神聖な科学

Yukteswar Giri
ユクテスワ・ギリ
http://en.wikipedia.org/wiki/Yukteswar_Giri


The Holy Science
神聖な科学
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Holy_Science


神聖な科学は1894年にユクテスワ・ギリによって書かれた本。その本は、聖書の文脈とウパニシャズの平行する文脈を全ての宗教の統一性を見せるために比較する。

本の目的

ユクテスワは前書きにこう書いている:

この本の目的は、全ての宗教には本質的な統合がある事を出来る限り鮮明に見せる事です。様々な信仰によって説き聞かせられる真実に違いはありません。外的・内的世界(大宇宙・小宇宙)が進化させられた方法(法則)は一つしかありません。全ての神聖な教典の目的は一つしかありません。

その本は、サンスクリットのスロカスを新約聖書の文脈、特に啓示の文脈とを比較する。

彼は前書きにこう書いている:「この本は、知識の発達の4つの段階に沿って4つの部分に分けられています。」4つの部分は:

福音書:「・・・創造の原理的な真実を確立させる事を求め、そしてこの世界の進化と複雑・混乱化を描写します。」
目的:「創造のリンクの中の高等動物から下等動物までの全ての生き物は - 存在、(自覚)意識、そして幸せ - と言う3つの事を手に入れる(達成する)事に熱心です。」
手順:「・・・生命の3つの目的を達成させるための方法を扱います。」
啓示:「・・・生命の3つの理想を達成させるために遠くまで旅した者と、彼等の目的地のとても近くまで来ている者に来る啓示を論議します。」

Yuga theory
ユーガ理論

ユクテスワの神聖な科学への前書きは、彼のユーガ・サイクルへの説明を含む。それが革命的なのは、何故なら、インドの専門家の殆どが、現在の時代をカリ・ユーガとするのに対して、彼の前提には現代がドワパラ・ユーガであるとしているからだ。彼の理論の土台になっているアイデアは、太陽は「ある星と連星を構成していて、その(太陽の)公転は地球の年でいうと、約24,000年で - 春分・秋分の点とゾディアックが後退する天文的な現象の原因になります。」この天文学的な現象への一般的な説明は歳差で、地球の地軸の“歳差運動(ブレ)”だとされる。ユクテスワの説明への研究は連星(バイナリー)研究所で行われている。
(ページ右のリンク参照。)

連星のモデル
1連星Orbit5
歳差は通常、地球の地軸のブレを原因として説明されますが、ユクテスワ/連星研究所によると、歳差は太陽の公転が原因で起こる現象だと説明されます。


彼は更に明言する:

太陽にはまた、ヴァシュヌ・ナアビーと呼ばれる大いなる中央の周りを公転するもう一つの運動を持ち、それ(その中央)はバラモンの創造力の座で、宇宙的な磁気性です。ブラーマ(バラモン)は内的世界の頭脳的な徳であるダーマ(ダルマ)を統制します。公転の中にある太陽とその双子(シリウスab)が、ブラーマの座であるこの大いなる中央に最も近い距離に来ると頭脳的な徳であるダーマはより遥かに発達させられ、人は全ての事を簡単に理解出来るようになり、魂の謎さえも理解出来るようになります。(黄金時代の事)

神聖な科学の中で、ユクテスワは、私達が現在、ドワパラ・ユーガの初期にあり、それは紀元1699年頃に始まったと結論している。ユクテスワによると、これは私達が今現在ドワパラの316年(2015年)にいる事を意味する。故に私達は大いなる中央に近づいて向かっていて、紀元4099年頃にトレタ・ユーガに移行する。(古代ギリシャで言ういわゆる黄金時代に入る。

もし私達がユーガを時計に例えると、スピリット的に最も低度な時は6時頃で、大体、紀元550年頃(注:ユクテスワ自身は紀元499年としている。)で、それはカリ・ユーガの中央で(多かれ少なかれ中世の始まりの方で)、そして最も高度な点は12時で、サトヤ・ユーガの中心で(サト=真実の意なので、文字通り真実の時代で)、または黄金時代だ。最低点から最高点に行くまでに約12,000年かかり、(太陽の公転を)一周するには約24,000年かかる。今、私達は時計の7時頃の位置にいて、1699年に始まったドワパラ・ユーガ、またはブロンズ(銅)時代を上昇(アセンション)しています。

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西暦2000年 - 図を時計の面に例えると、現在は7時前後の頃の位置で、以後、その架空の時計の針は上昇して行きます。

神聖な科学からの引用

・現在(1894年)のドワパラ・サンディー時代の世界の位置は、ヒンドゥー年鑑に正しく載せられていません。天文学者と占星学者は、(クルルカ・バータの様な)カリ・ユーガの暗黒時代の特定のサンスクリットの学者の間違った注訳に導かれており、そして今、カリ・ユーガの長さは432,000年で、その内(1894年時点で)4994年、過ぎていて427,006年がまだ残っていると主張しています。何と暗い見通しでしょう!そして幸運な事にそれは正しいものではありません。

・永遠の聖父神スワミ・パランブラーマは唯一の本物のもので、サト(サトリ・真実)で、宇宙における全ての中の全てです。

神聖な科学Pdf.
http://ia600807.us.archive.org/18/items/HolyScience/45849064-Sri-Yukteswar-Giri-The-Holy-Science.pdf


「もし人が、純粋な電気的本質である神経の性質に注意を向ければ、5種類の電気が簡単に理解出来ます。5つの感覚(五感)神経のそれぞれがその特徴的で特出した機能をになっています。視神経は光を運びますが、聴覚やその他の神経の機能を果たしません。聴神経は音を運びますが、その他の神経の機能を担いません、等々です。故に宇宙的電気の5つの性質に一致する5種類の電気があるのは明らかです。」

「前述された5つの物体は、5つの電気の陰的性質ですが、融合させられると5つの形状の全般的な物質を産出します。個体、液体、火、気体、そしてエーテルです。」

53ページ
「すると全ての痛みは消滅し、そして究極の目的(真の満たし、神的気づき)は達成されます。

「解放は救いです。この解放を達成すると、人は全ての彼のトラブルから救われ、そして彼の心の全ての希望は満たされ、ですから彼の人生における究極の目的は達成されます。」

57ページ
「人の目的は不幸せからの完全なる解放です。

「一度、人が全ての痛みを、再来が可能な処の向こう側に追放していまえば、人は最高の目的を達成した事になります。

「心の究極の目的。人にとって全ての苦しみの消滅はアルサで、心の直接の目的です。これら全ての苦しみが完全に根絶され、それらの再発が不可能にされると、それはパラマルサで、究極の目的です。」

59ページ
「どう存在は現実化されるのか。人が彼自身の本当の位置と、暗闇(マヤ)のこの創造の本質に意識的になると、それ(マヤ)に対して完全なる力を所持するようになり、そして徐々に無知の全ての発達をしなくなります。このようにして、暗闇のこの創造の操作から解放され、人は彼自身が不滅で永遠に存在する本当のものであると理解します。ですからサト、自己の存在が、光に来ます(悟り)。」

「苦行は忍耐、または全ての状態においての知性的な中立性です(寒さと暑さ、痛みと快楽等々、といったマヤ(暗闇)の二元性の本質の中での平静です)。」

65ページ
「私達のトラブルを解消する者、私達の懐疑心を追い払う者、そして平和(平静)を授ける者は真の先生です。彼等は神の様な働きをします。彼等と正反対(私達に懐疑心を募らせ問題を増やす者達)は私達に害をなしますから、毒の如く避けるべきです。」

73ページ
「さて、もし私達が人の歯の形状を観察すると、私達はそれらが肉食動物のものにも、草食動物のものにも、雑食動物のものにも類似していない事を発見します。それらは、正確に、果実常食動物に似ています。道理的な推論は、故に、人は果実常食または果物を食べる動物であるという事です。
(メモ:果物は人に利用価値のある全ての植物で構成されています。ユクテスワによって語られた果実常食のダイエットは野菜、木の実、そして穀物類を含みます。)

75ページ
「その他の食物は人にとって不自然で、そのシステムにとって非常に好ましくなく必然的に異質なもので、それらが胃に入った時に、それらは正しく同化されません。血に混ざるとそれらは排泄(器官)に蓄積し、その他の器官も正しく順応させません。それらが出口を見つけられない時、重力の法則によってそれらは組織細胞の割れ目にたまり、発酵し精神的、身体的病気の原因になり、究極的には早すぎる死になります。」

76ページ
「子供達の発育。実験がまた証明しているのは、草食主義者に自然な、非刺激性のダイエットは、殆ど例外なく、尊敬出来る程、子供達の発育に、身体的にも頭脳的にも適しています。彼等の頭脳、理解、意志、主要な能力、気質、そして一般的な性質は正しく発達します。」

89ページ

スートラ24:

心の暗闇の状態において、人は(全てについて)間違った事を思います。この状態はアヴィドヤ、無知の結果で、スードラ(最も低い社会階級の人)を産出します。彼が理解出来るのは物質的な世界の事だけです。この頭脳の状態は、カリ・ユーガ(カリの時代)、暗黒時代のサイクルの間に広く広まっています。

暗闇の心。心の状態が暗闇的な時、人は誤解します。彼はこの総合的な物質の部分を、存在における唯一の本当のもの(中身・実体)と考え、その他には何もないと考えます。しかしながら、これは真実とは真逆で、以前に(上述で)説明された様に、アヴィドヤ、無知の効果以外のものではありません。

スードラ、または従者階級。この状態において、人はスードラと呼ばれ、または従者階級と呼ばれ、それが何故なら、彼の自然の任務は、より高い社会階級に奉仕する事で、それはより高い階級の人達(先生)との交流を確保するためで、それによって彼の心に、より高い段階への準備をさせるためです。(注:良く間違って教えられているのは、インドのカースト・システムには流動性がないという事です。流動性がなくなり、社会階級が固定され、差別化が顕著になったのは、インドが大英帝国に植民地化されてからです。それ以前は、社会的流動性はあり、低い階級の人でも、学を学べば、先生に成れました。)

カリ・ユーガ、暗黒のサイクル。人のこの状態はカーと呼ばれ、そしてどんな太陽系システムでも人は一般的にこの状態のままで、この状態より進歩する力を通常奪われ、そのシステムの全体はカリ・ユーガ、暗黒のサイクルと言われます。

スートラ25,26

ブラーマ(バラモン・宇宙的意識、魂)の計画の第一段階を通り越すと、人は悟り(サト・真実)を欲するようになり、そして自然的なクシャトリア(戦士)階級に入ります。

彼は(進化的な力によって真実のために)苦悩する様に推進されます。彼はグールー(先生)を探し、そしてその神聖な教え(助言)を大切にします。故にクシャトリア(戦士階級)は、より高い理解の世界に住むのに相応しくなります。

推進された心。人が少々賢くなると、彼は物質的な創造に関連する彼の目覚めた状態でのものと、彼の夢の中での経験を比べるようになり、そして後者は単なるアイデアでしかない事を理解し、前者のもの(中身・実体)的な存在を疑い始めます。彼の心はすると、宇宙の本当の本質を学ぶように推進され、そして彼の疑いを晴らそうと苦悩し、何が真実かを決定するための証拠を探し始めます。

クシャトリア、軍事階級。この状態において、人はクシャトリア、または軍事階級と呼ばれ、そして上述された仕方の苦悩は彼の自然的な任務になり、そのパフォーマンス(やり方・理解度)によって彼は創造の本質への見識を会得し、その本当の知識を得るかも知れません。

サンドヒスサラ - 高度と低度の間。人のこのクシャトリア状態はサンドヒスサラと呼ばれ、高度と低度の中間です。この状態において人々は本当の知識のために不安になり、お互いの助けが必要になり、故に相互的な愛が、救いを得るために不可欠な原則がその心に現れます。

この愛のエネルギー的な傾向によって動機され、人は愛情をもって問題を解決する人、懐疑心を晴らす人、そして平和を彼にもたらす人と交流し、そして故にそれと反対の結果を産出する人を避け、彼はまた、神聖な人々の記述を科学的に研究します。

人がサト・グールー(悟りの先生、救い、救世主)を見つけた時。この様にして、人は本当の信仰の良さが解り、そして彼の魂的な先輩、サト・グールー、または救いとして彼のために親切に教える神の様な(人達との)交流を確保した時、神聖な人々の本当の位置を理解します。神聖な先輩達に愛情を持って続き、彼は彼の頭脳を集中させる事を学び、彼等の共通の中心、または意識、スシュムナダワラ、内的球体のドアに、彼の感覚器官を方向づけます。其処で彼は洗礼者ヨハネ(ジョン)、またはラドハの発光体を知覚し、そして神聖な音(Amen, Aum、宇宙的振動)を川の流れの様に聞き、その中で吸収される、または洗礼され、異なったロカス、または創造の球体(日、月、火、水、木、金、土といった天体)を通して、彼の神聖さ、永遠的な聖父(宇宙的意識)に向かって戻り始めます。

スートラ27

創造の世界、またはロカスは7つ(ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、etc.):ブ、ブヴァー、スワル、マハー、ジャーナ、タポ、そしてサトヤ(悟り)。(この地球、そして人の意識の”地上的”な段階はブロカと呼ばれます。)

7つのロカス。神聖なものへの道には創造の7つの球体(天体)、または段階があり、東洋(インド)の賢者達によってスワルガス、またはロカスとされ、第一章13で説明された様に、相対的な物質の球体(スフィァーは主に球体の意だが、影響範囲、領域といった意味もある)であるブロカがあり、細かい物質、または電気的性質の球体であるスワルロカがあり、磁気的極とオーラ、または電気(複数)の球体であるブヴァルロカがあり、磁石と原子の球体であるマールロカがあり、魂的反映で、神の息子達の球体であるジャーナロカがあり、神聖な精霊、宇宙的な魂の球体であるタポロカがあり、神、永遠的なもの(中身・実体)、サト(悟り)の球体であるサトヤロカがあります。これらの7つの面(チャクラ)の最初の3つ(ブロカ、ブヴァルロカ、そしてスワルロカ)は、物質的な創造を構成し、暗闇、マヤの王国で、そして最後の3つ(ジャーナロカ、タパロカ、そしてサトヤロカ)は、霊的な創造を構成し、光の王国です。マーラロカ、または原子の球体は、その中間にあり - 物質的な創造と霊的な創造 - これら2つの間を通信する”ドア”と言われ、ダサマドワラと呼ばれ、第10のドア、またはブラーマランドハラで、神聖なものへの道です。

ブヴァルロカ(“空気”または”何々に成る世界”)に入ると人は、ドゥィジャ、または”2度産まれた”(者)になります。彼は物質的な創造の第二の部分 - より繊細で微妙な力 - を理解するようになります。この頭脳の状態は、ドワパラ・ユーガに広く広まるものです。

ドゥィジャ、または2度産まれた者。人が洗礼され(組織宗教的な意味ではなく)後悔し始め、永遠的聖父に向かって戻り始めると、総合的な物質世界、ブロカから引き戻り出し、繊細な物質の世界、ブヴァルロカに入り、彼はドゥィジャ、または2度産まれた者に属すると言われます。この状態において、彼は彼の内的な電気、創造の第二の繊細な物質の部分を理解し、そして外的な存在は質量的には何でもなく、唯の融合、または彼の頭脳と道義心(意識)によって起因された彼の感覚の繊細な内的な物体(電気の陰的性質)と、彼の器官の五感(陽的性質)の彼の行動の5つの器官(同じものの中立的な性質)を通した融合でしかない事を理解します。

一定の心。人のこの状態はドワパラで、そしてどんな太陽系システムでも自然にこの人間の状態が一般的になると、そのシステム全体がドワパラ・ユーガに入ったと言われます。このドワパラの状態は心を一定にします。

もし人が洗礼の状態を続けると、神聖な流れの中に残り、彼は徐々に心地の良い状態になり、其処で彼の心は外的な世界の思考を見放し、そして内的なものに専心するようになります。

スートラ29

スワルロカ(”天界”=大脳)において人は、物質的創造の磁気的な第三の部分であるチッタの謎を理解出来るようになります。彼は(殆ど完璧な存在)ヴィプラになります。頭脳のこの状態はトレタ・ユーガにおいて広く広がります。

専心的な心。この専心的な状態で人は、彼自身をブヴァルロカ、電気な性質の世界から引き出し、そして磁気な性質で電気(複数)と極を持つスワルロカに入り、すると彼はチッタ、心、創造の第三の部分を理解出来るようになります。このチッタは、第一章で説明された様に、魂化された原子、アヴィドヤ、もたは無知で、暗闇、マヤの一部です。人は、このチッタを理解出来る事によって、チッタがその一部である暗闇、マヤ全体を理解出来るようになり創造の全体も理解出来るようになります。人はすると、ヴィプラ、または殆ど完璧な者の階級に属すると言われます。この人間の状態はトレタと呼ばれ、どんな太陽系システムにおいてでも、自然にこれが人間の一般的状態になると、そのシステム全体がトレタ・ユーガと言われます。


第四章:啓示

100ページ

スートラ9

すると彼は霊の現れを知覚し、そして7つのパタラ・ロカス(または背骨の中心=チャクラ)通り抜けて(昇って)、7つのリシス(天使達・天体)を持つ事になります。

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神-人:血肉にされた言葉(目次リンク)

旧約聖書は解剖学の本

THE OCCULT ANATOMY OF MAN BY MANLY PLAMER HALL
人の隠された解剖学.Pdf
http://www.propheciesonline.com/download/file.php?id=229&sid=64508edde3d2b29d1cab9943d998f5d8

マンリー P.ホール著

シンボリズム(象徴性)の中の人体

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聖書の中で私達は、神が、彼自身のイメージに沿って人間を創造したと教えられます。それがそう教えられているのはキリスト教の聖書だけでなく、殆ど全ての覚醒された人々の神聖な記述もまたそう教えています。ユダヤの家長達は、人体はマイクロコズム、または小さいコスモス(宇宙)であり、マクロコズム、または大きなコスモスのイメージに沿って創造されたと教えました。この有限と無限の間の類推は、神聖な記述の秘密を解く助けをする鍵だと言われます。旧約聖書が、科学的な見解から読む事の出来る者にとって、生理学的で解剖学的である事に疑う余地はありません。人体の機能と、人間の頭脳の性質と、人間の魂の性質は、太古の世界の賢者達によって人格化され、彼等自身とお互いの間の関係の周りで、大いなるドラマが造り出されました。人類がその類推の法則を得たのは大いなる(古代)エジプトの半神半人、ヘルメスの御蔭です。偉大なヘルメス的原理は、上は下と同じで、下は上の同じ(大宇宙の法則は、小宇宙<人間>の法則と同じ)と言う事です。

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太古の世界の宗教は全て、自然崇拝に基づいていて、それは歪んだ形状ではありますが、私達の時代まで男根崇拝として残っています。人体の一部とその機能を崇拝するのは、レムリア時代の後期に始まりました。アトランティス時代の間に、この宗教は太陽信仰に変わりましたが、その新たな信仰は以前の信仰の儀式とシンボル(象徴)の多くをその教義に取り入れました。寺院を人体型に建てる風習は全ての人々に共通するものです。ユダヤのタバナクル(神殿)も、大いなるエジプトのカルナクも、ハワイの祭司の宗教的構造も、そして十字型に設計されたキリスト教の教会も、この風習の例です。もし人体が腕を広げてこれらの建物と比較されると、祭壇がある位置は人体に比べると、人の脳がある処と一致します。太古の世界の全ての祭司達は解剖学者でした。彼等は自然の機能(法則)が人体の中にミニチュアとして再産出されているのを認識していました。彼等は故に人を教科書として使い、彼等の弟子達に、人を理解する事は宇宙を理解する事であると教えました。これらの賢者達は、天界の全ての星々と、地球上の全ての要素と、自然における全ての機能(法則)は、一致する(対応する)中央のポール(背骨)、または人体内の活動に表されると信じました。

この外的自然界と人体内的自然(機能)の相互関係は、一般大衆からは隠されて、太古の祭司階級の秘密の教えとなりました。アトランティスと(古代)エジプトでは、宗教は今より遥かに真剣に受け取られました。それはこれらの人々の正に命(生活)そのものだったのです。祭司達は、子供の頃からこれらのローブを着て髭を蓄えた家長達は、神からの直接のメッセンジャーだと教えられた、何百万人もの無知な男達と女達の上で完全なる操作を有していて、そして祭司達の指令に逆らえば、逆らった者の頭に神の裁きが下ると信じられていました。寺院の保存はその秘密の英知に頼っていて、それは祭司達に自然の特定の力の操作を与え、その英知と理解において、彼等が操作した一般大衆よりも遥かに優れていました。

これらの賢者達は、宗教には呪文を唱えたり賛美歌を歌ったりする事よりも遥かに奥深いものがあると気づきました。彼等は、救いの道は、彼等自身の体の隠された機能の実質的、科学的知識を持った者だけに、歩かれる事に気づきました。この理解を永続させるために彼等が発達させた解剖学的シンボリズム(象徴)は、現代のキリスト教まで残りましたが、それへの鍵は明らかに失われました。彼等が理解する事の出来ない何百ものシンボルに囲まれているのは、宗教家達にとって悲劇的状況ですが、更に悲しいのは、彼等自身がでっち上げた馬鹿らしい解釈の他にこれらのシンボルには元々、意味があったという事を忘れてしまった事です。

彼等の信仰が唯一で、真の鼓舞された教義で、そしてそれは前例なくこの世に現れたという、キリスト教徒の頭脳に広く広がったアイデアは、究極的に不合理です。宗教の比較研究は、キリスト教がその哲学を、太古の宗教と哲学と中世の非キリスト教世界から頼んで、借りて、または盗んだ事を疑いの余地なく証明しています。キリスト教が出てくる遥か以前から由来している宗教的シンボルと物語(寓話)の幾つかに貴方の注意を払って下さい。以下のキリスト教的シンボルは非キリスト教に起源しています:

キリスト教の十字架は(古代)エジプトとインドから由来しています。三重ミテルはミトラ信仰からのものです。羊飼いの杖はヘルメス的神秘派と(古代)ギリシャからのものです。処女の懐妊はインドのもので、変容はペルシャからで、そして三位一体はバラモン教からきています。神の母としての聖母マリアは、10以上の異なった信仰に見る事が出来ます。20以上の生贄にされた世界救世主がいます。教会の尖塔はエジプトのオベリスクとピラミッドを模倣したもので、キリスト教の悪魔はエジプトのタイフォンに特定の変格をつけたものです。人がその問題を深く追及すればする程、太陽の下に新しいものは何もないと更に気づきます。真に誠実なキリスト信仰の研究は、疑う余地も無く、それは原始的な教義から進化的に発展したものだと証明します。宗教とその物理的形状には進化があります。もし私達が私達の教義に、40種近くの人々の宗教的シンボルを認めて受け入れれば、それは私達が借りる神話や寓話の意味を(少なくとも部分的に)理解する事を必要とさせ、そうでなければ私達は私達が借りた人達より無知のままです。

このパンフレットは、太古の祭司達のシンボリズムと人体の隠された機能の間に存在する関係を説明するために献身したものです。私達は最初に全ての神聖な記述は七つの印(日、月、火、水、木、金、土)で封印されるべきものだと理解しなければなりません。言い換えると、私達がHoy Wwrit(?スペルミス?神聖な記述?)と呼びたい太古の哲学的啓示の意味を完全に理解するには七つの完全な解釈が必要となります。文字通りの理解しか出来ない者は、その意味を最も少なく理解する者でしかありません。

