統一/宇宙的一つ:第二巻第二章

サントス・ボナチのお薦め本トレントより:

The Universal One
統一/宇宙的一つ:第二巻
An exact science of the One visible and invisible universe of Mind and the registration of all idea of thinking Mind in light, which is matter and also energy
一つの眼に見える、そして見えないマインドの宇宙の正確な科学と、物質であり、またエネルギーでもある、光の中の考えるマインドの全てのアイデアの記載
Walter Russell
ウォルター・ラッセル著

第二巻

第二章:
Electricity and Magnetism
電気と磁気


Definitions
定義

電気は、マインドの中の、運動的(active)で引き寄せあい的な力で、マインドの圧縮される事の出来ない実質(substance)を、考える事の行程によって創造された形状(form)へと、そしてこれらの形状を、蓄積によるエネルギーによって、効能(potential)、または力の次元を上げる事によって、集中し、緊縮し、そして圧縮する様に現れます。

磁気は、マインドの実質の中の反射運動(反応/reactive)的、反発的力で、それは考える事の行程において、マインドによって創造された形状を拡張させる様に現れ、そしてその蓄積を解放する事によるエネルギーの効能を低める事を通してそれらの溶解を達成します。

プラスの電気は、重力的または求心的にそれを排出する事によって磁気的な影響に抵抗している、光単位(light unit)の中に記録/登録された、考えているマインドの派生的(generative)エネルギーです。その光単位は緊縮していて、熱において、それらの緊縮と、それらの磁気への抵抗を記録/登録します。それらの電気的で軌道的な運動は、一つの平面/領域の中の、閉じていく螺旋に向かいます。

プラスの電気は、その中で電気が磁気を圧倒する運動の状態です。

プラスの電気は、その中において求心力(中央に向かう力)が遠心力(外側に向かう力)を圧倒する、運動の状態です。

マイナスの電気は、放射的、または遠心力的に流れ入る磁気的影響に生まれる、これ等の同じ光単位の中に記録/登録された考えているマインドの放射的(radiative)エネルギーです。それらは拡張していて、冷める事においてそれらの生まれと拡張を記録/登録していて、そしてそれらの電気的な軌道的運動は、星雲性(nebulosity)に結果する多くの平面/領域(planes)における開いていく螺旋に向かいます。

マイナスの電気は、その中で磁気が電気を圧倒する運動の状態です。

マイナスの電気はその中において遠心力求心力を圧倒する運動の状態です。

Laws
法則

全ての質量(mass)は、電気的と磁気的の両方です。

全ての質量は、運動の全ての効果(結果)の対極の両方で同時に表現され、そしてそれぞれの対極は、順番/継続/連続において結果的に圧倒的です。

全ての電磁的質量は、単位(units)のシステムへと形成し、それは中核的中央から求心的に向かう螺旋軌道と、遠心的に離れる螺旋軌道の両方において旋回します。

全ての圧倒的にチャージ(蓄積/蓄電)しているシステムは、プラス(陽)のシステムです。

全ての圧倒的にディスチャージ(解放/放電)しているシステムは、マイナス(陰)のシステムです。

全ての圧倒的に緊縮しているシステムは、プラスのシステムです。

全ての圧倒的に拡張しているシステムは、マイナスのシステムです。

その螺旋が圧倒的に閉じて行っている全てのシステムは、プラスのシステムです。

その螺旋が圧倒的に開いて行っている全てのシステムは、マイナスのシステムです。

圧倒的に量(volume)が減少して行っている全てのシステムは、プラスのシステムです。

圧倒的に量が増えて行っている全てのシステムは、マイナスのシステムです。

圧倒的に効能が増えて行っている全てのシステムは、プラスのシステムです。

圧倒的に効能が減って行っている全てのシステムは、マイナスのシステムです。

全ての圧倒的に融合しているシステムは、プラスのシステムです。

全ての圧倒的に分解しているシステムは、マイナスのシステムです。

全ての圧倒的に派生しているシステムは、プラスのシステムです。

全ての圧倒的に放射しているシステムは、マイナスのシステムです。

全ての圧倒的に熱しているシステムは、プラスのシステムです。

全ての圧倒的に冷却しているシステムは、マイナスのシステムです。

______________________

言葉を変えると、電気派生的運動の(息の)吸い込みである間、磁気放射的反射運動の吐き出しです。

電気は、一つの宇宙/統一的力のプラスの半分で、それは明らかにそれ自体を2つの力へと分離させ、そして磁気がマイナスの半分です。電気と磁気は、対峙された時にだけ別々の現れとして存在します。対峙が無ければそれらは消滅します。それらは一つに成ります。

電気は、一つの力と実質として、その半分を一緒に集めようと熱望しますが、その間、磁気は、対照的に2つの力への分離を熱望し、この分離をもたらすために、それ自体に最善を尽くさせます。

電気は力(電力)を蓄積しますが、その間、磁気はそれを浪費します。

プラスの電気は、より高い圧力ゾーンを求めている、電磁的にチャージされている光単位のプラスの半分です。

マイナスの電気は、より低い圧力ゾーンを求めている、電磁的にディスチャージされている光単位のマイナスの半分です。

圧力ゾーンは、融合の増幅している密度のこれらの状態で、それはエネルギーを引き寄せ蓄積するプラスの電気の力によって原因されています。

電気は宇宙の力の源です。電気は、その時間の次元の一つを犠牲にし、宇宙/統一的定数(constant)から、高い効能へと力を蓄積します。

電気は、エネルギーの宇宙/統一的定数の確立された速度への抵抗の力です。

磁気は、宇宙の、速度力(speed force)で時間力(time force)です。

磁気は、高い効能の力の次元を浪費し、そしてそれを低い効能の時間の次元へと変格します。

磁気は、エネルギーの宇宙/統一的定数(constant)の、確立された運動へと戻る働きの力(force)です。

電気磁気対極の方向に運動し、それらのお互いからの出発(離れ)は、180度(の角度)です。

近代科学は、磁気と電気のの線の離れは90度であると信じます。これは、運動の幻想の間違った解釈です。

電気は重力の力で、そしてその質量(mass)の中央の中核に向かって螺旋的に運動します。それはあたかも(三角)コーンの根本から始まり、その頂点へと、その表面を移動する、緊縮し続ける螺旋の軌道の様に運動します。

磁気は放射の力で、そしてその質量の外側に向かって螺旋的に運動します。それはあたかもコーンの頂上から始まり、その根元に向かって、その表面を、拡張し続ける軌道の様に運動します。

