日本からの最新レポート

Eustace Mullins
ユ―スタス・マリンズ

Exposes & Legal Actions (1991-97)
暴露&法的処置
http://www.eustacemullins.us/wp-content/works/Articles/Eustace%20Mullins%20-%20Exposes%20and%20Legal%20Actions%20%281991-97%29.pdf


パート27:
日本からの最新レポート

1997年の4月23日から5月7日まで、私は再び日本で講義を行いました。この旅では、殆どの講義は、日本の人口の約3分の1のおよそ3,000万人が住む、不規則に広がる大都会、東京で行われました。1997年5月3日の憲法記念日の遵守(じゅんしゅ)を毎年行う日本の人々に加わるために、私は招待されました。私はあえて、祝賀ではなく遵守と言いますが、何故なら、このイヴェントは、大抵、全国を通して占領軍から押し付けられた形に成っている憲法について不平を言う多くの集会を伴うからです。

1948年に、私の日課であった政治的な捕虜、エズラ・パウンドへの訪問をした際に、首都ワシントンの連邦施設に、裁判も無しに、幽閉の終身刑に処されていた彼が、忘れる事の出来ない、当時の私には印象的な鋭いコメントを言ったのです。パウンドは私に言いました、「戦後経済を見る際に、注目すべきはドイツと日本である」と。

「何故ですか?彼等の生産施設は粉々に爆撃されました。彼等が再建を終える頃には、彼等は深い借金に落ちいっているだろうし、彼等は我々と競い合う様には成れないなでしょう」と私は答えました。

「君は一つ忘れているよ、」とパウンド返答しました。「彼等は軍隊を持っていないだろう。」

「軍事的な出費無し、ですか?」と私は返答しました。

「その通り、」とパウンドは言いました。「軍事的な出費を持たないと云う事は、彼等に途方もない競争的な有利さを与え、彼等は私達を飛ぶ様に追い抜くだろう。」どうして経済的な情報にアクセス出来ない政治的な捕虜であるパウンドが、アメリカ人が日独の車やテレビを買い出す遥か以前に、日本とドイツの驚くべき経済的な回復を先見できたのかは、何時も私にとっては、素晴らしい洞察に見えたのです。私達の経済学者達の中にも、通産省の人達の中にも、1948年に、この様な思い切った明言を云い切った人は、一人もいませんでした。しかしながら、パウンド程に聡明な頭脳の持ち主達が、同様に「予想」し、賢く、そして上手く、日本とドイツの産業に投資したのでした。1945年に連合軍政府の下、ドイツで経済担当と成り、後に東京のダグラス・マッカーサーの下に転任され、日本の経済担当と成った、ウイリアム・ドレイパー将軍の考えに、アクセス出来るウォール街の人達がいたのです。私がドレイパー将軍の情報にアクセス出来た人達の事を指摘している内に、加えておくべきなのは、敗戦国の経済復興という輝かしい公共事業で実績を上げている間、彼(ドレイパー)は、ニューヨークの投資会社、ディロン、リード&Coの生涯パートナーだった事です。貴方がこの会社の社主であるディロンを元の本名ラポウスキーに変える時、貴方にはパターンが現れて来るのが見えてくるのです。バーナード・バルックの代役であった、テキサス出身の企業家ラポウスキーは、第一次世界大戦で一気に財を成し、ニューヨークに進出し、歴史あるウイリアム・リード&Coを買収しました。ラポウスキー、リード&Coだと耳ざわりだと判断した新たな百万長者は、ディロンの方が、名前が売れやすいと判断したのです。こうしてその会社、ディロン、リードは生れたのです。1924年に、この会社は、多くに渇望された、きたるべき第二次世界大戦を「予想」し、ドイツの再武装を手助けするために2億ドルを流したのです。

前回の日本での講義で、私はディロン、リードとウイリアム・ドレイパー将軍の奇妙な冒険の旅について詳しく語りました。何年もの占領軍統治の下において、士官達は己の私腹を肥やす好機を逃さず、日本の産工業の知られざる何%(株主)が逆に、占領者達の秘密の飼い主になっていた事を日本人は気づいています。日本人にとって、ロックフェラーやロスチャイルドの名は、アメリカ人にとってと同じ程、聞き慣れています。彼等(日本人)はこれらの名前を日本の権力であると発音する時、決してシャイではありません。

「日本の憲法」

今回の日本への旅の用意として、私は日本憲法について勉強しました。その起源には深刻に不備な点がある事を私は見つけました。この勉強の御蔭で、合衆国の憲法と日本の憲法との間の注目すべき平行線を見出す事が出来ました。両方とも厳戒令の下に立案され採択された事によって、深刻に腐敗によって影響されたものだったのです。ブラックの法律辞書によると、どのような法律制定が採択されようとも、一度、厳戒令の期間が終わると、その法は無効に成ると記されています。これは理論的で、何故なら、軍事占領と武装した軍隊の下で採択された法律制定に、一般民衆が反対の声を上げたり、深刻に抵抗したりする事が殆ど不可能だという事が明らかだからです。

私の日本人の観客の興味に成り得る他の道を発見しようと模索している内に、私は一つの結論に辿り着き、それは今、此処でマリンズの法則と明言しましょう:「憲法を持つどの国家も、それがまた中央銀行を持つなら、必然的にその憲法は中央銀行によって強制力を奪われる。」私は中央銀行に付いて50年程、研究してきたのですが、この様な結論に至ったのは初めてです。しかしながら、この結論は必然でした。ソヴリンティー(主権、統治権、独立国家)とは、私がパウンドに何年も前に教えられた様に、2つのもので成っていて、一つは国の名においてお金を発行する権利、もう一つは、外交政策を行う権利です。これらに介入、または横領するどの権力も結果的に国家の政府機能を無効にします。これを理由に、米国建国の父達は、議会がお金を発行し操作する権利と、外交政策を監督し条約を確証する権威を慎重に米国憲法の中のソヴリンティーの権利に盛り込んだのです。

「権利侵害、横領」

合衆国においては、お金を発行する権利は「委任」された、と云うか、議員達によって1913年に個人銀行家のグループに売られてしまい、そのグループはFederal Reserve System(FRB/米国連邦準備銀行)を設立しました。お金の権威が手に入った事によって、銀行家達は外交政策の乗っ取りを始め、実際は単にロンドンの(ロスチャイルドの)the Royal Institute of International Affairs (RIIA)の下部組織なのですが、the Council on Foreign Relations ( CFR )の様な組織を次々、と色々な団体や財団を確立しました。英国での操作はロイアルとありますが、英国王室とは全く関係がなく、FRB も「連邦/Federal」と云う文字を使いますが、12ある連邦準備銀行の株や債券を米国政府は一つも持った事がありません。

日本は、勿論、彼等の憲法を承認する他、選択肢がありませんでした。日本の国会は、占領軍事勢力に、受け入れる様に命令されたのです。その(新憲法の)独断的な条項が、天皇の全ての個人資産は、国家の資産であると宣言し、そして日本が独自の軍隊を持つ権利を否定していたので、日本の議会、正確には国会が拒否した時、将軍達はすぐさま反応しました。軍事政権のトップであるダグラス・マッカーサー将軍自身が、国会に、もし彼等(日本人)が憲法受け入れを拒否するのであれば、彼は昭和天皇を戦争犯罪者として起訴し、裁判にかけ、有罪判決し、そして処刑すると伝えたのです。この最後通牒を突きつけられ、国会は憲法を受け入れたのです。私はこの事実を、数年前にヴァージニア大学によって出版された、日本憲法の研究についての小さな出版物の中に見つけました。

「民衆の抗議」

多くの日本人は、これらの全ての事情に気づいていないのですが、厳戒令の下で承諾させられた憲法で統治されている限り、自分達の国を独立国家とは考えられないと気付いた人達もいます。しかしながら、これには一つの引っかけがあります。合衆国は今でも日本列島に47,000人の兵士を駐屯させています。表向きにはこれらの軍は、私が以前、「冷戦:$5トリリオン(約500兆円)ヤラセ詐欺」の中で暴露した、41年にも渡ってアメリカの人々を騙し続けた、最悪の詐欺であり、悪名高い「冷戦」の名残、とされています。此処で再び言いますが、これは典型的な中央銀行の共謀なのです。何年も前にエズラ・パウンドが私に教えた事ですが、中央銀行とは、借金(銀行の利益)を創造するために、常に戦争が起こる(を起こす)と云う前提で、莫大な軍事的な消費と巨大な常備軍を持たなければならないのです。ですから、憲法記念日に、私は講義の中で観客に、彼等の憲法の起源についてだけではなく、中曽根前首相をはじめ、その他の人達が憲法改正を要求するために行った、大規模な抗議集会についても触れたのです。プレス(報道)はこれらの集会については殆ど報道しませんでした。

「市民戦争」

私の著作、「カナンの呪」の中で、第13、第14、そして第15改正法は、南部8州が軍事占領されていた間に成立されたもの(無効)であるから、私達自身の米国憲法も汚れたものであると指摘しました。これらの州の各州政府が、改正法を裁可する事を拒んだ時、彼等はワシントンの連邦政府に、厳しく懲罰されたく無いのなら、裁可するように命令されたのです。軍事占領下でしたから、これらの州政府は、その脅しが正に本物であると理解していたのです。彼等は厳戒令の下、これらの改正法を通したのです。此処でまた、ブラックの法律辞書を引用しますが、どのような法であっても厳戒令の下で通された限り、一度、軍事占領の期間が終われば、それは無効と成るのです。12年間の軍事占領の後、1877年に、連邦軍は南部の州から撤退しましたが、それも、自身がオハイオ州出身であった市民戦争期の将軍、ルーサーフォード B.ヘイズが南部においての厳戒令を終わらせる事をキャンペーンした御蔭でした。それは熱く競われた選挙戦で、ヘイズがギリギリ勝利したのでした。しかしながら、それは遅すぎたのです。コーポレーション(全体主義・偽ユダヤ・シオニスト国際銀行家グループ)が自らを王座に就かせ、そしてアメリカ共和国は崩壊への道を歩み始めていたのです。1913年に、国際銀行家のグループは米国国家に、究極のコーポレーションを強制し、それが中央銀行なのです。

今日、私達の法に対する理解が深まるにつれ、軍隊は撤退したかも知れないけれど、合衆国において、厳戒令の統治は途切れる事なく続いている事を、私達は認めるべきでしょう。各州で「連邦」裁判所とそれに続き他の幾つものエージェンシーが確立された事が意味する処は、common law(慣習法 《英米法全体をいうが,特に,制定法 (statute law) と区別した判例法 (case law) をいう)がadmiralty law(領土と国際水域、あるいは輸送で、海洋漁場その他に対応する国際法の部門)と云う、「人権が尊重されない」厳戒令の法律に置き換えられてしまったという事なのです。金淵の旗(一見、米国の星条旗に見えるが、その淵に金色のヒダヒダが付いている旗の事で、米国国旗では無い。因みに、米兵の制服に付いている旗も金淵の旗です。)が私達の裁判所に高慢ちきに掲げられ、判事達は今でも、「憲法によって保障された権利」を口にする、市民達を嘲笑っているのです。

「中央銀行のモラル(道徳)の結果」

私は、中央銀行のモラルの結果について考えた事のある、今の処、唯一の学者です。もし貴方が、1913年以前の、私達の国家のモラル構造を検証し、それは今日どうであるかを観れば、酷い事態が起こったと解るでしょう。子供達は麻薬の過剰摂取で死んで行き、2つに1つの結婚は離婚に終わり、大統領は性的な犯罪を訴えられるに至っています。これらがフェデラル・リザーヴ法(連邦準備銀行法)を議会が1913年に通した、必然的な結果であると指摘する経済学者は一人もいません。でも、チャールズ・オウガスタス・リンドバーグ・シニア下院議員はそれを予想していました。利益のために、中央銀行は通貨の価値を下げ、それは「伸縮自在」または、ゴム的なドルを創造しました。エズラ・パウンドはよく私に、12世紀のビザンチン帝国について語りました。その通貨は金ソリダス( Solidus )で、今日まで、“as solid as gold”(金ほど安定している=大丈夫)と云う言い回しを残しています。通貨の安定性を(悪戯に)操作するのは、人々の堅固さ(性質,素質,性格; 精神的たくましさ)を攻撃する事に値します。私達はその結果を私達の回りの中に見ています。

日本でもまた、私を招待した愛国者達は、これらの発展について心配しているのです。これらの問題の根っこは、彼等の中央銀行であり、正真正銘の憲法の否認にある、と私は説明させていただきました。日本のテレビは大抵つまらない(くだらない)ものです。私が其処で過ごした一週間に面白いものは一つも見ませんでした。彼等は強烈に文化的な追及に興味を持っています。私はルーブル美術館からの、何百もの絵画を展示している博物館に連れて行かれました。日本人は、興味深々に絵を眺めていました。エリア全体が込み合っていました。そしてもう一つの美術館では何百ものポンペイの壁画が展示されていました。そこもまた大変込み合っていました。日本人はシリアスな人々です。しかし、彼等も私自身の人々(米国人)と同じ状況にあるのです。彼等のメディアは操作されていて、彼等の政府・役人は彼等(一般市民)を代表しておらず、エイリアン(異国人=偽ユダヤ・シオニスト国際銀行家グループ)の関心事を代表しているのです。彼等の食物と飲み水も、私達(米国人)と同様に、同じものによって危険にさらされているのです。彼等は未だに水道へのフッ素(毒)の投入を拒んでいますが、それは既に莫大な量の塩素を含んでいます。私は出来る限り可能なだけ、それ(水道水)を飲む事を避けました。多くの食物は大量のグルタミン酸ソーダ(MSG=化学調味料)や、、他の化学製品で汚染されています。もし日本とアメリカの政治家に、心得や、誇りや、愛国心が微塵もあるのなら、これらの問題を彼等は本気で取り掛かるべきなのです。彼等はそうしないのが、何故なら、彼等は中央銀行の雇われ者として奉仕しているからです。銀行家達は、自分達の利益を増やす事意外には、一切、関心しません。これが、彼等が国家にとって大変危険である理由です。もし私達が彼等を、利益など考えもしなかった(米国)建国の父達と比べれば、私達には、何が起こったのかが見えるでしょう。私達を売り飛ばすために、彼等は最初に彼等自身を売り飛ばさなければならなかったのです。これらが灰色野郎、空っぽ野郎、そしてロボット野郎などと、色々な名前で呼ばれる生き物なのです。もし私達が人間では無いものに統治されるのであれば、私達が人間であり続ける事など出来ないのです。これが、私が日本から、アメリカの人々に持ち帰ったメッセージなのです。

アルファベットの秘儀的な構造 パート1-8

THE ESOTERIC
STRUCTURE OF THE
ALPHABET
アルファベットの秘儀的な構造

(原文は、このページ右のボナチ推進書籍のリンクから、無料で入手出来ます。)

「神は数字の上に宇宙を創造しました。」
- ピタゴラス
「神はアルファベットの文字の上に宇宙を創造しました。」
- ゾハール

by Alvin Boyd Kuhn
アルヴィン・ボイド・クーン著

私達が古代と呼ぶ日々は、数百万年続く内の数千年前でしかありませんが、賢者の名に相応しく進歩した人々がいて、(彼等は)深遠な哲学に深く精通し、そして人間と神の両方の物事の知識を持ち、そして宇宙学と人類学の両方の大いなる科学をよく理解していた事に、現代の世界は徐々に目覚め始めています。明らかなのはこの度量の人々が太古の宗教の大いなる聖典を書いた事で、それはとても一般的に、人類の敬意を勝ち取り、保ったので、長い時代を超えた殆どの世界で、それ等は宗教的な崇敬とスピリット(霊)的な権威の正典にされました。実に、それらに払われたホマージュは、神聖と捉えられる何かに払われた崇拝的な特徴でした。その伝統は、聖書の著者達は本当に神聖な秩序の人達、または半神聖な秩序の人達、もしくは少なくとも、神聖な霊感によって、人類に神聖な真実の天界的な方向を伝える事を鼓舞された人達としてきました。

古代の文献の研究は、探求されつつ、より聡明に成りつつあり、間違いなく定式化され、そして高度に有機的な真実構造の存在を明かし、それはギリシャ語の言葉にある様に、原理的なアーカイ(archai/古い、元祖、原型、etc.)の大いなる理論的なシステム化の本質的な要素から構成され、太古の文化の場のあちらこちらで、様々な形状の表し方で表現されています。主要には、勿論、その大いなる英知は、文献の多大な集合体の大書の数々に体現され、その文献はとても暗号的に深遠なので、その秘儀的な意味は、太古の日々から現代まで、世界の学者達の最も学識のある研究によってさえも、殆ど全く理解されませんでした。実に、世界の宗教的な意識を害したのは、太古の英知の総体の変質と、間違った解釈で、特に西洋ではそうで、約二千年に渡り、その知的な泥酔は統一的な痴呆症に届きそうな程です。

英知の伝統は、しかしながら、宗教の聖典の中のみならず、様々な種の、異なった表現のモードに体現され、配信されています。見出されるのは、常に暗号的な微妙な形状で - それは後世の全ての研究者達の結論を惑わせ、煙に巻いた特徴で - 太古の芸術、建築技術、神話創造、秘密結社の儀式、劇作的なシナリオ、音楽、数学、人類学的な科学、ロジック、レトリック、哲学、天文学、語義論、心理学、お祭りのしきたり、社会的な祝事、そして生活一般の必要要素に見られます。さて、それを通して表現を与えられた全てのチャンネル(媒体)の内で、最も不思議なのは恐らく、全ての文献の土台の実の構造 - アルファベット中に - その基本的なアウトラインの形状を、ほのめかしさえしたという驚くべき明かしです。人間の思考を配信するための、語義原則的なコードの存在の発表と解明は、世界文化の歴史においても画期的な出来事でしょう。

太古の賢者達は、高度なスピリット的な文化を、現代において把握されるものとは、異なった光の中で見ました。現代の知性がその祝福を広く一般的な分野に広げる事を目的とし、大衆一般を教化する事を望む間、昔の賢者達は、その件に関しての可能性への、異なった見積もりの上で行動しました。彼等は「卑猥な大衆」の文化的な見込み(可能性)は実質的に皆無と評価し、そして故に、秘儀的な真実の大切な宝と知識を、誤解の途方もない未熟さの泥の中で踏みにじる「豚」に教えるのは神聖冒涜と考えました。何世紀をも超えた宗教のカルト(信仰)主義の歴史は、この保守主義の実質的な英知の反映と言えるかも知れません。太古の暗号的な文献の、崇高で神秘的な感覚の、変質、腐敗、物質化と文字化は、知られている歴史の道(コース)におけるスピリット的な価値の文化において、恐らく最も壮大な大失敗の原因に成りました。その簡単に識別出来る邪悪な実りは、宗教的、神学的、そして聖書的な全ての物事に関する、西洋のマインドの肯定的な非理論化でした。それは悲しくも、そして悲惨にも歴史と間違われている、スピリット的な真実の太古の神話的な描写の収集である、素晴らしいユダヤ・キリスト教の聖書の崇高な意味を知っている重要な優位性をそのマインドから奪い去りました。

賢者達は、大切な宇宙的で人為起源的な真実を、「庶民」による神聖冒涜から保護するために、様々な形状の暗号化の方法を使用しただけでなく、その基本的な確証を自然自体に見出したテクニックを彼等は応用しました。下の世界(下界/小脳)が、スピリット的な真実を曇らせる(覆う)世界の平凡な反映でコピーなので、彼等はその高度(より高い)真実を、自然界の何処にでも存在する、その相対物の形状の下で代理する事によって、その構造的な形状を描写する努力をしました。歴史とされるものでさえ、原型的な思想の形状へと方向づけられました。あちらこちらで、劇の中でも、儀式でも、合唱的な踊りでも、お祭りのしきたりでも、そして言語においても、目先の利く定式化は、原理的なアーカイ(原型/元祖)の、それらの数字を含む事を目的にしました。創造の宇宙的なロジックの、それぞれの要素の大いなる調合された構造は、人間の文化的な表現の全ての、これらのモードのパターンへと縫い込まれました。最終的に、もし始めからで無かったとしても、その構造的なデザインは、アルファベットの形成へと縫い入れられました。

もしこの暗号的で有機的な形状が、アルファベットの配列を決定する原則的な構造なら、全ての文学(言語)において、その重要性を間違いなく基本的(土台)にしたと見られなければなりません。そのため故に、それぞれの言葉それぞれ自体が、元々の構成文字の要素を運び、シンボル(象徴)としてそれらが描写した原型的な思考の形状を常に表します。従って、アルファベットにおける意味形状の、隠された概要の再構築において、私達は全ての文学(言語)の最も深遠な含意の心臓の中核を貫きます。

現在の教育理論において、アルファベットの文字が、人間の声帯器官に統一的に可能な音を代理していると言うのは一般的です。その形においてそれらが単なる代数学の x 、または全くの擬音的なイミテーション以上のものである事は、一般的に殆ど知られていません。それらは実際に、基本的なアイデアを描くために形成された、明らかな形状です。それらは真の表意文字です。A の大文字は、例えば、明らかに主要文字 I で、原始的な統一性の象徴で(それがまた、数字の1でもあるからで)、その天辺からスピリットと物質の創造的な二重性へと分岐させられ(i.e. V の逆様)、(A の)横棒はそれら(スピリットと物質)の間に流動的に存続する相互関係を示します。U(= V)が象徴するのは、それが描かれた通りで、スピリットの物質への降臨と、その上(天界)への回帰です。W (ダブル U )はそれを複数形にし、そして私達が見つけるのは、不思議では無いですが、W がエジプトの象形文字において、言葉を複数形の文字にすると言う事です。O は容易に物質と永遠性の終わりなき様(円)を象徴しています。ですからグノーシス派が、宇宙における神の単位を IAO と名付けた時、その三重的な名前に教義を完全に濃縮し、神聖な意識の最初の単位、I の二重性、A への元々の分岐、そして永遠のサイクルの円の周り、O を象徴しています。そして啓示の書でさえそれを有しています:

"I (am the) A (and the) O, the beginning and the end, the first and the last,"--IAO.
私( I )は A であり、そして O であり、始まりと終わりであり、最初と最後 – IAO である。(スピリットが「I AM」と言う時の M の殆ど息を奪う様な重要性は、後に紹介されます。)

リタレーション(literation/権利拡張運動)が始まったのは、記述されたシンボルの2つの最も単純な要素、縦線 I と、輪 O の使用からだと言うのは、本当であると言うのは可能です。何であれ、此処で見せられるのは、古代における殆ど全ての神聖な名前が、これら2つ( I O )の上に造られたと言う事です。遠い過去の時代のエジプト人達は、その2つを殆ど間違い無く、最も太古の十字シンボルであるクラックス・アンサタ(crux ansata)、取っ手の付いた十字に融合し、それらをアンク( A N K H )と呼び(更に後には E N K H と呼ばれ)、O が上部で I が直ぐ下部につき、その接点は平行棒で区切られました。上部の O によって代理されるのは、破壊する事が出来ない、原始的な物質である、終わり無き存在で、全ての物事の永遠の母で;下部の I は、下に向かって飛び込む(降臨する)、最初の物質の大いなる海の中心から発生する、創造的なマインド、または霊力を示しています。横棒(地平線)はそれらの連結と分離の両方を表し、2つのエリア(天界/下界・大脳/小脳)の境界線です。そしてその中間線が重要なのはまた、何故なら、スピリットと物質の2極の間の集合点だからで、その2つの統一を通して、全ての現実が現れへともたらされるのは、この地点だからです。アンクは占星学的なシンボルです。

アンク(ankh)
1Ankh.png


ツタンカーメン(Tut-ankh-amen/トゥット・アンクアーメン)のマスク
2マスク


文字的な象徴が始まる2つのシンボルは故に、 I と O です。それらの性別のアイテムは最初に気付かれます。I は男性的で、父の繁殖力のために立ち、それはスピリットで;O は永遠的な女性で、物質であり、宇宙的な母で、女神イシス、シベレ(シビル)、ミリタ、アディティ、ヴィーナス、ジュノ、そしてその他によって太古の宗教の中で人格化されました。男根の側の補足からの、このシンボルの妥当性は強調を必要としませんが、それでもとても重要で、そして実に素晴らしいです。生命の全ての発生は、宇宙的な二重性の男性と女性の要素の統合を通ってのみ出来るので、生命をドラマ化するシンボルは I と O を融合させなければなりません。これをエジプト人達は、彼等の大いなる ア ン ク のシンボルで成し、それは故に彼等の生命のための書かれた言葉で、そしてそれがまた意味するのは、生命に入る、または生命のために必要な、もう2つの要素で、つまり、を意味します。IAO 以上に、その3つの意味にそれが濃縮するのは、偉大な教義の要点で、そしてそれは生命の構造と意味の両方の象形文字になります。一行に使われるとそのシンボルが、生命を意味するのが何故なら、生命が唯一存在出来るのは、2つの物事、スピリット( I )と物質( O )が、十分に粘着的な力、結ばれる(絆される)からです。愛はその2つを、生命を発生させるために絆します。アンクは故に、この世界における最初で最高の象徴で、その十字が最初で最高のシンボルなのは、それが生命の象徴であり、死の象徴では無い事を私達に気付かせるべきです。(しかしながら、太古の人々は、魂が、地上の肉体の中に転生した時、それはスピリット的な「死」の中にあり、そして故に十字は死のエンブレムに成りましたが - それは的な死であり、肉体的な死では無いと言いましたが - 太古の神秘主義の教えの日々からの全ての神学によって、間違って見識されますが、それは肉体に浸透した時の魂の「死んだ」状態に関してで、肉体の死ではありませんでした。この見解においてでさえそれが、同様に生命を意味するのは、生命体に生命を与えた魂の比較的な死であり、その肉体が死ぬと、今度は上(天界)におけるより自由な生命へとそれ(魂)を解放するためです。)

パート2

アンク( A N K H )シンボルの中に統合される2つのエンブレムをそれぞれに分離させ、側面的に重ねると、私達は文学(言語)における最初の神聖な言葉(単語)と名前、イオ( IO )を有します。それが太古の類型学的な数秘学において、同等で原理的な重要性の形状である2つが、それらが此処で数字に置き換えられると、全ての数学の基本的な土台を構成する数字、10( IO )である事実からも明らかです。現代の研究は、元々考案されたアルファベットの文字と、数字の間の、殆どその正体を意味する、この親密な関係を認識しなかった様です。数字は文字によって示されます。それぞれの文字は数字的な値を持ちます。故にこれらのアルファベット的な単位によって構成されたそれぞれの言葉(単語)は、一緒に一つのアイデア(思考)、精神的な値、と同時に数字的な値を表現します。聖書にのみ関して、一行の全体さえもが、数字的な量に合計する様に構成されています。ピタゴラスが言った様に、世界を創造するにおいて、神は幾何学化し;彼(神)は数字の上に宇宙を造りました。太古のユダヤ的でカバラ的な文献である、ゾハールのエソテリック(秘儀)的な研究もまた鮮明に明かすのは、アルファベットの文字の方法で、神が創造を形状化させたと言う事です。これは(聖書によると)、彼(神)は語り、そして彼の声の文字の音(トーン)の振動的な衝撃の下で、その世界は秩序的にそれら自体を形成し、その創造的な反響の全ての文字の音が宇宙的な枠組みの組成要素に成ったという前提条件によって唯一、意味を持つ事が出来ます。表現されたそれぞれの文字、または実際に構成された原則、もしくは宇宙的な構造の原則的な一部です。恐らくこれは、私達による、太古の記述の、暗号的な意味の、再発見の大いなる鍵の一つなのでしょう。

原型的な IO (10)はそれから創造的な思考-力の、最初の放射の効能でチャージされますが、それはその二重性への最初の分離においてのみで、その後の更なる準分離においてではありません。主要な三重性としての、その表現は IAO (それはその後、IAH と JAH に成りました)で、そして終り無き多様性に向かう、その更なる4段階(火、空気、水、土)的な変格は、カバラ的な J H V H (ヤーウェイ/エホヴァ)である、大いなるテトラグラマトンの形状をもたらしました。その全体的な7文字の表現において、それは物質的な側だけでも、7母音の名前に成り、人間の声によって発音される、7つの主要な母音によって構成されます。ギリシャ語のアルファベットは、未だに7つの母音を保ち、a、短い e 、長い e 、i 、短い o 、長い o 、そして u を有します。これは創造の全てのサイクルが、7つの準サイクルを通って機能する事実を表現していて、そのそれぞれは、7つの連続/継続的な音形状の構成要素(ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ)の一つの反響を鳴らします。

その効能的なシンボル(アンク)は、二極性の関係において融合された、マインドと物質の、先祖的な創造力を典型していて、それがそれらの創造主だったので、全ての物事を圧倒する(支配/統治)力に成り、全てにおける精神的、そして物質的な統治力の全ての融合の形状と成り、その他のそれより小さい支配/統治的な単位は、それ自体の力の放射された部分的な光線でした。それは故に、その全ての分離された部分部分は、それらのそれぞれがより細かい領域において、ソヴリンティ―(主権)を実行したので、宇宙的な領域における最初の王(king)でした。King という正にその言葉が、A N K H 名から由来すると、私達がこの後見た時、どれだけそれが顕著に現れる事でしょう!

