphtha )の形状において、「それを彼等の永続的なランプにおいて使用した」太古のエジプト人達によって知られていました。それらのランプは最初の章の中で言及されました。

「ピーター・アウト」と言う表現が、疲れる、衰弱する、力尽きる事を意味するのは、奇妙な事実です。ピーターが、性的な腺を操作している仙椎神経の類推である間、ポールは大脳に関連し、そして何度も「静かな小さい声」として言及されます。創造的な力と実質が「ピーター・アウト」された時、ポールの力が弱められるのは、実際の事実です。

戦争の時において、ソルトピーター(saltpeter/硝石)が何故、兵士達に与えられる食べ物に混ぜられるのかを此処で説明するのが良いでしょう。それが行われる事実は、恐らく一般的に知られているでしょうが、その理由、または効果に気付いている人はあまりいません。

(化学的な不足、、不正確で過剰な飲食の結果である)過剰な粘液と腺的な液体によって、一般的な男性の性的な腺は、液体と共に充血され過ぎています。これは、もし理解されれば、病的な状態の証明として認識されるでしょう。膨張させられた腺の中の圧力は、それ等の注意を呼び起こし、操作不能に成る熱望を創造します。以前にも明言された様に、体のこの部分はエフェサスなので、聖書的な言葉「私はエフェサスにおいて、野生の獣と共に戦った」(1コリント15:32)は、性的な器官のこの状態に応用されるでしょう。

ソルトピーターの効果は、不随意筋の痙攣に起因する不随繊維の緩みの原因に成ります。素朴な英語で言うと、性器を操作している筋肉が、緊縮不能にされます。

ブリタニカ百科事典は、ソルトピーターについてこう述べます:「それは時に、医者達によって、アスマと多くのその他の病気のために使用されましたが;その心臓に対する極度に抑制的な効果に対応する便利な性質が、その他の多くの薬によって有されていないので、現在は全く内服的に処方されていません。」上記へのコメントは不必要でしょう。

ポールに支払うためにピーターから奪う事は、(性欲の)節制の方法によって、脳をエネルギー化する事への類推です。

山羊の題材に戻ると、最高の羊毛は去勢されたアンゴラ山羊から取れると言われます。その理由は、その生命力と実質が決して無駄にされず、その体を再生させるためです。

黄金時代」が、古代人達によって土星の統治の時代に与えられた名前だったのは、この強力な天使(角度)が天界へと復帰し、彼の以前の失墜/墜落/堕落が、忘れられたためです。

ゾディアックの魚の尻尾をした山羊は、メキシコ(アステカ/マヤ)のカレンダーのサインへの親密な類推で、それはイッカクに似ている海の怪物の一種です。

山羊座はスピリット的な概念のハウスで;そして、もし9カ月がスピリット的な懐胎の期間と考えられるなら、スピリット的な誕生は(9か月後の)天秤座においてであり、バランスが得られた事を意味します。

入会の候補者が、特定の夕方に「山羊に乗る」と、時にフリーメイソン達によって言われる冗談的な明言が文字通り意味するのは、その人が知っているか否かは別にして、その人が、その人の情熱/感情を操作する事を学ばなければならないと言う事です。

バビロニアの創造神話において、山羊座はアバ・エ(Abba-e)、または「上昇/台頭の洞窟」で、それは洞窟、または飼い葉おけにおけるイエス(オイル)の誕生の類推です。それはまた、山羊-魚(i.e. 12月-1月)であるムナ-カー(Muna-kha)です。

太古の時代において、特定の日があがない(atonement/aton-ement/atom-ement/amun-ement/at-one-moment)の日として設定されました。人々の罪は、形而上学(精神)的に、山羊(12月/冬)の上に課され、それはその後、荒野へと放たれました。「山羊の造り」と言う親しみのあるフレーズ(言い回し)は、責任を取る事を象徴します。

明らかなのは、故に、単なる迷信以上の何かが、時代を通してそれらの存在している表現を保ったと言う事です。

「山羊座を若い(i.e. 12月-1月の)太陽神の乳母とした、とても太古のオリエント(中東)の伝説は、赤子のジュピター(木星/ゼウス/イエス)とアマルテア(山羊)の逸話を予期していた」と言われます。

リチャード・アレンはこう述べます:「早期の日々においてこの星座がとても頻繁に記述されたのは、プラトン派にとって、人々の魂は肉体から解放された時、星々を通して天界へと上昇し、故にそれ(山羊座/冬至)は神々の門と呼ばれ、それら(魂)の下降の道は、蟹座(夏至/人間の門)を通してでした。」完全な説明は、この本の第四章の中で与えられました。

「カエシウスとポステルスは、それがレヴィティカスの身代わりであるアザゼルであると言う権威です。西暦2世紀から15世紀までの文献は、山羊、またはアイベックス(野生の山羊)の頭と胴体が、魚の尻尾で終わるのを表します。アステカのカレンダーにおいてそれは Cipactli として現れ、イッカクのような姿です。

「Nashira は Al Sa'd al Nashirah からの由来で、幸運な者、または善き物事をもたらす者で、山羊座の星々の内の一つです。」

ブラヴァッツキー婦人は、彼女の研究の最終出版の第二部の579ページの上でこう述べます:「ですが「マカラ」(山羊座)と言う言葉の真の感覚は、実際に、それがヒンドゥーのゾディアックの上で描写された動物と比較された時でさえ、全く「クロコダイル」を意味しません。それがアンテロープ(羚羊)の頭と前足と、魚の胴体と尻尾を有するためです。故に、ゾディアックの10番目のサインが、サメやイルカ等々を意味すると様々に受け取られるのは;それが VARUNAVAHAN で、海の神(i.e. ポセイドン)で、この理由のためにジャラ-ルパ、または「水の形状(泡)」と頻繁に呼ばれるためです。」繁殖的な胚芽は、水における泡です。

G. A. ガスケル氏は、山羊座についてこう述べます:「生命のサイクル(ゾディアック)の10番目の期間の象徴です。それは進化のサイクルにおいて、より低いマインドの変格を通して、エゴが熱望の山(脊髄)を登る事によって会得される、より高いマインドを象徴します。」

山羊座の象形はとても奇妙で、そして詳細な研究において、仙骨に由来してパターン(形状)化されていると見つけられるでしょう。その天辺は開いていて、そしてその形は下向きの(逆)三角形です。右側から分岐しているのは、右下へ円を描く曲線です。これは、仙骨から分岐する仙椎神経の類推です。更に秘儀的な解釈は、蛇の火(脊椎)です。

山羊座のシンボル
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キャリー博士は、リン酸カルシウム、またはライム(石灰)を、このサインに分配しました。体は、骨だけでもそれを大量に必要とするので、あらゆるその他のミネラルよりも、それを必要とします。この事実は、それが正しい化学的な分配であると証明します。それらが人体の最も古い部分であるのは、血肉が消滅した何年も後までそれが残るためです。この塩は骨格の成長と健康に不可欠であるだけで無く、加えてそれは全ての細胞の外殻を形成します。石灰岩とモルタルは、あらゆる構造と同様に、体の土台の石を構成します。

モルタル、または粘液(アルブミン、または脳下垂体の実質)は、牡羊座(大脳)において創造されます。「直角/公正」に働き、それは体の基礎的な部分を形成するために、カルシウムと結合します。それ無しで、細胞は形成される事が出来ません。カルシウムがアルブミンと結合する比率において結果しているのが、物理(身体)的な実質の固さ、または柔らかさです。両方の種類が必要とされています。

石灰(ライム/カルシウム)における不足が、粘液、またはアルブミンの過剰に結果するのは、後者が無機能に成ったためです。それは、それがともに機能するライムが十分にある時に機能します。過剰な粘液は風邪の原因で、「黴菌」と呼ばれるもので、それは科学が長い間探していたものです。風邪は、大掃除をするための自然の方法で - 彼女はその粘液を排除します。食べ過ぎの人達、そして粘液を創造する食べ物を大量に食べる人達は頻繁に風邪をひきます。

リン酸カルシウムの不足から、粘液は扁桃に集まり、それが腫れる原因に成ります。扁桃腺が切り取られるべきでは無いのは、この塩の自由な応用が、医者(シリカ)の補助と共に、通常の状態を最終的にもたらすためです。時々それらはとても病気に成り、結核的に成り、部分的に分離し、唾と共に出ます。そうであれ、それらの2つの塩は、リン酸カルシウムを加えると共に、およそ10カ月で健康を回復するでしょう。

アルブミン、または粘液(無駄なモルタル)は、甲状腺に集まるでしょう。これが甲状腺腫の原因です。それは子宮頸管の部分における神経の侵害によって悪化させられるでしょう。操作とマッサージがとても有効なのは、それらが(血液)循環を促すためです。

ヨウ素の不足は甲状腺腫の原因では無く、リン酸カルシウム不足が原因です。ヨウ素が体の構成要素では無いのには良い理由があり、それが刺激物であるためです。大いなる化学者と建築士(i.e. 神)は、人間の体の構造において刺激物を決して使用しません。神の寺院(人体)に刺激物を紹介したのは人で、そして人は、何を言われようともこれをし続けます。ヨウ素が、塩酸と同様に、体の構成要素では無いのは、両方が刺激物であるためです。血液の12種の化学的な要素の全てはアルカリ性で;そして加えて天秤座の塩、リン酸ナトリウム、またはリン酸ソディウムは、間違った食べ方、消化不良等々によって造られた酸性を中性化する方法として、人類にとって特に必要です。

リン酸カルシウムの3番目の、そして極度に重要な使用は、消化と吸収の器官によるもので;リン酸カルシウムが不足すると、それらの器官が正常な働きを行えないためです。それが極度に不足している時、あらゆる食物の消化は殆ど行われません。血液の細胞の飢餓と貧血症が結果します。それが鮮明に説明された時でさえ、人々がこの明言を理解しない様なのは、彼等が常にこう尋ねるためで:「カルシウムのこの形状得るために、どの食べ物を私達は食べればよいのですか?」消化的な液体が、この塩において不足した時、食べ物がカルシウム塩を含んでいたとしても、あらゆる食べ物を消化する事は、全く不可能です。それは、最初に、消化によって解放されなければなりません。故に、もし食べ物が消化されないなら、それは解放されず、そしてそれを得るための唯一の方法は、リン酸カルシウムの錠剤を摂取する事です。これは、特に正しい種類の食べ物と、正しいダイエットが全てを治癒すると主張する、食物の化学の研究において関心を持っているとても多くの人達によって犯される大きな間違いです。彼等は、カルシウムの本質に関して、または消化的な液体において、それが行う絶対的に必要な部分について、知らされていません。

上述の真実の、多かれ少なかれ世界的に知られている、顕著な例は、イングランドの王、ジョージ5世の場合です。彼の場合は器官の半麻痺と栄養不足でした。多くの伝統的な医師達が診療しましたが、彼の血液にカルシウムがとても不足していると発見したのは、ロンドン大学の生物化学の教授、ドッズ博士でした。以前の診療において、眼に見える改善はありませんでしたが、この塩を与えられた際、消化が改善し、そして食べ物の吸収を通して彼は徐々に改善しました。しかしながら、その王は、彼が苦しんでいた症状を正すために、更に多くの種類の塩が必用でした。彼は、肺炎、気管支炎、そして肋膜炎の症状に苦しみ、彼の右の肺、特にその肺の肋膜が、左よりもとても虚弱で、更に彼の塩化カリウム(双子座)の不足によって、それはまたフィブリンの塊を含んでいました。彼の(体の)システムがオイル不足だったのは、リン酸カリウム(牡羊座)の必要性のためで、彼がプトマイン中毒の対象だったのは、それらの2つのポタシウム(カリウム)のコンビネーションの不足のためでした。彼はまた、電気的な塩である、リン酸カリウムにおいて極度に不足で、そしてこの理由のために、麻痺から苦しむ傾向にありました。

強調され過ぎる事が出来ないのは、これらの塩は、分離的な行程が必用では無いので、直ぐに血液へと取り入れられると言う事です。それらは自由な塩で、直ぐにそれらの働きを行います。それらの塩についてコメントしている多くの人達は、血液がそれらを取り入れられないと述べます。私自身の家族、私が接触した数千人とにおける、私の16年に渡るそれらとの経験は、それらが血液によって直ぐに使用されると言う十分な証明です。実際に、私は更にもっとはっきりとした明言を述べ、セル・ソルトである、それらの小さなミネラル的な労働者達以外に、体においてその働きを達成するものは何も無いと言いましょう。それは、健康のハウスである乙女座における、純粋化するものである、海王星の存在によって加速されています。健康法の歪みは、その他全ての歪みと共に、徐々に過ぎ去っています。

唯一占星学の方法によってのみ、私達はマクロコズム、または宇宙の体と、人の体の間に存在している関係を認識する事が出来ます。故に、私達は何時でも、人のどの部分において自然の力が運動している、または機能しているか、そしてどの様な効果が産出されているかを発見する事が出来ます。これはまた、(疫病の)流行の存在と本質を説明します。

キャリー博士は、彼の医療の生物化学的なシステムの中でこう述べます:「ライム(石灰)のリン酸(リン酸カルシウム)は、その効果が医療を行う者達によって理解された時、病人の治療において重要な役割を担うでしょう。その塩はアルブミンと共に働き、それを骨の繊維に、またはそれが必要とされている体のあらゆる部分に運びます。それは、骨の構造を造るために、アルブミンをセメントとて使用します。

「骨は、57%リン酸カルシウムで、残りはアルブミン系の接着剤的な実質で、炭酸ソーダ、リン酸マグネシウム、そして塩化ナトリウム(食塩)のゼラチンです。」

(カルシウム不足のために)機能していないアルブミンが、腎臓を通して排出された時、「賢明な人達はそれをブライトの病気と呼ぶ」と、キャリー博士は述べます。

食べ物が正しく消化されない時、または食べ過ぎの時、酸性が当然結果します。この塩はそれを改善するでしょう。

この塩の不足から派生する多くの症状の幾つかは:乏しい記憶力;集中力の不足;自己-虐待を行っている者、または行った者の弱いマインド(リン酸カリウムとその他の塩がまた必要とされています);恐怖;混乱;一人に成る熱望;頭の中の冷たい感覚と、頭の中のきつい感覚;薄く、柔らかい頭蓋;頭の上の這いまわるような感覚;脳の水腫;頭髪の消失;頭を高く保つ能力の無さ;人工的な光に対する目の敏感さ;目の痛み;瘰癧にかかった人における腺の腫れ;鼻孔のポリープ;頭における風邪とアルブミン的な分泌;貧血的で、汚れて見える顔;顔のニキビ;冷たさと鈍さの感覚;特に朝における口の中の悪く不快な味と、とても悪臭な息;虫歯(リン酸カルシウムは、歯を改善し、それらを固くします。歯医者達は必然的に、彼等の患者達において、これに関して現れる改善についてコメントし、そして通常、その原因が何かを尋ねます。);色白の歯茎;固く鈍い舌;喉の腫れ;甲状腺腫(その他の塩がまた必要です);扁桃の長期的な腫れ;飲み込む時の喉のくっつくような痛み;一貫的な喉のかれ;子供達における荒く枯れた声;食べ物が固まりにおいて残る様な - 食べた後の痛み;不快を原因する食べ物;異常な食欲;胃における沈む、または気の遠く成る感覚;心臓の鼓動と弱さ;骨における痛み;全ての骨の問題;背骨の関節の不快;背骨の根本、または尾骶骨への怪我;歯の生え始めた子供達における痙攣;簡単に折れる骨;妨げられた発育;不眠症、等々です。

自己-虐待についてのコメントの幾つかの言葉が必要です。この塩がその他よりも体によって遥かに大量に必要とされるので、血液の中よりも繁殖的な液体の中に、より多くのカルシウムがあると、実際の分析によって、最近に成って発見された事実を学ぶ事は、この本の読者達を驚かさせるでしょう。この発見の責任者の科学者達は、彼等が「当惑させられた」と明言します。彼等は何故、血液よりも、精子の中により多くのライム(石灰)があるのかを理解出来ません。生物化学のみが、人がそれを直ぐに説明する事を可能にするでしょう。それは主要な構築の素材です。これが間違いなく、証明するのは - それが何も造らないために、無駄遣いするために創造されたのでは、決して無いという事です。

この不可欠な発見をするにおいて、それを行った人達は、知らず、知らず、繁殖的な液体の保存のための必要性に関する、キャリー博士と私自身の記述における明言の証明のもう一つの方法を提供します。人類の進化的な行程の現段階において、それは唯一、繁殖の目的のためのものです。最終的にそれは、墜落/失墜/降臨以前に、元々意図された使用へと全て反転するでしょう。それは、それ自体で、人間の体を再創造するでしょう。

ラテン語においてカルシウムのための単語は calx で、(ライム/石灰)に加えて、終わり、目的、そして達成を意味します。それはまた、かかとを意味します。終わり、または達成(終結、または終わりの部分)を意味するこの塩の、旧暦の終わりと始まりである山羊座への、キャリー博士による分配は、どれ程素晴らしいのでしょう。「振り返る」ヤヌスは、彼のカルシウムを無駄遣いしますが、前向きのヤヌス - 熱望する者は - 生きている石灰岩の上に彼の神の寺院を建てます。ギザのグレート・ピラミッドは、この事実の長年の記念です。

「それぞれの物事は、それ自体の中に、それ自体の再派生の種を産みます。

「それは、人の生命における生命の色合い、または薬/医療で、再派生の種です。

あなたの外には無く内なるものを、あなたが中では無く外に求める時、何という狂気が、あなたを縛るのでしょう。」 - サー・トマス・ヴァウガン。

XI. THE ANALYSIS AND SYNTHESIS OF AQUARIUS AND NATRIUM MUR
11.水瓶座と塩化ナトリウム/食塩の分析と調合


「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。」
- 創世記1:2-3

太陽は、およそ1月21日に水瓶座のサインに入り、ほぼ、2月21日までその中に留まります。その旅路においてそれは、1月の最後の1週と、2月の最初の2週をを覆います。

一つの行程の終わりであり、そして故にもう一つの始まりである、ヤヌスの働きが、清掃、または浄化によって続かれなければならないのが明らかなのは、ラテン語の辞書が、その後者は2月(February)の意味だと私達に教えるためです。太古の時代において、ローマ人達はこの月の終わりに純粋化のお祭りを開き、その行程(1年)が完結した事の象徴でした。その話は、しかしながら、魚座の最初のディーカン(30度の内の最初の10度)に関連しているので、次の章の中で考慮されなければなりません。

2月/February は、サビン語の言葉、februo から派生します。ブリューアー氏によると、オランダ人達は Spokkel-maand の月(植物の月)という言葉を使い;太古のサクソン族は(pot-wort、またはケールの発芽から)Sprote-cal と呼び;フランスの共和国的な暦においては、Pluviose (雨の月)と呼ばれました。」