電気は故に求心的で、そしてその軌道的速度の加速は、その派生的な中央からのその距離に比例します。

磁気は故に遠心的で、そしてその軌道的速度の減速は、その派生的な中央からのその距離に比例します。

それぞれの力は、その対極の力と同様に、それ自体をバランスさせます。

電気は派生的(generative)な力です。

派生する事の意味は、それが蓄積されるために、確立された運動を減速させる事です。

磁気は放射的(radiative)な力です。

放射する事の意味は、その確立された運動へと、その蓄積が浪費されるために、蓄積された力を加速させる事です。

電気と磁気は、2つの別々の力では無く、それらは2つの異なった実質(substance)でもありません。

それらは単に運動の2つの異なった次元です。それらは実質では無く、単一的に運動に帰属します。

プラスの電気もマイナスの電気も、2種類の電気ではありません。

固い鉄の冷たい欠片は宇宙/統一的定数の電気的減速の結果で、そして濃密にパックされた原子的システムと制限された軌道の形成によって蓄積された力(power)です。

この固い鉄の冷たい欠片は、もし放射によってそれらが浪費されるために、その原子的システムが十分に加速させられたら、ガス(気体)へと消滅します。

プラスとマイナスの電気は、同じ力(force)の2つの異なっている効能(potential)でしか無く、それらはこの章の公判で鮮明にされる理由のために、対極の方向に運動しなければなりません。

それらの効能の反転によって、プラスの電気はマイナスに成る事ができ、マイナスの電気はプラスに成る事が出来ます。それらはそれらそれぞれの圧力に沿った相対性でしかありません。

人の声の音は、例えばですが、電気的にプラスな運動(action)です。その空間への放射、またはワイヤーに沿った放射は、その電気的にマイナスな反射運動(reaction/反応)です。

ラジオによる、またはワイヤーの反対の先における声の再生産は、マイナスの反射運動の電気的にプラスな再生産で、それはより低い効能の消滅へと素早く拡張しています。

より高い効能のより高い圧力に対する、放射している音の突然の衝撃(衝突)は、その放射の運動を反転させます(i.e.エコー)。

マイナス(陰)で、拡張している遠心力は、プラス(陽)で、緊縮している求心力に成り、そして私達はその音を再び聞きます。

電気が原子の土台です。

一つの実質(i.e.光/エネルギー/波)の全ての原子の中にあるのは、宇宙の全ての力です。

それは流動的です。

マインドの流動的な血からは、考える事の活動/運動によるものです。

宇宙/統一的な考える事の流動的な運動は、創造と非創造(decreation)の全ての原因です。

宇宙/統一的な考える事は、全てのエネルギーの始まりです。

宇宙/統一的な考える事は、全ての自然の法則の土台です。

自然の法則の全ては、それらの原因の絶対的で周期的な効果(結果)で、それは考える事のエネルギーです。

「創造された」宇宙は、考える事のインパルス(衝動)の流動的な運動の、プラスで、集中していて派性している、融合しているエネルギーでしか無く、それは、順を追って、考える事のインパルスの流動的な反射運動の、マイナスで、拡張していて放射している、分解しているエネルギーに変わります。

成長の謎は、考える事の行程の中に設定された、派生と放射の2つの現れる対極の力の、プラスの運動とマイナスの反射運動の間の、対峙の秩序性を知る人の理解の中です。

全ての創造している物事は、巨大な太陽であろうと、スミレであろうと、人でも、要素(元素)でも、元素の調合物でも、元素の原子であろうとも、成長している物事です。

全ての成長は同時に融合していて分解しています。全ての成長の始まりにおいては融合が圧倒的で、その後順を追って、分解が圧倒的に成ります。

分解は融合ト共に始まり、それが順を追って、淘汰(征服)している力に成るまで続きます。

死は生と共にゆりかごの中で生まれます。

考える事の行程の変化しているパルスは、2つの現れる対峙している力によって操作されています。

これ等の力の一つは、運動の、派生していて融合している力で、その間もう一方は、反射運動的な、放射していて分解している力です。

一方は進化を操作する力で、もう一方は溶解を強いる力です。

進化を操作する集中的で、派生的な融合している力のための、人の言葉は「電気」です。

電気は運動的で、引き寄せ合い的で、派生的で、重力的な、創造の陽的原則です。

全ての非創造は、流動的な考える事の、放射的な分解しているエネルギーです。

人が死と呼ぶものの謎は、放射的な考える事の秩序性を知る人の理解の中です。


死は存在しません。死は生の始まりでしかありません。

非創造(decreation)は、考える事が継続的である様に、継続的です。

非創造は、派生された(genereted)ものの退化(degeneration)でしかありません。

この溶解(dissolution)を強いる、放射していて(radiating)、分解している(disintegrating)力(force)のための人の言葉は「磁気」です。

磁気は、創造の分離的で、反復的で、放射的で、マイナス的な原則です。

電気は、物質(matter)の活性化している性質です。

磁気は、物質の非活性化している性質です。

電気は父で、考えているマインドの男性的な原則です。

磁気母はで、考えているマインドの女性的な原則です。

磁気は、電気から生まれます。

電気と磁気は一つです。

その一つは、考えているマインドの父-母の原則です。

それらの現れる対極の熱望は、一緒に融合され、一つを造ります。

それらは2つの対極の原則では無く、一つの流動的な原則です。

宇宙全体において対極は存在しません。

それぞれが反対のもので、反対のものの原因で、そして考える事のエネルギー(光/波)で、その中でこれ等の2つの形状(forms)は現れる対極で、それらの現れる別々(分離)性の原因です。