シェークスピアがドラマ的な理由で、彼の劇の中で、実際には何百年も時代の異なる人物を登場させたのは良く知られていますが、シェークスピアは歴史を書いていたわけではありません。彼はドラマを書いていたのです。聖書にも同じ事が言えます。聖書は自己矛盾的な年代表で歴史家を望み無き程に混乱させ、その歴史家達の殆どが、審判の日が来るまで混乱したままでしょう。聖書は討論に持ってこいの話題を与え、用語の意味や知られざる街の推定的な位置について困惑させます。現在のガイド達に指摘される聖書的な土地の印(ゆかりの地)はキリストが生まれてから何百年も後に、ピルグリム(巡礼者)達によって、聖書の中の街の近くであろうという推測の下、名付けられました。これらの全てはある人にとっては説得力があるでしょうが、考える人にとっては、聖書の一部で最も重要でない部分は歴史であるという決定的な証拠です。

西暦326年に、偉大なコンスタンティン(皇帝)の母、ヘレナ皇后がエルサレムを訪れた時、彼女は全てのキリスト教的な面影が既にそこにはもう無く、今現在、カルヴァリー山として受け入れられている丘の上には、女神ヴィーナスに捧げられた寺院が建っていました。キリストが死んで400年も経たない内に、その聖地には、彼の名を聞いた事のある人はもういませんでした!これは必ずしも、彼が存在しなかった事を意味するものではありませんが、現代のキリスト教徒が彼を包ませる奇跡の光輪と超自然的な雰囲気は大体が神話的です。その他全ての宗教と同様に、キリスト教の信仰は幻想的な伝説の不自然な収集を蓄積し、それらはそれ自体の最悪の敵で、同僚の生物を愛する、ナザラスから来た単純な道徳主義者を扱って、彼の周りに偶像崇拝の超構造を造り、それは誰を愛するでもなく、それ自体(教会組織)に奉仕します。

インドのブッダが単に彼の時代のバラモン教の概念を改革した様に、イエスはイスラエルの信仰を再形成し、彼の弟子達と世界に、以前あったもの(信仰)に基づいているが、彼の周りの人達の必要性に調合して、ユダヤ国家が面していた問題に調合して再形成された教義を与えました。イエスを教育したエッセネ派は(古代)エジプト人で、彼の信仰は以前にあったものの最良を含んでいました。彼について保存された記録は大体が例え話的で、そしてそのシンプルな人はそれら(の話)によって超自然主義の海に投げ込まれました。これには全く目的が無かったわけではありません。シェークスピアが本質的な真実を表現するために、歴史を自由に扱ったように、イエスの歴史家達はその人の人格を大いなるドラマの土台にした様です。彼は七つの封印をされた話の主人公になり、そしてそのシンボリズムを研究したキリスト教徒達は、その話から真のキリスト教の神秘の鍵を得る事が出来ます。彼等はすると、聖書が永続的な歴史である事に気づきます。それは特定の国家や人々に関係するものでは無く、その話は全ての国家の、全ての人々についてのものです。

それは素晴らしい事で、例えば、天文学的な光の下でキリストの人生を研究すると、彼は太陽に成り、彼の弟子達はゾディアックの12のサイン(星座)に成ります。星座の中に私達は彼の聖職の一場面を見つける事ができ、そして春分・秋分のプリセッション(歳差)の中に彼の誕生、成長、成熟、そして人々の死の話を見つける事が出来ます。再び、繰り返し言われる話の中の、拷問された化学物質が、更に主人の人生を明かすには、化学を鍵とすると、聖書はもう一つの本になるからです。此処での特定の研究においては、しかしながら、私達はこれらの例え話と人体についての関係だけに限って注目しましょう。

私達が発見するのは、福音書に見られるキリストの人生は、複数(12)の世界救世主の各人生と完璧に一致する様に一般形式化されているという事で、彼等の全ては天文学的で生理学的(人体学的)な神話です。これらの神話の全てはとても遠くの太古から私達に来ていて、その原始的な民族は人体をシンボル的一単位として使い、そして神々と悪魔達を、器官と人体の機能で人格化しました。カバラ的な著者達の中では、人体の上に聖地が地図され、そして様々な街々が人の意識の中心として見せられます。太古の謎を深く誠実に研究する者には素晴らしい研究が此処にあります。私達は全ての範囲をカバーする事は望めませんが、もし貴方がこのパンフレットからその状況の鍵を得られるなら、私達は貴方が全てを包むまで思考の線を辿り、神聖な啓示の書(聖書)の少なくとも一つの封印を解く事を望みます。

三つの世界

ヘルメス/トート
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神秘学派(ヘルメス・ピタゴラス・ゲーテetc.)によると、人体は3つの主要な部分に分ける事ができ、そしてこれに類推して外的宇宙も3つの世界によって構成されているとされます。天界(天国)、地上、そして下界(地獄)です。天界はより一層優れた世界で、インガーソルが地球は自転しているので、上と下は常に入れ替わっていると決定的に証明したにも拘らず、ある知られざる理由で上にあるとされます。殆ど全ての宗教では、神は天界に住むとされます。彼等(信仰者)のメンバーは、神は上にいると信じるように教えられ、だから彼等が祈ったり何かを彼(神)にお願いする時には、彼等が天空に向いて顔を上げ、手を上に伸ばします。幾つかの国家の間では、彼(神)は山の頂上に住むとされ、それらの場所は世界で最も高い場所です。彼が何処にいようと、彼が何であろうと、彼の住む場所は上で、下の世界に影を落とします。

黄道


上の天界と下の下界にあるのが地上で、北欧ではミッドガード、または中間の庭園と呼ばれます。それは空間に浮いていて、人々とその他の生き物の住処とされます。それは神が下りてくる虹の架け橋によって天界と接続されています。火山のクレーターとひび割れは闇と忘却の地とされる下界に繋がっているとされます。此処に、”天界と地上の間の領地を掌握し”とゲーテが言った様に、自然が存在します。緑の草木、流れる川、強力な大海は中間の世界(地上)にだけ存在し、それは一種の中立的な場所で、善悪に携わるものが、彼等の永続的なアルマゲドンの戦いを繰り広げています。

下では、暗闇と炎の中で、苦痛と苦しみの中にあるのは、Hel(多分、ヘブライ語)の世界で、地獄として解釈されます。それは大いなる下界で、私達が天国が上と考えるのが確かな様に、私達は地獄を下と考え、その中間の場所(地上)はそれら(天界・下界)を分ける一線の様です。地獄にあるのは邪悪な勢力で、地上に常に悲しみをもたらす引き裂きかき乱す破壊力で、天界の神々の座をひっくり返すために疲れ知らずに努力します。

そのシステム全体は解剖学的な神話で、太古の世界の人々の天界は - 山の頂上のドーム型の寺院は - その神々しい中身(脳)を持つ頭蓋の事です。これ(脳)が人の中の神々の住処です。それが”上”とされるのが何故なら、それが人間の脊髄の北の端に位置するからです。地上を支配する神々の寺院は北極と言われます。それはまた、ついでに言うと、サンタクロースの実家で、何故なら北極が体現しているのは惑星的主人(地球)の背骨の陽的(プラス的)端だからです。サンタクロースが、自然が死んでいる季節(冬)に、常緑樹の小枝を持って煙突から降りてくるのには、研究する事を願う者にとっては、繊細なメイソン的な解釈を持っているのです。

荒野(冬)の中のイスラエル(i.e.ヤコブ)の子孫達を食べさせるために降りてきたマナも同じ事が本当で、このマナは、脳から脊髄を通って降りてくるもの(オイル)です。インダス(文明・ヒンドゥー)は脊髄を神聖な蓮の茎に例えます。ですから、頭蓋とその中身は花に象徴されます。背骨のコラム(柱)は天界と地上を繋ぐヤコブの梯子で、その32の(背骨の)区分はメイソンリーの階級(の数)で、キリストの(生きたとされる)歳です。これらの区分を志願者は、山の頂上に位置する入門の寺院(脳)に意識的に(オイルが)昇り(アセンションし)ます。大いなる神秘への入門が与えられるのは、床に穴(大後頭孔)があるこのドーム型の部屋(頭蓋)です。ヒマラヤの山々は地上にそびえ立ち、両肩と上半身を体現しています。それらは地上で最も高い山脈です。それらの頂上の何処かに寺院が建っていて、(古代ギリシャ人の天界の様に)アトラスの両肩の上に休んでいます。指摘するに値する程興味深いのは、アトラスは頭蓋の関節丘が位置する人間の脊髄の背骨の上部の部分だという事です。脳の中には幾つもの洞窟(室・織り重ね)があり、そしてそれらの中に(東洋の伝説によると)賢者達 - ヨギやハーミットが生きているとされます。ヨギの洞窟はガンジス川の頭(かしら)に位置するとされます。全ての宗教にはその神聖なる川があります。キリスト教徒にとってはヨルダン川で、(古代)エジプト人にとってはナイル川で、インダスにとってはガンジス川です。神聖な川は脊椎管の事で、その源流は山々(頭蓋・脳)にあります。彼等の避暑地にいる神聖な者達は人間の脳の中のスピリチュアル(霊的)風景と、(イスラムの)コラーンの中の、魂の炎が彼等を活性化するまで彼等の洞窟の闇の中で眠らなければいけない7人(日、月、火、水、木、金、土/ドレミファソラシ)を表しています。

福音書の中でイエスが彼の弟子達と会ったとされる上の部屋は脳の事で、(12の)弟子達自体が脳の12の脳回の事だと言われます。その後に神経を通して下にある人体に、非キリスト教徒を説得する、または地上において福音書の布教活動をさせるメッセージを送るのは、これらの12の脳回です。これらの12の脳回は脳の中央の開き(第三脳室)の周りに集まり、それは神聖なものの中で最も神聖で - (ユダヤ教の)慈悲の座で - 天使の広げられた翼の間でエホバが高司祭に語る処で、そして昼夜を問わずシェキナの栄光が浮遊する処です。この場所(脳)からまた、魂はやっと頭蓋の場所であるゴルゴサから昇ります。魂が頭の天辺から離れるだけでなく、其処から入るのは千里眼的な事実で、サンタクロースと煙突の話の元に恐らく成ったのでしょう。

大脳、小脳、松果体、脳下垂体、etc.
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人の中の三位一体は人体の大いなる室にあり、其処からそれらの力を3つの世界を通して放射します。それらの中心は、脳と、心臓と、そして生殖系です。それらはピラミッドの3つの室で、そしてまた入った志願者が入門証を与えられる処で、ブルー・ロッジの階級が、マスター・メイソンに与えられる場所です。それらの3つの室は、父と、子と、そして神聖な精霊が宿る処で、A U M という3つのアルファベットの文字で象徴されます。これらの3つの大いなる中心の変格、再生、そして展開は、メイソンの秩序の大いなる秘密である、失われた言葉の発声に結果します。脊髄神経からインパルス(衝動/鼓動)が来て、そして生命力はこれを可能にします。故に、メイソンは彼の代わりの言葉を慎重に選べと教えられ、それは”骨髄”を意味します。

小脳、または後ろの脳は - 人体の運動システムを携わり、動物の中でだけ発達した唯一の脳(部分)ですが - その中には長きにおいてアカシアの小枝によって象徴されてきた、小さな木のような発達があり、メイソンの例え話でもその様に関連させられています。

大脳の2つのローブ(右脳・左脳)は太古の人々によってカインとアベルと呼ばれ、カインの呪の伝説に大いに関わっていて、それは文字通りにアンバランスの事です。均衡の魂を殺害したために、カインは地上の表面をさ迷う事に成ったのです。私は、私の所有物の中に興味深い頭蓋を持っており、それは元々ある殺人犯のものでした。それは有機的に高い質のものですが、カインの呪を体現しています。恨みを蓄えるのは時にはとても危険な事です。この人物は、彼がある特定の人に会った時、その人の心臓を切り出して、その人の顔に投げつけると誓いました。何年もの年が過ぎました。彼の憎しみは育ち、そしてついに彼の敵に会うと、彼を攻撃し誓いを果たしました。彼はその犯罪のために絞首刑にされましたが、その脳への証言を体現する頭蓋は、とても興味深い事実を明かしています。右半分の脳はマーキュリー(水星/水銀) - 知性の惑星 - の影響下にあり、そして脳神経が頭蓋の根元で交差(十字架)するために、人体の左半分を支配しています。脳の左半分はマース(火星) - 怒りとインパルス(衝動)の魂 - の操作の下にあり、人体の右側を支配していて、そして同様に強い右腕(右利き)もです。彼の憎しみとその憎しみから育った火星の支配は、その脳の左の後ろ側を右側の2倍の大きさにしました。その個人は彼の本性を火星に操作される事を許しました。火星の激烈性が彼を支配し、彼はカインの印を彼の命をもって払いました。科学は天才と気違いの間にはとても細い線しかないのを知っていて、どんな圧倒的な悪徳も徳もアンバランスをもって払われなければなりません。アンバランスは常に見解を歪め、そして歪んだ見解は失敗する事なく不幸を産出します。

頭蓋の中にあるのは人体の活動を操作するスイッチボードです。人の首から下の全ての機能は、脳内の意識の中心によって操作されています。これの証明になるのは、脳の特定の中心を負傷すると、人体の色々な場所の麻痺に結果する事実です。医療科学は既に脊髄は脳の延長である事を知っていて、脊髄はその長さを通して知性が可能であると唱える学者もいます。この脊髄はエデンの園の門の前に立った炎の剣の事です。エデンの園は頭蓋の中で、その中では12のマンナーの果実をつける木(脳)があります。

脳は閉ざされた室と廊下で満ちており、寺院にはそれらに対応した長さやアーチがあり、そして第三脳室は間違いなくグレート・ピラミッドの王の室です。脊髄は太古の人々のの事です。中央アメリカと南米で救世主神はケツァコアトルと呼ばれています。彼の名の意味は羽のある蛇で、そしてこれは常に彼の象徴でした。これが荒野でモーゼスによって上げられた真鍮の蛇です。蛇の尾の9つのガラガラは人の数字と呼ばれ、そしてそれらはその中央に人間の進化の秘密が収められている仙骨と尾骨を表しています。

人体の全ての器官は脳内で再生産され、それは類推の法則で辿る事が出来ます。2つの胎芽的形状があり、一つは男性でもう一つは女性で、脳内で一所にひねられています。これらは中国の陰陽で、黒龍と白龍が互いに噛み合っているものの事です。これらの形を表現した一つが松果体で、もう一つが脳下垂体です。これら2つの導管の無い腺は、人間の意識の展開の中でとても重要な要素なので熟講する価値があります。これらの腺は低い次元の知性よりも、より高い次元の知性の中でより大きくより活発で、そして特定の先天性白痴の中のものはとても小さいです。これらの2つの小さい腺は英知の龍の頭と尻尾と呼ばれます。それらは一つの電気回路の銅と亜鉛ので、それは人体全体を電池として持ちます。

(鼻の付け根のやや下の、直ぐの裏側の蝶形骨の、トルコ鞍に位置し、漏斗と呼ばれる小さなチューブで第三脳室に接続している)脳下垂体は、女性的極、または陰的中央で、物理的エネルギーの表現の責任があります。その活動はまた、人体の大きさと重さも大体一定化させます。それはまた導管のない腺の連鎖の不秩序を明かす温度計でもあります。(導管のない腺とそれらの分泌の学問である)内分泌学は、まだその実験段階ですが、いつの日か全ての医療科学で最も重要だと明かされるでしょう。脳下垂体は太古の世界によって、以下の象徴で知られています。錬金術的蒸留器、龍の口、処女(聖母)マリア、聖杯、三日月、清めの大たらい、アークのチェルビン(天使)の一つ、エジプトのイシス、インドのラドハ、そして魚の口です。それは物理的人の栄光の望みとも呼べるかも知れません。第三脳室の反対側の少し高い部分にあるのが松果体で、松ぼっくりの様に見えます(名前の由来は其処から来ています)。

英国博物館でエジプトの遺物を管理するサー・アーネスト・アルフレッド・ウァリス・バッジは松ぼっくりを額に結びつけるエジプトの風習に触れています。パピルスの巻物の中で、黄泉の国の主、オシリスの前に連れて行かれる際に、その死者は頭の天辺に松ぼっくりが結ばれていると明言しています。間違いなくこの象徴は松果体に関連しています。それはまた、アフリカの特定の部族の風習でもあり、その中では、脂肪の欠片が彼等の頭の上に固定され、太陽の日の下で油が溶け、体中に流れ落ちるという宗教的な遵守です。アメリカの先住民が羽で飾るのもまた興味深く、それはキリスト教の修道士が頭を剃るのと同じところです。インダスでは松果体は第三の目として教え、ダングマの目と呼ばれています。それは仏教徒には全てを見る目と呼ばれ、キリスト教においてはシングル(単一)の目と語られます。

松果体はその昔、方向感覚の器官で、それによって人はスピリット的な世界を認識していたと私達は伝えられていますが、物質的感覚と2つの客観的な目の現れによって使われなくなり、そしてレムリア民族の時代に現在の脳内の位置に引っ込んだとされます。子供達は彼等の以前の進化を繰り返して、彼等の7年目まで、限定的に第三の目を使えると言われますが、その後は頭蓋の骨が結合してしまいます。これは子供達の半千里眼的状態を説明し、サイキック的な線に大人よりずっと敏感である事を説明します。松果体はオイルを分泌するとされ、松の木の生命である樹液と呼ばれます。この言葉は、松果体の分泌を研究しシングルの眼を探していたローズクロスに関わっているとされ、聖書の中で、

”体の光はその目:もし
故に汝の眼はシングル、汝の
体全体が光で満たされる、”

と言うのはこのためです。

松果体は龍の尻尾で小さな指の様な出っぱりがその先端にあります。この腺がジョセフと呼ばれるのは、それが神・人の父だからです。その指の様な出っぱりは神の杖と呼ばれ、時々神聖な槍と呼ばれます。その形は錬金術者の蒸留器の様です。それはスピリット的な器官で、それが一度は行っていた機能を取り戻す運命があり、つまり人間と神聖なるものの間の接続リンクです。この腺の先の振動している指はジェシーの棒で、高神官の奉仕者です。西洋の神秘学派において特定のエクセサイズが与えられ、この小さな指が振動し、脳内で蜂の羽の音のような響く音に結果しました。これは時々、とてもストレス的で、特にその現象を経験している個人が、多すぎるケースの中で、嘘が通っている経験について何も知りません。

脳の真ん中で脳回に囲まれているのが第三脳室で、入門の閉ざされた室で、その周りに座るのは3人の王で、生命と力の3つの大いなる中央で - 脳下垂体、松果体、そして視床の事です。この室にまたあるのはザラザラした種で、間違いなくグレート・ピラミッドの王の石棺に関係しています。第三脳室は魂の座とされ、聖者や賢者の頭から放射されるオーラは、この第三脳室から注ぎ出すとされます。

ホルスの眼と松果体
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眼の間の鼻の付け根の、丁度上の頭蓋の前方の骨に広がるのは、前頭洞と呼ばれるものです。この骨の広がりに起因するわずかな出っ張りは、骨相学において個性の座と知られています。ブッダの額に宝石が飾られるのが此処で、そして太古のエジプト人の王冠の前方で蛇が頭を上げるのもこの点です。神秘学派の幾つかでは此処が人体におけるエホバの座だと教えます。彼の機能は再生システムを通してである間、人のスピリットの一部としての彼の意識の中心は、イシスの覆いと呼ばれる青いエーテルの海の位置するとしますが、前頭洞の中心の事です。千里眼が人の人体を調べる時、その小さな点は常に黒い点として現れ、分析する事が出来ません。ジュピターとジュノの寺院を建てた太古の人々のパラタインの丘も、人体において場所があります。口蓋の骨は一種の丘の形の構造で、そのすぐ上は2つの目を収める眼窩で、それは太古の世界におけるジュピターとジュノの事です。

十字は勿論、人体を表しています。上の先が人の頭で、外側に広げられた両腕の上にあります。既に記述された様に、大いなる教会や大聖堂は十字の形から建てられ、(頭があるべき処に)祭壇があり、その上には灯されたロウソクがあります。これらのロウソクは脳内のスピリット的感覚の中央を象徴していて、祭壇の上に薔薇の窓を置く習慣は頭蓋の天辺の柔らかい場所を暗示しています。頭蓋は - 上の室で - メイソンの寺院の最も神聖な場所で、純粋な者だけがそれに熱望を抱けます。

医療科学が蝶形骨として知る羽根型の骨は、その挟みに脳下垂体を運び、そしてまた前頭洞に位置する不死のきらめく輝きを高々と上げる(エジプトの)オオタマコガネです。

私達は太古の神話に、神々が天界から降りて来て、そして人々と歩み、彼等に芸術と科学を指導したと伝えられます。それに似た様に人の中の神の様な力が、彼の脳の天界の世界降りて来て、自然の物質の創造と再構造を続けました。進化の究極点において、人の体は(元々の起源だった)脳へとゆっくりと何も無く成るまで溶解すると私達は伝えられますが、7つの完璧な知覚感覚を放射している7つの球体(日、月、火、水、木、金、土)の中央は、王座と救世主の前の魂で、彼の成長の7つの期間を通して、それを挽回するために彼がこの世界にもたらすものです。

人は逆様の植物で、植物が地から栄養を取る様に、彼の栄養素を太陽から得ています。植物の生命がその枝葉を育むために昇る様に、人の生命は(脳に根付いて)同じ結果をもたらすために下ります。この生命の下りは、人々のために死ぬためにこの世界に降りてきた世界救世主に象徴されています(i.e.キリスト/オイル)。後に、これらの生命は再び脳に戻され、其処で彼等は創造の世界の全ての前で人を栄光化します。脳の話はとても多いです。では、私達はこれから次の人の素晴らしい部分、つまり脊髄を考えましょう。

脊髄

2つの世界(上の天界と下の暗闇の領域)を接続しているのは脊椎で、32の部分(背骨)の鎖で、その中で脊髄を守っています。この骨の梯子は、太古の人々の宗教的シンボリズム(象徴)においてとても重要な部分を担います。それは時折、クネクネした道、または階段と評されます。それは時々、と呼ばれ、その他の時は、杖とか王杖(セプター)と呼ばれます。

インダス(文明・ヒンドゥー)は3つの異なった腺、またはチューブが脊髄システムにはある事を教えています。彼等はそれらをイダ、ピンガラ、そしてスシュムナと呼びます。これらのチューブは、人体の下部の繁殖的中心を脳に接続します。(古代の)ギリシャ人はこれらをカドュセウス、またはヘルメス羽根のついた杖で象徴しました。これは長い棒(スシュムナの中心)で構成され、一端にはボール、または丸い突起(延髄の橋)がありました。この突起の両端には羽根がアーチされ - 大脳の2つのローブ(右脳・左脳)が象徴されていました。この杖の上に向かって2匹の蛇が周りに絡まって、一つは黒く、もう一つは白いです。これらはイダとピンガラを表しています。

イダとピンガラ
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太古のインダスには女神、クンダリーニに関する伝説があり、それによると、彼女は梯子、またはコードを用いて大いなる海に浮かぶ小さな島に降りたとされます。これを胎生学に関連させると、梯子、またはコードがへその緒を表しているのは明らかで、小さな島とは腹腔(ふくくう)の事です。梯子が天界から切り離された時、その女神はおののいて洞窟(仙骨神経叢)に逃げ込み、人々の目から隠れます。アマテラスの様に。輝く顔の日本の女神が、岩戸から誘い出されなければならないのは、彼女が出てくるの事を拒む間、この世界が暗闇に覆われるからです。クンダリーニはサンスクリットの言葉で、蛇的なもの、または螺旋状のガス、もしくは力を意味します。この力は、東洋の賢者によると、中央の背骨の管(スシュムナ)を通って引き上げられる事が出来るといいます。このエッセンス(力)が脳に当たる時、それはスピリット(霊)的意識の中央と内的知覚を開花させ、それと共にスピリット的な覚醒(悟り)をもたらします。これが可能にされた文化のシステムは東洋の賢者の最も秘密の教えで、(その理由は)この螺旋状の力は悟りをもたらすだけでなく、その象徴である蛇と同様に、猛毒でもあるからです。