水瓶座(Aquarius)という言葉は、ラテン語の水のための言葉、aqua と同じ語源から派生しました。水瓶座の意味は、水、またはカップ(瓶)を運ぶ者です。その象形は、水のとても太古の象徴です。このサインの秘儀的な重要性は、つまり、太陽が水瓶座を通過している時、空気中の湿気が解放され、雨の形状において凝結/降雨すると言う事です。太陽の光線において硫酸ナトリウムの振動を解放する事は、空気において塩化ナトリウム(食塩)の振動を保つ事を相殺させます。それ以上、(空気中に)水が保たれる事が出来ないのは、飽和の状態が届かれたためです。

此処までに私達が会得した解釈の全てを結合すると、私達は例外を見つけません。一年の月々は、それらの期間の間に特定的で親密な自然の働きに沿って名付けられたのは明らかです。また、思い出されなければならないのは、それぞれのサイン(星座)を通った太陽の通り道が、確定的で変更不可能で、確立された幾何学的な軌道に従うと言う事です(宇宙的で、マクロコズム/大宇宙的な胚芽 - の図表を参照して下さい)。

ブラヴァッツキー婦人は、「天界の広がり全体は、「宇宙の水」、または「宇宙的な海」と呼ばれました。その名前は、水神として人格化され、7つの惑星的な神々(i.e. 日月火水木金土)の中の主要な Aditya として考えられたヴィーダ(古代インド)の Varuna から由来する可能性がとても高いです。(古代ギリシャの)ヘシオッドのTheogony (神の起源)の中で、オウラノス(またはウラヌス/天王星)は、全ての神々の最古で、神聖なタイタン(巨人)達の父である、カエルス(Cælus/天界的)と同じです、」と明言します。

タイタン達は、太陽の光線に対する類推で、故に創造的な力でした。ギリシャ神話は、タイタン達とクロノス(土星/時間)の子供達の間の争い、または戦争の説明を与え、それは、より低いマインド(小脳)と、より高い自己(大脳)の間で、今日でも行われている、永続的な争いの類推です。それは正にタイタン(巨人)的な規模です。

もし、前述された章が理解されたなら、ギリシャ神話からの以下の逸話を、読者が理解する事は、難しくは無いでしょう:「天王星(ウラヌス)が、地球/土である Tythea の胸中の中に、彼の子供達を束縛する事によって、それらを破壊した様に、土星(クロノス)は、創造のこの第二段階において、彼の子供達を飲み込む事によって、Rhea から子供達を破壊しました。」

幾つかのコメントは、しかしながら、記憶を新鮮にする助けに成るでしょう。ウラヌス(天王星)の子供達はエロテス、または電気的な中核(電子)で、生命の種の胚芽で、それは未だに、顕微鏡で見る事は出来ません。それらは生命の羽の生えたスピリットです。その信念は、それらが破壊されるのでは無く、閉じ込められるによって歪められ、制限されると言う事です。それらが - 胸、または胸中を意味し;また、お腹と脾臓を意味する - 蟹座に入った際に、人間の形状を取るためです。その後、その第二段階において、それらの人間の小体は、タータルス(Tartarus)へと、土星によって降ろされ(降臨させられ)ます(タイタン達は、地獄/地上であるタータルスへと、天界/大脳から落ちました)。これが意味するのは、蠍座の中でそれらが動物的な胚芽と連動/一致する事です。

動物的な小体(遺伝子/細胞/血球)の、物理(身体)的な構成要素として、スピリットは決して失われないので、もし子供の体の形成において使用されないなら、分解します。それらが、それらの由来した土に戻る間、「スピリットはそれを与えた神へと戻ります。」

聖書の中にこの事実への直接の言及があるのは、ジョン(ヨハネ)3:5において私達がこう読むためです:「イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。」

そして第六と第七節は、私達の上述の明言を確認します:「肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。」

その行程において必要なミネラルが準備されるまで、再び生まれる事が出来る人は、誰もいません。

水瓶座の水の象形に関する追加的な情報は、多くの情報源から利用可能です。それが逆様にされた m の文字であるのは興味深い事です。これは、エーテルと混ざった液体、または湿った空気の波が、地上の水の波に対して、天界において逆様な位置である事実に示唆的です。

m の文字の研究は、秘儀的な重要性を明かします。乙女座の章において、そして再び蠍座との関連において、この文字に関して与えられた事実は、その基本的な解釈がマレ(Mare/海/水)、または大いなる宇宙的な母だと証明します。それは、溶液において、化学的な要素の全てを含んでいる液体です。

水瓶座において私達は、より低い(低次元)、または土/地上/下層チャクラ的な平面/領域よりも、よりエーテル的な状態に、それらが分解し帰ると見つけます。言い換えると、聖母が正に彼女の息子の中へと融合したのは、それ(水瓶座)が「人の息子のサイン」であるためです。マリー(マリア/海)はイエス(オイル)と共に上昇しました。

人間の体においてこれが清浄化され、そして化学的に完璧な血液の血清(リンパ液)なのは、水瓶座が、身体生理学的、そして解剖学的に、血液の塩水の溶液と同時にかかとに関連しているためです。それはまた、仙骨の最後(根本)の2つの脊椎と最初の尾骨を意味します。占星学の研究において、私達に唯一与えられた一致は、かかとへのその関連性です。血液の塩水の溶液と、脊椎への分配は、多くの研究の結果です。

秘密の教義の第二巻の269ページの上で、「ウラヌス(天王星)は、彼の息子クロノス(土星/時間)によって切り刻まれ、故に彼を性的無能(インポテンシー)へと運命づけました、」と私達は教えられます。当然、天界(ウラヌス)から神聖な火が盗まれた時、それは彼を傷付ける事への類推で;そしてもし、一つも返還されない(上昇させられない)なら、性的不能、または更なる羽根のついたエレクトロン(電子)を派生させる力は、最終的に消滅/停止します。

存在のより上層の輪における一つの生命として、それは電気で、星的な液体で、錬金術師の炉で、その最下層において;神と悪魔、善悪(プラスとマイナス)であると、ブラヴァッツキー婦人は述べます。

彼女は更に、水についてこう述べます:「蓮と水は、最も古い象徴の中にあり、それ等の起源において純粋にアーリア(族)ですが、それはは第五民族の分岐の間に共通の性質(意味)に成りました。一つの例を私達に与えてみましょう。文字は、数字と同様に、それらがコンビネーション、または別々に取られたとしても、全ては神秘(数秘)的です。全ての中で最も神聖なのは、M の文字です。それは女性性と男性性の両方、または中性で、その起源においてである大いなる深み(奈落)を象徴させられます。それは、東洋と西洋の言語の全てにおいて神秘的(秘儀)で、のための象形として意味し、故にセム語におけるアーリアの秘儀において、この文字は常にを意味し、e.g. サンスクリット(インド)語のMAKARAで - クロコダイル、または水と共に常に関連させられた水性の怪物を意味するゾディアックの10番目のサイン(水瓶座)を意味します。MA という文字は数字の5と同様で、一致し - 二進法(binary)の構成で、分離させられた2つの性別(プラス/マイナス)の象徴で、そしてその二進法の産物(子孫)である第三の生命の象徴です。それはまた、元々のギリシャ語のメティス、または神聖な英知、;ミムラの、ロゴス(神の言葉)の;ミトラ(ミスラ)、モナド、または神秘の(頭)文字です。それらの全ては大いなる深み(奈落)において(それから)生れ、その大いなる深みと、其の聖母であるマヤの息子達は;(古代)エジプトにおいて、口であり、ギリシャにおいてミネルヴァ(神聖な英知)でした。キリスト教の言葉の聖母であるマリー(マリア/海/水)、またはミリアム、ミルラ等々は;ブッダの母であるマヤです。マドハヴァとマドハヴィは、ヒンドゥー教(インド)の万神殿における最も重要な神々と女神達の称号です。最後に、マンダラは、サンスクリット語において、「輪」(ゾディアック)または球体を意味します。インドにおける最も神聖な名前は、最初に現れた知性であるマンダラで、天界的なガンガであるマンダキンまでをかき混ぜるために、神々によって使用された大いなる山である - マハトから派生したこの文字と共に、一般的に始まります。

ブラヴァッツキー婦人はまた、モーゼスが「水(川)から引き出された」という、聖書的な明言にも言及します。水はまた、3種のマリー達を思い出させるものです。「これは何故、ユダヤ教とキリスト教において、メシア(救世主)が常に。水、洗礼、(サンスクリット語において Meenan/魚座と呼ばれるゾディアックのサイン)として、Matsya (魚)、Avatar、そして蓮とさえ呼ばれるかの理由です。

ヘブライ語において、ウラヌス(天王星/Uranus)の語源である Ur (ウル/メソポタミアの街)はを意味し;加えて要塞、または城です。ウル、またはフル(Hur)が、ビチューメン(bitumen)の母を意味するのは、考え過ぎの様ですが、私達はビチューメンが石油の一種で、そして故に光と熱の源泉である事を知っているためです。

Ur と共に始まるヘブライ語の名前の全ては、光に関連する何らかの解釈を有します。Uriel (Ur-i-el/ウリエル)は神の火を意味し;Urijah (ユライジァア)はエホヴァの炎で、Uriah (ユライア)はエホヴァの光です。

(古代)エジプトの神々と王達の蛇の象徴であった uræusu (ウラエウス)は、主権者の象徴として、ヘッド-ドレス(被り物)の上に着けられました。肯定的な解釈は英知で、故に精神的な光であり、知性の光です。

(古代)ローマ人達は、地中から湧水が出る処に、「水」である Aquæ (アクア)という名前を与えました。

ゾディアックの12のサインの中で、8つが動物で、3つが人で、そして1つが物体である事実を分析した事のある占星学の研究者達はどれだけいるのでしょう?この題材を扱っている古い本、または文献の翻訳を少なくとも扱う研究が全く存在しないのは、全てのものを含めて(数学を除いて)サイン(星座)の原則的で秘儀的な分析と、それらに与えられる全て(の意味)が、歪められたためです。それらに関して知られていたものは、民族(人類)の意識から徐々に忘れ去られました。そして全体としての人類の意識が、純粋で混雑されていない占星学と共に、それ自体を拘わらせない事を望むために、それは、天王星の光によって焦がされ、盲目にされるでしょう。私達は、今、天王星の日にあり、天界と人に関する全てが、もうすぐ明かされるでしょう。私達はそれを望まないかも知れませんが、それを妨げるものは何もありません。

双子座の象徴が、双子で;乙女座は処女で;水瓶座が天界的な人で、地上の上に生命の水を注いでいる瓶を担いでいる、人の息子である事を思い出して下さい。人の本質(nature)は、本質的(essentially)に天界的な - 散布されたで - 短くされたエーテルの波で、故により強力な流動を産出しています。水瓶座の手の中にある瓶(urn)は、土星(Saturn)です。占星学的な逸話において、天王星土星が、このサイン(水瓶座)の合同統治者で、決して分析されていないもう一つの秘密です。

土星は常に種(オイル)に関わり、この瓶の中の水は種を含まなければならず、そしてそうしています。再び、読者が思い出させられなければならないのは、解剖学と身体生理学を研究する必要性です。血液の血清(serum)は、以前にも明言された様に、塩水(saline/海水)の溶液で、それはその中に泳いでいる血液の小体(血球)を活性化させます。この血清が、故に、その中に身体生理学的な魚(魚座)が生きる体の海水なのは、その小体(遺伝子/細胞/血球)が、人間の海における魚であるためです。

この時点において、キャリー博士が、ナトリウム・マー、または塩化ナトリウム(食塩)を、水瓶座と共に分配したと明言する事は不可欠です。殆どの人達はそれが一般的に塩(食塩)と呼ばれる事を知っています。キャリー博士はこう述べます:「ソディウム(ナトリウム)と塩素の結合は、食塩として知られるミネラルを形成します。人間の器官における水の循環、または分配は、塩化ナトリウムの分子の、化学的な運動によるものです。」

この塩が、水を吸収するのは事実ですが、それはその最初、または基本的な本質ではありません。実際にそれは、更にもっと繊細で不吉(前兆的)な性質を有します。それには、水を引き寄せる性質があり、故に実際にそれ自体にそれ(水)を引き寄せ - それ(水)と共に一つに成ります。これは、人間の無知の暗闇の中のである、スピリットについての真実です。スピリットが体の中にある限り、それは暗闇に囲まれたロウソクです。ですがそれは、もしそうする事が許されれば、光を造るための素材(オイル)を、それ自体(大脳)へと引き寄せます。強調は、すると、この塩が有する引き寄せの力(磁力に置かれなければなりません。

脳(大脳)の特定の部分の細胞において、この塩が極度に不足した時、その小体(魚/細胞/遺伝子/血球)は死に、理性自体が死にます。占星学が、もしそうする機会を与えられれば、それ自体を立証するのは;もし最悪の犯罪者達のチャート(出生表)が星-生物-化学の光の下で検証されれば、占星学が、全ての科学を統合化するものとして認められるためです。世界の最も高貴で、最も著名な人物達の多くは、太陽が水瓶座の中にあった時に生まれ;その間、もう一方で、酷い犯罪者達が、それを彼等の太陽のサインとして認識しました。正反対の対は、自然の豊かさと貧しさを彼女が表現する方法の一つです。

秤、またはバランス(天秤座)の非生物的(物質的)なシンボル(象徴)は、人類が - 完璧、または中性的な状態である - バランスを会得しなければならない事を、高い天界まで、声高く叫びます。

大昔からゾディアックのそれらのサインを描いた天界的な地図の中で、私達は(天界的な人)水瓶座の瓶からの生命の水が、魚座のサインを構成している2尾の一つ、南方の魚によって吸収されているのを見つけます。人類が、宇宙の大いなる構築者(神)によって、決して暗闇の中に残されたのでは無いのは、正に真実において彼が人にロウソクを与え、「光あれ」と述べたためです。彼は、結果的に、光が産出される事を許す、または可能にしました。その魚が貪欲に生命の水を飲んでいるこの驚きの構図は、活性的で完璧な血清を(それが準備されたために)飲む事を許されている、肯定的(プラス)、または人間の小体(遺伝子/細胞/血球)の象徴です。それ以上の証明は必要ではありません。

血液の流れにおいて見つけられるのは、プラス、または金魚(動脈)と、マイナス、または銀魚(静脈)である、2尾の魚です。その前者はジョン・ドーリーという名前の魚の類推で、それは「可愛い、または神聖な黄色の魚」である jaune adorée の変形です。伝統的に言われるのは、聖者ピーターがその魚から、ステーター(金貨、故に「領域の貨幣」)を取ったと言う事です。彼のフレーズ(言い回し)と昔話の辞書の中でブリューワー氏は、「この魚はフランス語でle poisson de St. Pierre (聖者ピエール/ピーターの魚)と呼ばれ;そして、ガスコン語において、聖者ピーターの雄鶏を意味している黄金、または神聖な雄鶏と呼ばれました。ハドック(タラの一種)の様にそれにはその両側にはっきりとした楕円形の黒い点があり、それらは聖者ピーターが貨幣を取り出す際に、彼がその魚を掴んだ時の指の印しだと言われる、」と明言します。

これ等の2尾の魚に関連した更なる情報は、次の章(魚座)の中で与えられます。

塩水の自然的な住者である魚として、其処から出されると死ぬ様に、身体生理学的な魚は、塩化ナトリウムがその通常の量を遥かに下回った時に死にます。

ewer という言葉は、水を運ぶための瓶(ビン)である、瓶(かめ/urn)のもう一つの類義語です。その語源から派生させられた言葉は、 ewe 、または大人の牝の羊です。W の文字はヘブライ語において、2つの V によって入れ替えられるので、私達はイヴ(Eve)が、同じ語源から派生しているのを見つけます。彼女は「全ての生し者の母」で、神の子羊である「牡羊座」の類推だったので、ewer は ewe (evve/イヴ)と同時に正に生命の水の源泉であり、起源でした。「私の羊に食べさせよ」とイエスは熱望して訴えます。

水瓶座の瓶(種/オイルの Sat-urn 、または urn)が、天秤座のパン(皿)、または urns (受け皿)の類推であるのは明らかです。両方が種(オイル)と共に満たされなければなりません。

あまりよく知られていない表現法(専門用語)は、「ewe-neck (牝羊の首)」で、それは細い、または不十分にアーチした馬の首に言及している際に使われ、羊の首を示唆しています。ナトリウム・マー、または塩化ナトリウム(食塩)の不足を示唆するはっきりとした症状の一つが、細く、やせ細った首であると人が見つけるのは、どれ程、興味深いのでしょう?獅子座の中の太陽を有している多くの(i.e. 獅子座生れの)人達が、誰でも観測する事によって証明出来る様に、この事実の良い例です。その首の細胞繊維は、十分な液体を含んでいません。

宗教的な歴史において、水瓶座派は、キリスト教の宗派の幾つかの一つで、創始的な教会におけるエンクラタイト派の様に、主の夕食においてを使用しました。エンクラタイトは、辞書によると、婚姻、ワイン(酒)、そして動物的な食物(肉食)から棄権した、自己-規制した人を意味します。それは、故に、過去において、「天界の王国のために彼等自身を宦官にした」者達がいた事の証拠です。

バビロニアの創造神話の中で、「水瓶座(Aquarius)は As-a-an (「雨の呪い」)で、そして大洪水の逸話は、それと共に特に関連した伝説です」。ユーフラテス(中東)的な占星学において、夜空のこの部分は実際にと呼ばれていました。水瓶座派また、Gula (「瓶」)と Gusia (「瓶を傾ける者」)でした。

シュメールとアッカドの昔話の中で、このサイン(星座)は運河(用水路)の魚として知られていました。運河は水、または液体を整えるとされるので、私達は、血液の中の小体が正に、人間の水路における魚であると言う、以前の明言の確認を有します。

毎年、2月2日に祝われた、太古の教会の祭事(お祭り)のための名前であるカンドレマスは、寺院におけるキリスト(オイル)の表しの記念でした。ギリシャ(正教)の教会においてそれは、「主の集会」として知られ;西洋においては、祝福された処女の純粋化として知られます。それは、処女マリア(i.e. 乙女座)に対する敬意におけるお祭りの全ての最も太古のものです。西暦4世紀の後半においてそれは、2月14日(バレンタインの日)に祝われました。処女マリアが純粋な液体の類推なので、カンドレマスの日は、疑う余地無く、(山羊座と共に始まる)スピリットの現れ(太陽の復活)の前兆における3段階(i.e. 12月、1月、2月)の第二段階(1月)の類推で、言い換えると、不可視から有可視への旅路です。山羊座(12月)から牡羊座(3月)までの期間(i.e. 冬)が、この旅路に重なります。

リチャード・アレンは、彼の星の名前とそれらの意味の中で、水瓶座についてこう述べます:「16世紀と17世紀の新約聖書派のキリスト教徒達は、それを十分に相応しく、洗礼者ジョン(ヨハネ)と、使徒ジュダス Thaddæus と一致させ、中にはヨルダン川(脊椎)の水の中の Naaman 、そして更に水(川)から取り出された(救われた)モーゼスまで遡り一致させる者達までいました。」