この大いなるシンボル(アンク/ANKH)の古いエジプト語の名前に辿り帰れる英語、ギリシャ語、ドイツ語、ヘブライ語の言葉のリスト以上に啓発的なものはありません。その中心的なアイデアは、スピリットと物質の結びつき、または統合を通した生命の発生だと注目されました。これら全ての発生物の意味への中心的な手掛かり、は二つの物事を一緒に結び付けるアイデアです。説明されなければならないのは、(語源として) A N K H の茎の上に言葉を造る時、 H は実質的に考慮から外される事が出来る事で、K H は K のみで同等に表現される事が出来るからです。しかし、 K H はまた C H と同等ですから、頻繁にそれと入れ替えられます。母音 A は取るに足らない価値なので、それもまた外される事が出来ます。ですから残されたのは固い根(語源)として裸にされた N K です。

注目されるべき次の問題は、後の哲学的な使用において、それが N K と書かれようが、 K N と書かれようが、重要では無かったと言う事です。そしてギリシャ語においては、 K N ( K N )は N G ( G N )に成り、 - 重要なアイテム(部分)です。これらの特定(設定)を持って、その様な神聖な系統から由来したとは夢にも思われ無かった、多くの一般的な言葉の意味の、新たな世界の全体が今、はっきり解る事が可能に成ります。

それが最初に見られるのは anchor (錨)の様な言葉で、それはボートを固定された場に結ぶもので; knit (編む)、 knot (結ぶ)、 link (繋ぐ)、 gnarled (ねじれた)、 gnaw (齧る/苦しめる)、 gnash (歯ぎしり)(などの奇妙な綴りを説明し);二つの骨がくっ付く事を意味する ankelosis ; anger (怒り)、 anguish (苦悩)、感情が窮屈に成る事である、 anxiety などに見られます。ですが最も興味深いのは、それが人体において、少なくとも4つの間接、または要点( hinge-points )に名前を与えたようである事で( hinge もその一つの様です): ankle (足首)、 knee (膝)、 neck (首)、そして knuckles (拳)です。 Lung (肺)は、外側の空気が内側の血液と統一される場として、恐らく加えられる事が出来るでしょう。私達の英語の join までかけ離れていても、 A N K H の源泉からのものと現れ( N が両方に唯一共通の文字ですが)、何にせよそれはそれからの直接のものであるのは確かな様です。 A N K H はラテン語において join を意味する jungo の語源であるために、ギリシャ語を通して N K は N G に成りました。これから私達は、ラテン語の jungo の過去分詞 – junctus から、 junction (交差点)、 adjunct (隣接)、 juncture (接点)、 conjunction(連結)を得ました。ですが英語に成るまでにフランス語を通って来ているので、これらの言葉の全ては join , joint とスムーズにされ、そしてそれは最終的に私達に union という言葉を与えるまで続けられ、それ(ユニオン)はその原始的な形状において junction (交差点/接点)です。 N が外されたとしても、私達は yoke を持ち、それは2頭の牡牛を繋げる首かせです。そしてサンスクリット語においてそれは yoga として出て来て、それは現実的にユニオンを意味する yonga の代理です。

英語の現在分詞の語尾 ~ing と同様に、 with または together を意味する接頭辞 con~ は A N K H から由来する様です。 ~ing は一緒に動く継続的な物事を意味するためです。故に con-nect-ing (接続している)という言葉の3つの部分の全ては、太古の言葉から由来しています。

私達の最も一般的な言葉、 thing も同様に、神聖な概念と原子的な実質である、スピリットと物質の融合によって創造されたものとして、 A N K H から由来します。

パート 3

次に来るのは研究において印象的な重要性を持つもので、その know という一般的な動詞は、ギリシャ語の gnosco 、ドイツ語の kennen 、英語の ken です。知っていると言う行為を構成するのは何でしょうか?2つの things (物事) 、意識と意識の対象が、一緒に joining (融合)する事で、知られるための、意識から別の何かが、無ければ成らないためです。ですからギリシャ人達は、 knowledge (知識)を Gnosis (グノーシス)と呼びました。~に成る/存在する、を意味するギリシャ語の動詞、 gignomai もまた G N を持ち、存在とは、スピリット物質が一緒に「 ankhing (アンクing)」した結果の証です。

ですが A N K H からの最も驚きのヘブライ語の派生は、一人称代名詞 I (私)です。実際に、 A N K H 自体は、あまり重要では無い2つのマイナーな母音、 i と o の付け加えで ANOKHI に成った事を除いては、変化していません。これは驚く程に重要で、それが人の最も内的な魂の存在、 I のエゴ(私というエゴ)の正体を、原始的で宇宙的なマインドと共に明かすからです。人が考え、「私」と言う事が出来る様にする、人の中の意識は、実にその同じ宇宙的なマインドの単位の要素です。生物の I –の意識の中で、宇宙の中央的で創造的なマインド・エネルギーは、統合の中で核生成されます。そして全ての領域の中の、全ての生命の統治者として、それはその機能と能力において、生命の king です! things (物事)を knows (知る)力は、誠に創造の king です。そしてまた、すると、それは thinks (考える)力でなければなりません。太古のオカルト(秘儀)的な知識の偉大な学者、ジェラルド・マッセイは、同性質の重要性において、 think と thing を関連させ、 thing (もの)は何らかのマインドによって thought ( think (考える)の過去形)されたものであるとしました。その I (私)は、意識の king (王)として、 thinks し、そして knows (知り)ます。ドイツ語には king を意味する koenig があり、~を can する(出来る)者で、(それ( can )はドイツ語で koennen で)、そして何が最善なのかを knows (知る)者です。そしてギリシャ語は king のために何を持つでしょう?驚く事に anax で、それは anaks とスペリングする(綴る)事と同義です。

ギリシャ語で、メッセージの送り主と受取人を ties (結ぶ) messenger (使者)は angelos で、これから私達の angel (天使)は由来します。そして messenger 自体も ng を有しています。2つの線が出会う処に私達は angle (角度)を有します。 nook (隅)は A N K H の意味において何かを示唆します。恐らく、何百にも及ぶ更なる言葉の由来が、この古く神々しい、 A N K H の中の、最も重要な起源に遡れるのかも知れません。そしてそれらの言葉自体が、グノーシスと、とても上手く名付けられた、大いなる太古の知識の構成と構造の中の原理的な要素を、私達が再確立する事を助けるかも知れません。

パート 4

大いなる IO のシンボルのスピリット(霊)-男性的な前半分として、その文字 I (i.e.「私」)は、更に詳細に検証されなければ成りません。それはアルファベットと言語において、神聖なマインドの原理の象徴です。それは全ての存在、知っている事、決定する事、秩序、行為の king (王)です。ですからそれは、ヘブライ語のアルファベットの10番目の文字にされ、王の数字である1と10、またはそれらの倍数は故に、その意味としてという言葉自体を有します。そのヘブライ語の名前は YOD ( YODH )で、そして「神の手」を意味します。その象形文字的な体現はロウソクの炎で、優しい吐息がそれを瞬間的に揺らがせる様に湾曲されています。これは創造的な熱へと、それらを爆発させるための原子力的なエネルギーの潜在的で創造的なの上の、神の息吹を示唆します。それは創世記において、神が大いなる深み(底無し穴)で思いつめたと言われる時に提案されています。は物質の象徴で、宇宙における物質と地上の水において、生命の共通の宇宙的な母であるためです。そして物質は、全てを創造する、潜在的で原子的な火を含んでいます。神は創造的な働きを燃え立たせるために、この潜在的な火に息吹を吹き込みます。これは YOD のロウソクの火の彎曲に示唆されています。

ヨッド(YOD)
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10は秘儀的に「完璧な数字」と呼ばれます。可能な限り高度な感覚において、それは創造のサイクルを輪にする、または完璧化する数字で、そしてそれがこれを行うのは、古代エジプトグノーシス(神秘主義)の大いなるシステムにおいて、そして早期のユダヤ的なカバラの10の神聖なセフィロスに忠実に再生産される様に太古的に表された、実体的な創造の力の永遠の上部の三重性(三位一体)、宇宙的なスピリット-魂-マインドと、下方の物理的なエネルギーのセプテネート(7部分:i.e.7つのチャクラ、7つの惑星(月、火、水、木、・・・)ド、レ、ミ、ファ、・・・etc.)の相互関係を通してです。 YOD はすると、力のデカネート(decanate/10の)としてその使用においてその神聖で創造的な火を意味し、その神聖なマインドにおいて事前に形成された形へと、世界を造り出します。三重に要素化された宇宙的なヌーメノン(実体/本体)は、創造に成るであろう下書きをデザインし、そしてその7つのヒエラルキー的なエネルギーが、現実の世界へとそれらを実行します。もし人が、三重的なガラスのプリズムを通った白い光の光線が、屈折させられた光線の7色のスペクトルをスクリーンに映し出す、注目すべき物理的な現象を考えれば、人は創造の数字的な土台の、指導的な類推を有するでしょう。啓示の書のシンボリズム(象徴性)は明らかに、それを7つの頭を持ち、10の角を持つ獣として表し、頭の数より多い3つの角は、推測するに、目に見えない実体的/本態的な世界で、純粋な思考の天界です。

パート 5

シンボリズムにおける IO の主要性と同時進行するのは、創造の行程における段階的なステージを描写する様々な表現です。それは未完全な物質の象徴から始まり、その O は創始的で有機的な同質性を表す、またはその現れていない状態における、生命の統一性と永遠性を表します。それは実際に、私達にとって空の空間を意味するものを典型します。それは(私達にとって)目に見える明瞭な形状において、何も表示して(見せて)いません。「世界には形状も空虚も無かった」と(聖書は)言います。ですが宇宙的な意識にとってそれは、疑う余地無く空ではなく、それはその意識にとって知覚可能な実質で満たされているからです。それが私達にとってどの様に見えるのかは、空の円で最も上手く描写されます(i.e.「O」)。

次の段階は、中央に点のある円( O )を表します。このデザインが示唆するのは、現れていない存在からの最初の有機的な実質の発生です。

第三(段階)の描写は、中央の直径線によって上下半分に地平線的に切られた円を見せます( Ɵ )。この図表が表わすのは、眼に見える有機的な世界の創造の前提である、有機的な元々の統一性の分岐で、創造的な二重性と、その2つの自己抑制された対極な本質の二極化です。

第四段階が示唆するのは、円の中の十字の対峙、または交差で、縦の線はスピリット(霊)的な力を意味し、横の線は物理的(物質的)な力を意味します。その十字をその円から外に持ち上げると、私達はその最も単純な形状においてそれを有し、そして生命は、このスピリットと物質の交差によってのみ、それ自体に増幅を加えられるので、その十字は足し算のサイン、プラスのサインに成りました( + )。

第五段階は同じ設定ですが、その中軸上で1/8傾ける事によって、円の中に X を与えます。これは運動が開始された事、創造が開始された事を表すためです。これは、 YOD の彎曲したロウソクの火と類似して、神の衝動(インパルス/鼓動)が運動し始めた事を示唆します。すると、その創造に分け与えられた最初の運動は、その働きの効能に加えるだけでなく、多大に倍増させるので、 X は掛け算のサインに成りました。この最終的な形状において、そのデザインは結果的に数字10(ラテン語の数字文字 X )の大いなる象徴を私達に与えます。そしてそれからもし私達が絶対的な存在の永遠的な円からその X を取り出し - そしてその運動の始まりによってこの派生は示唆され - そしてその2つの大いなる象徴を互いの横に置くと、私達は驚く事に、聖書的な例え話の中にとてもミステリアスに入ってくる、神秘的な言葉でシンボルである OX (牡牛)という言葉を有します。(この言葉の秘儀的な暗示の説明は、最後まで取っておきましょう。)

此処で、 IO の土台から発祥した、神々の名前の長いリストに目を通してみましょう。イオ( Io )自体が、女神達の内の一人の名前であり、(古代)ギリシャのパンテオン(万神殿)における神々の王、ゼウスと、俗世的にはあまり尊敬出来ない、神的な王族からは予期されにくい(相応しくない)脱線行動を行いました。ですが最高神の情婦として、彼女は、シビルやイシス、そしてその他の様に、生命の大いなる母の役割を果たします。イオ的なキャラクター(個性)はその他の神話の中でも起こります。

しかしながら、 I が、男性-スピリット(霊)的な象徴として機能するので、そして母音の力唯一よりは、むしろ子音の力として取られるので、それは各母音のそれぞれと対にされ、順を追って連結した、二重性を表しました。ですから私達は IA 、IE 、そして IU が、幾つもの早期の神的な名前の土台に成っているのを見つけます。 IA は、国々の全ての名前の最終音の役割を果たす様に成り、 Germania (ドイツ)、 Britannia (英国)、 Australia 、 Russia 、 Austria 、 Scandinavia (北欧)、 Asia 、 India (インド)、 Arabia がその例で、そして更により多くあります。 IE は元々のギリシャ語の名前 Iesous (Jesus/イエス)を始めます。 H によって先行され、再び神の息吹の最初の運動を意味し、それは神聖なもののための幾つかのギリシャ語の言葉を始め、主に神聖で( sacred )、神聖な( holy )、そして祭司/神父( priest )を意味する hiero で、それから由来するのは hierophant (秘儀の祭司)、 hierarchy (ヒエラルキー/ピラミッド型の縦型構造)、そして古ギリシャ語でのエルサレムの名前 Hierosolyma (ヒェルソリマ)です。

ですが IU としてそれは、全ての神聖な名前-形状の、最も基本的なものと成ります。 IUは実際に、最も短く、最も一般的な、エジプト語の動詞で、来る事を意味しました。神聖な本質は、その進化的な到来の道において、人類を神格化する意識の一つの要素と考えられ、救世主の教義は、世界における神的なマインドのゆっくりとした、徐々の、そして継続的な到来のアイデアを暗示させました。事実、エジプトにおける救世主的なキャラクターの一般的な名前は「来る者」でした。「 Iu 定期的、そして継続的来るもので、」周期性でした。故に IU は神の創始的なエジプト語の名前です。その様なものとしてキリスト-救世主(メシア)の大いなる調合的なエジプト語の名前の最初の要素、 Iu-em-hetep が形成し、それはギリシャ人達によって Imhotep (インホテップ)に短縮されました。完全な翻訳の中でこれはこう読めます: Iu (来る彼)- em (~と共に)- hetep (平和、または7で);「数字の7として平和と共に来る彼」です。この名前は、 A N K H (アンク)のシンボル同様に、それ自体の中にもう一つの大いなる説教を理解させ、あらゆる創造のサイクルの中において、混沌的な半意識の要素(6つの要素的な力と呼ばれるもので、原子における効能)に平和をもたらすために展開する神聖な意識の原則は、そのサイクルの7番目で最後(のサイクル)において、完全な外向きの表現へと来るというオカルト(秘儀)的な事実を言及しています。キリスト的な要素は、常に7番目の展開です。私達自身のという言葉は、 hetep (ヘテップ)に由来していて、これが短縮され hept に成り、 Asura (アスラ)が Ahura (アフラ)に成った様に、とても多くの場合で起こった h と s の交換によって、直接にラテン語の sept-em に成りました。 H と S はまた、ヘブライ語の文字 shin (シン)を通しても親密な関係にあり、それは音(発音)において S または Sh です。 S は事実上、より鋭い h です。

その発達の次の段階はとても気付き易いです。その I は男性-スピリット的で、母音よりもむしろ子音(男性的な性別)で、そして創始的な存在から出でてビームした、神聖なマインドの光線の発生を体現していて、その放射のコースを物質の最も深い胸中まで走らせ、物質の子宮にその胚の種を植え、その後、戻るために降り返し、その I の形状は、戻るための上向きな折り返しをその形において示唆する事を含むために、変化させられた、または肥大化させられました。するとそれは、 J の文字へと変えられたと言う事が最も重要かも知れません。更なる確かさで、その J -形状は、母音-女性性またはアンドロジニー的(中性的)な要素よりも、男性-神格を示す事が出来るでしょう。またこの形状においてそれは、 JA 、 JE 、JO 、そして JU として、その他の母音により相応しく接頭される事が出来ます。この重要な変化と共に、神聖な名前の数は非常に増幅し始めました。

魂の降臨と回帰の聖書的な例え話の中における、鍵の言葉の一つへの関連性における事実の、驚くべき重要性に注意を呼び起こす事無しで、(ラテン語においては、未だに本質的に同じ文字である2つである) I の J への変化の部分を、素通りする事は不可能です。旧約聖書の中のヘブライ-モーゼス的な例え話の中で、彼の子供達(イスラエル)に出会い親しく交わるために、神が雲に中で降臨した場所はシナイ山でした。この名前は、すると、スピリット-魂が、物質に出会うために降臨する、最も低い地点を意味しなければならず、それが折り返した天界に回帰し始めるピヴォット(旋回軸)の地点です。これは J の下部の折り返しによって図表化されました。私達にとって驚きなのは、すると、この鍵の名前シナイが、エジプトの言葉セニ( seni/senai )に由来し、「回帰するための折り返し地点」を意味するのを発見する事です!そして何処に、具体的な現実において、その地点は位置するのでしょう?人の、物理的な体の中以外の何処でもありません!人の物理的な体は、聖書のシナイ山です。そして彼(神)の、人間の子供の体の中以外の何処で、神と人が出会えるでしょう?学術における曖昧な点が、私達の神聖な聖書の、最も重要な特徴を、私達に鮮明にするために終に出てきました。

ギリシャ神話は私達に、神聖な人物である Jason (ジェイソン)を与えます。旧約聖書の中に私達は Jacob (ヤコブ)、 Jabez 、 Jared 、 Jakin 、そして恐らく、その他を有し;新約の中では James を有し、人の中の神格の、昔話的なキャラクター、 Jacques 、Jack を有し; Janus (ヤヌス)は間違い無く、ローマ神話の中のキリスト出来な人物です。その JE -形状は、 Jesus (イエス)、 Jesse 、 Jeshua 、 Jeshu 、 Jezebel 、 Jeremiah (ジャーマイア)、 Jerusalem (エルサレム)、 Jehu 、 Jethlo 、 Jehosophat 、 Jehovah (エホヴァ)、 Jephthah 、そしてその他を与えました。ついでにイエスの名前の真のコンテキスト(文脈)を分析するにはとても有意義であるようです。それは王の息子後継ぎ王子後継者を意味するエジプト語の SU と融合された JE で;その男性的な末尾の文字は、エジプト語では F でしたが、ラテン語において S ( US )に成り: JE-SU-S (ジーザス/イエス)と成りました。それはすると「平和の王子」として来る(であろう)男性的-神聖な、(聖父である神の)息子を意味します。エジプト語の男性的な末尾 F は、 JO-SE-F (ヨセフ)、 JO-SE-PH (ジョセフ)、現代のロシア語のユーセフ( Yussuf )などの様々な変形の中に保たれました。これは JO グループにおいて最も顕著で、それが含むのは Joram 、 Josiah 、 Joash 、 Jonah (ジョナ/ Jonas )、 Job 、 Joses (ホセ)、 Joachim (ヨアキム)、 Joel 、 Joshua (ヨシュア)、そして(北欧神話における) Jotun (ウータン/オーディン)です。これらがそうである様に神聖な名前だと未だに認識されていないのは、旧約聖書の例え話を実際の歴史と推測する常習的な間違いのためです。ですが、血肉の中に浸透させられた、人の神格性の例え話であり、それらは議論するまでも無く、多くの神話-形状の中に人格化された神聖な、またはキリスト的な原則の名前です。エジプトのキリストであるホルスは、彼の名称の中の一つに、「 Jocund (陽気なもの)」を有していました。

JU -形状が産み出すのは Judah (ジュダ)、 Judas (ユダ)、 Judea (ジュデア)、 Jubilee(ジュービリー)、 Judith 、 Julia 、と共に、重要で一般的な派生名詞 judge (判事/裁判官)、 jury (陪審員)、 justice (正義)です。ですがラテン語の神話的な使用は、その最高神を、エジプト語の JU にあやかり、 father 、 pater ( piter /父)と言う言葉を加え、神々の王の大いなる名前、JU-PITER (木星)を形成する事によって、JU を神聖な神々しさの、最も高い頂点に昇進させました。その神の妻であり妹さえも、その栄光的な称号 – JUNO を共にしました。その大シーザー(カエザル)は、彼の名前 Julius (ジュリアス/ユリウス)における神からの伝説的な派生を自慢しました。 Juniper の樹(西洋ネズ)は神聖な源泉との、この関係を持ちます。ラテン語の Juventus (ユヴェントス)は、英語の「 Youth (若さ)」で、神々は永遠に young (若い)と言うアイデアを伝えます。(その I 、 J 、そして Y は、全て同じ文字-音の形状です。)これから私達は英語の junior (ジュニア)を有し、ドイツ語が持つ jung は、英語の young と同じ意味と発音です。 Join (加わる/繋がる)を意味するラテン語の jungo ( iungo )を始める ju が示唆するのは、新鮮な生命を派生させるために、スピリットと物質が新たに一緒に繋がったと言う事です。この IU ( JU )の茎は、今まで見られた(考えられた)以上に重要です。 YU の形状において - それは神の誕生 – Yule (クリスマス)- を象徴しその大いなる世界へと入ります。

全ての文字は、勿論、創造的な目的の、何らかの要素、または一部を表現します。アルファベット的な図式は、幾つかの異なった形式化によって表されています。ヘブライ語のアルファベットにおいて、 alepf ( A )、 mem ( M )、そして shin ( SH )といった、3つの「母文字」があると言われました。これらは明示的にそれぞれが創造前段階( A )、物質におけるスピリットの関わりの中間段階( M )、そしてその栄光的な神格化の最終段階( SH ) で - の象徴だとされます。M はの象徴です。効能(ポテンシャル)のから派生して出る生命は、物質の象徴である、水の中で進化的な目的のために「洗礼」され、そして水-物質の中の力を「乗り越える」事によって、激しい可能性を現実化させ、源泉に回帰します。のためのヘブライ語の単語は esh で、そしてスピリットは人におけるその神聖な火、 ish を進化させます。人の中のその神聖な火は、その人を ish-man にし、そして幾つもの国家の部族的な生活において、その神聖な人は shaman (シャーマン)と呼ばれました。

その他の文字が、3つの母文字に関連して、どうグループ化されたのかは、不確かな問題です。幾つかの図式的なデザインは、カバラ主義の研究者達によって提案されました。ですが、 J の他に2つの子音が、神聖な名前のもう一つの一連の中央的な枠組みを成しました。これらは R と L です。それらに基づいた、またはそれらから派生した名前がリストされなければ成りません。

それらの使用が成し遂げられると、 R と L が、本質的に同じ文字と考えられるだろう事は明らかです。中国人のこの2つの混同は良く知られています。ですがそれらの同一性が殆ど必然的に成ったのは、ヘブライ語では L と R を両方使えましたが、エジプト語には L のアルファベットが無く、古代ヘブライ-エジプトの単語、アイデア、そしてシンボルの交換において、全ての言葉の L を R に置き換える事を強いられたためです。故に可能性がとても高いのは、ラテン語の rex 、と lex 、法律にとても良く見られる様に、多くの基本的な単語は、実質的に同一の重要性/意味です。天界的な王は Lord (主)で、そして古サクソン語に派生した Lord は Law-ward (法-番人)で、ルスキンが指摘する様に、偶然以上のものです。王の意志は、全ての古代的な生活においての法律で、そして神学において、 Lord (主)の意志は、生命の法律であるのは未だに本当です。

唯何故、 R と L が、 J と SH と共に、神聖さ/神格を象徴化する様に成ったのかは、あまり明らかではありません。それらは、 M と N と共に、液体( liquids )と呼ばれる文字の階級で:それらは声の継続的な流れと共に発音されます。それらは故に、全ての生命の流れ続けるコース/行先を表すために選ばれたのかも知れません。このアイデアは不適当では無かったでしょう。それは正しいものだったかも知れません。何にせよ、 R は、太古の全てのスピリット的な神々の最高峰、エジプトの太陽神ラー( Ra )の名前に応用されるよう選ばれ、その最も神聖な応用に至り、その象徴は太陽で、円の中心に点を打ったものでした。 R と L に基づいた名前をざっと一見すると、多くの興味深いアイテムが産出されます。 R と L はどの母音とも関連させられる事ができ、それによって後に続かれるか、前に位置付けられるかの両方とも出来ます。

AL-LA から私達が気付くのは、 Allah (アラー)、 Aladdin (アラジン)、 Alheim ( Elohim/エロヒム)で、アラブ系の名前とその他に頻繁な Al~~で、恐らく英語の all (全て)も然りです。 EL-LE から私達は、ヘブライ語の神のための単語 El (エル)を有し、その複数形が Elohim (エロヒム)です。男性的な冠詞 the は、ラテン語から派生した4つの言語において、スペイン語の el (エル)であり、そしてフランス語の le (レ)です。これは、その定冠詞自体が神の称号である、またはだった、と認識されるまで、重要として理解されないでしょう。スペイン語の the は、ヘブライ語の神のための単語 EL です。英語の the はギリシャ語での神 the-os (テオス)です。そしてギリシャ語の the の男性的な形状は ho で、中国語の神のための単語です。太古の人々は習慣的に、神聖な名前に the を接頭辞させ、例えば「 the オシリス」としました。



銀行業システム(フラクショナル・リザーヴ銀行システム)全体が詐欺

Why the whole banking system is a scam - Godfrey Bloom MEP
何故、銀行業システムの全体が詐欺なのか - ゴッドフロイ・ブルーム(英国EU 議員)


書き出し&和訳

European Parliament
Strasbourg, 21 May 2013
ヨーロピアン議会
ストラスブルグ、2013年5月21日

Joint Debate: Banking Union:
single supervisory mechanism
合同討論:銀行業組合:
単一監督メカニズム

”It is in my opinion, you don't really understand the consept of BANKING. All the banks are broke. Bank Santander, Deutshe Bank, Royal Bank of Scotland, they are all broke. And why are they broke? It isn't an act of God. It isn't some sort of Tsunami. They are broke, because we have a system called Fractional Reserve Banking. Which means the banks can lend money that they don't actually have. It's criminal scandal, and it's been going on too long. To add to that problem, you have moral hazard. A very significant moral hazard from the political sphere. And most of problems start with politics, and central banks which are a part of the same political system. We have counterfeiting. Sometimes called quantitative easing. But counterfeiting by any other name. The artificial printing of money. Which if any ordinary person did it, they go to prison for a very long time. And yet, governments and central banks do it all the time. Central banks repress amount of interest rates, so we don't have real cost of money. And yet, we blame real retail banks for manipulating LIBOR. Sheer affrontary of this is quite astonishing. It's central banks... It's central banks that manipulate interest rates, commissioner. And plus underneath all this, we talk loosely, and rather cavalier fashion, do we not? About deposit guarantees. So when the banks go broke, through their own incompetence and chicanery, tax payer picks up the tab. It's theft from the tax payer. And until we starts sending bankers, and I include central bankers and politicians, to prison, for this outrage, it will continue.”