東洋のオカルト(隠された知識)の生かじりの知識は常に西洋世界に来ていますが、悲しい事にそれらが終わる事のない苦しみと悲しみをもたらすのは、大いなる真実が、正しく理解する能力、または応用する能力のない者の手にあると、知性と理性を破壊するからです。

背骨に沿ってあるのは幾つかの神経節と網状組織(叢・そう)です。これらの全ては宗教的シンボリズムのなかにそれらの(独自の)場所があります。例えば、当初のユダヤ達は、仙骨神経叢と仙尾骨神経節をソドムとゴモラの街と呼びました。腎臓の付近の小さな網状組織はsagttarial(?)網状組織と呼ばれ、太古の人々はこれを聖者ポール(パオロ)が獣と戦ったタルサスの街として知っていました。より高度なオカルト(隠された知識)は、蓮の開花(背骨の神経の中央)は、脳に位置する意識の7つの大いなる陽的中央を証言する、または反映すると教えます。これらの7つは、王座の前の7つの魂(日、月、火、水、木、金、土/ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ)である天体を通して機能する事と類似して、脊髄を通って機能します。新たに入門した者は、脊髄の中央で働くのではなく、真の支配者である - 脳の中央で努力しろと警告されます。イスラエル(ヤコブ)の子孫達の荒野における放浪、モハメッド派(イスラム)のメッカへの巡礼、一つの神殿から次の神殿をめぐり、その人生を使い果たすヒンドゥーの聖職者の終わりなき巡礼は、背骨に沿った神経中枢を通った魂の炎(クンダリーニ)の巡礼を表しています。特定の明細によって力(生命力)は次々これらの中央へと変えられ、千里眼的に見ると、それらは大いなる花のようで、其処から花びらの様に光の光線が発生します。これらの蓮の花のそれぞれが、それから分岐する神経の数に沿った、異なった数の花びらを持ちます。

クンダリーニ/チャクラ
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ロゴスは、物質的世界を創造する時が来た時、深い瞑想の状態に入り、彼の思考力を7つの世界(天体)の7つの花の様な中心に集中させたと言われます。徐々に、彼の生命力は(大いなる、より優れた世界である)脳から下り、そしてこれらの花(人体の中心に沿った7つのチャクラ)を次々に打ち、下界の世界に生を与えました。

終に彼の魂の炎が最も下の中央を打った時、物理的世界は創造され、そして彼の炎は背骨の下の付け根にありました。世界がまた彼に戻る時(脳で分泌されたオイルが脊髄を通って下って、再び脳に昇って・アセンションした戻った時)、そして再び彼がより優れた意識になる(覚醒する)と、それは7つの中央(チャクラ)から彼が生命を引き上げたからで、最下層(のチャクラ)から始まり、それ(オイル)を再度、脳に戻すからです(とても難しい事とされる)。故に全ての生きしものの進化の通り道は、その降臨が彼等の下界での現れを可能にしたこの炎(オイル)を(脳に)上昇(アセンション)させる事と、その上昇で再びより優れた世界(天界・脳)との調和をもたらせる事です。

この降臨して世界をそれ自体に取った生命力の神話は、地球上の全ての文明化された国家に見つけられます。これがメイソン的寺院(ソロモンの寺院)を建て、そして彼が形成した3つのビークル(乗り物)によって殺されたヒラム・アビフの事です。これは同様に、世界の罪のために殺されたキリストの事です。

この脊椎的炎(オイル)が螺旋状の蛇的な力なので、蛇は世界中で世界の救世主を象徴させられています。(古代)エジプトの神官達によって彼等の額に被られたユラクスは、クンダリーニの象徴で、荒野で育てられ彼女を見た全ての者を救った神聖なコブラです(モーゼスの真鍮の蛇)。

脳が神聖な世界の中心なので、同様に腹腔が人間界の中心で、半意識を表していて、それは下の無意識と上の意識をリンクしています(殆どの人は半意識)。人は彼の脳で考えられるだけでなく、彼は腹腔の神経中枢を通して思考の特定の段階が出来ます。

この時点で媒体と千里眼の違いを描写するのは賢明でしょう。普通の人には違いはないのでしょうが、神秘主義者にとってこれらのスピリット的見解の2つの段階は、人間の進化の長さ全体程かけ離れています。

千里眼は脊髄的蛇(オイル)を脳に上げた者で、彼の成長によって第三の眼、または松果体の助けをもって目に見えない世界を知覚する権利を得た者です。この意識の器官は、何百万年も前は目に見えない世界に人を接続していたのですが、客観的な感覚(目)が発達したレムリア時代に閉じてしまいました。オカルト(秘儀)主義者は、しかしながら、以前にヒントされた発達の行程(オイルを脳に上げる事)によってこの目を再び開き、それを持って目に見えない世界を探究します。千里眼は生まれるのではなく、造られるのです。媒体は造られるのではなく、生まれるのです。千里眼は何年にも及ぶ自己訓練、時には幾つもの人生に及ぶ自己訓練でその様になりますが、対照的に媒体は暗くされた部屋で座ったり、その他の類似した事をするだけで、2,3日の内に結果を出します。

媒体は腹腔を鏡として使い、そしてその敏感な神経の上に反映されるのは目に見えないエーテルに記録された絵(写真)です。(エーテル体へのゲートである)脾臓を通して媒体は、彼のスピリット的構成にdecarnate(?)な知性が入る事を許し、その結果、声と他の魂が現れます。自働筆記は、外的知性のエーテル的腕に、一時的に媒体の物理的腕を操作される事を許す事によって書かれます。2つのものが一つの場所にある事は出来ないので、これが可能になるのは、媒体が彼自身のエーテル的腕をどけた時だけです。定期的に物理的腕からその生命力(エーテル)を分離させるのは非常に危険で、それはよく麻痺に結果します。媒体は人には不自然ですが、千里眼は自然の成長の結果で、スピリット的な本質の展開です。一人の千里眼に対して100人の媒体が存在するのは、千里眼がその様になれるのは、自己支配ととてつもない努力の力を通してで、より良い媒体になるのは病弱でより神経質な人です。千里眼は彼の頭脳を便利な知識で満たす事によって彼の頭脳を展開していますが、媒体に最初に与えられる指示は”貴方の頭脳を空っぽにする、”事です。

腹腔を通した媒体化が退化である理由は以下にまとめられます。動物王国の運命を操作するグループ・スピリットは、腹腔に対して投射された絵を通して支配し、それから変化させるのは、動物には自己意識的な頭脳がないからです。その結果として、自身の脳で考える変わりに、それは目に見えない磁気的コードによって繋げられたグループ・スピリットの脳で考えます。これらのコードはそれらの印象を伝え、そして交換神経系に絵を描きます。それ自身の意思を持たないので、その動物はこれらの欲求と戦う事が出来ず、成り行き的に疑う事なく従います。人が脳脊髄神経系を通して自身を支配するのは個性を発達させたからで、交換神経系がもう彼を支配しないからです。腹腔部分を通して彼自身を衝動に開く事で、媒体は、脳脊髄神経系が彼の運命を操作する事を妨げて彼自身の成長を摘み取っています。

脊髄/チャクラ
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人は常に外的なものに頼る事を好みます。彼は個々の問題に向き合う事を嫌い、神が彼に与えた脳で解決する事を嫌います。成り行き的に彼は、目に見えない世界に頼り、彼自身の努力によって達成しなければならない事を手助けして欲しいと願います。何千もの人々が媒体のカルマ(因果)的な責任を取らなければならないのは、何百もの人々が死んだ親戚と語りたかったり、または株式市場のインサイド情報を欲しいからです。彼等のパトロネージ(資金援助)によって彼等自身が理解しないものを応援する事には、彼等の利己主義によって他者を傷つけた責任があります。

媒体と千里眼の間の違いは、故に、脊椎の長さの半分においてです。それは陰と陽(電磁のプラスとマイナス)の間の違いの事で、真夜中のシーアンス(超自然現象の確認)の部屋と真昼の寺院の間の違いの事です。

人体の全ての器官には、宗教的な重要性があります。室がある心臓自体は、横隔膜の山の上に建つ寺院です。小さな傘の形をした脾臓は、太陽の光線を集め、エーテル体をチャージ(蓄積/蓄電)します。脾臓の中に巻き付いたエーテル体が、血液循環システムの中に白血球を注入するものです。

私達は人体が、殆どの機械的な考案のインスピレーションに成った事を知っています。ちょうつがいは人体からコピーされ、同様に、ボールと関節のソケットはコピーされました。最初の水道・下水システムは、血液循環システムのコピーだと私達は伝えられています。何百もの機械と道具は、私達(霊)の乗り物(人体)の緻密な機能によってインスパイアーされたのは、人体が頭脳によって研究する事の出来る、最も素晴らしく構成された機械だからです。

下(下腹部)の繁殖システムと上の脳(脳は陽的な繁殖システム)の間の緊密な関係は、勿論、それらを接続する脊椎の御蔭です。特定の時に、繁殖システムからは今、分離されている脳内の幾つもの小さい室のドアが開かれ、そしてスシュムナ(脊髄)は開かれたトンネルになり、全てのインパルス(衝動)は(背骨の)両方の端に瞬時に運ばれます。入門者が禁欲(独身)主義を誓うのはこれが理由で、脳と繁殖システムの間の、先進した教義には緊密な関係が存在し、完全なる生命力の保存を必要とするからです。のどちんこは繁殖システムに直接関わっていて、実際にそれらは脳の陽的極の一部です。健康な子供達にワクチンを打ったり、一般の原則に乗っ取って、異常の無いのどちんこを切り取る習慣は考え直されるべきです。殆どののどちんこが感染される理由は、子供が1年目に甘いおかしを食べ過ぎるからです。多くの親達に、彼等の子供の病気の責任があります。彼等の無知、または甘やかしを通して彼等は、まだ高度な乗り物によって操作されていない幼い意識に、人生が殆ど始まる前にそれ自体(意識)を破壊させる事を許します。子供が幼少期に病気がちな時、医者は良く病原の元は親にあると発見します。薬を飲まされなければならないのは、父親、または母親の方で - 子供ではないです。もし内臓が正しい状態に保たれているなら、のどちんこが問題になる事は殆どありません。全ての構造を造る際に、自然によって見せられた完全なる経済性(合理性)は、神がのどちんこや盲腸を造った時に、彼は時間の無駄遣いをしていたわけではない事の十分な証明であるべきでしょう。彼には明らかにそれらを造る理由があったはずですが、それらの罪のない器官は医療科学者にとっての金鉱と成ってしまい、彼等はたわいのない事で、それらを(お金のために)切り取ります。人体が取る直立の位置が、その器官の内臓的な中身が時間の一部で上向きに移動しなければいけないのが、盲腸のある理由だと伝えられ、地平線的に運び(背骨が地面と平行・四足)の生き物にはそれ(盲腸)がない理由とされます。全ての器官には目に見える目的があるだけでなく、目に見えないスピリット(霊)的目的もあり、そして出来るだけ多くの、元々の器官や手足を、人生を通して保つ事が出来た個人は尊敬されるべきです。

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科学は人体の御蔭だという題材に触れる間、私達は10進法は原始の人が指を使って数え、それ故に10が数える事の一単位になった事を加えておきましょう。太古のキュービットは肘と人差し指の先の間の距離、または約18インチでした。ですから、物事の研究を通して遡り、人が周りに置いた物(造り出した物)の殆ど全ては、神が彼(人)の魂を囲んだ人体から順応されたと私達は解ります。

人は徐々に彼の体の器官の操作を得ているだけでなく、それらの機能もまた操作を得ています。科学者は特定の器官は自動的に、または機械的に機能すると明言しますが、オカルト(秘儀)主義は人体の機能について、機械的な事は一切ないと気づきます。一人の労働者が鉄の欠片を、正常に機能している歯車とレバーに投げ入れた例を見てみましょう。其処には歯ぎしり的なクラッシュが起こり、その機械は止まってしまうでしょう。もし、対照的に、例えばですが、貴方が人体にモンキーレンチを投げ入れたとすると、それはすぐさまそれを貴方に投げ返す行程を始めます。それは外的要素を包み吸収しようとします。もしそれが不可能なら、それはそれをするための目的を任じられた何らかのチャンネルから異物を排出しようとします。もしこの方法が失敗すると、それは多くのケースで異物の存在に順応し、兎に角機能し続けます。これは間違いなく人の有機的な部分は知性の潜在的な形状を持っている事を見せていて、故にそれらは機械ではないのは、機械的な機器は知性を持つ事が出来ないからです。(人工頭脳は不可能?)

長年、東洋で過ごし、医療を教えるためにスイスに帰ってきたスイスの偉大な医師、パラセルサスは、ヨーロッパの世界に最初に自然スピリットの概念を与えました。彼が教えたのは、自然の機能は小さな生き物(微生物)の操作の下にあり、普通の感覚では目に見えないけれど、生命の王国で機能していて - 鉱物、植物、動物、そして人体の一部において - これら全てを知性的な方法で進化させているという事です。自然における全ての体形成の責任を担う、大いなる星座的さそり座のヒエラルキー(ピラミッド型組織)の操作(影響)の下で、これらの要素は、人体とその機能を司る目に見えない知性です。

人の進化し続ける意識の結果として、彼は彼の様々な器官の機能への、より多くの完全なる操作を得ています。筋肉には2種類あり - 非反射的と反射的で - その違いは、非反射的筋肉は個人の意識的頭脳で操作されていて、繊維が2方向に向いていてお互いに交差し合っていて、反射的な方は繊維が交差していません。心臓は反射的筋肉と以前は考えられていましたが、今は交差する繊維を見せているのが解っており、故に人が意識的、知性的に、彼自身の鼓動を操作する日を暗示しています。同じ事が、人の機能に定期的に起こる変化を生き残る、全ての器官に言えます。東洋の神聖な人は彼の心臓が鼓動していなくても生きる事ができ、彼は意識的にそれを止めたり始めさせたり出来ます。舌を上げ肺への空気の通り道を閉ざす事によって、彼は何か月も動作を止める事が出来ます。多くの東洋のヒンドゥー教徒は、物理的な人体の外でのスピリット的入門の際、これを行います。これらの神聖な人々が地中に埋められたケースの記録があります。何週間も後に、その体が掘り出された時、それは革の様に干からびていました。水がそれに注がれ、一定の時間が経つと、何週間も息をしていなかったその人は、立ち上がり歩き去りました。これは頭脳が人体の機能に対して得る事の出来る普通以上の操作です。

オカルト(秘儀)主義は、人体の中(マイクロコズム)に一つの宇宙全体があると教えます。其処には一つの世界があり、平面があり、そしてその独自の神々と女神達があります。何百万もの極小の細胞がその住人です。これらの小さな生き物達は王国へと、国家へと、民族へと一緒にグループされ、そして沢山の部分で構成されたものとなります。この大いなる世界の究極の支配者で神である者は、”私はある”と言う人の中の意識です。この意識はそれ自身の宇宙を取り上げ、もう一つの町に移動します。それ(人)が道を行ったり来たりする時、何億もの太陽系(原子)を連れ歩きますが、それらは目に見えない程、小さいので、人はそれらが実際に宇宙であると認識出来ないのです。

それと同様に、私達は無限の創造の中の人体の個々の細胞で、それらは知られざる速度でそれら自身を無限を通して投げつけています。太陽、月、そして星々は、単なる宇宙の全てのもので構成された大いなる骸骨(骨格)でしかありません。私達自身の小さな命は、空間(宇宙)の血管や毛細血管を通って流れる無限の生命の鼓動の一部でしかありません。ですがこれの全ては大きすぎて、私達のこの小さな”私はある”の理解範囲の外です。故に私達は、その両方の究極(マクロコズム/マイクロコズム)が同等に理解不能と言えるかも知れません。私達は一方の究極において無限の偉大さ(広さ)と、もう一方で無限の小ささの間の中間世界に住んでいます。私達が成長する度に私達の世界もまた広がり、私達のこれら全ての不思議への相当する理解の広さを広げる結果になります。

チャクラ/カデュシウス/ヘルメスの杖
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地獄的世界

(注:英語のインファーノは灼熱の地獄を意味しますが、元々のイタリア語ではインヴァルノは冬を意味します。陰陽・夏冬の事です。)

背骨の根元に位置するのは形状の主の座で、一般的にはエホヴァシーヴァと呼ばれています。
!linga(?)が彼の象徴です。彼は地球そのものの雄牛(牡牛座)に乗ります。彼の娘は死と破壊ですが、彼は邪悪なものでは無く、彼は私達が下界で機能出来る力を与える体を創造します。彼は力(エーテルの形成的な力)に沿ってそれらをクリスタル化(結晶化)します。幾何学(立体性)は骸骨(骨格)で、彼が創造する全ての体は幾何学的な問題で、幾何学的な角度は岩と石の中へとクリスタル化されます。徐々に、体を世界へともたらすそのクリスタル化は、重すぎる(密集しすぎる)様にになり、そしてスピリット(霊)的な意識からの微妙な印象に反応出来なくなります。ゆっくりと、それらは石に帰り、そして死はその体をこの世界にもたらした起源と同じ過程の結果です。地球の初期の種族は生命の繁殖的な性質を崇拝しました。彼等は生命の最も高貴な表現は、この世界に新たな生命をもたらす事と感じました。故に生命を与える原則は全てのものに息吹を与える神に人格化され、または密集したものの乗り物無しでは物理的な世界で展開出来ない、もしくは成長出来ない潜在的な生命の現れをもたらしました。

オカルト(秘儀)主義者にとって、誕生は死で、そして死は覚醒です。太古の日々の神秘主義派は、物理的な世界に生まれる事は、墓に入る事で、地球上の世界程、限界的なものは無く、自然界においてこれ程、非反応的な平野(一面)は無いと教えました。時間と距離は魂を狭い環境に鎖付ける監獄の檻です。暑さと寒さは魂を苦しめ、歳は能力を奪い、そして人の人生は死への準備です。人生は死の影で生きられるので、彼等はそれが茶番で、空っぽなもので、注意不足な目の見せかけで、詳しく見れば、汚されてウジに食われていると教えました。物理的な体はレンガ造りの墓となり、彼等の墓となり、埋葬の場所で、その中で魂は、処女(乙女座)が輝く時、壊れた土器の骨壺からそれ(魂)が再び昇る日を待っています。故に世界の全ての宗教において私達は、下界を黒い穴として持ち、その中でヤーマが、黄泉の国の主が、呪われた魂を彼等自身が創造した地獄で苦しむ様に投げ入れますが、それぞれの民族が個々の本質からそれらを苦しめる悪魔を創造するのは事実です。此処において、(古代)エジプトのタイフォン、破壊の神は、豚の体とクロコダイルの頭を持ち、あくびをする顎を持って、人生の好機をものにする事が出来なかった魂を喰いあさるために待っています。殆どの人々の中で、悪魔は半獣半人と象徴されます。彼は人間の動物的本質の中に巣くい、彼等の好み、彼等の憎しみと恐れといった、彼等の欲望によって操作され、更なる呪は不必要です。彼等は彼等自身の地獄を創造し、そしてその苦しみを味わっています。

繁殖システムは徐々に脳内へと吸収されて行き、そして次の大いなる世界の期間の人は、その子孫を産む、または少なくとも彼等の(魂の)乗り物として、語られた言葉の器官である喉頭を通して産むでしょう。私達は後に陽的な繁殖器官となる小さなエーテル体が喉頭の付近で徐々に造られていると伝えられます。究極的には、人間はスシュムナ(背骨)の運河を通して脊髄の炎(脳内分泌のオイル)を上昇させる事が出来るようになるでしょう。これは進化的過程ですが、しかしながら、長い時間を要します。

ホルスの眼と松果体
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物理的(物質的)な人体は(70%水分)は月の操作の下のあるとされ、それは地上の液体を支配しています。月は地球的な魂の最後の生まれ変わりで、そして人間の民族は月の主のエーテル体の中で、その動物的意識の状態を通りました。月的な魂は“ご先祖様”と呼ばれ、キリスト教徒には天使として知られています。これらの存在は、動物と人間の繁殖的な力を操作しています。再誕へ来る生命は良く、その未来の乗り物(肉体)を、それが世界に現れる何年も以前に選びます。そのエーテル的な細菌は、その子供が生まれる20年以上前に、その親の体に仕込まれると言われます。これはその魂的、物質的に特に良い環境への探索の結果です。

特定のオカルト(秘儀)学派は、人の魂的な意識は人体の特定部分に固定されるのではなく、人の思考があるどんな部分にもあると教えます。私達は人が住むであろう3つの世界を知っています。その最初は思考的な世界で、彼は彼の思考、夢、そして希望に囲まれて生きるでしょう。第二の世界は彼の人的な世界で、其処で彼は大いなる中産階級で、少し考え、少し食べ、少し眠り、そして止めどなく心配し続けるでしょう。第三の世界は彼の動物的な世界で、彼は彼の魂を焼き彼の身体を消費する情熱、欲望、そして憎しみの中に住むでしょう。原始的な民族の歴史は、これら全ての段階を彼等は昇ってきて、少なくともそれらの幾つかが真の考える生き物になった事を見せています。

それぞれの人の血は個人的なものです。クリスタル化された時、それは幾何学的なパターンを形成し、その形は個人個人それぞれなので、血液分析の方法によって、バーティロン、または指紋システムより、より確かな犯罪探知のシステムに成れるでしょう。人の魂の話は、その人の血の中に書かれています。進化過程の中の彼の位置、彼の希望と恐れは、彼の血液の流れを通して全てエーテル的な形状にプリントされています。赤い血が体の中に来るまで、人の魂は入れませんでしたが、エーテル的な糸に繋がれ体の上を漂っていました。コウロギ、バッタ、そしてその他の似たような生物を千里眼的に研究する事によって、原始的な動きやそれらが表す感覚に結果する、それらの体の上に浮遊する小さな球体からのインパルス(衝動)を観察する事が出来ます。故に植物と動物の間の実際の線は、赤い血の現れによって引かれると言われます。成り行き的に、特定の小さな魚や軟体動物などは、正確には植物なのですが、科学によってではそう認識されていません。肝臓は赤い血への鍵です。ルシファーの赤い布は血の色から来ていて、ルシファーと言う言葉は”光(または熱)を運ぶ者”と言う意味で、それは血の別名です。この理由のために、彼は誘惑の魂なのです。キリスト教の謎において、センチュリオン(護衛)の槍でキリストの肝臓が貫かれるのは特に神秘的ですが、人の友人であるプロメテウス(火をもたらした神)は、コーカサス山の頂上に吊るされ、ハゲワシが彼の肝臓をつついているのは、古代ギリシャの神話の中に描かれた同じ神話の表現です。

記述するに値する、更に興味深い事は、theとliverと言う言葉の間の関係で(やや意味不明)、肝臓を持つ事は生きる(live)事だからです。同じ様な線に沿って私達は生きる(live)を逆から書くと邪悪(evil)で、生きた(lived)は逆に悪魔(devil)になる事を記しましょう。(注:live、lived、good(god)陽、夏:evil、devil陰、冬)この奇妙な関係は英語の中だけに見られるのでは無く、少々気付き難い度合でですが、その他の言語にも見受けられます。私達がこれを取り上げると、しかしながら、私達は言葉のシンボル的な分析であるカバリズム(カバラ)の研究をしている事になります。

赤は血の色で、肝臓の鍵で、そしてそれの動物への影響はとても気付き易いです。それはイライラさせ、興奮させ、時には実際に動物が発狂する原因になります。故にそれは良く闘牛の間に使われるケープになります。それらは闘牛士が雄牛の顔の前に垂らし、そして通常、トラブルがそれに続きます。赤い光を使う事は黒魔術において稀ではありません。邪悪なマジシャンはそれらを亡霊を発生させるために使い、医療科学においては既に、赤い光が人体に当てられた時に、強い刺激性がある事は知られています。