彼は更にこう明言します:「私達はまた、アリスタエウス(Aristæus)として、その卵が雨によって孵化された、朝露によって栄養を与えられたシカダ(cicada)から、セクロプス(Cecrops)であるセオス(Ceos)の住人達に、雨をもたらした、彼等のエライジャ(Elijah)であると見つけます。偉大な(古代)ギリシャの詩人、ピンダーはそれが地上の生命を与える水である、ナイル川の源泉の偉大さを象徴すると主張しました。ヴァージルはそれが湿気/雨と共に1年を閉じる(年末な)のでFRIGIDUS (極寒)と呼びました。

占星学が、一般的に推測されているより遥かにもっと古いのが明らかであると、リチャード・アレンは、水瓶座について続けて述べて、こう指摘します:「バビロニアにおいてそれは、雨の呪いである11番目の月、シャバトゥと関連させられ;創造のエピック(神話)はその11冊目の中に大洪水の説明を納め、この11番目の星座に一致し;そのそれぞれの本が数字的にその他のゾディアック的なサインと一致しています。その国において、その瓶(URN)は、溢れている水瓶である GU として知られていた様で、アッカド語では、流れている水の座、Ku-ur-ku で;それはまた、嵐の神、Rammãn または Rammãnu で、更にもっと以前の Imma (語?)は、神が瓶から水を注いでいるのを表しますが、しかしながら、頻繁に省略されます。幾らかの人達は、運河/用水路の主が水瓶座のためのアッカド語の象徴であると主張し、ナイルの氾濫がその絶頂期であり、太陽がそのサインに入った時である、15,000年前という年代設定をそれに与えます。そしてこの明言が天文学の始まりを、一般的に推測されている、または認識されているよりも、遥かにもっと昔まで遡らせる間、私達は長年において、エジプトとユーフラテス(中東)の歴史が継続的に過去の暗闇まで延長する事を目撃し;そしてもし私達がそれらの国々をそれらの源泉として考え、そして季節と農作業的な行程がそれらの名前を与えたとするなら、この論説は、多大に議論されたゾディアックの星座の起源についての問いを、簡単に解決する事が出来るでしょう。

「中国においてそれは、山羊座、魚座、そして射手座の一部と共に、昔の蛇、または亀であった Tien Yuen を構成し;そして後に 陰戦士で英雄であるHiuen Ying 、または漢王朝の、陰に繁栄する者である、Hiuen Wu 、または Hiuen Heaou として知られました。それは、その統治において大洪水があった、皇帝 Tchoun Hin の象徴でしたが;イエズス会が到来した後、大切な瓶である Paou Ping に成りました。

水瓶座は天界に有るので、それは自然的に、天文学の科学全体を代理しました。

水瓶座の振動が、強力な徳、影響力、そして効能を有するので、それらがとても奇妙で秘密な方法において空気と季節を変化させるのは明らかです。私達の太陽系が水瓶座のサインに入った事実は、その他の章の中でも言及されました。故に全ての線(分野)に沿った大規模で急進的な変化の徐々な現れが当然の様に続くでしょう。それらが私達の先祖達のものだったために信じられた信仰や意見は、古いアイデアの塵の山へと直ぐに成るでしょう。内的な人の元々の刺激によってもたらされた、知る事に対する望みの研究と集中は、人類の意識に対して最終的に物事のための理性を現すでしょう。

此処に記述するだけ興味深いのは、である獅子座が、この柱(水瓶座)の反対側にある事です。正に真実において、神聖な人と動物的な人は、お互いのアンチテーゼで - 片方はで、もう一方はです。

幾らかの占星学者達は、水瓶座に対して水性の青を分配します。ですが、この本に関連して表された色のチャートにおいて、それにはヴァイオレットが割り与えられています。(前述された様に)血液の血清がこのサインと共に関連させられていて、このサインの色が王的なものなので、「青い血」や「王族の血」といった表現法が何処から由来したのかを理解するのは容易です。

神々の酌(しゃく)取りであるガニメデは、ギリシャ神話において常に水瓶座の象徴でした。

スペンス氏は、ジュピター(木星)の酌取り、ガニメデについてこう述べます:「彼は、下向きに傾けられた酌、または小さな瓶を彼の手の中に持ち;そして常にそれを注ぎ出させていますが;とても小さな源泉から、彼の足元に流れている事をあなたが見る事の出来る川を形成し、世界のこの部分の其処等中を巡る程、とても大きくするには、彼は実に注ぎ続けなければなりません。」

ギリシャ神話の中で私達は、神々の酌取りの以下の興味深い描写を見つけます:「ガニメデは、ダルダニアと Callirrhöe の王、トロスの息子でした。彼は有死の者達の中で最も美しく、神々(鷲=蠍座の形状においてゼウス=木星)によって、酌取りとして奉仕するために、オリンポス(山)へと運び去られました。その代償の方法としてゼウスは、彼の父(クロノス=土星)に、不死の馬の群れ(または黄金の葡萄の樹)を送りました。ガニメデはその後、生命を与え、肥沃にする川であるナイル川の泉の守護神とされ、そして天文学者達によって、ゾディアックの水瓶座と共に一致させられました。故に、天界において神々に飲み物を分配した神は、地上における水の供給を監督する守護神に成りました。」

私達はガニメデ( Ganymede )という名前の中に、彼の役職の説明を見つけます。Gany はサンスクリット語の Ganga または Ganges (ガンジス)と同じ語源から派生します。ガンジスはインドにおける主要で神聖な川です。サンスクリット語の辞書はこう明言します:「その神話には2つのヴァージョンがあり;一つは(女神)ガンガが、彼女自身を川へと変身させ、ヴィシュヌー(フィッシュ)の大きなつま先を通って流れる事に関連し;もう片方は、ガンガがシーヴァの耳からアナヴァタプタの湖に落ち、その後銀の牝牛の口を通り抜け、インド東部の全てを渡り、そして南方の大海へと落ちる事に関連します。彼のサンスクリット語と中国語の辞書の中でエイテル氏はこう記述します:「異端的な迷信は、罪を洗い流す力をガンジスの水に帰属させます。」洗礼とヨルダン川の水が「罪を洗い流す力」を持つと言う信仰(キリスト教)以上に「迷信的」なものでは無いと人は言えるでしょう。

メモ:水瓶座の水は実際に、魚座の南側の魚であるヴィシュヌーの中へと流れ、そしてそれを通り抜けて流れます。

全ての国々と人々(民族)は、彼等の文学と神聖な書物において、聖書に見つけられるのと同じ例え話しと神話を持っていると、上述の明言は証明します。それらが同じものに言及するので、それは当然です。

ガニメデの名前の最初の部分は故に、神聖な川、または清めの流れに言及します。ミード(Mede)は、ミード(Mead)の古い形状で、ワイン、蜂蜜、甘い飲み物、または mannaマナ/manna)によって造られたものに言及します。それは明らかに、体の液体の土台の全てを形成する、脊髄的なエッセ(本質)への類推です。

ゼウス(木星/ジュピター)が、天界からの彼の息子の移動のために、彼の父(クロノス/土星)に対して与えた代償は、その天界的(大脳的)源泉への生命のワイン(聖父の息子/オイル)の回帰のために目覚めさせられたより高いマインド(松果体/脳下垂体/視床)の類推です。正に真実において、エデンの園(頭/脳)に水をまく液体(オイル)は、地上的な体(肉体)に水(血液)を送ります。その人の息子(水瓶座)は頻繁に、「生命の水(血液)」と呼ばれます。

ガニメデはトロス(Tros)の息子で、その言葉が Tau-rus (牡牛)と同一なのは、ヘブライ語における T は、TAU と綴られ、そして ros は本当は rus で、それが朝露、またはマンナ(マナ)を意味するためです。着目されるべきは、過去において、o と u が入れ替わりで使用された事です。その「朝露の息子(son)」は、朝露の産物で、言い換えると、増えた朝露です。Callirrhöe は美しい流れを意味しているラテン語の言葉で、故に完璧なリズムで、その間、ダルダヌスは、ジュピター(木星/ゼウス)とエレクトラ、または電気的な流れの産物(磁気)を意味します。それらの2つの名前は、生命の炎と供に帰属された、美しい、または完璧な液体に対する類推です。これは、完璧な状態にある時の、血液の血清の溶液の正しく本質です。(シュースラーの)生物化学は、この溶液が活性化の液体なのは、何故ならナトリウム・マー(塩化ナトリウム/食塩)が活性化された(電気的な)塩であるためだと、私達に教えます。その後者は活力を増幅するための力を有し、そしてそれがとても不足している人達は不活性化されます。彼等は朝に、疲れたままで目覚め、時には眠る前よりも疲れています。睡眠が彼等をリフレッシュしなかったのが何故なら、血球自体が大脳的な休息の間に、活性化される事が出来なかった事実によるものです。

ナトリウム・マー(塩化ナトリウム)は自然(本質)的に、触媒(保進の働きをするもの)です。

幾つかの文献は、ガニメデが、プロメテウスの息子、デューカリオン(i.e. ノア)で、彼とピルラーだけが救われた、凄い大洪水の記憶において、天界へと移されたと明言します。ピルラーが火を意味し、そしてデューカリオンは天界的な石を意味するので、特に、デューカリオンとピルラーが、彼等の肩越しから後ろ側にを投げる事によって、その大洪水の後の地上に人々を増やしたと言われるので、血液の流れが言及されているのは明らかです。

水瓶座は、カバラ主義者達によって、14番目の文字 N 、または NUN と共に関連させられます。この文字は、文字通りにイエス、または魚を意味し、そして故に相応しい表現です。

ヘブライ語の聖書の中でこの文字は節制と共に分配されています。これは、考えるための多くの材料を与えます。水瓶座が、水性的なだけでなく、火性の人類から活力を奪う傾向の液体である、天界的な液体と共に関係しているので、彼(人)を不活性化させる傾向のある、あらゆる液体追放(排出)される運命なのは明白です。

以下に続く明言は、預言的な本質では無く、一つの問題の科学的な解決です。太陽系は、水瓶座の影響力、または大気の中へと入ったので、故に全ては、その大気と共に浸透されるでしょう。結果として、それと共に浸透された全ては、ゆっくりとではありますが、間違いなく、それと共に振動を開始するでしょう。

節制の一般的に受け入れられた解釈は、完全な禁酒です。原型的な意味は自己-操作(統制)です。当然これが意味するのは、より低い自己(下層チャクラ/動物的な自己)が、より高い自己(大脳)の対象(管理下)である事です。人は、酒を飲み酔っぱらう人の中に、神-自己を想像する事は全く出来ません。

intoxicant (酔わせる化学要素/毒素)という言葉が意味するのは、内的な毒物です。その使用は人の気性、本質を、直ぐに変化させます。

アクア・ピュラ(純粋な水)、または純粋化され、化学的に完璧な生命の水(オイル)は、上述された様に、活性化させます。酒のための昔のインドの名前である火性の水は、不活性化させます。その(酒の)影響の下で、人類は無能に成ります。知性は機能する事を止め;そして神のスピリットと供に帰属された人間として振舞う代わりに、人は奈落へと落ちます。

人類に対する自然と自然の神のラッパの響きは今、発せられました。人の中の人の息子は、彼自身を要求し、これ以上、否定される事を拒否します。彼の叫びは、「私を虐待する事を止め、発酵の産物(酒)と共に、生命の川を枯れさせる事を止めよ。無駄遣いを止めよ!」です。

平均的な人における体の液体が、食べ過ぎと誤ったダイエットの結果である、発酵の有毒な産物と共に毒されていると人が気付く時、人体の中のアルコールが、仲間を呼び求めるのは全く驚きではありません。この様な方法で、彼等自身をハンディキャップしていると気付く人達はあまりいません。彼等は実際に、彼等自身の体の中に気性を創造します。

アルコールが毒なのは、それが人体の自然的な構成要素では無い為です。最善の医療関係者達は、それを使う事を止めています。その他の階級は、その使用に苦言します。

人類における大いなる問題は、脳細胞が化学的に混乱させられ、毒素によって満たされ、それは精神的、そして神経的に悩まされ、そしてそれ自身がその振動を全く上昇させる事が出来ないと見つけるためです。その結果としてそれは、それら(振動率)を低下させます。

多くの人達がこれに気付き、そして体の細胞の特徴を改善するために、彼等が出来る限りの全てを行っていると見つける事には、希望を与えられます。その結果として、彼等は人類の救い(成長/進歩)のために、自然を補佐しています。私達の脳細胞は具合があまりよく無いので - それらを日々、傷付ける代わりに、私達はそれらを改善しましょう。

節制の欠如が意味するのは、特徴(気質)の剣(つるぎ)が耐えしのぐために強化(鍛錬)されていない事で - 自己-操作(統制)の欠如です。市民的、そして国家的な戦争と争いは、体の正に細胞が、それらを囲む、衰弱させ、混乱させ、そして不活性化させる液体から脱出し、離れるための、継続的な紛争と戦争、戦いと苦しみを止めるまで、完全には消え去らないでしょう。それらは正に、人の無知の化学的な結果です。

そして故に、命令が出されました。お酒は止めなければなりません。それは私達が望む何かの問題では無く、それは間違い無く法則の働きです。自然は今、特定の間違い無い働きにおいて特化するための準備をしていて、それは水瓶座のサインへと、太陽系全体が以前に入って以来、2160年の12倍(i.e. Great Year/プラトン的1年)の間、行われていませんでした。当然これは、一世代において達成される事は出来ません。それは、十分な人数がお酒の使用の効果から苦しみ、そして食べ過ぎが止められるまで達成する事は出来ません。これは何故、大食漢が、天界の王国(ハーモニー/調和的な健康)へと入る事に対する、第一の障害として与えられる理由です。

止めなければならないのはお酒だけでなく、新たな人(覚醒)の妨げに成るあらゆるものです。全て(の障害物)は、徐々にですが間違いなく排除されます。

空気と目に見えない力に対して属する機械的な改善は一貫的に、鋭く、鮮明で、はっきりとしたマインドにそれらが方向付けられて、もたらせられなければなりません。そうでなければ大災害が結果します。昔のドビンは、その手綱が、そのソケットの接地点を全く離れていなかった、鞭の周りに手綱があったのに、彼のご主人の安全なご帰還を確かめます。ですが、機械的な運搬は、効果的に導かれなければならず、そうでなければ身体生理学的な非組織化(腐敗)が直ぐに続きます。

水瓶座の時代は、航空の時代で、そして私達は最終的に、飛行機がとても軽い素材で造られ、密閉され、嵐(乱気流)の部分を超えて上昇する事が可能にされ、現在想像されるよりも遥かな速さで移動すると見つけるでしょう。私達は、未だに、創造のために飛行を考えている天才達のために、何が可能なのか、想像だにも及びません。

人の意識は拡張されなければなりません。人の頭は上に上げられなければならず、人は、終に、太陽、星々、光を見なければなりません。室に入れられ、閉じ込められ、そして全てが沈まされたスピリットがどの様に、それでも最終的に上を向く状況を創造する事を人が行う正に原因に成っている事に注目して下さい!私達の商業主義の歪められたシステムでさえ、その良い点が無いわけでは無いのは;水瓶座の振動によって運動され、人は空気(風)のマインドに成ってきています。人は照明された飛行機を夜に宣伝のために使い、そして日中には、飛行機からラジオを放送しています。ちらしは飛行機から落とされ、故に短時間で広い幅のエリアを覆います。全ての物事において速さが求められ、ラジオ電波の速さと共に速度を保つ事を求められます。

この全てが起こったのは、天王星が牡羊座に接近してからで、それは1928年に(牡羊座に)入り1935年までそのサインの中に残り、それぞれの(ゾディアックの)サイン(星座)の中におけるその滞在は7年間です(2016年においても、天王星/Uranus は、牡羊座の18度に位置しています)。これに関連して、牡羊座の章を読み直してみて下さい。今まで占星学を軽視して考え、語った人達は、この本を読んだ後にそれがどれだけ正当な科学で、そして崇高なものであるか納得させられるでしょう。彼等が、彼等の以前の意見において、非難される事が出来ないのは、占星学の秘儀的な部分が殆ど考慮されていなかった(隠されていた)ためです。これは、しかしながら、切実な占星学者達がもっともっと空気(風)のマインドに成るので変化させられるでしょう。

占星学唯一が説明を用意するものに関する事実を表すにおいて、宣伝のもう一つの奇妙な段階が省かれるべきではありません。白とその他の色、特に後者の明かりの効果(ネオン・サイン)の使用が一般的に成りました。これもまた、牡羊座への天王星の接近に対するその始まりによるものです。建物にはヘッド・ライト(ネオン・サイン)が与えられ、そしてそれらの興味深い美しさは、注目を引く役割を果たし、そして役割を果たし続けています。故に色は、目立つ場所へともたらされました。

天王星の振動はとても浸透的で影響力があるので、その効果は、それがそのサインに入るずっと前に感じられました。「未来の出来事が、事前に影を落とす」と言うのはとても本当です。知性の白い光の素晴らしいダイアモンドは、精神的な行程と、思考のアングル(角度/エンジェル)によって、スペクトル(範囲)の全ての色へと振り分けられます。天王星は、文字通り天地を揺るがすので、人々のマインドもまた揺るがされます。

色を愛さない人など、其処にいるのでしょうか?それがより鮮明で純粋な程、そして鈍く無く、重く無い程、それはより引き寄せます。

魚座が(その他の物事と共に)足を意味するので、大いなる聖像破壊者であり、習慣、信仰、そして意見(真実ではありません)の障害者である天王星が、1921年に魚座のサインに入った時、靴のスタイルは、驚く程の変化の対象に成りました。あらゆる色と形の靴が結果しました。午後用の靴の明るい色の極少数を除けば、その当時までの基準的な色は黒、茶色、または灰色でした。生きている最年長の人の記憶の中に、足を覆っているそれ程、華やかな色はありませんでした。

そして、1928年に、天王星が牡羊座に接近する際に、とても特徴的な変化が結果しました。その尻尾を口にくわえている(故に輪を形成している)蛇が、大脳的な両半球の太古の象徴である事を思い返し、蛇革の靴が一時的に流行し、そしてこの革の使用はカバンやコート等々まで広まりました。

この全への説明は、ゾディアックのそれぞれのサイン(星座)が、特定のはっきりとした物事に関連していると言う事です。特定の働きが成され、そしてそれぞれの惑星が、それぞれのサインに入る際に、様々な影と色を装い、特定の方法において働きが成されます。

天王星の効果が、緩める事、揺るがす事、散らばらせる事であると気付くのは、難しい事ではありません。ですが、気付かれなければならないのは、それが天界的な事、崇高で、純粋で、真実な事に影響しない事です。ですから私達は、現在の人類は混沌的な状態の様に見えますが、それは単に、それ以前の(歪められたために)不確かなアイデアから、ふるいにかけて出されているためだと言う考えによって勇気をもらいます。私達が精神的に盲目であった時、私達は、私達が幸せであると考えました。今現在、私達は、私達の眠りから目覚めさせられていて、私達は終に、平穏とはどの様なものかを夢見始めています。