電気は、再活性化された磁気です。活性化されたと言う事が意味するのは、非均整化された、または囲んでいる圧力に関連して対峙したと言う事です。

磁気は、非活性化された電気です。非活性化されたと言う事が意味するのは、均整化された、または囲んでいる圧力に関連して非対峙であると言う事です。

活性化された力の運動は、増幅された対極の状態を得ようとする熱望です。

非活性化された力の非運動性は、不対極(non-opposition)のバランスされた状態の慣性(不活性)です。

放射(radiation)は、派生(generation)の蓄積的運動の分離的な反射運動(reaction/反応)でしかありません。

放射は、より高い効能(potential)の低下でしかありません。

放射は、重力の正反対で、それはより低い効能の上昇です。

溶解は、融合(integration)の蓄積的な運動(action)の別々の反射運動(reaction)でしかありません。

運動とその反射運動は、一緒に加えられると、一つでしかありません。

もしマインドが考えている実質(substance)で無いのなら、電気と磁気の両方は対極であると現れないでしょう。

それらの現れる対極性は、人が「創造」と呼ぶ複雑性の原因です。

マインドの父的原則は、電気的にプラス(陽)な力で、運動の求心的な力の原因です。

求心的力は、エネルギーの確立された宇宙/統一的定数(constant)への減速的な抵抗の生まれです。

マインドの母的原則は、電気的にマイナス(陰)な力で、運動の遠心的な力の原因です。

遠心力は、エネルギーの確立された宇宙/統一的定数への加速的な復帰の生まれです。

電気的にプラスな力は、それにおいて電気が磁気を圧倒するもので、速度を力(電力)に変格する事によって、力を蓄え(蓄積し)ます。

電気的にマイナスな力は、それにおいて磁気が電気的な対峙を征服したもので、そうする事によって、より速い速度のより低い効能へと拡張する事によって、力を解放します。

電気の熱望は、対峙している運動として表現されます。

磁気に熱望は慣性(不活性)の運動における運動(action)の反射運動(reaction)として表現されます。

その運動的/活発な力はプラスの力(force)です。それは人が「力(power)」または高い効能(potential)と呼ぶ力です。

その反射運動的な力は、否定/無の状態を求めるマイナスの力で、人が「弱さ」または低い効能と呼ぶものです。

その運動/活発的力は、宇宙の創造的な力です。

その反射運動的力は、宇宙の非創造的力です。

その運動/活発的力は、宇宙の融合的で、派生的な力です。

その反射運動的力は、宇宙の分解的で、退化的(degenerative)な力です。

その運動/活発的な力は男性で、宇宙の父的な力です。

その反射的な血からは女性で、宇宙の母的な力です。

創造的な力は、考える事の流動的で表現的な力で、それは考えているマインドの全てのアイデア(思考)に現れる形状を与えます。

非創造的な力は、考える事の受け身(passive)的な力で、それは現実性から効能性への、形状の消滅の原因に成ります。

父なる力はプラスの力です。

母なる力はマイナスの力です。

統合された父-母的力は、再生産/繁殖的力です。

母的力は父的力の生まれです。それは単なるマイナス的反射運動です。

反射運動は運動と対峙し、それに引きよらされていません。

反射運動は運動から飛び離れ、それには向かいません。もし、マイナスである反射運動が、プラスである運動から飛び離れるのであれば、プラスとマイナスの電気的チャージが、お互いを引き寄せあうと言う理論には、原則的土台がありません。

反射運動は運動の生まれです。そうだとすると、マイナスの力はプラスの力の生まれです。

磁気的流れは、派生の反射運動でしかないので、故に磁気は電気の生まれです。

派生の運動が大きければ大きい程、退化的な磁気的流れの反射運動は大きく成ります。

磁気的な流れは放射です。放射は電気的に派生的な、緊縮的運動から出された発散です。それは外に出る息で、生きている小体、またはシステム、もしくは質量(mass)の吐き出しです。

放射(radiation)は退化/分解/非派生(degeneration)です。

創造している宇宙は、派生しているものです。

非創造している宇宙は、非派生的なものです。

固い/個体の物質の派生している宇宙は、希薄な物質の蓄積です。派生している事はチャージ(蓄積/蓄電)している事です。

非創造/分解していく「物理的」宇宙は、消滅の気薄差の状態を通しての、固さ/固体性の現れからの消滅です。非創造はディスチャージ(放出/放電)している事です。

派生は、一つの時間の次元の蓄積のための、宇宙的時計のネジの巻き上げです。

非派生(退化)はその他の蓄積された時間の次元の開放による、その巻き戻しです。

放射は放射的な運動です。近代科学はそれを「放射能」と呼びます。

放射能は、宇宙/統一的定数(constant)の時間の次元の単なる反転でしかありません。それは一つの宇宙/統一的存在の放熱的な(息の)吐き出しで、全ての存在するものは、それ(光)です。

そのシステムまたは質量(mass)がよりプラス(陽的)であればある程、そのシステムは派生運動的で放射運動的です。

そのシステムまたは質量がより派生的であれば、それはより凝集的です(i.e.固い)。

凝集性は、派生的に減速的な、重力的求心力(中央に向かう力)の生まれです。

そのシステムまたは質量がより放射的であればある程、それはより非凝集的です。

システムまたは質量がより凝集的であればある程、それはよりコンパクト(凝縮的)です。それは人が「固さ」と呼ぶもので、それが意味するのは、より貫通不能と言う事です。

固くそして緊密に融合された要素(元素)の全ての原子は、より緩く融合された要素よりも、より速い速度とより小さい流れで、磁気を放出させました。

融合への抵抗は、この加速された速度の原因で、そして緊縮された原子的質量が、より小さな磁気的流れの原因です。

それはあたかも、4インチの太さのパイプを通してポンプされた、特定の量の水が、同じ長さの時間で、1インチの太さのパイプを通してポンプされた様なものです。これをするために、その量の水の背後にある圧力は、多大に増幅させられなければならず、そしてより小さい流れの速度もまた多大に増幅させられなければばりません。

融合への抵抗は、その順を追って放射された多くの熱を派生させ、故に、そのシステムの外側の磁気的軌道へと、そのシステムの中の磁場からの、磁気的圧力を反転させます。

この行程は、内側からの圧力放出とその結果的なそれらの熱の放射によって、そのシステムを徐々に冷却し、それらにより緊密に凝縮する事を許し、ですからそれらのより近くで旋回している単位(i.e.プロトン、エレクトロン、ニュートロン、etc.)は、固体性または固さの幻想を創造する事が出来ます。

固さは、自転(rotation)の減速と公転(revolution)の加速によるもので、それはそれらのシステムの中の光単位(light units)のより近い融合を許します。

固体性/固さの幻想に関して、もし蜘蛛の巣が十分な密度で編まれ、十分な速さで公転するなら、それは固い銀のディスクとして現れると言えるかも知れません。

派生運動(genero-activity)は放射運動(radio-activity)の対極です。

派生運動は、それを力へと変格するために、宇宙/統一的定数の一つの時間の次元に対して設定された抵抗です。それは一つの宇宙/統一的存在の熱吸収的(息の)吸い込みです。

対峙している運動(陰陽)のプラスの力は、考えているマインドの全てのアイデア(思考)を産出するもので、そしてそれに形状の現れを与えます。

対峙している運動のマイナスの力は、形状の現れを引き裂くもので、その魂、またはその記憶を、慣性(不活性)の運動へと戻します。

これ等の対峙している運動のプラスとマイナスの力の統合は、放射的圧倒を派生的圧倒へと反転させ、そして故に、再融合を通して、アイデアと、アイデアの形状の再生産の原因に成ります。

そのプラスの電気的力は創造している力です。

そのマイナスの電気的力は非創造(分解)している力です。

その陰陽の統合は再産出/繁殖している力です。

再産出/繁殖が意味するのは、その中でそれは一度現れましたが、それから慣性の運動へと分解する事によってそれが消滅した、音階(octave)の中への形状の再融合です。慣性の運動において、全てのアイデアの魂は再派生を待ちます。

全てのアイデアの魂は、アイデアの種の中に記録/登録されます。

人の種の中にあるのは人全体で、そしてまた、全てのアイデアの種です。

全てのアイデアとアイデアの形状は、その効能(potential)の最も高い限度へと、電気的に考えられそして電気的に進化させられます。

電気の熱望/欲求は、各部分への、分離不可能なマインドの実質(substance)の分離可能性です。

電気は磁気からの分離を欲します。

電気はそれ自体で単一に成る事を熱望するのに、磁気と共に一所にあるのは、何故ならそれがそれに抵抗する事によって疲れさせられるからです。

電気は、神聖なアイデアを形状へと現れさせようとするその熱望において、マインドの実質を引き裂きます。それは、もしその望みが満足させられたなら、それはこの宇宙を、単一の固い、伸びちじみしない質量にします。