「これは私の意見ですが、貴方は本当に銀行業の観念を理解していません。全ての銀行は破綻しています(支払能力が無い)。サンタンデール銀行も、ドイツ銀行も、スコットランド銀行も、それらは全て破綻しています。そしてそれらは何故、破綻しているのでしょうか?それは神が起こした事ではありません。それは津波(自然災害)の様なものでもありません。それらが破綻しているのは、フラクショナル・リザーヴ銀行と呼ばれるシステムのせいです。

それが意味するのは、銀行は、それらが実際に持っていないお金を貸し出せるという事です。

それは犯罪的スキャンダルであり、そしてそれは長く続き過ぎています。

その問題に更に加わる事に、貴方にはモラルハザードがあります。政治的な分野からの、とても重大なモラルハザードです。そして殆どの問題は政治と、それと同じ政治システムの一部である中央銀行業から始まっています

私達には偽造(の問題)があります。それは時々、量的緩和と呼ばれます。ですが偽造である事には変わりありません。人工的な通貨の印刷です。

もし普通の人がそんな事をしたら、彼等は長い間、刑務所に送られる事でしょう。

ですが、政府と中央銀行はそれを何時でもやっています。

中央銀行は金利率の量を抑えるので、私達はお金の本当のコストを持ちません。それなのに、私達は本当の小売(商業?)銀行がLIBORを操作してる事を非難します。これの全くの侮辱はとても驚くべき事です。

中央銀行です・・・

金利を操作しているのは中央銀行です、委員長。

そして加えてこれら全ての下で、私達は緩く、そして多少騎士的(傲慢・無頓着)に話しませんか?預金の保証について。ですから銀行が、それら自体の無能力さと誤魔化しを通して破綻した時に、納税者が支払わされる事に成るのです。

それは納税者からの窃盗です。

そして私達が銀行家を - 私は中央銀行家と政治家も含めて言っていますが - 刑務所送りにするまで、この許しがたき行為は続けられるでしょう。

英国議会:通貨創造(通貨発行権)についての議論 パート1:


パート2:https://www.youtube.com/watch?v=_nGEF56JBM0
パート3:https://www.youtube.com/watch?v=np_SnPkl2Lk
パート4:https://www.youtube.com/watch?v=w6AJkxpwURM
パート5:https://www.youtube.com/watch?v=gwSqjQ0umgs

エリック P. ドラード

エリック P. ドラード

目次リンク:

象徴的オペレーター;ステインメッツからピタゴラスへ、時を遡って

ラジオ考古学

「反相対性理論」

エーテルのメトリカルの次元的な関係 

テルルの電気的波の伝達&受信システム

テスラ変換機/変格機への濃縮された紹介

ワイヤーレスの電力の理論 

電気的な巻き(コイル)におけるダイエレクトリック&磁気的なディスチャージへの紹介

ボリナスでの出来事

ニコラ・テスラ小論収集より

— The Transmission Of Electric Energy Without Wires —
Electrical World and Engineer, March 5, 1904
電気的なエネルギーのワイヤーレス配信

by Nikola Tesla
ニコラ・テスラ著
Collection of articles by Nikola Tesla
ニコラ・テスラ小論収集より

「6月の半ばに、他の研究の用意が成されている間、私は地球の電気的なポテンシャルと、その定期的で気まぐれな変動を、実験的に測定する研究のために、私の受信変換器の一つを用意しました。・・・地球は文字通りに電気的な振動で生きており、私は直ぐにこの興味深い調査に没頭しました。」

「同じ月の末に、私は何度か私の機器が、近くよりずっと遠くの放電(落雷)により強く影響されているのに気づきました。これは私をとても困惑させました。何が原因なのだろう?と。・・・ある晩私の助手と共にこれらの経験を瞑想しながら家へ向かって歩いていた時に、私は突然に一つの考えに動揺させられました。何年も前に、私がフランクリン・インスティチュートと、ナショナル・エレクトリック・ライト・アソシエーションの前で行う講義の一章を書いた時に、それは私に現れましたが、それは馬鹿げていて不可能だと無視しました。私はそれを忘れ去ろうとしました。しかしながら、私の直感は刺激され、何となく私は大いなる啓示に近づいていると感じました。」

「それは7月の3日で --私が決して忘れる事のない日に成りましたが--人類の進歩のために欠かすことの出来ない程、重要な真実の最初の実験的な証拠を私が得た時でした。」

「不可能な様にそれは見えますが、この惑星は、その大きさにも関わらず、次元の限度がある伝導体の様に振舞っていたのです。私のシステムによるエネルギー配信におけるこの事実の限りない重要性は、既に私には鮮明に成っていました。ワイヤーなしでどんな距離でも電報のメッセージを送る事が実施出来るだけでなく、私がずっと以前に認識した様に、人の声のかすかなモデュレーションを球体全体に印象させるだけでなく、更に遥かに、無制限の量の電力を、ほとんど消失する事なく、地球上で無制限の距離に配信する事が出来るのです。

「この信じがたい可能性を目の前にし、そしてその達成は故に単なる熟練した知識と、忍耐力と、技術だという実験的な証拠を目の前にして、私は積極的に私の増幅変換器の開発に取り入りましたが、其処で、しかしながら、元々の意図であった大いなる(電)力のものを作り出そうというよりは、どう最良のものを構築すればよいかを学ぶ事を目的としました。これは、本質的に、とても高い自己誘導と小さい抵抗のサーキットで、その構成はエキサイテーションと作用のモードで、典型的なヘルツ式の電報または電磁的な放射線の配信サーキットの真逆と言えるかも知れません。この特有な応用機の素晴らしい力のアイデアを十分に想像するのは難しいかもしれませんが、この助けによって、地球が激変されるでしょう。電磁的な放射線が問題のない量まで減少させられ、正しい共振の状態が保たれ、そのサーキットは巨大な振り子の様に振舞い、プライマリー・エキサイティング・インパルスの地球上の印象と、地球とその伝導している大気の統一調和的な振動の強さの上の印象のエネルギーは、永続的に蓄積され、実際の実験が表した様に、自然の静電気(落雷)に表されるものを超えるまでプッシュ出来るかも知れないのです。」

「・・・私が長い間デザインしてきたこの最初の発電所で、私は今現在、生産する事ができ、安全に扱う事が出来る1億ヴォルトの緊張の下の1万馬力を配信する事を提案します。」

「大いなる真実が偶然にも明かされて、そして実験的に証明され、完全に認識された時、この惑星は、その全ての呆れる程の巨大さにも関わらず、電流的には小さな金属のボール以上のものではなく、そしてこの事実によって数多くの可能性が、そのそれぞれが想像力を困惑させ、計算出来ない成り行きがありますが、達成される事を完全に確かなものにするのです。最初の配信所(発電所)が稼働させられた時、思想の様に殆ど秘密で邪魔する事が出来ない電報のメッセージが、どんな地上的な距離でも配信出来る事が表された時、その人の声の音は、その全ての訛りや方言と共に、忠実に、そして瞬間的に、地球上のその他の点の何処でも再生され、滝のエネルギーが光や、熱や、機動力のために、海上でも、地上でも、空中でも供給される事が可能に成り、人類は、棒で突かれた蟻の巣状態に成るでしょう。来るであろう、興奮を見て下さい!」

ニコラ・テスラ(1904年3月5日)

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説明されたホロコースト

THE HOLOCAUST EXPLAINED
説明されたホロコースト
By Eustace Mullins
ユ―スタス・マリンズ著
http://www.eustacemullins.us/wp-content/works/Articles/Eustace%20Mullins%20-%20The%20Holocaust%20Explained%20%281981%29.pdf


ホロコースト:完全に焼かれたという意味から。1)火によって完全に焼き尽くされた生贄。2)火による完全な焼き尽くし。
オックスフォード英語辞典。

もし、彼等がドイツでの、ホロコーストの被害者であるというユダヤの主張が本当なら、彼等は火によって、完全に焼き尽くされた事に成ります。このユダヤ人達の主張が、受け入れられることが出来ないのが何故なら、生存者が多過ぎるからです。ユダヤ人達が、彼等の主張する様に、火によって完全に焼き尽くされなかっただけでなく、この、起こらなかった出来事の40年後、ホロコーストが起こったとされる時代に生きていたユダヤ人達より多くのユダヤ人達が、ホロコーストの生存者であると主張しているのです。アメリカ・イリノイ州のスコキエの小さな住宅街には今、何千人もの、ホロコーストの「生存者」だと主張する健康なユダヤ人達がいます。

30年以上にも渡り、アメリカの有権者達は、合衆国において、官庁職に立候補する者の誰しもが、止む事無きイスラエル国家への機械的な忠誠を誓わなければならないという事実を、沈黙と共に受け入れています。そしてまた、これらの候補者達がホロコースト神話に儀式的な服従をし、第二次世界大戦において、6百万人のユダヤが、ドイツ人達によって殺害されたという教義に、永遠の信仰を誓うという事を知る人は多くありません。国際シオニズムの世界統治ジャーナルである、ワシントン・ポスト紙が、1981年10月29日の社説に載せた様に、「イスラエル国家をサポートする事を拒む者の誰しもが、その人の、6百万人のユダヤの殺人犯達(ドイツ人達)への、同情を認めている、」と脅しているのです。

ウェブスターの辞書は反逆罪を、「国家を裏切る犯罪、もしくは転覆者が属する、国家政府を転覆させる犯罪」と定義しています。合衆国憲法を守ると誓った、合衆国の官庁職に就く者達が、外国の政府に忠誠を誓う事、そして外国の政府への忠誠の中で行動する事は、大逆罪を意味し死刑に値するのです。イスラエル国家の場合だと、状況はもっとはなはだしく、何故なら1948年のその建国以来、イスラエル国家は、合衆国市民に対する戦争状況を維持しているからです。もし戦争を行う目的が、相手の人々を服従させ、彼等の物資を奪い、奴隷化させる事であるなら、イスラエルの、合衆国に向けた行動は、絶えず続く戦争を行っていると表現されなければなりません。ですから、合衆国全土で、シオニストに協力する者達は、戦争時に、合衆国の敵に補助と安全を与えている事になるのです。これらの反逆罪行為は、死刑のみにより罰せられるのです。

シオニストへの協力者達の唯一の言い訳は、彼等は、ホロコーストの被害者を助けているという主張だけです。不幸にもこの言い訳は、ガス室など無く、ドイツ人が、ユダヤを処刑する計画など無かったという、暴露によって崩壊させられました。1952年に私は、「血と黄金」の中に、「ヒトラーが、6百万人のユダヤ人達を殺害したという主張は、彼等(ユダヤ)自身による、世界アルマナクの(統計の)数字と矛盾しています。ドイツ降伏の直後、アメリカの編集者や記者達が、飛行機で送り込まれ、強制収容所へ連れて行かれ、大きな骨の山を見せられました。それらはロシア兵捕虜の遺体だったのですが、それらは撮影され、合衆国全土で「ユダヤの骨」として見せられたのです。知られている内の中で、最も吐き気を催しそうな、世論に影響しようとする試みは、ユダヤ人の映画館の所有者達が、それらのおぞましい映像を、何度も、何度も繰り返し上映した事でした、」と書きました。

またもや私達は、日常茶飯事に成った、ユダヤのプロパガンダに充満されてしまいました。バカ馬鹿しい骨の写真の幾つかは、第一次世界大戦の間に撮影されたものだと、証明されたのにも拘わらずです。税金で運営されている公共の放送局が最近、幾つものどれも信用性の無い「ホロコースト」の映像を放送しました。その一つでは、一人の老いたユダヤ女性が、40歳の時に収容されていたと主張する、アウシュヴィッツに戻りました。「それは死の収容所だった!」と彼女は強く言いました。それから彼女は、そこに4年間いたと明言し、ドイツ人は「毎日、全員殺した」と言いました。そして彼女は、どう生き延びたのかを聞かれました。「私は収容所で隠れ、」彼女はこう説明し、「でも、私には3年間食べる物が何も無かった、」と言い張りました。

この驚きの声明の後、彼女は、並んだ平和に満ちた兵舎を指さし、金切り声でこう叫び、「ほら、見て!貴方自身が、それが実際に起こったのを見る事が出来るでしょう!」心地よさそうな田舎の風景しか見せられていない、混乱させられた視聴者は、明らかにガス室に連れていかれる、6百万人のユダヤ人達を思い描くと期待されていたのでしょう。

殆ど全てに近いユダヤ人の「生存者達」は、彼等の「死の収容所」で3年から4年過ごし、その間、「全員が殺された」と主張します。それらの収容所は実際には「労働収容所」であったのに、それらにおいても一人も生き残らなかった事が明らかな様です。それぞれのの入口の看板には「Arbeit Machs du Frei,」もしくは、「労働は貴方を自由にします」とあります。

1981年9月26日の「ネーション」紙の中で、「本当に6百万人死んだのか」という、パンフレットを配った者達を起訴出来る様にするための、南アフリカのユダヤ・コミュニティーの指導者達の、第二次世界大戦中に、ユダヤ人がドイツ人によって殺されたか、確かめてください、という要求への返答に、ドイツ軍備大臣のアルバート・スピールが「(確認)出来ませんでした、」と答えたのが引用されました。スピールは、「集合的な罪悪感」の類は認めたけれど、嘘でもいいからユダヤが殺されたと「告白」しろという、ユダヤ人達による圧力には屈せず、それを拒み、ホロコースト活動の、いかなる直接の知識を、彼が持っている事を否定しました。彼の「罪悪感」の受け入れは、ユダヤのアジテーター(扇動者)であるサイモン・ウィーゼンタールから称賛を得て、それから彼はスピールの新書、「潜入」を支持し始めました。しかしながら、この本は収容所を労働収容所と定義しています。「工場の調査の間、私は集中収容所の収容者達が、ドイツ人労働者の中で働いているのを見ました、」とスピールは9ページに書いています。

スピールがそれらの労働者達を、ユダヤ人とさえ指定していない事に注目してください。「私の調査の間(1943年3月のマウタウゼンで)私は、支え壁も、その上に建てられた兵舎も、高価な花崗岩製であったのに驚かされた。全ては清潔で整っていた。平均的な対飛行機(部隊)の兵舎と同じレベルと云える。収容所とその石の正門と中世の城の庭と、その擬史的な壁と塔は、ロマンチックに近い印象を与えた、」と41ページに彼は書いています。

戦場のドイツ兵士達が、労働収容所の働き手程、快適な兵舎に寝泊まりする事は決してありませんでした。タイム・マガジンのシニア編集長の、オットー・フリードリックが、アトランティック・マンスリーの1981年9月号に記事を書いたのですが、彼は、収容所の生存者達が書いたものを、全て元にしたと明言していて、そしてそれらは決して彼等の存在をバラ色に描いていると、批判される様なものではなかったと提言しています。「アウシュヴィッツの王国」の中でフリードリックは、「アウシュヴィッツはとてつもなく複雑な社会だった。それには独自のサッカー競技場があり、独自の図書館があり、独自の写真ラボがあり、独自のシンフォニー・オーケストラがあった・・・死の収容所に病院がある必要は全く無いのだが、アウシュヴィッツの病院はかなりの大きさに成り、約20名の医師と300名を超える看護婦が勤務していた、」と書いています。

フリードリックは彼自身の記述の裏の意味を無視していますが、大きな近代的な病院がある「死の収容所」は死の収容所では全くなく、健康収容所なのです。「全ての収容所に彼等独自のシンフォニー・オーケストラを持っていた。」これは第二次世界大戦中に米国空軍で兵役についていたこの筆者が任務した22か所のどの軍事駐屯地にも無かった文化的な設備です。「アウシュヴィッツには労働者のための独自の売春宿があった、」とフリードリックは更に書いています。そして何百万人ものユダヤの収容者達がガス室に送り込まれていく写真が撮れて、現像出来たであろう写真ラボがあるのに、その様な写真が展示された事は一度もありません。彼の記事の後半には、アウシュヴィッツは戦争中開発が続けられ、実際には巨大な工業帯に発展し、外側にあった34の収容所のネットワークが、セメント工場、石炭鉱、そしてスティール工場に労働者達を提供していたと、フリードリックは書いています。I.G.ファーベンはそこに巨大なシンセティク・ゴム工場を運営していました。

極度に信仰深い人であったアドルフ・ヒトラーはメイン・キャンプ(我が闘争)に書き残しています。「故に今日私は信じている。私が全知全能の創造主の意志に従って行動している事を。私自身をユダヤに対して防御する事によって、私は主の仕事のために戦っている・・・ユダヤ連による世界のボルシェヴィク化(共産主義過激派化)に対しての戦いはソヴィエト・ロシアに対峙する鮮明な態度を必要とする。デヴィル(悪魔)をベゼルバブ(悪魔)で追い出す事は出来ない。」

戦時中、二つの前線を同時に戦っていた時に、ヒトラーは、ユダヤによる極めてクレヴァーなキャンペーンにより、自身をその熱烈な感情(信仰深さ)から揺り動かされました。連合軍がドイツ市民に対して絨毯爆撃の恐怖のキャンペーンを実施すると事前に知らされ、ドイツの街々からユダヤ人達を避難させる事が必要に成ったのです。彼等のナチス官僚達とネットワークを通して、ユダヤ・コミュニティーの指導者達は、ユダヤ人の「東方への移住」と称した疎開を組織しました。スピールでさえもその計画を承認しましたが、「東へ移住するユダヤ人達の内の働ける者は、その旅を途中で中断し、武器製造の労働をしなければならない」と特定しました。その結果、労働収容所は街から遠く離れた田舎に確立され、ドイツ人女性と子供達を覆った焼夷弾の雨あられからユダヤ人達は逃れられたのです。第二次世界大戦中にドイツでホロコーストは起こりましたが、その被害者はドイツ人達であり、それは深く計画された民族大量惨殺(ジェノサイド)で、その間、ユダヤ人達は集団疎開していて助かりました。

戦後、真実を湾曲させるのに天才的な彼等は、事実を完全に裏返し、あべこべにしました。街でドイツの非戦闘員がホロコーストの炎に包まれた事の代わりに、被害者は、現在、「死の収容所」で「皆殺し」にされたユダヤ人達だという事に成っています。ユダヤの避難、「東方への移住」が、ユダヤの指導者達の要請で組織されたので、多くのユダヤ人達が、彼等自身のプロパガンダを信じ込み、ユダヤの指導者達がヨーロッパのユダヤ人達の「皆殺し」を計画したと非難しました。ですから代表的なユダヤのインテリであるハンナ・アレンドットも、彼女の「エルサレムのエイクマン」の中に、「ユダヤ人が住んでいた何処にでも、認識されたユダヤの指導者達がいて、このリダーシップは、殆ど例外なく、あの手でなければこの手でナチスと協力した、」と恨めしく書いています。勿論、彼等は協力しました。その御蔭で、百万人のドイツ人女性と子供達が命を落としたドイツの街々の絨毯爆撃で、一人のユダヤの命も失われなかったのです。連合軍のベルリン爆撃は、とても多くのドイツ人家族を殺したので、アイゼンハワーは今日、「ベルリンの気違い惨殺者」という皮肉なあだ名で覚えられています。コローン、ハンブルグ、ドレスデン、そしてその他のドイツの街々の爆撃によって起こされた炎の嵐は、第二次世界大戦においての最も大きな暴虐として残ります。

ユダヤのホロコースト神話が造り出されたのは、第二次世界大戦における本当の暴虐を不明瞭にするためなのです。その一番最初の適用は、ソヴィエト軍がカティンの森で行った、14,000人のポーランド人の将校達の機械的な殺害の発覚を隠蔽するためのものでした。これらのポーランド人の将校達は、ポーランドの人口の中で、最も高学歴で、最も技術力に長けたグループでした。スターリンはポーランドにおける共産主義支配を容易にするために、彼等の皆殺しを命じたのです。後にユダヤ人達が、田園風景の地域に連行され、処刑されたという話の元に成ったのが、このカティンの大虐殺なのです。実に、ホロコースト神話を造り出した基本的な目的は、ニューレンバーグ裁判でカティンの森の大虐殺が持ち出され、ソヴィエト・ロシアが恥をかくのを防ぐためのものだったのです。ルーズベルトの親共産主義政権は、カティンの恐怖の隠蔽するために、勇気を持って戦いロシアを補助しました。ジェームス・ポール・ウォーバーグによってセンス情報局に任ぜられたエルマー・デ―ヴィスは、彼の放送でこの暴虐について述べる事を拒否し、W.アヴェレル・ハリマンは、ニューレンバーグ裁判が完了するまで、この話を印刷に載せない事に協力しました。1943年5月21日の「ユダヤのコメント」は、ドイツ人達による(カティン)大虐殺の発見を、以下の様に、「ソヴィエトによる10,000人のポーランド人将校達の殺害の主張の、センセーショナルな成功の後、ドイツのプロパガンダ局は、連合軍を割れさせる、更なる可能性を模索しようと、見るからに決心している、」と嘲笑いました。

ドイツの民間人達を、多くのドイツの街々において、炎の嵐で焼き尽くしただけでなく、何十万人もの日本の民間人を、広島と長崎の原子爆弾投下で焼き尽くしたり、キールホール作戦において、百万人もの共産主義ロシア人達を、ルーズベルトの命により、ソヴィエトの死刑執行人達に手渡したりと、その他を含め、数多くの暴虐が、ユダヤに指揮された連合軍によって行われたので、これらを日食の如く覆い隠す、ドイツ人達の暴虐を作り出す事が必要だったのです。ユダヤの「皆殺し」はオーダーメードの様でした。元々、数字的な根拠が無かったので、当初の推定は、ユダヤの死者数1,200万人でした。ユダヤ人達の中の賢い者達は、100万人以下に訂正する事を提案しました。それより大きな数字だと、後々それは否定されかねなく、ホロコーストの主張全体さえも無効にしかねないからです。ニューヨークの何人かのユダヤ人の物書き達が、600万人という数字を公表し始め、これはすぐに広くに知れ渡ってしまい、ユダヤ人達はこの数字に落ち付かなければならなくなり、それは今日までスタンダードな数字として残っています。自らをホロコーストの「歴史家」に任命したルーシー・S.ダヴィドウィッツは恥ずかしそうに、5,933,900という数字を彼女の「ホロコースト読者」に載せました。確かに、この数字を四捨五入して600万にする事に反論する者はいませんでした。ジョージ G.サドウスキー下院議員は、マーシャル・プランに反対するに際して、「10,000,000のユダヤ人達が殺され、拷問され、奴隷労働収容所に入れられた事の全ては、何も意味しない。」議会議事録、1948年2月23日、と述べています。

ユダヤ人達を、連合軍の絨毯爆撃の恐怖から保護する間、ドイツ人達は、戦争による強要の急務故に、ユダヤ人の事は殆どユダヤ人任せでした。その結果、ユダヤ人達は、戦時中の統一的な惨状の中、彼等のヤミ商業と、拾い集めの才能を生かし繁栄しました。ウァーナー・ソンバートが書いた様に、「戦争はユダヤの収穫」だったのです。「ユダヤに対する戦争」の中でルーシー・ダヴィドウィッツは、ユダヤの不当利得者達について、「この新たな階級は--密輸者達、地下世界(ヤクザ)、成り金達--ゲットーに広がったカフェ、レストラン、そしてナイトクラブの常連に成った。彼等は食事をし、飲み、踊り、時を過ごした、」とこう書いています。

収容所内では、ユダヤ人の収容者達が、彼等の行政管理の完全な指揮をとりました。彼等は収容所を訓練学校化し、彼等の生徒に、ユダヤ人の生存と勝利への、最も熱烈な方法の取得を受けさせました。食べ物の欠片から、衣服、そして性的な快楽と、その他の生活の様相の全てが、最も物騒な物々交換と、優位性への策略の媒体と成りました。フリードリックはその一つを「アウシュヴィッツの王国」の中で引用しています。「集中収容所での存在は、世界全体が、本当は集中収容所の様だという事を私達に教えた。世界は正義や道徳で支配されているものではない。犯罪は罰せられず美徳は報酬されない。世界は力(権力)によって支配されている。私達はある種の新しい怪物的な文明の基礎を並べている。」

実際に、ユダヤ人達は、収容所を、彼等のための最も熱烈なタルムード的な訓練学校を再創造する好機とみなし、中世のゲットーから出始めた事から失いつつあった厳密な教育を復活させるのに使いました。彼等が収容所で再構築した、彼等の遺伝子的なエネルギー源の中で荒れ狂い、彼等は必然的な戦争の終結のために準備し、自らをパンドラの箱から出た、最も荒廃的な疫病の如く、地の戦争疲弊した国々へと解き放ったのです。彼等が無力なキリスト教徒達の上に降りた時、彼等はすぐさま「新たな怪物的な文明」を作り上げました。あるユダヤ人は、「私が集中収容所を離れた時、私が誰でも取る(相手とる・命を取る、etc.)事が出来ると突然気づいた、」と豪語しました。