7のサイクルの全ては有効です。一般的な例は月のサイクル、または28日(4 x 7)の期間です。全ての女性はこれに気付いています。その影響力は、しかしながら、自然全体を通して延長します。1週間の7日、そして7つの惑星(日月火水木金土)はその例です。更にもっとあります。天王星のサイクルは7年間です。あらゆる人のホロスコープ(ホルスのスコープ)におけるこの惑星の位置は、人の人生における新たではっきりとした変化をそれによって判断出来るであろう鍵です。これは、誕生日に、7年毎のその惑星の位置を調べる事によって成される事が出来ます。

この分析の行程は、この本の中で何度か触れられた2.5度の分離を使用する事によって詳細にされる事が出来ます。

以下は、その方法です:

誕生日が1月1日で、生まれた年が1880年だったと仮定しましょう。現在(1931年)の年齢は51歳です。もしマインドが鮮明で記憶力が良いなら、21歳の時に起こった大きな出来事を思い出す事が可能で、そしてマインドにはっきりとした印象を与えたそれ以前の出来事を思い出す事が出来るでしょう。1929年1月1日における天王星の位置を調べる事によって始めると、それは7番目のサイクル(7 x 7)でしょう。7回目の誕生日が最初のサイクルの終わりを表し、そして49回目の誕生日が7度目のサイクルの終わりを表します。その8番目が1936年に起こるので、現在(1931年)の中間点は、サイクルの半分を体現し、そしてとてもゆっくりと、状況における変化が気付かれる事が出来るでしょう。

描写に戻ると、1929年の1月1日に、天王星は牡羊座の3.5度の中にあり牡牛座の振動率の中である事が解ります。(最初の2.5度は、はっきりと牡羊座のものです)。牡牛座は、物理的なものだけでなく抽象的(精神的)な所有権に関係しているので、時、季節、そして出来事のこの分析、分配、そして総合性は、とても興味深いものでしょう。当時の精神的な傾向は、必然的に牡牛座の本質の物事に向かったものだったと見つけられるでしょう。身体生理学的には、その他の症状と共に、脳細胞の液体的な内容物において障害が起こる可能性があったでしょう。

この年に7年サイクルの一つを完結している人達が、健康、雇用、親類、配偶者、そして婚姻に関係して障害と変化に気付くのに、疑う余地が無いのは;天王星が、牡羊座の角度において、乙女座と天秤座の間を行ったり来たり移動していて、はっきりとしたろうばいを原因しているためです。

それらのサイクルの再発が、肯定的(プラス)で建設的な反応、または否定的(マイナス)で破壊的な反応をもたらすかは、以前にも明言された様に、人の化学的な状態に完全に起因します。血液のミネラルの内容における不足は、天王星が体現する同じ振動率で物理的な機械(体)の一部、または全体が、設定される事を妨げます。もし不足が全く存在しないなら(それは未だに現実化されていませんが)大いなる幸せ、平穏、そして真の繁栄が現れるでしょう。

天王星は変化を意味するので、多くの人達は、「世界の終わり」の共通的な解釈として、世界が破壊されるとしますが、私達が恐れる必要はありません。世界(world)と言う単語は、whorl (螺旋)、サークル()、またはサイクル(周期性)から由来するためです。

単に、新聞を読む事によって誰でも解る様に、地球自体が今、変化しているのは実際に真実です。ですがもっと大きな変化が待っています。牡羊座を通った天王星の通過は、(ゾディアックの)反対のサインである天秤座に影響しています。その秤の皿は揺れていて、バランスの支点が震えています。現時点において地球のバランスは、強力で宇宙的な力によって調節されています。その再調整において、地球のある部分は沈み、その間、同時にある部分では島が現れ;新たな大陸が上昇し;大地は純粋化され、再建され、新鮮にされるでしょう。「そして、新たな天界と新たな地上が現れるだろう。」これは文字通り、身体生理学的な真実です。

天界(大脳)は、地上(下層チャクラ)で起こる全てを反映するので、男性達と女性達のマインドは、無意識であれ意識的にであれ影響されます。その結果は、彼等の思考が古い出来事、昔の事へ逆戻りすると言う事です。例えとして、現時点において、アトランティスと呼ばれた大きな大陸の消滅を調べるための、努力のはっきりとした目的と共に、アゾレス諸島(ポルトガル沖)とその周りの広い範囲を調査するための探検が始まった事実があります。プラトンは、彼の記述の中でこの大陸に言及しましたが、それはこの神話が単にとても実質的な何かの亡霊である事を証明します。

私達は2人の主人を持つ事が出来ないため、今は正に、私達がどちらに奉仕するかを選択する時です。一方によっては愛されますが、もう一方によっては拒否されるでしょう。

上を向く事が出来る為に、高度に振動している色の眩しさに耐えられるために、私達は物理的(身体的)と同時に、精神的に、私達自身の足で立ち上がらなければなりません。故に綺麗な脳、綺麗で活発な肝臓、そして強い心臓が絶対的に必要です。そうでなければ人は、虚弱に成り、めまいに苦しみます。大食漢、飲酒、薬物使用と性行為は、退化的で不活性化的です。私達は身体生理学的な事実を扱っているのであり、アイデアや意見ではありません。

水瓶座の解釈の一つは友人に関連するものです。人の親友は、内在的な神のスピリットです。この親友が受ける扱いの種類は人の物理的、そして精神的な反応によります。故に、シェークスピアの素晴らしい訓戒、「汝自身に対してまことであれば、朝が夜に続く様に、汝があらゆる人に対して偽りに成る事は出来ない、」は此処においてとても相応しいものです。水瓶座が友人達に関連すると言う明言は第一に、そして真っ先に、この内在的な友人に言及しています。

希望と望みはこのサインのもう一つの解釈を形成します。私達の希望は天界の中で、大脳の中の最も神聖なものの中で、光と平穏の可能性の場所で、スピリットの宿り場です。それぞれの人が望むものは、その人のために最善なものを選択する、その人の精神的な能力と共にまったく一致します。有名なスローガン、「あなたが欲しいものを得るために学べ」は、本当の課題の歪めで、そしてとても紛らわしく有害です。それは、それと類似したスローガンの多くと共に、最終的にもう、耳を貸され無く成るでしょう。

G.A. ガスケル氏は水瓶座についてこう述べます:「それは、生命のサイクル(ゾディアック)の11番目の期間のための象徴です。それは、神聖な現実の泉からの真実(水)の入れ物として、スピリットのブッダ的な乗り物を象徴します。それは、進化の現在の期間において遥かに先進的な、より低いブッダ的な領域(チャクラ)を通った意識の上昇(向上)に言及します。

その同じ著者はその水の泉に対して、「上からの真実の注ぎ出しとして、生命の源泉の象徴です、」と言及します。

Areopagilica の中でジョン・ミルトンはこう述べます:「真実は、聖書の中で、流れている泉に比較され;もし彼女の水が永続的な進歩において流れないなら、それは服従と伝統の泥沼に沈みます。」

「この(世界の)始まりには水がありました。水はまことを産出し、そしてそのまことがブラーマン(バラモン)でした。」 - Brihad, Upanishad, 第五巻5,1.

「我は、我自身を創造した大いなる神、つまり、我は水成り、つまり、否、神々の父、またはその他が言う様に、ラー、神々へと変身した我の身の名前の創造主成り。」 - Hunefer のパピルス、第十七巻。

「そして、神官達の中のより学んだ者達は、水は全ての物事の始まりと起源で、彼の海はオシリスで、そして彼のテティス(Tethys)はアイシスで、全ての物事を養育し、成長させる助けをしている、とホーマーが記述したのは、タレス(Thales)の様に、エジプト人達から学んだためであると考えます。」 - プルーターク、アイシスとオシリス.

「水と土 - それらは(メソポタミアの)エリドゥ(の街)の昔の住人達が、それらから世界が形成された2つの要素と信じたものです。それは、その創始的な原型においてタレスの理論でした。」 - セイス、太古のバビロンの宗教、139ページ。

「水は、中国の世俗的なシステムにおける最初の要素です。」キッド、中国、161ページ。

「宇宙の創造を産出する発散は、その源泉から溢れ出し、その周り全ての上に広がる水の如し。」 - The Geberol, マイヤー、カバラ、195ページ。

「人の再派生(覚醒)は常に、その人自身の魂の「水」の、「神聖なスピリットのワイン」への変格です。」 - 完璧な道.

上述の引用は、水をワインに変える事の説明です。イエスが、ガリリーにおける結婚式の招待客達のためのリフレッシュメントを供給する事を望み、そしてその場で(水から)ワインを製造したと言うアイデアは馬鹿げています。更に加えて、それは宗教上全く意義を成さず、またはマインドと体を純粋化する事において、全く役に立ちません。もう一方で、それが体とマインドの浄化と変格に対して言及していると人が理解した時、人はその逸話(例え話)の測り知れない価値を見出します。

このサイン、その統治している惑星等々に関して与えられた全ての光の下で、水瓶座が何故、2つの統治者達、土星と天王星を有するかを理解するのは難しくは無いはずです。前者が種(=オイル)、または肥沃な小体(フィッシュ/遺伝子/細胞/血球)の類推で、その後者、天王星が、水瓶座の水を活性化させるスピリット(霊)であるためです。土星がそのサインの「夜()」、または物資的な側、もしくは解釈を統治する間、天王星は「昼()」、またはスピリット的な本質を統治します。図表(ホルスのスコープ)は、これを頭に入れて検証されなければなりません。

キャリー博士の、塩化ナトリウム、またはソディウム・クロライド(食塩)のこのサインに対する分配は、直ぐに正しいと理解されるでしょう。この章の中で以前にも記述された様に、ソディウム・クロライド(食塩)が、水を引き寄せるものである事が、常に頭に入れられているべきでしょう。物理的な体の実質的に97%は水(または、より正確になるために、水的、もしくは液体的)なので、身体生理学的な機能が、元々意図された様に機能するためには、大量のこの塩が常に必要である事は明らかでしょう。

キャリー博士はこの塩についてこう述べます:「ライム(石灰)のリン酸塩(リン酸カルシウム)を除いて、人間のシステム(人体)は、ソディウム・クロライド(食塩)以上にその他の無機的な塩を含みません。このための理由は、私達が、私達の体の約70%が水で、それは、ソディウム・クロライド(塩化ナトリウム)が無いと、不活性、または役に立たなくなると気付いた時に、直ぐに理解されるでしょう。この塩が持つ力は、人に対するあらゆる価値の、水の使用を与える事です。草木、そして植物的な生命においても同じ事が言えます。」

体は、排泄物を運び出すために、水と共に洗い流されなければならないので、それは触媒(歩進の働きをするもの)として必要で、そして故に建築物(細胞)が取り壊される事においても同等に必要です。

天王星は頭の中の蒸気、または湿った空気を統治するので、人体のこの部分は、血液の中にソディウム・クロライド(塩化ナトリウム)が顕著に不足する時、大々的に混乱します。体のどの部分であれ、循環がとてもゆっくりだと(それは土星の位置によって決定されているかも知れませんが)、不十分、または過剰な液体(体液)が気付かれるでしょう。体液が不足し過ぎている時、脳の繊維が乾き、そして人は不眠症から苦しみます。頭は、太陽からの熱い光線によって直ぐに影響され、そしてこれが対処されるべきなのは、それが(頭に)残っているあらゆる水分を奪うためです。ソディウム・クロライド(食塩)は、故に、日射病のための対処です。精神錯乱の対処において状況が類似しているのは、大量のアルコールの内容量によって水が分解されているためです。頭と上半身に液体が不足し過ぎている時、通常(例外はありますが)、体の先端に多く有り過ぎます。くるぶし(足の付け根)と腕や足がむくむ傾向にあり、そして水腫的な症状が発症するかも知れません。

脳の繊維に液体が有り過ぎる時、それは眠気の原因と成り、マインドが何らかの興味深い事に専念していないなら、眠りに落ちる傾向にあります。医療関係者達は、もう直ぐに、「居眠り病」と呼ばれる謎めいた症状が、医師の診断の上のリストに保たれた以下の病原菌のいずれによっても原因されていない事を学ぶでしょう: distomum hepaticum (肝炎); distomum lanceolatum (lanceolatatum の炎症); lanceolatum のコクシジウム感染; 卵子のコクシジウム感染;エキノコックス合併症;側腹ボトリオセファルス症;(キャリー博士が呼ぶように)あの「高速道路の料金無視」、ankylostomum duodenale; dochimus tringoncephalus and stenocephalus.ラテン語の言葉が見つける恐ろしい名前の長いリストを構成するその他多くがあります。「居眠り病」の原因を辿る事が簡単なのは、何故なら、それに対して星-生物-化学が投射する光が鮮明であるためです。脳は、大量の液体を含むので、思考は実際に沈められていて、文字通りに溺れています。

塩化ナトリウム(食塩/ソディウム・クロライド)において不足している人達の多く(とても頻繁に太陽が獅子座の中にあった時に生まれた/獅子座生れの人達)は、水に関心が無いか、それを飲んだ後に、それを長い間保つ事が出来ないかのどちらかです。これは、その体の細胞が、水を引き寄せるための十分なソディウム・クロライドの粒子を含んでいないと言う事実によって簡単に説明される事が出来ます。故に、それ(水)が胃に入ると、それら(ソディウム・クロライド)はそれ(水)を引き寄せ、それを必要としている(体の)部分に運ぶために、存在していません。

水を飲むための欲求である - (喉の)渇きの欠如が - 同じ原因から発生します。十分な数の塩化ナトリウムの粒子が存在する時、水のためのそれらの呼び出し(引き寄せ)は(喉の)渇きに現れ、明らかな化学的な引き寄せを構成します。この素晴らしい塩と共に十分に供給された血液を持つ人は、砂漠を旅していて、水の供給が欠けていても、簡単には(喉の)渇きに屈服しないと言う事を理解するのは難しくはありません。特に夜の間に、幾らかの湿気が空気から引き出されます。

このとても必要とされた塩が、量において不足する時、人間の体はゆっくりと水分不足に成り乾きます。脳の液体が減少し、この器官と腺が、天界(大脳)的な朝露(オイル)に対して無反応に成ります。

ですから、この塩が欠ける土もまた、同じです。水の吸収無しで育つ事が出来るものは何も無いので、その大地は乾き、不毛に成ります。成長の季節の間に雨が不足する事によって、灌漑が必要な国のそれらの地域は、もしその土に正しい量のソディウム・クロライドが供給されれば、夜間の大気から、もっと多くの湿気を吸収出来るでしょう。土におけるソディウム・クロライドは実際に空気の凝縮を助け、そして朝に成ると植物がとても湿っていると見つけられるでしょう。これは灌漑のための必要性を減らし、それは、それ自体において、大きな(エネルギーの)節約を構成します。

一般的には知られていませんが、この国においてだけでなく、国外でも長年使用されて来た土の食べ物(肥料)があります。それは石の食事と呼ばれています。それは混合の石から得られ、それは分析によると、化学的にバランス化された、土に必要な全てのミネラル的な要素(元素)を含んでいます。それは故に、化学的に完璧な食物を産出し、そして人類に完璧な栄養を与える事が出来ます。それはとても細かい粉へとすり潰されます。

土のミネラルの内容がバランスされた時、虫や害虫の不在が顕著で、健全な産物が結果します。故に、自然界におけるそれらの清掃動物の生命を支えるものは何も無く、そしてそれらは消滅するか、または腐敗している物質が存在しているその他の畑に移動します。

意図的に試験する人達によって、素晴らしい推薦が石の食事に与えられます。干ばつの時でさえ、それと共に供給された畑は繁栄し、その間、不幸にもそうされていなかった畑は痩せて乾くと明言されます。

それを使用する事に関心のある人達に、石の食事を供給しているビジネスに拘わっている者達は、本当の人道主義者達です。マサチューセッツ州のボストンの、故 W. N. マククリリスは、この素晴らしい製品の元々の調剤者でした。そのビジネスは近年、ボストンのステート通り126番地の事務所と共に、MENDERTH 株式会社の名の下で新たに組織化されました。それは、本当の小麦の全粒粉製品のウィーツワース・ライン社の利他主義的な創設者、F.H. ベネットによって資金援助されています。

(それ自体が大々的な災害ですが)実質的にこの国の至る所に存在する土の栄養不足に加えて、人類が更に障害されているのは、市場にで溢れた非-自然的な食物のためです。彼等の同類の人間のために、全く考慮しない者達の強欲と物欲が凄すぎるのに、この特徴(利他主義)の個人達を見つけられるのは新鮮です。何年も前に、筆者はそれらの2つの製品、石の食事とウィートワースについて聞き、ある意味、キャリー博士と彼女自身の研究との類似性のために、両方を調査する事を彼女の目的にしました。

小麦の全粒粉の構成であるウィートワースの製品は、取得可能な最善質の固い小麦から造られ、ベネット氏によって近代化された、昔ながらの特徴的な水車の中で洗練され粉末化されます。昔流の水車が、未だに使用されています。その水車小屋とジンジャーブレッドのお城は、ニュー・ジャージー州のハンブルグにある、興味深く指導的な名所です。

そのハンセルとグレーテルのジンジャーブレッド(お菓子)の城は、注がれたコンクリートで造られ、宣伝の新たな時代の方法で、その構築の唯一の目的は、(新たな世代の)市民達に、彼等の脳と体を造る食べ物の必要性に関して、教育する事を補佐するためです。ベネット氏の製品は全て、この本質のものです。この特徴的なお城を造るアイデアは、オペラ「ハンセルとグレーテル」の第二幕の舞台設定のために、有名な建築士、ジョセフ・アーバンによって設計されたオリジナルを観た時に起こりました。

この筆者がこの本を、キャリー博士の記憶だけで無く、石(ミネラル)からのパンと薔薇の著者、ジュリウス・ヘンセルに、マククリリス氏に、F.H. ベネット氏に、そしてその他全てのミネラル的な考え、または利他主義的な化学者達に奉げるのは、人類がそれ自身の足の上で立つ手助けをするために、それ以上の確かな方法は無いためです。ミネラルは自然におけるであり、スピリット(エネルギー)で、そして人において、それ無しで体現される事は出来ません。

塩化ナトリウムの不足による、体の上の効果の題材に戻ると、私達はとても流行している症状が、湿疹であると見つけます。この塩はこの問題のために、殆ど特定的ですが、決して見失われてはならない事実は、占星-化学的な分析唯一が、あらゆる症状に対する正確な鍵を供給出来るのは、以前にも述べられた様に、あらゆる症状のために使用されなければならない4種の塩が常に存在しているためです。数か月以内に出版されるであろう体の構築と占星-分析の生物化学システムの研究は、この題材の全ての段階を扱うでしょう。