さて此処で思い出されなければならないのは、マインドの実質は完璧で、相同的で、分離不可能なものであると言う事でう。

電気は磁気から分離される事が出来ず、そしてそうしようとする試みは、各部分への現れしか与えません。

磁気は電気との同伴または統合を熱望せず、それは別々の力としてそれ自体の継続も望みません。それはその粒子を分離させる事によって、別々の力としての電気を消滅させる事を熱望します。それ自体の消滅は、この熱望の満足の結果です。

磁気は運動の均整と絶対的な慣性を熱望し、その間電気は運動を熱望し、そして対峙している運動の均整の中で、その運動を調整する反射運動を気にしていません。

電気の力は、形状の現れへと緊縮する、派生的求心的な力です。

それは磁気の反射運動的な力の対極で、それは形状の消滅へと拡張する、放射的遠心的な力です。

進化している物質、またはアイデア、もしくは形状は、電気的に圧倒的です。これが意味するのは、プラスのチャージが圧倒的だと言う事です。

退化している物質、またはアイデア、もしくは形状は、磁気的に圧倒的です。これが意味するのは、マイナスのチャージが圧倒的だと言う事です。

物質(matter)における形状(form)の進化している現れは周期的な融合(integration)で、プラス(陽)の電磁的対極によるもので、その中において電気派生的(generative)力が圧倒的です。

人が「成長」と呼ぶものは、単なる周期的融合で、その期間、プラスの電気の派生的力が圧倒的です。

物質の退化している(devolving)消滅は周期的な分解(disintegration)で、マイナス(陰)の電磁的対極よるもので、その中において磁気放射的(radiative)な力が圧倒的です。

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人が歳を取る事、または薄れる事、もしくは劣れる事と呼ぶものは、単なる周期的な分解で、その期間、派生は継続しますが、磁気の放射的力が圧倒的なために、より減少させられたエネルギーと共にです。

若さの活発性/力強さは電気的な圧倒によるもので、成長期後の弱まりは磁気的圧倒によるものです。

成長期である若さは、生命の(息の)吸い込みの期間です。

それは宇宙/統一的10音階(octave)のサイクルの、最初の5音階に一致します。

成熟は、生命の(息の)吐き出しの期間に向かう、生命の吸い込みの期間の折り返し地点です。

それは炭素と一致し、宇宙/統一的な10音階サイクルの折り返し地点です。

歳を取る事は、単なる生命の吐き出しの期間です。

それは宇宙/統一的10音階サイクルの最後の5音階と一致します。

電気は全ての次元において常に圧倒的ですが、宇宙/統一的エネルギー(光/波)の定数(constant)の再生産/繁殖的波のプラスの半分の中で優勢的で圧倒的です。磁気は常に圧倒的ではありませんが、宇宙/統一的エネルギーの定数のマイナスの半分の中で圧倒的です。

若さは圧倒的に派生的、または力蓄積的です。

歳(を取る事)は圧倒的に放射的、または力開放的です。

開いて行く薔薇の香りは、圧倒的に派生的で、成長している薔薇の分解ですが、電気的な圧倒のために、融合が分解に勝り、人が「」と呼ぶものにおいて両方の力が均整化されるまで、分解にも拘わらず成長が続きます。

電気的にプラスな圧倒性の重力的力が、その生命サイクルにおける(息の)吸引の最大点である、電磁的対極の第四の重力的音(トーン)へとその薔薇の成長をもたらせば直ぐに、磁気が圧倒し始め、その薔薇は衰え始めます。

それが人であれ、惑星であれ、燃え盛る太陽であれ、小さな原子的システムであれ、全ての融合しているアイデア(思考)は正に同じです。一つのための法則は、全てのための法則です(i.e,宇宙の法則)。

死は形状の消滅ですが、形状のアイデアの消滅ではありません。

成長は重力の効果(結果)です。成長が意味するのは、形成している物事が、重力的な周期性において、音階を下がって通ると言う事です。

その周期性の間、電気はアイデアに形状を与え、そして磁気は徐々にその形状をアイデアへと星雲化(nebulizes)します。

アイデアの形状に重要性は無く、それはアイデア自体の現れ(物質化/姿/形)でしかありません。

形状は束の間です。その現れと消滅は、永遠を通して周期的に反復的(輪廻転生)です。

アイデアは形状の永遠の記録で、形状のです。

慣性(不活性)の運動(motion-in-inertia)から来るのは新たに生まれたアイデアで、それは電気的にプラスの対峙する運動(motion-in-opposition)から電気的にマイナスな対峙する運動へと変わり、そして再び慣性の運動へと戻ります。其処に蓄えられているのはアイデアの化学的記録/登録で、それを人は「記憶」と呼び、人が再び思い出す必要があるまで蓄えられます。これを人は、それを再派生させる事によって、何時でも出来ます。

その薔薇のアイデアが、人の考える事の新たに生まれたアイデアから異なるのは、その薔薇は大々的に進化した古いアイデアで、その記憶は対峙する運動を通した何百万世代を通した進化において、何時でも再派生または輪廻転生する準備のある、慣性の運動における薔薇の種である処です。

形状へのマインドのアイデアの全ての進化は、電気的で、そして電気的にプラスの対峙する運動に制限されたいます。

アイデアの進化は、進化している形状の消滅と共に、慣性の運動のマスター・トーン(主音)の中で消え、そして対峙する運動の中の進化している形状の再登場と共に、これ等の同じ主音からそのアイデアの進化を再び始めます。

その主音は全ての運動の記録で、その記憶の倉庫です。その主音からアイデアの形状の進化が始まり、そしてそれらの中で、その次の音階の終わりに、そのアイデアの進化記録が、形状の記憶において再び記録/登録されます。

進化は、周期性の必然的な効果(結果)でしか無く、それはこの創造している宇宙の全ての現象の特徴です。

成長と衰退の全て、また形状の成長と衰退の何百万世代の進化は、考える事の電磁的に振動している行程から結果している周期性の段階でしかありません。

物質の宇宙/統一的マインドの実質(substance)、またはが考えている実質でしかありえないのは、何故ならエネルギーの性質/特徴として、その電気磁気を有するためです。

電気と磁気は、これ等の現れる対極の原則またはマインドの質で、それはそれが考えている実質に成る原因です。

神聖なマインドの実質の全体を通した騒動(disturbance)の点または中心は、考える事の行程によるもので、電磁的に光の中へ記録/登録され、それはエネルギーであり、物質であり:全て一つで同じです。

物質の形状の進化と退化は、様々な次元の偶然でしかありません。

成長している薔薇の法則は、人、または巨大な太陽、もしくは銀河系にも同じです。(i.e. As above, so below/大宇宙の様に小宇宙/人もまた。)


統一/宇宙的一つ:第二巻

サントス・ボナチのお薦め本トレントより:

The Universal One
統一/宇宙的一つ:第二巻
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Walter Russell
ウォルター・ラッセル著

第二巻

第一章:パート1
Dynamics of Mind
Concerning Light Units of Matter
マインドの流動性
物質の光単位に関して

Pdfヴューアー76ページ、本文59ページより:

光り(エネルギー/波)、または物質(matter)がその実質(substance)であり、考える事の電磁エネルギーがその力(force)である、このマインドの宇宙が、無次元の現実である事は、今はもう鮮明であるはずです。

この形状の、創造している物理的宇宙が、インスパイアーされた(鼓舞された/ひらめかされた)マインドのイメージ-創造の能力の幻想で、その崇高な目的は、アイデア(思考)を考える事とそれに形状の現れ(姿/形)を与える事である事もまた鮮明に理解されたはずです。

また、はっきりと理解されるべきは、形状(form)と次元(dimension)が運動の性質/特徴で、海の中の泡の形状が運動の性質/特徴であり、海の実質では全く無いのと同じで、マインドの実質である物質の性質/特徴では無いと言う事です。

今後、完全に理解されるべきは、この創造している宇宙の分析をする際に、私達が扱っているのは幻想であり、アイデアだけであり、それはその原因を考えているマインドの中に有する事です。

幻想の宇宙は小体(corpuscular)的宇宙です。

物質とエネルギーの全ての次元は小体的です。(i.e.光/波/原子etc.)

力(force)の全ての表現は小体的です。

小体は、考え付かない程小さい、物質、または光、もしくはマインドの実質の粒子で、それはマインドの考えている行程の、電磁的力によって、泡がプロペラの力によって運動へとかき回された水と空気の粒子であるのと全く同じように、運動へとかき回され(公転させられ)ます。

これらの小体の運動の複雑性は、考えているマインドの想像力から進化した、多くの物事の宇宙の幻想の唯一の原因です。

此処までにまた、完全に理解されているべきは、「物質」と「光」と言う言葉が、マインドの実質を特徴づける感覚で使われている事で、そして「エネルギー」と言う言葉は、マインドを考えている実質にする力、または生命の原則を特徴づける感覚で使われ;「電気」と「磁気」と言う言葉は、エネルギーの一つの力の2つへの現れ(i.e.対極/陰陽)を特徴づける感覚で使われている事で、関連させる人(i.e.筆者/読者)これ以後、説明する言葉を省く事を正当化する程、現実と幻想の間の線が十分にはっきりと引かれたとして、これらの言葉を使用します。

では、マインドの宇宙が、人が「スピリット(霊)的宇宙」と特徴化させるもので、そして次元の宇宙が、人の「物理的宇宙」である事を、私達は鮮明に理解しましょう。

一つは原因です。もう一つは効果です。

一つは現実です。もう一つは幻想です。

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人は、幻想としての彼自身のアイデアを、彼が形成しているこれ等の期間の間に幻想を扱わなければならないので、ですから故に、彼がそれらを操作するために、幻想の宇宙の次元を理解する事が必要と成ります。

人は随分前に、エーテルの中に存在するとされる揺れている波(i.e.縦波)の電磁的効果の理論を好み(選び)、光の小体的理論を放棄しました。

人がこの二番目の理論を今、入れ戻さなければならないのは、人の概念であるエーテルが存在し無いためです。揺れているエーテルの波はありません。(注:エーテルの中の縦波は存在します。エリック・ドラード博士の研究参照。)

光りは小体的です。

近代科学は、「障害(interference)」と「収差(aberration)」として知られる特定の現象のために、光が小体である事が出来ないと、数学的に証明しました。

近代科学が、障害の現象のために、光が小体である事は出来ないと理由づけたのは、もし光が小さな粒子によって構成されているなら、障害の現象が光が移動するのを妨げるためです。

光りが移動すると人によって推定されるのは、何故なら彼の感覚(五感/視覚)の証拠が彼をそう説得するからです。

光りは移動せず、そしてそれがそうしている様に現れる(見える)のは、人を惑わかす次元の多くの幻想の一つです。

物質の全ての光単位は、より高い圧力を求める電気の試みの磁気的反射運動(反応)によって形状の現れを与えられます。

この試みは磁気によって抵抗され、そしてその抵抗は電気の中で熱として記録/登録されます。

より低い圧力へと跳ね返り、そしてより低い圧力の拡張による、電気的な旋回している粒子の突然の冷却は、それを固体化する原因に成ります。

それは氷へと変えられます。それは凍ります。

それは「結晶化」として知られるものに成ります。

全ての物質は結晶的です。結晶化は次元です。それは形状の最初の現れです。

物質は、光の固体における、熱と冷たさの温度の次元を通して、そのエネルギーを記録/登録し、それを人は「結晶」と呼びます。

結晶は、運動による現れの幻想の中で保たれた光の固体の現れでしかありません。

結晶化は、形状の幻想の最も重要な次元の一つです。

結晶化の基本的原則、または統治している法則は、近代科学によって何も知られていません。

全ての要素(元素)、または調合物は6種類の分類において結晶化するのは、実験と観測によって知られていますが、科学は観測または実験によって以外、結晶的形成、または割れ目やひねり、もしくはその他の特徴を判断/決定する方法を知りません。

後の部分で、結晶化の根底にある原理的法則は、正確に図表(チャート)されるでしょう。

最初の原則のこの巻の中では、「結晶化」の短い章において、基本的なチャートが提示されるでしょう。

「固体」の物質(matter)は凍らされた光(エネルギー/波)で、解放された圧力によって結晶化されました。

それがより固く凍る程、それはより固く現れます。

その運動がより遅ければ、それはより固く凍ります。

その運動がより速ければ、それはより速く溶けます。

物質の全ての形状(form)は温度における溶解点を有し、その点において物質は、物質の形状として消滅し始めます。

物質がより固ければ、それを溶かすために必要な温度はより高く成ります。

人の固体は、その第12次元の中で退化させられた光でしか無く、それは中軸的回転で、溶解に断固として対峙する重力のエネルギーによって、減速された運動の状態に保たれています。

人の頼れる現実は形状と次元(dimention)です。

人の現実の概念は固体性です。

固体性は次元の幻想です。

固体は、特定の圧力の上と、それらの対応する温度の下でのみ、唯一可能です。

圧力が大きければ大きい程、凍結点はより高くなります。

圧力が弱ければ弱い程、凍結点は低くなります。


人の頼れる現実は、実質(substance)の「氷」でしかありません。

そして、人が知り、見て、感じて、そしてその上に立ち、その上に造り、そしてその上で人が真で、しっかりして、本当で、永続的とする物事の全てはそうです。全ては氷でしか無く、それらのそれぞれの溶解点は、氷と同等に頼りがいがあります。