怒りと憎しみの間、人のアストラル・オーラは、稲妻に酷似した赤い色に覆われます。とても頻繁に、脊椎の付け根(一番下部のチャクラ)は濁った赤色になり、それは憎しみ、情熱、もしくは怒りを象徴するものです。この赤い光は、脊椎の付け根で常に燃えており、地獄の炎と天罰の話を産み出しましたが、(組織的宗教の)祭司は信者達に、彼等が何処に行こうとも、彼等自身の地獄を、常に持ち歩いている事を伝えるのに失敗しています(意図的に伝えていない、または祭司自身もそれを知らない)。

赤い力は、火星の魂、サミュエルの体を通して太陽の白い光から壊されると言われます。これは天空が赤く染まる理由です。火星は戦争、いがみ合い、憎しみ、そして衝突の神です。彼はローマ帝国のパトロン的な神で、その制服を着た兵士達は彼の影響の象徴として赤を身につけました。このパトロン聖者の指導に続き、彼等は世界を征服し、彼等がその他の者達を殺害した剣によって倒れました。

赤が人体の色である間、黄色は魂の色とされます。この理由のために、ブッダ達や救世主達は通常ゴールドのニンブス、またはヘイロー(後光・天使の輪)で象徴されます。この光は黄色のローブで、聖者ジョンがそれについて書いた暗闇に光を指す目撃者の事です。この光は、第三脳室を通って照らし、神と人との間の契約としての慈悲の座の上に浮かぶ、ユダヤ教のシェキナーを表しています。黄色は活発化させるもので、命を与えるものです。故に金色の髪の太陽とその人物化である - キリストは - 共に命を与える者です。元気のない者は、その脾臓を太陽にさらす事によって元気にさせる事が出来るでしょう。

第三/第四脳室
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青は3つのプライマリー(主要)カラーの中で最も高度なもので、父(神)に与えられた色です。それはリラックス的で、気が休む色で、特に狂気や(取りつかれた)執念への対処法としてとても効果的です。黒魔術師にとって青い光の中で成功的に機能する事はとても困難です。それと頭脳との親密な関係は明らかで、人の本質のスピリット/霊的な質の全てから引き出されたものとして松果体の中で電気的海として集まります。全ての炎への青い心(心臓)は輝く太陽の裏にいる父を象徴すると言われます。キリストの言葉で言うと、”私を見た人は、その父を見た。私がその父で、そして私の中の父である、”です。

シンボリズムの中の色の使用はとても興味深いです。神話の中で英雄達が大抵、倒す緑の龍は、地球を表しています。白い鎧は清められた人体です。黒魔術師は暗闇と不確かさです。全ての色にはシンボル的な価値があり、これらの価値のオカルティズム(秘儀主義)での応用の研究からは、大いなる教えを学ぶ事が出来るでしょう。

オカルト的な解剖学と生理学の題目を論議する間、私達は一瞬立ち止まって、中世の時代に人体器官を錬金術的な器に言い換えることによって、オカルト的な解剖学の研究を隠した、錬金術者とローズクロスの者達を讃えなければなりません。彼等の代表者の内の一人は実質的にこう言いました、”私達の化学は貴方が知る化学物質ではなく、特定の秘密の器(内臓)で、そして普通の人には見えない魂的な化学です。私達は化学物質を拷問する事を信じておらず(それらが気体になって交わる事)、それは化学物質は人々と同様に、お互いに不親切な関係にもたらされると苦しむからです。”

錬金術的なかまどは人体の事です。その中で燃える炎は脊椎の根元にあります(第7チャクラ)。煙突は脊髄で、気体はそれを通って通されて、再び集められ脳内で蒸留されます。これは実に、何世紀も以前からそれが最も高度な宗教と考えられていた極東(インド)からヨーロッパにもたらされた秘密のシステムです。私達はこれらのオカルト的な真実を、推測的な論説で全体的に造られた近代宗教との、対照的な違いのスピリチュアル性の機能する原則と呼べるかも知れません。人々は宗教が人体学的だとは夢にも思わないし、彼らへの救いは彼等自身の体の中の生命的要素と力を科学的に使用する事によるとは信じませんでしょうが、それと対照的に言われる事の全てにも拘わらず、それは事実なのです。これから続く数年の間に、人に彼自身の体とその部分部分の秘密を悟らせるために多くが行われるでしょう。

記述するにとても興味深いのは、輪廻転生、または世界における大いなるアヴァター、ヴィシュヌの現れと、誕生以前に人の胎芽に起こる変化との間の類似性です。これは私達を次の題材であるオカルト胎生学へともたらします。

オカルト(秘儀)的な胎生学

(インダス文明・ヒンドゥーの)大いなる主、(魚)は、彼の人々を救うために、既に9度、この世界に現れました。彼の10度目の誕生は、まだ起こっていません。彼の9度の現れは、人間の胎芽が産まれる前に発達する9の主要な変格に親密に類似しています。ヴィシュヌーは最初に魚の口から生まれました。彼はそれから亀の体から成長しました。更に後に、彼は猪として現れ、続いてライオンと成り、その後に猿となりました。そして幾つもの更なる変格の後、彼はやっと人間として現れました。私は幾分以前に、科学者が胎児期の人間の脳と幾つもの動物の脳の間の関係を表にしたものに気づきました。彼は実に正確にヴィシュヌーの生まれ変わりに続いていましたが、彼が東洋のオカルト(秘儀)と西洋の胎生学をリンクしている事に全く気付いていませんでした。

殆どの国の宇宙創造神話は胎生学に基づいています。宇宙の形成は人の形成と同様とされ、違いはその規模においてのみです。例えばヴィシュヌー・プラナスですが、私達はその創造はメムの子宮の中で起こったと伝えられています。その空間は、大いなる山々と崖(チョリオン)に囲まれていたとされます。この宇宙は水から創造され、大いなる海(羊水)に浮いたとされます。梯子(へその緒)を下って神々が登場します。4つの川が新たな土地に流れ込んだ、と創世記では伝えられます。これらはへその緒の血管の事です。そう話は進み、そしてその素晴らしい相互関係は存在します。いつの日か、類推の法則に新たな科学は基づけられるかも知れません。これは全ての時代を通した化学的な憶測よりも遥かに優れた科学的データの貢献となる事が証明されるでしょう。

胎生学の中に、私達はまた、自然界の様々な種を通して、人類の通り道のとても興味深い要点の繰り返しを持っています。此処で私達は、ハイパーボーリアンの特定の期間を見出します。もう一つの時では、私達は原始的なレムリアの人を見て、その後にアトランティス人を見て、そして最終的にアーリア人を見ます。私達は最も確かに、全てのオカルト(秘儀)の生徒が、この題材のとても慎重な研究をする事をお勧めします。科学は、この惑星の全ての生命が水から出てきた事を知っています。人間の胎芽は、その成長の全ての初期段階を水に包まれて成長します。そしてその中に、私達は全てのものの進化の話を見出しまう。性別は第三の種族がこの惑星に現れるまでありませんでした。胎芽にも、性別は三か月目まで現れません。

自然の下部の王国を通った人間の胎芽の発生反復(再現)は、人が元々大人としての状態で造り出されないとい事において、進化の最も強い証明の一つです。成り行きとして、人は宇宙的な胎生学を通り(経験し)、事実、彼は未だに胎芽で、彼が完全な人間と成るまで、人類へと産まれませんが、それは何千年もかからないでしょう。彼は、丁度、人に成ってきている状態にあります。

産まれる前の9か月は、(長年)時代を通して象徴的に利用されてきました。数字の9は人の番号と言われますが、それは人体が産まれるまで9ヶ月間、準備の段階にあるからです。完璧な数字は12(ゾディアック)と言われますから、ですから現在、人は彼が完成される3か月前に産まれている事になります。徐々の人類の展開は、妊娠中により多くの事が達成され(成長し)、究極的に生まれるまでに、全ての経験と成長が、胎芽的な状態で起こるでしょう。

人は一度に全て産まれるものではありません。私達は彼が段階的に生まれたと言えるかも知れません。意識は体の外で働き、それ(意識・自我・魂)がその乗り物(人体)を内側から取り、それを囲むものからある特定の個性を形づくる覚醒の時まで、プラスティック的(薄っぺらい・まやかし)なものに働きます。誕生の時には、物理的な人体は生まれ、死の瞬間まで止めどなく続くクリスタル化の行程が始まります。人は生まれた瞬間に死に始め、自命の長さとは、これ(死)に必要な長さです。7年目に、人体の重要な部分が行動を始め成長の最も重要な期間(第二次成長期)が始まります。それは着物を入れ替える時期です。両親が難しさ(反抗期)を感じるのはそれからです。子供達の身長が雑草の様に伸び出すのは、彼等が文字通り、植物的な存在を体現しているからで、それ以前は彼等のmi octal(?)な状態を再現しています。7歳くらいになると、子供はその体内で、重要な本質を生産し始めます。それ以前は、生まれる前に喉の導管のない腺によって分泌された生命力で彼は生きます。言い換えると、彼は彼の親から蓄えられた生命で命を保ちます。7歳くらいになると、彼は彼自身のために働き始めます。彼は常に行く状態(落ち着きがない)で、そしてもし若者がその活力を晩年のためにボトルに貯め保存出来たら、何という素晴らしい世界に私達は生きる事になるのでしょう。

12歳と14歳の間の中間のゾーンで、肝臓が機能し始め、感情的な人体が生まれます。若者が最も問題に面するのはその青年期です。不安定な感情が大暴れします。その意識は動物的な存在を再現します。それは正に子犬愛の日々と言えるかも知れません。これらは良く最大の間違いに満たされる日々です。14歳から21歳までの期間程、命を失いやすい時はありません。強度に感情的な民族の子供達が、青年期までクラスでより優れているのは観測されています。しかしながら、14歳くらいで感情的な本質が活発になると、これらの子供達は頻繁に興味を失い、通常の教育への(対応)能力を失います。外国人の子供達を教えた事のあるどんな教師も、特定の国籍の子供達のこの状態を証言するでしょう。馬鹿はそのアストラル体の誕生と共に頭脳的な機能を失った例で、その様な例は多々あります。これらの感情的大暴れの年々の間、両親は確かさと親切をもって彼等の子供達をルールしなければなりませんが、そうしないと、同じ子供がいつの日か彼等の両親を、台無しにされた人生のための理由にするかも知れません。

18歳から21歳の間、気候的な状況によって、頭脳的な人体が操作を取り、私達はその個人が大多数の歳に届いた(成人した)と言います。すると彼は投票する事が許され、彼の父は金色の時計をプレゼントし、成功を探すために彼を世界へと送り出します。何百万の内一人も、何故、21歳が大多数/成人の歳に定められているかに気づきません。ですが全てのオカルト(秘儀)主義者はその理由を知っています。スピリット的な意識は、真の”私はある”は、21年目まで、新しい人体の操作を取りません。その時までそれは完全に低い感覚の中心(低い、動物的チャクラ)に完全に支配されています。生命は故に、7年のサイクルによって進歩します。

この例の一つとして私達が知っているのは、28年目が第二の肉体的な誕生で、35年目が第二の重要な誕生、または第二の成長と呼ばれていて、42年目が第二の感情的な誕生だという事です。これらの歳の間、それ以外では完璧に普通の人が、とても良くセンチメンタルに成ります。49年目は新たな頭脳的な活動の夜明けを印し、そしてそれに続く7年間は思考の黄金期です。それらは哲学的な理由の期間で、人生の花形になる期間です。そしてそう続き、サイクルからサイクルへと繰り返されます。もしその個人が十分に長く待てば(生きれば)彼は第三、第四の幼少期を経験するでしょう。

殆どの人が気づかないのは、彼等が鉱物的、植物的、そして動物的要素で構成されている事です。骨は文字通り、鉱物で、髪は肌を通して注がれる重要なエーテルの波に育まれた植物で、全ての各個人の中には何千もの微生物があり、私達自身が動物園です。太古の北欧人はこれに気づき、人の中に生きる微生物についての多くの神話を残しました。聖父ナイルの有名な像は、人の特徴と機能を表している数多くの人型に覆われています。人は偉大な研究(材料)ですが、私達はあまりこの教科書を生かしていません。全ての国々の聖書(経典)は、人自身の外側には存在しない街々への解剖学的な言及で満ちています。神聖な街の12の門は人体の中の12の窓(部分)です。英知の12の主人や哲学の大いなる12の学派の様に、これらの窓は7と5の2つの分別に分離されます。人体には、目に見える7つの穴と、隠された5つの穴があるのです。

(古代)ギリシャの哲学者の一人は、彼の弟子達に、人間の脳に繋がる穴は6つあるが、人間の頭から外に繋がる穴は一つしかなく、お腹から繋がるのは一つしかない事を確かに覚えよと言いました。故に彼等は二度聞き(両方の耳で一度)2度見て(両方の眼で一度)、2度香り(両方の鼻の穴で一度)ますが、一度しか語りません。そして彼等が語った事は、お腹と脳から来ています。その助言は今でも有効です。

ヘブライ人達は人の頭を、神々しい特徴を表現する、お得意のシンボルとして使い、大いなる顔と呼びました。その2つの眼は、それらが意識の器官なので、聖父に関連されました。2つの鼻の穴は、それらが嗅覚の器官で、またプラーナの乗り物で、エーテルの生命力でもあるので、聖子に関連されました。口は、語られた言葉を前に送ったもので、世界を形成したものなので、聖なる魂を象徴するのに使われました。口が生み出した7つの母音は王座の前の7つの魂で、啓示の瓶とトランペットでもあります。彼等は7つの世界を創造するために、彼等の声の軍隊として出で、そして彼等の創造力から全ての自然が結果しました。人間の頭の中に隠された素晴らしいシンボリズムと、それらがどう聖書で使われているのかに気づく人は殆どいません。

この記事に補足されているのは、数年前に別々に出版された論文ですが、多少の間、絶版になっていました。その論文には解剖学的なシンボリズムの題材に直接関わりがあり、今日のそれぞれの世界的問題に応用された時に、上述されて表現された原則がどう機能するのかを見せています。

オカルト(秘儀)的なメイソンリー

神秘的なメイソンリーの生徒にとって、一つの問題が永続的にそれ自体を現わします。彼はそれを数多くの名の下で知っています。それは彼に多くのシンボル(象徴)を持って伝えられますが、単的にそれは魂と体(人体等々)の、クリスタル化と物質性からの純粋化(清め)と解放と定義されるかも知れません。言い換えると、彼は崩れた寺院の瓦礫から生命を救い、彼の魂のアーチ(ゾディアック、牡羊座=大脳、魚座=つま先)の鍵の印としてその正しい場所に再建したいと模索しています。

ゾディアックと人体
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太古のメイソンリーを学んでいる時、私達は英知の教えとして私達が知っている最初の啓示の一つを扱っています。その他の大いなる神秘の様に、それは日々の存在的な問題についての解決法として構成されています。これらの太古の抽象的なシンボルを研究する事は、余り意味がないと思われるかも知れませんが、時が来れば全ての生徒は、彼が今、利用価値がないと横にのけるものは、いつの日か彼が必要とする価値の付けられない宝石であると気づくでしょう。ゾディアックの中のセンタウロス(半獣半人/射手座)の様に、人は永続的に動物の体から人間の意識を向上させようとしていて、そしてメイソンリーの3つの輪状の梯子の中に、私達はこの解放に必要不可欠な3つの大いなる階段を見出します。これらの3つの階段は人間の意識の3つの大いなる分離です。私達はそれらを単的に、物質性、知性性、そして魂性と定義する事が出来ます。それらはまた、最下層の輪も体現していて、その中心には感情があり、それぞれの魂の上の頭脳性は、人生を通して旅をして、その環境と人生の経験から英知の花粉を集める蜜蜂です。蜜蜂が花の心臓(中心)から蜂蜜を集めるように、私達のそれぞれが、出来事の一つ一つ、それぞれの喜びと悲しみといった魂的な蜜を集めるべきで - 人の魂・人体と言える大いなる蜂の巣に経験を蓄積するべきです。同じ様に言われるのは、人の中の魂的なエネルギーは、彼が変格している生命力(血液の中の酸素=オゾン)を永続的に取り脳内の蜂の巣に運び、その蜂蜜、または生命を保つために必要なオイル(分泌液)を保つという事です。

太古の神々(天体)は、蜜で生きたとされ、一般の人々の様に飲み食いはしなかったと言われます。日常の人生で起こる問題に対処する事から得る、または絞り出す蜂蜜は、より高等な人の食べ物であるというのはとても本当です。私達が良く積まれた(蓄積された)板の上で食べる間、魂的な人が、私達が私達自身の人生で変格した事毎によって栄養をつけられ、そして発達させられたかを考えるのは良い事でしょう。

太古の哲学者は前に、蜜蜂は花の花粉から蜂蜜をあつめるけれど、蜘蛛は同じ源泉から毒を取り出すと言いました。私達が立ち向かう問題は、ですから、私達は蜜蜂なのか蜘蛛なのか、と言う事です。私達は人生の経験を蜂蜜に変えるのか、それともそれを毒に変えるのでしょうか?それらは私達を向上させるのか、または私達は永続的に苦しみに対して抗うのでしょうか?多くの人々は経験によって不快にさせられますが、賢明な者はその蜂蜜を取り、彼自身の魂的な本質という蜂の巣にそれを蓄積します。

「ライオンの前足の掌握」(2012年12月21日の冬至以降、私達が突入した”水瓶座時代”)を私達が考えるのは良い事で、世界の最も古い入門の象徴は、太古の時に(古代)エジプトの寺院の謎を通って新入門者は、死者のための大いなる石の棺に(儀式的に)埋められ、後々、青と金のローブをまとった先輩入門者によって生命へと再び再生させられました。入門者がその様に再生させらると、グランド・マスターが彼の腕と手にライオンの前足をグローブとして着せ、そして新たに再生させられた入門者は”ライオンの前足の掌握”によって生き帰えさせられたと言われました。ヘブライのアルファベットjodは、(三角形の中心に書かれるとそれが炎の様に見えるので、魂の象徴として、時々もちいられますが)それが意味するのは、カバラ主義者によると、前に伸ばされた手です。私達はこれが象徴するのはジュダのライオンである獅子座に座ると言われる人の魂の太陽(心臓の事)だと理解します。そして畑の果実と植物が太陽光線によって育ち発達するので、だから人のクリスタル化は壊され、そして魂的な太陽(心臓)の光(血液)によって追い散らされ、それは死者を生き返らせ、その力で生命の潜在性を解放すると言われます。人の中の魂は、暗闇の中で見える目を持ち、彼自身の本質の低い側(低いチャクラ)をそれ自体(脳・松果体)と融合するために(オイルを)上げようと常に努力します。低次元の人がそうやって、彼自身の中から展開する、高次元の思想によって、物質性から向上させられた時、光の魂と真実は、”ライオンの前足の掌握”によって新たな入門者を向上させたと言われます。

私達がメイソンの儀式から見つける2人のジョンのシンボリズムを考えてみてください。ジョンは”ラム(牡羊座=大脳)”を意味し、そしてラムは動物的な情熱と、人の性質の象徴です。動物の革を着た、洗礼者ジョン(ヨハネ)の中で、これらの情熱は束縛されていませんが、福音伝道者ジョンの中で、それらを象徴する乗り物と力が、人の中のキリスト的な人生の愛されし弟子達になるまで変格されています。

私達は良く「ヤギに乗る」(太陽が牡羊座に乗る;冬から春になるという意味。)または「オイルの塗られたポールを昇る」(オイルが脊髄を昇るの意味。)と言った表現を聞きます。これが見る目を持つ者にとって、象徴的に重要なのは、人が彼自身の低次元の動物的な本質をマスターした時、彼は正直に「ヤギに乗る」と言う事ができ、そしてもし、彼がヤギに乗れないなら、彼は寺院の入門に入る事は出来ません。彼が昇らなければならない柱は間違いなく背骨を意味していて、そして人の意識(オイル)が脳へと、この柱を昇り上がった時にだけ、彼はフリーメイソンリーの階級を会得する事が出来ます。

失われた言葉(ゾディアック)の題材は、個人的な問題と考えられるべきです。人自身 - つまり、真実の原則は - 失われた言葉と呼ばれるかも知れませんが、それはクラフト(メイソンリー)の全ての会員によって認識されるパスワードを構成する、人から放射するある特定の何か(ロイアル・アーチ・ゾディアックの事)と言う方が良いかも知れません。人が、彼自身の寺院(体)の建築士として、彼自身の中の生命力を虐待し破壊する時、すると建築士は3つのより低い体(チャクラ)に殺害され、彼と共に墓へと運ばれ其処に言葉は寝かされ、それは彼の位置の証明となります。

頭脳的、肉体的、または魂的な力の虐待はエネルギーの殺害に結果し、そしてこのエネルギーが失われた時、人はそれと共に神聖な言葉を失います。私達の命は - 私達の思考、希望、そして行動は - マスター建築士が彼の親戚(メイソン)を知る、生きている三重のパスワードで、そして生徒が内室への入場を求める時、彼は寺院の門で、身体の清らかさと、バランスされた頭脳の証を見せなければなりません。この神聖な言葉をお金で買う事は出来ず、会得出来る階級はありません。ですが私達自身の中で死んだ建築士が生命へと再び蘇らせられる時、彼自身がその言葉を話し、そして彼自身の中に建てられた賢者の石には聖者の生きている名前が刻まれています。

この建築士(メイソン)が(儀式的に)復活させられた時にだけ、死のシンボルは不死へと変えられます(魂は不死であると理解する)。私達の体はヒラム(ソロモンの寺院の建築士)の灰を入れられた骨壺で、私達の人生は壊れた(2つの)柱で、棺桶のクリスタル化で、そして開かれた墓の崩壊です(肉体は魂の一次的な乗り物)。ですが全ての上にあるのは、蛇(背骨)の力を上昇させた者の約束された人生の常緑樹の小枝で、そして寺院の瓦礫の下に埋もれているのは、”再生”させられた時に、私達の物質的な本質の中にロックされた神聖な生命を解放するその建築士の体です。

忘れ去られた過去から私達に手渡されたこれらの素晴らしいシンボルは数多くあり、長くに渡り失われたそれらのシンボルの意味は物質主義のマントルの下に埋もれています。真のメイソンは - 光の子供(太陽信仰)は - 今でも解放のために叫び、そして空っぽのエジプトの王座は、殺された太陽の王(日が沈み、再び昇る事、または冬から夏になる事の象徴)が帰ってくる事を未だに待っています。世界の全ては美しいバルドル(北欧の知恵の神・太陽)が復活する事を待ち、十字架にかけられたキリスト(太陽)が墓石を転がしそしてその物質の墓から出て、彼自身の墓(人体)を彼と共にもたらす事を待っています。

人がこの素晴らしい問題を理解する事が出来る様にそう生きた時、大いなる眼、または意識の中心は、清められた体のガラスを通して見る事が出来ます。真のメイソンリーの謎は、神を冒涜する者からは長く隠されていますが、すると理解され、そして新たなマスター(入門者)は青と金のローブをまとい、7つの星に繋がる梯子を一歩、一歩昇っている不死の者(魂)の足跡を辿るのです。より遠くの上に、アーク(ゾディアックのアーチの事)は - 生命の源は - 忘却の高い水の上(天の川)に浮かび、そして牽引のケーブルを通ってより低い人にメッセージを送り下げています。この点が届かれた時、点が円に戻ったので”C”の中のドアは永遠に閉ざされ(CがOに成り)三重の魂と三重の体はソロモンの永遠の印の中で一所にリンクされます。すると建築士が拒否したコーナーストーン(ピラミッドの天辺の石)は再び角の先端になり、そして人は - 宇宙的な寺院からのlong in(?)のキャップストーンは - 再びその(正しい)場所にある事になります。