塩化ナトリウムは、硫酸カルシウムにおける不足を示唆するモード性(種類)を構成するので、炎症の感覚を和らげるために、塩化ナトリウム(水瓶座)との関連において硫酸カルシウム(蠍座)が使用されるべきです。強いかゆみは、塩化ナトリウム(食塩)のモード性(特徴)です。リン酸鉄(魚座)の不足における度合に対して、炎症とひりひりする感覚が、その他の不快に伴います。再び、肉体の繊維自体が拘わっているかも知れず、そして繊維、または肉体の糸の土台を形成するために「つむぐ塩」である塩化カリウム(双子座)が大いに必要かも知れません。

それらの塩で造られた溶液が、不快な部分に応用されると、奇跡の様に癒し、そして治癒します。思い出されなければならないのは、しかしながら、お肌の問題の全ては、不純で、そして故に不足した血液によって原因され、そしてこれが改善されれば、体の外表面の部分は綺麗に成ると言う事です。血液の(栄養)不足によって原因されたものを正すために、外側(皮膚の上)の(薬等の)応用は役に立ちません。しかしながら、実際に内服された塩が、栄養不足の細胞によって、積極的に取り入れられるのは真実です。

塩化ナトリウムの不足は、時には人が、眠る前よりも、起きた後の方が疲労とうんざり感を感じる原因に成ります。これは、不機嫌に結果するでしょう。朝の太陽が、夜の湿気を蒸発させるまで、気力も活力も現れないでしょう。雨の日は実際に、それらの人達にとって問題を広げる日で、そしてこれは、もう一つの形状のソディウム(ナトリウム)、硫酸ナトリウム(牡牛座)が必要な人達にもまた、当てはまります。その体の全体は、トーン(音/張り)と活力が不足しています。

この塩の不足によって原因された全ての症状は、特定の部分において、少な過ぎる、または多過ぎる水を産出的です。以下はそれらの幾つかです:泡っぽい、少な過ぎる、または多過ぎる唾液;特に朝に乾いて乾ききった口と舌;つぶやきとさ迷いを伴う幻想;昏睡と不眠;妄想とトレメン(振戦);鬱;日射病;鈍く、重い、叩くような頭痛;目における神経的な痛み、そして涙の流れ;頭における風邪に関連した涙の流れ;ふけ;水っぽい内容の頭皮の発疹;体のあらゆる場所の水膨れ;目からの活発な分泌;透き通った粘液とくしゃみを伴う風邪;花粉症、インフルエンザです。此処において明言されなければならないのは、花粉症と「薔薇」の風邪の様な - 特定の植物の花粉によって原因するとされる、あらゆる不快な状態は - 毛細血管が不十分に保護される原因に当然と成る、特定のミネラルの不足によるものです。故にあらゆる粒子が不快の原因に成るでしょう。ですが、そのために植物を非難する事に関しては、弱い眼が焼け(眩しく)涙ぐむ原因として、太陽を非難するのと同様です。

その他の症状は:舌の下の腺の腫れ;舌の先の水膨れ;泡っぽい粘液の一貫的な唾液;喉の軟膜の炎症(一般的な症状);過度な渇きの喉の痛み;過剰な分泌;細い首;水っぽい内液を伴う胃の病の全て;塩に対する凄い欲求です。此処において明言されなければならないのは、一般的な食塩は、その大部分において、血液の小体(血球)によって吸収されるには、その粒子が粗雑過ぎると言う事です。故に血液は、必要とされる量を摂取する事が出来ません。それらの粗雑な粒子は、頻繁に胃と内臓において刺激要素として運動します。これは硫酸カルシウム(蠍座)の内容に不足している人達に特に真実なのは、内臓的な通り道を含む器官の毛細血管が、それらの塩の粒子によって、直ぐに刺激され、「内腸のもたれ」が頻繁に結果するためです。

この必要性から派生するその他の症状は:痛みを伴う痔;膀胱のカタル;糖尿病;長期的な淋病;長期的な梅毒;かゆい肌;アスマ;体中で感じられる速い脈と不規則な鼓動;薄く水っぽい血液;貧血症;「落ち着きの無さ」;きしんで痛む関節;ヒステリー的な痙攣と衰弱;落ち着きの無さと筋肉の痙攣;虫の刺され;水腫症と、此処において記述するには数多過ぎるその他です。

XII. THE ANALYSIS AND SYNTIIESIS OF PISCES AND FERRUM PHOS
12.魚座とリン酸鉄の分析と調合


「イエスは、水の中で生きている、魚(魚座)です。」
- 聖者オーガスティン

大体、2月20日に、太陽は魚座に入り、3月21日まで、その中に残ります。この期間は、2月の最後の1週間と、3月の最初の2週間を覆います。故に、2月の最初の2週間を覆っている純粋化の行程が最後の週において完結され、そして生命の水が此処で生命のワインに成ります。

占星学的な逸話の中で、魚座のサインは、身体生理学的に、足を意味するとされ、以下の物事に関連させられます:敵、刑務所、病院、限界、海、制限/幽閉の水と場所の全てです。ですが、占星学を扱っている多くの古い文献が存在している間、ロバート・ブラウンが、彼のギリシャ人、フェニキア人、そしてバビロニア人達の、創始的な星座の起源への研究の中に記述する様に、それらは全く英語へと翻訳されていません。占星学の現代的な研究は、このサインが何故、刑務所、病院、または閉じ込めの場所、等々に関連しているのか、その秘儀的な意味、または理由を全く説明していません。

その理由は、このサインの大部分が重なる、3月(March)と言う言葉を分析する事によって明らかに成ります。それは、ラテン語において、へだたり、制限、国境、端、限界、到達、標識、または極みを意味するマーゴ(margo)から派生します。それらの意味のそれぞれが、このサインに関係した情報の、膨大な量を供給します。

魚座は、ゾディアックの最後のサインで、生命の輪が一つに閉じられる印し(標識)、または境目(へだたり)です。それは、これ以上のもので - それは、生命自体です。

「そして神は、人の中へと生命の息吹を吹き込み、そして人は生きている魂に成りました。」赤子は完璧な体と共に生まれた様に見えますが、息をする事が出来ません。呼吸回復装置が呼吸を開始させる事が出来ない時、それは化学的な媒体、または酸素を凝縮させるものが、極度に不足しているためです。その子供の母親は、呼吸の行程を始めるために、その血液に必要な量を供給する事が出来ないためです。リン酸鉄、または鉄分は、肺へと酸素を引き寄せるために必要な無機的な塩で;故にこの実質の魚座に対するキャリー博士の分配は、彼の直感の素晴らしい証明です。それは、決して変化する事の出来ない、化学的な事実です。

3月(March/行進)と言う言葉の分析に戻ると、私達はこの言葉が、足について語る時に、頻繁に使用されている事を見つけます。足は極部(先端)です。魚座は(ゾディアックの)最後のサインで、体の全体が(その上に)乗る土台です。もし足が何の問題も与えないなら、人は疲れを感じる事無くそれらの上に立つ事が出来ます。人はまた、遠くまで旅し、長い歩行を楽しむ事が出来ます。

形而上学(精神)的に、魚座は理解に関連しています。理解が活発な時、人は精神的に遠くまで旅する事が可能です。

魚座の中に私達は、それによって生命の全ての精神的、道徳的、そして身体的な状態、または発達の秤のゲージ(測量機)を見つけられます。それはその人の旅路(人生)において、その人が到達した段階、または場所を示唆する印し(ペッグ)です。このサインの3つのディーカン(3 x 10度)はそれぞれ、退化派生、そして再派生/復活/覚醒を体現します。進化の現在の段階において必要な法則に従って生きている人はあまりいません。スピリットは、救いを機能させるために、物理的な体へと戻らなければならず、それは文字通りに完璧な乗り物を意味し - 故に、体が供給されなければなりません。

「999,999人に一人しか、完璧(覚醒)に成るための努力である、大いなる働きを実際に行っている人はいない」と、ブラヴァッツキー婦人は述べます。

上述の明言は、印し達成、そして目的(ゴール)と言った言葉が、魚座に応用される事を証明します。故に、退化/腐敗の人生が示唆された時、達成のための理想、目標、目的が全く考慮され無かったのが明らかです。それによって丈夫で永続的に残る構造が建てられるための、道徳的、または身体的な安定性が全くありません。印し(目標)、または目的(ゴール)の代わりに、それは人生の終わりです。

占星学的な逸話は、魚座が物事の終わりを意味すると私達に教えます。かかと(heel)終わりを意味し(loaf の heel/パンの耳)で、体の終わりである足の後ろの部分が、かかとと名付けられたかの理由です。その頭が体の始まりである間、その先端は終わりを構成します。

ですから人は、彼の最後の先端において、人の息子であるイエスに対してその人を救う事を声を出して叫び、彼は(昔のキリスト教の神父の一人、聖者オーガスティンが明言した様に)「水の中に生きている魚」です。これは、この章の中で更に扱われるでしょう。

魚座は、幽閉として解釈されます。これが何故なら、それが深い底の穴(奈落)の類推であるからです。これより下に、人は行く事が出来ません。その深さに届いた時、人は(もし生命がその人の体の中に残っているなら)、少しづつでも意識を向上させるために、その梯子の一段目に足を置き、上を向く努力をしなければなりません。当然、彼の鈍った眼は未だ、光に絶える事が出来ず、そして実際に、その暗闇を貫く事の出来る光は殆どありません。ですが彼はそれに向かって行き、そしてそれが最も重要な事実です。

March (三月)と言う言葉は set out (セットする/始める)を意味します。これが、大いなる神秘に言及していているのは、考えられるべき2つの旅路があるためです。その最初は、不可視の領域からの、物理(身体)的な現れ(体現)への、スピリットの setting out (始まり)です。物質的な体へと再び入る指令が受け取られ - 再び、より良い乗り物(体)を造る働きを始めるために - 再び生命の March (行進)が始まります。

特定の配置における惑星によって産出された振動の融合は、それによってスピリットが、再び地上へと引き寄せられる方法です。その最後の転生において使用された以前の形状(体)、または道具は、次がどう成らなければならないかを決定する方法です。働きは、それが終わった処から再開されなければならないためです。それ以外は全く論理的ではありません。新たな学業の日が始まり、学ばなければならない授業があります。

故に不可視の領域からスピリットは再び現れる準備をし、息を通して母親の動脈のシステムに入ります。転生しているスピリットが存在していないなら、受胎が起こる事が出来ないのは、スピリット的な受胎と誕生に真実な事はまた、物理(身体)的な受胎と誕生にも真実であるためで;その唯一の違いは、その片方が、より高い領域、または段階だと言う事です。

マタイ1:18の明言は、スピリットが存在していなければならないと言う事実を表現しています。「さて、イエス・キリストの誕生は、この様でした:彼の母親マリー(水/海)がジョセフと夫婦に成った時、彼等が一つに成る前に、彼女は精霊の子供を身ごもっていると見つけられました。」精霊は文字通り、完璧な息で、上述の正しさは理解されるでしょう。ラテン語の辞書の中で私達は、その言及が特定の人の影、または霊であると見つけるでしょう。

多くの研究が、魚座は動脈の血液に関連していると明かしたのは、その血液へと、空気、または酸素が入るためです(これは、生命のである、水瓶座の湿った空気に言及しています)。それは両方によって純粋化され、葡萄の真の血液である、生命のワインへと変格されます。肺を通した血液への空気の注入は、イエスがをワインに変えた、結婚式における奇跡として以前に言及されました。

魚座は、すると、邪悪を超えたスピリット的な存在のサイクルの終わりと、新たな体への、スピリットの注入を意味します。

それはまた、死において、スピリットが体を離れる事実に言及します。息が止まり - それ以上、酸素は肺を通って血液に入りません。燃焼と純粋化の行程が止まり、結果として、腐敗が始まります。ミネラルの粒子を一緒(母体、またはそれぞれの細胞の核)に保ったスピリットは、保つ事が出来る為の十分な素材が供給されていないので、離れます。「地の人が神から奪い取るだろうか。それなのに,あなた方はわたしから奪い取っている。」 - マラキ3:8.

「肉の魂は血にあるからであり,わたしは,あなた方が自分の魂のために贖罪を行なうようにとそれを祭壇の上に置いたのである。血が,[その内にある]魂によって贖罪を行なうからである。」 - レヴィ17:11.此処にあるのは確固たる明言で、それは身体生理学的で化学的です。血管と動脈の中に化学的に完璧な血液を構成するミネラル分の要素の全てがある時、その血液は償い(一つである瞬間/at-one-ment)の状態で、故にのための贖罪(atonemento)を行う事が可能で、それは、それらの神経と腺のエーテル的な液体の総合です。

病気(at-one-ment の欠如)、または不足(sin/罪)は死の原因です。そうでないなら、誰も死なないでしょう。人がその構図の外に踏み出し、そして故に(教会に成る計画である)人間の体の完璧化の仕事を、人自身から排除する事は、その問題の迂回です。それは行われる事が出来ません。輪廻転生は、その仕事が完成されるまで何度も、何度も繰り返されます。その後、聖書が明言する様に、私達は「それ以上、出て行かない」でしょう。

大多数の人達はどれ程、頭を使っていないのでしょう。新聞は、人の死を報告します。彼は、その瞬間まで「完璧な健康」でした。神、または摂理が、彼を「呼びました」。それらの明言は、もし痛ましい程に論理が欠けていなかったら、面白かったでしょう。事故を除いて、(もしその様な人が存在するなら)完璧な健康の人、またはまずまずの健康の人が亡くなる事は全く不可能です。創造主は、正しい生き方に関連した法則を造り;そしてそれらが従われなかった時、身体的、そして精神的な行程が悪化し、重要な電気的な摂取が減少し、そして必然的に死が結果します。

血液は、化学的な要素によって構成された物質です。もし、血液が血肉の命なら、どの様にして、すると、幾らかの人達が主張する様に、物質が死んでいて、命が無いとされる事が出来るのでしょう?その様な観点は、実際の科学的な発見の正反対です。それぞれのミネラルの種類が、命と共に振動し、特定のはっきりとした色を派生させていると見られると人が考えた時、物質の中に命が無いと言う明言は馬鹿馬鹿しいものです。物質と定義されるものは、(それ自体)スピリットの最も粗雑なもので、その間その後者(スピリット/霊)は、物質の最も繊細なものです。故に、唯一一つのものしか存在しません。人はそれを、物質、またはスピリット、母、もしくは父と呼べるかも知れません。それらは、本質的に、一つで、同じです。ラテン語において、mater (物質)、または mother (母)は、形成的な実質です。その後者の言葉は、下に立つ(土台/母体)を意味するラテン語の substare から派生します。Matter (物質)は、すると、生命/命の土台です。物質が、スピリットの下に立つので、それはそのサポート/支えです。反対に、スピリットは物質を支えます。

私達が、私達の周りを見ると、私達は、樹々、丘、山々、峡谷、そして河を見ます。私達は動いている物体を見ます。私達はまた、人々の手仕事と同時に神の手仕事を見ます。何がこれを可能にするのでしょう?物質です。そうでなければ、見る為のものは無く、そして見るための眼もありません。

「どの様に呼吸を正しくし、故に健康を改善する事を学ぶために訪れて下さい」 - と言うこの広告を、私達はどれ程頻繁に読むでしょう。それは、命の化学を研究した後には、頭脳的なゴミの山に追いやられるでしょう。「神は人の中に命の息吹を吹き込み、そして人は、生きている魂に成りました。」これは何を意味し、その解釈は何でしょう?神、またはスピリットは、息吹を通して人に入ります。息吹がスピリットです。

フェルム、または鉄分が、酸素との強く密接な関係を持つ、強力で磁気的な塩である事は説明されました。酸素は、鉄分が見つけられる処が何処であれ、結合する事を求めます。これは、地球の深さへの、エーテルの侵入の説明です。鉄分は、内側から引き寄せるために、其処にあります。そして、ですからまた、人間、または地上的な体の深さの中で、鉄分の十分な量が、それぞれの原子を十分に活性化するために、十分なスピリットを引き寄せなければなりません。そうでなければそれらは、一つ一つ、消滅します。

人は、鉄分における不足が無い時、楽に、自由に、完全に、無意識に呼吸します。人の中の神(スピリット)が呼吸をします。もっと多く酸素がある屋外に出る時、その行程は直ぐに、もっと深く成ります。人は、鉄分の不足によって障害されるまで、呼吸を全く考えません。

此処に私達が有するのは、鬱と落胆の感覚の、科学的な説明です。体の中、そして健康における、特定のはっきりとした空気の圧力があり、そして化学的な知識の光の下で、私達はそれが体における鉄分の不足によるものだと知っています。この重要な塩がとても不足に成る時、体のの空圧が、その中のものを遥かに超える事が当然、結果します。これは、圧迫、または鬱の感覚の原因です。心理学者は、その症状の原因を説明する、または治療を提供する補佐を出来ません。それを「複雑」と呼ぶ事は、文字通りそれを視野の外に埋めます。生物化学が無ければ、それは解決されるために、永遠に「複雑」過ぎるでしょう。

March (三月/行進)の解釈の一つである frontier と言う言葉が、額、または顔つきを意味するラテン語の frons から派生すると着目するのは興味深い事です。建築様式においてそれは、建物の正面に対して言及します。魚座は、牡羊座のすぐ隣で、その後者は顔つき/頭です。

marcher (行進する人)は、人生の通り道を歩む人です。Marcus (マルコス)はトールのハンマーを意味します。これは、鉄の機能に対する類推で、それが火花を散らすためです。此処において私達は、生命の火花とスピリットをリンクさせます。私達は同義語の輪と、火花を放つ鉄分が、生命の輪を完成させ、閉じるために、酸素を引き寄せると言う明言を関連させます。その輪の360(度)のリンクは一緒に forge (鍛え)られなければなりません。

march する事はまた、一定的に旅し、前に進み、進歩する事です。それは一貫的で、前向きな運動です。

幾らかの詩人達は、生命の行進(march)によって意味されたものを感じ、例えばポープは、以下において:

「長く、崇高な、行進(3月)、そして神聖なエネルギー。」と記述し、

その間、ブライアントは、以下の言葉において March の月を表現します:

「嵐の3月が終に訪れ、
風と雲と共に空を変えている。」

海王星(Neptune)は、魚座の肯定的(陽)な統治者です。言い換えると、それは唯一真の魚座的な働きを行う事の出来る、振動の率を体現します。

ラテン語の辞書の中で、nepa は、水-蠍を意味します。それはまた、3つの水(液体)のサイン - 魚座、蠍座、そして蟹座を - 集合的に言及します。これが示唆するのは、生命の胚芽が水の中、または、もっと特定的に、水がその一部を形成する液体の中に見つけられると言う事です。

Nephale は雲を意味し、それは勿論、水蒸気です。Nephalist は、スピリット的なリカーから、完全な禁酒をする人です。もし人が、最終的に、宇宙における最も高度で、最も繊細な、海王星の振動を創造し、反応する事が出来る為には、これ(禁酒)は不可欠です。