この権力のための学校の卒業生達は、直ぐに裕福に成り、多くの国々において影響力の強い住人達と成りました。その一人残らずが、熱狂的なシオニストです。彼等はゴイム(非ユダヤ・家畜)に対する軽蔑の元に統一され、非ユダヤの家畜達を奴隷化し、操ろうと提案しました。1948年のイスラエル国家建国と共に、彼等は直ぐに合衆国政府をテルアヴィヴの隷属へと変質させていき最も偉大な国の富を他の国々で、彼等の目的を進行させるために使っていきました。その全てのケースで彼等は、ホロコースト神話を彼等の目的を進めるために利用しました。ゴイムはユダヤの「皆殺し」の話や映画で充満させられました。アン・ロイフィーは「記憶の無い世代」の62ページに、「ガスの価格が上がり、供給が不足し始めると、彼等(ドイツ人達)は赤子や子供達を、直接燃え盛るオーヴンへと投げ入れた」と書いています。彼女が伝える事が出来ていないのは、ドイツ人達が「燃え盛るオーヴェン」でどの様な燃料を使用していたのかという事です。ユダヤ人は、何百万人ものユダヤ人達を処分した、ドイツ人の「近代テクノロジー」を変わる事無く書き続けましたが、唯一のこの「テクノロジー」の証拠は、19世紀からの遺物の様な2つの小さなオーヴンの図で、それらでは1日に2,3の人体を焼却するのがやっとです。火葬場で人体を焼く場合、最初の90分間は2200F度(C度=9分の5F度)必要とし、その後、60分から150分1800F度で焼きますが、これでも骨までは焼き切りません。燃料の供給が欠けていたので、ドイツ人達は、被害者達を焼く計画を始めるのに、必要な燃料すら手に入れる事が出来なかったのです。

その後、ユダヤ人達は、被害者達への毒々しい化学的な人体実験の話を紹介し始めました。実際にワシントン・ポスト紙は最近、無力な被害者達が、強烈な痛みや、吐き気や発作、頭髪の消失といった症状の出る、化学薬品を投薬されたという、ホラー話のシリーズを載せました。しかし、それらの被害者は、ナチス集中収容所のユダヤ人達ではありませんでした。彼等は、ガン治療のために、政府の医師達によって、様々な薬を試されたワシントンの国立健康病院の患者達でした。殆どの被害者達は、彼等のガンが少しも改善する事も無く、苦痛の中で亡くなりました。アメリカの刑務所では、囚人への色々な化学薬品の実験は、もう何年にも渡り続けられています。私達の政府が、「ナチス戦争犯罪者」の追跡のために(税金を)着服し続ける中、彼等の刑務所や病院においての化学実験は邪魔される事無く続いているのです。

「ナチス・ハンター」のサイモン・ウィーゼンタールは、第二次世界大戦中はゲシュタポのエージェントであったという公表にも関わらず、ワシントンでカルト的な存在に成りました。彼の、彼唯一が近年、ホロコースト神話を生き延びさせているという、主張への多くのユダヤ仲間からの批判は増え続けています。もうすぐ彼は、その神話自体を発明したと云い出すかも知れません。そうこうしている内に、アメリカの人々は、イスラエル国家をサポートするために破綻寸前まで追い込まれ、救出の見込みも見つけられそうにありません。

更に、合衆国は、ドイツの市民グループによる、4,000億ドルの賠償金を求める提訴の可能性と向き合わなければなりません。この主張の元になっているのは、「六百万人のユダヤ人の皆殺し」への「賠償」として、西ドイツがイスラエル国家へ、強制的に支払わされた1,000憶マルクです。その(ユダヤの)主張は間違いだっただけでなく、それ(賠償支払い)は西ドイツにおいて、合衆国が続ける軍事占領による恐喝だったからです。ドイツ人達の論点は、全ての起訴・告訴された元収容所ガード達が問われた罪は、ユダヤ人収容者達を「殴打した」罪で、実際に誰かを「ガス送り」にしたという罪を問われた者は、一人も居なかったという事です。ドイツのボンの報道情報オフィスのカート・ベッカーは、1981年6月8日のニュースウィ―クに、「1980年12月31日までに、西ドイツは、イスラエル国家に630億マルクまたは300億ドルを支払い、更に95億ドルを支払う約束をさせられている。それに加えて、ドイツの企業連はユダヤの「労働者達」への賠償として、何十億(ドル?マルク?)も強制的に支払わせられて、そして何十億ドルにも上る電気・電話のインフラ整備の負担と、そして他のテクノロジー的な贈り物をイスラエルに提供する事を強要された、」と明言しています。

対照的だったのは、第一次世界大戦後に、賠償金委員会がドイツに要求した300億ドルで、それをドイツが戦った相手の国々で分けるといったものでした。この要求の内、数百万ドルだけが支払われたのですが、イスラエル国家のみで、第一次世界大戦において、ドイツと戦った国々の全てを合わせた総額よりも大きな額を、イスラエル国家は既に支払わせています。東ドイツ民主共和国は、イスラエル国家に賠償金を払う責任がある事を否定し、何も支払いませんでしたので西ドイツにイスラエル国家へ何百億ドルも支払わせた全責任は合衆国にあるのは明白です。ドイツ政府は、アメリカの占領軍の権力が無ければ、決してこのお金を支払わなかったでしょうが、しかし、アメリカの納税者達は、アメリカ軍が西ドイツに駐屯するのは、ロシアの進行と対峙するためだと伝えられているのです。私達の軍事的な取り立て屋の、この説明のバカげた本質は、西ドイツにいるアメリカ軍の総力では、進軍するロシア軍を、2時間から4時間しか遅れさせる事が出来ないという事が認識されれば、暴露されます!

アメリカ軍が、イスラエルへ支払えと、西ドイツに強要した支払は、西ドイツの経済的な問題に重く貢献し、ドイツにおける反アメリカ感情の増加の原因と成っています。多くのドイツ人達が、合衆国を「混血文化」と嘲笑い、西ドイツを占領している軍隊に、多くの黒人がいる故に私達を「ムラート(白黒混血)国家」と呼びます。

ドイツ人達のホロコースト神話に対する疑問を許さない、アメリカ軍による占領によって保たれた独裁政治故に、ドイツの愛国者達は、イスラエルのためのこのコンスピリシーを暴露する唯一の道は、合衆国を、イスラエルへの全ての「ホロコースト」支払と、それへの利子の返済のために、法の下に訴える事だと信じているのです。この要求はもうすぐ世界裁判所の前にもたらされます。その間アメリカ人は、満たされる事の無いイスラエルの要求から、崩壊しつつあるアメリカの経済をどう救うかを決定しなければなりません。完全なるホロコースト詐欺の暴露だけが唯一、留まる事を知らず、常に増え続けるイスラエルへの支払いの責任から、私達の政府・官僚達を解放するでしょう。

教皇ベネディクト16世の最後の演説: 木星から土星の時代へ


Full text of Benedict XVI’s last address
教皇ベネディクト16世の最後の演説
http://www.catholicherald.co.uk/news/2013/02/27/benedict-xvi-gives-emotional-last-address-im-moved-i-see-the-church-alive/


親愛なる司教職と司祭職にある兄弟の皆様
 政治当局者の皆様
 親愛なる兄弟姉妹の皆様

 わたしの最後の一般謁見にこれほど多くのかたが来てくださったことを感謝申し上げます。

 心から感謝します。わたしは本当に感動しています。そしてわたしは、教会が生きているのを目の当たりにしています。まだ冬であるにもかかわらず、創造主である神が今日わたしたちによい天気を与えてくださったことにも感謝しなければならないと思います。

 たったいま朗読された聖書の箇所で使徒パウロが行ったのと同じように、わたしも、何よりもまず神に感謝しなければならないと心に感じます。神は教会を導き、成長させてくださいます。みことばの種を蒔いて、ご自分の民の信仰を深めてくださいます。このときにあたり、わたしは心を広げて世界中に散らばる全教会を抱きます。そして、このペトロの奉仕職を務めた数年の間にわたしが聞いた「知らせ」のゆえに神に感謝します。この「知らせ」は、主イエス・キリストへの信仰、教会のからだを真の意味で循環し、愛のうちに生きるよう促した聖なる愛、そして、わたしたちの心を開き、完全ないのちへと、天の祖国へと向かわせる希望に関するものです。

 わたしは、すべての人を祈りのうちに神のみ前で抱いているのを感じます。わたしはそこで、すべての出会い、旅行、使徒的訪問を思い起こします。わたしはすべてのこととすべての人を祈りのうちにまとめて、主にゆだねます。それは、わたしたちがあらゆる知恵と霊的理解によって、神のみ心を十分悟り、神とその愛にふさわしいしかたで行動し、あらゆるよいわざを行って実を結ぶためです(コロサイ1・9-10参照)。

 このときにあたり、わたしは深い信頼を感じます。わたしも、また皆様すべても知っているからです。福音の真理のことばこそが教会の力であり、いのちだということを。信者の共同体が福音に耳を傾け、真理と愛のうちに神の恵みを受け入れるなら、福音は必ず清め、新たにし、実りをもたらしてくれます。これがわたしの信頼です。これがわたしの喜びです。

 8年前の4月19日にペトロの奉仕職を引き受けることを受諾したとき、わたしはこのことをしっかりと確信しました。そしてこの確信はつねにわたしを離れませんでした。すでに何度もお話ししたとおり、そのときわたしの心に浮かんだのは次のことばでした。主よ、なぜわたしをこのために呼ばれたのですか。あなたはわたしに何をお望みなのですか。あなたがわたしの肩に負わせる荷はあまりにも重いものです。けれども、もしあなたがお望みでしたら、おことばどおり網を降ろしてみましょう。たとえどれほどわたしが弱い者であっても、あなたが導いてくださると信じます。8年後に、わたしはこういうことができます。主はわたしを導いてくださいました。主はわたしのそばにいてくださいました。わたしは日々、主がともにいてくださるのを感じることができました。これが教会の歩みの特徴です。そこには喜びと光のときもあれば、困難なときもあります。わたしはガリラヤ湖上の船の中にいる聖ペトロと使徒たちと同じことを感じます。主は、太陽が注ぎ、そよ風の吹く多くの日々を、多くののとれた日々を与えてくださいました。教会史全体と同じように、波が荒れ、逆風が吹き、主が眠っておられるかのように思われるときもありました。しかしわたしにはつねに分かっていました。この船の中には主がおられるということを。わたしにはつねに分かっていました。教会という船は、わたしのものでも、わたしたちのものでもなく、主のものだということを。主は船が沈むに任せません。主が船を導かれます。もちろんそれは、主が選んだ人々を通しても行われます。主がそう望まれたからです。かつても今も、何ものもこの確信を揺るがすことはありません。だから今日、わたしの心は神への感謝で満たされます。神は全教会に、またわたしにも、いつも豊かな慰めと光と愛を与えてくださったからです。

 わたしたちは「信仰年」を過ごしています。わたしが「信仰年」開催を望んだのは、信仰をますます二義的なものにしようとする状況の中で、自分たちの神への信仰を強めるためです。皆様にお願いしたいと思います。主への堅固な信頼を新たにしてください。幼子のように神の手に身をゆだねてください。神の手がいつもわたしたちを支え、疲れたときも、日々、歩ませてくれることを信じてください。すべての人が、神に愛されていることを感じることができますように。神はわたしたちのために御子を与え、限りない愛を示してくださったからです。すべての人が、キリスト信者であることの喜びを感じることができますように。毎朝唱える美しい祈りはいいます。「わたしの神よ。あなたをあがめ、心からあなたを愛します。わたしたちを造り、キリスト信者としてくださったことをあなたに感謝します」。まことに、信仰の恵みは喜ばしいものです。それはだれもわたしたちから取り去ることのできない、貴い宝です。祈りと、一貫したキリスト教的生活をもって、日々、この恵みを主に感謝したいと思います。神はわたしたちを愛してくださいます。けれども神は、わたしたちも神を愛することを期待しておられます。

 けれども、このときにあたり、わたしが感謝したいのは神に対してだけではありません。教皇はペトロの船を一人で導くのではありません。たとえ教皇が第一の責任を担うとしても。わたしは、ペトロの奉仕職の喜びと重荷を一人で担っていると感じたことなど決してありません。主はわたしのそばに多くの人を置いてくださいました。彼らは寛大な心と、神と教会への愛をもってわたしを助け、わたしに寄り添ってくださいました。何よりも、親愛なる兄弟である枢機卿の皆様に感謝します。皆様の知恵と助言と友情は、わたしにとってかけがえのないものでした。わたしの協力者の皆様、第一に、長年にわたり忠実にわたしに同伴してくれた(タルチジオ・ベルトーネ)国務省長官に感謝します。国務省と教皇庁全体、また、さまざまな分野で聖座にご奉仕くださったすべての人々に感謝します。目立つことなく、陰に隠れたしかたで、しかしまさに沈黙と日々の献身と信仰と謙遜の精神のうちに、確かな信頼できる支えとなってくださった多くのかたがたに感謝します。わたしはとくにわたしの教区であるローマ教会に思いを致します。司教職と司祭職にある兄弟、奉献生活者、神の民全体を、わたしは決して忘れません。さまざまな小教区訪問、集会、謁見、旅行の中で、わたしはいつも深い気遣いと愛情を感じました。しかし、わたしも牧者としての愛をもって、一人残らずすべての人の幸いを願ってきました。すべての牧者が心から抱くこの愛は、とりわけ使徒ペトロの後継者であるローマ司教のものです。わたしは毎日、父としての心をもって、皆様すべてのことを祈りの中で心にとめてきました。

 さらにわたしは、すべての人にあいさつと感謝を申し上げます。教皇の心は全世界に広がります。聖座に駐在する外交使節団の皆様に感謝申し上げます。皆様は諸国家から成る大家族を示してくださいます。この機会に、メディアのために働くすべてのかたがたにも思いを致します。皆様の重要な仕事に感謝します。

 ここで、この最後の数週間の間、気遣いと友情と祈りのしるしを送ってくださった、全世界の多くのかたがたにも心から感謝申し上げたいと思います。まことに、教皇は決して独りきりではありません。今わたしはそのことをもう一度、深い感動をもって感じます。教皇はすべての人のものです。また多くの人が教皇を身近に感じています。確かにわたしは、世界の偉い人々から手紙を受け取りました。国家元首、宗教指導者、文化界の代表者などです。しかしわたしは、普通の人々からも多くの手紙をいただきました。彼らは単純に心から手紙を書き、その愛情を感じさせてくださいました。この愛情は、教会の中でキリスト・イエスとともにいることから生まれます。これらのかたがたは、王様や、会ったことのない偉い人に書くようなしかたでわたしに手紙を書いたのではありません。彼らは兄弟姉妹として、子として、愛に満ちた家族のきずなを感じながら、わたしに手紙を書いてくださったのです。わたしたちはここで、教会とは何であるかに手で触れることができます。教会は、宗教的または人道的な目的で作られた組織でも団体でもありません。それはイエス・キリストのからだにおける兄弟姉妹の交わりです。イエス・キリストが、わたしたち皆を一つにしてくださるからです。このような形で教会を感じ、その真理と愛の力にいわば手で触れられることは、喜びをもたらします。現代、多くの人が教会は衰退していると語っているからです。しかし、わたしたちは今日、教会が生きていることを目の当たりにしています。

 数か月前から、わたしは自分の力が衰えてきたのを感じました。そこでわたしは祈りの中で熱心に神に願いました。あなたの光でわたしを照らしてください。わたしのためではなく、教会のために正しい決断を行うことができますようにと。わたしはそれが重大かつ新規なものであることを十分自覚しつつ、深い心の落ち着きをもってこの決定を行いました。教会を愛するとは、困難で苦しい決断を勇気をもって行うことでもあります。しかし、つねに自分のためではなく、教会のためを思わなければなりません。

 ここでもう一度2005年4月19日に戻ることをおゆるしください。この決断が重大なのは、次のことのうちにもありました。すなわち、このときから、わたしはつねに、また永遠に、主のために働かなければならないということです。つねに――ペトロの奉仕職を引き受ける者には、もはやいかなるプライバシーもありません。彼はつねにまた完全に、すべての人のもの、全教会のものです。彼の人生からは、いわば完全に私的な側面が取り去られます。人はいのちを与えることによって、それを受けます。わたしはそのことを感じることができましたし、まさに今このときに感じています。申し上げたとおり、主を愛する多くの人は、聖ペトロの後継者をも愛します。彼に愛情をもっています。教皇には本当に全世界に兄弟姉妹がいます。子がいます。教皇は皆様の交わりに包まれて、安心を感じます。それは、教皇が自分のものではないからです。教皇はすべての人のものであり、すべての人は教皇のものだからです。

 「つねに」はまた「永遠に」ということでもあります。わたしが私人に戻るということはありえません。教皇職を行使するのをやめるという決断をしたからといって、私人に戻るということにはなりません。わたしは私的な生活に戻って、旅行し、人と会い、招待され、会議に出たりはしません。わたしは十字架を放棄するのではありません。むしろ、新たなしかたで十字架につけられた主のもとにとどまります。わたしにはもはや教会統治のための権能がありません。むしろ、いわば、祈りの奉仕によって、聖ペトロの囲いの中にとどまります。わたしが教皇名を彼からとった聖ベネディクトゥス(480頃-547/560年頃)は、わたしにとってこのことの模範となります。彼はわたしたちに、能動的にであれ受動的にであれ、完全に神のわざに属した生き方を示してくれたのです。

 このような重大な決断を尊重と理解をもって受け入れてくださった皆様一人ひとりに感謝します。わたしは祈りと考察によって教会とともに歩み続けます。今まで日々果たそうと努めてきた主とその花嫁への同じ献身をもって。この献身はこれからも変わることがありません。皆様にお願いします。神のみ前でわたしのことを思い起こしてください。何よりも、きわめて重要な使命を果たすよう招かれた枢機卿のため、新しい使徒ペトロの後継者のために祈ってください。主がご自身の霊の光と力をもって新しい教皇とともに歩んでくださいますように。

 神の母であり教会の母であるおとめマリアの母としての執り成しを願い求めます。わたしたち一人ひとりと教会共同体全体とともに歩んでください。深い信頼をもってあなたに身をゆだねます。

 親愛なる友人の皆様。神はご自身の教会を導き、つねに支えてくださいます。とくに困難なときに。このような信仰に基づくものの見方を失ってはなりません。これこそが教会と世界の歩みに関する唯一真実なものの見方だからです。わたしたちの心が、皆様一人ひとりの心が、いつも喜びをもってこう確信することができますように。主はわたしたちのそばにおられます。主がわたしたちを見捨てることはありません。主はわたしたちのそばにいて、その愛をもって包んでくださいます。ありがとうございます。

和訳:カトリック中央協議会

教皇ベネディクトの退位が象徴しているのは、木星の統治(魚座が春分点にある時代)が終わり、土星の統治(水瓶座が春分点にある時代)が始まった事です。

歳差運動において、ゾディアックの12の星座は、時計回りにとてもゆっくりと移動します(72年毎に1度の角度)。春分点が、一つの星座から、その隣の星座に入るまで、2,000年以上かかります。

2zodi.png

上の図において、7時の位置にある水瓶座が、現在、9時の位置(春分点)まで移動したと言う事です。その図の中で、8時の位置にある魚座は、過去2,000年強、9時の位置にありましたが、徐々に、ゆっくりと、時計回りに移動し、今は10時の位置に入りました。

3Rulers.gif

魚座( Pisces )の統治者は木星で、水瓶座( Aquarius )の統治者は土星(サターン)です。

Video: Watch the incredible moment lightning strikes the Vatican TWICE after Pope's shock resignation
ビデオ:教皇の驚きの退位の数時間後に稲妻が2度バチカンに落ちる驚きの瞬間を目撃して下さい
http://www.mirror.co.uk/news/world-news/lightning-bolt-hits-vatican-watch-1705195


1thunderstrike.jpg

ペトロ=ピーター=ジュピター(木星)=ゼウス

ゼウス/ジュピーター
4Jupiter zeus

その右手に持っているのは・・・?

宇宙神学 &星(星座)的な神話学

Astro-Theology
& Sidereal Mythology
宇宙神学
&星(星座)的な神話学

by Michael Tsarion
マイケル・タツァーリオン著

前書き:

・・・恐らくそれを見たいと熱望する者のために、天界に設定されたパターンがあり、そしてそれを見る事は、人自身の中にそれを見つける事です。
- プラトン


存在へと現れた全ての物事には、それらが存在するための理由がありますが、知性的な無気力は、時の進行と共に、何故、幾らかの物事が事実では無いのにも拘わらず、事実として受け入れられている理由です。私達は、人のスピリット(霊)ではなく、人のエゴが崇拝され増強される時代に住んでいます。私達は、神聖であると言われる全てに、(不純物が)混ぜ合わされ、減退した状態である事を認めるべきです。誠実で詳細な観測が見せるのは、秘儀的な正典、偉大な易断のヘルメス的な芸術(技術):タロット、占星学、カバラ、そして数秘学において実にそうである(不純物が混ざっている)と言う事です。

私がタロットの真剣な研究に取り掛かった時、私が原型的な占星学の本当の秘密を見つけたのは其処においてでした。易断の高度な技術はそれぞれが、彼等が信仰する太陽がそうする様に、より大いなる秘密を隠そうと望む者達の、胡散臭い改竄、人工操作、そして保つ事の出来ない解釈から苦しめられました。加えて、今日の過度に脱臼させられた(コンパート化された)学術の世界の中で、易断の技術は、それらが過去においては常にそうであった様に、一つの学課として殆ど教えられていません。そうであるにしても、私が発見した様に、宇宙的(統一的)な意志(知性)は、常に機能している様です。私の探求において私が見つけたのは、一つの技術から取り出されたもの、または失われたものは、その従兄弟(分派)の中に保存され、辿り帰る事が出来る事です。数秘学から削除されたもの、または失われたものは、例えばカバラの中に未だ健在である事を私は見つけました。カバラから失われたものは、タロットの研究から私は復活させる事が出来た等々です。ですから、考古学者の様に、唯一秘儀的な領域において、私はこれらの遺物のいわゆる「埃を掃う」仕方を学び、そして再び一つにまとめる事を学びました。私がこれを行ったのは、前提条件、または好みの(先入観的)理論、そして偏った信念、または偏見を持たずにです。最終的な体系がどの様な形に成るか、私は知りませんでした。私の探求が、私を、時を通して連れ戻り、時間と人の両方が私達の先祖のこれらの神秘的な創造に行った滑稽化を見せるとは殆ど気付いていませんでした。

一般的に教えられる学問としての歴史は、全ての学問において最も退屈な学問の一つであると、私達は大方、同意するかも知れません。しかしながら、歴史の学問がどう人工操作されてきたのかの研究は、全ての学問の中で最も興味深い学問の一つであるのは確かでしょう。
- マイケル・タツァ―リオン


今日、地球と人間のサイキ(精神)の哀れな状態によって、人類は虚無主義と悲惨な不幸に向かって向いています。私達の、未来への強迫観念に囚われた様な病的執着によって、私達は今、古代の易断者達とマギ(賢者)達の崇高な遺言系統に無知な中で生きる事を好み、そして彼等の多くの犠牲と献身、そして自然の錬金術的な本質の、彼等の観測に無関心です。人は、人が馬鹿げた事を信じるのを止めた時に、非道を犯す事を止めるとヴォルテールは言いました。私達の時代は、何よりも、通俗的な馬鹿げた事に目がない様です。私の探求において、其処には常に多くの暗闇があり、意味が判らない多くがありました。当初、殆ど光を放たなかった幾つも手掛かりがありましたが、一つ一つが足された時、その他の学問が今まで出来なかった方法で私の関心をイルミネート(発光)させました。

タロットを研究した時、私は特に幾つかの問いを持っていました。単なる美覚的、芸術的な知識は、その謎めいたシンボルを詳細に説明するには役にたたず、そして書籍が言う殆どは矛盾的でいい加減な様でした。ですから私はこう書いたヴァ―ノン・ハワードの英知に続きました:人間のノンセンスを、ノンセンスとして理解し、それの意味を理解しようとする、時間の無駄を救いなさい。

中世の(タロットの)パックは、望の無い程、腐敗していて・・・または一貫したシステムまたは明快な美の形として、その本の太古の真実を表す事からは程遠い。
- アレイスター・クローリー(トート/ヘルメスの書)



Tarot & Astro-Theology
タロット&宇宙神学


タロットの78種のカードの特有なイメージの起源については、多くの推測や意見があります。これらのイメージは何処に起因して、何を表しているのでしょう?幾らかの人達は、それらの構図が特定の話しを伝えていると言います。実際に、私が信じ、推進するのは、私達が人生、存在/あり方、そして宇宙を経験するまで、太古のエジプト人や地中海の人々がした様に、タロットについて完全な理解を得る事を望む事は出来ないという事です。彼等が知覚した自然、宇宙、そして存在/あり方の神秘/謎は、タロットの中に抱擁されています。プロテヌスが記述した様に:

「(古代)エジプト人達は、正確な科学的、または自発的に、音と単語を表現する一般のアルファベットの代わりに、物質/物体のはっきりとした絵(象形文字)の方法で彼等が書く手法に辿り着きました。これらの絵は物事の普通のイメージではなく、それらが代理するのは、特定の象徴的な質(ソフィア/知識)を与えられたもので、それによってそれらが入門している(意味を既に教えられた)人に明かすのは、物事の実体の実の本質の中への意味深い洞察で、そして彼等(それら)の超越的(超自然的)な起源の直感的な理解で、その洞察は理由づけや、頭脳的な反映の結果ではなく、神聖な霊感と聡明化(イルミネーション)によって自発的に会得されたものです。この現象的な世界の芸術(技術)的な代表として、彼等が明かすのは、実際に、スピリットの理想的な世界です。」

タロットが含むのは、彼等(私達の先祖)の人生における全ての要素の経験で、マクロコズム(大宇宙)的でマイクロコズム(ミクロコズム/小宇宙)的なものです。主要な22枚のカードは、太古の人々の「写真」と呼べます。ですがそれらは物質的な世界唯一のものではありません。それはまた、神秘的そして原型的な次元の、象徴的な代理でもあるのです。それらは私達に、認識の髄組織的(土台的・原型的)なレベルまで超越する事、そして経管的(間惑星的)なレベルまで上昇する事を許します。タロット・カードは、占星学的な図表(ホルスのスコープ/ホロスコープ)の様に、集合的、そして独立的に、小宇宙(人体)的そして大宇宙的な次元の、合成された象徴的な描写を表します。それらはまた、私達の内的、外的環境との相互作用からくる、流動性変化も描写します。その易断技術が私達に思い起こさせるのは、私達の内的な世界は、「外的」な世界と呼ばれるものから、分離されていないと言う事です。それらが私達に思い出させるのは、サイキ(精神)的なエネルギーと、物理(肉体)的なエネルギーは同じもので、2つの異なった角度から見られたものだと言う事です。それらが私達に思い起こさせるのは、エゴと自己、行う事と存在する事、そして生命と生活方法が、同じものではない事です。人はその人の環境を変え、それは、順を追って、その人を変えます。