もしこの惑星が氷を固体として保つ温度以上を知らなかったなら、人の氷の概念は、彼の花崗岩の概念程安定的だったでしょう。

もしこの惑星が鉄を溶かす温度を知っていたら(温度だったら)、固体は極少数で人自身は存在し無かったでしょう。

全ての固体は、それらの幾つかの溶解点、または液体化の点を有します。

全ての固体は液体化されたガスと凍らされた液体で、それらは異なった液体化と溶解の点を有します。凍結点は結晶化の点で、要素(元素)の複雑性と共に変化します。

全ての凍った固体は、熱によって液体化される事が出来ます。

全ての液体は、更なる熱によって気体(ガス)化される事が出来ます。

熱は放射します。放射的加速は、遠心的です。遠心的加速は、拡張によって崩壊します。

全てのガス(気体)は冷たさ(冷却)によって液体化される事ができ、更なる冷却によって固体化されます(凍ります)。

冷たさは派生します。派生的減速は求心的です。求心的減速は緊縮によって融合(integrates)します。

固体の氷はその溶解点において水に成ります。

水は、水の蒸発点で蒸気に成ります。

蒸気は、更により高い温度において、水のガスに成ります。

ゾディアック


全てのガス(気体)は、重力的圧力の下で融合され、冷却によって複雑化され現れ(姿/形)へと凍らされます。それまで目に見えなかったガスが、すると、目に見える固体になります。

全ての固体は熱によって単純化され、それはそれらを消滅(蒸発)へと拡張します。それまで目に見えていた固体が目に見えないガスに成ります。

人の固体の概念は、彼が日々馴れている温度の度合における、彼の経験から生まれます。

この状態は、人が慣れ親しんだ温度の、プラス1,000度の内の約100度とマイナス100度に制限されています。

人のゴールドの概念が固体のものであるのは、人がその結晶化の点である温度の下でゴールドを見る事に成れているためです。

人の水銀の概念が液体のものであるのは、人がその結晶化の点である温度の上で水銀を見る事に成れているためです。

氷または蒸気は、水であるそれらの源泉から、継続的に現れ消滅します。

物質は、目に見える固体、液体、気体として、人の五感が反応する質量(mass)において十分に融合された時に、人にとって明らかに成ります。

固体の物質は、時間の様に、唯の現れです。

時間は、成長と共に、日が夜に続くと共に、季節と出来事が連続/継続すると共に、現れます。

これ等の時間の砂時計を宇宙から省けば、時間自体が消滅します。

物質は、その慶所の次元において、運動の結果であるものの現れです。

宇宙から運動を省けば、物質の形状は消滅します。それは再び、それからそれが現れとして生まれた物質の無次元の形状へと溶解させます。

光りの実質の、物質への変格は、水の凍りへの変格と比べられる事が出来ます。氷は、運動の変化による現れです。水の実質は変えられていません。「冷たさ」と呼ばれる不活動の状態を、水から省けば、氷は消滅します。

再び、それは水の蒸気への変格と比べる事が出来ます。蒸気は、運動の変化による一つの現れです。水の実質は変えられていません。「熱」と呼ばれる増幅された運動の状態を水から省けば、蒸気は消滅します。

物質の実質は永遠的ですが、形状における物質の現れは束の間です。

永遠的で無いものは、宇宙的振り子が、その秩序的で周期的な再来を原因するまで、最終的に消滅します。

氷と蒸気は、その源泉である水から、継続的に現れ消滅します。

物質の状態と形状は、光のより高い音階(オクターヴ)であるそれらの源泉から、継続的に現れ消滅します。

水は、氷または蒸気でのその現れる変格において変わっていません。

光りは、光のより低い音階または物質への変格において変わっていません。

何も変わっておらず;変わったと現れるだけです。

何も変わっておらず;変わった様に現れる事が出来るだけです。

実質の次元における変化は、実質の特徴/性質を変化させません。それはその状態を変化させるだけです。

実質は変わる事が出来ません。それは、運動の効果の次元においた変化を通して、変化する様に現れるだけです。

丁度、車輪のスポークが速く動かされた時に一枚のディスクに変化する様に現れる様に、マインドの実質は、電気的に蓄積された効能(potential)の変化可能な速さに沿って、形状の複雑性と現れる固体性の度合へと変化する様に現れます。

また、車輪のスポークの次元と数は、それらの運動の速さに沿って、より大きいまたは小さい固体性の現れを与えるので、要素(元素)もまた、それらの軌道(ニュートロン、エレクトロン、プロトン、etc.)とそれらの融合の近さ(小ささ)または広さ(大きさ)に沿って多かれ少なかれ固体として現れます。

人の要素の全ては実質において同じです。それらの現れる違いは、次元の違いによるものだけです。

人の実質の概念は、多くの実質の物質的宇宙の彼の概念の結果です。

人の、スピリット(霊)的宇宙の概念は、実質の無い宇宙のものです。

人が、スピリチュアル(霊)的宇宙と物理的宇宙の間を分類するのは、何故なら一つは人の感覚(五感)に反応し、もう一つはそうしないからです。

人の感覚の範囲が光(エネルギー/波)の範囲の全てを含む時、人はすると、スピリット的と物理的の間の違いは、運動における違いでしか無い事を知り、その違いは実質(substance)の違いではありません。

人が「スピリット」と定義する高い音階(オクターヴ/振動率)から物質の低い音階まで、そして再びスピリットへと行くのは、消失から現れ(姿/形)への移行で、消失に戻る移行です。

移行は変化(変格)ではありません。それは旅であるだけです。

実質の眼に見えない状態から、目に見える状態へ、そして再び目に見えない状態へ戻るのは、変化(変格)ではありません。それは幻想でしかありません。(i.e.気体→液体→固体)

創造は、彼(神)の神聖なアイデア(思考)の幻想の中への、宇宙/統一的一つの考えいるマインドの旅でしかありません。

創造は、空間と、時間と、そして運動の宇宙の、神の崇高なアイデアの現れでしかありません。

創造は、運動しているマインドの、考えている行程の間に考えられたイメージの自体化(materialization)でしかありません。

アイデアは考える事の単一の産物で;考える事はマインドの単一の目的です。

人は、考えていないマインド、または不活動的マインドを考える事(conceive)は出来ません。

人は、考える事以外の目的のマインドを想像(conceive)する事は出来ません。

人は、アイデア以外のマインドの産物をconceiveする事は出来ません。

もし一つの実質が考えている実質で無かったなら、宇宙は性別も、力(force)も、運動も有さなかったでしょう。

もしそれが、統一性の完璧な均整(釣合い)における、不活性(動いていない)な実質だったら、流動性は存在し無かったでしょう。

性別、力(force)、そして運動が無ければ、現れと効果(結果)は存在する事が出来なかったでしょう。

現れ(姿/形)が無ければ、次元(dimension)は存在する事が出来なかったでしょう。


もし宇宙/統一的実質がエネルギー化/活性化されたマインドで無かったなら、その構成と性質/特徴は、完璧な均整の、この無次元の宇宙を通して統一的で、完璧なバランスだったでしょう。

エネルギーの無い、不活性/静的マインドは、非-創造的で、人が「創造」として知るものは、存在しなかったでしょう。

考える事のエネルギーが無ければ、マインドは、人が「物質(matter)」と呼ぶものへと運動(motion)を変格する、または人が「創造されたもの」と呼ぶこれらの形状(form)へと変格する力(power)を有さなかったでしょう。

