神聖な科学
ユクテスワ・ギリ
http://en.wikipedia.org/wiki/Yukteswar_Giri
The Holy Science
神聖な科学
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Holy_Science
神聖な科学は1894年にユクテスワ・ギリによって書かれた本。その本は、聖書の文脈とウパニシャズの平行する文脈を全ての宗教の統一性を見せるために比較する。
本の目的
ユクテスワは前書きにこう書いている:
この本の目的は、全ての宗教には本質的な統合がある事を出来る限り鮮明に見せる事です。様々な信仰によって説き聞かせられる真実に違いはありません。外的・内的世界(大宇宙・小宇宙)が進化させられた方法(法則)は一つしかありません。全ての神聖な教典の目的は一つしかありません。
その本は、サンスクリットのスロカスを新約聖書の文脈、特に啓示の文脈とを比較する。
彼は前書きにこう書いている:「この本は、知識の発達の4つの段階に沿って4つの部分に分けられています。」4つの部分は:
・福音書:「・・・創造の原理的な真実を確立させる事を求め、そしてこの世界の進化と複雑・混乱化を描写します。」
・目的:「創造のリンクの中の高等動物から下等動物までの全ての生き物は - 存在、(自覚)意識、そして幸せ - と言う3つの事を手に入れる(達成する)事に熱心です。」
・手順:「・・・生命の3つの目的を達成させるための方法を扱います。」
・啓示:「・・・生命の3つの理想を達成させるために遠くまで旅した者と、彼等の目的地のとても近くまで来ている者に来る啓示を論議します。」
Yuga theory
ユーガ理論
ユクテスワの神聖な科学への前書きは、彼のユーガ・サイクルへの説明を含む。それが革命的なのは、何故なら、インドの専門家の殆どが、現在の時代をカリ・ユーガとするのに対して、彼の前提には現代がドワパラ・ユーガであるとしているからだ。彼の理論の土台になっているアイデアは、太陽は「ある星と連星を構成していて、その(太陽の)公転は地球の年でいうと、約24,000年で - 春分・秋分の点とゾディアックが後退する天文的な現象の原因になります。」この天文学的な現象への一般的な説明は歳差で、地球の地軸の“歳差運動(ブレ)”だとされる。ユクテスワの説明への研究は連星(バイナリー)研究所で行われている。
(ページ右のリンク参照。)
連星のモデル

歳差は通常、地球の地軸のブレを原因として説明されますが、ユクテスワ/連星研究所によると、歳差は太陽の公転が原因で起こる現象だと説明されます。
彼は更に明言する:
太陽にはまた、ヴァシュヌ・ナアビーと呼ばれる大いなる中央の周りを公転するもう一つの運動を持ち、それ(その中央)はバラモンの創造力の座で、宇宙的な磁気性です。ブラーマ(バラモン)は内的世界の頭脳的な徳であるダーマ(ダルマ)を統制します。公転の中にある太陽とその双子(シリウスab)が、ブラーマの座であるこの大いなる中央に最も近い距離に来ると頭脳的な徳であるダーマはより遥かに発達させられ、人は全ての事を簡単に理解出来るようになり、魂の謎さえも理解出来るようになります。(黄金時代の事)
神聖な科学の中で、ユクテスワは、私達が現在、ドワパラ・ユーガの初期にあり、それは紀元1699年頃に始まったと結論している。ユクテスワによると、これは私達が今現在ドワパラの316年(2015年)にいる事を意味する。故に私達は大いなる中央に近づいて向かっていて、紀元4099年頃にトレタ・ユーガに移行する。(古代ギリシャで言ういわゆる黄金時代に入る。)
もし私達がユーガを時計に例えると、スピリット的に最も低度な時は6時頃で、大体、紀元550年頃(注:ユクテスワ自身は紀元499年としている。)で、それはカリ・ユーガの中央で(多かれ少なかれ中世の始まりの方で)、そして最も高度な点は12時で、サトヤ・ユーガの中心で(サト=真実の意なので、文字通り真実の時代で)、または黄金時代だ。最低点から最高点に行くまでに約12,000年かかり、(太陽の公転を)一周するには約24,000年かかる。今、私達は時計の7時頃の位置にいて、1699年に始まったドワパラ・ユーガ、またはブロンズ(銅)時代を上昇(アセンション)しています。

西暦2000年 - 図を時計の面に例えると、現在は7時前後の頃の位置で、以後、その架空の時計の針は上昇して行きます。
神聖な科学からの引用
・現在(1894年)のドワパラ・サンディー時代の世界の位置は、ヒンドゥー年鑑に正しく載せられていません。天文学者と占星学者は、(クルルカ・バータの様な)カリ・ユーガの暗黒時代の特定のサンスクリットの学者の間違った注訳に導かれており、そして今、カリ・ユーガの長さは432,000年で、その内(1894年時点で)4994年、過ぎていて427,006年がまだ残っていると主張しています。何と暗い見通しでしょう!そして幸運な事にそれは正しいものではありません。
・永遠の聖父神スワミ・パランブラーマは唯一の本物のもので、サト(サトリ・真実)で、宇宙における全ての中の全てです。
神聖な科学Pdf.