人は世界の一部であると同時に、それから分離したものでもあります。私達のエゴは、魔術(マジック)は物質上のマインドの活動と誤って想像する傲慢さを持ちます。これは科学を鼓舞するひねくれた観念です。しかいながら、真実なのは、本当のマジックは、マインドがどう物質によって、自然によって、そして私達が生命と呼ぶマジック的で神秘的な行程によって影響されているかと言う事です。私達が飲むグラス(コップ)の中の水は、その行動によって永遠に変えられてしまいます。ですが私達もまたその同じ単純な行動(水を飲む事)によって永遠に変えられてしまいます。

「真の象徴学(シンボリズム)は、時間、空間、物質的な本質、そしてその他多くの限定的な特徴において、お互いからそれぞれ異なる物事が、同じ本質的な質を保有し、表す事が出来るという事実に便り(左右され)ます。」
- タイタス・バークハードット


占星学的な不正確さと誤信

現在の通俗的な占星学者達が信じる様に、宇宙空間の遠い部分に浮遊する岩が、意識に影響を及ぼすと信じていた太古の占星学者、または易断者は一人もいませんでした。この様な事は全く教えられず、そしてこれ程、実際の真実からかけ離れたものはありません。もし惑星火星が明日、爆発したとしても、火星に代理される人間の(乱暴な)気質が意識から消えて無くなる事を意味しません。私のタロットスコープ・システムが主張する様に、そのゾデイアックは(人の)内的なもの(小宇宙)です。私はそれを「生きている神託」と呼びます。外的なそれぞれの惑星は、意識上への不思議な影響は持っておらず、少なくとも人の運命に影響を及ぼすのに十分ではありません。それは原則的な過ちで、そうではないと異なって主張する大きな形而上学(哲学)的な混乱の土台です。

哲学者は星々を超える力を持ち、そして星々は彼を超える力を持たない事を知りなさい - パラケルサス

貴方が、星々は貴方の頭上の何かであると経験し続ける限り、貴方には知識の眼が欠けています - フレデリック・ニーチェ

・・・恐らく、それを見ようと熱望する人のために、天界の中にパターンが設定され、そしてそれ(大宇宙)を見た事によって、人はその人自身の中にそれ(小宇宙)を見つけるのでしょう - プラトン

・・・太陽系のそれぞれの惑星が名付けられた、または象徴化された時・・・推測されなければならないのは、そう呼ばれた惑星的な天体自体が、サイキ(精神)とスピリット(霊)的な世界のセプテナリー(6+1のシステム)的な本質の純粋で物理的な領域を典型している以外の事ではない事です。 - ヘレナ・ペトロフナ・ブラヴァッツキ―婦人

特別な力がそれぞれの惑星とそれぞれの恒星から発生しているという意見は、占星学の間違った解釈です - R.A. シュワラー・デ・ルービッツ(神聖な科学)

私達の誰しもが知る様に、科学は星々と共に始まり、そして人類はそれらの中の無意識の支配者であるその神々と共に、ゾデイアックの奇妙で心理的な質を発見し、それは人間の特徴の完全に投影された理論です - カール・グスタフ・ユング


現在の誤信が存在するのは、占星学の太古の科学とその姉妹学術の、原則的な主張と、その根底を安全にする哲学に、時間を超えて、悪賢く辛抱強い改竄が成されたためです。私達が推測出来るのは、太古の神託、シャーマン達、魔女達、神秘主義者達、グノーシス主義者達、易断者達を、猛烈に惨殺し、略奪し、虐殺し、そして汚す事を共謀した同じ勢力が、そして国々の全体を剣にかけた者達が、彼等の成功的な努力の後に、彼等による被害者達によって行われていた、これらの実の芸術(技術)を、完璧に清純な状態で残すはずがないと言う事です。第一に彼等が狙っていたのはこれらの芸術で、そして彼等は着服し、隠蔽する事を欲していました。故に、もし私達が易断の技術が今でも存在しているのを見つけるなら、私達はそれ(見つける事)をしますが、それらがそれらの原型でも汚染されていない形状であるはずがないのは、言うまでもありません。それらは歪められているはずで、その一つ一つがお互いから切断されているだけでなく、頻繁に相応しくない助言を生み出す事からも、この事実を表しています。ユダヤ-キリスト教の中のエリート達は、これらの技術の単なる隠蔽だけでは機能しないであろう事を知っていました。その大いなる技術が、太古の世界の普通一般の人々のマインドと心の中にとても深く染みこんでいたので、隠蔽はその活動が地下に潜る事を強いるだけでした。もっと良い方法は、すると、徐々にそれらを微調整して、それらを歪めて、そしてそれらをにする事で、ですからそれらは存在し機能する様に(表向きには)現れますが、実際には不完全にしか機能していません。易断の高度な技術は今、お互いから切り離された事、そして分離された別々の学問として学ばれ、教えられ、使用され、そして研究される事から苦しみます。この滑稽化だけでも悪意ある(有害な)影響力を表しています。

近代において、太古の人々の特定的な視野と教えを、正しく研究した学者はあまりいません。私達は、故に、賢明な(古代)エジプトの星座主義者達がどう生命、存在(あり方)、そして宇宙を見たのかの正確な理解を得るために、ジョーダン・マックスウェル、ジェラルド・マッセイ、アルヴィン・ボイド・クーン、そして上述されたその他の学者達の研究を読者が探求する事をお薦めしますが、それはもし、私達がその視野に戻らないなら、私達は一つの種として、完全なる破壊へと運命づけられているからです。そして幾ら数多くの「イズム」(~主義)や「オロギー」(~学)があろうとも、それを決して防ぐ事は出来ません。

究極的に、生徒(探求者)は、学問の中の学問である宇宙神学を最終的に誠実に研究しなければなりません。「星々の宗教」である宇宙神学は、星座主義とも、サベア(古語)主義とも、そして天体学(天文学)とも呼ばれます。一般の占星学と天文学が由来したのはこの大いなる学問からです。これらの研究のどんなものであっても、それらの親である宇宙神学を理解する事無しでは、完全に成れる事は、どうやっても出来ません。

このサイト上において、私達はこの宇宙神学の学問、特に占星学の易断技術とタロットの、その重要な関係の復活のために努力します。独立的なマインドと開けた心を持つ人達は、どうか読み続けて下さい。

タロットが含んでいるのは、実に、人格の天体的な体への変格と、そのまた逆の様な全ての謎(神秘)です。「エノクの歯車」は古(いにしえ)の発明で、その最も太古の物は中国で見つけられます。それを持っていなかった国家は一つも無く、その本当の意味は最大の秘密主義の中に保存されていると、エリファス・リヴィーは言います。それは宇宙的(統一的)な遺産です - ヘレナ・ペトロフナ・ブラヴァツキー婦人

タロットの起源

現代の通俗的(一般の)学者達と、オカルト(隠されたもの/秘儀)の物知りのふりをする者達は、タロットの実際の古さを知らず、古代ギリシャ以後の時代に起因すると信じています。そのカードの起源の秘密は、それらのカード自体の中に、それらの衝撃的で、そして謎めいたイメージの中に含まれていています。

その問題の事実は、そして全ての者達によって理解されるべき事は、タロットが純粋に(古代)エジプトに起源する事です。

・・・古代ギリシャの哲学者、イアンビリカスによると、タロットの主要なアーカナ(カード)と同様な22種のフレスコ画のシリーズ(連続)が、その昔、迷路の様な通路を通って入れる、秘密の地下のギャラリーの壁を飾ったと言います。これらのフレスコ画の意味の中へと入門しようと望む神官達は、大いなるスフィンクスの胸の中にある扉を通って地下通路へと入りました。その初級の祭司(神官)はそれから、この秘密のギャラリーの中で繰り返しスフィンクスのモチーフに出会いました。それぞれの壁に並ぶフレスコ画は、スフィンクスの様な女人像の柱によって両側を挟まれ、全部で24種あり、そしてスフィンクスの形をした11のクリスタル(水晶)のランプで灯されていると言います。スフィンクスはまた、フレスコ画の10種(タロットのアーカナム/主要カードの10枚)にも顕著に描かれ、創造の科学を一緒に描く、0から10までのフレスコ画の並びの最後です・・・また、アーカナムの21番目(その連続の最後の絵/象形)は、スフィンクスの4つのゾデイアック(春分/秋分・夏至/冬至)を描き、(それらは)大きな花輪の周りに均等に分散されています。加えて、入門を許された祭司達は、黄金の鎖(ネックレス)に繋がれたローズ・クロス(薔薇十字)をその首の周りにつけました。これはスフィンクスの4つのサイン(星座)を表し、牡牛座(当時の春分)、獅子座(夏至)、鷲座(蠍座/秋分)、そして水瓶座(冬至)を表し、その十字の4つの腕の間の薔薇の周りに均等に分配されました - ジョン・バプティス・ピトイス(魔術の歴史)
(注:春分・秋分/夏至・冬至の地点は歳差運動によって72年毎に1度ずれます。360度を12の星座で割ると、1つの星座の時代は2000年強続きます。古代エジプトの時代は、春分点が牡牛座から牡羊座に移行した時代で、その後、春分点は、魚座を通り、現在は水瓶座に入ったばかりです。)(72x360度=太陽の公転

元々のタロットのデザインの遺物は、紀元前2000年頃にエジプトの首都であった、テーベの寺院の遺跡の中に今日見られ、特にメディネット・アボウの宮殿の広間の太古の天井に見られます。加えて、22枚の主要なカードはまた、死者の書の中にパラレル(平行)されているのが見られ、何千年も前に刻まれたスケッチ(象形)、または世界画として石の地下室に刻まれています - トニー・ブッシュビー(聖書の中の秘密)

キリストの神話

このキリストの神話は、私達に大いに役立った - (ローマ)教皇レオ10世

私達が主張しようと求めているのは、半歴史的な「神の息子」、イエスが、実際には、(古代)エジプトの反教的な第18王朝の「失権した」ファラオ(神官王)達、トトメス(トート・モーゼス)3世、アメンホテップ(アーメン(太陽)・ホテップ)3世、アメンホテップ4世(改名:アケナートン/アケン・アートン)、そして有名な少年王、ツタンカーメン(トゥット・アンク・アーメン)に基づいた架空の人物であると言う事です。これらの人物達は、彼等の妻達、側近達、そして役人達と共に、一つのファラオ的な王朝を構成しました。この第18王朝を専門とするエジプト学者、ムスタファ・ガダラは、イエス・キリストとは、以前には、彼等の家族の信仰に従って、ツタンカーテン(トゥット・アンク・アーテン)と呼ばれていた、少年王、ツタンカーメンであると確信しました。アテン(アーテン/アテン/アトン)は多くの地元の(多神教の)神の一つで、アケナーテン(アメンホテップ4世/アケナートン)が、エジプト全土にこの神を信仰する様に強いる以前は、特に重要な神ではありませんでした。アテンはアケナートンの個人的で家族的な神で、エジプトの神官階級(現代に例えると、高級官僚/ステータス・クオ)には、あまり受け入れられませんでした。アケナーテンは、強制的に、その他全ての寺院と神社を、軍事力を使い閉鎖し、(アテン/アトン/太陽)以外の神を信仰する事を禁じました。これは大都会的(国際的)で平等主義的なエジプトが経験した(苦しんだ)最初の神権政治的な圧政でした。ガダラは彼の、通説を破壊する論説と推測を補佐する、数多くの適切な証拠を私達に提出しますが、それらは此処でその正義(正当性)を吟味する事は出来ません(スペースがありません)。私達が出来るのは - キリスト - という言葉、名前、そしてタイトル(役職)に関する、とても重要な点をハイライトする事です。キリスト教と言う用語が実際に、何処に起因したのかを尋ねるキリスト教徒は賢い方でしょう。キリスト教徒はまた、彼等がその答えを発見した時に、考え深い多くがあるでしょう。キリスト教徒はキリストについての真実と、彼等(キリスト教徒)が信仰すると思う、彼(イエス)の、神について知る事を許されていません。事実から空想を分離する時は今で、そして私達の前にあらわにされるのは、この世界を何千年(2000年)も畏怖させてきた、驚く程の劇場的な人格(イエス/太陽)についての真実です。

教会(企業ヒエラルキー)によって(仲介されて)私達に教えられてきたイエスは、真実のイエスではありません。それは人工的な構成で、彼の生い立ちの本当と偽の欠片から、正式、そして不正式な明言から収集され、そしてキリスト教徒の書生達の多大な想像力を元にして描かれました - ホルガ―・カーステン(イエスの原型)

・・・私達が語り、宣教する状況の全体は、福音と呼ばれますが、それは今までに存在した誰か(イエス)に全く関係が無い、または地上で今までに起こった事に全く関係ありません - ロバート・テイラー牧師(悪魔の説教)

パオロの使徒書の中に表されている宗教的な教えは、研究がイエスの本物の言い伝えと認識するものとは原則的に異なります・・・私達が、今日、キリスト教として認識するものは、これらの本物(とされるもの)に含まれる教えではありません。それはパオロと彼の使徒書を書いた(改竄した)者達によって広げられた神学です - ホルガ―・カーステン

福音の特定の文章が・・・ソフィア、彼女自身の改竄として、イエスの口に入れた(言わせた)と引用したのは、ドイツの聖書学者、ルドルフ・ブルトマンでした - ケイトリン・マフューズ(ソフィア:英知の女神)

聖書について神聖なものは何も無く、それは「神の御言葉」でもありません。それは神に鼓舞された聖者達によって書かれたのでは無く、権力を求める神官達(高級官僚達)によって書かれました。神官達以外の誰が、(産まれ持った)罪(i.e.原罪)を最高の問題にするでしょう?神官達以外の誰が、宗教的な儀式と拝礼のぶ厚い本を書くでしょう?神官達以外に、その様な罪と儀式を最重要とした者はいませんでした。彼等の目的は、畏怖(恐れ)を鼓舞(強調)する宗教を確立する事でした。この知性的な暴政によって、彼等は操作を得る事を求め、そして彼等はそれを達成しました。紀元前400年(頃)に成ると、彼等は古代イスラエルの主(あるじ)と成っていました。その様な大々的なプロジェクト(共謀)のために、彼等はテーマとフレームワーク(枠組み)が必要で、そして彼等はこれを、より知識のある民族の創造神話の中に見つけました。これを彼等は利用し、湾曲し - 自然を超自然にし、そして真実を間違いにしました。私達が主張するのは、聖書が、神官達に歪められた(改竄された)宇宙学だと言う事です - ロイド・グラハム(聖書の神話とたぶらかし(嘘))

私達が、ツタンカーメン(元名:トゥット・アンク・アテン)とアケナ―トン(アケン・アトン)の名前の語尾に見つける「アテン」(またはアトン)は、この一族の最高神に由来します(アトン=ギリシャのアドニス)。アテンまたはアトンは、エジプトから追放されたヘブライ人とレヴィ族の、アドンまたはアドナイ(アドニス)です。アドナイ(Adoni)に見られる「ai」という接尾辞は単純に~の一つ/~の一人という意味です。アドナイは、故に、「アドンの一人」または「アテンの一人」を意味します。アドナイは正式に、ユダヤ・キリスト教のエホヴァ(ジャ、ヤー、ヤーウェイ、ジュー、等々)の活動的な名前として知られています。元々、エホヴァは、エジプトのアケナートンと、彼の反逆的な一族の神で、ヘブライ人とレヴィ族と呼ばれた者達のものではありませんでした。何と言っても、旧約聖書が明かす様に、モーゼスでさえ「燃える雑林」で彼に話しかけた神を知覚(認識)出来ず(知らなく)、そしてその名前を尋ねなければなりませんでした。アドナイ/エホヴァによって「送られた」キリストは、アテンによって「送られた」事が解りました。「キリスト」と呼ばれる人はアテンの大使で、そして一神教的なアテン、アドン、アドナイ信仰を、エジプトのヘリオポリス(太陽都市)とテーベで主導したファラオ達に基づいています。現在、ユダヤ・キリスト教として知られているものが発生したのは故に、このアトンのカルト(信仰)からです。ユダヤ・キリスト教の様々な犯罪もまた故に、それらを鼓舞したこのカルトの門の前に置かれなければなりません。伝統的に、エジプト学者達は、第18王朝のファラオ達を引き立たせる(英雄化する)ので、私達は真実を見る事が出来ません。彼等はまた、実際の歴史と信仰を大げさに歪めますから、私達が注目を集中するのは、彼等が注目すべきとした処です。アトンの一神教の真実は、人類の前に置かれた嘘とはとても異なったものです。その嘘が暴露される時は今で、そしてこの惑星上の混乱の主導者が明かされるのは今です。

エリート達のサボタージュ

一般大衆に易断の使用を非難して禁止し、そして下部階級(の人々)の体、マインド、感情、そして生命力を微妙に操作する、極少数の政治的、宗教的なヒエラルク達(ヒエラルキー/ピラミッド型社会構造の天辺にいる金持ち連中)は、その高度な技術を彼等自身の出世と権力維持のために使い(悪用し)ました。彼等は易断と魔術(技術)を、彼等自身の有害で(悪意のある)歪んだ(ひねくれた)アジェンダ(目的)を進めるために使い、そしてその他の人類の上で、彼等自身に権力を持たせるために使いました。この世界を現在の悲惨な状態へともたらしたのは、これらの古代の技術の間違った使い方(悪用)です。この世界と、人々の心を再建するのは、これらと同じ技術の正しい使われ方です。これらの以下のページは、このエリートによる操作と、サボタージュが機能する方法に、注意を引く控えめな試み(暴露)を構成します。

早期の(カトリック/ローマ)教会の父(指導者)達は、占星学を禁止し、そしてトレドの大委員会はそれを永遠に追放しました。しかしその600年後になっても、法王の就任はゾデイアックによって判断/決定され、その教会のヒエラルキーは彼等自身の占星学者達を雇い、そしてゾデイアックのサイン(星座)は教会の家具装飾、タイル、門、写本、そして洗礼盤の至る所に使用されました。

アノイント(オイルを塗る儀式)された者

この「キリスト」という用語は、(古代)エジプトのクリストという言葉に由来し、「アノイントされた(者)」を意味します。太古の時代において、ホラシスとして知られた行程、または儀式がありました。この儀式の間、男性の体全体は、一つの男根として考えられ、それに従ってアノイントされました。これが起因したのは、エジプトの地球神、ゲブと、ヒンドゥーの神、シーヴァの儀式からです。エジプトにおけるゲブの象徴は、今日までも同様に、地上から空に向かってそびえ立つ、女神であり(神の)配偶者であるヌイスへと伸びる、男根的なオベリスクです。シーヴァの象徴はリンガ石で、それは今でも精子を代理する白いミルクで儀式的にアノイントされます。メシア(救世主)という正にその言葉は、「メッセ」に由来し、「アノイントされた」という意味です。

アノイントは東洋(中近東からインド)を通しての古代の風習で、誇り/尊敬の明かしとして人の(体の)上に香りの良いオイルを塗る事によって成され・・・それはまた、神聖化(の儀式)を行う神官達、預言者達、そして王達によって使用され、そして信仰のために指定された場所や道具の上に使われました - (新アメリカ大辞典)

古代パレスチナの伝統において、政治的で軍事的な指導者であった王達、村の村長達、そして事実、高い地位を主張した誰しもが、アノイントされ、そして故に「アノイントされた者」と呼ばれた様です。・・・その幾人かは・・・アノイントの後、「主・・・」と呼ばれる様になりました。

オリゲン、エピファニウス、そして(ローマ)皇帝ジュリアン等は、洗礼者ヨハネ、ユダ、そしてイエスの従兄弟の全てが、「クリスト(Krist)」的な存在だと鮮明に明かしますが、イエス自身がその地位を会得したかには言及していません。(紀元)5世紀に書いたセオドレット司教は、イエスの時代のその他の多くは、「クリスト」的な存在であったけれども、彼(キリスト)自体はその内の一人では無かったという、更なる確認を供給しています。・・・ポセイドンとメデユーサの息子はクリスト(Khryst)と呼ばれ、そしてアポロ(太陽神)の神官達はクリスト派として知られました。事実、クリストという言葉とその変形、クルスト(Krst)、クリスト(Krist)、クリスト(Kristo)、クイスト(Khyst)、そしてクリシュ・ナ(Krish-na)は全て、全ての太古の宗教システムに現れ、そして元々のクリスト(Kristo)的な概念は、神と人におけるスピリット(霊)的な全ての間の、個人的で眼に見えない交渉人、またはガイドとして信じられていた事を見せました。そのクリストの概念は、何世紀も通して(ローマ)カトリック教会によって継続的に隠蔽されてきた太古の宗教的な伝統です。 - トニー・ブシュビー(聖書詐欺)


エピファニウス司教によると、クリストは、それぞれの人の内的なスピリット自身(霊体)です - トニー・ブシュビー(聖書詐欺)

このアノイントは通常、女性達によって行われ、つまり、任命された女性の修道院長達、または女性神官達です。この理由のために、キリスト教の福音は、とても高価な甘松香(香油)でイエスをアノイントした女性神官、マリー・マグダレーンを誹謗中傷する事を確かにしました。

マリーとイエスの周りの女性達は、「彼へと彼女達の中身/実質を司式した」と言われます - ピケット&プリンス(テンプラ―/十字騎士団の啓示)

更に重要なのは、キリストが大々的に物理的(実質的)な太陽を元にした存在であると私達が理解する事です。その神の「息子(Son/サン)」で、隠喩的な「世界の光」は、実際に神の「太陽(Sun/サン)」であり、実際の世界の光です。これは最初に聞いた時に聞こえる程、異端的では無く、それは私達が、私達の宿題(研究)をした時、そして私達が、私達の眼を開いた時、私達は、ユダヤ・キリスト教内部のエリート達がこれをとても良く知っている事を発見します。事実、彼等の先輩達は、その他多くの非ユダヤ・キリスト教徒達が既にしていた様に、太陽を人として人格化する決定を行いました。勤勉な探求者達が知る様に、一神教は - 唯一の神の信仰は - ユダヤ教の創造ではありません。それは何千年もそれ以前に知られていた概念です。ユダヤ・キリスト教の神と彼の息子は、彼等の原型をエジプトの中に持ちます。

貴方はそのもの、時の正に始まりからの神、不死の系統者、自己産出で自己出産、貴方は地と人を創造しました - (エジプトの死者の書より)

・・・天界の王、創造の王子、ヘデスの死者と、地上の有死の者達の、両方に現れる東の空の太陽(朝日)、彼は、唯一真の太陽、天界の最も高い頂点から出て、私達のために昇る - サルディスのメリト(紀元2世紀の神学者)

以下に続くページで、これらの物議をかもしだす主張のための証拠が供給されます。その前に、以下のキリスト教的なロゴに、幾らかの思考を費やしてみて下さい。

キリスト教系テレビ・ネットワークの会社ロゴ3種
Daystar
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メジャーなキリスト教の福音伝道テレビ・ネットワーク企業(親イスラエル)の内の一つで、アメリカ全土を通して活動中。彼等のロゴと企業名の選択は暗示以上のものを見せています。

The Word Network
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メジャーな福音テレビ・ネットワークで、再び顕著な太陽の象徴を使用しています。

Gospel Net
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メジャーなキリスト教ウェブサイトでネット上聖書を有しています。上のイメージは彼等のホームページで見つけられます。

さて、太古のユダヤの記述を詳細に分析し、そしてキリスト教の起源について専門的な知識を持つヘブライの偉大な学者達は、ユダヤ教の中にキリスト教の教義の先例を全く見つけませんでした。彼等は、しかしながら、キリスト教が太古の非ユダヤ教(ペーガン/土着信仰)世界の神秘主義的な宗教の本質ととても良く類似していて、オーソドックス(伝統的・保守的)ユダヤ教が忌み嫌った、グノーシス(神秘主義の一派)の伝統にとても類似しているのを理解していました。太陽神、死に逝く救世主、そして神聖な救いを主張したのは、これらのペーガンとグノーシスの神秘主義的な伝統であって、ユダヤ教ではありませんでした。これらの事実が、後のローマ・カトリック(そしてプロテスタント)教会の中でエリート達によって悪巧み的に有耶無耶にされたのは、彼等の「天界的」なイエスのペーガン的な根源が明かされると、彼等には大いに失うものがあるためです。

その表面において、パオロによるイエスの教義は、ユダヤ教の斬新・型破りな形状でした。パオロは、ユダヤ教よりも、更にもっとペーガンの神話と共通する様な教義を主張していました:イエスは神格的な人で、天界から地上に降臨し、そして人類を救う唯一の目的のためだけに死を経験したと言う事でした。ユダヤ人達が、この教義を新しく(悪い意味で)衝撃的だとした正にその事実は、それがユダヤの記述の中で何の役割も果たさない事を表しています - ハイアム・マコビー(神話創造者:パオロとキリスト教発明)

・・・パリサイ派の教義に熟練しているというパオロの主張は、キリスト教が、パオロによって与えられた形状として、本当にユダヤ教からの継続(系統)なのか、またはそれがユダヤ教に根源を持たない新たな教義で、それが持つ歴史的に関して考慮すると、神々の死と再生のペーガン的な神話と、天界から降臨した救世主のグノーシス的な神話に由来するのかは、関係のあるとても重要で中央になる問題です。パオロは本当にユダヤ的な伝統の中に立ったのか、それとも彼は基本的に古代ギリシャ的な宗教の一種の人で、本当はユダヤの教義の全てに対峙していた救済カルト(信仰)にユダヤ教的な着色をしようとしていたのでしょうか? - ibid

イエスと彼の側近達はパリサイ派でした。イエスは新たな宗教を確立するつもりはありませんでした。イエスは、その用語の普通のユダヤ的な感覚で、彼自身をメシアと考え、つまり、ユダヤ王政を再建する人間的な指導者で、ローマ人の侵略者達を追い出し、独立したユダヤ国家を確立し、世界全体のために(「神の王国」として知られる)平和、正義、そして繁栄の時代を開始しようとしました・・・彼には、彼の(自己)犠牲によって永遠の神の呪いから人類を救うために、十字架にかけられようという意図はありませんでした。彼は、彼自身が神聖な存在であるなどとは決して考えず、そしてその様なアイデアはペーガン的で偶像崇拝的で、(モーゼスの)十戒の最初(の一戒)を犯すと考えたでしょう – ibid

イエスではなく、パオロが新たな宗教としてのキリスト教の創始者で、それは普通のユダヤ教とユダヤ教のナザリーン(ナザラス地方の)派の種の両方から離れて発達しました。この新たな宗教において、トーラ(旧約聖書の最初の五冊)は、一時的な妥当性・確実性しか持たないと廃棄されました。その新たな宗教の中央の神話は、神聖な存在の罪滅ぼしの死でした。この犠牲への信仰、そしてその神の死の隠避的な共有が、救いへの唯一の道を形成しました・・・パオロはこの宗教を古代ギリシャ的な源泉から、主にグノーシス主義から取られた概念と、特にアティスからの、神秘主義的な宗教から取られた概念の混合から由来させました。これらの要素とユダヤ教に由来する特徴、特に新たな神話のための鮮明な歴史の背景を供給するために再解釈された、ユダヤ的な記述の編入の組み合わせは特殊で、そしてパオロ唯一がこの合成物の創造者でした。イエス自身はそのアイデアを全く持たず、そして苦しむ神としてパオロによって、彼に与えられた役割に驚いて衝撃を受けたでしょう – ibid