人生の日常の出来事は、私達の感覚を鋭くし、私達の能力を発達させます。これらはクラフト(技術)の道具で - マレット、のみ、そして物差しで - そしてこれらの自己発達した道具で私達は徐々にゴツゴツした切り石、またはキューブを、宇宙的な寺院のための加工されたブロックにしています。私達が炎の入門者に成れるのはそれからだけで、光が暗闇の場所を取るのはそれからだけです。私達が私達自身の存在の閉ざされた室をさ迷う間に、私達は寺院の閉ざされた室の意味を学び、そして私達の目の前で入門の儀式が展開する時、その中に私達自身の存在が再現され、私達自身の意識が展開し、そして私達自身の生命の話が展開されている事を認識するべきです。この思考を頭脳に入れ、私達は太古のアトランティス人が何故、昇る太陽を信仰したのかを理解出来るだけでなく、また現在のメイソンが、この太陽が寺院の天辺に登る時、その上に黄金の石を置き、人の中の全てのものを生き返らせる、高貴な生まれのヒラムをどう象徴するのかも理解出来ます。

<完>

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統一/宇宙的一つ:第二巻:第二十八章

The Universal One
統一/宇宙的一つ:第二巻
An exact science of the One visible and invisible universe of Mind and the registration of all idea of thinking Mind in light, which is matter and also energy
一つの眼に見える、そして見えないマインドの宇宙の正確な科学と、物質であり、またエネルギーでもある、光の中の考えるマインドの全てのアイデアの記載
Walter Russell
ウォルター・ラッセル著

第二巻

第二十八章
結論


Pdfヴューアー266ページ、本文250ページより:

ゾディアック


これ等の記述の趣旨は、時間、空間、そして運動における人の反復される冒険の中で、人によって行われる、幻想を通して現実に再び戻る旅の知識によって、永遠の生命に繋がる道に焦点を照らす事です。

その道に焦点を当てるために、多くの実質(substance)、形状(form)、そして物事を、一つのものの現実における、それらの土台に戻り、現れるシミュレーション、反映、そして幻想へと辿る事が最初に必要でした。

そう試みる事において、この1冊の中で、その実の原理に触れる事は可能でしたが、現存している間違った概念については、軽く訂正する事しか出来ませんでした。

後の本は、運動のとても多くの効果をさらに詳しい詳細で吟味するでしょうが、多くの効果の一つの原因の基本的な原則は、拡大されないでしょう。

それは拡大される事が出来ないためです。

この端的なまとめの章は、人が「創造された宇宙」と呼ぶ全ては、マインドによって施行されたアイデアの形状の幻想でしか無いと言う、今まで記述されて来たもの全てから引き出された一つの教訓から書かれます。

アイデアと、形状におけるそれらの表現には、全く存在がありません。それらは非現実(unreal)です。それらは考える事のエクスタシー(良い意味での有頂天)における、マインドのイメージを造る能力によって、造り出されたイメージでしかありません。

それらの存在の現れは、唯一、運動によるもので、そして運動の効果に限定されています。

対峙している運動(motion-in-opposition)と幻想の全ての効果の増大は、マインドの宇宙/統一的な白い光(エネルギー/波)の対峙している非運動(non-motion-in-opposition)のシミュレーションにおいて、その限度/制限を強化します。

対峙している運動と幻想の効果の全ての減少は、星雲化(nebulize)させ、そして最終的に慣性(不活性)における非運動の白い光へと消滅します。

全てのアイデアは、一貫的に変化しています。

全ての運動の効果は、一貫的に変化しています。

変化している物事は、存在を有する事は出来ません。

対照的に、人が、眼に見えない宇宙の、頼る事の出来ない非現実性と呼ぶ全ては、実際に唯一の現実です。

マインドは、宇宙において唯一本当のもので、そしてマインドが存在する全てです。

マインドは、宇宙における唯一の実質です。それ以外の実質はありません。

考えているマインドは、宇宙において唯一、生きているものです。マインドの考える事は、一つの実質の生命の原則です。

考えているマインドは、アイデアを進化させ、そしてそれらを運動を通した形状の中に記録/登録します。

人の、物質の固体の物理的な宇宙は、マインドによって考え出されたアイデアの形状の集合体で、一時的に浮遊へと保たれます。

もしこれらの前提が正しいものなら、人はより知性的に、「神とは何であろう?」と言う最上級の問いに答えられるでしょう。

もし一つの実質、一つの存在、一つのマインドしか存在し無いなら、その一つは私達が、神と呼ぶものでは無いでしょうか?

もし私達が形状として知る全てが、考えているマインドのイメージを造る能力の、変化している幻想でしか無いなら、すると神は無形状で不変であるはずです。

もし一つのマインドしか無く、そして人はマインドであると認められるなら、人の形状は非現実で、本当の人は無形状ではないでしょうか?

もし本当の人が無形状で、そして人のイメージが彼の考えている事の幻想でしか無いなら、人の幻想は自己創造では無いでしょうか?

そして、人はまた、神でもあるのではないでしょうか?

そして、全ての物事もまた、神では無いでしょうか?


全ての物事は一つのもので、多くの非現実的な物事の現れにおける、一つの本物の事の幾つものアイデアでは無いでしょうか?

私達が「天界/天国」と呼ぶものは、人の考える事のイメージでしかないのでは無いでしょうか?

もし、形状は存在を有さず、そしてこの宇宙において時間、場所または位置を有するものは何もないと此処にされた明言が、此処に提示された運動の法則に従うなら、すると人の「天国」と「地獄」は幻想であると結論されなければなりません。

もしその様な場所が存在しているのなら、それらはこの宇宙の中のどこかになければなりません。それらがその(宇宙の)外部にある事は出来ません。

もしそれらが宇宙の中に存在するなら、それらの存在は次元を有さなければなりません。

もしそれらが次元可能(dimensionable)なら、それらは物事の変化している法則の対象で無ければ成りません。

重力と放射の法則から逃れられる特権を有する宇宙の「部分」はありません。(注:電磁力)

人の「天国」と「地獄」は、外側のマインド(小脳)の非理論的な概念です。内的なマインド(大脳)はその様なイメージの仕方全体を否定します。(注:内側のマインドは松果体を指しているかも知れません)

それらは、自然の法則に無知で、復讐する神を信じ、恐れ、そして奇跡を神的な特質として要求したマインドの考えの、迷信的な時代から受け継がれた伝統です。

人は、マインドの全てのアイデアが自己創造である様に、自己創造です。

私達が「自己/自我」と呼ぶものは、不変の無形状の一つによって考え出されたアイデアの変化している形状でしかありません。

個性は、故に、変化している形状の物事における存在のその現れ以外、存在しません。

もし個性が、保たれた運動の多かれ少なかれの効果であるだけなら、運動の停止と共に消滅し、運動のサイクルにおける絶対的な慣性を通過する地点において、個性は形状と共に消滅するでしょう。

もし個性と形状が唯のアイデアで、考える事の電磁的な力によって、存在の現れにおいて保たれるなら、すると人が神と呼ぶものは、形状を有する事も、彼に与えられた個性を与えられる事も出来ません。

神は宇宙/統一的で無ければ成らず、唯一的で無ければ成りません。

もし神が宇宙/統一的なら、するとその他の全てのものも、宇宙/統一的です。

davinciのzodiac

黄道


もし神が、全知で、全能で、そして全知全能なら、すると宇宙の全ては、全知で、全能で、そして全知全能です。

人が、神はマインドであり、そのマインド一つの生き物であり、パルス(衝動/鼓動)していて、考えている力で、そしてはその力であると学ぶ時、すると人は彼の進化において、次の段階に辿り着きます。

人が、真の考える事は、運動反射運動の均整で、偽り(untrue)の考える事は、不平等(unequal)で対峙した運動と反射運動であると学ぶ時、そして神または人へ、訴える事の出来ない、絶対的な法則に沿った、反射運動を通して、彼の不平等な運動の成り行きを苦しまなければならないと更に学んだ時、彼はすると真に考えます(悟ります)。

人が、彼の考える事の全ては、彼自身を創造している魂の、進化しているアイデアの記録を構成する、重い主音(master-tone)において電気的に記録されていると学んだ時、そして悪く対峙した記録は、より平等に対峙したものより、何世紀も彼を背後に(後進して)保つ事を見つけた時、彼はすると彼が創造している魂の一種として考えます。

人が、この個体の物事の宇宙は、それらの物事のアイデアの反映でしか無く、そして彼は、彼自身によって、永遠において考え出された、彼自身のアイデアのシミュレーションでしか無いと学んだ時、すると彼は内的な考える事のエクスタシー(良い意味での有頂天)を知ります。

歳と「死」は、若さと生命と共に変化している時系列/継続でしかありません。

運動のこれらの対峙している2つの効果は、一緒に生まれますが、それぞれは生命の波(エネルギー/波)に沿って、異なった方向に旅/移動します。それらは、一つの継続的な生命の派生が終わり、そしてその退化/分解が始まる成熟においてお互いと交差し、時間、空間、そして運動を通ったもう一つの旅のための、もう一つの圧倒性の変化において、退化/分解が終わり、再派生/繁殖が始まる、永遠の生命の慣性の平面において、再び出会います。

「死」は存在しません。

暗闇は存在しません。

この光の宇宙には、生命しか存在しません。

神は生命です。

神は光です。

神は存在する全てです。

人が、神の力を、自然の外側、そして彼自身の外側に求める限り、彼が、彼の早期の遺産である個人的な神を恐れ平伏す限り、彼は彼自身のイメージする事の奴隷であり続けるでしょう。

宇宙的な力はマインドであり、そして人とその他全てはマインドであると知る事は、内的な考える事のエクスタシーと共に、人を鼓舞する事です。

神の力は、光の宇宙的な言語において内的に考えている、鼓舞された人に語り、それは人々が理解する事を熱望した時に、全ての人々が理解するでしょう。

(今まで)少数しかいませんでしたが、無数の人々が内的な考える事の光を知るでしょう。

ブッダである、ゴータマは、後にモハメッドがそれを知った様に、多少それを知っていました。

アブラハムは少々、それをヴィジョン化しました。

ヤコブはその光をよりはっきりと知りました。Sheknahの象徴は、彼のエクスタシー的なヴィジョン化です。

モーゼスは、内的に考える事のエクスタシーをよりはっきりとした鮮明さで知っていました。

アブラハムは、ヤコブの中で再び生き、そしてモーゼスの中で、そして再びデーヴィッドの中で生きました。

デーヴィッドと、彼の創始的な日々の預言者達はより更に鮮明にその光を知っていて、これから来る者達が、進化していてそして退化している物事の音的な法則を、彼等が知れる様に、7つの光(ドレミファソラシ)の象徴を残しました。

デーヴィッドはイエスの中に再び生きました。

ナザラスのイエスは、その全体性の全てにおいて、光の宇宙的な言語を知っていました。

彼は、それまで人が知った以上に、内的な考える事のエクスタシーを知っていました。

彼は、それ以前、またはそれ以後の誰もが知っていた以上に、原子の構造を知っていました。

イエスは全ての物事の宇宙/統一性、全ての物事の一つ性(One-ness)を知っていました。彼はその知識を、彼のとても必要とされた兄弟的な愛として、当時の鈍い知性で、野蛮で、みだらで、愛の無い世界に与えました。彼は再びジョンの中、そしてポールの中、そしてプロティヌスの中で生き、そして宇宙/統一的な考える事の光を知っていた、これ等全てのメッセンジャーの中で生きました。

イエスの時代、人は、彼(神)の素晴らしい教えの完全性のために準備が出来ていませんでした。

人は未だ新しすぎました。彼は未だに、彼の知性の醗酵成熟の途中で、好意的な統治のために、彼が訴える事の出来る、伝統的な復讐する神を、未だ求めていました。

イエスは人に、全時代の一つの大いなるメッセージを与えました。イエスは、その統治からは訴えが無い、公平な愛の宇宙/統一的な白い光における、全ての物事の宇宙/統一性を教えました。ですが本の極少数が理解する事が出来ました。

今日、世界は準備万端で、彼のメッセージの完了を意欲的に待ちます。

イエスが、「私は未だに貴方に多くの事を伝えたいですが、貴方は今、それを理解する事は出来ません、」と言った時、彼は宇宙的な力の、彼の完全な知識に言及していました。

ジョンの書の第16章に記録された様に、真実の魂が「全ての真実へと貴方を導く」そして「彼はこれから来る事を貴方に見せる」と、彼が更に約束した時、彼は、進化している人が、彼の不完結なメッセージを、時々、「受け入れる」(理解する)事が出来る事のよる完了を預言しました。

純潔な光の点灯は、イエスの中において完全でした。

人への彼のメッセージを完結させる光のメッセンジャーは、彼の言葉:「聖父が持つ全ての物事は私の物で:故に私の物を彼は取り、そして貴方に与えます。」からの光の下で、彼のアノイント(オイルを塗る儀式/メシア/王)の完全性を理解するでしょう。

イエスは、彼の時代に十分に人に与え、賢明にも、後世に与えるべきものを与えないでおきました。

此処で光から翻訳されたものと、これから来るものは、今夜明けている人の日々のためのものです。

宇宙/統一的な考える事の光を知る事を望む全ての者は、彼等の内的なマインドの中から、原因/目的の光を思い出すのに十分に、原因/目的の効果を彼等が理解した時に、唯一それを知る事が出来るでしょう。

人にその日が来た時、すると人はこう知るでしょう:

そうある全ては、そうあるその他全てのもので無ければ成りません。

それ自体が唯一のものはありません。


宇宙において、何かの2つ、2つの実質、2つのマインド、または2つの存在は、ある事が出来ません。

全ての物事は宇宙/統一的です。

一つです。

<図表:253ページ、創造している宇宙は一つから現れ、そして一つへと消滅します。>

<完>



統一/宇宙的一つ:第二巻:第二十七章

The Universal One
統一/宇宙的一つ:第二巻
An exact science of the One visible and invisible universe of Mind and the registration of all idea of thinking Mind in light, which is matter and also energy
一つの眼に見える、そして見えないマインドの宇宙の正確な科学と、物質であり、またエネルギーでもある、光の中の考えるマインドの全てのアイデアの記載
Walter Russell
ウォルター・ラッセル著

第二巻

第二十七章:
Expressions of Gravitation and Radiation
重力と放射の表現
Tone-The Seventeenth Dimension
音 - 第17の次元 


Pdfヴューアー263ページ、本文247ページより:

音(tone/音程)は、私達が音(sound)と言う言葉の意味と理解する感覚において、重要な次元の一つです。

トーンは、色、平面、温度、そしてその他の次元と同様に、サウンドにおいて記録されます。

エネルギー(光/波)の全ての表現は、それ自体の色、平面、または温度の度合を持つように、それ自体の独自のトーン(音程)的なサウンド(音)を持ちます。

音は一般的に、空気の中で起こる振動の結果であると考えられます。「空間(宇宙)のエーテル」は通常、無音と考えられます。この概念は、運動の法則に沿っていません。

音は始まりからで、そして正に最初の音階(octave)からです。

効能(potential)がどれだけ高いか低いかは問題では無く、全ての運動的そして反射運動的な振動は、音によって追随されます。

音は、効能が蓄積する際に、共振(レゾナンス)を増大させます。運動の効果の両方は、同じ原因によるもので、最初の音階から第十音階への、蓄積されたエネルギーの派生と、その慣性(不活性)への放射です。

運動の全ての状態は、それらがその他の次元においてそれら事態を記録するのと同じ周期性で、音の対極において後的にそれら自体を記録します。

全ての音は、効能が効能に対して衝突する、または効能から分離する事によって原因されます。

全ての音は、蓄積の爆発、またはエネルギーの分配の結果です。

全ての派生的な運動と、全ての放射的な反射運動は、爆発です。

全ての爆発は、派生運動的、または放射運動的のどちらかです。

派生運動的な爆発は、それにおいて2つの対峙している効能が、暴力的にお互いを求めるものです。その様な爆発は、重力的です。それらは求心力的な力から生まれ、そしてそれらは、物質の引き寄せ合う様に現れる力によるものです。

派生運動的な爆発は、形状している質量(mass)へと小体を引き寄せます。これらは、その方法によって質量が蓄積される爆発です。

派生運動的な爆発は、吸熱的、または熱吸収的です。

放射運動的な爆発は、高い効能が、より低い効能へと、暴力性と共にディスチャージ(解放/放電)するものです。その様な爆発は放射的です。それらは遠心力的な力の生まれで、それらは物質の反発する様に現れる力によるものです。

放射運動的な爆発は、質量から小体的な放散を放出します。これらは、その方法によって、蓄積された質量が再分配される、拡張している質量の爆発です。

放射運動的な爆発は、放熱的、または熱放出的です。

派生運動的な爆発は、プラスのチャージ(蓄積/蓄電)の質量を蓄積しよとする意欲によって原因されます。

放射運動的な爆発は、慣性の状態へと、蓄積された質量の、蓄えられたエネルギーを再分配しようと望む、マイナスのディスチャージによって原因されます。

連続/継続における派生運動的そして放射運動的は、ポンプの吸引と吐き出しの類推です。

一つまたはもう一つのその圧倒性は、質量の形成または質量の分解の、前提的な状態です。

進化していて退化している質量を、同時的に融合しそして分解する、変化している爆発的な振動は、これ等の音の原因に成る、運動と反射運動の、効能的な位置に沿って、より大きいまたはより小さい音の原因に成ります。

丁度、全ての運動が波において表現される様に、全ての波はそれらの様々な次元において記録されます。

全ての運動の状態は、次元として測量可能です。

音(サウンド)は一つの次元です。

音は次元なので、故に、測量可能です。

最初の6音階の低い効能的な位置における爆発は、全音(full tones)としてその要素の中で記録されます。音のそれぞれの全音は、中心的な中核、または渦巻の周りに形状された渦巻きで、それに向かって、爆発の効果によって誘導された派生的なエネルギーは増大している暴力性と共に猛進し、そしてそれから離れる様にその爆発への反射運動は、減少している暴力性と共に猛進します。

エネルギーが、第六と第七の音階の高い効能的な位置に蓄積する時、その音的な爆発は、慣性における0=の位置から、それらの音階の波における3+と3-の位置まで、全音として起こります。

これ等の地点において、派生運動的そして放射運動的な力の蓄積はとても大きく、5つの中音(mid-tone)的な渦巻きが、これ等の位置と波の倍音(over-tone)の間に形成されます。これらの中音的な渦巻きはそれぞれの音階への10の新たな要素のための土台で、そのうちの5つはプラスで、そしてその他の5つはマイナスです。

更により高い効能的な位置である、第8、第9、そして第10音階において、更により多くの要素の土台を形成する、より多くの中音的な渦巻きが現れ、それぞれの音階におけるその半分はプラスで、もう半分はマイナスです。

は、どれだけ高かろうと、低かろうと、全ての効能(potential)の爆発から派生します。これ以上に、派生運動的、または放射運動的な爆発の両方からの音は、源泉の音階(octave)よりも、より低く、そしてより高くの両方の全ての音階において、それら自体を記録/登録します。

親しみのある例のために、私達は、それがより低い効能から派生された、より高い効能である事実のために、派生運動的な爆発である人の声の音を考えてみましょう。

この音に生を与える爆発の連続は、より低い音階において放射運動的に成り、私達が空気と定義する効能の状態において、それがそれに対して衝撃する、より低い効能へと、蓄積されたエネルギー(光/波)を再分配します。その音はゆっくりと放射しますが、より低い音階の効能へのそのディスチャージ(解放/放電)は、その同じ音が空気を通って谷を渡る間に、この惑星の周りを数回旅/移動します。

対照的に、崖に対するその衝撃は、より高い音階の、より高い効能において、その進歩を歪めますが、その音はそのサイクル(周期)の終わりまで続きます。その崖の側面は、それに対するエネルギーの衝撃/衝突のために、プラスのチャージ(蓄積/蓄電)を経験します。

丁度、私達が、私達の鼓膜に対するエネルギーの衝撃によって、聴覚を通して派生運動的なエネルギーの爆発を聞く事が出来る様に、より低い効能の爆発は、繊細な道具(鼓膜)と共に再派生/繁殖され、ですからそれらのより高い音階への再派生は、それらを私達の聴覚では聞き取り不能にします。

放射運動的な放出の爆撃は、今でさえ拡大/増大され、ですからそれらは聞かれる事が出来ます。熟練したメカニックは、温度の数百万単位さえ記録するための道具を開発した様に、低い効能の爆発が拡大され測量される様に、とても繊細な道具を開発しなければなりません。

覚えておかれなければならないのは、全ての爆発が音階の上下の両方の方向に旅/移動するのは、一致している反射運動無しで運動が存在出来ないため、または両方の繰り返し無しで運動の反射運動が存在出来ないためです。

これは再産出/繁殖の宇宙で、運動のあらゆる効果は、運動の全ての効果の全音域を行きます。慣性(不活性)から逃れて行っている力は、慣性へ戻って行っている力の速度と同等です。一つ(?)の速度はとても大きく、そしてその力はとても小さいです。対照的に、その他の力はとても大きく、そしてその速度はとても小さいです。

重力の引き寄せ合いと、放射の反発に、音の様々な関係を比較する目的のために、その音がそれ自体を見つける効能に沿って、あらゆる音がそれ自体を再産出/繁殖する、異なった速度を指摘する事が必要に成ります。

丁度、高い効能が、再産出/繁殖の増大し続ける速度と供の低い効能へとディスチャージする様に、音はその音を象愛させ、そしてその再産出/繁殖的な速度を増大させます。それはまた、効能的な力としての、その波の次元を減少させます。

丁度、自然の機械的な原則が、繰り返される再派生無し使用される、あらゆる蓄積されたエネルギーのディスチャージを許す事によって、エネルギーの無駄遣いを許さない様に、徐々で継続/連続的なディスチャージと再チャージは、力の次元として、減少し続ける音の強さと増大し続ける速度において記録されなければなりません。

あらゆる質量(mass)において、音階がより低ければ、効能はより高く、そして運動のあらゆる効果の再産出/繁殖の速度はより遅く成ります。

あらゆる質量において、音階がより高ければ、効能はより低く、そして運動のあらゆる効果の再産出の速度はより大きく成ります。

あらゆる質量において、音階がより低ければ、波の次元はより大きく成り、そして音におけるその音的な記録はより低く成ります。

あらゆる質量において、音階がより高ければ、波の次元はより小さく成り、そして音におけるその音的な記録はより高く成ります。


低い効能の放射運動的な爆発は、電気的にプラスの力の派生運動へと拡大され再派生される事が出来ます。

音的な位置の測量が可能にされ、そして平面、色、温度、そしてその他の次元に相互関連された時、今日より、より高度でより複雑な化学的な分析が可能に成るでしょう。

小麦の粒の単純で近代的な化学的分析は、人が同じ実質(substance)を産出する事を許す統合/合成を許しません。小麦の粒へと入る(関係している)次元の全てのより複雑な化学的分析は、その特徴の全てでさえを保つその実質を、正確に再産出/繁殖する事を可能にするでしょう(i.e.遺伝子操作)。

もし上に記された前提が正しくその事実が本当なら、派生運動と放射運動的な爆発を産出する運動の状態は、物質の引き寄せ合いと反発に現れる力に、何らかの方法で関わっていなければないと、必然的につづかなければなりません。

もし変化している効能が、引き寄せ合いと反発に現れる変化している力を有するなら、私達が反発と呼ぶ力は、必然的に変化可能で比較/相対的な力で無ければ成りません。この力の変化可能性と相対性は、その力も比較/相対的な効能的な位置に頼る事が出来なければなりません。

もしこれらの前提が正しいなら、重力と放射の法則を書くにおいて、第17の次元は考慮されなければなりません。

物質に帰属する様に見える引き寄せ合いと反発の性質は、それらが唯一運動に帰属するので、物質に関しては単なる幻想でしかないと、必然的に続かなければなりません。

<図表:249ページ、ド1+、レ1-、ミ2-、ファ3-、ソ4++、ラ3+、シ2+、ド1+>

統一/宇宙的一つ:第二巻:第二十六章

The Universal One
統一/宇宙的一つ:第二巻
An exact science of the One visible and invisible universe of Mind and the registration of all idea of thinking Mind in light, which is matter and also energy
一つの眼に見える、そして見えないマインドの宇宙の正確な科学と、物質であり、またエネルギーでもある、光の中の考えるマインドの全てのアイデアの記載
Walter Russell
ウォルター・ラッセル著