http://ia600807.us.archive.org/18/items/HolyScience/45849064-Sri-Yukteswar-Giri-The-Holy-Science.pdf
「もし人が、純粋な電気的本質である神経の性質に注意を向ければ、5種類の電気が簡単に理解出来ます。5つの感覚(五感)神経のそれぞれがその特徴的で特出した機能をになっています。視神経は光を運びますが、聴覚やその他の神経の機能を果たしません。聴神経は音を運びますが、その他の神経の機能を担いません、等々です。故に宇宙的電気の5つの性質に一致する5種類の電気があるのは明らかです。」
「前述された5つの物体は、5つの電気の陰的性質ですが、融合させられると5つの形状の全般的な物質を産出します。個体、液体、火、気体、そしてエーテルです。」
53ページ
「すると全ての痛みは消滅し、そして究極の目的(真の満たし、神的気づき)は達成されます。
「解放は救いです。この解放を達成すると、人は全ての彼のトラブルから救われ、そして彼の心の全ての希望は満たされ、ですから彼の人生における究極の目的は達成されます。」
57ページ
「人の目的は不幸せからの完全なる解放です。
「一度、人が全ての痛みを、再来が可能な処の向こう側に追放していまえば、人は最高の目的を達成した事になります。
「心の究極の目的。人にとって全ての苦しみの消滅はアルサで、心の直接の目的です。これら全ての苦しみが完全に根絶され、それらの再発が不可能にされると、それはパラマルサで、究極の目的です。」
59ページ
「どう存在は現実化されるのか。人が彼自身の本当の位置と、暗闇(マヤ)のこの創造の本質に意識的になると、それ(マヤ)に対して完全なる力を所持するようになり、そして徐々に無知の全ての発達をしなくなります。このようにして、暗闇のこの創造の操作から解放され、人は彼自身が不滅で永遠に存在する本当のものであると理解します。ですからサト、自己の存在が、光に来ます(悟り)。」
「苦行は忍耐、または全ての状態においての知性的な中立性です(寒さと暑さ、痛みと快楽等々、といったマヤ(暗闇)の二元性の本質の中での平静です)。」
65ページ
「私達のトラブルを解消する者、私達の懐疑心を追い払う者、そして平和(平静)を授ける者は真の先生です。彼等は神の様な働きをします。彼等と正反対(私達に懐疑心を募らせ問題を増やす者達)は私達に害をなしますから、毒の如く避けるべきです。」
73ページ
「さて、もし私達が人の歯の形状を観察すると、私達はそれらが肉食動物のものにも、草食動物のものにも、雑食動物のものにも類似していない事を発見します。それらは、正確に、果実常食動物に似ています。道理的な推論は、故に、人は果実常食または果物を食べる動物であるという事です。」
(メモ:果物は人に利用価値のある全ての植物で構成されています。ユクテスワによって語られた果実常食のダイエットは野菜、木の実、そして穀物類を含みます。)
75ページ
「その他の食物は人にとって不自然で、そのシステムにとって非常に好ましくなく必然的に異質なもので、それらが胃に入った時に、それらは正しく同化されません。血に混ざるとそれらは排泄(器官)に蓄積し、その他の器官も正しく順応させません。それらが出口を見つけられない時、重力の法則によってそれらは組織細胞の割れ目にたまり、発酵し精神的、身体的病気の原因になり、究極的には早すぎる死になります。」
76ページ
「子供達の発育。実験がまた証明しているのは、草食主義者に自然な、非刺激性のダイエットは、殆ど例外なく、尊敬出来る程、子供達の発育に、身体的にも頭脳的にも適しています。彼等の頭脳、理解、意志、主要な能力、気質、そして一般的な性質は正しく発達します。」
89ページ
スートラ24:
心の暗闇の状態において、人は(全てについて)間違った事を思います。この状態はアヴィドヤ、無知の結果で、スードラ(最も低い社会階級の人)を産出します。彼が理解出来るのは物質的な世界の事だけです。この頭脳の状態は、カリ・ユーガ(カリの時代)、暗黒時代のサイクルの間に広く広まっています。