もし宇宙/統一的マインドが突然、考える事を止めれば、全ての創造された物事は、瞬時に消滅するでしょう。物質の全ての次元の形状は、考えているマインドの派生(generative)的エネルギーを奪われ、瞬時に分離的で非集中的に成り、不活性で無次元的統一性の状態にその場を渡すでしょう。

幻想の「創造された宇宙」は消滅します。

固体の眼に現れる安定性は、対峙している運動の均整によってそれらの安定性の現れに保たれ、瞬時に一つの実質の真の安定性にその場を与えますが、それは光に欠けるものです。

その宇宙は瞬時に、黒く、計り知れない冷たさの、運動の無い宇宙に成るでしょう。

それはイメージを創造する能力と知性の無いものに成るでしょう。その知識は、アイデアを形成する事もそれを想像する能力も無い、単なる存在の現実を知覚するものと成るでしょう。

davinciのzodiac


運動の全ての次元は、これ以後光単位(light units)と言及される詳細な(小さな)粒子の中に記録/登録されます。

全ての運動は波/waveの中で表現され、形状(周波数)において登録/記録され、そして形状として光単位の融合から進化するので、生命と光とエネルギーとはかけ離れた何かとしての物質の、間違った概念を正すために、光単位の次元と構造を、簡単に定義する事は良いでしょう。

最初の原因の全ての効果(結果)と次元は、それぞれの光単位の誕生と共に始まります。

宇宙におけるそれぞれの点は、宇宙の中央です。それぞれの点は、宇宙的振り子の10音階の一つ一つの始まりと終わりです。

それぞれの新たに生まれた小体(corpuscle)、または光単位は、その変化している電磁パルス(衝動)に宇宙全体が反応する騒動の中心です。

運動は、一度始められると、10音階の全音域を行くまで決して止まらず、その点から再び始まります。

最も高い音階と最も低い効能(potential)の光単位は、最終的に、最も低い音階と最も高い効能に成ります。

光単位は宇宙全体を通して偏在(omnipresent)です。

考える事の全ての効果(結果)は、宇宙全体を通して偏在です。

宇宙/統一的でないものは何もありません。

光単位は、人が「創造」と呼ぶものの、超-壮大な幻想の始まりと終わりです。

それらは人が「創造された物事」と呼ぶものを構成し、それは真実において創造していて、進化している物事です。

これらの小体の創造は、考えている事が継続的である様に、継続的です。

小体は永続的に存在しているという人の概念は、それらが電磁チャージとその他の次元において不変であるという概念と同じ程、間違った概念です。

電磁的に対峙している運動(陰陽)の再生産的は、物質における次元、考えているマインドのアイデアとして登録/記録される小体に構成されています。

小体は派生的エネルギーの子供達で、派生的エネルギーの生まれで、貴方と私同様に、派生的エネルギーによって続けられ、貴方と私同様に、彼等はその欠如と共に老いて「死に」ます。

彼等は、貴方と私と同じように、生きていて、考えている存在で、男性と女性です。

それらは、全ての考える事のアイデアを登録/記録する物質の要素(元素)を通して、物質の複雑な形状へと組織化し融合します。物質の要素は、物質の実質の秩序的で周期的な次元です。

それらは、貴方と私と同じように、生きていて、息をしていてパルス(衝動/鼓動)している光りの子供達で、マインドの父-母的実質の子供達です。

そう、貴方と私でさえも、その様なもので、そしてそれ以外の何ものでも無く、私達は構成されています。

光単位(light units)は現れ(姿/形)としてこの幻想の宇宙に「生まれ」、貴方と私として出さえ、考えているマインドのアイデア(思考)を記録/登録しています。

それらは複雑なアイデアの複雑なシステムにおいてそれらの場所を取り(納まり)、考える事のアイデアの複雑化を記録/登録し続けます。

人は光単位(エネルギー/波)の複雑な組織でしか無く、人と呼ばれる、その考えているマインドのアイデアの統治の下で機能しています。

光単位は、生きている生命体において、人が全く親しみを持つ、全ての特徴を見せます。

それらは(息を)吸い込みそして吐き出し、丁度人と同じように、その行程において膨らみそしてしぼみます。

それらは、丁度全ての生命がそうする様に、吸収を通してエネルギーを派生し、疲労を通してそれを失います。

光り単位と光単位のシステムの全ては、より複雑な生きている生命体の全てが男性と女性の両方である様に、派生的(generative)と放射的(radiative)の両方です。

丁度、全ての創造している物事の男性が、男性と女性の両方ですが、圧倒的に男性(陽)である様に、光単位と光単位のシステムは、派生的と放射的の両方ですが、圧倒的に一方またはもう一方です。

それらは、丁度全ての成長している物事が、進化し退化する様に、形状(form)へと融合し、消滅へと溶解します。

それらは眠りと目覚めのそれらの周期性を有し、丁度全ての生命と全ての質量(mass)が、その同様な周期性を持つ様に、それはそれらの周期的な1日です。

またこれらの特徴は、より大きな質量の統合された、光単位の多数/多様性において繰り返されます。

反復性は運動の全ての効果(結果)の絶対的な特徴です。

全ての質量は吸い込みそして吐き出し、全ての生命に共通で、単純な親しみのあるフェーズ(段階)を正確に反復するのは、全ての物質(matter)が生きている物質であるためです。

太陽は吸い込みそして吐き出します。太陽の5.5年の、そのサン・スポットの最大期間の緊縮は、その吸い込みで、そしてその逆の緩み(膨張/拡張)は、サン・スポットの最小期間で、その吐き出しです。

黄道


光単位と巨大な太陽の呼吸の間に、原則的な違いはありません。その効果(結果)における唯一の違いは、次元(規模)的なものです。

光単位のパルスは1秒間に30兆回かも知れませんが、それに対して巨大な太陽は5年に1度、吸い込みを終わらせるかも知れません。

(息の)吸い込みは、物質における形状の、現れる存在の継続の目的のためです。

吸い込みは再派生(regeneration)です。それは融合です。それは活性化させ、栄養を与え、リフレッシュさせます。それは生命として知られるものを継続させます。

吐き出しは、物質における形状の現れる存在の非継続の目的のためです。

吐き出しは溶解です。それは分解です。それは不活性化させ、疲弊させ、疲労させます。それは生命として知られるものを断続させ、そして死としてしられるものに向かって導き続けます。

光単位は、貴方と私と同じ様に、個性(individuality)の現れを有します。

このマインドの宇宙には個性はありません。あるのは個性の現れでしかありません。

これは一つのものの宇宙です。

その一つの物マインドです。

運動における考えているマインドの実質は光です。

あるのは一つの実質だけです。

一つの実質は、多くの実質、または多くの部分に分けられる事は出来ません。

個性(独自性)は現れでしか無く、考える事の周期性における効能(potential)の効果(結果)です。

これらの小さな回転している光りの粒子は、それら自体を相互回転(inter-revolving)している、または旋回しているシステムへと関係づけさせ、それは考える事のえねるぎーによって、それらに与えられた運動を続けます。