これらの明言を頭に入れると、私達は、ユダヤ教の中におけるキリスト教起源の探求が、何故、比較的に非生産的だったのかを理解出来ます。キリスト教の様々な注目すべき特性は、現代人が殆ど知らない、大いなる神秘主義宗教と同類です。宗教と政府の背後にいる権力(者達)は、十字架にかけられた数々の古代のその他の救世主達、または様々なその他の「処女懐胎」、もしくは一時的に現れ、奇跡を起こし、そして唯単に、超自然的で劇的な方法で去ってゆく、傷つき死に逝く殉教的な英雄達の数々を、一般人に知られたくないのです。私達に、この世界の古代神学の歴史は教えられておらず、そして「善きキリスト教徒達」にとって、ペーガン主義への関心は、一般的にタブーです。ですが神々と救世主達には、普通の男性達と女性達と同様に、誕生日も家系も持っています。彼等は突然現れるのではなく、彼等の歴史は実に遡れます。その調査が正しく進められるのは、私達が客観的に、正直に献身した時、そして私達自身の内的で感情的な欠落、または弱さに基づいた狭い同一視と先入観、そして船を揺らす事への私達自身のシステム的な恐怖によって盲目にされる、または妥協させられるのを避けた時で、その真実を明かした結果がどうなろうともです。私達の探求において、私達はその様な調査に専心しています。私達は接続部を見つけるために、ユダヤ教の歴史へと分け入るつもりですが、また、真のイエスと、真のキリストの起源を明かすために、この世界の最も古く、そして神秘的なカルトと信仰の中へと分け入ります。私達の修正論的な研究は、過去の多くの偉大な学者の伝統に続き、そして「天体的な時計」の運動と同調し、それは明かしの時代がついに到来したためで、全ての前線において私達が無知を追放する事を助け、そしてこの大いなる研究において私達を後押ししています。

4つの太古のカルト(信仰)
(星々、月、太陽、土星)


歴史の改竄は、人類に知られる何よりも、人々を迷わせました - ジャン・ジャック・ルソー

学者達、研究者達、そしてこの世界の一般大衆は、太古の世界において少なくとも4つの大いなるカルトが存在し、そして世紀が進む中で、それらの一つ一つが、お互いに押しのけて代り合ったという事実に、全く気付いていません。それぞれのカルトは、それらが一緒に融合する時点までに、それらに先立つ神話や信仰を吸収しました。それらの全ては占星学を使用しましたが、それぞれのカルトは、この題目の中の、題目に関するグノーシス(神秘主義)の聖典/聖者禄の、過去の語彙(辞書・語録)に変化をつけました(改竄しました)。私達は、これら全ての論争/主張と改変の継承者です。そして私達の台座から、世代を通して振り返ると、私達が有するのは真の見識では全くありません。私達の最も早期の先祖達の生活と信仰は、特に時間と廃退(風化)によって不明瞭にされています。加えて、私達の見識は、歴史学、人類学、神話学、そして宗教学等々の学部の指導にあたる者達による、学問の産業革命後のカバール(連中・語源:カバラ)の中の有害な影響力によって意図的に歪められてきました。

大いなるカバール(陰謀団/秘密結社)

その大いなる(大規模な)カルツ(宗教団体)は、継続的に人々の頭脳のために(信者を得るために)競い合う代わりに、最終的にそれらの力(権力)を統一し、リソース(資産・資源)とアジェンダ(目標・目的)を合併統合する事によって、それら自体のために全てが簡単に成る様にしました。この歴史的に重大な出来事、世界におけるこの最初の企業形成は、今日、「イスラエル」と呼ばれる地域で起こりました。伝統的な歴史はこの事実を避けますが、聖書とその他の逸話や架空の昔話の中で、例え話的に語られています。実際に、それは何故、イスラエルが正にその名前を持つかの理由です。イスラエルは太古のカルトの3つの神々の名前から構成されて、それらはイシス、ラー、そしてエル(月、太陽、そして土星)です。最も熟練した学者達が知る様に、イスラエルの12支族はいませんでした。その12の放浪する部族のこの概念は、もっと更に内密で重要な出来事とテーマを隠す事をデザインされた、意図的な造り話しです。その作り話しは大規模なカルトの権力の創造で、そのエリート達(権力者達)は、(古代)ローマとユダヤの書生達と歴史家達に、手あたり次第的、そして偏見的に、多くの古書や神話を翻訳する事を依頼し、そしてそれらを旧約聖書新約聖書と成るものに含み、習慣的に目に見えない(背後に隠れる)事を求めるこれらの古代のカルト、秘密結社、そしてオカルト(秘儀)の同僚達(隠れた共謀者達)の存在と目的を、好奇心のある者達が発見するのを妨げるために、セム(ヘブライ)とエジプトの歴史をはなはだしく歪めさせました。

・・・いいえ、イスラエルの12支族が、一度でも存在していたという証拠が、一つも無いだけでなく、最も正確な歴史家であるヘロドトスは、エズラが健在であった頃にアッシリアにいましたが、イスラエライツを全く一度も記述しませんでした・・・これはどうすれば可能なのでしょう? - ヘレナ・ペトロフナ・ブラヴァッツキー婦人(秘密の教義第三巻)

占星学、神話、そして宗教の歴史は、これらの捕まえ処のないカルトと、それらがそれらの存在を隠す事に成功した方法の、深い研究無しでは、完全に理解する事は出来ません。それらは辿るための足跡をあまり残しませんでしたが、いわゆる、それらのシンボリズム(象徴性/象徴学)は私達の世界に浸透しています。それらは隠れていますが、それらは目の前に隠れています。それらの聖書と、その他の教典は、それらの存在と機能/活動への、幾らかの洞察を私達に与え、そしてそれら自体の直接の活動を辿るのは困難ですが、特に何を探せば良いのか、どう探せば良いのかを学んだ者達にとって、それら(権力)の雇用下にある者達の活動は、よりはっきりと見えます。

人間の歴史の広い波の下に流れているのは、秘密結社達の暗躍で、それらは頻繁に、地表において起こる変化の深さを決定します - A.E.ウエイト(黄金の夜明けのヘルメス的な秩序/組織)

悪魔の様な契約(地獄の約束)

各種のカルト(信仰)の結託は、一晩では起こりませんでした。それは長く退屈な行程でした。メジャーな宗派は、今日のものの様に、お互いを好き合っていませんでした。それらにそれらの資金・資源と意図・目的を統合する事を動機させたのは、金融的、物質的インセンティヴ(意欲・欲)でした。貿易ルート、人々のマインドの上の権力(支配)、そして地上における圧倒は、全て取られるためにあり、そしてそれは拒むには魅力的過ぎました。加えて、それぞれのカルトのヒエラルキー(ピラミッド型の縦型社会構造)は、その他の各カルトが、彼等に対抗して団結するのを恐れました。ですから、この恐れのために、そして抑える事の出来ない強欲のために、それぞれのカルトは連合が得策であると合意しました。彼等の悪魔の様な契約の瞬間から、(人々の)マインドと、土地の上における完全なる支配のために必要なのは、人々の顔の前に、もっともらしく「神」をちらつかせる能力であると気付きました。その時点の後、その他の残りは簡単に成りました。

権力の7つの大規模なカルトの指導者達は、太古の世界の上の優位性のために、彼等自身の間で争うよりも、彼等の勢力を融合するべきだと決定しました。それぞれのカルトは、もしその他のカルトがそれに対抗するために共謀したら、打倒されるのではないかと恐れました。このカルトの連結は、直ぐに、または急いでは起こりませんでした。それには数世紀かかりました。旧約聖書は、この連結の話しを含んでいます。これらのカルトのエリートの種族は、彼等の子孫達を通して、今日のこの世界において機能・活動していて、そしてとてつもなく強力です - ジョーダン・マックスウェル(秘密結社と有害な宗教より)

その帝国(ローマ)は、その(支配した)全ての部分(土地)から、数々のカルトを、それ自体に利用するために、徐々に吸収し、順応し、数世紀を通して一つにそれらをまとめ、ローマ統一教会と成りました。今日、それはローマ・カトリック・教会(企業)と呼ばれます。それ以来、書かれた文献の殆どは、世界へと捏造された信仰を宣伝する目的と、ローマの皇帝達が教会と国家の頭となる事を確かにするために書かれました - トニー・ブッシュビー(聖書詐欺)

カルト(「7つの教会」)を統一するゆっくりとした試みは、覆われて暗号的な言語ではあるけれども、聖書自体にでさえ記述されています。

それから私は陶芸(土器)職人の家に行き、そして、見よ、彼はろくろの上で仕事を成しました。そして彼が粘土で作ったその器は、職人の手の中で崩され、よって彼は再びもう一つの器を作り、その職人がそれを作るのは良い事の様でした。すると主の言葉が私に来て、おお、イスラエルの館よ、私は貴方をこの職人の様に出来ないだろうか?と言います。見よ、その粘土がその職人の手の中にある様に、貴方も私の手の中にあり、おお、イスラエルの館よ・・・そしてどの瞬間、私は国家に関して、王国に関して、それを建てる事と植える事を語るだろう - ジャーマイヤ 18

時間の問題

時間自体が、カルト(信仰)の統一を反映し、記念するために分割されました。一年間は、その太陽のカルトに敬意を表するために、12か月に分割されました。次の時間の分割は一月で、その語源が示唆する様に、これは月のカルトにとって神聖で、その守護神的な神は月でした。その次の時間的な分割は一週間で、その中において星々のカルトの7つの神々に敬意が表されました。これらは今日の一週間の日にちです。神、土星の信仰者達は、土曜日を祝いの日(休日)と定め、そして彼等の神(惑星)がとてもゆっくりと移動(運動)するので、時間のより大きく、より長いサイクル(周期)が彼(土星)に帰属させられました。物理的な時計の手(長針・短針・秒針)が、何世代をも通して、それぞれのカルトに沿った時間の分割を隠し、明かしてきました。一時間の手(短針)はホルスである、太陽を代理します。一分の手(長針)は Min/月(ミニッツ/Moon)を代理し、月神です。速く動く秒針は水星(ヘルメス)を代理し、それは星々のカルトの神で、時間の12分割も同様に神々です。派手に細工された時計や腕時計の上で、その手(針)にはよく円が表示され、それらが惑星的な球体を表している事が描写されています。

(国)旗は星々、月、そして太陽系の球体(惑星)を含んでいます。イスラムや東洋の国々は今でも、三日月や星々を描き、それらは明らかに、彼等の宗教の実際の起源を表示しています。

入門者(エリート)にその意味を伝え、非入門者(私達一般大衆)からそれを隠すための象徴(シンボル)の使用は、文明と同じ程、古いです。もし古代と現代の時代のシンボルの「エソテリック(秘儀的)」な(隠された、または秘密の)意味を明かし、理解するためには、シンボル的な考え方の鮮明な理解が必要となります - (ジャック・ベンジャミンのシンボル、セックス、そして星々の前書きより)

その大いなるカルトの子孫達は、今日でも未だ健在です。彼等は、ジョーダン・マックスウェルが指摘した様に、この世界の全ての、それぞれの政府を操作しています:

ある意味、宗教的ではない政府など一つも無く、政治的ではない宗教などありません・・・宗教と政治は、同じ脳味噌に奉仕する2本の腕です - (秘密結社と有害な宗教より)

それぞれのカルトの概要

ジョーダン・マックスウェルの様な学者達が指摘するために努力した様に、私達の現代の宗教は何処かで、ある時に始まりました。それらは、言うなれば、それぞれが誕生日を持ち、私達と常に一所にあったわけではありません。私達が宗教の起源に深入りする時、私達が最終的に発見するのは、宗教的な組織が、幾つかの古代のメジャー(主要)なカルトから発達した事で、つまり、強力な神学的で、政治的な種族と勢力からです。太古の世界には7つのメジャーなカルトがあり、幾つかのマイナー(小規模)なカルトがありました。その7つのメジャーなカルトの内の4つは、最大級の重要性でした。それらは時代を通してその形状や名前を変えましたが、それらは死滅していません。これらのカルトの子孫達は、現在の世界システムの統治者/支配者達です。彼等は、私達が殆ど見たり聞いたりしない「世界を超えた」人物達です。公の舞台で私達が頻繁に見る、人々の指導者達は、これらのプルートクラシ―(金権政治)的な「超階級」に雇われた単なる手下です。そのカルトとは、以下に続くもので、最初の4つが最も重要です:

ステラ―(星々/星座的)
ルーナー(月的)
サターニアン(土星的)
ソーラー(太陽的)

ヴァルカヌス(火のカルト)
ディオニシアン(薬物カルト)
ヴェヌーシアン(金星カルト)


星々(星座)のカルト(信仰)

大規模なカルトが腐敗する以前は、(その)動機は純粋で、そして自然は深く尊敬され、学習され、そして奉仕されました。大規模なカルトの元々は、星々、または星座のカルトでした。彼等のトーテム的な象徴は、蛇、そして/またはペンタグラム、もしくは星マークで、今でもそうです。私達が持つ現実についての殆ど全ての知識は、これらの星座(星々)主義者達の御蔭によるものです。彼等に続いたカルトは、唯単に彼等のやり方を真似し、彼等の教えから直ぐに離脱し、そして彼等自身の教義を粉飾するためにこれらを使用しました。

星々の神秘(謎)を発見したのはその星座カルトで、そして彼等は占星学と天文学の高度な科学を創造しました。彼等はまた、優れた数学者達であり幾何学者達でもありました。彼等はピラミッド、スフィンクス、そして世界中のサイクロップ的な巨石遺跡の建築者達でした。彼等は航海に優れ、そして大海原において彼等を導くために星々を使いました。彼等の発見とそれらに続く創造は、記述されたものであれ、石のもの(石/巨石で表現されたもの)であれ、全ての歴史的な時代が基づく土台です。もしこれを疑う人がいるなら、その人達は西洋の大規模で首都的な街々を訪れ、それら全てのデザインと区画配置を観測してみるべきです。最も重要なのは、その星座カルトが易断の芸術(技術)を創造し、利用した事です。

真の秘儀的なタロットが由来したのは、彼等からです。男根的、ヒエラルキー(ピラミッド型の縦型社会)的、男性的、そして一神教的な宗教が足場を固め、そして圧倒的に成るには、エジプト、インド、アイルランド、そして世界の星座的、そして月的なカルトを、システム的(計画的)に弱体化させ、最終的に抹消する事が不可欠でした。

(古代)エジプト人達は、代理的な神との和解(許し)も、代理的な公正さも、代理的な救いも持っていませんでした。オシリス的な神秘主義の入門者が、ガレリオ派的な線(理論)で、天界に届く彼の希望を託す事は可能でありませんでした。彼の信仰はもっと致命的なアメンタの道(道教に近いもの)で・・・言葉の導きと共に歩まれるもので、一歩一歩、行動から行動によって、彼は、彼自身を本物(真実)にしなければなりませんでした - ジェラルド・マッセイ(エジプト - 世界の光)

エジプト人達、バビロニア人達、ギリシャ人達、そしてローマ人達は、彼等の言語の中に罪という言葉を持っていませんでした。イスラエライツはその言葉と概念の両方を西洋文明の流れに紹介し、そしてそうする事によってその(西洋文明の)流れを変えました - レオナルド・Schlain(女神対アルファベット)

その星座のカルトは、最初に神聖な正義と王政(kingship→kin-ship/血縁関係)の権利の下の政府を考え出しました。例え話、寓話、そして神話的な架空の話しの方法を通して、宇宙の本質、人間の解剖と生理生物学の本質、創造と生命一般の本質に関する大いなる秘密を伝承し、保存しようと決定したのは彼等でした。

ギザのグレート・ピラミッドの次元(寸法)全体が、例えば、普通のトランプ・カードの52枚に凝縮されています。私達の子守歌の殆どもまた、このカルトに起因しています。それら全ては意味深い秘儀的な秘密を含んでいます。

女性達の役割

星座カルトが優位だった期間、女性は、社会、宗教、そして政府の中で、高い地位を持っていました。最初に人間を、彼等の外的な宇宙の、潜在的な秩序に目覚めさせたのは、女性の生理のサイクルの周期性で、そしてそれは彼等の関心を夜空へと引き寄せ、それはその時点の後、常に女神の「体」とされました。その知覚された宇宙の秩序は、それまで、常に女性的、母親的な女神として典型され、信仰されていました。この女神は、各カルトとその相互関係によって、様々な名前によって知られていました。彼女はタウルット(タロット)、ヌイット、ヌン、マアット、イシス、ホーソァー、ソフィア、そしてマラ、またはマリーとして知られていました。マアット(マハット、マヤット、マウット、マフット、等々)という形容語は、実にマター(物質)、マテリアル(素材)、メイト(仲間・配偶者)、マスマティクス(数学)、そしてメジャー(寸法)という言葉の語源です。歴史のそれぞれの時代を通して、太古の人々が決して忘れなかったのは、女性個人の生理学的なサイクルが、どう完全に、現象の「外的」な世界と呼ばれるものに相補性を持っていたかと言う事です。実際に、太古の人々は、彼等が女神ヌイス、またはマアットの体の中に生きていると考えました。

福音書の特定の文章が、(女神)ソフィア自身からの引用を、キリストに言わせたものであると指摘したのは、ドイツの聖書学者、ルドルフ・ブルトマンでした - ケイトリン・マヒューズ(ソフィア:知性の女神)

女性の抑止(隠蔽)

星座のカルトの知識が何故、不明瞭に保たれているかの主要な理由の一つは、あまり理解されていない方法で、女性達を、彼女達の力から分離させておくためです。女性が、そして女性的な原理が失墜した状態に保たれた時、とてもスピリット(霊)に否定的で、破壊的で男性的な「陽」のモード性と精神性が、意識と文化の中へと簡単に入り込ませられます。私達自身の時代がこの分別(差別)化を十分に証言しています。

男性達の不死の命は、女性の死によって最新される - ウイリアム・ブレーク

文明の歴史は、男によって圧倒された、悲しく、一方的な歴史として現れ・・・殆ど変化する事無く、基本的な文明のパターンは、男の働きでした。歴史の全体の部分が、男性は彼等自身の本質において、女性を通してのみ創造でき、同様に女性唯一だけを通してでは、この世界において繁殖出来無いという真実への無知によって薄暗くされています - ローレンス・ヴァン・ダー・ポスト(ユングと私達の時代の話し)

私達が男性家長制の歴史的な時代を渡って振り返った時・・・何らかの酷い必然性がある様で、人間的で神聖な、女性的な本質を潰すための、情け容赦ない熱望が有る様です。何故かというその問いは、私達の時代の最も困惑的なパズルの一つです - レオナルド・Schlain(アルファベット対女神)

太古の人々の多くは、早期のセム族も、インド・アーリア人も、カルデア人もテュートン族(ドイツ人)も、ケルト族(スコットラド/アイルランド人)等々も、星座主義派でした。セム的なものと、そしてローマのカレンダーは、日没と共に始まりました。ドゥルイッド(土着信仰)とマヤ(文明)のシャーマン達はまた、夜に起き、そして主に、金星と月の通過の段階から、時を印しました。

星座主義派は地球の寸法の完全な知識を持ち、そして近隣の各惑星でさえ、彼等によって詳細に図表(記述)されました。彼等は天文学の父達でした。彼等が宗教的な大書の中で語られる元々のマギ(賢者)で、私達がキリストとして知る者、そしてマーリン、アバリス、ピタゴラス、アポロニウス、オーヴィッド、ヴァージル、ヴァレンティヌス、バシリデス(そして迫害された者の中の更に多く)といったその他の人物達は、星座カルトの子孫達でした。キリストは彼の弟子達に、「貴方がの如く賢明でありますように」とさえ忠告します。これは私達が、蛇が星座カルトの主要な象徴で、古き「賢明な者」のシンボルだった事を発見するまで意味を成しません。そして、それに加えて、エジプトの「女性」のための象形は蛇でした。これは後期のキリスト教徒達によって何故、蛇が陰的(マイナス的)に見られたかの理由です。

リチュアル(儀式)という言葉はリトゥから由来していて、「血の様な赤」を意味し、そしてシークレット(秘密)という言葉は女性の生理的なサイクルを暗示する、セクリーション(分泌)から由来します。加えて、エジプト語の女性を表す言葉はメスタで、それから私達に発生したのはミステリーという言葉です。

太陽カルト

原始の占星学は、太陽のその年間の回転(i.e.地球の公転)を物理的に、そして象徴的に、非常に短い間続く特性(夏)と弱まり(冬)と、時間と時間を通した進化と同等視するので、今の様に太陽神学の上に前提(根拠)されていませんでした。12のサイン(星座)は意識の12の要素として見られました。それらが代理したのは意識の先天的なカテゴリーです。太陽は人間のエゴを代理し、英雄(主人公)であり、それが宇宙の秘密を知るために、純粋で十分に賢明に成る前に、初心者の様に、12の「教室(ゾデイアック)」を通り抜けなければなりません。星座カルトは、個人的なホロスコープ(ホルスのスコープ)が、人の内的な共和国の投影であると理解しました。それが表わすのは、私達が持つ強さと弱さです。それは私達のダルマとカルマの間の相互関係の外的なイメージで、私達の存在(あり方)の男性的と女性的(陰陽)のモード(形態)性で、そしてサイキ(精神)的と物理(身体)的なエネルギーの相互作用です。星座カルトにとって、太陽はゾデイアック(お天道様)の中心とは考えられず、何故ならエゴが人間の意識の中心だとは考えられなかったからです。太陽の特徴は、エゴの特徴と類推され、それらが今日される様に敬われませんでした。太古のマギ(賢者)によって理解されたのは、エゴ・意識の光は、自己(自我)の全ての神秘(謎)をイルミネートするには十分で無い事です。光のビームを何かに当てる事は、その光の中に無い全てが、暗闇の中に投げ入れられる事だけを確かにします。光はハイライトし、一つのエリアを明らかに鮮明にしますが、その結果、必然的にその他全てを影へと投げ入れます。

形而上学(哲学)的にも、その状況は全く同じです。もし私達が、大事な事の殆ど全てについて、私達が今日無知であると見つけたなら、それには理由があります。その理由は光の機能と機械性に関わっています。太陽が文字通りその神秘の体(夜空と星々)を渡って光の覆いを引く様に、人間のエゴ(言うなれば私達の「内的な太陽」もまた、私達の真の内的な本質と源泉の上に、サイキ的な発光の覆いを引きます。私達が、これが今日何を意味するかのアイデアを殆ど持たないのは、太陽(信仰)的なプロパガンダに加担し、夢中になった、ユダヤ・キリスト教とオーソドックス(保守)の体系によって、何千年もの間、洗脳され脅迫されてきたからです。女性達、自然、静寂さ、そして暗さは邪悪と同等視されました。

生活形態と人の動機は、その他の存在(民族)に対する攻撃、略奪、そして征服になりました。直接的であれ、疎通的であれ、昇華的であれ、この略奪性、個人的そして集合的なエゴの徐々の運動は、周期性と時間によって境界線を引きます。その典型は発展と衰退で、満ち欠けです。逆に、星々は永遠である全ての象徴で、永遠に残り、敬意的で共同的です。

太陽カルトの主要な教義と哲学は、今でも旧約聖書と新約聖書の中に含まれている事が見つけられます。キリスト教は明らかに太陽中心的な神学で、現代の信者達がこれを知っている、またはこれを受け入れるか否かは重要ではありません。事実は、意見に当てはまる様に、変えられる事は出来ません。キリスト教の神と、神の息子は、元々太陽と星々に関係していました。

紀元5世紀から6世紀程まで、「私達の主、その太陽」という言葉は彼等の祈りの中で、キリスト教徒達によって使用されていました。この同じフレーズは、後に「私達の主、その」へと変えられるまで、礼拝式の中で使われていました - ボゼナ・ブリドロヴァ(明かされたイオ)

私はデーヴィッドの根であり子供(子孫)で、そして明るいもので、そして朝の星です - 啓示の書 22:16

キリスト教徒の宗教は、太陽信仰のパロディーで、その中において彼等は、太陽の場所に彼等がキリストと呼ぶ男を入れ替え、そして元々太陽にしていた様に、彼に同じ崇敬を払います - トマス・ペイン

聖書的な似非神学の奇怪な打ち出の小槌は、彼等自身の歴史と存在を、暗号的な形状ですが、記録する目的のために、太陽カルトのエリート達によって創造されたというのが私達の主張です。正体を失わせる(困惑させる)移り変わる幻影の、その背後に私達が見つけるのは、王族的な機能と統一的な権力闘争の最も興味をそそる、そして邪悪な説明で、その様な事は、クローンされた12人程のセシル B. デマイルスが、世界の全ての資料を使っても、でっち上げる事は出来なかったでしょう。

壊れた王達(太陽神学:起源と歴史)

アーネスト・ビューセンバークは、太陽カルトが権力を取得し始めたのは、約3,000年前の牡牛座の時代だった事を私達に思い起こさせます。彼はこう記述します:

・・・太陽信仰は、はっきりと分離したシステムとしては存在していなかった様に表れますが、単純に、より古いカルトの上に移植された様で、そしてその2つが融合した後、太陽は最終的で優越的な存在に成った様です。

この太陽カルトの主要な役人/官僚/権力は、(古代)エジプト第十八王朝の「壊れた王達」と呼ばれるもので、つまり、アメンホテップ4世(アケーナートン)、シュメンクカレ、ネフェティティ、キヤ、そして少年王、ツタンカーメンの一族です。この極めて厳しく偏狭で、売国奴的な王家の一族は、現代の歴史家達によって英雄化されていますが、(古代)エジプト人達にアトン、またはアテン(太陽)以外の神を信仰する事を禁じました。彼等は強制的に大いなる寺院を次々と閉鎖し、一神教を扇動し、そしてエジプト人の民族的な純粋さを汚染するために、外国の要素(外人)が入る事を許しました。アケナートン(後の扇動者達によって、モーシス、またはモーゼスと改名されました)は、太陽カルトの(最高)神官(王兼最高官僚)でした。彼の神はアトン(アドンともアドナイとしても知られます)でした。

それに続いた外観破壊はとても念入りで、その仕事の遂行に任命された各地方の役人達は、領土内を通して派遣された小規模の軍隊、または斧を振るう乱暴者達を使ったと推測せざるを得ません。どちらかしこで、寺院でも、墓地でも、石造物や何気ない記述でさえも、アムン(神)と神の象徴の象形文字は削り取られ(隠蔽)・・・国中を通して、彼(アムン)にとって神聖な物体(構造物)は外観破壊され、または壊されました - ロレイン・エヴァンズ(アークの王国)

・・・アケナートンがその王座に就いて7年、エジプトが1,700年間知っていた、政治、経済、そしてカルトが統合されたシステムは、もし真っ逆様とは言わずとも、劇的な変化を遂げさせられました – ibid


これらの背教者達と神聖冒涜者達の下で起こった悲惨な惨劇の全体は、(当時の)エジプト人達自身の言葉から読む事が出来ます:

陛下が王として昇られた時、神々と女神達の寺院は、エレファンタインから始まり三角州(ナイル・デルタ)の湿地まで、荒廃へと落ち、それらの神社は廃墟へと落ち、そしてそれらのテラスは雑草で覆われました。それらの聖域はあたかも今まで存在していなかった様で、それらの大広間は獣道に成りました。国は混乱に陥り、神々はその国を見放しました・・・もし人が、ある事のために神に祈っても、彼等は現れませんでした。もし人が同様に女神に哀願しても、彼女が来る事は全く無く、彼等の心は怒りによって彼等自身を弱くし、彼等は成されたものを破壊しました - (ツタンカーメンの再建石版)

エジプト人達は、彼等の上に強制された、この新たな不規則な神学に満足するには程遠かったのです。

「アテンへの聖歌」は善き人生のために必要なルールや、死に至る審判の、何の知識も教えません。アテン崇拝は王にとって理論的で利益的であったかも知れませんが、それは人々からは遠くかけ離れていて、彼(王)の人民が求めて期待していたものを供給しませんでした。アケナートンの政策が巨大で社会的な問題を創造したのには疑う余地が無く、それは彼の死によって、古い神々が復帰させられた時に、唯一解決しました。ですから一般のエジプト人達にとって、アテンの信仰には何も魅力が無かったのは驚きではありません - ロレイン・エヴァンズ(アークの王国)

紀元前1361年頃、数十年に及ぶ圧政の後、エジプト人達は、退廃的な王族の一族に対して終に発起し、彼等を権力の座から追い出しました。偉大なファラオ、ホレンヘブは、彼等と、彼等の多くのイスラエライト派の従者達を国外へ追放しました。この大量出国の話しは、聖書の早期の本(出エジプト記)に隠されていますが、本当の話しは現代の研究者達の働きを通して光が当てられました。(ムスタファ・ガダラの歴史的な騙しを参照してください。)三千年の年月の後、私達はこの王族の一族が、変装を装った形ではあるけれど、聖書の劇的な人格として、大いなる英雄達--ソロモン、デーヴィッド、ジョセフ、そしてイエスとして書き換えられているのを発見します。彼等が生きたと言われる当時、そうしたとされる場所に、その様な人物達は物理的に存在していませんでした。これらの聖書的な人物達の存在を証明する証拠は微塵もありません。

これが何故なら、彼等が後の改竄であり、昔の人物達に似る様にデザインされたキャラクターだからで、その昔の人の本当の存在は、時間と歴史の陰の中に上手く隠されています。

確かにメイソン達でさえ、ソロモンが実在したなどとは、決して主張しないのではないでしょうか?キーニリーが指摘する様に、彼は(歴史家)ヘロドトスによっても、(哲学者)プラトンによっても、善く知られるその他の記述者達によっても(その存在が)気付かれてはいません。それが最も異常なのは、「そのユダヤ国家が、ほんの数年前に、彼の栄光の全ての下で、強力なソロモンに統治され、その雄大さは最大級の王族でさえマッチ出来ず、寺院には80億近くの黄金があしらわれたと言うのに、その素晴らしいイスラエル国家の首都の殆ど数マイル内で記述していた歴史家、ヘロドトスにそれが見落とされた事です。これはどう説明されるのでしょう?」彼(キーニリー)は尋ねます。 - ヘレナ・ペトロフナ・ブラヴァッツキー婦人(秘密の教義第三巻)

彼等は今何処に?