暗闇の心。心の状態が暗闇的な時、人は誤解します。彼はこの総合的な物質の部分を、存在における唯一の本当のもの(中身・実体)と考え、その他には何もないと考えます。しかしながら、これは真実とは真逆で、以前に(上述で)説明された様に、アヴィドヤ、無知の効果以外のものではありません。
スードラ、または従者階級。この状態において、人はスードラと呼ばれ、または従者階級と呼ばれ、それが何故なら、彼の自然の任務は、より高い社会階級に奉仕する事で、それはより高い階級の人達(先生)との交流を確保するためで、それによって彼の心に、より高い段階への準備をさせるためです。(注:良く間違って教えられているのは、インドのカースト・システムには流動性がないという事です。流動性がなくなり、社会階級が固定され、差別化が顕著になったのは、インドが大英帝国に植民地化されてからです。それ以前は、社会的流動性はあり、低い階級の人でも、学を学べば、先生に成れました。)
カリ・ユーガ、暗黒のサイクル。人のこの状態はカーと呼ばれ、そしてどんな太陽系システムでも人は一般的にこの状態のままで、この状態より進歩する力を通常奪われ、そのシステムの全体はカリ・ユーガ、暗黒のサイクルと言われます。
スートラ25,26
ブラーマ(バラモン・宇宙的意識、魂)の計画の第一段階を通り越すと、人は悟り(サト・真実)を欲するようになり、そして自然的なクシャトリア(戦士)階級に入ります。
彼は(進化的な力によって真実のために)苦悩する様に推進されます。彼はグールー(先生)を探し、そしてその神聖な教え(助言)を大切にします。故にクシャトリア(戦士階級)は、より高い理解の世界に住むのに相応しくなります。
推進された心。人が少々賢くなると、彼は物質的な創造に関連する彼の目覚めた状態でのものと、彼の夢の中での経験を比べるようになり、そして後者は単なるアイデアでしかない事を理解し、前者のもの(中身・実体)的な存在を疑い始めます。彼の心はすると、宇宙の本当の本質を学ぶように推進され、そして彼の疑いを晴らそうと苦悩し、何が真実かを決定するための証拠を探し始めます。
クシャトリア、軍事階級。この状態において、人はクシャトリア、または軍事階級と呼ばれ、そして上述された仕方の苦悩は彼の自然的な任務になり、そのパフォーマンス(やり方・理解度)によって彼は創造の本質への見識を会得し、その本当の知識を得るかも知れません。
サンドヒスサラ - 高度と低度の間。人のこのクシャトリア状態はサンドヒスサラと呼ばれ、高度と低度の中間です。この状態において人々は本当の知識のために不安になり、お互いの助けが必要になり、故に相互的な愛が、救いを得るために不可欠な原則がその心に現れます。
この愛のエネルギー的な傾向によって動機され、人は愛情をもって問題を解決する人、懐疑心を晴らす人、そして平和を彼にもたらす人と交流し、そして故にそれと反対の結果を産出する人を避け、彼はまた、神聖な人々の記述を科学的に研究します。
人がサト・グールー(悟りの先生、救い、救世主)を見つけた時。この様にして、人は本当の信仰の良さが解り、そして彼の魂的な先輩、サト・グールー、または救いとして彼のために親切に教える神の様な(人達との)交流を確保した時、神聖な人々の本当の位置を理解します。神聖な先輩達に愛情を持って続き、彼は彼の頭脳を集中させる事を学び、彼等の共通の中心、または意識、スシュムナダワラ、内的球体のドアに、彼の感覚器官を方向づけます。其処で彼は洗礼者ヨハネ(ジョン)、またはラドハの発光体を知覚し、そして神聖な音(Amen, Aum、宇宙的振動)を川の流れの様に聞き、その中で吸収される、または洗礼され、異なったロカス、または創造の球体(日、月、火、水、木、金、土といった天体)を通して、彼の神聖さ、永遠的な聖父(宇宙的意識)に向かって戻り始めます。
スートラ27
創造の世界、またはロカスは7つ(ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、etc.):ブ、ブヴァー、スワル、マハー、ジャーナ、タポ、そしてサトヤ(悟り)。(この地球、そして人の意識の”地上的”な段階はブロカと呼ばれます。)