第二巻

第二十六章:
Expressions of Gravitation and Radiation
重力と放射の表現
Valency-The Eleventh Dimension
原子価/イオン価 - 第十一の次元


ゾディアック


原子価/イオン価は、それらの比較/相対的で音的な圧力の強さによって、運動の状態が測量される大いなる次元の一つです。

「原子価」と言う用語は、丁度1日が自転の基準的な単位で、1年が公転の基準的な単位である様に、音的な関連の基準的な単位です。

原子価は、様々な要素/元素的なに関した、お互いに統合しようとする、それらの意欲または非意欲を分類するために、化学者達によって使用される測量です。

要素/元素の幾らかは、特定のその他と共に統合する事をとても望む間、その他の要素の幾つかは、説得と共にノミ、統合する事に同意する事を化学者達は見つけました。

彼等が見つけたのは、例えば、一つのナトリウムの原子(1+)は、一つの塩素(1-)と意欲的に結合する事です。これらの2つの要素/元素の原子価/イオン価は、前者がプラスの運動で、後者がマイナスの反射運動で、両方が1の原子価を持つと言われます。

ナトリウムの原子(1+)は、2の原子価を有する硫黄の原子(2-)とは、より低度に意欲的(非意欲的)です。ナトリウムと統合しようとする、増大的な非意欲性は、3の原子価を有する亜リン酸(3-)に見つけられます。

炭素(4++)は、1の原子価を有するあらゆる要素と共に統合されるために、大きな圧力の下で強要されなければならず、それぞれの件において、原始の数はその原子価に同等化されなければなりません。炭素(4++)は、例えば、統合を誘導するために、水素(1+)の4つの原子と、アーク(電弧)の光の高い温度の圧力を要求します。

化学者達の実技的な経験から自明なのは、要素/元素は、質量(mass)に対して質量、量(volume)に対して量において、お互いからの引き寄せ合いの同等の力を有さないと言う事です。

もし現在理解されている重力の法則に間違いが無いなら、要素における原子価は考えられません(ありえません)。

もし一つの質量がもう一つを引き寄せる能力が、比較的な距離とそれらの質量の産出によってのみ状態化されるなら、すると水素(1+)と酸素(2-)の同等の質量は、水素(1+)とフッ素(1-)の同等の質量と同じ程、躊躇なくお互いを引き寄せ合うでしょう。

これがそうではないのは、しかしながら、酸素との統合を誘導するためには、2倍の量の水素と異常な圧力が使用されなければ無い為です。

対照的に、水素とフッ素は、常温において、爆発的な乱暴性で一所に飛び跳ね(合い)ます。

同等の原子価のあらゆるプラスとマイナスの要素が、より高い原子価の要素と共に、これ等の要素が統合するより、より簡単に統合するのは、受け入れられている事実です。

もしこれが事実なら、現在の受け入れられている重力の法則は、真実ではありません。

全ての要素の原子価は、閉じ込められた効能(potential)のフォーミュラに従うと観測されるでしょう。慣性(不活性)的なガスがゼロ原子価を有するのは、それらは調合物としてでは無く、相互ロックした実質(substances)として統合するけれど、それらがあらゆるその他の要素と統合し無い為です。

より低い効能の慣性的なガスは、より高い効能の慣性的なガスの中で融合されます。

リチウムの線(元素表グループ)の全ての要素は1+の原子価を有します。それらの引き寄せ合いの力の圧倒性は、それらのそれぞれの音階(octave)の波のエネルギー(光/波)の8分の1の関連です。

ベリリウムの線の全ての要素は2の原子価を有します。それらの引き寄せ合いの力の圧倒性は、それらのそれぞれの音階の波のエネルギーの8分の2の関連です。

ボロンの線の全ての要素は3+の原子価を有します。それらの引き寄せ合いの力の圧倒性は、それらそれぞれの音階の波のエネルギーの8分の3の関連です。

炭素の線の全ての要素は4のプラス-マイナス、または両性的な原子価を有します。それらのほぼ同等の引き寄せ合いと反発の力は、それらのそれぞれの音階の波における、その他の要素のエネルギーの、4対3,4対2、そして4対1の関連です。

窒素の線の全ての要素は3-の原子価を有します。それらの反発する力の圧倒性は、それらそれぞれの音階の波のエネルギーの8分の3の関連です。

酸素の線の全ての要素は2-の原子価を有します。それらの反発する力の圧倒性は、それらそれぞれの音階の波のエネルギーの8分の2の関連です。

フッ素の線の要素は1-の原子価を有します。それらの反発の力の圧倒性は、それらそれぞれの音階の波のエネルギーの8分の1の関連です。

その中音(mid-tone)は変化している原子価ですが、頭に入れておかなければならないのは、中音は分離された音で、中音の数がより大きければ、それらの合計的な原子価はより大きく、プラスのチャージ(蓄積/蓄電)とマイナスのディスチャージ(解放/放電)の削減(引き算)によって、それらの波の倍音(over-tone)はより影響されます。

炭素は、真に同等なプラスとマイナスの原子価の唯一の倍音です。炭素の線のその他全ての要素は圧倒的にプラスかマイナスのどちらかです。

原子価の測量の基準的な単位を採用するにおいて、物理学者達は、水素の元素を1つの単位とする事から、彼等の計算の基礎としました。これはピアノの鍵盤の一つの音を、それが1フラット、3フラット、または5シャープのキー(音程)であれ、全ての音階(ドレミファソラシ)のキー(鍵)の音として採用するのと同じです。音楽的な音において、それぞれの音階がそのキーの音を有し、それがその音階全体に関連した定義的な音である様に、化学においても要素のそれぞれの音階は、それ自体のキーの音を有します。

黄道


水素(401+)は、第四音階の原子価の測量の単位として唯一、応用されるべきです。

リチウム(501+)は第五音階のため、ナトリウム(601+)は第六音階のため、ポタシウム(701+)は第七音階のため、ルビジウム(801+)は第八音階のため、セシウム(901+)は第九音階のため、そしてラジウムに前行する知られざる要素(1001+)は第十音階のためです。

原子価の測量の基準的な単位が、真の音的な関係に一致する様に変化させられた時、原始かはもっと正確に計算されますが、一つの要素が全ての音階の全ての音のための定位数単位(unit constant)またはキーの音として成る様に強制される間、原子価の計算間違いは、鍵盤上の同様な音的な計算が非調和的である様に、不均整に成ります。

もし異なった原子価の要素が、引き寄せ合いと反発に現れる異なった力を有するなら、すると原子価、第11の次元は、重力と放射の法則を書くにおいて考慮されなければなりません。

統一/宇宙的一つ:第二巻:第二十五章

The Universal One
統一/宇宙的一つ:第二巻
An exact science of the One visible and invisible universe of Mind and the registration of all idea of thinking Mind in light, which is matter and also energy
一つの眼に見える、そして見えないマインドの宇宙の正確な科学と、物質であり、またエネルギーでもある、光の中の考えるマインドの全てのアイデアの記載
Walter Russell
ウォルター・ラッセル著

第二巻

第二十五章:
Expressions of Gravitation and Radiation
重力と放射の表現
Ionization-The Ninth Dimension
イオン化-第九の次元


(ニュートロン&プロトン=イオン/イオン&エレクトロン=プラズマ)

全ての質量(mass)は、システムの中へ、そしてシステムの中のシステムへと招集された光単位(light units)の集合です。

全ての質量は、それ自体による内的な表面張力の圧力によって一緒に保たれます。

低い圧力と効能(potential)のゾーンへともたらされた、高い圧力と効能のあらゆる質量は、それが構成されている光単位を素早く失います。

高い圧力と効能の質量を囲む、極度に低い圧力と効能の環境は、その質量の内的な表面張力の圧力を派生させる能力を減少させます。

その様な状態の下で、高い効能の質量は拡張し、故にその粒子を分離させます。それらは内的な表面張力の圧力の緊張における成り行き/結果的な減少に沿った、多かれ少なかれ乱暴性と共に、それらの質量から飛んで離れます。

この効果は、自然の、均整を保とうとする試みです。

場違いな高い効能は、それがそれ自体を見つける場所に、それ自体を調節しなければなりません。

この粒子の分離は、反発の電磁的な力による放射的な行程です。

お互いから離れて行っている体は、お互いにディスチャージ(解放/放電)する事が思い出されるでしょう。

ディスチャージしている体は、それらの高い効能を、より低い効能へとディスチャージし、故に蓄積された質量を再分配する事が思い出されるでしょう。忘れてはいけないのは、しかしながら、ディスチャージしている体は単に、そのディスチャージする能力において圧倒的なだけだと言う事です。それはまた、より低い度合において、チャージ(蓄積/蓄電)している体です。

ディスチャージしている体は、それらの高い効能をディスチャージしている間、派生の求心力的な力によって、より低い効能から高い効能を同時的に蓄積しています。

<図表:241ページ、質量は、その効能的な位置の圧力によって、一緒/一つに保たれます。濃密な質量は、低い圧力の環境に置かれた時、その単位へと分解/分裂します。>

低い圧力と効能のあらゆる質量は、高い圧力と効能へともたらされると、その新たな効能的な位置に置いて、よりゆっくり、その構成されている光単位を失います。

質量は緊縮するので、故にその光単位とシステムを、より近く/親密に一所に引き寄せます。

この粒子の緊縮は、引き寄せ合い派生的な行程です。

お互いに接近している体は、お互いにチャージし合う事が思い出されるでしょう。

より高い効能のチャージしている体は、より低い効能のディスチャージしている体を再派生/繁殖させます。これは質量の蓄積の行程です。

蓄積している質量は圧倒的に重力的なので、それが蓄積する際に、その内的な表面張力の圧力を増大させ、そして故にその粒子をあまり失いません。

運動によって表現されたこの次元の宇宙は、変化している圧力の小体的な宇宙です。

形状の現れを構成するその小体は、それらが派生的に強い時に、その他の小体のより近くへとそれら自体をポンプし、それらの派生的な能力が緩むと、その他の小体からそれら自体が離れる様にポンプする、小さいポンプです。

一つの実質(substance)の小体の全ては、私達が物質の要素と呼ぶ、効能の様々な状態へと、それら自体をポンプします。

化学者達は、これらの小体的な小さなポンプをイオン(プロトン&ニュートロン)と呼びます。

化学者達が、何らかの実質を、その正しい効能的な位置から、遥かに離れた位置でそれを効能の緊張の対象にした時、その表面のイオンは吸引/引っ張りに耐え切れず、その表面のイオンはそれらの張力を失い飛び離れます。

化学者達は、この効果をイオン化と呼びます。

例えば私達は、硝酸の様なとても低い効能の吸引へと対象にされた銀(803-D)の欠片を考えてみましょう。

その銀の欠片は徐々に消滅します。

その表面のイオンは、爆発的な乱暴さで飛び離れ、故により低い周囲の効能を上昇させます。

その硝酸は、銀のイオン的なディスチャージの衝撃と共に、そして吸収によってチャージされる際に、そのイオン化の行程は減少します。

もし銀を完全にイオン化するに十分な硝酸があるなら、凝集性の固体としての消滅へと、銀のイオンは拡張します。

この出来事において、銀の質量の派生的な能力は、故に操作へと置かれた遠心力の解きほどく力によって完全に圧倒されます。

もし銀よりも低い効能の何らかの金属、例えば銅がこの液体に入れられると、銀は再び現れ、銅が消滅します。

これへの理由はとても単純です。

銅のイオンは、銀のイオンより、より低い効能なので、銀よりも、凝集性の固体の位置に置いてそれら自体を保つ能力に劣るからです。

それらは故に、より低い効能の拡張している力に、より簡単に屈します。

遠心力の解きほどく力に対する抵抗の緊張は、故に銀のイオンから解かれ、そしてそれらの結晶化の位置へと再形成する事が許されますが、銀の固体の塊としてではありません。

固体の実質は、より低い効能的な位置へと、対象にされる事によってイオン化した時、もし再派生/繁殖させられたとしても、より低い効能的な位置にある間、固体として再び一緒/一つには成りません。

同じ内的な表面の圧力と、同じ凝縮性の力の、銀の固体の質量として再形成するためには、元々の密度の原因と成った、高い効能の圧力へと、そのクリスタル/結晶は再対象にされなければなりません。

これは、その結晶をそれらの溶解点までもたらし、そしてその様な圧力の下でそれらのシステムを再融合する事をそれらに許す事のみで唯一成されます。

<図表:243ページ、運動の全ての効果は、閉じ込められた効能のフォーミュラの秩序性に従います。イオン化は運動の効果の分解で、そしてその分解の比率は、統一性の直接においてで、融合の比率はその真逆においてです。>

ナトリウムの様な低い効能(potential)の金属は、水の中において乱暴にイオン化しますが、アルミニウムまたはニッケルの様な高い効能の金属は、水によって殆ど影響されません。

イオン化(i.e.原子のエレクトロンからの、プロトンとニュートロンの分離)は、丁度放射運動の分解の行程の様に、分解の行程です。

運動のこれらの効果の両方は、蓄積された高い効能を、より低い効能へと再分配しようとする、自然の試みです。

この惑星は、例えば、太陽と内側の惑星、水星と金星からエネルギー(光/波)を派生している間、そのシステムの接線的(tangental)な圧力の小道(lane)に沿って増大的に火星の方向に向かって、放射運動のディスチャージ(解放/放電)を放散しています。

大体がその正しい効能的な位置である、惑星からのこの効能のディスチャージを、放射的な公かと定義するのが正しいのは、それが通常派生しているのが、それが通常ディスチャージしているものであるためです。

もし、しかしながら、何らかの巨大な手が地球を、その効能的な位置から、遠くの土星によって定位置される、低い圧力の位置へと移動させられれば、例えば、地球は(一時的に、爆発しなかったと仮定すると)その効能をとても激しくディスチャージするので、その行程はすると「イオン化」と定義されるかも知れません。それはその粒子を、その様な雲の中で失っているので、強い酸性の液体の中に入れられた柔らかい金属の欠片にとても類推的です。

その様な状況下で起こる事の良い例は、それらの方向が太陽に向かってか離れてかに沿って、それらの直後、またはそれらの直前に、イオン化された物質の尻尾を残す彗星に見られます。

彗星からの尻尾の放散が、正しくは放射運動的な放散と呼ばれる事が出来ないのは、何故ならその行程が、私達がイオン化と呼ぶ化学的な反応に、より近く類推的だからです。

イオン化は、故に、高い効能が、とてももっと低い効能の環境に置かれる行程で、そして故により速く分解の対象にされると理解出来ます。

イオン化の行程は、拡張の南方のゾーンへの、回帰における平面における、素早く異常(abnormal)な回帰です。

イオン化は、電気(エレクトロン)が外された(displaced)異常な再配置(replacement)です。

放射運動は、対照的に、電気が派生運動的に外されている(displacing)普通の再配置です。

全ての実質(substance)は放射運動的です。

全ての実質はイオンを放散しています。

イオンを派生させる普通の能力に沿った、放射運動の放散の普通の流出は、放射運動の効果と定義出来ます。

ラジウムの欠片は、例えば、その求心力的な渦巻きへと、より低い効能のイオンをポンプする事によって、より高い効能を派生させています。

より低い度合において、それはイオンを排出していて、約毎秒180,000マイルの速度で、その渦巻から遠心力的にそれらを勢いよく放出しています。

ラジウムが、この惑星に占領された効能的な位置において、慣性(不活性)的なガスの白熱の投射物の形状において、その派生されたイオンを、派生し放出するのは可能です。もしこのラジウムの欠片が、金星または水星によって占領された位置にあれば、その派生運動とその放射運動の両方は、その高い効能的な位置の環境のために、千倍に増大されます。

対照的に、もしこのラジウムの欠片が、海王星によって占領された位置にあるなら、それはイオン化による分解でとても拡張された量(volume)に成るので、その派生運動的そして放射運動的な力は、相互対応的に減少させられます。

追随する図表は、閉じ込められた効能のフォーミュラの法則に沿った、質量(mass)の凝縮性を通してそれ自体を一緒/一つに保つ比較/相対的な能力と、表面張力の圧力の開放を通してそれ自体を引き裂く能力を説明します。

全ての形状している質量において、イオン化は宇宙/統一的な比率の真逆において減少し、そして閉じ込められた効能のフォーミュラ・・・(解読不能)・・・質量が南に向かって拡張する際に直接の比率で・・・。

イオン化の効果全て、派生運動的そして放射運動的な効果の全ては、此処に繰り返される4つの圧力の法則に統治されます:

プラスのチャージがより大きければ、緊縮の圧力はより大きく成ります。

緊縮の圧力がより大きければ、その量は小さく成ります。

マイナスのディスチャージがより大きければ、拡張の圧力はより大きく成ります。

拡張の圧力がより大きければ、その量は小さく成ります。


もしイオン化と放射運動的な放散を通して実質が分解するなら、すると自然のアイデアの構築のために集められた物質の再配置のために、自然によって使われたこれらの2つの行程は、反発の力に何らかの方法で関連していなければなりません。

もし異なった状況下にある別々の実質が、イオン化または放射運動的な放出を通して、分解の比較/相対的な力を有するなら、すると反発の力は比較/相対的でなければなりません。

もし反発の力が比較/相対的で、そして実質の効能とその効能的な位置に沿っているなら、すると運動の第九次元のこれらの効果は、重力放射の法則を書くにおいて、考慮されなければなりません。


統一/宇宙的一つ:第二巻:第二十四章

The Universal One
統一/宇宙的一つ:第二巻
An exact science of the One visible and invisible universe of Mind and the registration of all idea of thinking Mind in light, which is matter and also energy
一つの眼に見える、そして見えないマインドの宇宙の正確な科学と、物質であり、またエネルギーでもある、光の中の考えるマインドの全てのアイデアの記載
Walter Russell
ウォルター・ラッセル著

第二巻

第二十四章:
Expressions of Gravitation and Radiation
重力と放射の表現
Plane and Ecliptic-The Sixteenth and Eighteenth Dimensions
平面と黄道-第16と第18の次元 


Pdfヴューアー253ページ、本文237ページより:

santoszodiac.jpg


平面/領域と黄道(ページ右のリンク参照)は、最も重要な次元の2つです。それぞれにはそれ自体が一冊の本に成る価値があります。

この章は、故に、この章の連続が主に、放射の現象への、質量(mass)の全ての次元の関連を現す目的出書かれたので、これ等の次元を簡単に扱います。

平面から質量への外向きの、そして再び慣性へ回帰する旅/移動は、無次元(non-dimension)の慣性から、4++において形状された質量の、慣性的で、両性的な位置へ、そして再び、無次元の慣性における消滅への回帰です。

無次元の宇宙は平面も質量も知りません。

次元(有元)の宇宙は、平面と質量の無限の種類を知っています。

質量の概念の慣性的な平面からの質量の進化において、平面は、質量が進化する様に、秩序的な周期性で進化します。

力のあらゆる表現における、片方によるどちらかの対極の圧倒は、圧倒された方の特徴のシミュレーションによって常に達成されると従来、書かれてきました。

質量は、運動の客観的な宇宙において平面をシミュレートする事によって、慣性の無次元の宇宙において、平面の概念を克服します。

運動が慣性を克服する行程を始めた時、形成している質量の平面は無限的に複雑です。

運動が、あらゆる特定の運動のエネルギー(光/波)の最大限へと、慣性を完全に克服した時、形状された質量のその平面は、無限的に単純です。

それは故に一つの平面で、システムにおけるそれぞれの質量の赤道です(103ページ参照)。

多くの方向の複雑性から、一つ(の方向)の単純性への、平面の進化の間、システムの形状している粒子は、多くの軌道において公転しますが、最終的に一つの平面においてそれらが公転するまで、それらの位置を変化させます。

形状された質量において一つの平面が届かれた時、派生運動的な運動はその最大限の届きます。

放射運動的な反射運動(反応)はすると、圧倒します。

質量は運動を通して安定性の現れを会得し、運動の継続によってのみその現れを保つと従来書かれて来ました。

エネルギーの全ての表現は、進化の様々な段階によって体現され、そのそれぞれは、それぞれの次元において記録/登録されます。

波の倍音の位置において、エネルギーのあらゆる表現の最大限が届かれた時、運動の一つの単純で不安定な平面は、多くの平面へのその複雑化を始めます。

星雲的で、形の無い状態における、形状している質量の開けた複雑な状態は、その中において、平面における変化のエリアが、運動の最大限の赤道的な平面に約90度で、その位置において質量は、形状として現れ消滅します。

固体で、球体的な状態における形状された質量の閉ざされた単純な状態は、その中において黄道、またはあらゆる特定的な質量を生み出す、エネルギーの表現の限度を印す赤道的な平面において、変化/種類のエリアが無いものです。

エネルギーの対峙している(三角)コーンは、赤道的な平面への拡張と、その自転の極(地軸)への緊縮によってs乗滅するとその他の場で説明されました。

これ等のコーンが緊縮し、拡張する際に、それぞれのシステムの全ての部分は、平面のエリアの、徐々に縮小し増大する拡張において形成する中核の周りを公転します。

秩序的な周期性で、全てのシステムにおいて異なるこの拡張は、私達がゾディアック的なエリアと呼ぶ効果において、私達の太陽系の中で例証されています。

私達の太陽系において、そのシステムの中の主要な質量のための黄道的な拡張のエリアは、太陽の赤道的な平面の両側の約8度です。

私達のシステムの中の全ての主要な質量は、このエリアの中でそれらの旅/移動を続けなければなりません。

このエリアを超えて、黄道的な平面を延長し、そして消滅に向かって平面のエリアを拡張する事を許されるのは、隕石や彗星の様な、もっととても小さい質量だけです。

これ等のより小さい質量(mass)と彗星は、エンジンの正確に良くフィットされた輪を通した希少なガスの重要では無い漏れに比べられるかも知れません。

それらの効能(potential)は、それらを定義されたエリアの中に留めておくには低すぎ、そして彗星は密度においてとても欠如しているので、それらのアフェリオン(遠日点)における数十万マイルの直径から、ペリヘリオン(近日点)における数百マイルまでの、それらの再派生と緊縮の能力は、私達の旋回している太陽(系)的なハリケーンの大きな広がりを通して、遊牧的な放浪者にします。

これ等の拡張された質量の、素早く変化している効能のための、真の効能的な位置のためのそれらの探求において、それらの交互の吸引と吐き出しは、死にかけている人の喘ぎの様なものです。

派生的な吸引は、低い効能の高度に拡張された効能の量(volume)を大いに緊縮させ、そして放射的な吐き出しは、それらを大いに拡張させます。

これは、彗星の凄く奇行的/独特な軌道と、隕石の様な小さい質量の、拡張された楕円的なエリアを説明します。

全ての質量は、その概念の反映でしかありません。

質量は慣性(不活性)において生まれ、そして概念の平面に対して90度の角度で、その概念の成熟したイメージとして反映されます。

概念の未熟、または「成長している」イメージは、概念における無次元の慣性的な平面における、質量の形成の始まりから、質量の赤道である、質量における最大限の次元の慣性的な平面における、質量の形成の完成まで、変化する角度の平面において記録されます。

丁度、人のアイデアが、反映された対象から90度の角度で、水面の平面に、人のイメージとして反映される様に、宇宙/統一的なアイデアの成熟された概念もまた、無次元の宇宙に90度の角度で置かれる/位置する、最大限の次元の宇宙において反映されます。

成長は、質量の赤道で繁栄している平面におけるその成熟点への移行における進化していると、慣性へ再び退化しているアイデアです。

全ての質量は、その質量の概念の反映です。

形成している質量の、反映している平面の角度が、慣性における概念の平面に対して、より大きければ、その質量のプラスのチャージとマイナスのディスチャージはより大きく成り、そして結果的に、引き寄せ合い反発として現れるその能力は、より大きく成ります。

引き寄せ合う様に現れる質量の力の圧倒性は、反映している平面が、音的な位置、1+、2+、3+を通って、その最大限、4++まで進歩する際に、増大します。

反発する様に現れる質量の力の圧倒性は、反映している平面が、1-、2-、3-、の音的な位置を通ってその最大限、4++まで進歩する際に増大します。(4--?)