その証拠と歴史の細密な解読は、ツタンカーメン(太陽カルトの王/最高神官)が - 太陽の新たな子供で王であるキリスト - イエスの原型である事を明かします。イエス・キリストの人格はまた、現代のイスラエルの付近を頻繁し、強力な伝説が付け加えられたその他の幾らかの人物達に大まかに基づいています。これらのそれぞれの人物達は今、幾人もの研究者達によって確認され、イエス・バー・パンテラ(パンサーの息子、イエス/パンサー=ローマ皇帝タイベリウス)、ジューダ(ユダ)・クレスタス、ティアナのアポロニウス、そしてフェニキア(現レバノン)のメイソン的なソロモン(ソル・アムン/ソル=太陽、アムン=太陽)の寺院の建築者であるヒラム・アビフであるとされます。ですが其処にはその他の神話的な人物達、東洋のブッダ、ミトラ、オーフィウス、ディオニサス、サイモン・マグス、そして洗礼者ヨハネ(ジョン/「公正さの先生」として知られるエッセネ派の指導者)と言った者達との類推があります。伝記的な人物、イエスは合成的なキャラクターです。彼の物理的な「原型」を見つけようとして時を過ごす学者達は、未だにイエスと云う人物が、どの様に太陽カルトの神である太陽の上に殆ど基づかされたのかを理解出来ず、認識出来ずにいます。聖書はこの事を殆ど隠しませんが、この題材に思い切って切り出すものはまずいなく、そしてロバート・テイラー牧師の様にそうした者は、彼等の大胆さ(思い切りの善さ)のために地下牢の中で苦しみました(真実を語ると追放され/殺される)。

私はデーヴィッドの根であり子供(子孫)であり、そして明るいものでありそして朝の星であります - 啓示の書 22:16

・・・歴史におけるイエスは生きている人物で、その人は生き、人生を通して活動し、死にました・・・神学におけるイエスは神で・・・そしてこれらの2人の人物達の間には多くの関係は実際にはありません。そしてもし、私達がこれらの2人の人物達を関連させようとするなら、私たちは悪い歴史、または悪い神学を創造するかのどちらかです - マイケル・ベイジェント(神聖な血と神聖な聖杯の著者)

東方の荒野に追放された後、これらの一神教の信者達は、唯単に、消え去りませんでした。彼等は彼等の財の全てと共にエジプトを去り、そしてパレスチナに向かって東(北東)に移動し、エルサレムに移住しました。イスラエルの秘密の「第十三の支族」(明瞭にはレヴィ族の事で、カザール/ハザールと混同されるべきではありません)として、彼等が彼等の一神教カルトを続けて、推進出来るために、原始フリーメイソン(フェニキア人)達に、ソロモンの寺院の建設を依頼しました。

それが一つの集団として現れる瞬間から、このユダの支族は変な見え方を有します。それは常に切り離されていて、そして決して近隣の者達と上手く過ごせません。その起源は謎めいています。それは始めから、その縁起の悪い名前と共に、どういう訳か切り離された(分離された)様です - ダグラス・リード(シオンの論争)

彼等は、彼等の周りの人々から原則的に異なった存在の秩序(あり方)を要求しました。これらはその他の者達との融合の行程を許さない違いです。彼等は分離、完全なる個別化を要求しました - ケイステン博士

南にあったその小さい支族、ユダは、レヴィ族の、土地を所有しない支族と認識されました。彼等の地位は、シナイ山のエホヴァによって彼等の上に与えられたと主張した、これらの系統的な司祭達は、ユダヤ教の真の父達でした - ダグラス・リード

アケナートン(アメンホテップ4世)の大いなる街、テル・エル・アマルナの中でアテン(アトン)のカルトに奉仕し、彼等と共に一所に生きたセム的な種族(イスラエライツ)は、彼等と共にエジプトを去りました。これらの種族は今日、イスラエライツとして私達の前に置かれ - 後の歴史のユダヤです。しかしながら、後にユダヤとして知られる様に成った者達は元々、イスラエライツでもヘブライでもありませんでした。ヘブライという単語は、「賢明な者」を意味する古代エジプト語のイバルに由来します。それは主任神官達、そして魔術師達、占星学者達、寺院の建設者達(メイソン)、そして秘密の保護者達を意味しました。イバルは選ばれた者のメンバーで、そして王室と親密でした。この単語は、放浪者、羊飼い、外人(盗賊)を意味するヒバルと類似性を持っていました。この不幸な語源の類似性は大いなる混乱の原因に成りましたが、彼等の真の歴史的な出自を誤魔化す事を、保とうと欲したこれらのエリート達に有利に働きました。太古のペイガン(多神教的な土着信仰者)達、つまり、他国の多民族達は、これらの言葉の意味を知っていて、一方とそのもう一方が別々の意味であると知っていました。ですが西洋において私達は、私達の前に置かれたその半分真実/半分偽りを疑問視しません。太古の人々は、イスラエライトとイバルという用語は、唯一、高い地位でスピリット(霊)的に授けられたエジプト人達を意味した事を知っていました。そして彼等はエジプトが何度も国外からの侵略者や荒くれ者達に略奪されてきたのを知っていました。エジプト国境の周りの地方は、その様な無様な者達によって汚染され、彼等は食糧を奪い、井戸に毒をもり、そして一般的に騒動の原因になりました。彼等はまた、とても不潔であるとも知られていました。エジプトの知事達は、彼等の人々(国民)を感染させるその様な外人達を何度も追い払い、国外追放にしました。感謝すべきは、ごく少数の西洋の学者達が、この物議を見透かして、本当の正体を把握した事です。ユダヤ人著者、マックス L. ディモントは、彼の素晴らしい本、ユダヤ、神、そして歴史の中でその問題を扱います。彼はこう書きました:

私達に推測的な問答をしてみましょう:紀元前2,000年に、アブラハムと共にウル市を離れたヘブライと、紀元前1,600年にジョセフの下でエジプトに入ったヘブライは、紀元前1,200年にモーゼスによってエジプトから導き出されたイスラエライツと同じ人々で、アブラハム、アイザック、そしてヤコブの子孫達か、それとも彼等は異なった人々(民族)だったのでしょうか?・・・

ディモントはこう続けて書きます:

・・・彼等のエジプトへの入国以前の彼等の歴史を扱う本である、創世記の中で、一か所の例外を除いて、ユダヤ人はヘブライびとと呼ばれ、イスラエライツとは呼ばれません。エジプトからの彼等の脱出(出エジプト記)の後、そしてその他のモーゼスの書の中で、ユダヤ人達は大抵、イスラエライツと(イスラエライトの複数形で)呼ばれ、ヘブライびとと呼ばれる事は殆どありません。その脱出の後に、ユダヤ人をヘブライびとと呼ぶのは非ユダヤ人で、それに反してユダヤ人は、いつも彼等自身をイスラエライツと呼びます - マックス・ディモント(ユダヤ、神、そして歴史)

私達はこれらの文章から、アケナートン(モーゼス)と共に荒野へと追放された人々が、本当の意味において、イスラエライツでもヘブライでもない事を理解出来ます。これらはもっと時代を昇って後から間違って、そして意図的に虚偽的に起用された用語です。何よりも、太古の時代において名前を変えるのはとても一般的な事でした。アケナートン自身も彼の名前をアメンホテップから変えました。

「イスラエライツ」はファラオ(神官王)に同行した人々ではなく、彼等はファラオと彼のエジプトの側近の者達でした。私達が述べた様に、この言葉はエジプトの高神官達(カルト入門者の上層部)を意味します。彼等が一度、エジプトを支配したので、アトンの太陽カルトは崇められ従われました。彼等にとって彼等自身を、パレスチナを頻繁に訪れていたセム族系の祭司的な階級に溶接するのは、比較的に簡単でした。ですがアトンのカルトと、そして彼等の唯一の神はまた、恐れられました。私達は確かに、旧約聖書の始めの方の章の中で、彼等の全くの情け容赦の無さを読みますが、これは地元/地方における多くの敵を生み出しました。彼等の行く手を遮った誰しもが、潰される、または政治的に密かに傷つけられました。彼等の特許的で外交的ね軍事的脅迫の戦法は私達の現代の時代まで健在です。彼等がエジプトにいた時代から、彼等は既に、セム族系シュメール人、フェニキア人、ヒンドゥー族(バラモン)、そしてバビロニア人、更に狂信的なセム族系ユダ族(彼等の創造)と外交的な絆を持っていました。後に、時が過ぎると共に、彼等はギリシャ、ローマ、フランス、そしてイギリス社会の上流階級と王族達の中の強力な勢力と利益的な関係を工作する事を見つけました。

彼等の機械性(手法)において、彼等は公に公式な媒体(エージェント)または大使を通して接近するか、またはもし、彼等の未来のホスト(母体)が過度に抵抗的または用心深いなら、彼等は「ラスピューティン」、「カサノヴァ」、または「ノストラダムス」の方法で彼等自身を徐々に入り込ませ(潜入し) - つまり、彼等の雇用の下(手先)の、何らかの捉え難い特殊な能力を持つ「聖者」かシャーマン、助言者(参謀)か予言者、またはその他のマキエヴェリ的な道楽者を使い、それらは彼、または彼女の本当の目的から注意を引き離すために、意図的に多くの悪名を引き寄せます。歴史の本はその様なキャラクターに溢れていて、そして彼等の偽りの「ボロきれから富へ、そしてまたボロきれへ」の自伝は、似非歴史書と大衆のお喋りに原料を供給します。

今日でも何も変わっていないのは、私達の現在の「人々の英雄」やポップアイドル達もまた、この古き腐った太陽カルトに雇われたエージェント(媒体)達だからです。

イタリアのピソ一族(発音:ピーゾ)は、この元々の「神聖な」アトンの太陽一族の直接の子孫です。ローマ(帝国)において聖書を記述する事を発注したのは彼等でした。当然、彼等はそれが彼等の愛する太陽神学のマニュフェストに成る様にし、そして彼等自身の目的に沿う様にナイル河谷の歴史を捏造しました。暴君的な背教者として見られたり、覚えられたりする事を欲せず、彼等は容赦なく正真正銘の歴史を隠蔽し削除し、そしてエジプトとイスラエライトの歴史を慎重に書き直し改竄し、私達が今日持つ、奇妙で保つ事の出来ないでっち上げに変えました。その改竄にも拘わらず、しかしながら、研究はそれでも彼等の真の目的を明かす事を達成します。

アメリカのブッシュ一族は、イタリアのピソ家の子孫です。

勤勉で偏見のない探求をすると、私達が直ぐに発見出来るのは、これらの権力の玄人達が、実に彼等の足跡を覆うために、どう様々な策略を使用したのかと言う事です。私達が見つけるのは、イスラエルの10支族(色々な上辺だけの多言語に通じるセム族系集団)に溶け込む事における彼等の比較的な成功の無さのために、レヴィ(祭司族)的なユダ派は、その背後から活動するための、もっと手っ取り早く、保つ事の出来る覆いを探し求め始めた事です。オーソドックス(保守的)な説明によると、イスラエルの10支族が西洋の地に吸収された後、アトンのカルトは直ぐにカモフラージュのもう一つの形状を造りました。これは後に対峙するために現れた、圧政的でモーゼス的(レヴィ的/パリサイ派的)な宗教で、そしてその後、最終的に現代のユダヤ・キリスト教へと変質しました。大々的に彼等自身の太陽神学に基づけられ、それは予言者達、聖者達、そして殉教者達の種々様々な伝記として表れる様に慎重に脚本されました。イタリアのピソ家の時代に成ると、似非神学の幻想は、一つの支離滅裂な本にまとめられ、そして最終的に彼等の権力の下のヴァチカンの官界(神官/官僚)によって神聖な正真正銘性のオーラが与えられました。主に寺院の第二次破壊の期間(十字架の磔と呼ばれるものの35年後)のローマ人によるエルサレムの大規模な略奪のために、その選択はもう一つの巧みな覆いをデザインするために成されました。全ての反乱と扇動に嫌気をさし、皇帝ヴェスパシアンはエルサレムの完全破壊を命じました。その攻撃の凄まじさは、半永久的にジュデア人達を遠く広く散らばらせる効果を持ちました。レヴィ族(パリサイ派)はジャムニアにおいて再編成しましたけれど、彼等の操作者達(飼い主)にとって彼等(パリサイ派)は、更に利用(悪用)するには強制移動させられ過ぎて、露出させられ過ぎた集団でした。

イスラエルへの攻撃と占領の後の100年、レヴィ族は申命記の中に具現化された彼等の「法律」を作成し、それは寺院において音読されました。これは「モーゼス的な法律」の誕生で、現実にはレヴィ族によって創造され、モーゼスの作だとされました。それは現実的にはレヴィ的またはユダ的な法律です。それは彼等の「政治的」な政策です。申命記は「第二の法律」を意味し、何故ならそれが元々のイスラエライトの法律からはっきりと異なって確立したからです。それは完成させられた最初の本で、聖書の五番目の本などではありません。 - ダグラス・リード(シオンの物議)

エルサレムからバビロンへの奴隷の大量放浪が起こりえなかったのは、何故なら、後にユダヤ国家が台頭した、ユダ派の人達は、知られていた世界の遠く広くに既に自己分散していて・・・それは商業/貿易のために状況が最も好都合な地に行っていたからです – ibid

過去18世紀の、世界の歴史の慎重な注意が私に見せたのは、全ての宗教の神官達が、彼等の目的を進めるために詐欺を実施した事で・・・私が忘れられないのは、全ての時代の神官達が、私達の者達(現代の神官/官僚)がする様に、ペテンを保護し、そして全ての時代において、宗教にかこつけた詐欺が見られる事で・・・魔術はもう殆ど終わりですが、詐欺が今以上に繁栄する事はめったにないでしょう - ゴッドフレイ・ヒギンズ(アナカリプシス)

これらの怪異は嘘をつき、そして以前の王族の王達の名前を汚し、太古のエジプトのスピリット(霊)的な歴史を見えにくくしました。彼等はまたエージェント達を送り込み、ナイルの繊細かつ美しい、天界な的な構造物や寺院を物理的に神聖冒涜させました。この神聖冒涜は現代でも続いています。大量の、読み書きの出来ず、忙しい人々や部族は、もし彼等がより善く知っていたとしても、大した勢力では無く、これらの読み書きが出来る者達と、彼等の嘘に対して、声を上げる事が出来ず、これらの者達(神官/書生)は計画的にグノーシス派と「異教徒」を隠蔽しました。彼等の聖書は、数多くの親しみのある神話的な題材と、超自然的な逸話で悪賢く装飾され、世界に数少ない読み書きの出来る者達は、彼等の想像力を満たすために多く(の時間)を費やしました。

彼等が確かに行ったのは、彼等自身の真の歴史と、その成り上がりを、放浪、寺院の建設、イスラエル家とユダ家の間の争い、バビロンにおける捕われ(奴隷化)、ジャーマイヤと10支族の西方への旅、そしてそれらを補佐する証拠が全く無い、様々なその他の、ねじれて保つ事の出来ない寓話の、公式に表された話しの背後に暗号的に隠した事ですが、これらの話しは今でも表面上の価値で取られ、その章と段落は狂信的に受け入れられています。

赤い盾と赤い絨毯 - 1

このオリエント(中近東)の歴史は、もし現代の世界のそれぞれの宗教と各政府を操作している、最も強力な名家(王侯貴族)や一族が、このアトンの血統から由来していないのなら、あまり問題ではありません。読者は、主要な世界の指導者達が頻繁に、赤い絨毯(じゅうたん)の上を歩いているのに気付いたかも知れません。これはジャーマイアの時代まで遡る古い象徴です。その赤い絨毯は、過去から来て未来へと続く、血の通り道、または血統を比喩的なモチーフで表したものです。ロンドン塔の警備人達もまた、同じ理由から、彼等の腰回りに赤い帯を巻き、そして英国軍はその昔、「赤いコート」として知られていました。今日、私達は良く、私達が国家の「銃の下」にあるとき、「赤いテープ」に捕われたとか、「赤の中(赤字)にいる」とか言います。企業のロゴの多くは赤い四角のモチーフを用い、そして私達はまた、多くの旗の上にそれを見つけます。共産主義ロシア(ソヴィエト)の中心は「レッド・スクエアー」でした。ロスチャイルド一族は、彼等の名を「赤い盾」から起用しました。これは(私達が伝えられた様に)フランクフルトの通りに由来するのではなく、彼等の(戦争において使用された)血塗られた「盾」の象徴です。この血は、勿論、単なる比喩以上のものです。それは彼等の、多くの勇敢な敵達から来ていて、つまり、彼等の行く道に大胆にもはだかり、そして歴史を通した彼等の秘密裡の悪行を暴露した、または妨害した者達の血です。

公共の領域の(財閥・企業/富豪階級的で)金権政治的な暴君達は、超階級で秘密結社の一員かも知れません。しかしながら、彼等は、存在していない、イスラエライツの子孫ではありません。それだけは、最近になって、証明されました。いいえ、彼等は「イスラエライツ」からの子孫でも、「ジューダイツ(ユダ族)」からの子孫でもありません。「イスラエライツ」、「ジューダイツ」、そして「キリスト教徒」と言う用語は、その背後に本当の首尾一貫した起源が隠れる「隠れ蓑」として使われます。この事実は、唯一、徐々に発見され、そして世界へと解放(情報公開)されています。この世界のデマゴーグ(デマ/扇動者)達は、彼等の偽りが暴露されると、大規模的に多くを失います。彼等は文字通りに世界の王座の支配を失うので、彼等の機械性(システム/政策)の継続、隠蔽の継続、そして内通者的な「歴史家」の意図的な虚偽とメディア(マスゴミ)の従者達を通して世界の歴史を秘密裡に改竄するために十分な動機を供給します。

スコットランド人の天文学者、ピアッジ・スマイスは、イングランドの王座はデーヴィッドの王座で、そしてイングランドの王達と王女達は、1800年代のヴィクトリア女王も、1944年のジョージ6世も含めて - デーヴィッドの王族血統で、そして英国の人々は、故に、今日における本物のイスラエルで、ジュダまたはユダヤを通してではなく、10支族から由来したと言う主張の元にした、グレート・ピラミッドに何らかの遠い関係がある、複雑で数学的な計算によって、英国諸島理論を発達させました。真のイスラエルは、ユダヤを含まないアングロ・サクソン達だと、彼等は主張します・・・彼等の理論的な見解は、英国の人々とアングロ・サクソン民族の起源の民俗学的な歴史とは全く異なっていて、その事実を、そのアングロ・イスラエルの著者達は、大胆にも反論し否定します。ですが彼等の非通常史的な主張は、彼等の非聖書的な解釈が僭越的である以上に偽り的ではありません - フォイ E. ウォレス・ジュニア(神の予言的言葉)

聖書は、極少数の強力なカルトと一族達の、マニュフェスト(プロパ)以外の何ものでもありません。それは彼等の聖書であり、強奪と奴隷化の道具です。唯一、内通者達だけが解読できる個人的な詳細に溢れ、それは個人的な一族の神が、時間を通して「レックス・ムンディ(世界の主)」になる事を許しました。

・・・最もチャーミングで政治的なフィクション(架空話し)で、歴史の装いにおいて素晴らしい目的のために妄想され、そして卑猥で、肉欲的で、無学で馬鹿正直な(騙されやすい)人々の全体的な概念へと応用されました - ゲッデス博士(聖書の早期の書について)

宗教の始まりについての研究は、過去半世紀を通して着実に蓄積されました。それらについての無知さが保たれているのは、入念に保護された種の宗派的な教育による、検閲の大いなる努力によってのみです - H.G.ウェルス(人科の運命)

聖書について神聖な事は何も無く、それは「神の言葉」でもありません。それは神に鼓舞された聖者達によって書かれたのではなく、権力を求める神官(官僚)達によって書かれました。神官達以外の誰が、罪を最高の問題にするでしょう?神官達以外の誰が、宗教的な儀式と儀法の大書を書くでしょう?これらの神官的な書生達以外に、罪と儀式を必須とする者など誰もいません。彼等の目的は畏怖を鼓舞する宗教を確立する事でした。この知性的な圧政によって、彼等は操作を得る事を求め、そして彼等はそれを達成しました。紀元前400年に成ると、彼等は古代イスラエルの主人達でした。その様な大規模な計画のために、彼等はテーマと枠組みを必要とし、そしてこれを彼等は、より知識を持っていた民族達の創造の伝承の中に見つけました。これを彼等は勝手に使い、そして湾曲し - 自然を超自然にし、そして真実を間違いにしました。聖書は、神官に歪められた宇宙学以外のものではないと、私達は主張します - ロイド・グラハム(聖書の神話と偽り)

新約聖書の記述は、人間の歴史の中の圧倒的に神聖な現れの目撃者達によって書かれたのではなく・・・キリスト教の聖書は発明(案)の最高傑作で・・・それについて正直に言うと、聖書は早期のキリスト教徒達のとても活力的で成功的な神話創造の産物です - バートン L.テイラー(新約聖書を書いたのは誰だ)

ヤーウェイの鼓舞された言葉を含むヘブライの書物、またはキリスト教の聖書の原書は一つも保存されておらず、この世界に存在していません。最も古いヘブライの書籍は、キリストの時代(紀元)の8世紀からの物が唯一で、その間キリスト教徒の本(新約聖書)は、その時代の最初の世紀の中で神聖な精霊の直接の鼓舞によって書かれたと言われ、全ては失われ、そして最も古い写本は、4世紀に遡ります - ロバート・テイラー神父(悪魔の説教)

この「神」と呼ばれるもの(ヤーウェイ/アトン)に深い古さは無く、そして紀元後の早期の数世紀以前は知られていませんでした。モーゼスでさえ、「燃える藪」と呼ばれる処で、この「エホヴァ」の正体を尋ねなければなりませんでした。このヤーウェイは、単なるアトンの書き換えで - 太陽カルトの神で、土星カルトにとってはその神 - サターン(土星/ローマ人にとってのクロノス)で、ヒンドゥーにとっての三位一体 - バラモン(エーテル)、ヴィシュヌ(水)、そしてシーヴァ(火)で、ペーガン(異教徒)の戦争の神 - 火星です。彼、またはむしろ、それは、ジャブロンと言う別名の下でフリーメイソン達とテンプル騎士団に崇拝され、それ(ジャブロン)は3つの神々 - ヤーウェイ(火星)、バアル(土星)、そしてオン(太陽) - の名前を合成したもの(ヤーバーロン)です。

主要な聖書的著者達、翻訳者達、そして学者達、更に数多くの司教達、枢機卿(すうきけい)達、教皇達、そして福音先導者達は、この秘密で、凄まじく裕福な、ルシファー主義(王家の)一族の単なる手下でしかありませんでしたし、今でもそうです。

「サタン」と言う言葉は、単純に「誘惑する者」を意味し、単なる矛盾するもの、懐疑的(無神論的)なもの、または非難的な媒体とそれらの主張を意味します。エッセネ派グノーシス派の様な神聖な秩序の中で、「サタン」は中傷する者、または対峙する党(集団)でした。サタンについて超自然的なものは何もありません。どんな支配体系(覇権)であれ、対峙する者は故に、言うなれば「サタン的」だったのです。ですから私達は、サタンとルシファーの間に大きな違いがあるのに気付きます。ルシファーは元々、ペイガン(異教徒)の神、火星に基づいていました。最終的にサタンもまた、赤い猛火の様な惑星で、神である火星と同一視される様に成りました。聖書の中で私達は、イエスがピーターに向かって、「サタンよ、私の後ろに行きなさい、」と言うのを有します(ピーター=ジュ・ピーター=木星)。もし私達が、イエスが太陽である事を受け入れるなら、すると私達はこの明言には、宇宙神学的な意味合いがあると取れます。火星は時々、太陽同調的に昇り、つまり - 太陽と共に、または太陽の前に昇ります。太陽カルトにおける太陽の神官達は、彼等の神が失脚させられない様に、対峙されない様に、そしてその輝きが優られない様に、「汝は降りろ」、または「汝は下に行け」、もしくは「汝は後ろに行け、サタン」と彼等の寺院から叫びます。興味深い事に、その火星の象徴(矢印)は、イングランドのロンドンのダウニング通り10番地(官邸)のドアの上のロゼット窓の中央パネルに、(そのミニチュア)見られます。これは英国政府の中枢です。10(テン)と言う言葉も、アテン(アトン)から由来しています。