海王星は、私達の太陽系の中で最も遠い惑星です。それぞれのサイン(星座)を通過するために14(7 x 2)年が必要とされ、故に168年(14 x 12)においてゾディアックの輪(一周)を完成させます。存在する全ての物事は、水から起因したと言われます。これは、本当の起源、または何らかの源泉を、遠いものにします。最も高度で、最も繊細な振動は、当然、人の概念から、最も遠いものです。それは、故に、隠匿の類推です。魚座の否定的(陰)な解釈は故に、偽りです。肯定的な象徴化は完璧さと純粋さです。これ等の2つの解釈を比較すると、海王星との親密な関連に対して何らかの主張をする事は未だに出来ないと、私達は簡単に気付きます。実際に、人類は、全体として、その純粋な服のすそさえも触れていません。

ギリシャ神話の中で、海王星(ネプチューン)は海で、大海の神聖な王です。サクソン族は、ネプチューンをベンと呼びました。これが興味深いのは、アークを運んだ一人であり、息子(SON)であるベンの、ヘブライ語の解釈を直ぐに思い起こさせるためです。ベンジャミンは、13番目の子供で - 「パンの家」である - ベツレヘムの近くで生れました。これは、処女のハウスである乙女座に対する類推で、故に生命のパンが由来しました。

ゾディアックの6番目のハウス、そして人体における6番目の部分(腹部/太陽神経叢)は、化学的に完璧に成った後、全ての12種(の神経)が、完璧に機能する様に成ったために、完璧化します。13は、其処(太陽神経叢)から創造された完璧なもの(オイル)の類推で - 故にその息子(SON)です。

古代人達は、ネプチューンは海底に彼の宮殿を持っていましたが、彼が選択した時には、オリンポス山の上に家を築いたと描きました。牡羊座がオリンポス山なので、それらの2つのサインの親密な関係が示唆されています。それはまた、頭から足への液体の循環に対する類推です。

海王星/ネプチューンの力の象徴は、トライデント(三つまたの槍)、または3つに分岐した槍で、より高いマインドである、射手座の3つのディーカン(3 x 10度)に対する類推です。この三つまたの槍は、魚を捕らえるために使われたとされます。ですが、更にもっと良い解釈があります。槍(spear)のための古い言葉はスプローン(sprawn)で、それは甲殻類です。ネプチューンの二輪馬車は、2本の足しか持っておらず、下半身が魚である2頭の馬(ヒポキャンポス/Hippocampos)によって引かれます。

彼は土星(Saturn/Cronus/Kronus)の息子で、それは彼が、その Urn (瓶)の中の水を体現すると言う事の類推です。海には2つの王朝があり、ネプチューンは、若い方を体現します。より古い方は、土星(Saturn)の時代に繁栄し、水、または液体の最初の現れが、脳のパン(皿)、または urn (瓶)においてであった事実に対する言及です。ギリシャ神話は、このより古い王朝から、3000の川と、無数の海のニンフ達が派生したと私達に教えます。脳の皿、または頭蓋が含むのは、生命の泉で、大脳的なエッセ(本質)を構成する、沈殿させられたエーテル(プラズマ)的な蒸気を受け取っています。

アテネは、ネプチューンと同時に、液体と同時に英知を文字通り意味し、牡羊座(大脳)にその源泉を有する、ミネルヴァの座として選択されました。神話の中で「それらの2人の神々は、アテネの最初の王である、セクロプス(英知の源泉)の統治の間に、その街(英知の場所/大脳)の所有権を争いました。その神々は、有死の者達(人間)にとって、最も使い勝手のある贈り物を産出した方に与えられるべきであると宣言しました。ネプチューンは馬(より高いマインド)を;ミネルヴァはオリーヴを与えました。神々は、その街をその女神に与え、そしてそのギリシャ語の名称に由来してそれは名付けられました、」と言われます。オリーヴは、オイル(キリスト)の源泉なので、ミネルヴァの真の解釈は、乙女座と同じです。

ネプチューン(海王星)は、その他全ての神々に帰属する領土に侵略しますが - それが意味している事は、水が人体の全ての部分に浸透し、存在していると言う事です。彼は、真水と塩水の両方を統治します。その後者の継続的な振動は、水の凄まじい満ち引きによって原因されます。海王星の水がよどむと、怪物が産まれます。これは、不純な血液との類推です。海王星は、動脈の血液の特別な統治者です。地球を震えさせるものとして、彼は自然において痙攣(地震)を原因します。

海王星の息子であり、強力な狩人(人)であるオリオン座は - 文字通り、水からもたらされました。

古代人達は、一つに縛られた魚座の二尾の魚を、子羊(牡羊座)の一本の足に、その二重の結び目が絡まった海獣、セトゥスに繋がった結び、またはリボンとして描きました。魚座はまた、ピリシテびと(フェニキア人)の神、ダゴンです。それはイエスが、五千人の人達に食させた、2尾の魚です。

このサインにまつわる伝説によると、「ヴィーナス(金星)と彼女の息子、キューピッドは、ユーフラテス川の土手の上で座っていた時、突然、神々の敵であるタイフォン(蛇)が、彼等に近づいているのを見ました。彼等はその川の中へと飛び込み、2匹の魚によって溺れる事から救われ、それらはその後、それらの助けのための感謝として、ヴィーナスによって天界に祀られました。」

最後にヴィーナスとキューピッドは天界へと昇り - 彼女達は、彼女達自身が魚で、そして故に、ネプチューン、または純粋化された生命に対する類推です。ヴィーナスとキューピッドとして、彼女達はもう存在しません。

水瓶座の最後のディーカン(10度)が、金星(ヴィーナス)によって統治されており、そのサインの天秤座の分類なので、それは魚座に連結します。ヴィーナスは、その伝説の中で、故にその川の土手に座っていました。神々のであるその海獣は、肉欲、または強い欲望でした。再派生の2尾の魚が彼女等を救い、そして天界への移動が結果しました。

「彼(神)は大いなる海の中に彼の住処を持ち、そしてその中の魚であった。」 - ゾハール。

「その水の中でとても多くの魚達が繁殖し、そして一匹の大きな魚によって救われました」と、キリスト教徒達の Tertullian (カルタゴの神学者)は言います。(ブラヴァッツキー、秘密の教義、第二巻、327ページ)。上述で言及された「多くの魚達」が、小体(遺伝子/細胞/血球)、または生命の胚芽である事は明らかです。「一匹の大きな魚」は、人-魚、またはイエスで、純粋化され、再派生させられたマインドと体の産物である神聖な種(オイル)です。これが単純に意味するのは、魚座と牡羊座である、水とスピリットの再誕に成ると言う事です。その生命の輪は終に、不屈なリンクと共に結合されました。

「オアネスは「理性を与えられた動物で・・・その体は、人間のものに類似した足がその下にある魚で、魚の尻尾に対して繋がっています」(Polhhistor とアポロドルス)。その魚の頭は単純に被り物で、魚の頭の形状において造られた、神官達や神々によって被られた司教冠で、そしてそれは殆ど変化していない形状において、高僧(ラーマ)達やカトリックの司教達の頭の上に、私達が今でも見るものです。その魚の尻尾は単純に、アッシリアの粘土板の幾つかの上に描写されている様に、長く固いマントの裾で、その形状は、礼拝の間に現代のギリシャ正教の神父達によって着られた聖職者の黄金の衣装において、再産出されているのを、私達は見ます。」 - ブラヴァッツキー婦人、秘密の教義

上述の意味は明らかです。その「魚」は、古く、神聖な象徴で、神秘主義の言語において頻繁に使用されます。それは常に神聖な種、イエスに言及し、水とスピリットの生まれの新たな人です。(鯨では無く)魚によってのみ込まれたジョナの逸話は、退化の水によってのみ込まれ、沈んでしまった本当の人の象徴化です。それは文字通り、創造された液体(オイル)が全く使用され無かった事を意味します。

スミスの聖書用の辞書の中で私達が見つけるのは、ダゴンと言う言葉が「可愛い小さな魚で、明らかにアタルガティス(Atargatis)の男性的な相関で、ピリシテびと(フェニキア人)の国家的な神です。ダゴンは、人の顔と手、そして魚の尻尾と共に表現されています。バビロニアの神話の中でダゴン(オダコン)と言う名前は、人の大いなる恩人の一人として、紅海の水から現れた、魚のような存在に応用されました。その魚の様な形状は、豊かさの国家的な象徴です。」

人類は、その神聖な息子が生れるまで、決して真に豊かではありません。

Fürst はこう述べます:「人の中の神のスピリット的な鼓舞(inspiration)は、スピリット的な力(霊力)と物理的な生命を与えます。」インスピレーションと言う言葉は、(息/spirit を)吸い込む事を意味します。鉄分は酸素を引き寄せ、その中にあるのが生命の息吹で、それが高く持ち上げ、向上させ、鼓舞するので、キャリー博士の分配の正しさの、それよりも良い証拠を見つける事は出来ないでしょう。

スミスは、彼の聖書用の辞書の中でこう述べます:「真の生命の秘密は、人が、その人の若さの活力を、神に捧げるべきであると言う事です。夜が訪れ、晩年のゆっくりな腐敗が、能力の感覚の全てを鈍感にする前に、そうする方が良いでしょう。」体の液体が鉄分不足に成ると、その小体(遺伝子/細胞/血球/魚-胚芽)は徐々に窒息し、そして最終的に腐るためです。これが癌の真の原因です。鉄分が無いと、燃焼は続く事が出来ません。硫酸カリウム(乙女座)とリン酸鉄(魚座)は、すると、この腐敗と悪性な病気のための正当な治療です。この明言は、その他の何処にも見つける事は出来ません。

スミスの聖書用の辞書が鉄の定義を、ヘブライ語の piety (信心)として与えるのはとても興味深い事です。信心は神聖さと真の善なので、それはとても相応しいです。宗教(religion)は、結ぶ/縛る、背後で縛る、背中で結ぶを意味するラテン語のreligioから派生します。これは明らかに、(ゾディアックの)魚座と牡羊座のリンクの集結である、その輪の完成に対する類推です。その水が完璧化され、純粋化されると、そのは、透明な朝露に成ります。

ラテン語において、Ferrum (鉄分)と言う言葉は、産む、もたらす、運ぶを意味する fero と言う言葉から派生し、そしてこれは、この磁気的な塩の真の本質です。それは、生命の息吹であり、人の中の神のスピリットである酸素を産み、もたらし、運びます。

強さと確かさが必用な処で、鉄は使用されます。私達の最強の機械が、それから造られます。鉄と鋼鉄は、建物の骨組みに使用されます。体におけるその使用も全く同じで - 強さのためです。故に、体の中へと - スピリットである - 酸素を引き寄せるにおいて、人類は耐える為、そして権利のために戦うために、強さと共に供給されます。

ブリタニカ百科事典からの以下の情報は、鉄分と同時にその他の11種の塩が、血液によって吸収されると言う、シュースラー博士の生物化学的なシステムの中の彼の明言を証明します。

「無機的な塩が直接吸収されるかは、多くの論議の問題に成っていました;それは、しかしながら、クンケルとグールの実験(Archiv fur die gesantle Plzysiologie des A.J e11chen utzd der Tiere, lxi)によって直接証明されました。」これは、科学的に検証する事も無く、またはその他の人達の発見に関して、彼等自身を学習させる努力も無く、塩が血液によって吸収される、またはされる事が出来る事実を強く、そして怒りと供にさえも否定する者達に読まれるべきです。その研究が多くの国々において知られ、そして彼自身の祖国において、素晴らしい記念碑の設立によって敬意を示された、シュースラー博士の多大な実績は、生物化学の科学の価値の証明です。彼は、この時代の人達のために、それを再発見し、そして利用可能にしました。

聖書の逸話において、魚座は、ナフタリの部族と一致します。スミスの聖書用の辞書はこう明言します「ナフタリは、神聖なテント(天幕)の北に位置しました。」このテントが牡羊座以外では無いのが明らかなので、私達はその分配が正しいと確かにされるでしょう。Naphtha は、Naphtali と同じ語源から派生し、そしてそれは洗う事を意味するので、(酸素供給された血液である)動脈の血液が、高度に洗練されたオイルを含んでいなければならないのは明らかです。ギリシャ語におけるオイルのための言葉がクリストス(キリスト)なので、「イエス・キリストの血は、全ての罪から私達を洗い流す」と言う明言によって、何が意味されたのかは明らかです。正に真実において、その大いなる働きは、それぞれの人が、その人の血液を純粋化し、完璧にし、それがキリスト(オイル)の血に成る事です。

月経の期間の間、女性は不潔であると証明する多くの聖書的な証拠があります。派生が続く限り、不純も続き、故に不純混合です。進化のこの段階において、人類は、正しくは「不純混合の国家」と呼ばれるかも知れません。「流血無しで、罪の赦免は無い」ためで、民族の女性が、月経の血を流すのを止めるまで、そして転生しているエゴのため準備している形状のための必要性が存在しなくなるまで、罪、または不足、そして故に不純混合は、終わらされません。

月経、または生理的な血は、12支族、または体の12の部分である、国家の治癒のためです。特定のカルトによる最も有害な現代の教えは、この機能の継続をもたらそうとする実践で、そして更年期障害が起こった後に、復活させようとする試みです。

血が流され無く成れば、許されるための罪も無く成ります(許す、与える、善を成す、返す、供給する)。

ゾディアックの最後の2つのサイン(水瓶座と魚座)は、2つの統治者達を持つ唯一のものです。海王星が魚座の陽的、またはスピリット的な統治者である間、木星がその陰的な解釈を統治し、そして放蕩息子(浪費)を体現します。聖書的な逸話の中でその放蕩息子は、食べ物のために鞘しか持たず、豚まみれの深みへと降りて行きました。最終的に彼は、誰もが言う様に:「私は立ち上がり(上昇し)、私の父の下へ帰ろう、」と言いました。

バビロニアの創造神話の中で、私達は魚座が:妊娠した女性、コードの場所、魚、色黒の人、そして大いなる龍の様な、幾つもの解釈を持っているのを見つけます。ユーフラテス(中東)の領域において、魚座は Se-Kisl で、「種蒔き」を意味します。天界のこの部分は大いなる深み(great deep)と呼ばれ、その中には山羊座、イルカ、海獣、魚達(魚座)、そしてタツノコの様な海の多くの神話的な住民達が見つけられます。それらは、ゾディアックの最後の3つのサインを覆い、そして湿った、湿った空気(風)、そして磁気化、または活性化されたであると解釈される事が気付かれるでしょう。セム語において魚座はヌヌ(Nunu)で、ヘブライ語において魚がヌン(Nun)である事を私達に思い出させるでしょう。

カトリックの定義において、ナン(Nun/修道女)はイエスの花嫁で、そして故にメスの魚と呼べるでしょう。彼女は、彼女の中において、完璧な存在の創造のために、唯一責任のある、完璧さを体現する為だけに生きます。彼女は、体とマインドの絶対的な純粋さを体現します。最終的に、全ての女性達と、全ての男性達は、これが究極的な理想であると気付き、そして、少なくとも、それについて考え始めるでしょう。

牡羊座のサインが魚座のサインの境界線の中にある(隣にある)と着目するのは興味深い事で、それは疑う余地無く、それらの秘儀的な相互関係と、それらの間に存在している解く事の出来無い繋がりの証拠です。その子羊でさえ、魚で栄養を取らなければなりません。牡羊座(大脳)は主の夕食のために必要な食べ物(オイル)を受け取らなければならず、それ以外夕食はありません。パンは、上の室(大脳)の中のテーブルの上に置かれなければなりません。

これは、春分の部分で、その正確な位置は比較的に星の無いエリアです。その魚達(魚座)は天界的な主人(牡羊座)の先導者達と呼ばれます。この表現は、もし、小体が、身体生理学的な魚で、そして故に無数(の細胞)が、それらと共に栄養が与えられなければならないと言う事実が思い出されれば、より良く理解されるでしょう。そうでなければ貧血と、そして究極的に飢餓が結果します。

リチャード・アレンによると、魚座の早期の称号の幾つかは:ヘア、またはイアの魚達、ヌイとジブで、その後者の名前は、魚座がゾディアックの最後なので、境界線を意味します。Ia と Ja 、または Ya は同義語で、エホヴァ(Jehovah)の名前の最初の音節を表し、Ia と言う名前は - 始まりである - 生命の起源に言及しています。

スミスの聖書用の辞書は、「ジア(Zia)は、ガド族の一人です」と明言し、それは再び牡羊座に関連します。再び、ジビア(Zibiah)は、魚の卵を意味するはららご(ROE)のためのヘブライ語の言葉です。アトル(Atl)は、アステカ語の魚座のための名前でした。これは、アトランティック(Atlantic/大西洋)の名前が太古の起源で、産む/耐える事を意味し、故に創造する、または補佐するを意味する、ラテン語のatlas から派生したと、私達に思い出させます。それぞれの小体の中の神聖な魚、または生命の胚芽が、その補佐です。これは、ブラウンが保護として翻訳する、このサインのためのコプト語の用語、パイシス・ホリの解釈によっても協力証言されています。

この時点において、何故、占星学が魚座に対して敵を分配したのかを説明するのが相応しいでしょう。占星学の研究のいずれにも、説明は全く与えられていません。もし読者が、これ等のページを考えるために多くの時間と思考を与えられたら、はっきりとした結論が届かれたでしょう。魚座が敵に関係していると教えられた時、多くの人はこう尋ねるかも知れません:「もし、私がこのサインの下で生れたなら、私が敵を造ると言う意味なのですか?」現在、利用可能な秘儀的占星学の研究が殆ど無い事は残念です。

このサインとの関連における敵と言う言葉の真の説明は、敵が敵意を示し、反対する者で、非調和的な誰か、または何かであると言う事です。真の友人は、正にその正反対です。水瓶座は - 人道主義で、利他的で、善である - 友人に関係しています。その身体生理学的な関連において、水瓶座は血液の、役に立つ、活性化させる塩水の溶液で、生命の水です。

魚座は女性で、故に陰的なサインで、それは、基本的で、創造的な実質に拘わっています。血液の小体、または魚は、調和的(健康)で故に友好的か、またはそうではないかのどちらかです。血液の流れの中の病気で、不健康な魚、または小体は、体の真の敵を構成します。その数が多ければ多い程、脳に対する陰的な運動が、よりはっきりと成るでしょう。人の行動は故に、外側に敵を造る事に成るでしょう。真の魚座産まれは優しく、親切で、思考と行いにおいてキリストの様な人です。その様な人が敵を創造するのは、明らかに不可能です。

血液の流れが、大多数の「敵達」によって構成されている時、体の細胞が不調和であると言う事が必然的に続きます。精神的な活動が、制限され、そして限られていると言うのは論理的では無いでしょうか?人は、とても少ししか理解する能力が無く、そして故にあらゆる延長的で精神的な旅を行う事が出来ません。

脳細胞が更に不足していて病気なら、その行動は、より歪められていて、混沌的です。すると、幽閉が必然的に結果しなければならないのは、全く驚きでしょうか?故に、刑務所、病院、そして精神病院の必要性です。その前者が排除された時、その後者も自動的な無くなります。