物質(matter)の要素/元素と、コンビネーションにおけるエネルギー(光/波)の全ての表現は、変化している効能の運動の状態で、それらは概念の反映である、成熟に向かい超える進歩の様々な段階を体現します。

それぞれの効能は、その波(エネルギー/光)における、進化している、進化した,または退化している平面の位置を有します。

丁度、音、色、温度、またはその他の次元が、運動の状態の登録である様に、それぞれの平面は、波における効能の位置の登録でしかありません。

丁度、その圧倒しているスペクトルの線が、オレンジと黄色である、高いプラスのチャージと高い溶解点の閉じ込められた効能が、その圧倒しているスペクトルの線が、赤外線と赤である、低いプラスのチャージとより低い溶解点の閉じ込められた効能より、より大きな引き寄せ合いの力を有する様に、平面における70度+から90度++の閉じ込められた効能は、1度+から70度+までを登録するものより、より大きな引き寄せ合いの力を有します。

対照的に、丁度、それにおいて圧倒しているスペクトルの線が緑と緑-青の、高いマイナスのディスチャージと高い溶解点の、閉じ込められた効能が、その圧倒しているスペクトルの線が紫外線と青である、より低いマイナスのディスチャージとより低い溶解点の要素/元素より、より大きな反発の力を有する様に、70度ーから90度++の閉じ込められた効能は、1度ーから70度ーまでで登録されるものより、より大きな反発の力を有します。

もしそれらの音階の波において、平面のより大きな角度と、平面エリアの小さい拡張の要素が、平面の小さな角度と、平面エリアの大きな拡張の要素よりも、引き寄せ合いまたは反発として現れる、より大きな力を有するなら、すると引き寄せ合いまたは反発する質量の力は、引き寄せ合っている質量の距離と産出のみによるものでは無く、質量の平面的な位置の関係によって、部分的に常態化されていると、必然的に続かれなければなりません。

もしこれが事実なら、すると波のプラスの半分における、増大している角度の平面と、減少している平面エリアの拡張は、何らかの方法で、引き寄せ合う様に現れる質量の力に関係していなければなりません。

対照的に、波のマイナスの半分における増大している角度の平面と、減少している拡張の平面エリアは、何らかの方法で反発として現れる質量の力に関連していなければなりません。

もしこれらの前提が正しいなら、その第16の次元は、重力と放射の法則を書く事において考慮されなければなりません。

形成している質量の黄道的な平面エリアの拡張がより大きければ、質量のプラスのチャージとマイナスのディスチャージは小さく成り、そして結果的に引き寄せ合いと反発の現れるその能力は、小さく成ります。

引き寄せ合いと反発の現れる質量の力の圧倒性は、黄道的な平面エリアの拡張が減少する際に増大します(黄道については、ページ右のリンク参照)


黄道的な平面エリアが、波のプラスの半分上の炭素の線の方向において、一つの平面の中の螺旋へと緊縮する際、その波の半分の中の要素/元素は、引き寄せ合いの現れの増大し続ける力を有します。

対照的に、黄道的な平面エリアの拡張が、炭素の線から不活性(慣性)なガスの線へ増大する際に、その波のこのマイナスの半分の中の要素の反発に現れる力は減少します。

黄道的な平面エリアの拡張がより制限されていれば、その効能はより高く成ります。

対照的に、黄道的な平面エリアの拡張がより大きければ、その効能はより低く成ります。

マインドの実質の宇宙/統一的な白い光におけるその概念的な段階から、シミュレートされた実質のシミュレートされた白い光まで、そして慣性における宇宙/統一的なマインドの白い光におけるシミュレーションと現実の融合店へと超えて、それが旅する際に、平面の進化と退化を登録/記録するために、時間が必要です。

この行程の理解は、幼年期から成熟期まで、そして「死」を超えて生命が永遠で、そして時間、空間、そして運動において、終わりの無い反復の連続/継続である、成長の謎を明らかにするでしょう。

モそこれ等の前提が本当なら、するとそれらのそれぞれの音階の波のチャージしているプラスの半分に帰属する、緊縮している黄道的な平面エリアの要素は、何らかの方法で、引き寄せ合いに現れる質量の力に関連していなければなりません。

対照的に、それらそれぞれの音階の波のディスチャージしているマイナスの半分に帰属する、拡張している黄道的な平面エリアの要素は、何らかの方法で反発の現れる質量の力に関係していなければなりません。

もしこれらの前提が正しいなら、第18の次元は、重力と放射の法則を書く事において考慮されなければなりません。


統一/宇宙的一つ:第二巻:第二十三章:

The Universal One
統一/宇宙的一つ:第二巻
An exact science of the One visible and invisible universe of Mind and the registration of all idea of thinking Mind in light, which is matter and also energy
一つの眼に見える、そして見えないマインドの宇宙の正確な科学と、物質であり、またエネルギーでもある、光の中の考えるマインドの全てのアイデアの記載
Walter Russell
ウォルター・ラッセル著

第二巻

第二十三章:
Expressions of Gravitation and Radiation
重力と放射の表現
Crystallization-The Tenth Dimension
結晶化-第十の次元


Pdfヴューアー252ページ、本文236ページより:

全ての物質(matter)は結晶的です。結晶(クリスタル)は、その形状(form)が産出された効能(potential)の、運動の状態の形状における記録です。

物質の固体は、蓄積された効能でしか無く、よって故に全ての質量(mass)は変化している/様々な形状の結晶の蓄積です。結晶的な形状の種類は、効能の違い/種類によるものです。

物質は、平面において、速度-時間の次元から、熱において記録/登録される抵抗に対する、質量における力-時間の次元に変換された光(エネルギー/波)でしかないので、ですから結晶は、冷たさにおいて記録/登録されるその変換の反応の記録です。

光りは、その派生的な運動の引き寄せ合いによって一つの実質(substance)を蓄積し、そしてその効能的な位置の次元に沿った形状のアイデアへとそれを溶解するので、ですからその運動の反応(反射運動)は、その効能的な位置に帰属する、形状の現れへとそれを凝固します。

結晶は、派生の運動によって会得された効能的な位置の形状の記録です。

派生的な運動は溶解します。

放射的な反射運動(反応)は凝固します。

あらゆる要素/元素の溶解点は、その効能的な位置、その圧力の環境に帰属します。

自然は、彼女のエネルギーの経済性において、派生の努力をそれが会得した位置の記録へと凍結/凝固する事によって、彼女の派生の努力の無駄遣いを防ぎます。

結晶は、蓄積している効能の、派生運動的な努力の、形状における凝固された記録です。

全ての効能的な位置は音的です。

全ての形状は音的です。

全ての結晶的な形状は、音的な周期性の記録です。

全ての蓄積している質量は、球体(スフィアー)の単純な形状における完璧性に向かって目指しているので、ですから蓄積している質量を構成する別々の音は、立方体(キューブ)の単純な形状における完璧性に向かって目指しています。

真の立方体的な結晶化は、運動の立方体における波(光/エネルギー)の倍音(overtone)の位置においてのみ、起こる事が出来ます。

平面から質量への旅/移動は、結晶の形状化へと、届こうとする試みにおいて発達させられた、エネルギーの連続/継続的な努力の閉じ込めらる事によって記録されます。

平面から質量への旅は、より大きな熱の吸収によって、温度の次元において吸熱的に示唆される、抵抗の方向なので、ですから質量の形成への抵抗は、柔らかさから固さに範囲する、音的な周期性における結晶によって示唆されます。

ですからまた、質量融合へのこの抵抗は、無定形の複雑性から立方体の単純性に範囲する、形状の音的な周期性において、結晶的に記録されます。

ですからまた、平面への回帰の旅は、これ等の音的な周期性の反転によって記録されます。

質量の形成への抵抗は、同等で対極の、陽的と陰的の、音的な物質のプラスとマイナスによって、18の次元のそれぞれに記録され、そして結晶化はそれらの18の次元の一つなので、故に結晶的な形状の密度の種類は、効能の種類が複雑なのと同等に複雑です。

この題材のためだけの1巻が必要です。これらの章は、必然的に、これらの章のグループが書かれた一つの目的の強調に制限され、つまり、引き寄せ合うための力は、蓄積された効能としての現れへと、光のパルス(衝動/鼓動)を派生させるその力程、多様である事;また反発するための質量の力は、ディスチャージ(解放/放電)された効能としての消滅へと、光のパルスを退化/分解させるその力程、多様である事の実証です。

柔らかく、無定形の、複雑な結晶から、固く単純なものへの旅は、求心的なもので、それにおいて意図された蓄積は、多くの方向から、そして多くの平面において、その究極の渦巻きに向かって始まり、それは色において赤-青の無定形のヴァイオレットで記録し、そして色において黄色で記録する一つの方向と一つの平面において終わります。

固さから柔らかさへの回帰の旅は、一つの平面の位置の両性性から始まり、多くの方向において分離され、そして色における青-赤のヴァイオレットにおいて記録される、エネルギーの女性のコーンの根本/土台に辿り着きます。

もし結晶化している質量の、効能的な位置に沿って、重力の引き寄せ合いと放射の反発が、結晶化の固さにおける大きな違いと、形状における大きな違いの原因に成るのに十分に多様であるのが本当なら、重力と放射の法則を書く事において、第十の次元は考慮に取り入れられなければなりません。

goldenratio.jpg

統一/宇宙的一つ:第二巻:第二十二章 

The Universal One
統一/宇宙的一つ:第二巻
An exact science of the One visible and invisible universe of Mind and the registration of all idea of thinking Mind in light, which is matter and also energy
一つの眼に見える、そして見えないマインドの宇宙の正確な科学と、物質であり、またエネルギーでもある、光の中の考えるマインドの全てのアイデアの記載
Walter Russell
ウォルター・ラッセル著

第二巻

第二十二章: 
Expressions of Gravitation and Radiation
重力と放射の表現
Revolution-The Thirteenth Dimension
公転-第十三の次元


Pdfヴューアー246ページ、本文230ページより:

全ての質量(mass)は、その質量の重力的-放射的中心に成る、中核的な中心の周りを公転します。

渦巻きの周りの求心力的な力の、電気的な流れにおける、螺旋的に旋回/公転している、全ての形の無い無定形の質量は、十分に蓄積された時に、回転している球体の質量に成ります。

速い公転は、質量において蓄積へと、エネルギー(光/波)を派生している、自然の方法で、そして遅い自転は、その蓄積を蓄える、彼女の方法です。

速い自転は、質量において、エネルギーの蓄積された蓄えを、消費/浪費する自然の方法です。

速く公転している質量が、速く自転している質量に成る時、その別々の部分の比率は、それらの次元の特徴/性質において反転します。

自転はその速度を公転に与え、そして同等の交換において、公転から力を取ります。

自転は、公転から生まれた効果です。

全ての公転している質量は、渦巻き(の中心)に向かっていて、故にチャージ(蓄積/蓄電)とディスチャージ(解放/放電)の両方を増大させているか、渦巻きから離れていて、故にチャージとディスチャージの両方を減少させているかのどちらかです。

質量の公転は、慣性(不活性)的な平面の最大限の気薄差において始まり、波の倍音(overtone)における北の地点の最大限の固体性において終わります。


~~~~~~~~波


黄道


その外向きの旅/移動は、プラスのチャージの圧倒性と増大する速度と共に始まり、そして速度の停止の地点と共に終わります。

その回帰の旅/移動は、マイナスのディスチャージの圧倒性と、北の地点における質量の蓄積からの最大限の速度と共に始まり、そして慣性の平面における速度の停止と共に終わります。

惑星または光単位(light unit)であれ、全ての質量は、太陽からディスチャージし、それがその効能(potential)的な位置を見つけるまで、そしてそれから、それぞれのディスチャージされた質量が消滅へと拡張するまで、ゆっくりと拡張している螺旋において、それ(太陽)の周りを公転し、太陽から離れて行きます。

この巻/本は、リチウム、ベリリウム、ボロン、窒素、酸素、そしてフッ素の線(line)の様な、より低い効能のシステムの複雑性の全てへと入るには、必然的に短すぎます。

類推の目的のために、私達が最も親しみのある、私達自身の太陽系の効能的な位置の、この簡単な説明に留める方が、よりシンプルでしょう。

私達の太陽系は、その波において、高い効能的な位置を占領し、全ての可能性において、マンガンの要素/元素の位置に一致します。

私達の太陽系は、波のプラスの(三角)コーンの頂点の付近に建てられた、中音(mid-tone)的な圧力の壁で、炭素の線(元素表参照)の4++の位置にとても近いです。


~~~~~波
-

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後の巻/本は、その波における太陽系の大体の位置を定義する図表の連続を含むでしょう。

これ等の図表を検証する事によって、太陽的な黄道(このページ右のリンク参照)的なエリアのゾディアック(黄道12星座)的な拡張は、間違いない正確性と共に、この太陽系のその究極の北の地点への関連を示唆する事が見られる/理解されるでしょう。

このシステムの太陽は、想像にも及ばない速度で(宇宙)空間を通って速度を出していて(i.e.連星運動)、その北の究極の地点に向かうその自転の地軸は傾き続け、そしてその極の磁気的な土台/根本は、それがその目的地に近づく際に緊縮し続けます。

太陽の黄道は、傾き続け、そしてその土台/根本を、運動の立方体(キューブ)の黄道的な平面に向かって、そしてその中へと緊縮し、そしてそのエリアを太陽の赤道に一致する平面へと緊縮します。

私達の太陽系が北の地点に向かって螺旋的に速度する/向かう際に、それはそれがディスチャージした/産み出した惑星の全てを共に運びます。太陽の放射的な放散の全てと共にあるこれらの惑星は、私達の太陽系がその一部である、波のコーンの圧力の壁の一つとして太陽の周りを旋回しています。

もしその波のコーンが曲がり続けるもので無いのなら、各惑星は全て同じ平面において公転し、約16度のゾディアック的な拡張は無いでしょう。

その波の倍音における、その究極の目的地に関して、この太陽系の正確な位置が計算された時、海王星(ネプチューン)の軌道は、その測量の重要な単位の一つに成るでしょう。

海王星の軌道を磁気的な土台/根本として、そしてその軌道の中心を、頂点として仮定された高度から落とされた下げ振り糸/測鉛線(plumb line)の終わりとして、この地点に関連した太陽の位置は、私達に素晴らしい話しを伝えるでしょう。

この機能/行動が全ての惑星と共に成された時、それぞれの件において同じ仮定された高度が使われる事を常に確かにすると、私達の波の曲がっている線の方向は、間違いなく緊密に推定されるでしょう。

もし質量の公転が、慣性的な平面の南で始まり、曲げられていないコーンにおいてその外向きの旅/移動を続けるなら、軌道的な変化/種類を統治する運動の法則は、とても簡単に書かれ、理解されるでしょう。

波の変化し続けるコーン、それらの変化し続ける地軸、そしてそれらの変化し続ける磁気的な土台/根本は、音的な慣性の圧力の壁と、進化している質量の赤道的な平面においてそれらを反映させ、運動している質量に、歳差運動(ページ右リンク参照)的な軌道のそれらの複雑性と、黄道的な平面の種類の全てをを与えます。

私達は惑星の軌道が、ゆっくりと拡張している螺旋の反復的な、殆ど一致する公転で、気付く事の出来る変化をもたらすまで、数千年かかると考える代わりに、同じ次元(変化しない)継続的な反復と考える事に馴れています。

もしこのシステムの平面が、その波のコーンにおける更に南に向かった2+の効能的な位置に置かれていたら、軌道的な拡張は、短い時間の間隔でとても気付きやすかったでしょう。


私達の太陽系が位置されている様に、しかしながら、それ(太陽)がその北の地点に向かう増大し続ける圧力へとそれが急ぐ際に、太陽の速度が宇宙/統一的な比率で増大する、波(エネルギー/光)のプラスの(三角)コーンの頂点の近くで、太陽が全体のシステム(i.e.太陽系)を引きずって向かう、増大し続ける、より高い効能(potential)的な位置の、増大させられた圧力は、実質的に惑星的な軌道の延長を相殺(offset)します。

成り行き的な徐々のゾディアック(黄道12星座)的な拡張の減少もまた、惑星の軌道的な拡張を相殺する助けをします。

もし質量の公転が螺旋なら、全ての軌道は(三角)コーン的な断片/節です。

(重要:移動している太陽の周りを運動している各惑星の軌道は、必然的に螺旋状に成ります。左から右へ、平行に移動する太陽を想像し、その周りを上下に公転する、各惑星の軌道を想像してみて下さい。太陽の移動に引っ張られ、惑星の軌道は、三角コーンの輪郭に沿った螺旋状を描きます。)

もし波のコーンの中の圧力が、地平線的な方向において均等に分配されているなら、縦の方向に不均一に分配されていても、全ての軌道は実質的に真の輪に成ります。

波のコーンの彎曲は、その様な圧力の不均一な分配に結果し、軌道があるコーン的な断片/節は、圧力の種類に従う平面です。

システムの外側の惑星の減速させられた公転と、内側の惑星の加速させられた公転の理由は簡単です。

外側の惑星は、軌道においてより南側で公転し、そして内側の惑星は、軌道においてより北側で公転します。(i.e.各惑星は太陽に引っ張られているので、太陽を三角コーンの頂点(北)に例えると、水星や金星は、北に近く、木星や土星は、三角コーンの土台/根本/南に近い。)

公転の磁気的な減速は、波のコーンの南の磁気的な土台/根本に向かってです。

公転の電気的な加速は、波のコーンの北の頂点に向かってです。

高い効能的な位置において、軌道はとても強く規制されていて、質量(mass)はとても緊縮されていて、そしてその重量、特定の重力、そして密度は、とても高いです。

この効能的な状態において、それは、そのシステムの派生-放射的な中心(太陽)に、とても近い位置を占領します。

高い効能的な位置にある質量は、低い効能的な位置へと、拡張された同じ平面における、同じ質量と、同じ量の時間において、同等の軌道的なエリアをカバーしなければ/移動しなければなりません。

高い効能は故に、太陽から2倍の距離にある同じ平面における同等の質量の1公転に対して、その太陽を4公転しなければなりません。

軌道のあらゆる部分の加速させられた、または減速させられた公転は、その奇行(eccentricity)によるものです。

あらゆる質量の軌道の全ての同等のエリアは、時間の同等の間隔においてカバーされなければなりません。

ケプラーの、良く知られた運動の第二の法則は以下の様に読めます:「それぞれの惑星の半径のベクトルは、同等の時間における同等のエリアを表します、」または「惑星を太陽に繋げる直線は、時間の同等の間隔において同等のエリアを一掃します。」

水星の軌道は、そのシステムにおいて、最も奇行的(独特)です。結果的に、このシステムのその他のあらゆる惑星と比較して、その惑星がそのペリヘリオン(近日点)に接近する際により大きく比較的に加速し、アフェリオン(遠日点)に近づく際により大きく比較的に減速します。

奇行性がとても大きい彗星の内で、彗星が太陽に接近する際の加速と、そのアフェリオン(遠日点)の位置のその最大限の減速は、亀と比べられたアンテロープ(鹿)の速さになぞれられるかも知れません。

軌道の奇行性(eccentricity)

何故、水星が太陽の周りを、その様な大きな楕円で回り、何故、金星の軌道がとても完璧に近い輪七日、そして何故、それぞれの惑星の間で奇行性の種類があるのかは、簡単に説明出来ます。

北への、外側に向かう移動において、運動している全ての質量は派生的で、そして全ての派生的な質量はその軌道において加速的である事が思い出されるでしょう。

全ての軌道は、コーン的な分断/節/セクションです。

その土台/根本/ベースに平行な、コーン的なセクションは、輪です。

ベースにちょっと傾いたコーン的なセクションは、とても少ない奇行性の楕円です。

コーンのベースの、あらゆるコーン的なセクションの傾きがより大きければ、その軌道の奇行性はより大きく成ります。

<図表:233ページ、並置している圧力は、アフェリオン(遠日点)のより低い効能的な位置よりも、ペリヘリア(近日点)のより高い効能的な位置においてより大きいです。>

エネルギー(波/光)の(三角)コーンの頂点は、北の地点だと覚えておかれるでしょう。

楕円的なコーンの断片/セクションは、その表面上に2つの地点を有し、その一つは北に最も近く、そしてもう一つは北から最も遠いです。

北に最も近い地点は、エネルギーのコーンの運動している頂点により近いだけでなく、それはまた、波の線ですが、それはまたそのコーンの彎曲している地軸により近いです。

南に最も近い地点は、エネルギーのコーンの運動している頂点からより遠いだけでなく、それはまたそのk0-ンの彎曲している地軸からより遠いです。

対照的に、円形のコーン的断片/セクションの下にあるセクション/部分/断片は、南西のセクションです。

もし奇行的/独特な軌道の北東のセクションが、ペリヘリオン(近日点)が位置する軌道の部分で、そしてもし、軌道の加速が常にその近日点に向かって増大するなら、すると軌道の北東のセクションとそのペリヘリオンは、何らかの方法で、引き寄せ合う様に現れる、質量(mass)の比較/相対的な能力に関連していなければなりません。

もし奇行的な軌道の南西のセクションが、アフェリオン(遠日点)が位置する部分で、そしてもし、軌道の減速が常にその遠日点に向かって増大するなら、すると軌道の南西のセクションとそのアフェリオンは、何らかの方法で、反発する様に現れる質量の比較/対照的な能力に関連していなければなりません。

引き寄せ合いの加速は、常に軌道の近に地点に向かってで、そして反発の減速は常に遠日点に向かってです。

あらゆる質量において、全ての軌道の遠日点は、(呼吸の)吐き出しの最大限の地点で、そして吸引の始まりです。

あらゆる質量において、全ての軌道の近日点は、吸引の最大限の地点で、吐き出しの始まりです。

あらゆる質量の、一つの吐き出し-吸引の間の時間の間隔は、その質量の(1)年の基準的な単位です。


あらゆる質量の吸引のインパルス(衝動)は、吸熱的で、派生的で、そして求心力的です。

あらゆる質量の吐き出しのインパルスは、放熱的で、放射的で、そして遠心力的です。

もし奇行的な軌道の近日点が、圧倒的に熱を吸収していてへ性的な部分なら、その軌道の近日点に向かって移動している質量は、増大的に電気的にプラスであると、必然的に続かなければなりません。

もし奇行的な軌道の遠日点が、熱をディスチャージ(解放/放電)している放射的な部分なら、その軌道の遠日点に向かって移動している質量は、電気的にマイナスであると、必然的に続かれなければなりません。

もし軌道の北東のセクションのチャージング(蓄積/蓄電)とディスチャージングが、南西のセクションのものを超えるものなら、奇行的/独特な軌道を可能にする平面における変化/種類は、重力の引き寄せ合い放射の反発に関連していると、必然的に続かなければなりません。

<図表:宇宙的なコンパス>

<図表:235ページ、結晶化のチャートNo.1。閉じ込められた効能(potential)4.3.2.1,0,1.2,3.4のフォーミュラに従った結晶化の基本的な原則。>



統一/宇宙的一つ:第二巻:第二十一章

The Universal One
統一/宇宙的一つ:第二巻
An exact science of the One visible and invisible universe of Mind and the registration of all idea of thinking Mind in light, which is matter and also energy
一つの眼に見える、そして見えないマインドの宇宙の正確な科学と、物質であり、またエネルギーでもある、光の中の考えるマインドの全てのアイデアの記載
Walter Russell
ウォルター・ラッセル著

第二巻

第二十一章:
Expressions of Gravitation and Radiation
重力と放射の表現
Rotation-The Twelfth Dimension
自転-第12の次元