惑星の記号(火星の矢印)
1惑星


創世記の中の何処にも、直接的であれ間接的であれ、サタンの関わりは記述されていませんが、教会にとって蛇をサタンの使者、またはサタン自身と描写する行いは、一般的に成りました - ローレンス・ガードナー

ですから私達は、「キリスト教教会」と呼ばれるものが、ヴァチカン(「魔術師達の処」)と同様に、このアトン/アドナイ/ルシファーのカルトの創造で、その結果として、人類に対する数え切れられないその犯罪は、彼等の血に染まったドアの前に置けると、はっきりと知りましょう。

エホヴァが元々火星の主であったのは、太古の書に素朴に記述されています。彼はまた、戦いの神でもありました・・・火星とその主は、何故か闘争と暴力に深く関連させられ、地球に在住した人類の種を影響し、苦しめました ブリンスリー・レ・ポァー・トレンチ(空の人々)

申命記の様な書は、紀元前621年後、何度も見直され、修正されました。これはその内容をトーンダウンさせるためで、異教徒の国家にとってなるべく不快でない様にするためでした。その原書は恐らくもっと酷かったのでしょう - ダグラス・リード(シオンの物議)

ジャーマイアの書は、イザヤの書と同様に、レヴィ(司祭)族的な改竄で溢れていて、それらはそれらの実際の予言者達が生きたより、ずっと後に行われた事です。ジャーマイアの実際の言葉は、ジュダの司祭達の「忌まわしい行為」に対する抗議でした。彼は子供達を生贄にする事に対して発言しました – ibid

キリスト教は紀元4世紀の序盤にローマ皇帝の公式な宗教に成りました。529年に、キリスト教徒の皇帝、ジャスティニアンは、全てのペイガン(異教徒)の哲学的な学校を隠蔽(閉鎖)しました - キエラン・バリー(ギリシャのカバラ)

・・・存在したのは・・・そのブラザーフッド(組織/同胞団)に属する熟練者達の、もう一つの階級で、そしてまたそれは、その他の何よりも強力で、黒魔術の熟練者達と同等にランクされなければなりません。これらは私達のローマ・カトリックの「神父達」と聖職者で・・・私達のオリエント(中近東)派よりも100倍、秘密の象徴学と古い宗教に詳しく・・・一般的に推測されるよりも遥かに多くの、意味深く学習したカバラ主義者達が、ローマと、ヨーロッパとアメリカを通して存在し・・・故に東洋のオカルト(秘儀)主義者達のどの集団より、「黒(魔術)の」熟練者達の「ブラザーフッド」はより強力で危険です - ヘレナ・ペトロフナ・ブラヴァッツキー婦人(秘密の教義、第三巻)

太陽カルトの政治は、それ以前のそれぞれのカルトに関して、現在のプロテスタント派とそれ以前のものに類似しています。前者のスピリット(霊)的な儀式は捨て去られ、収集された神聖な知識は、殆ど心に留められませんでした。アトン・カルトの魔術師達によって維持されたオカルト(秘儀)の知識は、彼等の敵達を害するためだけに、人類を混沌と荒廃に導くためだけに使われました。その信仰の集中点は、万神的で秘儀的な概要から、一神教的で俗世的なものに成りました。夜空と星座の代わりに、神のための象徴に成ったのは、日中と唯一の太陽でした。全てのその後の世界の宗教は、古いモチーフを使用しますが、その信仰は相同の源泉に固定されます。私達が「キリスト教」の台頭について読んだり聞いたりする時、私達が本当に聞いているのは、哲学的で神学的な体系のこの変化の歴史で、それが説明するのは、何故、キリストの周りで超自然的で説明不可能の様な現象が起こるのかと言う事です。これらは、信仰として受け入れられなければならない、正式で伝記的な逸話として、または理論的に決して説明出来ないものとして、私達の前に置かれます。

その話によると、イエスがベツレヘムで生まれた後、彼と彼の両親は、贈り物をもたらした3人の「賢明な者」達によって訪問されました。その馬屋を訪ねたのは3つの象徴的な贈り物をもたらした3人の王達です。その3人の賢者達が(太陽カルトを除く)3つの主要なカルトを代理していただけでなく、彼等がもたらしたその象徴が示唆するのは、言うなれば彼等が、「その街の」新たな権力、太陽王に敬意を表していたと言う事です。フランキンセンスは、その自然的で樹液的な形状において琥珀の様です。それは太陽の寺院で燃やされました(線香)。同様に、マーは樹液的で、それとフランキンセンスは両方とも太陽にとって神聖で、時々それらは太陽の涙と言われます。そして黄金は明白にまた、太陽を代表します。事実、それは太陽の主要な象徴です。概して言えば、降誕の話しは、太陽カルトのためのプロパガンダです。この逸話において、その他の3つのカルトは、それらとこの世界を圧倒する新たなカルトの前に平伏し敬意を払います。キリストはすると、現在の(ローマ)教皇の様に、太陽を象徴しているだけです。加えて、キリスト教的な芸術において、イエスは何度も眩しい太陽的なヘイロー(天使の輪)と共に描かれていて、そして頻繁に「羊飼いの棒(杖)」を見せます。これは(古代)エジプトのファラオ(王)達の象徴で、以前の時代(大昔)には、彼等の人々(一般大衆)の羊飼い(指導者)として知られていました。更に加えると、米国において最も影響力のあるキリスト教福音派のテレビ・ネットワークは暗示的に、デイ・スター(日中の星=太陽)コーポレーションと呼ばれます。

数多く使われる象徴の中で、太陽は良く、光の神の「全てを見る眼(一つ眼)」によって表されます。この象徴は、暗示的に、エジプトのピラミッドの上に見られます。それはラーの眼や、ホルスの眼などと呼ばれますが、それは本当には、アトン/エホヴァ/アドナイの眼で、一神教的なアケナートンと彼の血統の神です。この神を崇拝するこれらの者達、今日の権力の背後にいる者達は、彼等自身を「イルーミンされた者」(光を当てられた者)、または「エリート」と呼びます。彼等のたまり場の中で彼等は、彼等の様々なマニュフェストを読む時間を割いた研究者達が知る様に、彼等自身を「ルシファー派」と自負します。この象徴、全てを見る眼は、イルミナティと呼ばれる非道で強力な秘密結社の書類を飾り、それ(イルミ)はフリーメイソン(やその他のギルドや組織)に潜伏し、それ(一つ眼)はアメリカの1ドル札にも載っています。1ドル札の上のこの象徴のすぐ横には、13の矢とオリーブの小枝を持つハゲ鷲がいます。

この鷲は、マナセァ支族の象徴で、(背信的なアトンのカルトの子孫達の主要な奉仕者達の一つ)ロスチャイルド家によってもまた使用されています。一つ目とピラミッドは、現在の数々の企業ロゴ、政府のエンブレム、宗教的な組織、そして多くのメディア組合(マスゴミ)に見られ、それらはこれらと全く同じオリガーキー(特権階級金権主義者達)によって所有されているか、操作されています。ピラミッドも鷲も、アメリカ的な象徴ではありません。そして私達は今後、「イスラエライト」や「ヘブライ」といった一般的な用語は、一時期(古代)エジプトで過ごした人々を意味し、それが特に民族的または宗教的な用語ではない事を頭に入れておきましょう。これらの用語はタイトル(職業名/役職、etc.)として使われ、そして一時期エジプトに住んでいて、アトン(アドナイ/エホヴァ/ヤーウェイ)のカルトに親近感を覚えた、または奉仕者さえにも成った、ユダヤやその他の雑多な部族や民族的なグループを象徴する様に取り入れられました。その非民族的な用語「イスラエライト」は、その様な血筋を主張する権利の無い者達、そうする事によって彼等の出自を隠そうとする者達によって取り入れられました。学者達、そして歴史が、「イスラエライツ」の足跡を殆ど見つけられないので、その策略は見事なもので、此処まで超好都合に機能してきました。

メモA:「イスラエライト」という用語は、神聖なエジプトの用語で、知識のある者を意味しました。イスラエルという言葉は、私達が見た様に、後に成って各カルトの権力の融合を表現するために取り入れられました。これは恐らく何故、イスラエライトという用語が、アトンの太陽カルトを含めたそれぞれのカルトによって使用された理由でしょう。それは表示的というよりむしろ暗示的な用語です。同じ事が、ウェ―ルズ人、スコットランド人、アイルランド人、そしてイングランド人が、彼等自身を「英国人」と呼ぶ時に応用されています。(古代)ローマにおいて、聖書が考え出された時、イスラエルという言葉とその概念は、人格化されるべきだと決定されました。詳細は記されていない理由で - アブラハムの息子 - ヤコブは、神によってイスラエルと改名されました。この「改名」の実行(創世記35:9)は、歴史を歪め、そして偽の足跡を残すために、バビロンとローマの聖書の神話創造者達によって行われた幾つもの悪賢い策略の内の一つです。

メモB:聖書の迷路的なノンセンスが唯一、複雑混乱化させられるのは、何故なら、キリスト教徒達が、彼等が12支族全てからの末裔である事を主張する事で、彼等自身をユダヤから別視し、それに反してユダヤは、ヤコブの4番目の息子であるジュダ(ユダ)からの家系を主張するからです。私達が一旦、キリスト教徒達もユダヤ達も、どちらもその様な血統を証明出来ないと気付けば、全ては鮮明にされます。

メモC:「マナセァの支族」は、他の部族同様に、もしそれが存在していたとしても、それが歴史から消え去って長くに渡ります。これ、またはその他の「イスラエライト」の支族のどれにも、それが存在していた事を補佐するものは殆どありません。10支族の作り話は神聖に聞こえる都合の善い道具、または策略で、その背後で悪魔的な太陽カルトが隠されたままに成っています。私達が、スラエル、イスラエライト、ヘブライ、選ばれし者、etc.と読む時、私達は、ジュダ派(族)、レヴィ派、そしてアトンのカルトを考えるべきである事を認知しましょう。これは聖書の解読と理解を大々的に簡単にします。(レヴィ族は常に個別の支族として考えられました。彼等の役割は、大体が軍事的、または役人的でしたが、彼等は特に、寺院での生贄において特権領域を持っていました。)ジュダという用語は、ヘブライ語のフダイに由来し、アトンのカルトの「輝く者」または「鮮明な者」を意味し、黒いローブをまとった神官階級を意味しません。端的に、聖書は歴史的にも伝記的にも真実味のないプロパガンダ(扇動)的なマニュフェストである事を、決して忘れないでおきましょう。歴史家達が、存在しなかった古代の世界の支族を求め、彼等自身を失望させる間、そのアトンのカルトは目の前に身を隠し、世界中にその卑しい活動の策略とその汚染を広げます。その指導者達は、私達の無知と愚劣さに喜び、彼等の机の上で踊っています。

赤い盾と赤い絨毯 – 2

1948年にパレスチナに設定されたシオニスト国家による、「イスラエル」の名の取り入れは、透き通った偽りの見せ掛けです - ダグラス・リード(シオンの物議)

ユダヤ教は、イスラエライツが彼等自身を人類と融合させた長く後に発達したと、ブリタニカ大辞典は言います – ibid

・・・いいえ、イスラエルの12支族が存在していたという証拠が全く無いだけでなく、最も正確と言える歴史家、ヘロドトスが、エズラが繁栄した時代にアッシリアにいたにも拘わらず、イスラエライツについて、全く記述していないのです・・・これはどうすれば可能なのでしょう? - ヘレナ・ペトロフナ・ブラヴァッツキー婦人(秘密の教義第三巻)

ユダの純粋な血統の支族の様なものは、少なくともキリスト(の時代)の数世紀以前に消失していたはずです - ダグラス・リード(シオンの物議)

(米1ドル札の)ユダ的な鷲の頭の周りのラテン語の記述 - E Pluribus Unum (「数多くから - その一人が」)は、単一神教的なジュダ(ユダ)派・族を意味し、それ(その神)は、文字通り多くの太古の神々の中から選ばれ、そしてそれはフェイビアン(社会主義組織)の高慢な人道主義の概念などではありません。それはまた、分離主義的で一神教的なアトンの光崇拝のカルトの、暗号的なほのめかしで、それはそれ自体の実の物理的(実質的)な血筋を、歴史における無数のカルト、宗教、そして秘密結社の背後に隠し、それらの多くは、彼等自身の創造でした。彼等が彼等自身を「イスラエル」の12支族と呼ばれるものの背後に隠したので、彼等を意味する数字は13です。この数字は1ドル札の至る処に現れ、そして多くの国旗、貨幣、そして(軍の)紋章に現れます。ヨーロピアン・ユニオン( EU )は、ベルギーのブリュッセルの彼等の建物の13階からこの世界を統治します。

アトンのカルトに操作(支配・統治)され、ジュダ派・族は最終的にアトン(またはアドナイ)を彼等の神として受け入れる事に満足でした。(1ドル札の)ピラミッドの13段階と鷲の頭の上の13の星は、其処に見られるその他の象徴と共に、太古のカルトを表し、そしてそのアトンの太陽カルトは、それ自体をユダヤ教、キリスト教の背後に隠し、そしてコロンブス騎士団、テンプル騎士団、フリーメイソン、イエズス会、そしてイルミナティ、等々の秘密結社の背後に隠します。もし私達が慎重に観察すると、私達は(米1ドル札の上の)アトンの鷲の翼には33の羽がある事を見つけます。この数字はメイソン的な秩序(組織)を表し、それには33の主要な会員(入門者)の階級があり、それはヒエラルキー的で、構造においてピラミッド型です(脊髄の32の骨+頭蓋の意)。このアトンのオカルト(秘儀主義の)種族は、権力のピラミッドの頂点に座し、レヴィ族、パリサイ派、ギリシャ、ローマ、ヴェネチア、オランダのハノーヴァー、イングランドの王侯貴族のエリート(プランタンジェント、チューダー、スチュアート、そしてウィンザー家)の時代を通して、そして東インド会社や、アメリカの元々の13の州(新イスラエル)の「発見」の背後にいたラッセル・トラスト(信託/ヴァージニア会社とハドソン・ベイ会社)の様な世界初の植民地複合体を通して、その(組織の)機能をデザインし、資金援助し、そして操作しまし、そしてそれらは今日のアメリカの二大政党の両方を飼っています。このカバール(組織、語源:カバラ)は、世界の主要な募金(赤十字)、米国のキリスト教プロテスタント派(親イスラエル)福音伝道の牧師達、若者達のための新聞メディヤ各社(マスゴミ)、音楽や化学製薬の独占企業、米連銀とその各銀行子会社、国連、ヴァチカンとイエズス会、そして主要なシンク・タンクと宇宙開発政策(NASA - 「・・・鷲が着陸しました(アポロ11)」)を資金援助し操作しています。個人企業銀行からその存在を保つために(米国、英国)政府が買う(紙幣と貨幣の)通貨の象徴は、この最後の明言の事実のための肯定的な証拠を、その生徒(研究者)に供給します。加えて、「キャンプ・デーヴィッド」と「キャピトル・ヒル」という用語はエルサレムの街とレヴィ族的な伝統への間接的な言い回しです。「法を犯す」という用語は、モーゼス(アケナートン)が文字通りに契約の法律を犯した事の遠回りな言い回しです。君主達や政治家達が善く歩く赤い絨毯は実に、その起源が遠い時間の霧の中で失われた、太古のルシファー主義の血筋を表しています。

私達がその集まり(集会)に言うのは、「私達は神を信仰する」事で・・・その宗教の、幹部階級の私達、入門者(内通者)達によって、ルシファー教義の純粋さは保たれるべきで・・・そうです!ルシファーは神です - アルバート・パイク(米国フリーメイソンリーのグランド・マスターで、イルミナティの頭。パラディアン委員会への手紙より、1889年7月14日)

ルシファーは、朝の息子(金星)!その光をもたらすのは彼で、そしてその耐える事の出来ない素晴らしさは弱者を、肉欲的な者を、または身勝手な魂達を盲目にする。疑うべからず!
 - アルバート・パイク(道徳と教義)


左翼、右翼と呼ばれる政治的な残像は、私達の創造です。事実、それが正確に反映するのは、人々の頭脳に私達の権力の問題を思い起こさせないためのインチキの問題(どうでもいい問題)について、私達が民衆を、慎重に、人工的に二極化する事(分断統治)です - (権力のオカルト的技術主義)

人類の分断の背後に立つのは、これらの賢明化された者達で、人類の進化と人々の運命を導くのは、その者達の権利と特権で・・・これを彼等は、世界の思想家達の頭脳にアイデアを植え付ける事を通して成し、ですから時間を通ってこれらのアイデアは認識を受け、最終的に人の生活の操作的な要素に成ります。これらのアイデアを主義・思想に変えるために彼等は世界の奉仕者達の新たな集団のメンバーを訓練します。これらは順を追って、熱望された目的の思想家達に成り、そして其処から強力な(大人数の)中産階級に教え込まれ、政府、または宗教の世界の形状へと働かされ、故にニュー・ワールド・オーダー(新世界秩序)の土台を形成します - アリス・ベイリー(オカルト主義者。フェービアン主義の著者。ルシス(ルシファー)信託(国連)の頭)

世界の多くの秩序(組織)や結社は、アトンのカルトによって創造され資金援助されていますが、そうでないものもあります。そして人がその(組織の)本当の目的を知るためには、人は、メイソン的な階級の、特に上層部まで昇進しなければ解らないので、幾人かの善意のメイソン達は、彼等の自然的な人道主義のために、彼等自身の組織の暗部を暴露しようと試みました。ウィンストン・チャーチルは、その様な内部告発者の内の一人でした。彼の政治的なキャリアの短い期間の間、彼は上層階級における腐敗を暴露するために専念している様でした。その様な内部告発者が、システム(組織)の中で活動している時、その「上層部」は、それらに対処するための2つの主要な方法を持っています。一般的に最初に使われる方法は、暗殺で、プロフェッショナルか物理的(身体的)な種です。第二の方法は、内部告発者をより上層部へと出世させる事で、彼等が出世する前に持ちえなかった主要な(秘密の)目的の計画へのより深い眼識が供給されます。この階級における出世は、物質的な報酬によってまた会得されます。この方法は、時代を通してとても成功的であると証明され、多くの政治的に一匹狼的な声を沈黙させる役割を果たしました。何人かのとても尊敬されたメイソン達は、彼等が彼等の人道的な秩序(組織)に転覆的であると想像したものに対して公に発言しました。恐らく彼等は、彼等が敬意を持ってその多くの階級を通して出世する間、メイソンリーを、それが(表向きに)意味したものとして取り、それが何かと言われたままに解釈し、または彼等がそれは何かと想像したままに受け取ったのでしょう。メイソン達は、結局の処、彼等が交流する同僚、または彼等が奉仕する結社に騙され・利用された唯一の者達ではありません。何にせよ、メイソンリーにおける疑惑と気付きの警告の呼びかけは、殆ど心で受け止められませんでした。

・・・私達は、私達の建物・体系が・・・崩れ落ち、瓦礫で地を覆うのを見て、私達は、私達の手ではもう止められない破壊を見て・・・一つの大いなるセクトが台頭し、それはそのモットーとして人の善と幸せを信念とし、人類の幸せがそれ自体の獲物になる様に、共謀の暗闇の中で働きました。このセクトは誰にでも知られていて、その会員達はその名前以下のものでは知られていません。その秩序(組織)の土台を完全に転覆させる様に暗躍したのは彼等で、何世代にも渡って全ての人類が毒され、迷わされたのは彼等によってです・・・彼等は宗教に非難を投げかける事から始め・・・彼等の主人達は地球上の王座以下のものは目的では無く、そして各国家の政府は彼等の闇的なクラブによって指導されていて・・・私達の秩序(組織)は悪用され・・・今日この世界が満たされた政治的で道徳的なトラブルの全てを産出し・・・私達はこの瞬間からその秩序(組織)の全体を解体し始めなければなりません - ブルンズウィック侯爵(ドイツ・フリー・メイソンリーのグランド・マスター。1794年に同僚宛に記述。)

私が確信させられたのは、私達が、一つの秩序(組織)として、何らかのとても邪悪なオカルト(秘儀)的な秩序の権力の下に成った事で、それはオカルト的なものと、そうでないものの、科学に意味深く精通していて、彼等の手法は、絶対に誤りの無いものではありませんが、黒魔術で、つまり、電磁力、催眠術、そして強力な暗示です。私達が確信させられるのは、その秩序が何らかの太陽の秩序によって操作されている事で、もしそれ自体がその秩序でないとしても、イルミナティの本質に続くと言う事です - ブルンズウィック侯爵(1700年代の世界フリー・メイソンのグランド・マスター)



神-人:血肉にされた言葉(目次)

神-人:血肉にされた言葉

目次:

前書き
Redemption the Ultimate Goal of Humanity 10
人類の究極の目的は救い
The Kingdom at Hand 11
手の中の王国
Books Rejected by the Council of Nicea 14
ナイシアの評議会によって否定された本
Names 16
名前
The Marvelous Story of Joseph and Mary 19
ジョセフとマリーの素晴らしい話
Man was Made Upright 21
人は直立に造られた
It: The Eternity of Perfection 23
それ:完全性の永遠
Sarah and Abraham 38
サラとアブラハム
The Word of God Revealed 39
神の言葉は明かされる
What Was the Word of God that Came to the Prophets?. . . 55
預言者達に来た神の言葉とは何だ?
The Explanation of "Turning Water into Wine'' 56
”水をワインに変える"事の説明
John the Baptist Physiologically Explained 61
洗礼者ジョン(ヨハネ)が人体学的に説明される
The Plagues of Egypt in the Human Body 63
人体の中のエジプトの疫病
The Great Pyramid 65
グレート・ピラミッド
Isaiah 69
アイザヤ(イザヤ)
The Optic Thalamus , 71
視床
The Central or Single Eye 75
中央またはシングルの眼(松果体・第三の目)
Statement by a Greek Professor 78
ギリシャ語の教授による声明
The Wives and Children of Jacob 81
ジェイコブ(ヤコブ)の妻達と子供達
The Solar Plexus 83
太陽神経叢(腹腔・ふくくう)
Prophecies Fulfilled 86
遂げられた預言
Killing the Fatted Calf or Kaph 87
肥えさせられた子牛またはカフの殺害
The Anti-Christ 89
アンチ・キリスト
What So-called Christians Say, and the Answer 93
キリスト教徒達と呼ばれる者達が言う事、そしてその答え
The Rib-lah that Made the Womb in Man (kind) 95
人(類)を子宮の中で造ったリブ・ラー
The Bridge of Life 98
生命の橋
Sacred Books of the East 105
東洋の神聖な本
The Mystery of Santa Claus Revealed 107
サンタ・クロースの神秘が明かされる
The Science of Leap Year Ill
うるう年の科学
The Revelation of Hermes 113
ヘルメスの啓示
The Secret Doctrine 119
秘密の教義
Why Re-incarnate ? 122
何故、輪廻転生する?
The Lake of Fire and Brimstone 124
炎と硫黄の湖
Physical Regeneration 125
身体的な再生
Thirteen, the United States Seal and Woodrow Wilson. ... 130
13、米国の印とウッドロー・ウイルソン
Daniel in the Lion's Den 135
ライオンの巣の中のダニエル
Noah, the Ark and the Animals 143
ノアと、箱舟と、動物達
Mistranslation of Scripture 147
聖書の翻訳ミス
Joshua Commanding the Sun and Moon to Stand Still 140
ジョシュアが太陽と月が停止するように指令する
Glossary 151
用語集
Consummation . , 175
完成

3chakras-caduceus.jpg

完成

GOD-MAN
The WORD MADE FLESH
神-人
血肉にされた言葉
by Dr. George W. Carey
and Inez Eudora Perry
ケイリー博士&ペリー著
http://ia700401.us.archive.org/18/items/godmanwordmadefl00carerich/godmanwordmadefl00carerich.pdf


完成
1927年


その革命的な惑星、天王星は、1927年1月に、魚座を通った7年の彼の旅を終え、大脳を代理する牡羊座に入るでしょう。

その星々はそれらの公転の中
平和の夜明けに近づいています。
絢爛(けんらん)たる山の頂上に
人の愛が現れます。
見よ!聞き給え!
戦いの騒音の上に貴方は聞くかも知れない
「地上の平和」の祝歌を。
人々への善意は空気の中にあります。
太平洋の渦巻く霧の中から
螺旋し回転し
生きるものの様に;
高く昇る雲の栄光から
草花の上に
朝の宝石をこぼす;
繰り返す小鳥の流動的な声は
神の耳へと
その波打つ祈りを注ぎ;
綺麗な幹のユーカリから、
オレンジの花と胡椒の枝のペンダントから;
可愛い顔の子供達から;
誠実な男達の心から;
女達 - 母親達の魂から;
惑星的な角度から
そして昇る星座は;
天界的な主人から
「神の栄光を宣言し」;
宇宙的な法則の内的な聖域から - 
私達は平和の歌を聴くかも知れない。
平和は来る!
貴方の両手を伸ばし給え、兄弟達よ、姉妹達よ、
貴方の救いである - 平和を - 歓迎し給え。
彼女を怒らせてはなりません!
その神々しい女神に平伏し給え!
私達はとても疲れていて - 
そう、戦争はもう死ぬ程いやで
私達の治癒者は来る -
その大いなる医者が。
皆で喜びそして嬉しく思いましょう。
私達はその歌に参加し、貴方には平和を!

再派性する人の体の7つの神聖な中心(チャクラ)から、;最も崇高(大脳)の秘密の場所から、人の素晴らしい脳の中の不死のエゴが座る王座 - 新エルサレムで - その神聖な祝歌は聴かれる。その球体の音楽は、宇宙的な法則の領域から出て来て、今、聞こえる様に成り、そして挽回され、栄光化された地球とコーラスする。

彼女の足跡の中に花々は開き
彼女の白い服の折り目は「漂う栄光の雲」の様で
人類の協力的な共同財産は彼女の後ろにおぼろげに見え
進軍のラッパは全て戦争の鉄の前線で停戦を歌い
鎧は錆びる。
空中船はエーテルの中へと昇りに昇り、
あたかも天界的な街の門を探している様だ。
その塹壕は草木に覆われる。
葡萄のつるが武器の上に昇り、
見捨てられた要塞に花が咲く。
兵士達は、家の、畑の、店の、暖炉の横の人に成り、
女達は愛し、子供達は戯れる。
「主の身代は返還され
そしてシオン(大脳)に来る - 
彼等の頭の上の永続的な喜びと共に。」
そして其処等中の全ての周りで
その空気は花々の香りに満ち、
そして泉の溢れはポタポタ落ち、
そして自由な男達と女達は、神を見つけるための大いなる冒険を始めた。
*****
「そして私は新たな天界と新たな地球を見た。」

古きは過ぎ去り、そして公正さの太陽は昇り、その輝きの中には回復がある。



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