魚座の名前としてダークな戦士が相応しいのは、生命、または戦っている力が、その胚芽の細胞の中に隠れているためです。

リチャード・アレンは、太古の時代においてそのサインは、唯一1尾の魚を意味していて、そしてこれは疑う余地無く「唯一無二」のイエス、その(THE)「水の中の魚」に関係していると述べます。陽(プラス)と陰(マイナス)、または男性と女性がハーモニー化、または完璧化された時、この長きに望まれた結婚が起こるでしょう。

豊かさ、または裕福さを意味する Revati と、Kwei 、または Koei - 大股に歩く足 - は、このサインのその他の太古の名前です。

リチャード・アレンはまた、こう明言します「ギリシャ人達はこの神を、ヴィーナス(金星)と共に一致させられる、もう一人のシリアの女神、アスタルテ(イシュタル)と混合させ;彼女は怪物、タイフォンの攻撃によって恐怖させられた時、彼女の息子キューピッドと共に、彼女自身をユーフラテス川へと投げ入れ;彼女らはその後、ゾディアックに入れられた2尾の魚に成りました。ラテン語の古典的な著者達は、その逸話の同じ土台と共に、魚座をヴィーナスと彼女の子供を危険から救い出した魚にし、故にマニリウスはこう述べました、

「ヴィーナスの、彼女の安全は、それら(の魚達)の姿の御蔭でした。」

この星座は、ヴィーナスとキューピッド、シリアのヴィーナス(イシュタル)とキューピッド、ヴィーナスとアドン(アトン/アドニス)、ディオン(ディオ/神/ゼウス)とヴェネリス・マター(母ヴィーナス)、そしてまた、サルメーシア(コーカサス)のアフロダイテ(女神)、ウラニアとして知られます。この全ては、恐らく、魚が神聖であると言う、シリアのアイデアの基礎でしょう。彼等は実際に、それら(魚)を食べ物の一部として見る事を拒みました。オーヴィッド(詩人)はこれを、Fasti の中で繰り返し、ゴーワーの翻訳はこう述べます;

「故に、シリア人達は魚のその種を食べる事を嫌い;
彼等の神々に、それらの皿(魚)を捧げる事も相応しくは思いません。」

前述の章の中で与えられた光の中で、上記が言及するのは食べ物としての魚だけでは無く、人の中の神々に栄養を与えるための、その唯一の目的であるそれらの生命の胚芽を相応しく無く、食べる、または消費する事に、特に言及しています。

これはまた、何故、占星学的な逸話においてヴィーナス(金星)が魚座の中でエグザルト(exalted/高揚)されたと言われるのかを説明し、この振動が水の中に入り、純粋化されて台頭するためです。故にこの時点において、ヴィーナスが海王星/ネプチューンに成るのは、その後者がヴィーナスの、より高いオクターヴ(音階)であるためです。

ヴィーナスが、乙女座の中で彼女の下降にあると言われるのは、何故ならそれが彼女の労働の場で、それに彼女がマリー・マグダレン(マリア・マグダレナ)として入るためです。彼女はイエス(魚座)の足を洗わなければなりません。彼女は故に、魚座の中で彼女が始めなければならない働きを開始します。此処において彼女は上昇し、イエスと共に一つにあります。

考える人、真実のための切実な学生で研究者は、この逸話の全てについて、そして化学、身体学、宗教、そして占星学がどれだけ切り離せられないものかを、気付かずにはいられません。

魚座の最初のディーカン(30度の内の10度)は、子羊(牡羊座)によって持たれている、その魚達を結んでいるコード、または帯を含み、その二重の端は、太陽にとって神聖である、イルカであるセトゥス(星)に対して縛られています。

このサインの2番目のディーカンの中にあるのは、大いなる勝者と主として王の冠が与えられたセフェウス(星)で、帯、またはセプター(王杖)を持っていて、そして彼の足は北極星の上に置かれています。

魚座の3番目、そして最後のディーカンは、メデューサの頭の蛇達によって脅かされた、椅子に座った女性であるアンドロメダ(星/星雲)です。次の牡羊座の最初(のディーカン)の中に、私達はカシオピアを見つけます。此処で、幾つかの説明の言葉が与えられなければなりません。

ユーフラテスの星の逸話の中でカシオピアは、カッセバ(Kasseba)、またはコーンの淑女(乙女座)と呼ばれています。セム語において、彼女は Zir-banitu で、種を創造する女神(イナンナ)です。両方とも、秘儀的な占星学の光の下で、理解するのは簡単です。コーンと種は同義語で、そしてこの場合、大脳的な種(オイル)、または電気的な中核に対する類推です。ユーフラテスの星の逸話のその他において、アンドロメダは懐妊した女性と呼ばれ、それを解釈する事が難しくは無いのは、海王星(ネプチューン)がそのヴィーナス(乙女/金星)で、そして故に、正に神 - アリエス(エアリー/牡羊座)の - 母に成るためです。

その2尾の魚達を結んでいるコードは、それらが分離させられてはいけない事実、そして子羊がもう生贄にされないために、男性(陽)と女性(陰)が一つに成らなければならない事の象徴です。

パイシス・オーストラリア、南方の魚は、リチャード・アレンが明言する様に、「その瓶からの注ぎ出しの全てを『飲んでいる』と見られます。その流水を飲んでいる魚のアイデアは太古のもので、パイシス・アクオサスの称号に派生を与えたかも知れず、オーヴィッドとゲオルジックの第四巻に見つけられる様に、この星座に一般的に言及され、ヴァージルは蜂蜜の収穫を集めるための時期の彼の指標として記述しました。

上述の秘儀的な解釈に関連した情報が、全く利用可能では無いのは、残念な事です。ですが、水瓶座と人の息子の真の意味に気付いた人達は、それを正しく分析する事が出来るでしょう。その生命の胚芽(魚)は、生きている水を彼が飲んだので、もう喉が渇いてはいません。蜜蜂は、太古の記述におけるスピリットの象徴なので、その水は、オリンポス山(大脳)に彼等の住処を持っている、内なる神々に栄養を与えるために特別に準備された蜜と不死の妙薬に成ります。

早期の伝説において、この魚(オーストラリス)は、その他の二匹の親です。それは水瓶座のとても近くにあるので、これは本当かも知れませんが、それがハーモニー(調和)化された北方と西方の魚達の子供と考えるのが、より論理的かも知れません。それが、エジプトにおいて崇敬され、魚の神、または救世主である、大いなるオアネスと共に関連させられていた事実において後者の証拠があります。私達の詩人、ロングフェローは、それを金魚と呼びました。

「モザイク派は、その星座がサレフタ(Sarephtha)の未亡人に帰属する食事のバレル(筒)を体現すると信じましたが;シッカード(Schickard)はそれを聖者ピーター(ペトロ/石)によって、その口の中のお金の欠片と共に食べられた魚であると主張します」と、リチャード・アレンは述べます。

上述は、食事を手に取り、彼女のケーキ(パン)を造るためにオイルと混ぜ合わせた未亡人の、聖書的な逸話に対する類推として見られるでしょう。これは、その処女(乙女座/純粋な素材)が、生命のパン(魚、または神聖な胚芽/オイル)を造るために、洗練されたオイルと共にその食事、または土の塵を混ぜ合わせる事の象徴で、それは同時にその夕食(オイル)と主、彼自身(大脳)と一つで同じです。

中国人達がそれを Tien Tsien 、天界的な現金と呼んだのは興味深い事で、それが論理的で、考え過ぎでは無いのは、完璧化された小体(遺伝子/細胞/血球)、または生命の胚芽(オイル)が、その領域における真の貨幣で、本物の宝物で、それが常に天界(大脳)へと、持ち上げられなければならないためです。

ガスケル氏はこのサインについて、こう述べます:「生命の輪(ゾディアック)の12番目の期間で、それは、ブッダ的な平面(領域)の進化の最後の期間です。その輪が閉じる際に、キリストの魂(「Fish」であるイエス)は、(より高い自己である「FISH)であるキリスト(オイル)と一つに成り、または救われた魂が、救い主と一つに成り、 - そのより低い意識が、より高いものと共に統一します。」

「恐らく、早期のキリスト教の『魚』のシンボル(象徴)は、パイシス(魚座)によって説明出来るでしょう。カタクーム(お墓)のランプの上には、お互いを飲み込みあっている2尾の魚があります。」 - A. ジェレミアス、旧約聖書. 第一巻、76ページ。

「魚座は(ゾディアックの)最後のサインで、コード(紐)によって結ばれた2尾の魚によって体現されました。愛と深い同情は、魚座の真の本質です。」 - ヴァンストーン。

「魚としてのイエスは、人間の魂の救世主としての、より高い自己の象徴です。その『大いなる海』は創始的な『水』で、真実の象徴で - その絶対から流れ出す現実です。そのより高い自己は、その真実の海において我慢し、現れ;故にその魚の象徴は、存在の現実の中の、スピリット(霊)的な生命です。

聖書がイエスを子羊として言及するのは奇妙な事でしょうか?何故、それは、「イエスは水の中の魚である」と述べるのでしょう?占星学唯一が、その謎に対する大いなる鍵を持っていると理解するのは、簡単な事では無いでしょうか?

此処において再び牡羊座を記述する事が必用なのは、魚座が魚であるイエスに関連する間、そのゾディアックの最初のサイン(牡羊座)は、「世界の罪を取り払った神の子羊」である、キリスト化(オイル)されたイエスと共に関連しているためです。「人類のための神聖な生贄としてのキリスト(オイル)の象徴です。その若い牡羊(牡羊座)は、現れの輪の上に入る事における、そのより高い自己の犠牲の世界的な象徴です」と、ガスケル氏は述べます。

更にもっと完全に説明するために、そのより高い自己は融合され、制限されます。それが、単純にこの乗り物なのは、何故ならその後者が完璧に成らなければならないためです。それは、スピリットが使用するための、十分な機械を成していません。その意味は、身体生理学的、そして化学的に説明されるまで鮮明ではありません。そのスピリットは、言うなれば、体が完璧にされるために待っている間、その時間を犠牲にします。より良い理解は、体の中のスピリットを、機械を起動させる力(電力)に結び付ける事で得られるかも知れません。その後者と共に、何かが異常なら、その機能は正しく行われる事は出来ません。力(電力)は非難されるものではありません。その機械が調整されなければなりません。それは治されなければなりません。

ガスケル氏は更にこう述べます「イエスは、ジョシュアやジョホシュアと言った変形を持つ包括的な名前なので、それが象徴的な意味を表す前に、特定の描写された種類が分配される事が必用かも知れません。」

「誰がその深み(黄泉の国)も降りるのか?(つまり、キリスト/オイルを死から蘇らせるのか)。ローマ人への手紙10:7.「それは、キリストを死人の中から引き上げることである。」

上昇するために - 拡張の - より高い振動率が必要です。呼吸するためには、酸素が体へと取り込まれなければなりません。キャリー博士が、リン酸鉄、または鉄分を、魚座と共に正しく分配したのは既に確認されました。

形状の始まりは牡羊座です。太陽が、ゾディアックのサインを通る際に、構築の働きの特定の形状が、それぞれにおいて行われ、そして最終的に12か所の部分が完成されます。9カ月の妊娠の後、その子供は産まれ、そしてもし、その肺の血液の細胞(血球)の中に十分な鉄分が有れば、それは呼吸しますが、そうでなければ(呼吸)しません。

鉄は最も重要な一つで、自然界において最も豊富な金属の一つであると言われます。それは、最も早期の時代から知られていました。トゥーバル・ケインは、金属の技術家であると言われました。土の中に見つけられた鉄は一般的にニッケルを含み、隕石的な起源であると言われます。この筆者は、ミリケン博士による新たなエネルギー光線の発見に繋がったのは、水の中におけるこの種の鉄分の存在であると確信し、そしてそれは「牡羊座的な鉄分の光線」と名付けられるべきでしょう。

この光線に関する実験が、氷河から注がれた湖の水の中で行われると、より良い結果が得られるのは、この筆者がエーテル的な鉄分と呼ぶ事を好む、その隕石的な鉄分が、その様なものとして、自然的に積雪において降らなければならないためです。これが、「雪は貧乏人の肥料である」と言う明言の背後の説明です。

空気、そして特に高い(大気の)層が、目に見えない粒、または鉄分の原子によって満たされていると信じるのは論理的で、占星学と生物化学を共に証明の方法として、否定不可能なものです。多くの人達はそれらを見る事さえ出来ますが、何らかの視力の問題だと考えました。

輪(ゾディアック)の中の人の幾何学的な図は、足を頭の上に置きます。これはまた、子宮の中の子供にも真実です。当然、続かれなければならないのは、マクロコズム(大宇宙)について真実である全ては、ミクロコズム(小宇宙/人間)においても真実で、その後者は小規模なだけであると言う事です。故に頭上の水性のエーテルは、鉄分の最小の粒子と共に満たされていて、地球と人の体の中の鉄分と同じです。

1 SYNCRTWTRMRKD

鉄分が無ければ、エーテルがそれによって、人の体と地球の体に浸透する方法がありません。私達は、鉄分、または Ferrum (リン酸鉄)と言う言葉を分析し、その秘密に対する解決を見つけましょう。そのラテン語の言葉はフェルムで、創造する、形成する、産む、故に生を与えるを意味する動詞、fero から派生します。それが、全ての物事が存在するために必要な塩であると言う事に、何らかの更なる証明は必要でしょうか?それは実際に、生命を生み出し - 生命を保ちます。

fervor と言う言葉は、同じ語源から派生し、沸騰している熱を意味します。Ferocious は、凄まじい、乱暴、無礼、操作されていないエネルギーを意味します。Ferox は、勇気、常識、高いスピリットのためのラテン語の言葉です。この後者の定義は、人が血液において鉄分が不足している時に、虚弱で、元気が無く、積極的では無く、落胆し;そして血液に(鉄分が)良く供給されている時に、強く、元気で、活発で、生き生きしていると言う事実に関連して、この章の以前に与えられた説明を確認します。

エネルギーは優しさと共に落ち着かせ(temper)られなければならないので、鉄分も、それが伸縮性を保つために、固く成ったり、弾力が失われない様に、落ち着かせられなければなりません。「鋼鉄は、鉄にとても良く似ていますが、それから分別される方法は、それがとても固く、そして熱せられ、急速に冷やされた時にもろく成ると言う特徴的な性質によってのみです。慎重な再加熱によって、そのもろさの特徴は減少させられ、その鋼鉄は高度に弾力的に成り;この行程は焼き戻し(tempering)とよばれています。(ジョージ F. ベイカー医師著、無機的な化学

以下に与えられる症状の多くが何故、鉄分の不足から派生するのかを理解するのは難しくは無いでしょう。良い気質が、鋼鉄の様に temper (落ち着いた/焼き戻し)された本質の結果であると気付くのに、それ程考える事を必要としないでしょう。血液の中に自然的な量の鉄分があり、故に脳細胞の中にもあれば、人は何事にも動揺させられません。感覚と感情は、fever (発熱/興奮)の熱へと上昇させられず - そして、ついでですが、fever と言う言葉もその同じ語源から派生しています。すると、シュースラー博士が、Ferrum (リン酸鉄)、または鉄分を、発熱のための特徴とするのは奇妙な事でしょか?その使用は、素晴らしい結果をもたらします。そして、それが実際に、血液の中へとスピリット、または宇宙的なエネルギーの供給を増幅させ、そして其処から体の全ての部分をより生き生きとさせるので、驚きでは無いでしょう。

その土(様々な塩のコレクション)に、この素晴らしい塩がとても多く含まれているとは、その計画における大いなる設計者(神)の英知はどれ程、偉大なのでしょう。サー・トマス・ヴァウガンは、彼の研究の中でそれが、マグネシウムのためのとても大きな引き寄せ合いを持ち、それらが一緒に機能すると明言します。これを理解するのはとても簡単です。マグネシウムは、思い出されるでしょうが、運動している、または磁気的な塩ですが、それが運動出来るためには、その中に何か、または追随する何かが無ければなりません。Ferrum (リン酸鉄)が産むを意味し、そしてマグネシウムが動くを意味するので、それらが一緒に機能しなければならないのは明らかです。

強さ、力、確かさ、そして持久力に乏しい人は、鉄分がとても不足しています。「コンプレックス」は、血液のために、より多くの鉄分を用意する事によって解消されます。実際に、「コンプレックス」と言う言葉は、ごみの山へと引き渡される事が可能で、そして決して取り戻したいをは思われないでしょう。

鍛冶屋は、特に鉄において、金属を加工する人です。彼の特定の仕事は、FORGE (鍛える)事です。故に彼の働きは此処、魚座と牡羊座の間において、生命の輪(ゾディアック)が一つに forge される(繋げられる)ために必要とされます。すると、血液における鉄分の重要性がどれだけ大きいのかは、明らかではないでしょうか?