これ等のシステムは、考える事の中で表現された全てのアイデアです。

それらは考える事のエネルギーの生きている倉庫です。

アイデアを考えている行程において消費されたエネルギーは、考える事によって失われたり浪費されたりしません。

もし考える事がそれ自体を光の中に記録/登録せず、アイデアの中へと融合しないなら、創造された宇宙は存在しません。

全ての思考は、丁度人の声が、人の考える事の宇宙の、その他全体に伝える方法として、光の速度で宇宙全体を通して再生産される光の粒子の中に。記録/登録される様に、アイデアとして、存在のその進化している現れを継続する方法として、光りの粒子のこれらのシステムの中に記録/登録されます。

光りの中に記録/登録されたマインドのアイデアは生きていて、そして再生産/繁殖を通してそれはそれ自体のアイデアを、考える事の宇宙/統一的回路(サーキット)の全体を通して、その秩序的な複雑化において継続します。

これ等の小さな粒子は、その最も高い音階(オクターヴ)における宇宙/統一的な考える事の生まれで、人が生命と呼ぶものの最初の現れです。

それらは固体的(個人的)な存在の現れ(appearance)の最初の現れ(manifestations)です。

それらは、別々の存在の現れの始まりです。

それらは、対極(陰陽)の現れの始まりです。

それらは、男性と女性の個人の始まりです。

それらは、明らかに別々の考える事、別々の機能、別々の運動/活動、別々の生きている男性と女性の存在の始まりです。

これらの考えているマインドの子供達は、それらの単純性を除いて、人、山、カシの木、または薔薇から全く異なりません。

それらは光(i.e.原子/エネルギー/波)で:そして人も山も同じです。

それらは考えそして生き、神聖なアイデア(思考)の始まりとしてのそれらの現れ(姿/形)を続けるために、エネルギーを派生するために、新たなエネルギーを必要とします。

それらは、その他のエネルギーを、それら自体のアイデアへと変格する事によって、アイデアとしてのそれら自体を継続させます。

それらは、その他のよって吸収されるためのエネルギーを放射する事によって、またはそれらがその一部に成るその他のために、エネルギーを供給するために消費される事によって、アイデアとしてのその他を継続させます。

丁度、太陽が、それ自体のアイデアへと、その他のエネルギーを変格する事によってそれ自体のアイデアを続け、そして丁度、太陽が、この惑星によって吸収されるためのそのエネルギーを放射する事によって、この惑星のアイデアを継続させるために、そのエネルギーを放射する様に、一つの光単位(light unit)は、もう一つ(の光単位)に与え、そしてもう一つからエネルギーを取ります。

全てのアイデアはエネルギーで、故に一つのアイデアのエネルギーは、その他のアイデアを継続させるために、もう一つのエネルギーへと変格される事が出来ます。

全てのエネルギーは光で、全てのアイデアは光です。

一つの光単位は、それを吸収する事によってもう一つ(の光単位)を破壊しません:一つはもう一つのアイデアを融合する事しかありません。

私達の太陽系の中の海王星の様な外的な単位は、新たな融合しているシステムのスフィア(球体/領域/影響圏内)の中へと引かれる事によって破壊されません。その新たな派生的システムは、海王星の電磁チャージ(蓄積/蓄電)を反転させ、何時の日か、求心的(centripetal)な螺旋の軌道におけるその旅の中で、それがエネルギーにおいて太陽と一つに成る、中心の中核的な太陽の厚い火の中で終わるまで、増幅的に派生的にするでしょう。

再び、周期性の法則に沿って、海王星のアイデアはエネルギーの中で再誕生し;そして再びそれは星雲性に向かう開いている螺旋の道を行くか、またはもう一つの新たなシステムの閉じている螺旋の道を行きます。

または、もしそれがもう一つのシステムにそうやって引かれないなら、運動の拡張と停止を通してその質量を時間と共に、陰的(マイナス)な星雲へと分解させ、そして慣性(不活性)を通して陽的(プラス)の星雲へと再形成します。

全てのアイデアは、考える事のエネルギーの生まれで、そして全てのアイデアは、その考える事のエネルギーによって、アイデアとしてそれ自体を継続させます。

全ての物事が成長する様に、光単位を「成長」し、その同じ行程によって、その他の光単位のエネルギーを吸収します。

丁度、単純な間が含まれそして複雑に成る様に、光単位も単純性から複雑性へと成長します。

ラジウムは元々水素で、ゴールドはリチウムで、人はヘリウムで、山はシリコンで、冷ややかな朝露は燃え盛るナイトロジェンで、そして全てはこれらの全てで、その他全てのものでした。

存在する全ては、存在数その他全てです。

人は、システムの中へと集合させられた光単位の無数の含まれた複雑な組織でしか無く、そして人のアイデアの継続的な考える事の秩序的な行程のシステムのシステムです。

人のアイデアの複雑化において、これらの無数の光単位は、人の進化しているアイデアに沿って機能するためにコーディネート(調整)します。

それぞれの考えている光単位は、それ自体のアイデアをアイデアの源泉から加え、そして全ての考える事は新たな光の粒子の中にそれ自体を記録/登録します。

丁度、成長している国家がその機能を調整する様に、人の複雑化しているアイデアもその機能を調整します。

丁度、人々の国家として、その単位の働きを分類させ、国家としてのそれ自体のアイデアの継続性のためにその政府を中央化する様に、人と呼ばれる複雑な組織もまた、その単位の働きを分類し、そして人としてのそれ自体のアイデアを継続させるためにその政府/統治を中央化します。

人の唯一考えている部分としての人の考えている脳の概念は、間違った概念です。

脳は、人と呼ばれる考えている光単位の、国家の政府の座でしかありません。

人として集合させられた、これ等の光単位は、個別に考えますが、一つの単位として調整し、そしてそれぞれがその場所において機能し、そうで無ければ人のアイデアは継続出来ません。

人はまた、個別に考えますが、宇宙/統一的な考える事において一つの単位として調整します。宇宙の一部としての人の個別性/独自性/個性は、人の一部としての光単位の個別性の正に類推です。

これが進化しているアイデアの大いなる法則です。

アイデアは進化的で継続的で;故にアイデアの記録もまた継続的です。

アイデアは、全ての形成しているシステムの中で、一貫的にそれ自体を造っています。

これが融合です。

これは人が成長と呼ぶものです。それが生命です。

アイデアは一貫的にそれ自体を分裂させています。

これが分解です。

これは人が薄れと呼ぶものです。それは死です。

融合と分解は全てのシステムにおいて同時的です。

融合は成長です。

薄れは成長です。

分解は生命です。

死は生命です。

これについては、その適切な場所で更に記述されるでしょう;それは電気、磁気、そして重力が鮮明にされた時に、そしてまた、それらの対峙によって、人が「融合していて、分解している物質の、創造された物理的宇宙」と呼ぶものの、現れの原因である、磁気と電気の場の線の法則が鮮明に書き記された時に、もっと簡単に理解されるためです。

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