7つのロカス。神聖なものへの道には創造の7つの球体(天体)、または段階があり、東洋(インド)の賢者達によってスワルガス、またはロカスとされ、第一章13で説明された様に、相対的な物質の球体(スフィァーは主に球体の意だが、影響範囲、領域といった意味もある)であるブロカがあり、細かい物質、または電気的性質の球体であるスワルロカがあり、磁気的極とオーラ、または電気(複数)の球体であるブヴァルロカがあり、磁石と原子の球体であるマールロカがあり、魂的反映で、神の息子達の球体であるジャーナロカがあり、神聖な精霊、宇宙的な魂の球体であるタポロカがあり、神、永遠的なもの(中身・実体)、サト(悟り)の球体であるサトヤロカがあります。これらの7つの面(チャクラ)の最初の3つ(ブロカ、ブヴァルロカ、そしてスワルロカ)は、物質的な創造を構成し、暗闇、マヤの王国で、そして最後の3つ(ジャーナロカ、タパロカ、そしてサトヤロカ)は、霊的な創造を構成し、光の王国です。マーラロカ、または原子の球体は、その中間にあり - 物質的な創造と霊的な創造 - これら2つの間を通信する”ドア”と言われ、ダサマドワラと呼ばれ、第10のドア、またはブラーマランドハラで、神聖なものへの道です。
ブヴァルロカ(“空気”または”何々に成る世界”)に入ると人は、ドゥィジャ、または”2度産まれた”(者)になります。彼は物質的な創造の第二の部分 - より繊細で微妙な力 - を理解するようになります。この頭脳の状態は、ドワパラ・ユーガに広く広まるものです。
ドゥィジャ、または2度産まれた者。人が洗礼され(組織宗教的な意味ではなく)後悔し始め、永遠的聖父に向かって戻り始めると、総合的な物質世界、ブロカから引き戻り出し、繊細な物質の世界、ブヴァルロカに入り、彼はドゥィジャ、または2度産まれた者に属すると言われます。この状態において、彼は彼の内的な電気、創造の第二の繊細な物質の部分を理解し、そして外的な存在は質量的には何でもなく、唯の融合、または彼の頭脳と道義心(意識)によって起因された彼の感覚の繊細な内的な物体(電気の陰的性質)と、彼の器官の五感(陽的性質)の彼の行動の5つの器官(同じものの中立的な性質)を通した融合でしかない事を理解します。
一定の心。人のこの状態はドワパラで、そしてどんな太陽系システムでも自然にこの人間の状態が一般的になると、そのシステム全体がドワパラ・ユーガに入ったと言われます。このドワパラの状態は心を一定にします。
もし人が洗礼の状態を続けると、神聖な流れの中に残り、彼は徐々に心地の良い状態になり、其処で彼の心は外的な世界の思考を見放し、そして内的なものに専心するようになります。
スートラ29
スワルロカ(”天界”=大脳)において人は、物質的創造の磁気的な第三の部分であるチッタの謎を理解出来るようになります。彼は(殆ど完璧な存在)ヴィプラになります。頭脳のこの状態はトレタ・ユーガにおいて広く広がります。
専心的な心。この専心的な状態で人は、彼自身をブヴァルロカ、電気的な性質の世界から引き出し、そして磁気的な性質で電気(複数)と極を持つスワルロカに入り、すると彼はチッタ、心、創造の第三の部分を理解出来るようになります。このチッタは、第一章で説明された様に、魂化された原子、アヴィドヤ、もたは無知で、暗闇、マヤの一部です。人は、このチッタを理解出来る事によって、チッタがその一部である暗闇、マヤ全体を理解出来るようになり創造の全体も理解出来るようになります。人はすると、ヴィプラ、または殆ど完璧な者の階級に属すると言われます。この人間の状態はトレタと呼ばれ、どんな太陽系システムにおいてでも、自然にこれが人間の一般的状態になると、そのシステム全体がトレタ・ユーガと言われます。
第四章:啓示
100ページ
スートラ9
すると彼は霊の現れを知覚し、そして7つのパタラ・ロカス(または背骨の中心=チャクラ)通り抜けて(昇って)、7つのリシス(天使達・天体)を持つ事になります。

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