ブリタニカ百科事典は、スミス(smith/鍛冶屋)の原型的な解釈を、smite (打つ)者とするのは、考え過ぎで、応用可能では無いと明言します。その両方の言葉の語源が同じものなのに、どうしてこれが真実である事が可能なのでしょう?鍛冶屋(smith)は鍛える(forge する)ために、打つ(smite する)事を行わなければなりません。更に加えてその打つと言う言葉が最も光を灯すのは、火花を産出するのが、打つ行為であるためです。その生命の火花は実際に、ヴァルカンの forge (鍛冶場)から飛び放たれます。

鍛冶屋はまた、形を整え、形成させる職人です。ギリシャ語において鍛冶屋は、彫刻師の道具を意味します。その元々、または原型的な感覚(その意味の源泉)において、それは宇宙的な彫刻師であるスピリットに言及します。それによって人の形状を創造したダイアモンドの先をした道具を、スピリットはどれだけ達者に導き操作したのでしょう。

fabric (繊維)と言う言葉は、forge と同じ語源から派生しました。彫刻師の切断の道具である Burin (たがね) が、temper (打たれた)鋼鉄で造られていると学ぶのは、どれだけ興味深い事なのでしょう。

太古の多大に歪められた逸話において、イエスは CARPENTER (大工)であったと言われます。単純に、人々は、言葉の語源を調べようと全くしないので、どれ程、この全てが混乱させられてしまったのでしょう。それらは全て、内側の代わりに外見で応用されています。

大工(carpenter)と言う言葉は、ラテン語の carpere と言う動詞から派生し、職人と同時に、話す事を意味します。奇妙ですが啓示的な定義が、話す事のためのサンスクリット語の - SPHURJ - から得られ、それは火の火花を意味します。牡羊座の最初の章の中で、話す事がサンスクリット語で蛇を意味する HISSING NAGA (シューシュー音をたてるナーガ)と描写された事が思い出されるでしょう。(脳と神経を通して機能している)マインドが、口、舌、そして喉の筋肉を動かしエネルギーを方向付ける事によって、シューシューと言う音が派生させられます。

故に、大工、または職人と言う言葉の裏に、私達は創造者、または産出者と言うアイデアを見つけます。大工だったイエスと言う名前のについての、歴史的な記述は存在していません。

ですが、血液の全ての小体(遺伝子/細胞/血球) - 故に全ての魚は - 効能的なイエスで、そして故に、大工、または職人です。そしてもっと特定的に彼がそれぞれ一つ一つの中の鉄の磁石と言えるのは、スピリット、またはエーテル的な酸素が、生命に魂を与えているためです。

ヘブライ語において、ケイン(Cain)、またはカイン(Kain)は SMITH (鍛冶屋)を意味し、その間、タブル(Tabul)、またはトゥパル(Tupal)は、鉄の塊(鉱滓)を意味します。鉱滓は「Scoria」、または REFUSE (廃物)なので、血液における廃物は、鉄分の存在だけが可能にする燃焼において消費されなければなりません。

鉄のリン酸が血球の色を赤くするのはよく知られています。それは、体の全ての部分に、酸素を運び(産み)ます。それは、生命を保つ(強くする)重要な力です。キャリー博士はこの塩についてこう述べます:

「血液の中に、鉄分の正しいバランスが無ければ、健康が保たれる事は出来ません。このセル-ソルトにおける不足が起こると、(血液)循環が増幅するのは、限られた量の鉄分と共に、体の繊維の全てへと酸素を運ぼうと血液が試みるためで、よりゆっくりな速さで10人によって行われる働きを、より速い速さで7人で行うのと正に同じです。

「この増幅させられた運動は、熱力学の法則によって、熱に変えられ、発熱/風邪と呼ばれます。ヒポクラテスからコックまで、あらゆる全ての医学的な記述を調べても、あなたは生物化学の病理学によって提供されたものよりも、優れた真実の「発熱」に対する定義は見つけられないでしょう。患者において「not at ease/楽では無い/病気」の状態を原因するのは、発熱、または熱だけでは無く、鉄分の粒子における不足と、結果的な酸素の欠如です。この粒子的な障害は直ぐに、その他のセル-ソルトの継続性を壊します。消失しているリンクが直ぐに補われないなら、鉄分(魚座)の不足は、殆ど常に、塩化カリウム(双子座)の不足に続かれます。」

生命の「お化け(厄介者)」の一つは一般的な風邪で、推測された黴菌、または病原菌を科学者達は長い間無駄に探しました。彼等はこれを認めます。彼等が決してそれを見つける事が出来ないのは、それが存在しないためです。風邪は、それによって親切な母なる自然が、大規模なカルシウム不足のために蓄積した粘膜、または非-機能的なアルブミン(たん、または粘液)を体から排除する大掃除の行程です。山羊座とリン酸カルシウムの章を思い出すと、私達はこの塩がその他の何よりも大きな量で必要である事を思い出します。食生活が、カルシウムの錠剤によって補給されなければ、十分な量は決して得られません。

鉄分の不足の規模に比例してして「風邪」は発熱を共にし;そして鼻の穴と口を通して排出される粘液の特徴と色は、生物化学的な病理に沿った不足の総意によります。

「風邪」には2つの形状があり、鼻づまりと鼻水です。前者の場合、塩化カリウム、フッ化カルシウム、硫酸カリウム、シリカ、そしてリン酸鉄と同時に、リン酸カルシウムが大量に不足しています。人は鼻づまり、だるさ、そして時には発熱を感じ、粘液は濃く、固く、そして立ち上がるのが難しいでしょう。後者の場合、ソディウム(ナトリウム)のコンビネーションがとても不足していて、それは粘液がとても水っぽい特徴に成る原因に成り、くしゃみと涙目を共にします。

リン酸鉄不足による多くの症状の幾つかは:めまいの原因に成る頭への血液の急速な上昇;あらゆる原因からの脳の充血;脳への怪我;眠りが結果出来る様に、頭の中の血管の壁に対して、血液を吐き出す事が出来ないための不眠症(それらは、それらの弾力性を失い、通常の循環を補佐しません);脳炎;めまい;感情的なアンバランス、または発狂;頭への血液の急速な上昇に伴う頭痛;鈍く、鼓動し、ズキズキ打つ特徴の頭痛;接触にとても敏感な頭;髪を引っ張るような痛み;うっ血(鼻血は軽減し、そして多くの場合、命が救われる方法です);全ての発熱;丹毒;腫れた歯茎(部分的な応用);出血;炎症を示唆する(牛肉のステーキの様に)とても赤い舌;喉の痛み;鮮明な赤い血液の吐血;全ての炎症の第一段階;肛門の筋肉の弱さからの、尿の失禁;膀胱炎;腎臓の上の腫れた痛み;腰痛;筋肉痛と肌の敏感さと腫れた痛み;弱く、腫れた関節;真っ赤な月経的な排出;心臓の胸騒ぎ;貧血症(一つの形状);いずれかの血管における血液の集結である - 充血;背中の筋肉痛です。

全ての種の骨折と怪我は、治癒的な酸素の更なる供給と、不要物と毒が排出される事を可能にするために、この塩の十分な使用を必要とします。実際に、その他の何の不足が存在するかに拘わらず、この塩は常に必要とされます。このための理由は明らかで、鉄分が、血液に入っている治癒的なスピリットの方法であるためです。

怪我をした時に、体の表面に対して、鉄分の応用が達成する事は、素晴らしい事です。少々水分を加えられた鉄分から造られたクリームと共に、切り傷や青あざが覆われるので十分です。それは、綺麗に治り、傷跡を残さないでしょう。古傷は、自然がその部分を治し、傷を残さないために、十分な素材を彼女が持っていなかったと、私達に教える方法です。

「この塩の下(不足)における全ての不具合は、充血的な本質で、故に冷却によって和らげられ、運動によって悪化させられます。その冷却は、その充血に対して直接応用されるべきで、そうでなければ和らぎは感じられないでしょう。もし、その炎症が、より深く根差しているなら、より深い血管の充血の和らげるために、熱が応用されるべきです」と、キャリー博士は述べます。

鉄分の不足は、私達が以前に明言した様に、体のの圧力が、その中のものよりも、多大に大きいので、鬱、脱力、そして人が完全に打ちのめされた感覚の原因に成ります。その血液は故に毒され、特にポタシウム(カリウム)の不足は常に鉄分の不足を共にするので、最終的にとても腐敗します。

この章を閉じるため、そしてこの本を完結させるために、海王星の現在の位置に関連した幾つかの言葉が、絶対的に必要です。

魚座のスピリット的な統治者である海王星は、1928年において乙女座に入り(2016年現在は、魚座)の中に入り、そのサインを通過するには14年が必要です。魚座の章の中で与えられた事が頭脳的に消化された後、乙女座、射手座、そして双子座を再検証してみて下さい。それらの本質と活動、そして人の体の部分、更にそれらが分配される宇宙は、間違い無く乙女座を通ったこのスピリット的な惑星の通過に拘わっています。マクロコズム(大宇宙)的、そしてミクロコズム(小宇宙/人間)的な大掃除が始まり;故に、存在する力(i.e. 神/宇宙/自然)によって、汚れ、嘘、そして誤った方法の暴露と排除が開始されました。

これは、牡羊座の中の天王星(2016年現在も再び、牡羊座)によって強調され、全ての間違ったアイデアと意見の排除と同時に、多くの場合において、考えていない人達の脳細胞を倒壊させる事を補助しています。世界の若者達は、宗教と法律(射手座)の解釈、教育的な方法(双子座)、医療科学と健康と衛生と呼ばれるもの、労働と雇用の状況、富裕層と貧困層の間の微妙な(現在は、多大な)階級の違い(乙女座)、そして最後に成りますが、あらゆる意味において全てではありませんが、モラル(道徳/魚座)、そして過去において与えられた、それらに関する全く歪められた説明の全体において完全に不満足です。彼等はそれらの全てを排除し、そして新たなスタートを行っています。彼等は、彼等が進む際に、経験の方法によって、彼等自身のために学んでいます。人が教会に行かないからと言って - その人が神を見つける事を求めていないとか、何が正しい事で、何が正しく無いのかを学ぼうとしていないと言う証明には成りません。

もし人々が、救いと、どうして、そして何故、科学と宗教が双子の兄弟なのかの、論理的な説明を得る事が出来ないなら、彼等は教会に出席する関心を失うでしょう。教会が既に、出席を得るために、あらゆる方法を行い、多くの奇妙な方法を利用していると言う多くの証拠が存在します。

隠されているものが何か、そしてどれだけ長く隠されて来たかに拘わらず - 海王星はそれを今、明かすでしょう。日の光に当たる(透明化される)事の出来ない全てが排除されなければならないのは;地球の奥深くにおいて乙女座の母体が現在、神聖な光線によって振動されているためです。もしそれが、働きのために十分に見つけるなら、それは新たな人の胚芽(オイル)を創造し始める(覚醒し始める)でしょう。

そして海王星は海と地上の両方の深さのスピリット的な統治者なので、私達は今、必然的に結果する揺れのために準備をしなければなりません。私達は既に、海底が変化していて、そして新たな大陸が浮上する準備をしている証拠を有しました。当然、現在存在しているもの(大陸)は、圧迫され、そして(海に)沈むでしょう。それ自体のサインである魚座の(ゾディアックの)正反対の乙女座の中の海王星は故に、地上へと海の水を引き寄せ、津波が結果するでしょう。波は、この惑星が乙女座を通ている期間の間に高く成る傾向にあり、そしてこのサインの中に月が同時にある時に、特にそうなるでしょう。新月の時には、波はとても高く成ります。

来年(1932年)の夏に、強力な惑星、木星が乙女座に入る時、これは強化されるでしょう。水不足に対する多くの不満がありましたが、多過ぎるのも、少ないのと同等に厄介です。ミシシッピーの峡谷の近くに住んでいる先住民達でさえ - 「水害が来る」と「大いなるスピリットが彼等に伝えた」と彼等は述べます。

私達は、自然ととても親密に生活し、人工的なものの全てから程遠い、それらの人達に対して、微笑む必要はありません。

自然は、彼等に対して彼女自身を現れさせ、そして彼等は、彼女の気分の全てを観測します。彼等は、リスがそれらのための冬の食料を早い時期に集め始めた時、その季節(冬)が素早く近づいている事を知ります。これは、彼等が使用する多くの鍵の一つでしかありません。自然の神は、彼女の近くで生活する者達、彼女の法則が何であるかを見つけ出そうと試み、それに従おうとする者達に、親密に語りかけます。

「私は汝に言おう、あなたの敵を愛しなさいと。」 - マタイ5:44.愛は理解を意味するので、(脳の中で敵意の思考を創造する)私達の中の敵の細胞、または小体の存在が見つけ出されなければならない理由は明らかです。故に星的-生物化学がその鍵です。その(宇宙/自然の)法則に対する完璧な従いが、安全に結果するのは、聖書が明言する様に、「知恵のある人の教えは命の泉である。」 - 箴言13:14.これは何故、射手座(法則)が魚座(生命の泉 - 血液)にスクエア(90度)なのかの理由です。

「何年も、何年も我慢強くその魚(キリスト/オイル)は、ヒマヴァン(人格化されたヒマラヤ - 水の源泉)の頂上(大脳)にその船が終に辿り着くまで、唸る水(脊椎)を渡ってその船を推進し;その後、穏やかに笑いながら、故にその魚は、その賢者にこう言いました - 汝の船(オイル)をこの高い険しい岩山(大脳)に結ぶ事を、汝は急ぎなさい。

♈ ♓

XIII. COSMIC EMBRYOS; THE PATH OF ENERGY
13.宇宙的な胎芽;エネルギーの通り道

XIV. THE ALLOCATION OF COLOR WITH THE ZODIAC, THE ZODIACAL SPECTRUM
14.ゾディアックとの色の配置、ゾディアック的なスペクトル

INDEX
インデックス

The Chemistry of Human Life
人間の生命の化学
Pdf ファイル(4.0MB)
http://www.globalgrey.co.uk/the-chemistry-of-human-life/

1the chemistry of human life


TABLE OF CONTENTS
目次

The: Chemistry of Wisdom 7
英知の化学

A Word from the Chemistry of Life; 9
生命の化学からの言葉

Biochemistry - the Stone the Builders Rejected 11
生物化学 - 建築者達が拒否した石

Fundamental Principles 14
原理的な原則

Biochemistry and the Biochemic Pathology 16
生物化学と生物化学的な病理

The Chemistry of Blood and Tissue 17
血液と筋肉組織の化学

Cellular Pathology . . 21
細胞的な病理

The Views of Scientists 23
科学者達の見解

The Biochemic Pathology of Exudations, Swellings etc 26
出液と腫れの生物化学的な病理

Chemical Operation 28
化学的な機能

Man's Divine Estate 29
人の神聖な体

Intuition, or the Infinite Vibration 31
直感、または無限の振動

The So-called Elements 33
要素/元素と呼ばれるもの

Esoteric Chemistry 35
秘儀的な化学

The Fallacy of the Germ Theory of Disease 37
病気の病原菌理論の間違い

Diphtheria 46
ジフテリア

Cholera 48
コレラ

Pneumonia 51
肺炎

Lesson 1 53
レッスン 1

Lesson II 56
Lesson III 58
Lesson IV 60
Lesson V 63
Lesson VI 64
Lesson VII 66
Lesson VIII 68
Lesson IX 71
Lesson X '. 73
Lesson XI 75
Lesson XII 77
The Coming Man 78
人の再来(変格)


Tree Of Life
生命の樹
Pdf ファイル(8.1MB)
http://www.globalgrey.co.uk/tree-of-life/

2tree of life

Contents
目次

Introduction
始めに

Part One:
Wonders and Possibilities of the Human Body
人体の不思議と可能性

Part Two:
The Bridge of Life
生命の架け橋

Part Three:
Optic Thalamus
視床

A Vision of Immortality
不死のヴィジョン

The Wonders Of Human Body
人体の不思議
Pdf ファイル(7.6MB)
http://www.globalgrey.co.uk/the-wonders-of-the-human-body/

3the wonders of the human body

Table of Contents
目次

PART ONE
DEDICATION v
献辞

INTRODUCTION vii
紹介

FOREWORD ix
前書き

THE WONDERS OF THE HUMAN BODY 13
人体の不思議

TRANSMUTATION OR TURNING WATER INTO WINE 30
変格、または水をワインに変える

PSYCHOMETRY 34
精神測定

IT, THE ETERNITY OF PERFECTION 37
それ、完璧の永遠性

ALCHEMY, BIOCHEMISTRY, WIRELESS TELEGRAPHY AND MENTAL HEALINGS 52
錬金術(化学)、生物化学、無線電報、そして精神的な治癒

THE END OF THE WORLD ASTROLOGICALLY CONSIDERED 58
世界の終焉 占星学的な熟考

THE MARVELS OF THE TWELVE MINERALS OF THE BODY. ... 61
人体の12のミネラルの素晴らしさ

PARADOXES OF CIVILIZATION 63
文明のパラドックス(矛盾)

THE NEW NAME 70
新たな名前

PART TWO
PHYSICAL REGENERATION 75
物理(身体)的な再生

THIRTEEN, THE OPERATION OF WISDOM 81
13、英知の機能

DANIEL IN THE LIONS' DEN 87
ライオンの巣の中のダニエル

NOAH, THE ARK AND THE ANIMALS 96
ノア、箱舟、そして動物達

TRANSLATIONS OF SCRIPTURE 101
聖書の翻訳

JOSHUA COMMANDS THE SUN AND MOON TO STAND STILL. . 103
ジョシュアが太陽と月に留まれと命令する

THE ANTI-CHRIST 105
アンチ・キリスト

THE MYSTERY OF MASON REVEALED 113
メイソンの謎が明かされる

As A MAN THINKETH IN His HEART So is HE 116
人は、彼の心で考える故に、彼はそうある

A VISION OF IMMORTALITY AND THE NEW AGE. . ... 123
不死のヴィジョンと新たな時代

神-人:血肉にされた言葉
George W. Carey
ジョージ W. キャリー

http://chilledvodka.blog.fc2.com/blog-entry-327.html

4God Man

名前のカラクリ/神の子羊

'The Lamb of God' - Syncretism with Santos Bonacci


http://en.wikipedia.org/wiki/Capitis_deminutio

Capitis deminutio または Capitis diminutio キャピティス・ディミニュシオ/文字通り、「頭の減少」は、ローマ法における用語で、パーソン(person/法人)の正式な法的能力の全て、または一部を消滅させる事に言及しています。

異なった成り行き的な結果に伴う3つの状況、または状態、maxima (マキシマ)、media (ミーディア)、minima (ミニマ)があります。その最大級、キャピティス・ディミニュシオ・マキシマは、(例えば、奴隷にされたり、戦争捕虜に成る様に)自由、市民権、そして家族の消失を含みます。次の変化の状態は、キャピティス・ディミニュシオ・ミーディアで、個人的な自由の没収を含まない、市民権と家族の消失によって構成されます。最も軽度な状態の変化は、キャピティス・ディミュニシオ・ミニマで、人が、自由、または市民権の消失を伴わず、特定の家族に帰属する事を消失する事で構成されます。

e.g.:

キャピティス・ディミニュシオ・ミニマ - yamada taro

キャピティス・ディミニュシオ・ミーディア - Yamada Taro

キャピティス・ディミニュシオ・マキシマ - YAMADA TARO

(欧米の身分証明書、出生証、銀行などとの契約書、等々は全て大文字で記述されるマキシマ(奴隷)です。)

キャピティス・ディミニュシオ・マキシマ

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ブラックの法律辞書は、以下の定義を供給します:

キャプティス・ディミュニシオ(地位が減少していると言う意味)ローマ法において。個性の減少、または短縮で;人の地位、または法的な特質と権利の消失、もしくは削減です。

キャプティス・ディミュニシオ・ミニマ(地位消失の最小限の意) -  最小限、または全体的に最も軽度な地位の消失です。これは、人の家族関係だけが、変えられた時に派生しました。これは、彼自身の主人(sui juris)だった人の越権[誇り]の上、[あらゆる法的な無脳さの下では無い彼自身の権利]、または、patria potestas [親/主人的な権威]の下から解放された者の上に派生しました。それは自由と市民権の権利を変化させませんでした。

キャピティス・ディミュニシオ・ミーディア(地位の消失の中間の意) - 地位の消失の、より低いもの、または中間。これは、人が、彼の自由を失わずに、彼の市民権の権利を失う際に起こりました。これはまた、家族的な権利も取り上げます。

キャピティス・ディミニュシオ・マキシマ(地位の消失の最大級の意) - 地位の消失の最大級、または最も完全なものです。これは人の状態が、自由なものから、彼が奴隷に成った時に、奴隷のものに変えられた時に起こりました。それは市民権の全ての権利と、全ての家族的な権利を一掃しました。

ディミュニシオ: ラテン語。市民法。減少;取り上げ;消失、または悪化。

キャピテ: ラテン語。頭によって。

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