Pdfヴューアー234ページ、本文218ページより:

質量(mass)の自転の原因に関して、多くの論説が提示されました。質量は、それを運動へと保つ、元々の運動/保進が与えられたと、一般的に推測されます。

自転の原因は、極度に単純で、ミステリーに包まれてはいません。全ての質量は一貫的にその効能(potential)を変化させています。それは、故に、その効能が変化させられる際に、その位置を変化させなければならず、(それは)すべての効能が、次元のこの宇宙において、それ自体の場所、また配置を有するためです。

私達は基本的な法則を思い出しましょう:「派生(generate)されたものは、放射(radiate)されなければなりません。」各惑星は、それらの日中の半球上の、蟹座-山羊座の北と南(i.e.ゾディアックの時計の12時と6時の位置)で、圧倒的に派生します。

惑星は、それらの黄道的な拡張の境界線と、それらの暗い半球(夜)において、圧倒的に放射を圧倒させます。

派生発電)する事は、内側から緊縮する事を意味します。

惑星の派生的な部分は、力の螺旋的な線に対して引っ張り、そして故にその方向において運動を歪めます。

放射する事は、内側から放出、または反発し、拡張する事を意味します。

惑星の放射的な部分は、力の螺旋的な線に対して押すので、そして故に自転を加速させます。

高い効能に位置において、その高い効能を原因する対峙した圧力は、質量の表面全体の上で、より均等に分配されています。

波(エネルギー/光)の倍音(overtone)において、全ての惑星は真の球体で、その派生と放射の能力は、それぞれの惑星の全体のエリアの上で均等に分配されています。

質量の効能が減少する際に、派生させる能力は、その運動をそのチャージ(蓄積/蓄電)している極を囲むエリアに、より緊密に制限させ、そしてその赤道の方向においてその強さを減少させます。

私達の太陽が、例えば、その波の北の地点において倍音の位置に届くと、その放射運動は、その派生運動を追い越します。

i.e.

~~~~~~~~波


黄道


太陽のコロナは、すると、赤道上と同等に、(南北)極でも顕著に成ります。チャージしている極はすると、自転の極と一致します。

対照的に、太陽の派生運動は、赤道上でも極と同様に大きく成ります。黄道はすると、赤道と一致します。黄道的な拡張は無く成るでしょう。

太陽の赤道的なベルトはすると、極の地方と同等に固定され、太陽黒点は、それらが消滅するまで、赤道の平面に制限されるでしょう。

惑星の派生的な位置は、チャージしている部分です。

それは再産出/繁殖的です。

それは吸熱的です。

惑星の放射的な部分は、ディスチャージ(解放/放電)している部分です。

それは、退化/分解的です。

内側から惑星へと引き寄せられているものは、対峙している力です。その効果は、惑星から放出されている力の効果の対極です。

天体的なメカニクス(機械性)は自然の歯車が旋回し続ける様に、これ等の2つの力を使用します。

自然はこれらの2つの力を、お互いに対する方法で設定し、人はそれをもっと親密に真似るべきです。

<図表:219ページ、全ての質量はそれらの中軸上で自転し、そしてそれらの重力的な中心の周りを同じ方向に公転します。現れる対照的な効果は、位置の変化によるもののみです。>

自然は常に、彼女の力を接線(タンジェント)に対して方向づけ、そして留まる事無く続けます。

自然は、彼女の力を、その高い爆発的な、高い圧力、高い温度、そして高い効能的な位置に蓄積し、そしてそれからその粒子の最後の一つまでその分解/消滅への道どりにおいて、働きを行うまで、何度も、何度もそれを再産出/繁殖させます。

太陽系を、宇宙的な経済の例として考えてみて下さい。

太陽は、宇宙的な機械の、この特定的な原子(i.e.太陽系)の車輪を動かす、派生されたエネルギーの蓄積を体現します。

太陽は、この太陽系の蓄えられた電池です。

太陽からの爆発的な放射運動の放出は、彼女の最も近い惑星の慣性の平面に対する衝撃による、継続的な流れにおいて再産出/繁殖されます。慣性の平面からその運動は、螺旋の接線(タンジェント)的な方向において、その惑星の中から引っ張っている、再産出/繁殖的なプラスの力によって継続されています。

水星(ヘルメス)は、この力のそれが必要とするものを使い、より大きな接線的な方向に、内側からそれを放出する事によって、それを渡します。

一つ一つ、次々と、それぞれの惑星の受取り(intake)は、一つ前のもの(惑星)の再産出/繁殖させられた排気(exhaust)を吸収し、惑星から惑星に、宇宙/統一的な考える事のアイデアに形状を与える働きを行うために、原始的な爆発の全ての力が利用されるまで、増大し続ける接線の方向にそれを渡します。

無駄にされる力はありません。

太陽の排気(放出)エネルギーの全ては、圧力の壁の中に制限された、結ばれた/閉じ込められたエネルギーとして、シリンダー(筒)の頭の中の爆発の排気エネルギーと正に同様に、人の機械のシリンダーの壁の中で渡される様に、その黄道的な拡張の線に沿って渡されます。

太陽の放射は、カジュアル(気まぐれ/偶発)な方法で、(宇宙)空間へと渡されません。

それは、それ自体の、約16度の黄道(ページ右のリンク参照)的なエリアの中において、西を通って南の方向づけられます。

太陽系のものの比較として、人のメカニクス(機械性)を考えてみて下さい。

人のモーター・エンジンにおいて、それぞれの爆発の力は、働きの小さな部分を行い、蓄えられた効能(potential)が行える量を行います。

エネルギー(光/波)の大部分は、排気において無駄遣いされます。

人は、働きを行わなかった熱を、再産出/繁殖させる事を学ばなければなりません。

彼はまた、もし彼が蓄積されたエネルギーを速度へと配信する事を望むのなら、彼の蓄積された力のパルス(衝動/鼓動)を、最も抵抗が少ない方向に向かって、接線(tangent)的な継続的流れにおいて、方向づける事を学ばなければなりません。

対照的に、もし彼が力を配信する事を望むなら、彼は、より大きな抵抗の方向に、より直接、そしてより少ない接線的に、蓄積された力のパルスを方向付ける事を学ばなければなりません。

抵抗がより大きければ、力の派生もより大きく、そして速度におけるその浪費は少なく成ります。

抵抗が小さければ、力の派生もより小さく、そして速度におけるその浪費はより大きく成ります。


宇宙/統一的な機械性の原則は完璧です。それらは、それらの供給の源泉において永続的で、そしてそれらは無駄遣いではありません。エネルギーの全ての粒子は、そそ最終的な浪費/消滅の前に使われます。

人のエネルギー供給は、その供給が引き出される宇宙同様に、無限です。

人は、この惑星が自転し続ける限り、彼の働きを行うための、継続的な力(電力)供給を有せる様に、彼の機械的な原則を完璧化出来ます。

人のための永続的な運動は、彼の機械の部品の消耗と壊れのみに、制限される必要があります。

これ等の機械への推進力は無限です。

全ての質量(mass)は、丁度、全ての質量が、その地域/位置的な西から位置的な東に向かって公転する様に、位置的な西から位置的な東に向かって自転します。

<図表:237ページ、連続/継続的に構成し分解している質量によって、制圧し制圧される、重力放射の対峙している力の描写。>

地域/位置的な西は、表面の方向です。それは、太陽が沈むと現れる方向です。

地域的な東は表面の方向です。それは、太陽が昇ると現れる方向です。

宇宙/統一的な西は、北の拡張で、それはあらゆるシステムの太陽から離れ続けます。

それは、マイナスのディスチャージ(解放/放電)の、遠心力的な方向です。

それは、質量から平面へのそれらの回帰の旅において、全ての惑星がそれらの道(軌道)を螺旋的に糸を通す方向です。

宇宙/統一的な東は南の緊縮で、それは太陽に向かい続けます。

それは、プラスのチャージ(蓄積/蓄電)の、求心力的な方向です。

それは、全ての派生している光単位(light unit)が、溶解している鍋に向かう、それらの外向きの旅において、それらの道に螺旋的に糸を通す方向です。

機械的な原則を蓄積している宇宙/統一的な力は、宇宙/統一的な力の分配の原則同様に完璧です。

低い効能は、その波における最も高い効能の位置をそれが見つけるまで、再産出の力の退化/分解的力に対する圧倒性と共に、中間地点的な効能の全ての全音階を行きます。

それはその後、同じ原則の反転によって、弱まる再派生と圧倒的な退化/分解の単純な段階において回帰します。

私達は、東を通った北が、派生の方向で、そして西を通った南が退化/分解の方向である事を思い出しましょう。

プラスのチャージとして、この惑星にそれらを引き寄せる、求心的な力の線に続く事によって、再産出/繁殖されるまで、コロナの遠心的な力に続く、太陽の退化/分解的な放出を想像してみて下さい。

放射運動(i.e.放射能)的な力は、退化/分解的な力で、遠心力的であると、繰り返し言いすぎられる事は出来ません。

対照的に、派生運動的な力は、派生的な力で、求心力的です。

派生運動的な圧倒性の比率が、とても物質的に減少させられた処において、放射運動的な遠心力的な力のバランスは、比率において物質的により大きいです。遠心力的な圧倒性による回転の、風車の様な効果は、徐々に操作を得ます。

その様な位置に置いて、力は、惑星から惑星への徐々に弱まる抵抗の、接線的な方向において働かされ、それは公転において表現され、自転において表現された速度を通した、力の浪費に徐々に結果します。

221ページの付属のチャートの検証は、これをさらに鮮明にします。そのチャートを検証するにあたって、人が頭に入れておかなければならないのは、引き寄せ合いの緊縮的な力は、内側から働かせられ、結果的に自転を歪める事です。それはあたかも惑星が、それ自体の周りに螺旋的に巻かれたロープを引っ張るかのようです。

想い出されるべきは、反発の拡張的な力もまた、内側から働かされる事で、結果的に自転を加速させる事です。それはあたかも惑星が、そのシャフトが地域的な西に向けられた、プロペラの助けと共に自転しているかの様です。

惑星の自転の方向は、その地域的な方向に対しての関連において徐々に変化しますが、その宇宙/統一的な方向は決して変えません。

誕生におけるその朝の地域的な方向は、年老いた時のその地域的な夜の方向ではありません。

惑星の生命の朝において、その北のチャージしている極を通して、太陽がそれを圧倒します。その地域的な東と西は故に、私達がこの惑星において親しみのある者です。そして太陽の自転の方向は、太陽系の北に位置する観測者から見て、反時計回りです。

その惑星の成熟の真昼において、太陽はその惑星の赤道の平面において昇りそして沈みます。その地域的な東と西は故に太陽の上昇とその下降の平面です。

その惑星の夜において、その極はそれらの位置を反転させます。その地域的な東と西は故に、誕生におけるそれらの反対で、そしてその自転の方向は、同様な位置の観測者から見て時計回りです。

その全体の期間の間、遠心力の拡張している方向以外の方向に決して自転も公転もせず、それは北の拡張の方向において北から離れ続け、その西は南に繋がります。

<図表:239ページ、惑星は、派生的な圧倒性を通して生まれ、成熟へと成長し、その後、放射的な圧倒性を通して衰えそして「死に」ます。全ての形状は、同じ行程によって能われ、消滅します。>

宇宙空間における惑星の回転は、床の上に転がされたボールの回転に比べられるかも知れません。

床の高い効能(potential)の、より大きな摩擦は、そのボールの上部の表面に対して衝撃/ぶつかる、空気の低い効能の、より低い摩擦よりも、ボールの運動において、より大きな抵抗の原因になります。

宇宙空間の床に沿って転がっている/回っている惑星は、その内的な表面に対して衝撃している、より高い圧力と、その外的な表面に対して衝撃している、より低い圧力との、摩擦における違いによって、正に同じ方法で抵抗されています。

ど真ん中の打撃によって推進させられた、床を渡って転がるボールの赤道は、常にその床と接触していて、そしてそのボールの回転の地軸は、その床に常に平行です。これが何故なら、抵抗の状態が定数(constant)のままだからです。

惑星の回転の原因に成る圧力の抵抗は、その様な状態で推進された時、床とボールの類推ではありません。その抵抗は、その惑星の、太陽に向かって面している表面に対して、より大きいだけで無く、その惑星の、太陽の黄道的な平面に向かって面した半球に対してもまた、より大きいです。(黄道に関しては、ページ右のリンク参照。)

対照的に、その抵抗は太陽から遠くの半球に対してより小さく、そして太陽の黄道的な平面から遠い方において、より小さいです。

前者の状態は圧倒的に誘導(誘電)的で、そして後者は圧倒的に伝導的です。

力の運動への抵抗がより大きければ、派生運動はより大きいです。

派生運動がより大きければ、熱を吸収する質量(mass)の力はより大きいです。

力の反応への抵抗がより小さければ、放射運動はより大きいです。

放射運動がより大きければ、その熱を与える/放出する質量の力はより大きいです。


惑星、または衛星は、その赤道が、太陽、または惑星的な黄道的な平面に正確に一致する時にだけ唯一、真の回転が出来ます。

この位置に置いて、それは「英語」無しで(?)推進させられた、転がるビリヤードのボールの正確な類推です。

この位置に置いて、その回転の地軸は、そのプライマリー(主要)の赤道の平面に90度の角度です。

この位置にある時、惑星の極の磁気的な土台/根本は消滅へと緊縮し、ですからその電気的な極とその回転の地軸は一致します。

また、プライマリー(母体/太陽?)と惑星の赤道的な平面は一致します。

この位置にある時、北のその重力的な中心は、無次元の地点で、そしてその放射的な中心は、質量の直径を測る平面の中です。

この位置にある時、赤道におけるその直径は、極(地軸)の直径と同等です。

この位置は、派生が終わり、退化/分解が始まる場である、波の黄道においてのみ可能で、そしてそれらの質量のためのシステムの黄道的な集中における新たな惑星と衛星にとって、それらの若さ(前半)が終わり、老年(後半)が始まる処です。

全ての質量は、その表面のその部分の上で、放射が最大限の床に沿って転がります。

惑星に運動を与える打撃は、最大限のディスチャージ(解放/放電)の平面である、正確にその黄道の平面において、内側から撃たれます。

その打撃への抵抗は、チャージ(蓄積/蓄電)の最大限の地点である、チャージしている極において最大です。

ディスチャージの最大限の平面と、チャージの最大限の点は、惑星の生命期間の間に、一貫的に変化するので、ですから惑星は故に、そのプライマリー(太陽)に関連してその位置を一貫的に変化させなければなりません。

黄道的なエリアが拡張し、そしてそのチャージしている極がその回転の極(地軸)から引き離される際、惑星は徐々に逆様にターンします。それはすると、反対方向に回転する様に現れます。

<図表:225ページ、惑星の若さの間、その派生運動的で、求心力的な圧倒性はそれが緊縮する原因に成ります。成熟した後、その放射運動的な圧倒性は、それが拡張する原因に成ります。>

実際にそれらが、それらの球体的な形状を完璧化するまで、太陽は惑星を産み、惑星は衛星を産みます。

惑星は、太陽の赤道から数度に位置した太陽黒点から生まれます。誕生の後、それらは、それらの短い若さの間、派生を続けます。

この期間の間、質量の赤道的な平面が、太陽の赤道的な平面に一致するまで、それらの特徴的な質量のための集中地点へと、それらは近づき続けます。

あらゆる成熟した質量のための、太陽の黄道的なエリアにおける集中点は、常に太陽的な赤道の平面で、その力の中心からのその距離は、その比較/相対的な質量によります。

この位置は、若い惑星の圧倒的に派生的な期間の終わりを印し、」そしてその圧倒的に放射的な期間の始まりです。

この位置から、その新たな惑星は、それが徐々に拡張する際に、徐々に退き、そしてその親に向かったその拡張と、その後のその誕生の位置を反転させるまでの離脱の成り行き/結果として、その極(地軸)を傾けます。221ページと223ページのチャートの検証は、この明言をより鮮明にするでしょう。

惑星の1回転は、惑星の1日です。それは俺から1時間、1分、そして1秒が引き出される基準的な単位です。

基準的な単位としての地球との惑星の関連が定義された後、あらゆる惑星の1日は宇宙/統一的な比率における計算によって決定されます。

その比較的な距離、平面と公転の期間によって示唆されたあらゆる惑星の効能的な位置の知識と共に、その自転の期間はその比較的な質量として簡単に計算される事が出来ます。

距離、平面、そして公転の期間は、簡単に決定可能です。その他の次元はとても頻繁に確かめる事が不可能です。

現時点において、私達は、その表面に見える印しの復帰を観測する事によって、惑星の周期的な1日を判断出来ます。

効能(potential)的な位置を計算する能力無しで、そして宇宙/統一的な比率の法則無しで、水星(ヘルメス/マーキュリー)、金星(ヴィーナス)、天王星(ウラノス)、そして海王星(ネプチューン)の1日が、永遠に私達の正確な知識を超えるのは、これ等の惑星(の表面)には、頼る事の出来る、目に見える印しが無い為です。

セレスとエロスと言った、より小規模の惑星の回転の周期は、この法則の助けが無ければ、望みが無い程に判断不可能です。

惑星または衛星の回転の周期は、その重力的-放射的な中心に近づいた時、とても長く、その様な質量(mass)はその中心に向かって同じ表面を保ちます。

水星は、例えば、その様な近い接近性の濃密な高い効能的な圧力に、その様にはめ込まれているので、太陽に対してだけでなく、太陽的な赤道の平面における、その黄道(ページ右のリンク参照)的なエリアの集中にもまたはめ込まれて入れ、その位置に置いてそれが許す、太陽の緊縮された黄道的なエリアの圧力よりも早く回転する事が出来ません。

金星は、太陽から(水星と比較して)2倍の距離の、より低い圧力へと移動しただけでなく、太陽の赤道的な平面のとても高い圧力への、その親密な関係から、上手く逃げ出しました。

結果的に金星は、彼女の表面全体を、周期的に太陽に露出するのに十分な速さで回転(自転)しています。

地球の衛星(月)と、そして全ての可能性において、木星の2つから4つの月は、未だにそれらの重力的な中心の高い圧力に結ばれているので、それらは、それらの親(地球/木星)に向かって、一貫的にそれらの同じ顔(表面)を保つ事を余儀なくされています。

システムの外側の惑星の加速させられた自転と、内側の惑星の減速させられた自転の理由は、とても簡単です。

外側の惑星はそれらのシステムにおいて、更に南側で、そして内側の惑星は更に北側です。

自転の磁気的な加速は南に向かってで、そして平面へと繋がる増大している偏平率(oblateness)に向かってです。

自転の電気的な減速は、北に向かってで、そして質量に繋がる減少している偏平率に向かってです。

<図表:227ページ、宇宙的な時計は、形状の現れへと、固体性に向かってそれ自体(のネジ)を巻き上げ、そして形状の消滅へと星雲性に向かってそれ自体を巻き戻します。その行程は秩序的で、周期的です。>

高い効能の位置に置いて、内側からの派生運動の緊縮は、内側からのその放射運動的な爆発によって、退化/分解させられた、風車の様な推進力を歪める/弱めるのに、十分に大きいです。

低い効能の位置に置いて、派生運動的な力が物質的に減少させられた処で、放射運動的な力のバランスは比率において物質的に大きいです。遠心力的な圧倒性による回転(自転)の風車の様な効果は、結果的な加速と共に、徐々に操作を得ます。

あらゆる一つの次元の加速は、もう一つによる減速によってバランスされなければならない事が、思い出されなければなりません。

一つの惑星が、力-時間(の次元)において得るまたは失うものは、速度-時間において得るまたは失われなければなりません。

外側の惑星である、海王星、彼女の衛星、そして木星(ジュピター)と土星(サターン)の外側の衛星の幾つかは、その他の惑星とは反対の方向に回転している様に現れます。これは「レトログレードの方向」と定義されます。

惑星は決して同じ方向に回転する事を止めません。それらは、観測者としての私達に関連したそれらの位置に置いて変化するだけです。

もし人が、西から東に回転している質量の、北の極を見下げれば、それはあたかも時計の針が後ろ向きに動くように、反時計回りに回る様に現れます。

対照的に、もし人が西から東に回転している質量を、南から見上げると、それは時計回りに現れます。

私達は、様々な惑星を観測するために、宇宙(空間)における私達の位置を変える事は許されていませんが、様々な惑星はそれらの比較的な効能の位置を変化させたので、あたかも私達が位置を変えた様なのと同じ効果を産出するために十分に異なった角度において、その地軸が傾いているのを私達は見ます。

私達は殆ど直接天王星の南極を見るので、結果的にそれは正に時計回りに回転し、その4つの月は、レトログレード的に公転し、そして常に視界にあります。この位置に置いて、それらは短縮されたものえはなく、完全な輪を描きます。

私達は海王星を、その北の極が逆様に傾いた状態と共に見ます。

当然、海王星は全く反対の方向に自転する様に現れ、そして彼女の衛星は、私達の惑星のものと反対の方向に公転する様に現れます。

木星と土星の外側の衛星も丁度同じです。これらの2つの惑星は逆様にされていませんが、レトログレードの方向に自転し公転するその衛星は、それらのプライマリー(主星)の黄道的な操作あら花r過ぎたので、その効果は、それらが未だにそれらのプライマリーの近くにあり、そしてそれらのプライマリーが逆様に成ったのと同じです。

227ページの、惑星の月の軌道の進化を現す図表は、これが起こっているのを鮮明に描写するでしょう。

私達を観測者とした、レトログレードの方向に公転する、木星と土星のこれらの外側の衛星は、一つの代わりに2つの操作を有する彗星にそれらが成るまで、それらのプライマリーの操作から離れて逃れ続けます。

以下に読めるもう一つの基本的な法則を、私達は想い出しましょう:「全ての質量は、運動の対極的な効果の両方を同時的に表現し、そしてそれぞれの対極の効果は、反復的な連続/継続において累積的に圧倒的です。」

質量の回転(自転)の上のこの法則の効果を考えてみて下さい。

新たに生まれた惑星は、一定期間、増大的に派生的です。太陽に比較して小さい質量であるために、それはより素早く成熟します。

緊縮的な期間の間それは、その赤道が太陽の赤道に対して、殆ど90度に成る様に回転(自転)します。

放射的な振動は、成熟の均整に向かって蓄積するので、その赤道は徐々に太陽的な赤道の平面に一致する様に落ち着き、その回転の地軸は直立の位置に傾き、そしてチャージ(蓄積/蓄電)している極は、回転の地軸に忍び寄ります。

放射的な振動は質量のためのマイナスの圧倒性へと蓄積するので、その赤道は太陽的な赤道の平面の下のスリップし、その回転の地軸は、それらの誕生の位置の反転に向かって更に傾き、そしてチャージしている極は、その赤道に向かって、その惑星の輪郭を上下動します。

<図表:229ページ、加速と減速は、変化させられた効能的な位置と共に調和するための、時間の単位の調整です。時間は、質量の拡張と緊縮と共に、拡張し緊縮しなければなりません。>

その連続/継続におけるマイナスの圧倒性は、その効能的な位置が低下する際に、その惑星を逆様にします。

そのディスチャージ(解放/放電)している表面は、そのチャージしている表面よりもとても大きく成ります。この位置が届かれた時、その惑星は反対の道に回転する様に現れ、直接から対極で、それはレトログレードの方向と定義されます。

もしこれらの明言が事実で、そして質量の自転がその効能的な位置に沿って速度と力において変化するなら、すると第12の次元は、最初の次元と同様に、重力の法則を記述する際に、考慮されなければなりません。

もしこれらの明言が事実なら、遅い自転は重力の引き寄せ合いに関連していなければならず、プラスのチャージとして誘導的に表現された、派生運動的なエネルギーの力を通して、質量を蓄積し、そして速い自転は放射の反発に関連して無ければ成らず、それはマイナスのディスチャージとして伝導的に表現された放射運動的な力を通して質量を分配します。



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